もうすぐ、試験の時期だった。
勉強の必要性はない。
何にもしなくても、出来てしまうから。
退屈な人生。
何かないかしら。
まったく。
『鳥居江利子の衝動』
「あなたを私のお母さんとは認められません」
と彼女は言った。
退屈な時間は過ぎ去っていた。
山辺さんと出会ってから。
幼稚園児とは思えないはっきりとした発音だった。
「ちゃんと喋れるのね」
「当然ですわ」
なんとも小憎らしい子供だ。
山辺さんは、にこにこと見ている。
「何故、お母さんと認められないのかしら」
「だって、全然お母さんらしくないもの」
「私のどこがお母さんらしくないって言うのかしら」
「う〜ん」
そしてこの小娘が躊躇いもなく言うのだ。
「優しさが足りない」
む、むかつく。
「それに結局、女子大生なのよね。動作とか。包み込むような暖かい包容力がないのよ。まあ、
あなたみたいな小娘にそんなものを求めるなんて無理でしょうけれど。あなたは西海岸にでも
行って男を漁るのが似合っているわよ。若者達は永遠に若く、その瞳は海のようなブルー、あ
なたのおでこは太陽の光を反射し、男たちの眼を潰す、あら失礼」
ほんとに幼稚園児かおまえは。
いつか絞め殺してやる。
「と、いうわけで、ごめんね、祐巳ちゃん」
祐巳ちゃんを鳥居家に呼び出し、私と同じく、エプロンをしてもらう。
「あの?これは?」
「ええと、蓉子に頼んだんだけど、断わられたからね」
「なんで私?」
「ほら、蓉子っておばさん臭いじゃない。母親っぽいって言ったら、蓉子かなあって」
「し、失礼では?」
「いいのよいいのよ。で、次にお母さんっぽいのって、聖は無理だし、令は、う〜ん、令じゃ
面白くないしね。由乃ちゃんは当然駄目だし、ほら、祐巳ちゃんしかいない」
「いないったって、何をすればいいんですか私は!?」
「包みこむような優しさ?包容力?そういうのを学びたいのよ」
「学べることですか!?」
「努力って大切よね」
「ぐ、具体的にどうしろと!?」
「お母さんといえば、料理、だから、料理作って。祐巳ちゃんの料理を作る姿から、お母さん
っぽさとは何か学ぶから」
「無茶な!」
仕方なく、祐巳はシチューを作り出す。
お母さんといえば、シチューらしい。
そして祐巳はシチューを作ったことがなかった。
ジ・エンド。
出来上がった代物は茶色かった。
「これは?」
「し、シチュー?」
「疑問系?」
「ぽい」
「ああ!!」
情け容赦なく生ゴミとして捨てられるシチュー。
確かに出来は悪かったけど頑張ったのに…
「お母さんといえば掃除洗濯よね」
「うう」
「あんな謎の茶色い物体のことは忘れなさい」
「お、追い討ち!?」
「というわけで、私の部屋の掃除と洗濯お願いね」
「ざ、雑用させたいだけでは!?」
白いエプロンに三角巾、まさしく掃除のスタイルだ。
江利子さまの部屋は不自然にゴミが散らかっていた。
どう考えても、わざと散らかしたのだ。
「こんなサディスティックなお母さんがいますか!?」
「今時の親って怖いわぁ。たくさん事件も起きてるし」
「どんなお母さんを目指してるんですか!?」
仕方ないので掃除する、掃除は時間さえかければできると、某メイドロボも言っていた。
所詮は付け焼刃で散らかしたゴミなので、すいすい片付く。
何故か洗濯ものがあからさまに溜まっていたので洗濯機にいれ、大体が終了した。
その間、デコのきらめきはずっと祐巳を照らしていた。
「か、片付きました」
「祐巳ちゃん、あなた、鼻歌を歌ってたわ」
「え、え、え?」
「あれ、なんていう歌?」
「いきなり言われても」
「こんなのよ、♪ふんふんふふふ〜んふふ〜」
「え?こんなのですか?♪ふんふふふんふ〜ふふ〜ん」
「いえ、そうじゃなくて♪ちゃちゃちゃちゃちゃ!ゲラッパ!」
「さっきと全然違うじゃないないですか!!」
「♪ゲロウレ」
「無視!?」
「で、何歌ってたの?」
「マーラーの大地の歌です」
「渋すぎるわよ」
とりあえず、掃除も洗濯も料理もしたし、休憩することになった。
「ええと、山辺さんの娘さんに、お母さんらしくないと言われたんですか?」
「ええ、実際にはもっと修辞法やらなんやらを使ったとっても皮肉なお言葉をいただいたん
だけど、要約するとそうね」
「それは、悲しいですよね」
何も言えなくなってしまう。愛する人の娘に拒絶される。
想像を絶する。
と思いきや、江利子さまは平気そうだった。
「だって、私と山辺さんは愛し合ってるもの。問題ないわ」
「あの、ちょっと、疑問なんですけど」
「なにかしら」
「江利子さまって、本気で言ってるのかどうか、よく分からないですよ」
「あら?なんで」
「ほんとに、愛し合うまで、その断言できるほど、なのかなあって」
「疑うわけ?祐巳ちゃん」
「そういう訳じゃないんですけど、江利子さまは、いつも面白さを重視されるし、山辺さんのこ
ともどこまで本気か分からないし、娘さんに酷いこと言われても平気そうだし、よく分からない
んです」
「それは、私の問題よ」
「そうなんですけど…なんていうか、江利子さまの本気って、相手の方に伝わってるのかなあ
って。退屈から逃れられるとか、面白い、とかだけでは、お母さんになんかなれないと思うん
です」
「祐巳ちゃん、言うようになったわね」
「あ、ごめんなさい!黄薔薇さま!」
沈黙。
嫌な空気を伴う沈黙だった。
幾つかのことを、江利子は考えた。
『江利子さまの本気って、相手の方に伝わってるのかなあって』
確かに、そうなのかも知れない。
いきなり結婚を申し込んだり、ふざけてるように見えるかもしれない。
どこまで本気か、分からないかも知れない。
ましてや、娘さんとは、まだちゃんと話もしていない。
お母さんと認めてもらえないのも、当然だ。
大体、山辺さんとさえ、恋人なのかどうなのか、はっきりしない関係なのだ。
肉体関係もない。
正直、山辺さんに迫られたら、困ってしまうだろう、私は。
その程度の覚悟で、お母さん?
笑わせる。
しっかりしろ、黄薔薇さま!
「祐巳ちゃん、ありがとう」
「黄薔薇さま?」
「正直、かなりムカツイたけど、祐巳ちゃんが正しいのかなって、思ったわ」
「黄薔薇さま」
「頑張るわよ、私」
「あの、生意気ついでにいいですか?」
「なにかしら?」
「下着は、もっと透けてないやつをたくさん持っていた方がいいと思います」
やれやれ。
急に、若い女の子と仲良くなった。
プロポーズされた。
断わった。
しかし、今でもお付き合いはしている。
たぶん、同僚に話そうものなら羨ましがってあれこれ言うだろう。
私も若い女の子に言い寄られて、悪い気はもちろんしない。
しかし、私はもう若くはない。綺麗で、若々しいお嬢さんに言い寄られて、跳び上がって喜んで
抱き合う訳にはいかないのだ。まして、私は教職者だった。
問題なのは、私が彼女に何も与えられない、ということだ。
彼女は若く、希望に溢れ、未来への道が幾らでも開けている。
そんな娘を、妻を亡くした子連れの30前が、何の屈託もなしに恋人になどできない。
ありえない。
もしも私が二十代でまだ結婚する前なら、何の屈託もなく喜んで彼女と付き合っていただろう。
私にも、歩んでいくべき未来があった。
だがもうそんな歳ではないのだ。私には責任があったし、彼女の人生を不幸なものにはできな
い。
そういう分別を身につける歳なのだ。
私と付き合って、彼女が幸福になれる要素は一つもなかった。完全に。
そして、正直に言って、彼女が何を考えているかはよく分からなかった。
そもそも、何故私に言い寄ってきたのかも、よくは分からなかった。
私は娘の成長と、化石を掘ることだけを楽しみに余生を送るつもりなのだ。
彼女の存在は、完全なイレギュラーだった。
若すぎる、何も分かってはいない。
どういう人間と付き合うのが幸福で、どういう人生を歩むべきか、何も分かっていない。
無数に男がいるのに、わざわざ彼女のような娘が、子連れの冴えない男を相手にするべき
ではない。それが、現実的な判断というものだ。
だから、娘がいると言った。
ショックを受けたようだった。
終わったと思った。
確かに、多少の淋しさはあったが、これで全ては納まるべきところに納まったと思った。
しかし、彼女は諦めなかったのだ。
そういう意味では、恐るべき意思の強さだった。
私に価値などないと、何故わからないのか。
今日、再び、彼女が来る。
どうしていいのかは分からない。
未だに。
「山辺さん」
「何かな」
娘がこっちを見る。
「あら、また来たの」
「ええ、もちろんよ」
江利子は、山辺にいきなり口付けた。
「!!!?」
「私は、あなたを愛しています。半端な覚悟ではありません」
突然だった。
「し、しかし」
「あなたに拒絶されたなら、私は一生の傷を負うでしょう」
まったく、らしくなかった。
彼女はそんな風に本気にならずに、いつもふざけたように飄々としている筈なのだ。
何故なのか。
何が彼女を変えてしまったのか。
「こう見えても、恥ずかしいんだから。私は、一度、本当に本気だってこと、山辺さんにも」
娘に指を突きつける。
「あなたにも分かってもらう必要があったんだわ」
「き、君は分かっていない。君は、まだ若い。無限の選択肢があることを分かっていないんだ。
わざわざ、重荷を背負う必要なんてないんだ」
バン!
江利子は思い切り壁を叩いた。
「重荷の一つも背負えないで、何が愛だっていうのよ!!」
こんな恥ずかしいセリフを叫ぶ娘ではなかった筈。何故だ?
「あなたよ、山辺さん。あなたが私を変えたんですからね」
睨みつける。
「責任取ってくださいね」
山辺が黙った。
娘が立ち上がる。
「お父さんは騙されても、私は騙されないわよ」
「騙すとは人聞き悪いわね」
「子は親を選べない、普通は。でも、今は私に選ぶチャンスがあるわ。あなたがお母さんになる
ということは、私はあなたに人生を預けるようなものなのよ。その重さは分かってるかしら」
「分かってる」
「は!大学生の小娘に、私のこの後の人生全てを背負えるっていうの!?私は幼稚園児なの
よ!」
到底そうは思えないが、言ってることは正しい。
「子供を持つってことの重さが!あなたに背負えるの!面白半分のあなたに!」
「背負ってみせるわよ!」
「それなら、覚悟を見せなさい」
ほんとに幼稚園児か?末恐ろしいですね。
「いいわ、見せてあげようじゃないの。どうしろというの」
「私が今からコインを投げるわ。もしも、表が出れば、少しは認めてあげる」
「裏が出れば?」
「指を落としなさい」
ヤクザですか?あなたは?
「いいわよ」
引き受けたーー!!??
「運命の裁きは!いま!!下されるっ!!!」
コインが宙を舞った。
回転している。
床へと近づく。
江利子は動じない。
まったく、動じない。
コインが床にぶつかり、はねる。
その様子を──
──江利子は見てさえいなかった。
コインが止まった。
娘が言う。
「……表よ」
「私の勝ちね」
「どうして、あなたは、コインの様子さえ見なかったの」
「だって、どっちにしたって私の勝ちだもの」
不思議そうな顔をした娘に、江利子は平然と言う。
「裏が出たら、指を落として山辺さんと結婚したらいいんだもの」
流石に、娘も何も言えなかった。
「江利子さま、それが私の祐巳を家へ呼んだ理由だとおっしゃるのかしら?」
手の中のハンカチをデストロイな状態にしながら祥子が言う。
「そうよ、なにかおかしかったかしら?」
「そんな少年漫画風の賭けをする幼稚園児がいますか!なんですかコインを投げる時のかけ
声は!荒木飛呂彦ですかっ!」
「ふふ、よく知ってるわね祥子」
「おふざけにならないでください!」
「あら?なにがふざけてるというのかしら?」
「もうけっこうです!与太話は!」
祥子が怒って席を立つ。
やれやれ、呼び出されて聞かれたから説明してあげたのに。
「それに、満更、全てが嘘でもないんだけどな」
江利子が手を開く。
そこには、両方が表のコインが握られていた。
了
あとがき
ええと、なれないことはするもんじゃないですね。
超絶に変なssになりました。
美月さまに、江利子と祐巳で書いてって言われた。
ぜんぜん違うじゃん。
もう途中から、山辺娘の暴走を止める術がなくなった。
ノリノリになっちゃったよわたしゃ( ´∀`)'`,、'`,、'`,、
なんだよこの幼稚園児、怖いよ。どうしていいかわかんないよ。
だから、どっからどこまで嘘かわかんないssにしました(苦肉の策)
めっちゃ修行します。すいませんでした!(逃げっ)
じんじゃあとがき
ああ、もう、何も言うまい。うう!