最終話
たとえどんなに悲しいことがあっても私たちの生活は続く。
そして、どんな雨でもいつかは晴れるんだって、私は教えてもらった。
その人は、どんな晴れでもいつかは雨が振るとも言えるけれどね、
と照れたように付け足したけれど。
どっちの考え方が素敵なのか、私には分かる。
薔薇の館に涙で閉じ込められた私を、その人は救い出してくれた。
その人、サトウ・セイさま。
セイさまは私を車に乗せて走り出し、まるで魔法の言葉みたいに私に言った。
「プラネタリウムへ行こうか」
私は魔法にかけられて、セイさまとプラネタリウムに行って泣いた。
「ユミちゃんは、サチコとの愛を信じたらいいんだよ」
とセイさまは言った。
私、信じます。 もう一度、ちゃんとお話します。 ありがとうございました、セイさま。
私がセイさまの車から降りてしばらくいくと、パーカーにジーンズ姿の、サワラさんが居た。
「投票は終わったよ」
「そうですか…ありがとうございました」
「…ちょっと、喫茶店に行かないか?」
「いいですよ?」
「今日で、厳重な警備も終わりだしね。でも、ブザーは渡したままにしておくから…
何かあったら押すといい。もう君は、誰にも狙われないけどね。
圧力と根回しを物凄くしたから」
「ほんと、ありがとございます。お父さんもお母さんも、お礼を言いたがってました」
「やめておくよ、僕となんか、ほんとは知り合いにならない方がいい。行こうか」
サワラさんは、いつもと雰囲気が少しだけ違って、それが何故なのかはよく分からなかった。
いつもの、船室みたいな喫茶店に入る。
私は 紅茶を頼み、何故かサワラさんも紅茶を頼んだ。
「ほんとは、コーヒーなんか好きじゃないんだ」
「え?」
「苦いし、味ないし、毒入れられても分かりにくい」
「じゃあ、どうして?」
「何でだろう?でも、みんなコーヒー飲むだろう?合わせてたんだ」
「今は、合わせないんですか?」
「合わせた方がいい?」
「いえ、なんか、そのままの方が嬉しいです」
「うん、僕も嬉しい」
サワラさんが、照れたみたいに微笑んだ。
その笑顔が凄く可愛くて、いつもそんな風に笑っていたらいいのにな、と思う。
紅茶が来た。
サワラさんは、私が砂糖やミルクを入れるのを、何故かじっと待っている。
面白かったので、根くらべみたいに待ってみる。
「先に、砂糖とかミルク入れちゃってよ」
「何でですか?」
「君ねえ、わざと言ってないか?
僕が先にミルクを入れたら、君の分のミルクは無くなってしまうだろう」
「ああ!」
「今気づいたのかよ!僕がこれで何回失敗したことか、
どうしても先にミルクを入れなければならない時の もどかしさときたら…だから、
必ず最後に入れることにしている」
私はサワラさんに気を使って、自分のミルクを少しだけにした。
「君、今、気を使っただろう。
そうさせたくないから、何も言わずに待ったのに。
まあ、それじゃあ遠慮なく」
サワラさんは砂糖とミルクをドバドバ入れ、 溢れそうになったのでかき混ぜて飲み、
またミルクを入れた。
「それ、もう紅茶じゃなくてミルクですよ」
「余計なお世話だよ!君は僕が、砂糖と脂肪中毒の糖尿持ちだといいたいのか!」
「そんなこと言ってません」
「うん、そうだね」
あっさり引き下がる。
「それでさ、君、お姉さんと喧嘩してるだろう?」
「喧嘩っていうか、私が悪いんです」
「それなら、僕も悪い。もとはと言えば僕に原因がある。
だからね、今から車で小笠原に乗り込もう」
「え!そんな!」
「いや、是が非でもそうする。
僕なら出来る、たとえお爺さんやお父さんの用事があったとしても、ねじこんでみせる。
今から小笠原サチコに会う。これは決定だ」
「どうして」
「どうしてもこうしてもないだろう。 君は彼女と仲良く笑いあっているべきなんだ。
この確信は揺るがない」
何故かサワラさんは断固たる態度だ。暴走しているヨシノさんを彷彿とさせる。
でも…
「私、上手く話せるかどうか…
だって、私、何のとりえもない癖に、サチコさまを傷つけてしまいました。
もう、私みたいな妹、いらない、って思ってるかも」
「馬鹿か君は!!」
なんだか、サワラさんが物凄く怒っている。
「何のとりえもないだと!何を勘違いしてるんだ君は!
正直に言えば、僕は君みたいなタイプが一番苦手だ、絶対に関わりたくない相手だ」
ショックだった。
仕事で、いやいや助けてくれていたのか、と思った。
仲良しになった気でいたから、余計ショックだった。
サワラさんはまくしたてる。
「君は何か他人を引き込むところがあるだろう?そういう能力なんだよ君は!
それはその山百合会とかいうところに入ってますます強くなっている。
そりゃあみんな君を助けるさ、僕だって助けるぐらいだ!
でもそれで、君は何を返せるっていうんだ?具体的なものは何も返せやしない!
それでも、君の能力のせいで、僕は君を助けざるをえないんだ!」
あれ?
「まったくリターンなんかないのに、僕なんか命を賭けてしまったじゃないか!
君の両親だって見殺しになんか出来ない。
だって、僕は君が悲しんでいるところなんか一秒だって見ていたくないんだ!
だからいくらでも助けるけれど、お金も地位も名誉もコネも手に入らない。
僕は君みたいなタイプに関わって痛い目に会ったことが何度もある。
それでも、懲りることさえ許されないんだ!まったく、不公平じゃないか!」
「あ、あの〜」
「何だよ」
「それなら、助けなきゃいいんじゃ…」
「馬鹿か君は!!」
また怒られた。
「助けなかったら気になって夜も眠れないだろうが!君は僕から安眠まで奪うというのか!
今日だって、もしも君を小笠原に送り届けなきゃ気になって眠れない。
だから今から行くんだ。僕の安眠のためにね!」
ああ、なんだ、この人。
照れてるんだ。
私は、なんだかこそばゆいような気になる。
「君は自分で気づいていないだろうけどね、
君が僕を良い人だと言ったことが、どれだけ僕を救ったことか!
それが君の返せる全てだ!お金や地位や名誉やコネのような具体的なものではなく、
そんな些細な、でも透き通るように綺麗な『想い』ぐらいしか君が返せるものはない!
そしてそれは、本当の意味で、この世界でもっとも価値があるものなんだ!
だから僕は何があっても君を助けるし、君はそれだけを周囲の人間に返せばいいんだ。
だって、もっとも価値のあるものを君は渡しているんだよ?
それなら、等価交換で相手はできる限りの力で君を助けるさ、当たり前だ!まったく…」
サワラさんは何かぶつぶつ言って黙った。
本当に、私なんかに、そこまで言ってくれて、感謝の気持ちで一杯になる。
でも、なんだか上手くは言えない。
「ここ、私が払います」
「何を言ってるんだ、僕が」
「払います」
「駄目だ」
「お願いです」
ちょっと、うるうるした目で見つめてみた。
そんな技術ないんだけど、とりあえずやってみる。
うう、とサワラさんがうめいた。
「ご、ごめん」
「何を謝ってるんですか?」
「いや、別に、謝る理由なんかなかったんだけど、
そうだ、自分の分は自分で払おう。それでどうかな?」
「だ〜め、です。私が払います」
「君、学生じゃないか」
「そうですよ?知らなかったんですか?」
私は思わず笑う。 何故かサワラさんが赤くなった。
「うう、どうも、ごちそうになります」
「やった!勝った!」
「ああ、僕の負けだよ」
私は弾む足取りで伝票を持っていって、レジに渡した。 そして固まる。
「サワラさん」
「なにかな?」
「お金足りません」
最後の最後に決まらない。
サワラさんは爆笑しながら、目じりに涙をためてお金を払ってくれた。
そしてにやりと笑って言う。
「わざと?」
もう、失礼なんだから。
車はサチコさまの家についた。
ユミは、もう、迷いません。
玄関が開いて、私だけが招かれる。サワラさんは手を振って見送ってくれた。
「お嬢様は奥です」
と執事のような人に言われて、私は進む。
あの、雨の日と同じだ。
そして、あのレースのカーテンがある部屋。
ドアを開けると、サチコさまがベッドから立ち上がってこっちへ来た。
「ユミ…」
「お姉さま!」
私は思いっきりお姉さまの胸に飛び込む。
もう迷わない。
ここが、私の場所だ。
「私、お姉さまが、大好きです!」
お姉さまが私の頭を撫でてくれた。
「さっき、あなたを送ってきた男が、電話で事情をまくしたてて来たのよ。
ユミ、怖かったでしょう?それなのに、私ったら、あなたを追い詰めるようなことを」
「いいんです!」
本当に、いま、こうしてくれているだけで、私は充分だった。
「お姉さまに、全て話してしまえばよかった。
怖いとき、ずっと、お姉さまのことを思ってました。お姉さまが、私を支えてくれたんです!」
「ユミ…」
サチコさまが私を抱きしめてくれる。
「私も、ユミが、大好きよ」
「お姉さま…」
私は飼い主に甘える子猫みたいに、お姉さまに抱きついて、
そして、ずっとこうしていたいと思った。
二人きりの時間。 本当に大切なもの。満たされた想いで一杯になる。
そしてサチコさまはそのお美しい唇を開かれて
「じゃあ、寝巻きを用意させるわ」 とおっしゃった。
あれ?
「あの、何ですか?寝巻きって?」
「え?あなた、泊まりに来たんでしょう?あの男が、あなたのご両親の許可をとったって」
え?え?
「お爺様やお父様の許可まで取っていたのよ、あの男」
えーーーーー!!
な、何を勝手にしてるんですかサワラさん!
「ユミと同じベッドで眠れって、8分ぐらいまくしたててたわ。
あの男に言われたからじゃないけれど、ユミ、私と一緒に寝るの、いや?」
私は首をぶんぶん振りながら答える。
「全然、嫌じゃないです!」
そうして私は、お姉さまと一緒に、天蓋のついたベッドで寝た。
手の届くところにサチコさまが居て、私を抱きしめてくれて…
サチコさまの寝顔を見ようと、私は少し頑張ったけど、何故かサチコさまも寝る様子がない。
「私の寝顔でも、見ようというんでしょう」
「え!」
「顔で分かるわ。でも駄目よ、私があなたの寝顔を見るんだから」
「そ、そんな」
「おやすみ、ユミ」
そうして、サチコさまが私の額にくちづけた。
ひゃあ〜〜〜。 もう、額を洗えないよう。
その日は、二人で手を繋いで眠った。
私、きっと、サチコさまが幸せな気分になれるような妹になりますね。
サチコさまの胸の中で、私はそうマリアさまに誓う。
きっと、マリアさまも、それを見ていてくださる、と私は思った。
少しだけ覗いたサチコさまの寝顔は、私だけの秘密の小箱の中に、
大切な思い出としてしまわれている。
感謝します、マリアさま。
<了>
あとがき。
えとですね。作中の警察幹部の名前は全てフィクションです。これが一番言いたいこと。
あすかさまに寄贈しました。
サワラ、企画で出してくれるから、知らない人の為に。
でも、あんまり、紹介になってない。
えとえと、地雷震という、漫画の影響があります。
では。