その頃祐巳が夢中になっていたのは虫の類で、どこからともなく溢れてくる彼らに対しておよそ恐怖と同時に愛着といったものを感じていた。つまり天井を眺めていれば視界に入る有象無象の羽虫に対して、殺すか殺さないかといった二元論の他にもっと選択肢を有していたと言っていい。
その冬のある日、寒さに震えながら布団にくるまっていると枕元に一匹の虫がやって来るのだった。緑色をした甲殻で臭いを発するそれが、羽をはばたかせて空を舞いゆるやかに祐巳の顔の近くへと降り立ったのだ。美しい軌道だったことは確かだ。それに何か感じ入ったのかもしれない。
おそるおそる人差し指でその虫の背を撫でると鳴き声ともつかぬ音がどこからか聞こえ、そこに可愛らしさを感じた。と同時に祐巳はどうしようもない好奇心に揺られ、大きく息を吸い込むとその虫を吹き飛ばし壁際まで転ばせていった。
虫は祐巳を他者を愛でる母のような心持にさせ、同時に稚気に富んだ子供のようにもした。
だが転がっていった虫は不意に小さく鳴き、祐巳の声にはそれは奇妙なほどに達観した老人の声のように聞こえたのだった。それは最初、モバエドオンバイヤ、と言っているように聞こえたが、よくよく聞いてみると虫はごく丁寧な口調で「君はちょっと乱暴が過ぎるんじゃないかね」と苦情を申し立てていたのだった。
なるほど、と祐巳は思った。もっともな意見だったからだ。
返答をするようまた息を吹き虫を転ばせてやった。およそ虫けらに意見される程生きる物としての尊厳を失ってはいなかったからだ。なるほどと思ったのはある種の誠意だったと言ってもいい。何事をも聞くが、参考にするとは限らない。そこのところ酷く実際的で人間としてまだ祐巳は機能していた。
しかしついに幻聴かとも悩む。幻は常に心の隙間に現れる。この虫の声を祐巳がつくりだしたとしたなら、それにはきっと原因があって。おそらく昨日姉と口喧嘩をしたせいだろうなと思った。
虫はつづける。
「ほら、痛たた、そういうのを止めて欲しいと言ったのに。見てくれよ。自慢の輝背が畳で転がって傷がついたじゃないか」
「大丈夫?ほら」
祐巳はそう言うと微笑んで虫の背をまた撫でた。
「ありがとう。優しいん痛いっ!力入りすぎで痛いっ!潰れる!」
「加減が難しいなぁ」
「待って!これ以上は無理!潰れて緑色の何かが出る!」
「それは見てみたい気もする」
「汚いから!俺のようなベンジョコオロギのような存在がキミの指で潰されたら粘液ネチョネチョでこの綺麗な部屋を汚すことになるから!」
「カメムシじゃないの?」
「カメムシじゃない!こんな綺麗で格好いいカメムシはいない!」
「潰しちゃおうかな」
「すいません!ややカメムシっぽかったです!」
祐巳は何やらこの幻覚が楽しいような気もしてきて、よくわからぬこの緑色の虫とのやり取りに愉快さを覚えてきたのであった。それは幻覚にハマり出す危険な兆候だったかも知れないが。
「カメムシは、なんで私の所に来たの?うっかり踏み潰されたりするなら、美少女の方がいいって思ったから?」
「なにその猟奇的発想!?違うよ!君を虫の世界に案内しようと思って」
「え、超気持ち悪い」
「気持ち悪くねーよ!すげえ色とりどりの綺麗な世界だよ!むしろ最高!いつだって貴方に最高品質をお届けします!」
「でも虫の世界なんでしょ?鳥肌たっちゃうよ」
「あんたどんだけ虫嫌いなんだよ!割と羽虫にも優しい心を身につけてきた人間だと思ったのに!」
「残念ながら、私は一寸の虫に五分の魂さえ認めない人間至上主義者だから・・・昔の白人並」
「それならば僕の前で服を脱いでくれたまえ」
潰すことにした。
「ストップ!ストープ!!スタァップ!!」
「なんで最後だけちょっと発音がいいの?」
「そこは突っ込まなくていいよ!今から虫の世界へのゲートを開くから超来て欲しい」
「ゲート(笑)」
爆笑である。
「そこは笑うとこじゃねーよ!!なんで笑うの?!古来お結ぶころりんの昔話の時から、異世界へは何かゲートとか穴とか潜って行くだろうがよ!?お前はいったい何が不満なんだよ!!人生か!?人生に不満なのか!?」
「怪しすぎるもん」
「もういい、自由意志に任せる」
そう言った瞬間、祐巳の目の前には見たこともない七色の丸い空間が広がっていたのだった。まるでそこだけ、切り取られたみたいに。
虹色のそれは部屋の空間をスプーンでくるりとくりぬいたよう見える穴で、同じ色がないよう交じり合い融かしまた混じり合うスープだった。触れると水のよう波紋が広がり、おそらく沼のよう身を沈みこませていくのだろう。
「怖いなぁ」
「怖気づいたの?」
「いや、自分が怖い。何この幻覚?」
「幻覚じゃないよ!ただ現実という名の悪夢には囚われているのかもね」
「うわっ、臭い」
「カメムシだけに!」
「腹が立つなぁ。いや、そもそも虫の世界なんて行きたくないし」
「違うでしょ!断る流れじゃないでしょ!ここは行って大冒険して俺とフラグが立つ流れでしょ」
「虫と?」
鼻で笑った。祐巳も少女だ。それなりに思うところはある。
「アパルトだなぁ、キミは」
博愛的な差別主義者呼ばわりされたが、そも虫と人間は何もかもが違うのでそういうの差別って言うんだろうか?
「生物的エリートだからなぁ」
「キミ、人間じゃないもんな」
「心は人間」
「俺だってそうだよ」
それもそうか、と祐巳は思い直すことにした。同属憐憫を抱き、同時に嫌悪も抱いたが。
「で、行こうぜ?」
「いや、行かないって」
「どうして?」
「ここが気に入ってるから、かな」
「嘘だぁ」
祐巳の言に虫は胡散臭そうなものを見たような顔をした。顔はないが。
「いい場所だよ、ここ」
「虫の世界より?」
「私たちの世界」
「なるほど」
祐巳は寝そべりながら頷く虫を見つめていた。細かく分かれた足がガサゴソと畳と摩擦して音を鳴らし、時々むずがるよう背の羽を鳴らす。触覚は常に動き回り真珠のような黒い目をしていた。
「大丈夫?」
虫が心配そう訊いて来る。いい奴なのかもしれなかった。虫だが(笑)
「何が?」
「辛そうな顔してるよ」
虫が慈しむような声を出す。虫なのに(核爆)
お前声帯とかあんのかよ。
「辛いかも」
祐巳は枕に顔を押し付け唸った。自身が虫けらになったような気持ちになる。卑小な心が産んだのは、迫り来る不安でもあった。喧嘩一つでここまで落ち込むとは思いもしなかった。覚悟の問題だ。このアパートに住むにあたっての。
「俺はさ……」
虫が言葉にしたのはそんな時だった。
「君は優しいんだと思うんだよな」
「馬鹿にしてるの?」
「まさか」
「だって優しさって、弱さのことじゃない」
自分の声がまるで拗ねるような声音だったのにゾっとした。虫に向かって拗ねるだって?冗談じゃない。
「まあ、早く回る世界なら、優しさも弱さかもな」
「早く回る?」
「おっ、興味を示したね?」
得意満面、って言っても表情筋とかこいつ無いからわかんない訳だが、そういう感じの声を出して言ってくる虫にムカついた。なにこいつ。
でも虫は言葉を辞めずに続けてくる訳だ。仕方ないのでますます枕に顔がめりこむ。めりめり。
「僕が思うに、世界の自転は色んな連中が時間を認識してるから回ると思うんだよな。特に回す力が強いのは、金、金は天下の回り物」
「何言ってんの?さすがは虫ケラの脳みそね」
「いや、ところが冗談ではないんだよな」
虫の声は、想像以上に真剣で、仕方ないから枕にもぐる。ぶくぶく。
「虫の世界には今は金が無いからね。余計にそう思う。僕は昔、虫の世界で出納係をしてたんだけど、金って制度はすぐになくなっちゃったよ。無意味だから。金があっちへ行ったりこっちへ行ったり、それでも結局は帳簿の合計はとんとんになって、出て行った金は回りまわって元へ戻る。それなら、金なんて本当はいらないんだよね。人だってあっちへ行ったりこっちへ行ったり、帳簿をつけてるとそういう風に思ったなあ。ああ、今日も世界が回ってる、って。金の移動が激しい日もあればゆっくりした日もある。激しければ激しいほどいいって金の制度を取り入れた連中は思っていて、あの頃は苦痛だったよ。世界を早く回そう早く回そうって、みんな言うからね」
「何で早く回した方がいいの?」
何故、そんなことを枕に沈みきった状態でたずねたのだろう。いったい私はこの世界にどんな疑問があるというんだろう?
「子供の頃、丸い物がころころ転がると面白くなかったか?あれと同じ。連中は、早く転がれば転がるほど面白い気がしてるだけなんだよ」
「私も子供の頃、りんごが床を転がっていくのとか、面白がって見てたかもね」
「そう。そんな風にみんなりんごを早く転がそう早く転がそうと思ってる。そういう世界だと優しさは要らない。持ってると危ないかも知れない。でも俺は思うんだけど、りんごなんか早く転がらなくてもいいじゃないか、俺なら、りんごを拾ってゆっくり味わいたいですね」
「カメムシさ」
「ん?」
「人間の世界には向いてないよ」
言うと立ち上がって祐巳は言った。
「りんごが食べたくなったから買ってくる」
「え?!開いたゲートはほっぽるの!?ここは、お金がなくて早く回らない虫の世界に興味津々になってゲートを潜るシーンじゃないの!?」
「いってきまー」
そのまま、祐巳は部屋を出た。
つまるところ金の問題とは世に回る宿命のようなもので、影のように追いかけてくる類だった。影を切り離されて生きることができる人間はいない。当然あるものがないものへと変化することは死亡性を得ることに他ならない。空が落ちてくると常に疑っては人は生きることも難しい。
部屋を出るとそのままアパートの門へと向かう。
コートを引っ掛けてきたがまだ寒さは強かった。
ポケットに手を入れてのしのしと歩く。あの脆弱存在と会話していたのでまるで自分が巨人になったよう錯覚さえしていまいそうだった。思い出したかのように祐巳は微かに笑った。奇妙な隣人を得たような感覚であった。
冬の道路を行くと誰も彼もが身を縮こませ背を丸め、下を向いて急いで歩いているよう見える。どこかからどこかへと速足を進めていくのだ。回転だなと思う。三百六十度綺麗に回転するよう誰もがどこかへ進んでいく。
アパートはつまるところそうした何もかもを阻止する、言わば停滞を維持する為のものではあった。祐巳は止まっているのだ。時速1400キロにおよぶ自転にさえ影響されない場所に住む。
しかしまた宿命としてどこかへ辿り着くべき場所があるはずだとも思っていた。およそそれが地獄であるか、虫の世界であるかといった程度の認識ではあったけれど。
商店街に着き商店でリンゴを2つ買った。
真っ赤で丸々太ったそれに対価を支払い、きびすを返す。
真っ直ぐ帰ったアパートの玄関で姉とはちあわせた。
祥子は毅然としたような顔でこちらを見つめていて、祐巳は戸惑うよう顔を背けた。
「買い物?」
そう訊かれる。
言葉が出ないでいると姉は「私には関係ないことだものね」と口にした。酷い言い草だと思った。どうしてそんなことが言えるものかとも。
「リンゴを、買ってきたんです」
「リンゴ?」
「えぇ、まぁ」
「それで?」
「それで!?」
「何でリンゴなんて買ってきたの?」
「あぁ、いや、回転が。その、コロコロと。リンゴなので」
「大丈夫なの、祐巳?」
「ええと」
「もう、この子は。いい?夜に私の部屋に来なさい」
「でも」
「もういいから」祥子は髪をかきあげ「別にもういいの」
「いいんでしょうか?」
「悪いことはないわね」
それから微笑み、祐巳の髪を一撫でして部屋に戻っていった。
去り際に一言残して。
「それからね、祐巳。独り言も大抵にしなさいよ。大声が部屋に響いてくるほどだったわ」
部屋に戻ってまた布団にくるまった。冬の寒さは厳しく、温かな泥につつまれたよう眠気が迫る。
虫はどこにもいなくなっていた。
「せっかく2つリンゴを買ってきたのに」
そう言って祐巳はリンゴを齧る。確かに転がっているリンゴを眺めるよりゆっくりと齧った方がいいなと思った。甘酸っぱい味が口に広がり涙のような味がした。
「帰ってくるのが遅−−−−−−いっ!!」
「あれ?いたの?しんみり終わるんじゃないの?」
眠気をこらえて祐巳が見たのは得意気な顔をした(こいつの背には顔面みたいな模様がある)カメムシだった。
「おま、どんだけ放置するんだよ!?どんなプレイだよ!?虫の世界への入り口閉じちゃったじゃねーかよ!」
「あのさ、今、夜よね」
「そうだよ、窓の外みりゃわかるだろ」
「私、祥子さまの部屋に行かなきゃいけない」
「また放置!?」
祐巳は時計を見る、夜目が利く祐巳には、どんなに真っ暗でも時間が分かる。祥子さまの部屋に行くには、まだ余裕があるようだ。
「行かなきゃいけない、か……」
しかし、何故。
私達はもう姉妹ではないのではないか。
私は人間ではないのではないか。
「お前さ」
「虫けらにお前とか言われると、なんか不愉快だよね」
「ちょ、なんで背中を押すのっ!や、やめ!ノー!!ノー!!優しく!優しく取り扱って下さい!こ、壊れちゃうぅぅぅ!!」
「気持ち悪いんだけど」
「そっちの残酷さの方が気持ち悪いわ!マジ死ぬかと思ったわ!って、だめ、らめええ!!それ以上背中を押したら中身が出ちゃう!!でちゃううう!びくんびくん」
「で、私がどうかしたの?」
ぜえぜえ、と肺もないはずなのにカメムシは喘いで、ぷるぷる震えている。
「祥子ってやつと、喧嘩したんだろ?」
「分かるの?」
「こう見えても虫だからな」
「かなーり意味不明だと思うよ、そのせりふ」
「なんで喧嘩したんだよ」
「虫に関係あんの?」
「ある」
と不意に重々しくカメムシは言った。
私と祥子さまの口論。
私が新聞を先に見たとか、そういう……。
なんだったのだろう、祥子さまの支配欲なのか、姉の矜持なのか。
私はそれをリリアンで一度もうっとうしいと思った事はなかった。
だが今の私は何だか、人間ではない気がするのだ。
「カメムシには関係ないよ」
「怖いんだろ」
「何がよ」
「今、祥子の部屋に行って祥子に怒られたら、祥子をうっとうしいって思うかもしれないのが」
「知ったような口を、虫の癖に」
でもそれは図星ではないのか。
「行きたくないんだろ。祥子の部屋に」
「たまにはそんな日もあるだけよ」
「ただ俺が思うに、道は二つある」
虫の声は今までになく真剣味を帯びていた。
「一つは、祥子を信じて祥子の部屋に行く事だ。祥子はお前を叱らない。祥子はお前を愛しているから。あるいは怒るかもしれない、でもお前は祥子をうっとうしがらない。お前は祥子を愛しているから。でもお前は、それを信じられないでいる」
「悪い?」
「俺が思うに、うっとうしいって思ってもいーんじゃねーの?別にもう姉妹でもねーんだし、形が変わるだけで。形が変わるのを恐れたら、この人間の世界で生きてけねーだろ」
カメムシの声は、想像以上に私に対して……何だろう。説得的だった。
「でも私、形が変わらない生き物だよ」
「心の形が変われば充分なんだよ」
「くさいね」
「カメムシだけにな」
「腹が立つなぁ」
私は笑った。なんだか、泣き笑いみたいな笑いだった。
「お前まだまだ、まだまだまだまだ人間だぜ。虫から見るとそう思う」
くそ、なんだよこいつ、虫の癖に。
ああ、祥子さまのところに行かなきゃ。
「ところで、もう一個道がある」
「なによ?」
気づけば七色の入り口が再び現れている。
「虫の世界へ行く事さ」
「ないでしょ」
私は笑う。
「ないよな」
カメムシも笑う。
私が部屋のドアに手をかけると、カメムシが不意に背後から、奇妙に真剣な声で言った。
「お前さ、もし、お前が虫の世界を選ばないと俺が死ぬって言ったら、どうする?」
私は人間至上主義者だ。
私は笑った。
「ないでしょ?」
ははっ、とカメムシも笑う。
「ないよな」
そしてドアを開けて部屋を出た時、かさかさ、と何かが歩く音が聞こえた気がした。
祥子さまの部屋までの廊下は、とてつもなく遠いように思えて、時間が飴のように引き延ばされているようにも感じた。
私が部屋をノックすると祥子さまは笑顔で私を迎えてくれた。
「よく来たわね」
そう言う祥子さまの声は、私を労わるようだった。
「正直、不安だったの。来ないんじゃないかって」
「そんな筈、ないですよ」
カメムシがいなかったら、私は部屋に来ただろうか。
私達はもう姉妹ではない、強制力はない、そう思ったのではないか。
「ごめんなさいね、祐巳。なれない生活で、気が立ってたのよ」
ああ、これは、優しいお姉さまだ。
でも私は言う。
「大丈夫です。祥子さまのお叱りにはなれてますからね」
「まあ。祐巳ったら」
たぶんこれから、祥子さまのことを鬱陶しく思うこともあるだろう。
嫌ったり、喧嘩したりするかもしれない。
あるいは、姉妹じゃなくなったりするかも。
でも、でも大丈夫だきっと。
私には、変わる心があるから。
心が変わると人間関係が終わるんじゃない。
心の形が変わっても、なお変わらない愛が人間関係を繋ぎとめるんだ。
「それじゃあ、祐巳、一緒にお茶でものみましょう?」
祥子さまの美しい声での問いかけに。
「はい!」
と私は満面の笑みで答えた。
これからもきっと。私はこのアパートで生きていける、そう思った。
・・・・・・・・・・
祥子さまの部屋に泊まって次の日の朝。
私の部屋に戻ると一匹の虫が死んでいた。
蜘蛛の巣にかかって、彼は無残に蜘蛛に溶かされ食い殺されたようだった。
一匹の、緑の、変なカメムシ
私はそれが死んでいるのに想像以上の衝撃を受け、その衝撃を受けたことについて、わななき震える唇で呟いていた。
「なんだ……意外とフラグたってたんじゃん」
虫の癖にね。
不意に私の未だ幼い頬を水滴が流れ、私は無残な姿に変わったカメムシを蜘蛛の巣から救出するとアパートの外へ向かった。
墓を作ろうかと思ったけど、なんだか辛気臭いし変な気がして、彼を向日葵畑に埋める。大根じゃなくて向日葵だけど、そんな風に回ったっていい筈だ。死んで、土になって、花が咲いて、実を食べて、死んで、土になる。
やっぱりみんな回るんだ。
カメムシだって、これで回れる。
私は、回れるかな、回れないかも。でも。
心が変われるなら、まだ、人間なんだ。
だから、だから、
土を掘る私のこの頬を熱い涙が濡らしている間は、きっと、きっと、私は人間だった。
今日も、そんな風に世界も、私も、回っている。
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