高校一年生の春には、世界の全ては敵になる。

  若い尖った心を優しく包むほど世界は親切じゃない。

  たとえば神戸の14歳、たとえば…その他大勢の若い人達。

  私達はその年頃には世界の全てを呪っていたんじゃないのか。

  やり過ごすことだって出来ずに。

  だから私も、細川可南子も、やり過ごすことなんて出来はしなかった。

  全然、出来はしなかった。

 

 

                           『火星に行く為に』

 

 

    (15歳・たとえられる許せないこと)

 

  何もかもが上手くいったと皆が思っているのなら、そういう風に振舞わなければいけない。

  何もかもが解決していると皆が思っているのに、自分だけ抵抗する駄々っこにはなりたくない。

  しかし、同時にこうも思う。何も解決なんてしてない。解決なんてするものか。

  たとえば、私の心が暗いこと。

  たとえば、どうしようもない殺意のこと。

  たとえば、人をゴミのように思えること。

  極端な反動と思い込みが、祐巳さまを私に聖女に見せた。でもそれは、世界のどこかにイノセントがあると思いたかった私の我侭なんだ。

  世界のどこにもイノセントなんてない。

  そして私はそれに耐えられない。

  たとえば、毎晩、父さんと夕子さんがしていること。

 

 

 

                    (避けられない豚たち・自分も仲間であること)

 

 

  私が父さんと夕子さんの行為に始めて気づいたのは、一緒に住んで三日目のことだった。

  夕子さんは若い。そして父さんは、いけないと思いつつ関係を持ったんだ。子供まで持たせて。そんな長く我慢する訳なかったんだ。

  夜に起きた私は、父さんと夕子さんの部屋から漏れる声について考えた。考えたくなんかなかった、でも、考えない訳にはいかなかった。

  父さんは、私の母さんを愛していて、でも別れて、夕子さんを愛している。

  一行にまとめれるくらい簡単な内容だ。

  問題なのは、それをどう受け止めるかだ。

  私は暗い台所で、彼らの声を聞いていた。まるで暗い音楽を聴くみたいに。

  ただ目を閉じて、静かに聞き続けていた、何もない漆黒の台所で。

 

  刻印のような、母を愛していない印の音楽を聞くだけで、私はやめておくべきだったと思う。

  それは、見てはいけないものだったんだ。

  でも結局は、私はそれを覗き見てしまった。遅かれ早かれ、そうなっただろう。

  たとえ何回人生が繰り返されても、きっと私は同じ結果を招いた。だって、見るに決まってるじゃないか?

  私は父さんと夕子さんが毎日……なんて表現したら適切なのだろうか?愛し合っている?しかし私には、どんな表現も全然不適切に思える。

  もう一度その表現について考える。

  愛し合っている?

  冗談じゃない。

  だから仮にそれをモニュメライズと呼ぼう。

  私は父さんと夕子さんが毎日モニュメライズしているのに気づいていた。完璧だ、しっくりくる。

  その光景には、愛とかいう暖かな言葉は全く似合わなかった。

  それを見た時の激しい嫌悪感。吐き気、衝撃、どうやったって現せそうもない。

  あのとき、私は車に引かれたんだ。そう思った方がマシだし、衝撃を受けるという点では似ている。

 

                           ドアをそっと開けて。

 

  全て、私がしっくりくる言語に変えたい。本当は、世界の全ての言語を変えてしまいたいくらいなんだ。

  父さんと夕子さんはモニュメライズしていた。私には気づかない。

  父さんはベルヘナイセンスラッブターンして、夕子さんはマブロムリンしていた。

  夕子さんは普段聞かないような声を出していたが、それは思い出したくないし、他の言語に置き換えることの出来ない現実そのものなので、

  忘れさせてもらおう。

  まったく、獣みたいじゃないか。

  これは、獣のつながりじゃないか。

  おかしいぐらい2人は私に気づかない。

  ねえ、気づいたっていいじゃないか。

  でも見せ付けるように父さんはパチュメリアックスロッドルして、夕子さんはベアメントグリュースランしていた。

  延々と、延々と2人はモニュメライズしている。

  頭がおかしくなりそうだ。

  父さんのブリューグライセンズ、夕子さんのショウムルングル。

  モニュメライズ、モニュメライズ、モニュメライズ。

  父さんはスレイベルして、夕子さんがそれに合わせて声をあげた。

  スレイベル、スレイベル、スレイベル。

  避けられない現実。夕子さんの嬌声、そして、ペタンペタンとぶつかる音。

  ペタン、ペタン、ペタン。

  たぶん、私の頭は少しおかしくなった。

  私はドアを閉じて、音さえたてたのに、それでも2人は気づかなかった。

 

 

 

                            (学園の中・狂気を内に篭らせること)

 

 

  登校の途中ですれ違う、小学生くらいの女の子がいる。

  紅い靴を履いてランドセルを背負って、短いスカートに白いブラウス、丸い膝が見えている。

  可愛い顔立ちで、幸せそうで、大きな黒い目が不思議そうに世界を見ている。

  私はその子を見るたび、何かがひっかかる。

  とても可愛いからなのだろうか。

  でも、この感じは…

  イライラする、に似ている。

 

 

  私はバスケ部に入った。もう一度、バスケが出来るとは思わなかった。

  途中入部の私に対する風当たりは良いとは言えなかった。

  「あなた、紅薔薇さまと親しいんですってね」

  「どういう意味ですか」

  「いいえ、別に」

  それが入部して最初のまともな会話だった。

  新入部員としてボールを磨きながら思ったのは、この部は経験者の殆どない、素人に毛の生えた程度のチームだということ。

  バスケの実力さえ見せれば、認めてもらえるだろうか、とも思う。

  しかしお嬢様学校のバスケ部は、バスケットという競技に別に真剣ではなかった。

  新参者を認めて、レギュラーに入れるほど真剣ではない、という意味で。

  「いい気にならないでよね。別にあなたなんか大したことないんだから」

  なるほど。

  おっしゃるとおり。

  私は楽しくバスケをしている。

 

  昼休みに、祐巳さまを尋ねようと思った。

  茶話会の話が煩くなっているから、という理由だ。

  私がいない放課後に教室に来ていただいたこともあるし、茶話会に参加しない旨を伝えたい気持ちがあった。

  思い出す祐巳さまの表情は、いつも笑顔。

  天使の微笑み。

  私は、祐巳さまが好きだ。

  祐巳さまは、最初のイメージとは違っても、美しくて、純粋で、やはり天使なのだと思う。

  だって、祐巳さまだけが私を否定しなかった。

  クラスでも浮いて、誰もが厄介者として扱い、父も母も失ったも同然の孤独な私を、祐巳さまだけが否定しなかった。

  あの時の私にとって、世界で信じられるのは祐巳さまだけだった。あるいは、今でも。

  父は先輩を犯し子を産ませ、母は変わってしまい離婚した。

  いったい、どこに救いがあるのか。少なくても、あの時の私にとってはそれが事実だった。

  あの時、確かに私にはこの世界のどこにも居場所なんてなかった。家は暗く穢れ、学校は私を拒絶し、世界は私を憎んでいた。

  死んでも構わなかった。全く、構わなかった。

  全てが汚されて価値のない世界で、私は確かに狂っていた。そして、この世界も狂っていると確信していた。

  その世界では祐巳さまだけが天使だった。

  私だけが祐巳さまを救えて、祐巳さまだけが私を救える、私達は運命で選ばれた唯一のつがいだと信じていた。

  今でも私は少しだけそう思っているのだけど、私には、たぶん祐巳さまの妹になる資格はない。

  きっと私では、祐巳さまを困らせ、汚してしまうのだろう。

  私は、天使には相応しくない。

 

  ポストの見張り番をしている祐巳さまに私は言った。

  「お仕事中、ごめんなさい。少し祐巳さまとお話したかったのですが、……無理ですよね」

 

 

 

                 (完成した関係性の輪、よそもの、邪魔者としての私)

 

 

  父さんと夕子さんは愛し合う新婚夫婦だった。

  私は連れ子だ。

  そうだろう?事実として。

  些細な会話の端々で、私の知らない父さんと夕子さんがいて、私は阻害される。

  しょうがない、よくあること。

  ねえ、よくあることの筈なのに、こんなに息が詰まるのは何故なのかしら。

  家が、海の底みたいに息苦しい。

  2人はとても幸せそうな新婚夫婦で、私はそこから浮いていた。

  父さんと夕子さんと次子で、家族だった。

  完全な家族。

  私だけが、浮いている。

  「ほら、あの時あなたもそう言ったじゃない、もう」

  「そうだったっけな、夕子、忘れてしまったよ」

  「もう!」

  笑いあう二人。私も笑う。私の知らない話。

  私の知らない二人。

  笑っている。私も笑う。笑う。

 

  何を笑っているんだ私は?

 

  つくり笑い、家で、作り笑いだと?

  なんだよこの家は、なんなんだよここは。

  ここに私の居場所はないじゃないか。

  ここでは私はただの邪魔者じゃないか。

  それなら私はどこへ帰ればいいんだよ!!!

 

  そして夜になれば2人はモニュメライズする。

  私の知らない父さんと夕子さん。

  男と女の顔をしている。

  そして私は一定感覚のぺたんぺたんという音と声が、だんだんアイルランド語みたいに聞こえてくる。

  テペンテ フゥッテン ぺテペン フゥト アアテ ペンテン。

  この言語がどういう意味か私は考える。でも私の脳裏には火星のイメージしかなかった。

  祐巳さまがくれたイノセントの世界。

  全てが、綺麗なまま、それはそこにある。

  私は、そこへ行きたくてしょうがないのだ。

 

 

 

                      (次子・可愛いものほど殺したくなるということ)

 

 

  学校に行く前に、次子の顔を見る。

  イノセント、なるほど、これは、イノセントそのものだ。

  しかし私は、理屈もなく、奇妙な感情を覚える。

  それは、食欲にも、イライラする感じにも似ていた。

  私は次子を、殺そうと思えば簡単に殺せる、とふと思う。

  殺そうと思えば殺せる。それが、私にとってとても大事なことだ。

  私が人を殺せば、私は何を失うだろう。

  たぶん、何も失わない。

 

  通学途中に、またあの紅い靴の女の子に出会う。

  可愛いものだ。

  そしてまた、覚えのない感情。

  殺そうと思えば殺せる。

  そして、何も失わない。

 

  学校の授業は退屈を束ねて圧縮して星になって、重力を放ってのしかかってくる。

  退屈=重さとなって。

  とにかく、退屈が重い、しかものしかかってくる。

  眠い。下らない。教師なんて大嫌いだ。

  学校の勉強なんて何の意味もないんだ、と私は頑なに信じ込む。何かから自分を守るみたいに。

  今日もクラスメイトは誰も話し掛けてこなかった。

 

  部活動。

  汗を流して、友達たくさん。

  青春だね。

  ちなみに、バスケットというスポーツにはレギュラーが五人しかいない。

  だから私はボール磨きをする。実に合理的だ。

  私が一番身長があって、経験があって、ドリブルも誰より上手くできるけど、新入生だからボール磨きだ。

  たぶん、私が中学バスケで練習したのはボール磨きだと思っているんだろう。そういえばお父さんもボールを磨くのが好きだった。

  私のクラスの人間が視界に入る。同じクラスで同じ部活、でも話した事もない。話したくもない。

  いつも無言で協調性のない不気味な生徒だと、触れ回っているのだろう。きっと。

  なんで私はここにいるんだろう。

  でも祐巳さまに言った以上、私はバスケ部にいる。

  「お茶会、可南子さんは参加するのかしら」

  と先輩が言った。

  「私が参加するかどうかが、先輩と関係ありますか?」

  「あなた、上級生への口の利き方を考えた方がよろしいんじゃなくて?」

  「関係各所と相談して前向きに善処します」

  先輩の顔に赤みがさした、そんなに照れなくてもいいのに。

  「あなた、いい気になってるようね」

  「そんなに褒められて悪い気はしない」

  「ふざけてるの?」

  「あるいは」

  「練習に参加なさい、5対5でやるから」

  最高に険悪な雰囲気で5対5が始まる、ワクワクするねえ。

  先輩はいきなり私の腹を殴った。なるほど。私は蹴り返す。

  その後、私は先輩方からありがたい指導をいただいた。

  それがどれほど屈辱的な指導だったかは、忘れることにしたい。

  先輩は私にボメルセンして、グメレベースンというようなことを言った。

  それで大勢の先輩方や同級生達は、バマイローゼッテだった。 

  奴らは笑った。

  チェルクレンメスポがマバテヤウォールンでドバメスティッキンだった。

  だから私はメベイルーゼンフェッソ、ムロイバした。

 

 

 

                         (家、痣、トイレで穢れること)

 

 

  見えないところに痣が出来た。

  次子は寝ていた。

  殺せる、いつでも殺せる。

  殺したら、この世界から抜け出せる。

  火星に行ける。

  でも、駄目だ、家族を殺しても駄目なんだ。

  火星に行くには、意味のない殺人でなくては。

  殺人鬼でなくては。

  そして人を殺し、私は特別になる。

  つまりは、「いや、人を殺すなんて全く特別ではなく、簡単なこと。殺しても何も変わらない」と優越感たっぷりに言う特別。

  次子は、いつでも簡単に殺せる。

 

  その日の夕食で父さんと夕子さんはいやらしい目配せをして、やっぱり夜にはモニュメライズした。

  私はまるでそれを見るのが日課のように深夜まで起きて、それを見ていた。

  飽きて私は台所にいき、水を飲んだ。暗黒の台所。無機質の冷気。私はポタリ、ポタリと落ちる水滴の音を聞く。

  その時だった、それが起こったのは。

  それは全く予兆のない、突然の現象だった。

  そんな衝動をここまで激しく感じたことは、いままでなかった。

  なんだこれは?

  なんなんだ?

  私は震える足を引きずってトイレに駆け込んだ。

 

       モニュメライズ……?

 

  トイレから出て、私は台所で虚脱していた。

  結局、私も、獣だ、豚だ。屑だ。

  何も変わらないじゃないか。これじゃあ。

  私は自分がトイレでしたことが信じられなかった。

     気持ち悪い。

  自分が許せない。訳が分からない。

  自分のことさえ、まともな言葉ではあらわせない。

  とうとう、私は自分の中にまで、まったく別の言葉を、組み入れるしかないんだ。

  私、いま、水を飲んで、メベナフェッソが脳でおきて、それで、トイレで、ぺルティキュラソー、だった。

  死にたい。

  ここではないどこかへ行きたい。 

  美しい場所へ。

  どこよりも、美しい場所へ。

 

 

 

                          (天使なんかじゃない・我侭な女の子)

 

 

  また、紅い靴の女の子に会った。

  私は、この、女の子を見た時に襲われる感覚がなんなのか分かった。

  脳で、メベナフェッソが起きているんだ。

  これは、そういう感覚だったんだ。

  正確には、メベナフェッソにとても似ている。

  ねえ、どうしてメベナフェッソをこの子に感じると、殺したくなるんだろうね。

 

  私は、退屈な授業を、無垢なふりをしているだけのゴミ生徒たちを、無能な教師達を憎んだ。

  何もかもを憎みながら退屈をやりすごしていく。

  ああ、ほんとに殺してしまいそうだ。

  まずバスケ部の先輩を殺さなければ。

  そして、バスケ部のクラスメイトも殺さなければ。

  ああ、いまこうして、遠巻きにひそひそ話をしている連中も、みんなみんな殺さなければ。

  まったく、殺さなければいけない人間が多すぎる。

  私を馬鹿にした奴らはみんな殺してやる。

  私を笑ったバスケ部の人間もみんな殺してやる。

  ああ、しかし世界はなんでこんなに退屈なんだろう。

 

  その日、私は結局、部活にはいかなかった。

  あれほどの屈辱。

  私は、怒り、で、あのとき、笑った、先輩、あいつら、クラスメイト

  クレイティニスプがシャクルトゥスメルだった。

  私はもうベフェナメリッデンだ。

  だから私はバスケ部?バスケ部?ヴェイフェル部にはいかない。

  家にも帰りたくない。

  私は広い校舎の中でただ一人だった。

  どこへも行きたくない。

  このまま消えてしまえたら…

  どんなに素敵だろう。

  だから私は誰も来ない校舎の陰で座り続けた。どうなったって知るものか。

  それは少しだけ痛快だった。

  お父さんが心配したって、知るもんか。

  校舎の陰にそびえる一本の木を、私はじっと見る。

  肌の上を寒い風が吹きすぎていく。

  茶褐色の木のギザギザの線が走る表面。

  見上げると広がる枝の幾何学模様。

  私は飽きずにそれをじっと眺めていた。

  時間だけが置き忘れられた水のみ鳥のように動き続けている。

  どれくらいそうしていたか分からなくなるくらい座り続けて、日が翳って、私はようやく帰ろうと思う。

  どうしようもないんだ、結局。

  私は暗くよそよそしい校舎の中を歩き出し、どうせだから普段は歩かないようなところを歩く。

  どうせ、誰も私を咎めやしないんだ。

  普段誰もよりつかない、あの温室、祐巳さまと口論した、あの場所。

  ふと、寄って見る。

  風はますます強くなり、陽はますます暗くなる世界で、さまようように、でも、温室へ向けて歩く。

  遠く見える温室は古ぼけているけれども、この強い風の中でも静かに温かく佇んでいる。

  そして私はそこに人影を見つける。

  それは、祐巳さまと、祥子さまだった。

    ?

  なにをしているんだろう?

  声は聞こえない。

  祥子さまが祐巳さまに覆い被さった。

    ?

  なんだあれは。

  まさか?

  でも私は好奇心に任せてそれを見るべきではなかったんだ。

  それ以上進んだら、もう取り返しのつかない地点、というものはある。分水嶺、境界線、臨界点。

  どうしていつも引き返すことができないんだろう。

  そして私は見てしまったんだ。結局。

  祥子さまは祐巳さまのスカートの中に手を入れていた。

  上着の中にも、手を入れていた。そしてじきに脱がした。

  ねえ、どうしていつも、誰も私に気づかないの?

  父さんも夕子さんも。

  そして、今も。

  いよいよ、それで。

  ビャルメグル ピチャティアフェア オミチュピチュマファア ベルセッサンスミクチャア ペルピュチュル チャデファンス

  な に も わ か ら な い。

  天使の、筈

  でも、天使は、いない。

  だから

  そして

 

        祐 巳 さ ま と 祥 子 さ ま は モ ニ ュ メ ラ イ ズ し て い た

 

  紅くなった祐巳さまの、嬉しそうな獣の顔。祥子さまの、悦びに溢れた獣の顔。

  この、世界、では、私は、生きていけない。

  そうして私は発狂した。

  発狂しながら私はトイレに駆け込んで、ああ、私も獣だ、豚だ、私は

  ぺルティキュラソーだった。

 

 

                       (どこにも行けない、たった一つの脱出方法)

 

 

  私はもう、ヴェクティムルゾだった。

  メッペフェルソはシャトーンライで、モルブゾだ。

  だから、もう、レトゥォールなんだ。

  「どうしたの?可南子?」

  「なんでもない」

  夕子さんはペフェロンダルだ。

  13.7843975。

  まったくペフェロンダルだ。

 

  少しだけ、言葉を、正気を、集中して取り戻す。

  もう、火星に行くしかないんだ。

  この世界では、無理なんだ。

  火星に行くには、殺すしかない。

  世界なんて滅べばいいんだ。

  みんな死んでしまえ。

  私は特別になる。私だけが火星に行ける。

  殺さなければ、脱出できない。

  私は、明日の朝もあの女の子に会うだろう。

  その時に、ちゃんと殺さなければ。

  どうやって殺す?

  返り血を浴びず、声を上げさせず、やはり、首を締めるべきだ。

  ロープなんて当然用意してない。

  だから、手でやるしかない。

  やれるかな?

  いや、やるんだ。

  火星に行かなきゃ。

  行かなきゃ。

 

  昨日、私は、祐巳さまのモニュメライズを見て、トイレに駆け込んだ。

  脳でメベナフェッソがおきていた。だからトイレでぺルティキュラソーだった。

  私は、結局、私がイノセントじゃないから火星にいけないんだ。

  笑いながら人を殺せるほどクールにならなければ。

  格好よくならなければ。

  誰も私を馬鹿にしたり、笑ったりしないように。

 

 

  その日も、いつもの朝だった。

  次子を見て、少しメベナフェッソだった。

  私は、少し緊張しながら通学路を歩く。

  朝の空気は冷たくて透明で、私は自分の身が引き締まるのを感じる。

  何故か、いつもより、酸素が少ないような気がした。息が苦しい。

  舗装されたアスファルトの道、続く塀。

  向こうから紅い靴の女の子が来る。

  朝早い、誰もいない、どこにでもあるようなアスファルトの道。

  住宅街。

  でもやれる

  失うものはない。

  特別になるんだ。

  女の子を見る。つぶらな瞳。

  火星に行かなければ。

  メベナフェッソしはじめる。

  細い首。

  やらなきゃ。

  現実感がなくなっていく。

  ベルヘナイセンスラッブターン。

  父さんのモニュメライズ。

  祐巳さまのモニュメライズ。

  ヴェイフェル部のボメルセン

  私のペルティキュラソー

  嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

  逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。

  私は、だから

 

                        女の子の首に手をかけた。

 

                              「ひ」

 

                   小さな声、大きな声を出されたら、嫌、怖い。

 

                              だから

 

                             力を込めた。

 

                          もがく、女の子がもがく。

 

                               だめ。

 

                             リアルな感覚。

 

                      想像力のスイッチを切らなきゃ、怖い。

 

                           現実を見失わなきゃ。

 

                              これは、夢

 

                              力を込める。

 

                              女の子の涙。

 

                             どろりとした、目

 

                                私は

 

 

                            お父さん!お母さん!!

 

 

 

 

 

                               祐巳さま!!

 

 

 

 

  気づいたら手を離していた。

  どこまで現実を見ていたのかも分からない。

  走って逃げ出す。

  怖くなって逃げ出す。

  ケホケホと女の子は言った。

  絶対に生きている。

  逃げなきゃ。

  私は逃げて逃げて、気づいたらリリアンの中に居た。

 

 

 

                        (火星に行く為に、ここではないどこかに)

 

 

  次子を殺そうか。

  たぶん、出来ない。

  とうとう、火星に行く資格さえ、失った。

  きっと、紅い靴の女の子はあれがトラウマになる。

  周辺の主婦はこの事件を恐れる。

  私は犯罪者だ。

  もう、安らかに眠ることもない。

  惨めで、逃げ出した、弱っちい犯罪者だ。

  もう生きては、いられない。

  よく考えれば、これでもいいんだ。

  きっと、いいんだ。

  この世界に居場所がないなら、抜け出せばいいだけなんだ。

  だから私は、屋上へ続く階段を昇り始める。

  この階段は、火星へと続いているから。

   二階、三階、四階…

  「可南子さん、どこへ行きますの?」

  松平瞳子が、私にそう声をかける。

  「火星に」

  「火星?」

  「火星にしか、美しいものはないから」

  それだけ言って、私は屋上への階段を上がる。

  「ちょっと!可南子さん!」

  屋上の上は、空だった。

  この空は、火星に繋がっている。

  私は、屋上の柵へ歩いていく。きっと飛べる。誰よりも高く飛べるんだ。

  そうして私はこの居場所のない世界から消えて、美しいものだけがある火星へ行くんだ。

  きっと火星に行けば、全てが上手くいく。

  夕子さんと父さんは私を愛してくれて、みんなが私を認めて、祐巳さまは私を愛して、私は清くて永遠に穢れない。

  永遠に、穢れない。

  そこではきっと何もかもが損なわれることなく本当に輝きはじめる。

  もう、何も怖くない。

  火星へ行くんだ。

  火星へ。

  「可南子さん!!」

  瞳子が上ってきた。

  「何をする気ですか」

  何をする気なのか。

  何を言い残すべきなのか。

  いろいろあった。

  モニュメライズがあった、ボメルセンがあった、ペルティキュラソーがあった。

  ねえ、瞳子さん

  瞳子さん

  あなたはどうして生きていけるの?

  私は柵を超えた。

  「可南子さん!!」

  私は、縁に立っている、火星と地球の縁、その境界線。

  これ以上進んだら、取り返しのつかない地点、というものはある。

  下ははるか遠い地面。そこは、火星。

  「死ぬ気ですか!!」

  ねえ、瞳子さん。

  ねえ

 

                    「この世界に、救いはあるの?」

 

  そして私は空を飛んだ。誰よりも高く。

  火星に行く為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  でも、結局私は死ななかった。

  何も解決してない。

  瞳子に助けられた私は、誰よりも惨めだった。

  ねえ、なんで生きてるの。

  なんで生きてるの、私は。

  父さんと夕子さんはモニュメライズして、祐巳さまと祥子さまもモニュメライズして、ヴェイフェル部は私にボメルセンして、私はトイレでペルティキュラソーして、そして地球は回っている。

  何も救いはない。

  ねえ、どうしたらいいの。

  お願いだから。 

  教えてよ。

  誰か。

 

 

                                        go to mars werucome happy life over

 

 

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あとがき