『気高さで立ち向かうこと』

 

 

 

 

 

私は、臆病になっている、とふと思った。

雨の日に傷つけてからだ、と気づく。

私は私の妹を、あの雨の日にとても傷つけた。

妹は、今はもう私の前で微笑んでくれるけれど、私は妹を二度と傷つけたくない。

 

だから、臆病なのかしら。

 

こんなに臆病になった自分を、初めて感じた。

いや、本当は、前から臆病だったのだけれど、きづかなかった。

優さんのことだって…

 

 

 

 

私、臆病になってるかも。

あの雨の日に、私はとても傷ついて、お姉さまから見放されてしまったと思った。

あのときの不安や絶望が、またやってくる時があるかも知れない、と思う。

お姉さま、私だけを見て

なんてとても言えないけど、本当にそう思う。

お姉さまは、絶対私を見捨てない、そう信じることにする。

 

ユミは、がんばります、お姉さま。

 

 

 

 

 

おじい様から連絡があって、ボディガードがついた、前からボディガードはいることは居たが、今回の

ボディガードは登下校時についてくるらしい。

私は、車で登校しているのだし、必要ないと言ったのだけれど、なぜかおじい様は強く押し付けてきた。

お母様も、暫くこっちで引き取る、とお爺様は一方的に告げた。 

 

憂鬱な気分になる。

 

おそらく、男なのだと思うから。

女性のボディガードだって世界にはいるのだろうけれど、確率は低そうだもの。

 

しかし、家に訪問してきたそのボディガードは、私を驚かせた。

 

アルマーニの黒いスーツに黒いワイシャツを着て、赤いネクタイをしている。正気じゃない。

しかも、身長が百五十センチぐらいで、どうも女子中学生に見える。

腕時計がフランクミューラーだった。

 

「あの…あなたが?」

 

「ご不審に思われるのも無理はありません。しかし、私があなたのボディガードです」

 

その声は高く澄んで、ソプラノだった。

おじい様が私に気を回して、こういう子をボディガードに?

でも、そんなはずないわ。おじい様はそんなことを気にする人間ではないし、私の男嫌いも知らない筈。

 

「それでは、お嬢様、参りましょう」

 

「あなた、名前は?」

 

「私ですか?」

 

「そうよ、ほかに誰がいるの?」

 

何故か、その人物は皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「サワラ・サロウと申します」

 

と言って、サワラは優雅に一礼した。

 

 

 

 

車内では、サワラは静かにしていたけど、何か喋りたそうだった。

私も、こういう状況になった理由に興味がある。

 

「おじい様は、何故、あなたを私につけたの?」

 

「その件については、口止めされております」

 

「なにか、危険なことをしているの?」

 

「あくまで一般論ですが、大企業ともなると、いくつもの利害が衝突します。

小笠原グループに建築部があったかどうか失念いたしましたが、建築業界などでは、受注をめぐる談合、

建物の解体作業、建築廃棄物の処理、建築現場の騒音などの近隣対策や地上げなど、あらゆる局面で

トラブルが起きやすいのです。 大企業ともなれば、建築業でなくても、さまざまなトラブルがあると、愚考

いたします」

 

「おじい様も、トラブルに巻き込まれていると?」

 

「注意に越したことはない、という意味です」

 

「あなたは、そのトラブルに対処するため、私につけられたのね」

 

「そういうことです。大きい組織は、狙われやすいのです。

全国に組織を張り巡らせている広域暴力団は、なんらかの嫌がらせでお金を稼ぐものですからね。

私はそういうトラブルの処理屋もやっていますが、大物の同業者は、今はもういません」

 

恐らくは有名なのだろう、何人かの名前をあげ、懐かしそうにサワラは遠くを見た。

ペラペラよく喋る男だ。

口止めの意味を分かっているのだろうか。

しかし、見た目以上に年をとっているようね。

車が止まる。

 

「ああ、付きましたね、私も降りて、周辺に待機しております。

このブザーをお渡ししますので、何かあれば押してください。すぐさま駆けつけます」

 

「いらないわ」

 

「音が出るわけではありません、私のところに連絡が来るようになっているだけです」

 

「二度も言わせないで、いらないわ」

 

いきなり、サワラの雰囲気が変わった。

 

「持っていって下さい」

 

明白な、暴力の匂いを出している。

しかし、私も小笠原の娘、その程度で怯むわけにいかない。

 

「お断りするわ」

 

「殺すぞ」

 

いきなり、なんの前ふりもなく、冷酷な言葉が放たれた。

しかも、嘘には聞こえない。

 

「俺は、ほかのあんたの小間使いとは違う、ボディガードと表向きなってるが、依頼された処理屋だ。

苦情なら爺さんに言え。俺は、相当丁寧にあんたに応対したつもりだ。

たかがブザーを持っていくぐらいで揉めるなんて心底馬鹿げてるが、俺は遊びで来ている訳じゃない。

いいか、もう一度だけ言うぞ『ブザーを持っていけ』」

 

サワラの目に表れている怒りは、本物に見えた。

もはや、ただものではない雰囲気を隠そうともしない。

しかし、私は、負けるのが大嫌いだ。

 

「あらそう、それなら、ちゃんと頭を下げて頼んで」

 

「あんたなあ、なくて困るのはあんただぞ」

 

「知らないわ」

 

「あんた、いい性格してるよ」

 

サワラは頭を下げた。

 

「どうぞ、ブザーをお持ちください、お嬢様」

 

お嬢様、という言い方に馬鹿にしたものを感じたが、流石にもう、こんな危険そうな人間と口論する気は

しない。

 

「あら、ありがと」

 

私はブザーをポケットに入れ、校門をくぐった。

 

 

 

 

薔薇の館に、ユミが先に一人で来ていた。

 

「あら、ほかの子は?」

 

「あ、お姉さま。すいません、わかりません」

 

「いいのよ、別に」

 

ユミ…顔を見るだけで、少しほっとする。

せっかく二人きりなのだから、何か話したいのだけれど。

話題を探すなんて、今まで余りしたことがないから…

 

私といて、ユミは楽しいのかしら?

 

ユミは何か片付けものや、紅茶を入れることや、そういうことをしている。小さい、愛しい背中。

二つに結んだ髪が規則正しく揺れている。

 

私のところに、カップを運んできてくれた。

 

「お姉さま、紅茶です」

 

「ええ、ユミも隣にお座りなさい」

 

「え?あ、はい!」

 

ユミは私の隣に座って、自分の紅茶に口をつけた。

両手でカップを持って、紅茶を飲む姿は可愛らしかった。

きっと、前白薔薇さまなら、素直に可愛いと言うのだろうけど…

 

「ユミ、タイを直してあげるわ」

 

タイが曲がっているかどうか、分からなかったけれど、何かしてあげたい気分だったから…

ユミは大人しくタイを直されていた。

 

「ええ、これで大丈夫だわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

ユミは何故か赤い顔をして頭を下げた。

 

「あの、お姉さま」

 

「なにかしら?」

 

「今日、お家にうかがってよろしいですか?」

 

もちろんよ、と言いかけた。

ポケットのブザーが体にあたる。

今。何か揉めている今、ユミを巻き込むわけにはいかない。

よりによってこんな時に…

 

「ごめんなさい、今日は駄目なの」

 

「そうですか…」

 

見るからにしょげかえるユミを見て、私は動揺する。

また、あの時みたいになってしまったらどうしよう。臆病になっている私。

不安が膨れ上がってくる。

 

「ユミ…」

 

思わず抱きしめていた。

 

「お姉さま?」

 

「心配しないで」

 

「は、はい」

 

ユミの声は震えていた。

自分でも、変だとは思う。

上手く話せないから、抱きしめてしまう。

そういう、極端なコミニケーションの仕方は、変かも知れないわ。

話さない、と、抱きしめる、の間ぐらいのコミニケーションが、もっと必要だとは思うのだけれど…

ユミが潤んだ目で私を見ていた。

なんだか、頭が熱くなった。額にキスする。

 

「ひゃ」とユミが小さく叫ぶ。

 

やってしまった、と思うけれど、後悔なんか全くなく、昂揚感だけがあった。

 

「それじゃ、今日は先に帰るわね」

 

「は、はい〜」

 

と空気の抜けた風船みたいな声を出して、ユミはおろおろしていた。

 

ほんと、可愛い子。

 

 

 

 

 

そして、憂鬱な下校が待っている。

案の定、憂鬱な男(もはやそう確信している)が立っていた。

 

「ああ、お嬢さん、車にお乗り下さい」

 

「言われなくてもそうするわ」

 

「なんだか機嫌を損ねてしまったようですね」

 

「殺すと言われて、機嫌よくする人間はいないわ」

 

「あいにく仕事ですんでね、ブザーぐらい持つのに、何の支障があるんです?」

 

「さっそく支障があったわ、早く問題を片付けてちょうだい」

 

「ええ、今、全力をあげております」

 

いやいやながら車に乗った。

 

「本当に、私をここまで警備する必要があるの?」

 

私は、ユミと一緒に帰りたい。

 

「あくまで一般論ですが、実際に拉致監禁という手段はよく使われます。

和歌山の土木会社の会長で元県会議員は、監禁されたことがあります。

複雑で入り組んだ事情ですので、今回のケースとは異なりますが、思い出深いもので」

 

自分も関与してたみたいに聞こえるわね、とはあえて言わない。

 

「彼は和歌山県の県政のフィクサーで大物ですが、それでも、そんな目にあう。

元防衛庁長官を小僧扱いしてたのをよく覚えています。もちろん、私も彼と付き合いがありましたが」

 

この男、ほんとに何者なのかしら。

 

「結果的に彼は助かりましたが、なかなか大変でした、この時はビデオ疑惑の渦中だったから彼が

狙われた。 ほかにも、銀行頭取暗殺や、和歌山には幾つも思い出があります」

 

懐かしい爽やかな思い出みたいに言っているけれど、どう考えても言ってることが黒い。

車がカーブにさしかかると、サワラは懐から何か出した。

 

「まあ、こういう手に出る訳です、彼らは」

 

私達の車に、四台の車が近づいてくる。

 

「ちょっと、窓をお開けしますよ」

 

サワラは窓を開けると、その鈍く光る鉄の塊を窓の隙間から出した。

どう見ても、それは銃だった。甲高い発射音がする。

 次々と車はスピンし、ガードレールに激突した。

 

「街中で」

「なあに、心配いりません。警察にも、組にも話してます。和歌山で市長がヤクザとビデオに写ったとき、

ビデオに写った組長は、何人かの警察幹部の名前をあげ、仲良くしてると明言してます。どう考えても

脅迫事件なのに警察が動かなかったのはその為なのです。私だって、警察幹部には友達がいくらでも

います。私の知るある警察幹部なんか、家にヤクザを住まわせてますし」

頭が痛い。

「このまま帰りましょう、根回しは色々しなければいけませんし」

見れば、運転手が震えていた。

 

 

サワラは常に私のそばにいて、何かを連絡しまわっていた。

流石に、私は不安になってくる。

うちの家にもガードマンはいるが、銃など持っていない。

サワラしか銃を持たない状態で、大丈夫なのだろうか。

絶対に、ユミを巻き込むわけにはいかない、と強く思った。

それは、本当に心底思った。

 

   しかし

 

 

私にできることなどなかった。

全く、なかった。

私はお風呂に入り、眠りについた、

それは、海の底のような深い眠りだった。

 

 

叫び声が聞こえ、ようやく目を覚ます。

私は大急ぎでドアを開けると、韓国か朝鮮か、そういう国の言葉が聞こえてきた。

 

そして、地獄絵図が広がっていた

 

 

 

 死体、死体、死体、死体。

 

 

 

無数の男達の血の匂いに吐き気がする。

ちょうどサワラが一人の男の腹を蹴り上げ、髪を掴んで壁にぶつけ、こめかみに銃をあてて引き金を引く

ところだった。

ぱっと血があふれて、ドクドクとこめかみに開いた穴から血が流れていく。

 

「ああ、すいません、少し汚してしまいました」

 

私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、レースのカーテンの傍にサワラが居た。

 

「お起きになられましたか。

お嬢さまの寝室に入るのは失礼かと思いましたが、なにぶん私以外に介抱するものがいなかったので…

さきほどの銃撃戦で、召使が七人全員死亡しました。ガードマンもです」

 

「夢じゃなかったのね」

 

召使が、死んだ?

 

全員。

 

昨日まで、普通に話してたのよ?

 

死?

 

私も。もしかしたら。今ごろ。

 

自分が震えているのに気づいた。

 

「大変でしたよ、二十人ぐらい居たので、調度品は汚さないよう気をつけたのですが」

 

「どうなったの?」

 

「全員、今ごろは土の中です。私が手配しました。新聞にも乗りません」

 

「あなた、何者」

 

「私は処理屋です」

 

「おじい様は誰と揉めてるの?」

 

サワラは少し、ため息をつく。そして

 

「華槇(かしん)総聯です」

 

と静かに言った。

 

 

華槇総聯とは、日本で得た外貨を某国に送金する、在日団体である。

極めて非合法的な活動が多く、税金に関しても、ここに加入していれば個人で申告せずとも、

華槇総聯が税務署と相談して申告額を決めてしまう、という極めて犯罪的な行為がまかりとおっている。

 

小笠原グループの利益と華槇総聯の利害がぶつかり始めたのは二ヶ月ぐらい前かららしい。

最初は平和な話し合いが持たれていたが、

そもそもが非合法的な体質が染み付いている華槇総聯が無茶を言い出すのに時間はかからなかった。

 

華槇総聯という組織は、A新聞社を支配下においていると考えていい、とサワラは言った。

 

 

一つの新聞社の言説を、ほぼ操ってきた経緯がある。

 

君達が思っているより、新聞社というのはずっとずっと暴力に弱いよ、とサワラは言った。

 

政界に対するコネも半端ではなく、多くの政治家が彼らからの金を懐に入れている。

サワラはその中の一人、N元官房長官と親しいらしい。

川砂利がどうとか言っていたが、そんなことに興味はない。

 

ともかく、小笠原グループと華槇総聯の間で、政治家への口利き合戦、

有力者の取り込み、暴力団の暗躍などがあって、状況は滅茶苦茶になってしまった。

 

華槇総聯が厄介なのは、他の団体と違い、外交問題や国際問題、国益などが絡み、下手をすれば、

一企業体である小笠原グループが、某国という国家と敵対する羽目になる点だ。

通常のヤクザとか、そういう団体への対処役は小笠原グループにもいるが、問題がこうも大きくなると手に

余る、そこで白羽の矢が立ったのがサワラだった。

 

どうやら、サワラは切り札的存在らしい。

 

 

「西園寺の大奥方がいるだろう?僕は彼女の関係で、小笠原グループの仕事を受けたことがある。バブ

ル華やからしき時さ」

 

サワラは今、色んな人間に連絡を取り、手打ちにできる状態に持っていこうとしてるらしい。

 

「君が彼らに拉致されたら、洒落にならないからね。

ヤクザだって、一割は某国の人間だと言われている。色んなところに、色んな力があるのさ。

小笠原グループのヤクザ担当では手に余る」

 

しかし、腑に落ちないことがある。

 

「それなら、私にはあなたが信用できるボディガードをつけて、あなたが色んな人と交渉した方がよろしい

んじゃなくて?」

 

「そうしたいんだけどね。まあ、ちょっとよろしくない噂があって、僕がつかざるをえないのさ」

 

何か隠す気らしい。

 

「どういうことかしら?」

 

「知ってもしょうがないさ」

 

「それで、聞かずに済ませられるとお思いかしら?」

 

「…あんまりびびらず聞いてほしいんだが、君を殺すためのヒットマンが雇われたという噂がある。

実際は、殺さず捕らえて小笠原に要求を飲ませる、という手順の筈だが、その雇われた奴というのがね…

問題なんだ」

 

「もったいぶらないで」

 

「噂が本当なら、知ってる奴なんだよ、とても厄介な奴だ。

僕以外では相手ができない。君も薄々分かってると思うけど、さっき僕は二十人を一人で片付けた。

もし、相手が僕と同じ実力なら、君に、銃で武装したボディーガードを二十人つけても意味がないんだ」

 

「…」

 

さっきの、あの、死体の山がフラッシュバックする。

震えているの?私は?

私を殺すために誰かが雇われている。

そんな状況を、普通、想像できるだろうか?

私は、怖い。

 

親しかった召使が土の中にいることも、狙われていることも、今私を取り囲んでいる世界のすべてが怖い。

 

「びびらないで欲しいな。いいかい、君がこれで精神的ショックを受けたら、相手の思うつぼなんだ。

自宅でドンパチやられてトラウマになりました、孫思いのお爺さんは心を痛め、相手の要求をのむ。

もしくは、彼らの縄張りに近づかなくなる。そうやって奴らは勢力を拡大してきた。

大企業の娘というのは、そういうリスクがある 。

僕だって君に気づかれないよう、できる限り二十人を静かに始末しようとしたよ、

トラウマなんかになられたらたまらないからね。でも、いくらなんでも、そんな完璧にはできない。

心のケアまで、僕みたいな人間ができると思うかい?カウンセラーでもないのに」

 

私は震えている自分の体を思いっきり殴った。サワラが驚く。

 

「!?」

 

殴ったところがズキズキと痛んだが、おかげで震えがとまった。

 

「冗談じゃないわ」

 

「はい?」

 

「あなたも、相手も、私をなめてるわ」

 

「うん、会うまで、こんな人とは思わなかった」

 

「私は絶対負けないわ。負けるものですか、やれるものなら、やってみればいいんだわ」

 

背筋を伸ばした。

恐怖がないわけじゃない。

でも、私は、小笠原祥子だ。

 

 

 紅薔薇なのだ。

 

 

こんなものに負けていられるものですか。

 

「それで、私はどうしたらいいの」

 

「何もしなくて構いません。そいつが現れたら、僕が始末します。たぶん、もう雑魚は現れないでしょう」

 

二十人の人間を殺しておいて、雑魚と言い切る感覚にはついていけないが、そういう世界もあるのだろう。

 

「そう?」

 

「ブザーを押してくれたら、それでいいです、いや」

 

サワラが何かを思い出したように、ポケットから何かだした。

それは、アクセサリのように小さな銃だった。

 

「護身用です」

 

「持てと?」

 

「ブザーさえ抵抗したあなたに、これを持たせるのは難しいとは思いますが」

 

「持つわ」

 

「えらく速いですね」

 

「ブザーは、あなたを呼ぶものでしょ。私は、自分自身で戦いたいの」

 

「ちょっと忠告する必要がありますね。そいつが現れたら、あなたは戦ってはいけない、当然でしょう?死

にたいんですか」

 

「覚悟を言ってるの」

 

「その意気はいいんですが、無茶はしないで下さいよ。あなたが負けたら、何もかも滅茶苦茶になってし

まう」

 

「私は、絶対負けない」

 

そうよ、私は、負けるのが大嫌いだもの。

 

 その日はもう、上手く眠れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

サワラが車に細工がないか入念にチェックしている。

 

「特に問題ありません」

 

そのチェックが終わってから、私も運転手もサワラも車に乗る。

窓ガラスは防弾。嫌だわ、ほんと。

 

車が発進する。

 

「どれくらいで解決しそうなの?」

 

「そうですね。ちょっと裏技で、某国の国家元首と直接話せそうです。

上手く会談が設けられて、上手く話がまとまれば終わりです。駄目なら外堀からなんで、もうちょっと

かかります」

 

何か、遠い世界の話に思えた。

 

「大変ね」

 

「ええ、でも、お爺さんも大変ですよ。結構な費用がかかってますし。

あなたのお爺さんはまともな人ですね。誇りに思っていいぐらいだ。

普通なら、華槇総聯にびびり切っていてもおかしくない。それに、一本筋が通っている。

僕は何人か、豚のような企業家を見てきましたが、あなたのお爺さんはぜんぜん違う」

 

あんな人、と思いながら、お爺さまを褒められて嬉しい気持ちもある。

 

 複雑ね。

 

「僕達の世界では、女の人を囲ってるとか、家を省みないとか、そんなことは大した悪徳ではない。

というか、悪徳として認識されてさえいない。

あんな泥まみれの世界で、語弊はありますが、そんなことは些細なことになってしまう。

お爺さまは、あなたに嫌われていることを気にしてましたよ」

 

「あなた、人の家庭に口を出す気かしら?それとも、それもあなたの処理の料金に入っているわけ?」

 

「すいません、出すぎたまねでした。ただ、大人の世界というのは想像を絶するくらい汚いですよ。

その中で生きていくには、潔癖ではいられない、と言いたかっただけです」

 

「謝りながら、まだ説教するのね」

 

「…申し訳ありませんでした」

 

サワラはちょっと悲しそうな顔をした。

 自分でも、喋りすぎだとわかっているのだろう。

 

「あなた、口止めされてた筈なのに、よく喋るわね」

 

「あなたに話しても害はありません。私は、そういう判断はできます。

口が軽いとお思いなんでしょうが、この世界では、本当に口が軽いものは生きていけません」

 

車は、問題なく学校についた。

 

「なにかあったらお呼びください。

銃が見つかってしまったとか、そういうことでも、とにかく、どんな些細な問題でもお呼びください」

 

「分かったわ。だからそんな捨て犬みたいに懇願しないで」

 

サワラがムッとした表情を見せた。

 

「あんた、心底失礼な奴だな、これでも気を回してるんだぞ。

普通の人間は銃を持ってるだけでもプレッシャーなんだ、だから心配しなくていいとだなあ…」

 

「あらそ、ありがと」

 

私は何か言ってるサワラに背を向けて、校門をくぐった。

 

 

 

 

薔薇の館に行くと、ヨシノちゃんとレイがいた。

 

「あら、ユミは?」

 

「まだ来てません!」

 

とヨシノちゃんが挑みかかるように言う。

 

なにかしら?いったい?

 

「紅薔薇さま、昨日、知らない女の子と車に乗っていたでしょう!」

 

「ちょっと、ヨシノ」

 

「止めないでレイちゃん、だって、こんなのおかしいわ!」

 

女の子?

 

ああ、忘れていたが、サワラはそういう風に見えるのだった。

 

「ユミさんが家に行くのを断って、その女の子と家で何をしてたんですか!」

 

さっと血の気が引くのが分かった。

ユミから見れば、そういう風に見えるのだった。

私は、また、ユミを傷つけてしまったの?

 

そしてその動揺は、ヨシノちゃんにより大きな誤解を与えてしまった。

 

「どうして答えないんですか!いつもみたいに自信満々に答えたらどうですか!紅薔薇さま!」

 

「なんでもないわ。あれは、ただのボディガードよ」

 

「は!ボディガード!あんな華奢なボディガードがいますか!見なさい!」

 

と言って、ヨシノちゃんがテーブルに写真をたたき付けた。

そこには、悪趣味なスーツを着たサワラが写っていた。

 

「ツタコさんが取ったものよ、この子のどこが、ボディガードだっていうのよ!」

 

「私が、ボディガードだと言ったらボディガードなのよ、違って?」

 

私は、嘘をつくのも言い訳するのも大嫌いだ。本当にボディガードなのだから、堂々として何が悪い。

ヨシノちゃんは今にも血管が切れそうな顔をした。

 

「紅薔薇さまは、ぜんぜん変わってない、またユミさんを傷つけるの!」

 

「ちょっと、ヨシノ」

 

「レイちゃんは黙って!」

 

「いいや、黙らない。ヨシノ、二人のことに口をはさみすぎだ。

それに、サチコがああいうのに、最初から嘘と決めてかかってる」

 

「だって」

 

「だってじゃない、あとは、サチコが決めることだ」

 

「でも」

 

そのとき、ビスケット扉が開いて、声が聞こえた。

 

「もうやめてください!」

 

 

ユミ…

 

思わず、その名を呼んでいた。

 

「あなた、立ち聞きしてたの?」

 

「う、それは、申し訳ないと思います。でも、お姉さまは嘘なんかいいません!」

 

ユミは中に入って、私の傍に立った。

 

「お姉さまがボディーガードだと言うなら、私はそれを信じます」

 

「ユミ…」

 

「甘いわよユミさん!あなた…」

 

ヨシノちゃんはレイに口をふさがれ、外へ連れ出されていった。

 

「お姉さま、信じて、いいんですよね?」

 

「当たり前じゃない!」

 

私はユミを抱き寄せた。

 

「誰が信じてくれなくてもいい、ユミさえ信じてくれたら、私は何にも負けないわ」

 

「お姉さま…」

 

しばらくそうして抱き合っていた。

言葉では説明できないから。

甘い、とてもほっとする時間だった。

ユミは私にすべての体重を預け、甘えるように言う。

 

「お姉さま、ボディガードの人も一緒でいいですから、お家にうかがわせてもらえないでしょうか?」

 

その言葉は、私の胸に刺さった。

何故なら、私はそれを拒絶しなければいけないから。

一瞬「いいわよ、家に来て」と言う誘惑にかられた。

だが、私は昨日、親しい人間を一夜で何人も無くしたのだ。

召使とは、ずっと一緒に住むのだから親しいに決まっている。

 

だが、死んでしまった。

そんな状態の家にユミを呼べる訳がない。

 

「ごめんなさい、それはできないわ」

 

ユミの表情が、明らかに固くなる。

 

私は、自分の胸に、深ぶかと杭が刺さるような感覚を覚えた。

 

「じゃあ、明日は?」

 

とユミが尋ねる。

私は答えた。

 

「分からないわ」

 

「いつなら、いいですか?」

 

「分からないわ」

 

杭が、どんどん深く刺さっていく。

 

何て答えればいいの?一体、どうしたらいいの?

気が狂ってしまいそうだわ。

 

「何で、駄目なんですか?」

 

ユミが泣きそうな目で私を見上げた。

私は、それを説明すべきだろうか。

華槇総聯が小笠原グループと揉めていて、昨日も召使が7人死んだから家に来ちゃいけないわ、と?

そんなことを言える訳がない。

本当は、ユミに何もかも話してしまいたかったけれど、それはしてはいけないこと。

いつの間にか、息が出来なくなっていることに気づいた。

胸が苦しくて、死んでしまいそうだ。

 

そして、私は、言った。

 

「説明できないわ」

 

ユミは私から体を離し、ビスケット扉を開けて出て行った。

私の胸の杭は、深く深く私を刺し貫いて、ユミの涙は私のタイを濡らしていた。

 

 

 

私は、自分が泣いていることに気づいた。

こんな姿は見せられない。

だから、薔薇の館を出た。

私の問題は、誰にも相談できない。

しかし、今はもう胸が一杯で、誰かに感情をぶちまけなければ発狂しそうだ。

 

ふと、ある言葉を思い出す。

 

『とにかく、どんな些細な問題でもお呼びください』

 

私はブザーを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、僕に何かできることがあるのかな?」

 

サワラは、ややウンザリした口調だった。

私は、この男に弱みを見せたことを心底後悔した。

だが、サワラは私の感情を読み取ったらしく、すぐさま真剣な表情になった。

 

「いや、分かるよ、そういう辛さは。でも、事実としてね、僕にどうしろって言うんだ?

僕は君のそういう思いを聞くのはやぶさかではない。それで君がすっきりするならそれでいい。

でも、僕に出来るのはそこまでじゃないかな?」

 

私は腹がたったので答えない。

 

「僕がユミちゃんという子に説明しようか?別にいいんじゃないか?

いつかは大人になるんだし、そういう世界があるのを知るのも、いい勉強だ」

 

「駄目よ、ユミを巻き込まないで」

 

「巻き込むったって、状況説明だけだろう」

 

「あの子はやさしいから、きっと心配するし、心を痛めるわ」

 

「もう充分痛めてると思うが」

 

私はサワラを睨み付けた。

 

「うん、不適切な発言だった。ごめん」

 

「とにかくもう、私は早くこの問題を解決したいわ」

 

「すべてが終わったら、説明したらいいんじゃないかな。

会談は上手くいきそうだから、小笠原グループの問題はほぼ終わりだよ」

 

「じゃあ、明日中には終わる?」

 

「小笠原グループの問題はね」

 

「他に問題があるの?」

 

「あるね」

 

「何?」

 

「納得しない奴が一人だけ敵方にいる。そいつだけは何とかしなきゃいけない。

そいつ以外のすべてはコネと金で解決できるが、多分、そいつは暴力でしか解決できない」

 

「前に言っていた、厄介な奴、という人ね」

 

「そう、そいつは、君を狙っている」

 

「何故なの?」

 

「目的も手段もぐちゃぐちゃになってるんだろう。または、華槇総聯とは全く別の顧客がついている可能性

もある」

 

「どういうこと?」

 

「そんな難しいこと、僕に聞くなよ、そいつはちょっと頭がおかしいんだ。そいつの感情まで僕は分からな

いよ」

 

「とにかく、早期に解決して」

 

「してるよ。僕が君のガードについて、二日目なんだよ? こんなに早く解決できるのは、自慢になるけど

この世界で僕だけなんだよ。その辺を考慮してくれない かな」

 

「そんなに優秀なら、ユミを家に連れてきても、完全に守ってくれないかしら?

当然、何が起こってるかも気づかせないぐらい守るのよ」

 

「無茶言うな。ただ、そうだな。ユミちゃんを説得できる嘘をでっちあげる、というのはどうかな?」

 

「どんな嘘?」

 

「ストーカーに付きまとわれていて、お爺さんは気を聞かせて…華奢な少年のボディガードをつけた。

こう見えて実力は充分。実演してもいい。剣道2段にだって負けない自信がある。

君はユミちゃんまでストーカーに狙われては困ると思った。もしかしたら身代金狙いの誘拐組織かも知れ

ない、こんなとこかな」

 

「真実を話すのと、大差ないと思うけど?」

 

「華槇総聯の危険性なんて、お嬢様には伝わりにくいだろう。 それにスケールが大きすぎて、信じてもら

いにくくなる。こういうことは分かりやすいように言った方がいい。 それに、個人のストーカーなら危険性も

低く感じられるからね。嘘割合も低いし」

 

「でも、やっぱり巻き込むことになるわ。そう言って、はいそうですか、なんてみんな言わないもの」

 

「残念だけど、これ以上の代案はないよ」

 

サワラはため息をついた。

 

 だが、ため息をつきたいのは私の方だった。

 

 

 

 

 

車に乗り込もうと、私達が車にたどり着いたら、運転手がいなかった。

サワラが鼻で笑う。

 

「それじゃ、僕が運転するから帰ろうか」

 

「ちょっと待って、滝尻は?」

 

運転手は滝尻と言う。

サワラは無視して車を点検している。

 

「ああ、こりゃ駄目だ、連絡して何とかしてもらおう、しかし、正気か、爆弾つきだぞ」

 

「サワラ!」

 

「何かな?」

 

「滝尻は?」

 

できるかぎり、威圧的に言った。だが、サワラはのんびりとした様子だ。

 

「さあ?トイレかな?」

 

「そんなはずないでしょ」

 

「あのさ、お嬢さん、運転手なんていくらでも代わりがいるけど、小笠原の娘は君だけだ、それは、分かっ

てるよね?」

 

「ええ」

 

「滝尻さんは奴に連れて行かれた」

 

「どこに?」

 

「まさか、助けに行くとか言わないよね」

 

「言うわ」

 

「駄目だ」

 

サワラは断固とした口調だった。

 

「運転手なんかどうでもいいんだよ。

君が捕まったらとんでもないことになるが、運転手の一人や二人死んでも、何も問題ない。

この世界はそういう世界だ」

 

「知ったことじゃないわ」

 

「そういう甘っちょろい考えで、何百人という人間が死んだ。 善意を利用して、被害者ぶって鮮北総聯は大

きくなった経緯がある。 君に何ができる?屈強な男達に囲まれてみろ。君に何ができる?レイプされて脅

されて、何もかも終わりだ」

 

具体的な単語に、私の体がびくりと震えるのが分かる。

 

「少しは現実を見ろ」

 

本当に、個人としての私は無力だ。

 

親しかった人たちが死んだ時、何もできなかった。

 

だからこそ、悔しい。

 

今また、滝尻は死のうとしている。

 

それで、傍観して、震えているのか?…

 

 

  そんな紅薔薇があるか!

 

 

「現実なんて、くそくらえだわ!」

 

物凄く下品な言葉を、あえて叫んだ。すっきりした。

サワラが、たじろいだのが分かる。

 

「滝尻はどこなの!」

 

サワラは、何か考え込んでいるようだった。

 

「…いいだろう、行こう、奴は校舎の屋上だ」

 

私は出来る限り優雅に見えるよう頷いた。

サワラは、私に一つ忠告した。

 

「いざとなったら、ためらわずに逃げるんだよ」

 

 

 

 

 

放課後だったため、余り人に見られず校舎を移動することができた。

もし見られれば、アルマーニのスーツを着た少女と私について、

新聞部が不愉快な憶測を述べるのが目に見えている。

 

屋上のドアを開けると、空は夕日に変わろうとしていた。

縛られた滝尻と、長身の若い男が居た。

特に取り立てて目立つところのない男だった。

顔の造作が全体的に普通なのだ。

ただ、顔というのはすべてのパーツが普通である場合、美しく見えるのは確かだったが、

それは三秒と覚えていられないような顔だった。

 

「どうやらお前が、ムラクモ・シンヤのようだな」

 

「お前は、サワラ・サロウだな」

 

二人とも、とても落ち着いた喋り方だった。

 

「お前のしていることは、我々の規約に反している。規約に反したものには、とても厳しい罰が与えられる」

 

と、サワラは淡々と言った。

 

「規約というのは…いまどき、何人が守っているのかな?俺は、一人も知らないんだが」

 

「残念ながら、君の眼前にいる人間が守っている」

 

「知っている。よく噂を聞くよ。今回の件も、素晴らしい手際だ。普通、総書記に直接話すなんてありえない」

 

「僕は君みたいに、日本に閉じこもってチマチマ活動している訳じゃない。コネは世界中にある」

 

「それで、その世界中にいる吹き溜まりみたいな連中と親しくして頭を下げて、あんたは何か得られたの

かな?」

 

サワラはしばらく考えて、それから首を左右に振った。

 

「いいや、何も」

 

それは、何の気負いもない自然な口調だった。

 

「いい加減、我々は自分を縛るのをやめるべきなんじゃないかな? 我々はこんなに力があって、権力が

あるんだから、規約なんかに縛られず自分の為に力を使うべきだ。 自分の人生の為に自分の力を使う、

当然じゃないか?俺は自分の為に生きるんだよ、みんなそうだろう?」

 

サワラが私の方を見る。

 

「聞いたか?言った通りだろう、やっぱりこいつは頭がおかしい」

 

「おかしいのはお前だ」

 

ムラクモが銃を抜いた。滝尻を楯にしている。

サワラも銃を抜いていた。

 

「人間の体も、なかなか良い楯になる」

 

「楯としては不安定だな、動く」

 

「あんたは撃てないさ」

 

「まさか」

 

二人の銃が同時に火を噴いた。

サワラは驚くべき正確さで、滝尻の体の影から突き出されていた、ムラクモの腕を狙った。

だが、ムラクモはさっと旗をあげるように腕をあげ、それを回避してみせる。

サワラは銃弾を避けようとして右腕に銃弾を受け、取り落としそうになった銃を左手で拾った。

 

サワラが私めがけて駆け出す。

 

「逃げるぞ!」

サワラが左腕だけで私を抱えて逃げ出そうとする。

発砲してきたムラクモの弾を、私を抱えたままさっと横へ跳んで回避してみせる。

 

「それ以上逃げたら、運転手を殺す」

 

「勝手に殺せ!」

 

そのまま走ろうとするサワラの腕から私は降りた。

 

「勝手に抱きかかえた無礼は謝るから、今は逃げさせてくれ!」

 

「そういう問題じゃないわ」

 

「運転手か!前にも言っただろう、小笠原の娘は君だけだ!」

 

「滝尻だって、滝尻だけだわ」

 

「馬鹿か君は!」

 

私は、思いっきりサワラの頬を引っぱたいた。

 

「無礼者」

 

流石に、サワラが唖然としている。

かなり胸がスッとした。

 

「私は、滝尻を見殺しになどしないわ」

 

「お嬢さん、それで戦うのは、僕なんですけどね」

 

「その為に、あなたは来たんでしょう?」

 

サワラの力をあてこまなければ、確かに戦えない。

でも相手はたぶん、私が銃を撃つとは思っていない。

そこに勝機がある。あのアクセサリのような拳銃に、すべてを賭ける。

 

私は、負けるのが、大嫌いなのだ。

 

なぜかサワラが察したような表情をする。

 

「いいだろう、でも、しっかり頼むよ」

 

サワラが脱兎のごとく駆け出した。

百メートルを十秒切るのではないかと思える速度だ。

相手が銃を構えたら、さっと跳ぶ。

まるで、銃を撃つタイミングが分かっているようだった。

それは、とても見事なものだった。ステップを踏んでいるみたいに見えた。 

たぶん、サワラは弾数を数えている。私にはわからないけれど、あの型の銃なら何発、とサワラは知って

いるのだ。

左手だけで、走りながら応射する、普通は弾が乱れそうなものだが、正確にムラクモの腕を狙っている。

ムラクモはやはり、撃つタイミングが分かっているように、さっさっと腕を上げた。

それ以上近づけば銃の餌食になると判断したのか、ムラクモへ突進するように走っていた軌道を変え、

サワラは横へ走り出した。

その走る後を追うように、屋上に弾痕が刻まれる。

いきなり、サワラが手で、こっちへ走れのジェスチャーをした。

 

 

走り出す。

 

迷わなかった。

 

戦わずして負けるなど、小笠原の娘ではない。

 

 

ムラクモは私へ銃を向けた。

 

 

               恐怖。

 

               しかし

 

 

 

              前へ出る!

 

 

 

サワラが私目掛けて跳んだ。

 

 

サワラは私をかばい、空中で左足に銃弾を食らいながら、正確にムラクモの腕をめがけて射撃した。

それは、惚れ惚れするような冷静さだった。

だが、ムラクモは腕をさっと上げる。

ポケットの中の銃の感触。

すべての感覚が、今だ、と告げていた。

 

 

(今だ)

 

 

何故か、サワラの声が聞こえた気さえした。

銃など一度も撃ったことがない、当然だ。

上手くいくか分からない。

 

 しかし

 

 

私は、負けるのが大嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ!」

 

ムラクモがうめいた。

私の手のひらの中から、煙が立ち昇っている。

尻餅をついた私は、ちっとも優雅じゃないわ。ちゃんと立っていられたらよかったのに。

サワラが情け容赦なくムラクモに銃弾を撃ちこんでいるのが見えた。

 

両手両足に撃ちこみ終わった。

 

「さて、ムラクモくん、残念なお知らせがある。君の規約違反の内容からいくと、君は除名処分になるよう

だ」

 

「俺の持っているものを全てやろう。生きてさえいれば、そんなものは取り返せる」

 

「本当に残念なんだがムラクモ君、僕は、君が持っているものになんか興味がない」

 

サワラは銃をムラクモの額に向けた。

 

「サワラ、お前は、永遠にこんなことをする気なのか、 毎日毎日屑以下の連中と仲良くし、女も抱かず、

豪遊もせず、来る日も来る日もクズ達の問題の処理だ… 一体その先に何がある?お前は、こんな世界が

楽しいのか?」

 

「ああ、最高さ」

 

ムラクモが絶叫する。

 

「いい加減利口になれ!!」

 

サワラは笑った。

 

「生まれ変われたらな」

 

サワラは引き金を引いて、ムラクモの人生に幕を下ろした。

 

「さて、終わったよ」

 

サワラはそう言って倒れる。

 

「足が痛くてね」

 

私は滝尻を縛っている縄を解きはじめる。

 

「君さ」

 

「何かしら」

 

「ほんとすごいよ」

 

「あらそう?」

 

「だって、僕は逃げようとしてたんだぜ。プロの僕が」

 

「根性なかったわね」

 

「しょうがないさ、まさか、君がここまでやるとは思わなかった。

君がいなければ、滝尻さんは死んでいる。それは間違いない、僕が保証する。

他の誰でも駄目だ、小笠原サチコでなければ滝尻さんは死んでいた」

 

「そんな保証、いらないわ」

 

「心底敬服してるんだよ。金持ちの娘なんか腐るほど見てきたが、君みたいな奴はいない」

 

「私、褒められなれてるの」

 

「あんな正確な射撃、スワットだってできないさ、と褒められたことはないだろう」

 

「スワットは尻餅つかないんじゃなくて?」

 

サワラは笑った。

 

「僕の負けだ」

 

滝尻の縄を解き終わり、口のガムテープをはずした。

なぜか滝尻は土下座した。

 

「お嬢さま!」

 

「なあに?」

 

「この滝尻、このご恩は一生忘れません!」

 

滝尻は泣いていた。

 

「たとえお嬢さまに何があろうとも、私は決してお傍を離れません!この滝尻の命は、お嬢さまのものとお

考え下さい!私は!」

 

涙で言葉が詰まっている。

 

滝尻が、本当の本気でそう言っているのが分かった。

 

「もし、同じことがまたあったときは、この滝尻の命など見捨てて下さって結構です!

今、まさに心底の恐怖を味わった今!こう言うことが、どれほどの覚悟がいるかお分かりでしょうか!

私は!本気で!お嬢さまに一生ついていきます!それをお分かりいただきたい!」

 

「分かったから、泣かないで。大の男が泣くものじゃないわ」

 

滝尻はしばらく泣いていた。

サワラは何か連絡している。

私は馬鹿みたいに月を見上げていた。

 

きっと、マリアさまも見ていらっしゃる、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、お爺様から朝、電話があった。

 

「問題は終わった。ボディガードは引き上げさせたぞ。清子も帰ってくる」

 

「お爺様…」

 

「いや、ボディガードではない、と知っているのだったな。

あれは私が若いころから、すでに有名な処理屋だった。

相当な権力を持っている。あいつに逆らえば生きていけないと言われる程だったんだよ。

そういう人間が、お前のことを褒めていた。私も鼻が高い。あの男は滅多に人を褒めんらしい」

 

「ますます小笠原グループは安泰というわけですね」

 

「そう皮肉な口をきくな、老い先短い身には応える」

 

「お爺さま」

 

「なにかね?」

 

「サワラは、お爺様のことも褒めていました」

 

お爺様は電話の向こうで、たぶん、穏やかに笑った。

 

 

 

一つ、大きな問題が残っていた。

どうしていいか分からないけれど、今なら、全部なんとかできる気がする。

普段はそんなことしないのに、私は二年の、ユミの教室目掛けて歩いた。

もう、他人の視線なんか気にならない。

二年の廊下を歩けば、周囲から視線を注がれているのが分かる。

でも、どうでもいいことだわ。

二年松組の教室に乗り込む。

 

「フクザワ・ユミさんはいらっしゃるかしら?」

 

取次ぎに出た生徒が呼ぶまでもなく、ユミは走って私の前に来た。

 

「お姉さま…」

 

「ちょっと来なさい」

 

人気のない、校舎の裏までユミを引っ張っていく。

私は、言わなきゃ。臆病になんてなってられない。

 

 

だって、最愛の姉妹なんですもの。

 

 

「ユミ、あなた、今日私の家に来なさい」

 

「え?」

 

「駄目なの?」

 

さっきまでの勇気が萎みかける。

 

「駄目だって言ったら、どうします?」

 

とユミは悪戯っぽく言った。

萎みかけた勇気が、少し、愛しいような怒りに変わった。

 

 

 この子ったら。

 

 

「そんなに、昨日のことを怒っているの?」

 

「怒ってます」

 

ユミが膨れている。珍しいこと。

 

「だって、昨日は分からないって言ったのに、今日いきなり家に来てなんて、予定があってもおかしくない

じゃないですか」

 

「ということは、予定はないのね」

 

「あっ」といって、ユミが口を塞ぐ。

 

「じゃあ、来なさい、嫌でも絶対連れて行くわ」

 

「それでも嫌だと言ったらどうします?」

 

「こうする」

 

私はユミを抱きしめた。

 

「お、お姉さま!」

 

「来てくれるわよね?」

ず、ずるいですよ、とユミは独り言のように呟く。

 聞かなかったことにしてあげる。

「ユミに、私、言いたいことがあるの」

「な、なんですか?」

「私、この二日、いろいろあったのよ。でも、考えていたのはユミのことが一番だった」

「そ、そんな」

「ちゃんと聞いてね」

私は、自分の臆病さや弱さなんか、この一瞬だけは忘れてしまえばいいと思う。

 だからはっきり言う。

 

 

「私は、ユミのことが大好きだから」

 

 

こんな風に、いつもはっきり言えたらいいのに。

ユミも私に抱きついてくる。

 

「私も、サチコさまのこと、大好きです!」

 

傷つけてしまっても、きっとこんな風に取り返せる。

そう思うのは甘えかしら?

でも、私は、ユミと一緒にいたい。ユミもそう思ってくれていると信じる。

だって、私はこんなにユミを愛していて、ユミはそれに応えてくれている。

そう信じられれば、私は自分の臆病さを乗り越えることができる。

 

 

 愛しているわ、ユミ。

 

 

その言葉は、きっと、永遠に変わらないものだと信じている。

 

 

                                                 了

 

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あとがき

だいぶまえに書いたなあ

アクションをしようと思いました。

あと、祥子さまがレイニーブルー後に、臆病になって、そこから立ち直るssにしようと思ったのにできなか

った。

サワラかあ、まあ、彼が出てくるとアクションしちゃうなあ。

今後も頑張ります