「お母様」

「お母様」

祥子が呼んでいる。

「お母様」

祥子が、呼んでいる。

「お母様」

返事をしなくちゃいけないことに気づいた。

「何かしら」

「お母様、何をぼうっとされてるんですか。こんなところで」

庭の中で、私はただ、佇んでいた。

「風邪を引きます」

そうね。その通りね。

「もう、冬なんですから」

そうね。その通りね。

私は、庭を見渡す。広い。だが、誰もいない。

「ねえ、祥子さん、この庭はこんなに広いわ。広すぎるくらいね。何のためにここまで広くしたのやら、ね」

「お母様?」

「家だって広すぎるし、人生だって長すぎるのかも知れないわ」

祥子が黙った。私の言葉を待っている。

夏にお母様が死んでから、私は、疲れているのかもしれない。

いつか、人は死ぬ。当然、死ぬ。

「一人で待ち続けるには、人生は長すぎるわ。お母様もいない。あの人は帰ってこない」

私は祥子に振り返る。

「ここは、広すぎると思わない?」

祥子は「そうですね」と言って頷いた。

 

『みんなでパーティー』

 

「パーティー、ですか?」

と祐巳は無邪気な顔で言った。

「ええ、お母様が、パーティーをしたいとおっしゃったから」

それは少し嘘だった。パーティーでもしましょう、と言ったのは私だった。

目の前の紅茶を飲む。薔薇の館のみんなの視線が、私に集まっていた。

「へえ、私も参加していいの?祥子」

と令が言う。

「ええ、できるだけ多くの人に来て欲しいと思っているわ」

薔薇の館がわっと賑わう。

パーティーに何を着ていくべきか、私の家だからさぞ凄いのだろうとか、そういう話になっていく。

にぎやかさを、今の私は喜ばしく思える。

そして賑やかさが失われると寂しく思う。

お母様も、そうなのだろうか。

そうなのかもしれない。

 

祐巳は遅れてくるらしい、そう電話があった。

着る服を選ぶのに時間がかかりすぎたらしい。

まったく、可愛い子。

でも、遅刻は駄目ね。

他にもいろんな理由が重なってるみたいだけど。

家の大広間を使って、丸テーブルを置き、パーティーができるように整えた。

昔は、よく、そうしていたらしい。

あまり覚えていない。

私は会場に入っていく。

 

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ドレス姿の志摩子さんはとても綺麗だった。

私がそう言って褒めると「乃梨子もとっても可愛いわよ」と言って穏やかに微笑むのだ。初雪が溶けるような

白くて暖かい微笑み、なにかが洗われる。たぶん、私の心が。

志摩子さんは珍しくはしゃいでいる。私には分かる。

パーティーが始めてだから、とか?

私だってはじめてだけど。

「祥子さま、綺麗ね」とか、「令さま、格好いいわね」とか、なんだか嬉しそうに言う。

確かに、令さまの格好には、凄く突っ込みを入れたい気もした。

なんでタキシード?

「あの違和感のなさが驚きですね」

「そうよね。ふふふ。令さま、とても似合っていらっしゃるわ」

「白馬に乗ってそうですよね」

「胸には薔薇をさしているのよ」

「フェンシングの腕も一流なんです」

「隣国のお姫さまを魔獣から助けて惚れられるのよ」

「でも身分違いだから苦しんでるんですね」

二人で笑う。

ダシにして悪いと思うけど、そういうサイドストーリーが似合う姿だった。たいしたものだ。あれで生きていける。

志摩子さんと雑談していると、胸が高鳴る。顔が上気してくる。幸せになる。

私は、この人のことが…

「あら、乃梨子さん、よくお似合いですわ」

と見慣れた縦ロールが言ってきた。

とんでもなく派手なドレスだ。さすが瞳子。でも色は一色で統一すべきじゃないだろうか?ドレスなんだし。

「瞳子も………よく似合ってるよ」

「その間はなんですの?」

「見とれて、絶句しちゃった」

「含みがありますわね?」

「まさか、ただ、一言で表現すると、ハンミョウに似てるよね?」

「ハンミョウ?」

道に迷った人間を案内してくれるという実在の昆虫である。玉虫とも言うかもしれない。

「タイの伝承に出てくる森の妖精で、その美貌で迷い込んだ人を虜にしてしまうの。

 凄くアジア的な色彩豊かさで楽しませ、帰る気をなくさせてしまう。困った人々は旅人に退治を依頼する。

 旅人は色盲だったから惑わされず退治できて、迷い込んだ人々は帰れるんだけど、ハンミョウは悪気が

 あったわけじゃないから、可哀想に思った旅人が墓を作ると、そこからは巨木が一夜で誕生したんだって」

「物知りですわね」

「ネットの知り合いに教えてもらったんだ」

信じたな、瞳子、愚かな。

我ながら恐ろしいほど細部を作りこんだ童話を作ってしまった。自分の才能が恐ろしい。

あれ?志摩子さんがいない。

見ると、志摩子さんは知らない人と話していた。

まるで外国の人みたいに彫りが深くて、スマートで、綺麗な人。

モデルみたいだ。

二人がならんでいると、とても華やいで見える。

お姫さまっぽくて、西洋人形みたいな志摩子さん。

スマートで、綺麗な、知らない人。

志摩子さんが微笑んでいる。

ここから見てたって分かる。志摩子さんはその人と、とても打ち解けている。

なんだか、もやもやした想いが湧き上がってくる。

どす黒い何かを自分の中に感じている。

志摩子さん、今日はどうしてはしゃいでいたの?

「あの方、前白薔薇さまですわ。白薔薇さまのお姉さま」

と瞳子が言った。

志摩子さん、今日はどうしてはしゃいでいたの?

その人に会えるから?

どす黒いものは消えない。

胸の上で、それは確かに渦巻いている。

 

               

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令ちゃんにタキシードを着せてみた。

反応は上々、さっすが令ちゃん!掴みはオッケー!

皆の視線を集めている。ちょっと笑いが混ざってるのも気になるけど。

「由乃、なんか、目立ってない?」

「当たり前じゃない。タキシード姿の令ちゃんなんか、なかなか見られないもの」

「そんな希少価値とかで判断されてもなあ…」

その時、シャンデリアの光を何かが反射した。眩しい。

光源を見て令ちゃんが言う。

「お姉さま…」

そこには確かにドレスを着飾った鳥居江利子がいるのだった。

江利子…おでこは目ざとくこっちを見つけると近づいてくる。

「あらあら、由乃ちゃん、妹は出来た?」

ぶっ殺す。

「もうすぐですのでご心配なく」

「楽しみだわ」

不愉快な奴だ。ちっ。

「由乃ちゃん、令が卒業したら、あなたどんな感じになるのか、見てみたかったわ。面白そう」

「別に、私は私です。家だって隣同士だし」

「令も遠くの大学受けたらいいのに…面白いから」

こ、こいつは…

しかし、確かに、離れ離れの可能性というのはある。

いつまでもいつまでも一緒なんて、可能なんだろうか?

おでこめ、不安な気分にさせやがる。

思わず令ちゃんの方を見ると、いつの間にか、ドレスアップした田沼ちさとと喋っているではないか!

あ〜ん、とかしてもらっている。

私の不快指数はうなぎのぼりだ。

おでこが言う。

「令ったら、モテモテね」

まったく。

 

 

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とても好きな相手だからこそ、久しぶりに会っても声をかけづらいこともある。

ずいぶん、遠くなってしまったよね。私達。

蓉子。

電話をかけることも躊躇われたし、学園祭の時みたいな、理由がなければ、会うこともできない。

私と蓉子は、もう、時間が経って、通り過ぎてしまった関係なのかな?

分からない。

紅いドレスを着た蓉子は、とても綺麗だった。

なんだか、声をかけづらい。

なぜだろうね?

私は似合いもしない白いドレスを着る羽目になっている。

いっそのこと、令みたいにタキシードを着てきたほうが良かったかも知れない。

江利子は黄色いドレスだ。

示し合わせたのだ。

紅薔薇・白薔薇・黄薔薇。

早口言葉みたいだね。

遠くなってしまった君に、私はなんて言葉をかけたらいいんだろう。

目が合う。

蓉子がこっちへやってくる。

気の利いたセリフは浮かばない。

思いもつかない。

「声ぐらいかけてよ」

と蓉子は言った。

「なんだか掛けそびれたんだよ、あんまり綺麗になっていたから」

と私は言った。

思いついてるじゃないか。

やれやれ、どういう口をしてるんだろう、私は。

「誰にでも言ってるんでしょう?」

「うん」

「まったく」

久しぶりに見る呆れ顔。

私は何を話せばいいんだろう。

蓉子に聞きたいこと。

彼氏できた?

とか

ねえ、私のこと好き?

とか、そういう礼を失するようなことしか聞きたいことが浮かばない。

遠く離れてしまっても好きな人。

寂しいのかもしれない、私。

会話が弾まない。

時間と距離が、二人の心を遠く離れたところへ運んでしまったのだろうか。

固く重い緊張した空気だけが、白々しく私達を包んでいた。

救いようもなく。

 

 

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祐巳さまは遅れて来られるという。

そしてよりによっていま、頭がおかしいとしか思えない原色とりどりのドレスを着たドリルが正面にいる。

「今日は、仮装大会でしたか?」

怒りをたたえた目で、ドリルは私を睨みつける。

「センスがないんですね、可南子さん」

「センス?その子供の落書きみたいなドレスが、センスですか?」

「こ!…乃梨子さんは、ハンミョウみたいだって褒めてましたわ!!」

ハンミョウ?

それは、あの玉虫のことだろうか?

褒め言葉とは思えないが……?

「それは褒め言葉ではないのでは?」

「森の妖精ですわ!」

??

「あの玉虫がですか?」

「玉虫?ハンミョウよ!」

「だから、ハンミョウでしょう?」

???

何なんだろうか?

「あなた、ハンミョウもご存知ないのかしら?フィリピンの森の精霊で、旅人をその美貌で惑わすんですわ」

????

マジですか?

「あの、それはいったい…?」

「あら、やっぱりご存知ないのね。知識のない方は嫌ですわ。美貌にひきつけられた旅人はハンミョウの館から

出られなくなってしまいますの。楽しすぎて。困った人たちが旅の侍をやとって」

「侍?」

「いちいち揚げ足をとらないでくださいまし!ブエノスアイレスに侍がいるわけないでしょう!」

ブエノスアイレス?さっき、フィリピンと言ってなかっただろうか?

「ともかく、侍みたいな人を雇って、退治させたんですわ。旅人は目が見えないから平気だったんですの」

「目が見えない人が、そんな危険な作業を遂行したんですか?よくそんな無茶を村人も頼みますね」

「童話の内容に突っ込まないでくださる?揚げ足取り大好きな可南子さん?」

というか、絶対嘘だと思う。その話。

「でもハンミョウに悪気はなかったから、退治した侍は哀れに思って墓を作ると、そこに海が出来たそうですわ」

「海!?どこの海ですか!?スケール大きすぎないでしょうか?」

「東シナ海とかですわ、きっと」

「というか、それを退治するまで東シナ海はなかったのですか?それに海なんかできてしまったら、近隣が

水没しますね。邪悪なんですね、ハンミョウって」

「さっきから聞けば文句ばっかり!!乃梨子さんがおっしゃってたんですわ!!」

「乃梨子さんのせいになさるの?」

「乃梨子さん!!」

なんだか暗い表情をした乃梨子さんを無理矢理連れてくる。

「ハンミョウはアイルランドの妖精ですわよね!!」

問い詰めるドリル。

「アイルランド?…ああ、さっきの話」

覇気のない乃梨子さんは、あっさりと言うのだ。

「あれ嘘」

最高にきまずくなった。

 

                          

                               5

 

「こうして、パーティーをするのも久しぶりね」

「そうですね、お母様」

「みな、楽しんでくれているかしら」

その言葉に、どのような意味が込められているのか、私は量りかねた。

なんだか、空気が澱んでいる。

楽しいパーティーという雰囲気じゃない。

なぜかしら。

主催者の私達が、問題を抱えているからなのだろうか。

「ねえ、祥子さん」

「はい、お母様」

「定期的にパーティーを開こうかとも思ったけれど、やめたほうがいいかしら」

「いえ、やればいいと思います」

「そうかしら?」

沈黙。

「あの人、帰ってこないわね。もう、慣れたと思っていたのだけれど、こういうことって、ふとした拍子に惨めな

 気持ちになるものだわ。…あらやだ、ごめんなさい。変なこと言って」

「お母様は、疲れているだけです」

「そうね。疲れているわ」

パーティーは盛り上がらない。

嫌な空気。

誰かが、これを変えなければ。

盛り上げなければ。

でも誰が?

誰がそんなことが出来る?

 

 

                                 6

 

皆のファインダー越しの表情が曇ってきた。

写真を撮る気がなくなってくる。

せっかくのドレス姿の皆がいるのに、これじゃなあ。

なんだろう、いい写真がとれない。

蔦子さん、と話し掛けられても、今日は写真係りだから、と言って断わる。

なんで、こんな空気なのか。

「蔦子さん、写真とらないの?」

と桂さんが言う。

「なかなかね。いい写真がこう、決まらなくて」

「真打が来てないからじゃない?」

「真打?」

「そう、私とあなたの親友」

あの、ツインテール。

そういえば遅れている。

澱んだ空気を吹き払う。

盛り上げる。

彼女しかいない。

彼女がやらねば誰がやる?

ドアが開く。

 

     「遅れました!!!!」

 

私は思わずシャッターを切っていた。

これは撮るべき写真だ。

いよいよ、福沢祐巳が到着した。

お待ちかねだ皆さん。

パーティーの主役の登場だ。王の帰還。英雄の凱旋。

頼みますよ、紅薔薇の蕾。

 

                                                to be continued

 

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