第1話

『Playback Highschooldays』

 

ある日、ヨーコから手紙が来た。

彼女は簡潔に近況を語り、いつも通りの知的でお節介で、少しだけきまじめな可愛さが混じった

文章で私のことを懐かしそうに語った。

 彼女は続けて、本題について書いている。

『私は今は○市に住んでいますが、少し用事でそちらの方に行くことになります。ねえ、聖、

せっかくだし、久しぶりだから会わないかしら?できれば、泊めてもらえれば嬉しいんだけれど』

 ねえ、セイ、か。

 学生時代、よく白薔薇さまと呼ばれたものだが、ヨーコは卒業間近になると、私をセイと呼んで

いた。そして、ケイも私によく、「ねえ、セイ」となんだか気だるげに言うのだ。

 ヨーコは、今の私の生活態度を、きっと良くは思わないだろう。何だか物凄く怒られる気もした。

そして私はたぶん、上手く反論できない。どうも昔からヨーコにはかなわないのだ。

 ヨーコが、この、私の部屋に泊まる。なんだかそれは、嬉しいような、切ないような、気恥ずか

しいような、複雑な感情を私に呼び起こした。

 私はいそいそと掃除をはじめ、いかにも昔から綺麗に整理整頓して真面目に暮らしていまし

た、という感じの部屋を作り上げた。

 それは人の住んでいないドラマのセットのような不自然さがあったが、いくらヨーコでも、そんな

ことに確信はもてまい…だが

 後で私は間違っていたことを知る。

 

「セイ、この煙草は何なの?あなた煙草を吸うようになったの?別に個人の自由だからとやかく

言わないけど、それは本当に健康に良くないのよ。それに、ここの床一面に何かが置いてあっ

たりした跡があるけど、埃の積もり方からすると、床一面に何か置いてあったみたいじゃない?

私の為に掃除してくれるのは嬉しいけど、普段から掃除した方がいいんじゃないかしら。 

あと、今にも破裂しそうなその押入を開けていい?」

お前はシャーロックホームズか!

「うるさいなあ。ヨーコ、口うるささに磨きがかかってない?」

「なんですって?」

ぐ、この物凄い眼光で、私は高校生活を彼女の支配下におかれていたのだ。今こそ反乱すべ

きだ。

「煙草なんて滅多に吸わないし、それは偶々置いてあっただけだって。部屋の掃除は、これから

はこまめにするから、あんまりガミガミ言わないでよ。皺増えるよ、そんなんだと」

「ねえ、セイ?」

ヨーコの笑顔が怖かった。

「たまたま煙草が置いてあったなんて、信じられると思う?それで、掃除はこれからする?リリア

ンでの掃除当番すら満足にしなかったあなたが、これから掃除をする?そんなの、信じられる

かしら?」

「人を信じるというのは、人間にとって一番大切なことだと思うな」

「信じられることをしてから言え!」

久々に紅薔薇チョップを喰らった。これは三薔薇と呼ばれていた人間だけが知っている秘密だ

が、ヨーコをしばらくからかっていると、伝家の宝刀紅薔薇チョップが炸裂するのだ。

 学生時代、私がもっとも多くそれを喰らった。

「よ、ヨーコ、暴力はよくないよ、煙草は本当に、普段吸ってないんだし」

「あら、本当みたいね」

私の言い方だけで、嘘か本当かヨーコは分かるのだ、それはちょっと癪だった。

「今、私はいわれのない暴力を受けたわ、今日は部屋の外で泊まったら?」

ちょっと反撃してみたくなったから言ってみた。

「セイ、あなた、そんな風に自分の権力をかさにきて人を責める大人になっちゃったのね…いい

わ、どこかホテルに泊まるから、あなたはそこで掃除をした努力を無駄にして、寂しく泣いている

といいんじゃないかしら」

本当にヨーコが帰ろうとした。これで本当に帰ってしまったら、確かに私は困るのだった。しかし、

なんて女だ。

「ご、ごめん、ヨーコ、ちょっとした冗談よ、まあ、ゆっくりしていってよ」

「あらそう?じゃあ、泊まらせてもらうわ」

ヨーコはにっこり笑って、私は、負けたと思った。

 

 夜になると、ヨーコは私の部屋に泊まるんだな、という思いが強くなってきた。

私は、自分の感情を整理できなくなっているのを感じた。

 それは、まだ、上手く説明できない感情だった。

「セイ、私ね、しばらくはこっちに居るのよ」

「ふうん、何なの?夏期休暇?」

「まあ、それもあるんだけど、ちょっと預かりものをしてて、それを返さなきゃいけないのよ」

「預かりもの?」

「これなんだけど」

それは、革の表紙のノートだった。

 私はペラペラとそれをめくってみたが、よく分からない会社名や数字や日付の入った、どうでも

いいノートだった。

「よく分からないノートね」

「ええ、でも、ちょっと気持ち悪くてね。預けてくれた子が、これを持ってると不幸になるとか言って

たし」

「不幸のノート?」

何だか、怪談みたいだ。あるいは、よくある不幸の手紙みたいなものなのか。

「元は誰かの形見分けでもらったらしいんだけど、このノートを持ってから、周囲で不審な人影を

見るようになった、という話が多いのよ」

「形見分けでもらったノートを、誰かに預けちゃうの?」

「ええ、困ったことにね。形見分けでもらったのは親なんだろうけど、こんなノートもらっても困る

でしょう?それでいい加減な管理をしてるうちに、そこの娘が他人に貸しちゃったらしいのよ。と

言っても、もう都市伝説に近いわね。本当かどうか分からないわ」

「それで、ヨーコのところまで回って来ちゃったの?」

「ええ、でも、これを私に預けた子が、このノートの怨念を供養してくれる人を見つけたって言っ

てきたから、その子に会って返そうと思って」

「供養ねえ…」

「ところが、その子いきなり音信不通になっちゃったの」

おいおい、本当に呪いか?

「どうする気?」

「家に行くわ」

「ついてこうか?」

「あなたは大学あるでしょ」

「そんなのどうでも」

「よくないわよね?」

ヨーコがにっこり微笑む。はい、おっしゃるとおりです。

「まあ、ヨーコが大変なのは分かったわ」

「でも、それだけじゃないの」

まだあるのか。

「私も、このノートを持ってから、不審な人影を見るようになったわ」

おいおいおいおい。

「なに?夏だから怪談?」

ヨーコが溜息をついた。

「そうだったらよかったんだけど…」

「マジなの?」

「ええ」

あれ?じゃあ、私の部屋にヨーコが泊まったら…

 私も人影が見れるかも。

面白い。

「そんな楽しいこと、早く言ってよ」

「うん、私も、セイには悪いと思ってる」

「そうよ、隠して自分だけ楽しんで」

「もしかしたら危険なことに巻き込んで…って、話かみあってないじゃない!」

それはこっちのセリフである。

「こっちは結構な覚悟で言ってるのに」

「だって、そんなの、信憑性ないし、むしろワクワクね」

「セイ、無理して言ってるなら、いいのよ。別に」

「そんな風に見える?」

「見えない」

そう言って、ヨーコがクスクス笑った。私も笑う。

「あなた、ちょっとエリコに近づいてるわよ」

「あんなデコチンと一緒にしないでよ。失礼な、私に謝れ」

「あなたこそエリコに言い過ぎ」

「あいつにはいくら言っても言いすぎということはない」

私の高校時代の知り合いに、エリコというデコ丸出しの女がいた。

 物凄い腐れ縁で一緒に過ごしたが、ようやくそれを清算できたのが現在である。

まあ、いなかったらいなかったで楽しい限りである、まる。

「もう、正直、セイにひどいことしてるかもって、心配してたのに」

「いいよ、そんなの、私は今までヨーコにたくさん迷惑かけてきたし。少しは頼ってよ」

「うん、だから、こういう時、頼れるのはセイしかいないって、思ったの。だから来たの」

ヨーコがしおらしい表情をした。私はなぜか雨に濡れた朝顔を思い出した。

 その時、私は私の整理できない感情が何なのかを知る。

私は、未だに、ヨーコのことが好きなのだ。

 そして、ケイのことも同じくらい好きなのだった。

「セイ、もしかしたら、何日も泊めて貰わなきゃいけないかも知れないの、いい?」

ヨーコは、私のことが好きだろうか。もちろん、ここでいう『好き』は特別な意味だ。

「いいよ、何日でも泊まってよ、ついでにあれだけ言ったんだから掃除して」

ヨーコは相変わらず美しかったし、彼女は、もしかしたらここに何日も泊まる。

「もう、身勝手ね」

今は、何もないだろう。

 しかしもし、ヨーコも私と同じ意味で私のことが『好き』だと分かったら、その時、私の理性は

ちゃんとした歯止めをかけてくれるのだろうか。

 ある考えが、いきなり私の中に現れた。

ケイと別れてヨーコと付き合う、というのは駄目なのだろうか。

 何を考えている?駄目に決まっている。

でも、何故駄目なのか上手く自分に説明できなかった。

 その日は、ヨーコの隣りでぐっすりと眠った。

 

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