『静かな光』

 

 

ユミさんとキスした。

 

それは弾み?気の迷い?

 

人は、立ち止まることができないような想いを持つことがあると私は思う。

私はいつだって立ち止まることができずに、結論が出るまでずっとずっと走り続けてしまう。

ねえ、この想いは、立ち止まらずにどこまでいくんだろう。

たくさんの人を傷つけてしまうかも知れないのに、いつだって立ち止まることはできなくて、

泳ぎ続けなければ死んでしまう魚みたいに、私は私の想いに正直に生きていく。

私は罪深い?それとも…

 

 

 

放課後の薔薇の館の空気は海の底みたいにひんやりしていて、

私達二人はどこにも行けない深海魚みたいにそこにいた。

「ねえ、ユミさん」

「なあに?ヨシノさん」

「誰も来なくて暇だねー」

「そうかなあ?」

ユミさんは不思議そうにしている。

クラスメイトだけど、ときどき、なんだか自分がユミさんのお姉さんみたいな気になる。

ほんと、可愛いんだ、ユミさんは。

なんだか、二人でいるとドキドキする。

レイちゃんとは、もうそんなことはないんだけれど。

病気がちで友達が少なかった私に、気兼ねすることなく話してくれたユミさん。

いつも明るくて、可愛くて、みんながユミさんを好きだ。

もちろん、私も。

「私、ヨシノさんとこうしてるのも楽しいよ」

と言って照れたみたいに微笑んだユミさんは本当に可愛かった。

「もう、恥ずかしいよ、その台詞」

「えへへ」

「紅茶入れてあげる」

「あ、由乃さん照れてる?ねえねえ?」

「大人しく座っててよユミさん」

「やだ、手伝うから」

ふざけてユミさんが私に抱きついた。

「セイさまのまねー」

「私は、ぎゃうとかなんとか言わないわよ」

「私そんなにぎゃうぎゃう言ってないよ」

「言ってるわよ、そういうリアクション返すからセイさまは喜ぶのよ」

「じゃあ、ヨシノさんはどんなリアクション返すのかなー」

ユミさんが私を強く抱きしめる。

まるで心臓の病気が再発したみたいに、急に胸が痛くなった。

ユミさんの胸を背中に感じる。

「もう、そういうことは可南子ちゃんとか瞳子ちゃんにしなさいよ」

「えー、できないよ、由乃さんとは親しいからできるんだよ」

耳に息がかかる。

「由乃さんのリアクションつまんないよー」

「じゃあ、いいリアクション見せるわ」

「え?」

私は振り向いて、荒々しくユミさんを抱きしめて唇を奪った。

強く、強く口付けた。

すぐに離す。

「よ、シノさん?」

冗談にしては強すぎるそれを、ユミさんはどう受け取っていいか混乱している。

明らかに冗談を超えた何かを、感じ取ってしまっている。

でも、いま、ここで私が「冗談よ」と言ったらすぐに消えてなくなる何か。

だから私はユミさんに言った。

「大好き」

 

 

私、ヨシノさんに告白されちゃった。

分からない。どうしていいか。

 でも

唇に残るキスの感触。

 好きって言われたときの、胸いっぱいの想い。

私、どうしたらいいの?

 ぼんやりと桜並木を歩く。

「ゆ〜みちゃん」

「ぎゃう!」

いきなり自分を抱きしめてくる腕の感覚は温かくて、不覚にも抵抗する気がうせた。

「やっぱりユミちゃんの感触は最高だな〜」

「もう、やめてくださいよセイさま」

「やめな〜い、だってユミちゃん顔が暗いんだもん」

「え」

私、そんなに顔に出てしまうんだろうか。ちょっと考えてしまう。

「どうしたのかな〜」

「何でもないです」

セイさまが私から手を離した。離されると、その温もりが惜しい気もした。

「サチコのこと?……違うみたいね」

「セイさま…」

ヨシノさんとのこと…秘密にしなきゃ。

だって、言っちゃ駄目だもん。

ヨシノさんは私が…好きで、私はサチコさまが好きで、レイさまはヨシノさんが好き。

もう、上手く考えられないよ。

だから、秘密にしなきゃ。

そうじゃなきゃ、ヨシノさんに悪い気がする。

「ユミちゃん、私は、本当は他人が話したくないことは聞かない。

ヨーコみたいなお節介はできないからね。でも、ユミちゃんのことなら聞きたい。凄く聞きたい」

「だ、駄目です」

「じゃあ、セクハラしちゃうぞ〜、ぎゅ〜」

セイさまは私を抱きしめて、耳元で囁く。

「私は、ユミちゃんの力になりたい、我侭でも」

「セイさま」

「ユミちゃんが悲しんでるのを、黙って見とけって言うの、私に」

戸惑い。でも、私。

「ユミちゃん…」

セイさまが私を抱きしめる腕の力を強めた。

そしてとうとう私は言ってしまったのだ。聖さまに、自分では

抱えきれない、温かくて美しいヨシノさんの想いを。

「私、ヨシノさんに告白されました」

 

 

自分は本当に独占欲が強いな、と呆れる時がある。

大切なものとは距離をあけなければいけないのに、私はいま、距離を見失いそうになっている。

ヨシノちゃんに告白された、と白状したユミちゃんは私にどうすればいいか相談している。

自分とヨシノちゃんの問題だからと隠そうとしたユミちゃんは、

顔に『困ってます』って出てて、私は放っておくことができなかった。

 

そして私が真っ先に覚えた感情は、嫉妬だった。

サチコがいるからずっと黙っていた感情を、ヨシノちゃんに先を越されたと思った。

どうしてこんなにも愛しいのに黙っていなければいけないのだろう?それはユミちゃんが

大切だからこそ取らなければいけない距離のはずだった。

でも、ヨシノちゃんが踏み越えたなら、私だって踏み越えていいはずだ。

でも、ユミちゃんは、きっと困る。

もう既に困っている。

これ以上迷惑はかけられない。

だから私はただの先輩としてアドバイスすべきだ。

私は言った。

「私も、ユミちゃんが大好きだよ」

 

 

制服に身を包み校門を抜けてマリア像に挨拶する。

うろたえる私に、セイさまは、私のことが好きだと再び言った。

考えさせて下さいと逃げ出した私は、昨日は上手く眠れなかった。

不意に響くシャッター音。

「いただき!」

「もう、やめてよ蔦子さん。そんないきなり」

「憂いを帯びる紅薔薇の蕾、いいねえ」

「恥ずかしいなあ、もう」

「でも、やっぱり紅薔薇の蕾には笑顔が似合うと思うんだなあ、蔦子さんとしては」

「蔦子さん…」

「どうしたの、って聞いていい」

私は首を振る。

「うううん、自分で何とかする」

そうだ、自分で何とかしなきゃ。

「ふうん、でも、蔦子さんはいつでも味方だから、覚えといてね」

「写真がとれるからでしょう」

「あはは、じゃ〜ね〜」

「あ、こら」

カメラを構えながら蔦子さんが去っていく。

いつでも味方、か。

少し、気が楽になった。

 

ヨシノさんと何となくきまずい。

同じクラスなのに。

今日だけは避けさせて。

お願い。

昼休み、一人になれる場所を探していたら、シマコさんが来た。

「隣、いいかしら?」

「うん…」

シマコさんがお弁当を広げる。

シマコさんが持つとお箸でさえ、

まるで音楽好きの天使が振るう指揮棒のように優雅で美しいものに感じられる。

よく見ると銀杏がお弁当に入っていた。

「銀杏とか、好きなの」

とシマコさんは天使のような温かい声で言う。

「ねえ、ユミさん、ヨシノさんから聞いたわ」

私は何も言えない。

「ヨシノさん、少し、後悔してるみたい。ユミさんとの関係を壊してしまったって」

シマコさんは穏やかに微笑んでいる。

「言いたいのは、それだけ」

そう言ってシマコさんは黙った。

私は、何て答えたらいいだろう。

何て…

ヨシノさんのことも、セイさまのことも、ハッキリさせる。

セイさまに相談しちゃったことも話す。

二人を相手にはっきりと。

そう決めた。

決断できたのは、私を支えてくれる仲間達のおかげだ。

だから私が答えるべきな言葉はこれしか思いつかなかった。

私はシマコさんに向って笑顔を作って言う。たとえ無理やりでも笑顔で。

「ありがとう」

 

 

後日、薔薇の館に私は呼ばれた。

ユミちゃんにだ。

行く途中でヨシノちゃんに出会った。

「白薔薇さま?」

「今はもう、白薔薇ではないよ」

「どうされたんですか?卒業されたのに」

「ユミちゃんに呼ばれた」

「何故ですか」

お、敵意ある視線で私を見てるな、ヨシノちゃん。

じゃあ説明してあげよう。

「昔昔あるところに、某ユミちゃんという女の子がいて、露骨に困った顔をしていました。

それを見かけた某セイという人間は、脅しすかしの誘導尋問で、困った理由を聞き出します。

どうやら某ユミちゃんは某ヨシノちゃんに告白された様子。それを聞いて嫉妬心に

かられた某セイは、思わずユミちゃんに告白したのでした。めでたしめでたし」

「めでたくないです」

「確かに」

「それに、某の意味がありません」

「おっしゃるとおり」

「あと、ユミさんは私のものです」

「それだけは、どうかな」

ヨシノちゃんが、キッと私を睨んだ。

「セイさまは、ユミさんが好きだったんですね!」

「もちろん、でも、ヨシノちゃんも嫌いじゃないよ」

「私だって、セイさまを憎んでるわけじゃありません。でも、そういう問題でもありません」

「ヨシノちゃんは、ユミちゃんの何が好きなの?」

「…全部、かな」

「じゃあ私と一緒だ」

私は思わず笑う。

「何がおかしいんですか」

「いや、ヨシノちゃんはまっすぐだよね」

「それが、とりえですから」

怒ってるのも可愛い。

「うん、ヨシノちゃんも嫌いじゃないよ」

「なんですか、いったい」

「行こうか」

私達は薔薇の館へ向った。

 

開いたビスケット扉の中には、ユミちゃんが一人で待っていた。

「すいません、セイさま、強引に呼んで。ごめん、ヨシノさんも」

ユミちゃんが真面目な顔をしている。

「本当は、ヨシノさんと、セイさまに、別々に聞いてもらうべきなのかも知れないけど、

私、やっぱり、二人に、ちゃんと言いたいことがあって」

「うん、いいよ別に」

「それより何なのユミさん!言いたいことって!」

「私、二人に好きって言われて、とても嬉しくて、でも…」

何を言うのか、私は分かっていた。

「私、サチコさまが好き、とっても、好きなんです」

涙目のユミちゃん。

「知ってるよ」

「う〜〜、結局そうなんだ〜」

「怒らないんですか?」

「怒る理由はないよ」

「悔し〜〜」

こうやって、ふざけて、くやしがって、それで場を納めるのが、結局は一番いい。

きっと、私も、ヨシノちゃんも、同じ想いだ。

薔薇の館を出ると、ヨシノちゃんが小声で言った。

「ありがとうございます」

「何が?」

「セイさまがいなければ、きっと私は止まれなかった」

「いいさ、別に」

私はそんな風に私の思いを静かな光として自分の胸の奥に閉じ込める。

それは、海の底の貝みたいにひっそりと眠り続けるだろう。

 

それから、よく、ヨシノちゃんに会うようになった。

どうも、この子は諦めてないらしい。

そんなヨシノちゃんが微笑ましくて、よく会う。

ユミちゃんへの想いなんて、私にしか話せないらしい。

「私、やっぱりユミさんが好きなんですよね」

そう言ったヨシノちゃんの唇は、薔薇の花びらのように温かな美しさで、

それが動く様子はなんだか魅力的だった。

「私だって、やっぱりユミちゃんが好きだよ」

「じゃあ、仲間ですね」

「そう、振られ仲間」

「響き悪いですよ」

二人で笑う。

なんだか秘密を共有する共犯者みたいな二人は、

私にとって何かの癒しなのだと思う、天上の音楽みたいに。

 変な関係。だけど、これはこれで居心地がいい。

 

 

「あ、ユミさん」

「なあに、ヨシノさん」

「数学の小テスト、どうだった」

「そんなの駄目に決まってるよー」

あれからも、ユミさんがやっぱり好き。

大好き。

「じゃあ、六限の国語のテストはどうなるかなあ?」

「意地悪言わないでよ、ヨシノさん、無理だよー。私、万年平均点なんだよ」

「じゃあ、おまじないしてあげる」

「おまじない?」

「えい」

額にキスする。

「うわ!」

「はい、カンペ」

私はユミさんの手に、自作の紙を握らせる。ユミさんがアワアワって感じになった。

「だ、駄目だよ。カンニングなんて」

「しっ、声が大きい」

「駄目だって」

「じゃあ、開けてみてよ」

「え?」

開いた紙には、たった一言書いてある。

大好き、って。

「もう、ヨシノさん」

「効いたでしょ、おまじない」

「もうっ!」

こんな風にふざけあってるのがいいのかも。

不安定で変な関係だけど、好き。

いつか祥子さまや令ちゃんに咎められる?

そうかも知れない。

でも、このままいたい。

駄目かな?

私は私の想いに正直に生きていく。

それは小さな光。

ユミさんが好きなことは変わらない。

レイちゃんが好きなことだって、変わらない。

だから、こういう関係になった。

それで、いいと思う。

胸の奥で光る静かな光は、きっと、マリア様だけが見てる。

 

 

 

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あとがき

 

ええと、あんま、完結してない感じですね

鈴原さまに寄贈しました。

続きを書く計画があります。

まあ、鈴原さまのとこに投稿しつつ掲載になりますね。

いつの話か分からないですが。

ではでは