空に落ちる夢を見るような

 

 

 

 

 

一面に広がるライ麦畑、満天の星の下に広がる草原の風、石畳の街に流れる透明な川。

そんな風に綺麗なものばかりで生きられたらどんなに素敵だろう。

実際の私は薄暗い部屋の中で200円のカップ塩焼きそば(黒胡椒入り)をすする惨めな存在に過ぎない。

 そんなに綺麗には生きられない。

私は音信不通になった親友の手紙を待つみたいに、何か美しいものが来るのをじっと待っているのかも知れない。

 感傷的になるのは、いまはもういない人間のことを思うからだろうか。

寂しいのかな、私。 

 私は腕の中にかつてあった温かい感触を思い出す。

ユミちゃん。

 寂しいとき、会いたくなるよね。

でも、きっと迷惑だから。 

そう自分を抑えようとするのに、手は受話器を握ってしまう。

ごめんね。

 

 

「どうしたんですか?セイさま」

「ユミちゃんの声が聞きたくて」

「もう、なんですかいきなり、ふざけてると切っちゃいますよ?」

「あ、待って待って待って。元気?ユミちゃん?」

「元気ですけど?」

「なら…いいんだ」

「?どうしたんですか?セイさま、元気ないですよ」

「そんなことないよー、ユミちゃんの声を聞いたから元気一杯」

 

 

何故なんだろう。

彼女の声ばかり聞きたくて、こんな迷惑をかけてしまう。

 もしかして、私は、ユミちゃんが…

でも、それは本当にたくさんの人間に迷惑をかけてしまう。

どうして、人は綺麗に生きられないんだろう。

綺麗であろうとすればするほど、他人を苦しめてしまうのは私に問題があるからなんだ、きっと。

私は、砂漠を歩き続けた旅人が水を求めるように祐巳ちゃんとの会話を求めてしまう。

ささやかな会話、まるで水道水みたいにどこにでもあるけど、高原の空気のように綺麗で自然。

ユミちゃんは、私をそんな風に自然に癒してくれる。

好き。

たぶん、大好き。

私は私の押さえ切れない想いを感じながら受話器を置く。

いつからこんなに弱くなったんだろう。

私は、ユミちゃんとの会話が終わった途端、世界の全てが終わったみたいに眠り込む。

本当に、いつからこんなに弱くなったんだろう。

 

 

時々、夢に見る、天使が去っていく夢。

そう言えば、妹のシマコも天使みたいだと言われていたのを覚えている。

全然、シマコは違うのにね。

天使が本当に似合うのはユミちゃんかも知れない。

少なくても私にとってはそうだ。

今日も夢の中で私は空へと落ちていく。

そうやって天使は私から遠ざかっていくのだ。

 

 

「あ、セイさまー。今日、サチコさまがですねー」

他愛ない会話、それが幸せ。

ユミちゃんは、本当にそういう子だ。

ついつい電話してしまうようになった。

ねえ、ユミちゃん。私の想い、気づいてる?

きっと、気づいてないんだろうな。

青空みたいに綺麗で、サファイアみたいに輝いて、山百合みたいに美しくてしなやかなユミちゃんの心。

本当に、私は大好きだよ。

 

 

だんだん、ユミちゃんを好きな気持ちが止まらなくなる。

どうしてこんなにも好きになってしまうんだろう。

ユミちゃんと話していると、こんな私でもほんの少しだけ優しくなれる気がしている。

だから、また電話してしまう、そんなことをしたらますます好きになるのが分かっているのに。

止められない想いが私を苦しめるのが分かっているのに。

それでも、受話器を握ってしまう。

今日も。

 

 

「あ、セイさま、たまには電話じゃなくて会いませんか?」

そう言ったあと、照れたような、えへへ、という声が聞こえた。

「え、あ、でも」

「お嫌ですか?」

「ユミちゃんだって、忙しいんじゃない?」

「私なんか全然暇ですよー」

「でも…」

 

もし、ユミちゃんと会ってしまったら。

私は、私がユミちゃんを好きな気持ちを止めることができない。

それって、余りにも残酷じゃないかな?

きっと今でもサチコが好きで、きっと普通に男の子と恋愛するであろうユミちゃんが、それを言うのは。

今だってずいぶん会っていないから、ユミちゃんに彼氏が出 来ていたとしても私には分からない。

いや、たとえ何があったとしても分かりはしないのだ。

私は、ユミちゃんの現在を何も知らない。

それなのに、こんなにも好きになってしまっている。

だから、もしも出会ってしまったら、私はユミちゃんを好きな気持ちを止めることはできない。

絶対に。

「ユミちゃん、うん、分かった。いつにする」

私は踏み出すだろう、茨の森へ。

凄くユミちゃんが好きだから。

お姉さまが言っていた、退くべき一歩を、私は踏み出そうとしていた。

 

 

土曜日の待ち合わせ、私はできる限り早く行こうと思いつつ、ついつい遅くなってしまった。

どうも、時間を守るのが苦手なようだ。

ユミちゃん、怒ってなきゃいいけど。

「あ、セイさま!遅い!」

「ごめんごめん」

なんてベタなやり取りをしながらユミちゃんに抱きついて、一緒に食事に行く。

 

 

ユミちゃんは可愛い。

切ない気分になる。

 

 

昼の動物園は空いていた。

たくさんの動物達がどこにも行けないこの場所で、それでもそれなりに幸せそうに過ごしている。

もしかしたら中には、俺はこんなところで終わるキリンじゃないんだ、

もっとビッグになるんだと思ってるキリンもいるかも知れないけどね。

ぼんやりとキリンが草を食べるのを見ながら、飲み物を買いに行ったユミちゃんを待つ。

もしゃもしゃと、キリンは草を食べていた。

「セ〜イさま!」

「うわ!」

ユミちゃんがいきなり抱きついてきた。

「なにするのユミちゃん」

「いつものお返しです、うわ!なんて可愛いじゃないですか〜、セイさま〜」

ユミちゃんがしなだれかかってくる。

何か、頭の方で焼ききれる感覚があった。

私がどれほどユミちゃんを好きかユミちゃんは知らない、だからこんな風に抱きついたりできるんだ。

思い知らせてやりたい。

私がどれだけユミちゃんが好きか。

振り向く。

ユミちゃんの顔。

 

焼ききれる!!

 

私はユミちゃんを抱きしめて唇を奪った、絶対離さない。

強く力を込める。

自分の中の抱えきれない想いのように強く。

息ができなくなりそうになるまでキスして、唇を離してから私は、もう抑えきれないそれをはっきりとユミちゃんに告げる。

「好きだ、ユミちゃん、本当に誰よりも好きなんだ」

「セ、イさま…」

「前から、ずっとずっと好きだったんだ。電話だったから、ずっと抑えてたけど。

出会ってしまったら、私はユミちゃんを好きな気持ちを抑えられないよ!!」

「でも、私は…」

「ごめん、でも、考えておいて、考えるだけでいいから。私は、本気よ」

本気といいながら逃げ出す私は本当に身勝手だっただろう。

ユミちゃんの予定だってめちゃくちゃだ。

 

 

最低なんだ、私って。

でもそうやって全てを捨てて逃げ出したベッドで眠ると、涙が溢れてきて、私は

もうこうするしかなかったんだと自分を弁護して眠る。

まさしく最低だと自分でも思う。

 私は、最低だ。

 

 

空へ落ちるような気がした。

夢だった。

どんな夢だったか上手く思い出せない。

天使が遠ざかる、そんな夢だったと思う。

 

 

私は馬鹿みたいに自室で電話を待つ。

今日はスパゲティを作ることにした、ミートソースの缶を温めながらパスタをゆがく。

アルデンテにするには、やはりこまめな管理が大事だ。

箸でお湯をかきまぜながら思う。

これで私はユミちゃんを永遠に失っただろう。

この喪失感に耐えて生きていかなければならないのだ、きっと。

そう、思う。

スパゲティはなんだか味気なくて、アルデンテの固さも必要以上に固く感じた。

 

その日、ユミちゃんから連絡はなかった。

 

何もする気がおきないのは何故なのか。

大丈夫、立ち直れると思ってたのに。

こんなにも全てがむなしく感じられるなんて。

私は未練がましく、リリアンへ足を向けてしまう。

いったい何故こうまで女々しいのか。

ほんと、いやになる。

でも私の眼がその視界にマリア像とユミちゃんをとらえたら、私は止まることなんかできない。

「ユミちゃん!!」

叫ぶ私にユミちゃんが目を見開く。

「セイ、さま…」

何を言えばいい?何をすればいい?何も考えずに、ユミちゃんを探して、出会った。

そして出会えば立ち尽くす。

みっとないったらありゃしない。

それでも、私はこうして立つことしかできない。

「セイさま、私…」

たぶんユミちゃんはその天使の剣で私の未練たらしい想いを断ち切るだろう。

たった一言の天使の剣。

私、サチコさまが好きです

私は断頭台にかけられる死刑囚のようにその剣を待つのだ。

その甘いとさえ感じさせる胸の痛みと諦めの前でユミちゃんが言う。

「私、セイさまが好きです」

その瞬間世界は幼かった美しい世界に戻り、全ては星空の下の草原やライ麦畑へと戻っていくのだ。

私はマリア像の前で思わずユミちゃんを抱きしめてくちづける。

他人の眼なんて構いわしない。

好きだ。

こんなにも好きなんだから。

「私も、ユミちゃんが好き。誰よりも好き」

愛し合う二人を、マリアさまが祝福してくれている気がした。

 

 

翌日、薔薇の館に向うことになった。

あんな目立つところでやったんだから、大騒ぎになるに決まっている。

きっと、薔薇の館ではサチコやシマコや、もしかしたらヨーコも、待っているかも知れない。

不安そうなユミちゃんを抱きしめる。

「大丈夫!絶対絶対、守ってみせるから!!」

こんな大切なものを、守れない訳がない。

私はユミちゃんを信じる。

空へと落ちるような覚悟で薔薇の館のドアへ向う。

きっと受け止めてくれる雲があると信じて。

ユミちゃんとの未来へ!

 

 

 

 

 

 

 

掲載時あとがき

 

少し急いで書きました。

まずは鯨さまに感謝します。

いつも言ってますが、儀礼的な感謝ではありません。

本当に、感謝しています。

さて、電話だけで繋がっていても、人を好きになることもあるでしょう。

しかし、もしも出会ったら、本当に好きになってしまう。冷静な距離を失ってしまう。

そういうこともあると思います。頭にあったのはそういうことです。

聖さまが感傷的になっている理由は、当初考えていたのですが、いろいろあってやめました。

最後に、私はあなた方にとても感謝しています。

それでは、ごきげんよう。

 

 

じんじゃばんあとがき

 

いまみかえすと、いろいろ、荒いなあ。

ほとばしってるなあ、何かが。

まあ、これはこれで。

ではでは

 

 

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