1973年2月24日 岐阜町発祥の地「米屋町」にて石原サヱ子により創業。
当時、眠っていた洋館(大正初期:佐藤信次郎設計・旧日下部汽船本店)を画廊として再生。洋画、日本画、陶芸、墨蹟などを扱う画廊として開廊(画廊石原)加藤唐九郎、熊谷守一、坂井範一等の助力をいただき、展覧会活動を通じ「優雅な暮らしのお手伝い」をモットーに展覧会活動を続けてまいりました。
1983年 (有)石原美術と改称。以後、美術品の販売の他、空間と時間の演出の為、プロデュース業と建築のお手伝いもさせていただくようになりました。
1997、1998年には、狂言師 野村万之丞氏の協力により「水と炎の大田楽」(岐阜県・岐阜市)
1998年、「落語狂言」(野村万之丞・三遊亭円窓出演)を岐阜市で自主公演(岐阜万之丞の会)
1999年には、第14回国民文化祭ぎふの総合プロデュース室を拝命し、前夜祭、開会式、パレード、閉会式のほか、道楽隊という芸能集団を養成する事業も担当させていただき、以来、美術品以外の芸術分野や日本人は何処から来て何処へ向かうのか?なども勉強をさせていただくようになりました。
2003年10月、加納天満宮本殿竣工に際し、「天神まつり」を総合プロデュース。菅原道真公を偲ぶ1100年前の田楽舞踏を創作し、更に60年振りに鞍馬山車の人形からくりを復活させ、約10000人の参加者を動員しました。
2004年10月、第2回天神まつり(加納天満宮)を総合プロデュース。
同年11月、「親方会議in高山」(岐阜県)を総合プロデュース。
2006年8月10日、響きあう金華山と長良川「極上の舟遊び」(長良川鵜飼船上)
同 8月11日、 同 「稀人たちへの鎮魂歌」(岐阜護国神社)を総合プロデュース。
※屋号は加藤唐九郎氏の揮毫によるものです












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