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宇都宮病院事件について

昭和59年のいわゆる宇都宮病院事件の折には、諸先生方、医学会及び精神科学会各位に大変御迷惑をおかけいたしましたこと、心からお詫び申し上げます。
昭和59年当時、看護職員が4名逮捕されたほか、私自身も、食糧管理法、死体解剖保存法、保健婦助産婦看護婦法及び診療放射線技師及び診療エックス線技師法の各違反という四つの行政刑罰により、病院管理上の責任を問われました。
これらにつきましては、当院は真摯に反省し、看護職員の管理の徹底等、業務の抜本的な改善を行ってきております。
他方、虚言症の患者の作話をそのまま報道した大新聞を始め、多数のマスコミにより、誤り、歪められた当院の姿が何度も報道されました。
しかし、「暴行による死者が複数存在した」とか「預り金を着服した」等のマスコミ報道の多くは、全く事実無根のものでありました。
何度も当院内で暴行を受けたと称し、当院を誹謗中傷する著作まで出した元患者について、裁判所は、判決において、この者の供述には虚言が多く暴行の事実は一つも認められないとしております。
この元患者は、裁判でも「自分はロックフェラーの知人である」などと荒唐無稽な主張を展開しておりました。この元患者の虚言癖は親族も一致して認めるところであり、当院での入院中の診断も虚言症、妄想狂でありました。この元患者の虚言が当時の新聞に大々的に取り上げられたことから、当院へのバッシングがより強くなされるようになったのであります。
またこうした虚偽の事実や噂話を基に、当院に関する著作を出版した精神科医の栗原雅直医師も、訴訟上の和解において、私に対して遺憾の意を表明し、今後かかる著作を出版しない旨誓約いたしました。
今まで、これらの虚言が虚言を生む悪循環が生じ、当院に対して多数の誹謗中傷がなされてまいりました。このたび、皆様に少しでも真実を知って頂きたく存じまして経緯を申し上げる次第であります。

 


 

〜元宇都宮市市会議員、宇都宮市医師会長河津衛先生との出会い〜

 

借金と母親・内妻への暴行傷害(半殺し)の状況で入院した空想虚談・パラノイア(妄想狂)の某患者の新聞投書から、驚天動地昭和五十九年に報徳会宇都宮病院事件が発生しました。然し大山鳴動鼠一匹で管理者石川文之進院長の起訴は食糧管理法、死体解剖保存法、保健婦助産婦看護婦法、診療放射線技師及び診療エックス線技師法違反の四つでした。事件報道の嵐の最中、河津先生は問題の核心を見抜きご自分への非難を恐れず、裁判の証言台に立ち、また次のような嘆願書を提出して下さいました。

 

 嘆願書  被告石川文之進君は、私の出身校の慈恵医大後輩として親交がある広瀬正義君の義弟に当ります。その後を引き継いで独立開業した彼は、昼夜を問わず診察を行い、いつでも診てくれると地域の信頼も厚く盛業を続けておりました。しかし多忙のため医師会や同業者等との交際は余りしなかったので、会員間では何かというと、取沙汰される様になりました。彼の将来を考えて、私は、当時会長を勤めていた宇都宮市医師会野球部に所属させて、医師会活動や会員交際に勧誘しました。彼も野球大会・スキー・俳句会・家族旅行等に月一〜二回参加する様になりました。私は、宇都宮市医師会長を長年勤め、宇都宮市議会議員を五期勤めております。この度、彼は食糧管理法、死体解剖保存法、保健婦助産婦看護婦法、診療放射線技師及び診療エックス線技師法の違反事項で起訴されましたが、医師会長や地方議員として長く医療制度に関与し、一方身辺に彼を知る者として、私は事件の推移をつぶさに考察しております。先ず、看護婦充足はどこでも困難事で、特に精神科看護師の採用は、不可能に近い現状と思われます。そこで彼は、特に男子も入学出来る病院附属准看護学校を併設し、宇都宮病院も含め教育と雇用に努力しましたが、需要に追いつけず起訴事実に至ったものと思料いたします。彼は、臨床医として多くの治療実績を挙げ、アルコール症、薬物中毒等は二十五年間に約三千五百人を治癒させました。(註1)又、医学研究に力を注ぎ、日本人アルコール症の特徴としてフラッシング・タイプ(赤くなる人)とノンフラッシング・タイプ(青くなる人)とがある事を発見し、青くなる人がアルコール中毒になり易い等の報告もあります。(註2)又、大学病院研究室に比肩する各分野のスタッフを揃え、診断・治療とも最先端を行く感がありました。その討論からまとめられた業績も数多く、学会誌や新聞紙上に公開されております。(註3)特に司法精神医学に於いては、宇都宮市のママさん殺し、被告人自殺未遂後の精神障害、眠り病詐病の宝石窃盗、多発した嬰児殺しの鑑定、新宿バス放火殺人犯、覚醒剤による四人殺傷の川俣鑑定等の実績があります。次に脳解剖違反について私見を述べます。近代医学の黎明は「腑分け」にあったと言われ、その重要さは現今にも変わりません。しかし、民間病院の開業医にあって、多くの経費と多忙をおしてまで、直接収入に結びつかない剖検に手を出す例は殆どありません。筑波大学小田晋教授は次の様に述べておられます。「私立精神病院の経営者が、二言目にはなぜこんな患者を民間病院が扱わなければならないのかと言われる事です。確かに宇都宮病院問題は、軽症患者を相手に気楽に遊んでいる医療関係者が、正義の味方面をして登場するという反面、教師的な役割を果たした。必ずしもこの病院に関係する事ではないが、従来厚生省も日本精神病院協会も、反社会的で危険な患者を相手として花火を散らす様な苦闘をしている同僚経営者に対しては、むしろ冷酷であった。然し、よく言われている国公立病院幻想は正しいであろうか。公立病院は強大な労働組合の存在の為に、病院の管理権はあっても無いも同様である。更に膨大な赤字を出し続けている事。共に国鉄と異ならない。現在の社会経済上の趨勢から見て、公共部門を赤字を覚悟で無限に拡大する事は不可能である。」(精神病院協会誌)県内精神病院の実態は県立を含めてX線の技師は零でありました。(註4)この実態に對しては、宇都宮病院への一審判決は医療界に対する警鐘となりました。けれども宇都宮病院患者の中から、親殺し三件、殺人未遂2件、傷害暴行自殺等十件に及び、その他精神病者、異常者による狂暴犯罪が後を断たない現在であります。(註5)私は、決して違法行為を是認するという考えは、毛頭無く、違法は違法とされる事に異論はありません。但し、違法を犯さざるを得なかった過程と状勢を御考察下さると共に、彼が今日まで尽瘁した学問研究効果、社会的奉仕等も充分御賢察下され、今後こうした狂悪犯罪の恐れがある患者を、良識をもって処遇しようとする医師に勇気を与える為にも、御寛大な判決を賜われば幸甚とするものであります。

昭和六十年十一月二十五日 

明治三十八年六月三日生  医師 河津 衛  

 

私、石川文之進は管理者として至らなかったことを深く反省して、その後の人生を送って参りましたが、事件の詳細を知らぬ人から金もうけのために医療を利用したといった中傷を受ける度に、河津先生の嘆願書を取り出しては、世の中に数少なくとも事実を理解して下さる方のあったことを、はげみにしたものです。河津先生は、卓越した精神科医、俳聖等の人となり、静塔をこよなく愛し、交流を深めて居られました。河津先生は、昭和六十二年十月一日に亡くなりましたが、私の心の中では今なお生きておられます。

 

(註1)石川文之進著作  病院精神医学の四十年 アルコール症  メディカル・ジャーナル社

本書は、四十年にわたって精神科医療に携わってきた著者による、約三千例のアルコール性疾患、および他の薬物中毒患者の報告書である。その内容は、消化器系や循環器系の障害、尿酸値、眼球運動、誕生月、染色体、指掌紋、心理検査、脳波など広範囲にわたる。本書はその副題が示すように、著者がこれまで献身的に取り組んできた病院精神医学研究の集大成と呼ぶべきもので、後進の研究家・臨床家にとっては、学問的に得がたい貴重な資料となるであろう。  俳句と精神医学 静塔文之進百物語 第三版真蹟集 近代文芸社 カール・ヤスパースは「精神医学は窮極の難問題をも取り扱うものである。一つの学問は完全に理解されるのでなければ、全く分からぬ…」と述べている。恐らくこの言葉は、俳句の世界について言っても正しいことであろう。

(註2)Harada, S, Ishikawa,:,Possible Protective role against alcoholism for aldehyde dehydrogenase isozyme deficiency in Japan, Lancet, ii:827, 1982。

(註3)討論からまとめられた業績も数多く約200論文、約70例の精神鑑定例がある。

(註4)全国の看護婦・士の充足率15%、不足は何と85%に及んでいました。

(註5)殺人、未遂一件を含めて十件、傷害暴行七件及び自殺等十八件警察照会は四十六件。