いろいろ 2005年7月31日



トヨタのLEXUSの新しい店舗の前を朝早くとそれからと二回通りました。
二回目の時はショールームの内覧会のようなものが催されているようで、暑い中パシッとスーツを着た若い男性が立っていました。
暑さも感じていないかのような立派な態度でした。

その前の道路ではショベルカーを汗だくで動かしている男性がいました。

実はスーツの男性のほうがもっと汗だくかもしれないけれど・・・。

どっちがいいのかなぁ・・・・、どちらもいい。
どちらも格好よかった。

それから息子が働いている所をちょっと覗いてきました。

彼は、PC関係に就職したにもかかわらず、あっという間もなく、突然の解雇・・・・。 (キワムさんには就職の事は知らせて・・・・クビの事は知らせていませんでした・・) その後、販売の方に職種を変えていました。

彼の姿も学生気分が抜けたように思え、なんだかイキイキとして見えました。
あ〜やってる。これで一安心という気持ちでした。

とここまで書いて、自分のことを振り返る。

私も若い頃はふわふわしていた。


いろいろ 2005年7月29日



母の病でがたがたしているうちに私は息子と住まいを別にした。

いつかはこうなるのだし、去年さんざん私の入院につき合った彼が、今年は祖母のそれに直につき合う事はないという私の気持ちが一番強かった。

私が調子が悪い時は、彼にお願いするのだから、今回は私がという気持ちもあったかな。

実際、急いで探したものだから、距離的にはあまり離れていない所に部屋を借りるというなんとも中途半端な感じで、私がいない間に洗濯物がどさっと置かれていたり、食物が消えていたりする。
むこうはここに来るけれど、私は一度も行った事がないし、行く気持ちもわいてこない。

こんなに時間があるのに最近何も進まない。
このHPのHTMLを書く時など気合い充分で、夕食の支度もそこそこにやっていたのに・・今・あり余る時間は気分をのたりとさせる。

母は今のところ元気なようです。
この体調が続くならば、やはり私と一緒に暮らすより慣れた土地にできるだけ長くいた方が良いと思います。


いろいろ 2005年7月25日



今朝になると、昨日の夜のどうしようもない脚の痛みが消えています。
仕事は休みだったけれど、パソコンの前にしがみついているからか、つまり同じ姿勢が続くからだんだんと痛みが強くなってくるようです。

それでも、我慢の範囲以内の痛みなので、ついつい続けてしまいます。

私の勝手な診断では、朝回復するという事は・・・・・筋力の不足か、立っているもしくは座っている状態だと何か不都合があるのだろうという事。診断にはなっていませんね、判断ですね。

それがCT、MRIではっきりと”これっ”と解るものが発見できずにいる状態です。

わたしが一番困ると思っているのは、これが朝になっても回復する事が難しくなってくる事があるのだろうかという事と、仕事の影響です。

24時間の一日のうち、仕事をするのは約8時間、それではその他の時間を横になって過ごしたらどうか、横にならずともごろりと楽な事をしたら良いのではないかと思うけれど、それでは我慢なりせん。
写真が撮りたい。

写真をとる事がこんなに生活の大事な部分になるとは思ってもいませんでした。 プロの写真かのそれは素晴らしい。一歩でも、半歩でも・・・・親指の先でも・・・近づくことができたらと思う次第です。


いろいろ 2005年7月18日



”死海の水に浮かんでみませんか?”という死海体験キャッチフレーズに私は引きつけられました。

たぶん、人工肛門で死海の海に浮かんだ体験のある人はそういないのではないか、もしかしたら私が初の人になるかもしれない。そんな気持ちがありました。

この万博の私にとっての目玉でした。

昨日、不安を抱きながらも出向き、そしてこの希望者が結構たくさんいることを知って私の気持ちはすっかりやる気に・・・。

実際に、暗いプールに入ってみると、そこはプチ別世界、いままでの暑さも忘れ、満足感に浸る私でした。
浮くのだという事は頭では理解していたのですが、体はそれを理解していません。
最初の一歩というのはどういう具合になるのかどうやって水平になって浮くのか見当がつきませんでした。

先に入っていらした方が、プールの渕に手を添えるといいですよとアドバイスをくださり、さっそく渕に手をやると、足腰と浮きあがっていき、それは、ゆっくりとゆっくりとしたもので、暗い雰囲気と共に別世界に入って行きました。

普通の水でも人間は浮くのですから、この違いをなんと説明したらそれを伝えることができるのか・・・シンクロナイズドスイミングはこの水の中ではできないかもしれないなぁなどと思いながら静かに浮かんでいました。

プールの周囲の高い壁には、ヨルダンの風景がゆっくりとゆっくりと投影され、照明の暗さも静かな不思議な気分をかもしだしていました。
それまで、首に力にどうしても力が入って緊張していましたがそれを抜いて身を任せ水中に耳を入れてみると、周囲の静かさからか不思議な音が聞こえました。イルカやクジラもこうやって音を聞くのかしらと考えながらじっと耳を澄ました。

私の体は日々闘っている重力から解放されたかのように、ぷかぷかと伸びきって腸もゆったりとしてらしく、小さくガスをプスット排出した感覚がありました。
それまではストーマの事はわすれていたくらいでした。

開幕当初は、人気薄だったらしいこの企画ですが、報道で取り上げられたことによって人気は上昇したようで、昨日も浮遊体験体験予約は10時で閉め切られましたが、他の企業館や外国パビリオンのように、そこに並んでじっと待つのではなく、指定された時間に戻ってくればよいというので私にとってはとても好都合でした。

チケットをなくしてしまったり、一連の母のこともあり、私の気持ちもあきらめの方向に傾いていたのですが、やはりやっておきませんと、まさかヨルダンまで出かけて行く事は私の生涯ではないことであろうと思い、母が帰った次の週というかなり不謹慎とも思える日に行ってきましたが、21万人という最高の人出の日にも関わらず、私の非日常的計画はすみやかに達成されました。めでたしめでたしです。

私より先に体験してきた若いカップルが、素直に素晴らしい体験ができたと興奮していたのも印象的。

この計画を実行するにあたり、長い時間、一日ふらふらとあちこち歩き、ベンチを見つけては座り、食べ、そして草の上で昼寝をしてお付き合いしてくた友人にも感謝。


いろいろ 2005年7月17日

今日は、やっと万博に出かける事になりました。
身障者特別割引券を使って入るのですが、手帳ももっているのですし、当たり前の事と言えば当たり前のことなのですが・・・・。

そんな事を思っていたらどうも気になって頭に残っている一つの記事があります。
身障者の特権なのかどうか解りませんが、身障者雇用というものがあるそうす。
もちろん身障者を一人雇用する事で企業側が何か恩恵を受けるのだと思いますが、この仕事の仕方というのがとても難しい事だと私は思います。

「いそがしいとどうしても身障者でも何でもいそがしければ当てにさてれしまうので・・・」という記事中の一行、これ。

私は昨年、繰り返しの手術のための入院でたくさん休んでしまい、職場には迷惑をかけました。迷惑料として収入が減ったわけです。

そんな私に、今も当てにならないと言う声があることも充分承知の上でなんとかできるだけ当てにしてほしいと思っています。

猫のでも借りたいというくらい忙しければ、身障者でも当てにして・・できることはあるからね。きっと。


いろいろ 2005年7月15日

新しい眼鏡です。

悲しいことに目が悪くなったのです。

鼻あてより下の位置にレンズが多くあるフレームが、エンキンリョウヨウには都合がよいそうで、下にだけフレームのあるものにしました。


いろいろ 2005年7月11日

自分の居場所というのはとても大切なのだと今回の母の様子を見ていて思いました。

夕方、無事千葉に帰り着いた母からの電話の声は別の人のようでした。
電話の向こうでは、「私、この家のことすっかり忘れちゃってる。何も覚えてないのよ、ボケたのかしら」と言っていました。

ボケの自覚です。

いくら私が頑張っても、ここは私の家で母にとっては仮の住まいだった模様です。

長年の父との不思議な関係が良く、栄養云々よりおいしく感じるものが良い。

桜の写真をアルバムにして入院の持ち物の中にいれてから、あっという間に時間が過ぎました。
息子も別になったので、しばらくの間、私は引っ越しまでして得た空間の中で一人の時間ができました。
今夜は早速、遠慮していた烏賊刺し食べました。

テーブルの上には「いろいろお世話になりました。また、来ます。」とメモ書きが置かれそれにはその時の新幹線代が添えられてありました。

涙がでそうな気分がこの時間になってやっと落ち着いてきました。

今夜は自分の家でゆっくり眠るんでしょう。 。


いろいろ 2005年7月8日

不快指数の高い日です。

毎日いろいろな事が仕事場で起こります。人間を相手にしているからなのかと思いますが いい人が元で、そこに何らかの無理やストレスがかかると悪とまでは行かなくても、嫌な人になるのかなどと考えました。

我が家でも、私は優しい人気取りで介護を始めているつもりだし、母は迷惑をかける事がない、いい人を装おおうとしているからぎくしゃくするのか?

最初から、私は悪人、母は迷惑かけて平気な人のシュチエーションで日々の生活やってみると、案外楽かもしれない。

昨日、七夕だった。願いごとの話を母とするのを私はあえて避けた。
80歳くらいでちょうどいいと思っている母は、きっとその願いを書くのではないかと想像して、そんなお願い書かれたら、私はくそ真面目だから当惑するから。一番口にしてほしくない事なんです。

最近は病院を受診する時にも介護の方が付き添っていらっしゃる場合が多く見られます。
これだったら、お互いサービスを受ける側と提供する側だから、長い時間待たされてもけんかにならない。

先日テレビで観た、”ケアリングクラウン”。笑いで人を癒すという事は素晴らしい事だけれどあれもサービスだ。

昨日、消化器内科の医師に、先日のパウチの漏れ事件を話た時に、私は災難として話をしたつもりなのに大声で笑われた。
「どうして、笑うの、深刻ですよ」といっているのに。この先生あまり笑わない方のタイプなのに・・・

他の人にこの話をしたら「また、面白く話たんでしょ」といわれた。
もし私に面白さがあるのなら、家でもそれを発揮できたらいいのに・・・いい人ぶってないで。


いろいろ 2005年7月6日

私にパウチを納品している業者の方がコンバテックの営業の方を連れてやってきました。
先日の、不良品にたいしてのお詫びにみえたわけです。

話によると、製造は製造後の検品も海外でなされているそうです。
やり方としては全部ひとつひとつのチェックではないそうです。
検品だけでも国内でできたらともおっしゃっていました。


牛肉で言ったら、前頭検査ではないわけです・・・・。


製造元の方ではないので、話をしていてもぴりっときませんが、営業の方としても歯がゆい思いがするのでしょうか。

どんな医療器具にも不良品はあるということ、それはそうだと思います。

でも、(医療者ではなく、患者が管理している物を思い浮かべようとしていますが)・・・・血糖測定の針?呼吸器の酸素?・・・・適当な物が思い浮かびませんが、
パウチは排泄行為=汚ったないもの
を扱うものだから、ちょっと他の物とはちがう気がします。

私がオストメイトである事は、周囲の人のほとんどが知っている事なので、このように仕事場にいらしていただいて構わないのですが、もし秘密にしているかただとしたら、こんな不良品に出会ったとしても、秘密なのかもしれません。

仕事場が医療機関という事で業者の方も出向いてくださったのだろうという事は承知の上です。
どうしても同時に製造されたであろう、このLOTナンバーの不良品が私のところにきた箱だけとは思えません。

そこで、どなたかこのような不良品を使ってしまった方がいらしたら・・・と思ったのですが、反応はありませんでした。それとも長い間使っているとたまにはある事なのでしょうか。

リムーバーとボールペンとお詫びの品をいただきましたが、こんなのじゃ済まされないよ、あのショックと思う次第です。


いろいろ 2005年7月4日

昨日、この”いろいろ”を読み返してみた。

同じような事を繰り返し言っていて、まるで年寄りのようだ・・・。

ベランダでガタッと音がした。
恐る恐る外を覗いてみると、猫が手すりに乗っていた。
猫もこちらをみている。私とどちらが先に眼をそらすかの勝負になった。
猫は向こうを見ようとしてはまた、こちらに視線を合わせる。 負けられないと思って私も必死に凝視する。
ついに猫が退散。ほっとした。




雨の日でも写真を撮る時間を少しもつと気分が違う。


いろいろ 2005年7月3日

7月になった。
月が変わったので、ここの記事を変えたいと思っていますが何度書いても途中で中止、その繰り返しです。

何がいいたいのかはっきりとしないのでしょうが、いろいろなことを同時に考えすぎているという気もします。

母が手術を終えて退院してきてから2週間が過ぎ、少しづつ生活のパターンができてきました。

私は、仕事が終わるとまっすぐ家に帰り、それから母を伴って買い物に出かけたり、夕日の写真を撮りに行ったりします。

そんな母が、「癌と闘うってどういうこと?」と言いました。
「どういう事って、・・・手術したのだから・・もう、一度は闘ったんじゃないの」という私。
「8年間闘ったという人がテレビに出ていたけれど、ずっと闘ってた訳???」また、質問。

私は、だんだん答えがあやふやになってきてしまいます。


月毎のいろいろ


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