いろいろ 2008年3月21日

宇治平等院鳳凰堂の鳥居のいちに太陽が沈んでゆくのは、秋分の陽と春分の日。
秋に見逃し、そして春もまた、見逃した。でも・・・・
平等院のサイトをみると開館時間は17時30分まで・・・・日没は18時・・・。

さて、小腸バイパス術、意外に早く行われる事となった。
22日土曜日に入院、手術は24日月曜日。

友人が心配してくれた様に、度重なる麻酔による体のダメージも考慮し、今回は少しゆっくりと入院してくる・・・つもり。一応、荷物の中にはスプーンとお箸も入れてみた。


いろいろ 2008年3月21日

「オぺはやるべきで期待が持てます。ここまで苦労したから今度こそよい結果を。」
「また、オペ?」という驚きの反応、または多分返事に困る方が多い中、可能性を追うべきだという彼女の意見は嬉しい。
産婦人科の外来で、とにかく活躍する彼女は、子宮頸癌、その術後の放射線治療もクリアして、なおリンパ浮腫をセルフコントロールしつつ働いている。
以前、5,6年前に内科外来で一緒だった時と比べると、彼女は素晴らしく、なんというか味が出ている。
それは、単に歳を重ねたというだけではなく、病気の体験もが彼女を寛大にもしたのだと私は思う。

今日は、気温も上がり好天だけれど、怠さと腹痛で外に出たのは少しの買い物のみで、入院前恒例のただひたすら打つという一種の趣味でもあるタイピングをやった。
前回は、ヤフーインターネット検定の2級不合格という結果ですっきり感なく終わってしまった。今日リトライで、合格!!Word per minuteは52.77(5文字を一単語としている)
合格ラインは平均600点。結果内容は、単語入力は509点、単文入力は698点、長文入力は712点・・・単語が遅いということは、反射神経・・・鈍っ・・・。


いろいろ 2008年3月20日

雨降りが、それも土砂降り雨が二日続いたら、体まで溶けてしまいそうだった。 午後から、寒気を伴う眠気ですっかり眠ってしまった。

先日、ダブルバルーン内視鏡を行って下さった医師がおっしゃっておられたが、癒着はエンドレス・・・・だから、それに対して、一切処置をしないという方針の外科の医師もおられるそうだ。それ、かなり辛い。私のタイプではない。 その点主治医M先生は私のタイプでよかった。
四六時中「ポチ」と一緒の生活が、「ポチ」は夜間だけになれるかもとバイパス術に関して、数度目の期待を持っている。

近くの瀬戸街道の二本目のバイパスの工事が、なんら問題を抱えていたらしく、一カ所だけ終わらずに長い間そのままだった。それが解決したらしく、今月26日に開通する。が、どうやら私のバイパス工事の方が早い。

眠ってしまう前に、息子の友人を真似て、ピンホールカメラを造ってみた。 先日失敗したので、これは中心栄養用の針、コアレスニードル22G3/4の穴にしてみた。今日の天候では光が足りずに撮影はできなかった。


いろいろ 2008年3月18日

ちょっと読みかじりにも関わらず書いてしまうが、「時」についてこんな事が書かれていた。

日本の「時」は「解く」と同じ語源ではないか・・・・・。
つまり、「氷がとける」とか、「からんでいたひもがとける」とかいったふうに日本人は時間というものをとらえていた・・・。
なにかわかる様な気も・・する。

腸の術後は、すぐに何でも食べられるわけではなく、順調に行った場合でも回復にはある程度の時間が必要だ。順調に行かない私も、この「時」を中心栄養で過ごしつつ待っていたが、 先日のダブルバルーン内視鏡(小腸カメラ)では時が経ってもとけていないという事がわかった。大体、吻合部分以外にも新たな狭窄が出来ているという事はもう「時」が「解く」ではなくなっていた。

今日の受診では、内視鏡検査にも立ち会って下さった主治医M先生から詳しい話が。 検査を受けた病院の主治医の説明とほぼ同じだが、 カメラは、慎重に吻合部分より先まで進められたが、その先の狭窄部位は危険を伴うことで行くことができなかった。
造影剤を流して観察してみた結果というのを私なりに解釈して書いてみると、下の図の様な感じになる。

イレウスを繰り返す度に拡張する部分が拡張したままの状態で、ここから先に送るという力がないようなのだそうだ。

不全イレウス状態で毎日嘔吐をしていては辛いし、バルーン拡張という内科的な処置は不可能ということで、やはり外科的処置をとることとなった。
ついにバイパスを造る。ということで、また採血、心電図、肺活量等の術前検査も行ってきた。
胸部レントゲンの後にそっとIXYでポートの写真を撮ってきちゃって・・・。

前にも書いたが、向日葵様なのが私の左鎖骨下に埋め込まれた栄養の入り口、中心栄養用のポート。

そうそう、年末に申し込みをしていた「フレッツ・光」の工事がやっと昨日行われたので、パソコンは、ぱっぱっと動く。


いろいろ 2008年3月15日

昨年の3月15日は、イベント、プロジェクト「OHANA」スタートだった。 つまり、ラコールを経口摂取して栄養源としていたのが限界となり、夜間に経鼻栄養を開始したのだ。
この時は仕事をしていたし、今がこの時以上に悪くなっているとは想像していなかったのでプロジェクト「OHANA」スタートライブバージョンを記事にしている呑気さだった。
数えてみた、最後にカレーという普通食を食べて以来、526日、3/1dで1578食、食べ損ねている計算。

今日は、この好天でさっさと点滴OFFにする決断をして、東山公園に行ってみた。

一番印象的だったのが春の花でもなく、実はこのお猿。他の猿が飛びまわっている中、具合が悪いのか、何らかの悩みがあるのか・・・。

このところの自分の姿を見ている様で、インパクト強くそして共感できるものを感じた。事情を聴きたいくらいだった。

目が合えばと思ったが、顔をあげることはなかった。


いろいろ 2008年3月14日

小腸カメラ(ダブルバルーン内視鏡)説明同意書より

ダブルバルーン小腸内視鏡の基本的構造は胃や大腸の内視鏡と変わりませんが、少し長めの内視鏡の外側にスライディングチューブが通してあり、内視鏡とスライディングチューブの先端にそれぞれバルーンがついています。
経肛門的、経口的に挿入して行く事が可能です。
観察として、生検、超音波診断、処置としてクリッピング等の止血や狭窄病変に対するバルーン拡張、ポリープ切除等ができます。

検査前の医師からの説明

・癒着よる狭窄(腸の外側からの力によるもの)に対しては、バルーンでの拡張の効果は  得られない。
・吻合部分の狭窄であった場合はバルーン拡張が可能かもしれない。
・前日の腹部レントゲンをみると小腸ガスが全体に見られるいことから、カメラの挿入自体が困難かと思われる。
・カメラが入れば、原因を観察するという点で意味がある。

検査後の医師からの説明

・一月の手術時の吻合部分は、カメラは通過可能だった。ただし、屈曲が強い。
・吻合部分より先に更に癒着による狭窄部位が有り、そのまた先にさらに癒着が有り。バルーン拡張適応ではない。
・造影剤を流してみるとわずかながら流れるが腸全体の動きの悪さにも問題がある。

これが、心配していた小腸カメラ(ダブルバルーン小腸内視鏡)の結果。
小腸カメラに期待を込めると同時に、私にとって未知のこれに対して何らかの報告がでがきると思っていたが、期待も消え、報告もできず。

懸念していた、カメラは何処からという点については、口から。
血圧計、サチュレーションモニターつけて、点滴からの鎮静剤による麻酔下で行われた。
そのため、マウスピースをくわえた状態で意識がなくなり、苦痛も何も感じる事は無し、だから、カメラがどのような物かも見ることができず。

小腸潰瘍、小腸腫瘍、小腸クローン病などの為に小腸内視鏡を受ける患者さんはとても多く、一件に要する時間もそれぞれで、検査予定時間は午後から夜ということだったが、実際開始は20時半だった。

終了後は、ストレッチャーで戻ってきた。らしい。主治医にいろいろ訴えていた様な夢をみていた。だが、これは夢ではなく、現実だった。
翌朝、主治医が「図に書いて説明します」・・・・「夕べアナタが訴えていたように」・・・と。
同室で小腸クローン病で既に数回バルーン拡張をされている方からも大分喋っていたわよと・・・。この時は、まだ拡張が出来なかったという事実を知らされていないわけだが・・・日頃現状を軽く受け止めようと意識していると意識がなくなった状態では、しまってある本音を隠しきれなくなるのか。


いろいろ 2008年3月10日

先日観た映画、といってもDVDにて、キトキト。富山県高岡市が舞台。主演大竹しのぶ。
大竹しのぶは、いい表し方が難しいが、あのストーレートではなく何かを隠しているかの様な口調があまりタイプではないが、これは、ストレートな母親役だった。
砺波入院中に耳なれた富山弁「・・・ケ」が優しい言葉遣いに響いた。

昨日はかもめ食堂
その中で、「もし、明日この世の終わりが来たら何をします?」という会話があった。 そこでは、そういう時には「美味しい物をたくさん食べる」となった。 最も思いつきやすい事かな。
まず起こりえないケースに関して考えても仕方ないけれど、少しだけ私はどうするかと考えたが答えは出ていない。

読んでいた本の中に「待ち合い室から」ということでこんな事が書かれていた。
看護サイドから書かれているが、 慢性疾患などで通院を続けている人たちの多い外来などでは、自然発生的に、例えば、同時期に入院していた事があったとか、主治医が同じだとかという共通点から「セルフヘルプグループ」とでも呼べる様なものを形成することがあります。
そこでは、病気が原因で失敗した事や情けない事、できないことをあっけらかんと明るく元気に語る人のその語り口と強さに救われるのだそうです。
話している人の方は、「つらかったことを心の中にしまっておくより、おもしろおかしく口に出した方が楽になる」と言います・・・とあった。
・・・・・ホントにそれでよいのかな?

さて、ぼうっと過ごしていても時間は流れ、明日入院、明後日小腸カメラ。


いろいろ 2008年3月9日

昨夜、パンダ処置が終了したとディーラーさんから電話があり、退院の運びとなった。 タイミングが、点滴交換直後・・・・2リットル、2キロの状態だったが、抱えて早速お迎えに。

何時も「ポチ」を連れて外出する時は、大体点滴量が減っている時なので、今まで気付く事がなかったが、本来1リットルのフルカリック3号にソリタT3の500mlを二本詰めている為、パンパンでいつものお出かけ体勢の様に二つ折りにならず、とても不都合だと気がついた。

パンダの病状は次の様。
エンジン・トランスミッション系以外の電装系を制御する「ボディコントロールユニット」のコネクタが通電不良のため、エンジン始動・パワーウィンドウ開閉・ワイパー等各種電装品が作動しなくなっていた。コネクタを取り付け直し、回復。

今回は、この処置で済んだが完治するにはコンピューターの取り替えとなる。
これには、セキュリティーの問題がある為イタリアから部品を取り寄せることとなり、注文してからドンブラコドンブラコと日本に届くまでに時間を要することになる。すぐにここまでの処置が必要かというと、イレウスになったからすぐに小腸切除が必要ではないのと同様そうではないらしい。

車両感覚はこのところ乗っていたシトロエン・クサラのハンドル操作の重さに既に慣れてしまっていて、私が好んでいるパンダのその優しい軽さが怖くさえ感じられた。


いろいろ 2008年3月7日

連日お茶で気分転換!!

昨夜の約束は時間は20時半。彼女が子どもを学習塾に送りそして迎えに行くまでの時間ということ。できれば「ぽち」は切り離して行きたかったが、膀胱炎には水分は多い方がよいにきまっているので連れて。
以前にも書いたが、彼女は3月末で転職をする。その前にユニフォーム姿の私と一緒に仕事ができたらと言ってくれていたが・・・ごめんなさい。

今日も友人からお誘いメール届く。今日は、針交換日だったので気持ちもフリーでね。 注文した物を全部飲みきることはできないのにも関わらず、メニューをじっくり見て、たかが飲物を注文するのに時間掛け、そして、拍子抜けするように紅茶と言ってみたりして・・・店員さんにすみません・・・。

膀胱炎症状は、導尿後の残尿感の様な違和感がたまに感じられるが、抗生剤で改善している様子。


いろいろ 2008年3月6日

HPNをしながら眠ると、夜間におよそ1000mlの水分が体内に入るので、トイレに起きなければならないのが常。大体、二回起きる事になる。
今朝目覚めると、昨夜は一度も起きなかったと思った・・・のもつかの間、朝一番の導尿時におかしな痛みを感じ、そして、間をおかずにすぐにいつもは感じない「排尿したい感覚」のようなものを感じ。
今度は、カテーテルをよく見て導尿すると尿の色が明らかに濁り潜血有りの状態だった。

点滴をつれて採尿はしにくいので自宅で紙コップに採って持参し受診すると、やはり膀胱炎・・・・。 症状が悪化するようならば泌尿器科を受診するということで、いつもの消化器外科で抗生剤を処方で様子見。
膀胱炎の時は水分多め摂取が必要だけれど、ごくごく飲むことなどできないので点滴のスピードをアップ。


いろいろ 2008年3月4日

実は、小腸カメラの事が気になって、段々やりたくなくなってきた。カメラも怖いけれど、カメラの通過が困難であれば、「ガイドワイヤーを留置してバルーン拡張」・・・・ここが気になって、つまり、口からいれるのか、それとも鼻・・・・今日の受診では、一番聞きたかったこの点をとうとう聞かず終い。

アナタの風邪はどこから・・・ん?これはベンザブロック・・・カメラはどこから?私のは「鼻から」・・・なんて一週間前から聞いてしまったら待ち時間が余計に苦痛。

一方、車パンダは、悪い箇所の特定が二週間経過した今も解らず、まだ検査入院中、修理は開始されていないそうだ。
解っているのは、コンピューターのどこかが悪いらしいという所まで。


いろいろ 2008年3月2日

HPNの決まりで、メインルートと延長チューブは一ヶ月に6本。ということはルート交換は5日に一回となる。
決まりでは針も同様なのだけれど、5日に一回の入浴では汚い。
私は、針は自費購入して3日目と2日目で針交換をしてお風呂に入る事にしている。

今日は、点滴の残量はまだまだだったが、早々に針を抜いた。倒れかけたら早めに刺せばよい。
自宅の中での生活では、点滴は点滴棒にかかっているので、これをコロコロやっているわけで、始終手に持っているわけではない。
けれど、針を抜く。ルートから離れる。
この時の左鎖骨部分から全身に伝わる軽さは何とも言えない。

2月29日のキワムさんのブログを拝見したら、ストーマになった時がうるう年だったという事が書かれていた。 私もキワムさんより二ヶ月程遅くストーマを造り、今となってはトラブルとも思えない様な諸々の事柄にも相談にのっていただいていたっけ・・・との思いを持ちつつ、思い出の様なものに浸ってみた。

私の数少ないオストメイト友達の一人が落ち込んでいる。ストーマの生活というより、原因疾患が世代的に少ないため、なかなか気持ちをお互いに理解しあえる人に出会えないというのが理由のようにも見受けられる。
結局は、自分の中で納得して生きて行かなければいけない問題だと思うが同じ様な境遇の人と知り合いその中で自分を見つめられればよいのではないかと思う。 その基礎疾患は「骨盤臓器下垂」「骨盤臓器脱」などと呼ばれている。骨盤内の内臓を支える組織の弱さによる症状、便秘が極端に酷くなったり排尿障害だったり。

人工肛門はその症状をひとつ緩和する手段ではあるが、人工肛門によって基礎疾患の症状が消えるというわけではないところがつらい所でしょう。どなたか50代くらいのひとで骨盤臓器下垂と闘っている人をご存知でしたら、知り合いのブログに書き込んでもらえればよいと思います。(キワムのRCコラム2005.2.14より)・・・・無断ですみません。

かなりの落ち込み様だったみたい。
この呼びかけに対して反応は0だった。でも、今「骨盤臓器脱ネット」にはわんさか反応がある。
うるう年は、オリンピック年だから思い浮かべるが、アスリート達には4年という時間はどれほどの物か想像できない。でも、「骨盤臓器脱」の私の4年は、鍛えられた、ちょっと意味ある時間だったかも。
「結局は、自分の中で納得して生きて行かなければ行かない問題」・・・・まだ課題だし、次のうるう年にも生きて何か書く事ができるといいよね。


いろいろ 2008年3月1日

今日からの復職を予定していた時には、今年は2月29日があることで、リハビリできる日が一日多いと喜んだが、今、3月11日の入院を待っている状態では一日余分な気がした。食べる人が、料理が全般的に薄味だと言う。
作る人が、味見できないからそうなる。
味付けが濃すぎてしまったらダイナシだから、薄くしておけば後から何か足す事でどうにでもなると思っているから。
テレビで観たからとこんな面倒なブロッコリーのピュウレを作った。茹でたブルッコリーをコンソメで味付けしたゆで汁と共にミキサーにかけて作る。

ちょっと説明のあった「小腸バイパス術」に関して検索してみると、目的とは異なり、減量サイトが一番にヒットした。
ダイエットの為に手術で小腸バイパスやら胃を小さくしてしまうやらが載っていた。 世の中にはいろいろな人がいると思い直す。とともに、この人達も私も現代医学で生かされているという点は共通するのかとも感じた。

月毎のいろいろ

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