爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)

第一話 へんたら(5月13日掲載)

【出雲弁】

「今市の、わけしん、とこは、いつ生まれたかいの。」

「け、ほんね。こないだも、聞かっしゃったが、しぇわねかね。」

「あげかいの。ちと、ほろけが、ついた、だらかのー。」

「去年だじね。去年。しっかー、して、ごしなはいよ。」

「おんおん、あげだったの。今市の、あんさんが、どげだいこげだい、言っちょったの。」

「まーじ、ほんね。今市の、あんさんは、“へんたら”だけん。嫁さんの里が、孫ねと、思って、こいのぼー、持って、こらいたね、『おちゃ、町屋で、立てー、とこがねけん。』てて、断っちゃったげな。どげ、思わっしゃーかね。」

「今市も、ただもん、家が増えて、こいのぼりを、立てーやなとこが、ななったのー。」
「そーでも、姉さんが、『おまえさん、しゃんこと、言わんこね、猫のふたいほどの庭だども、ちょっこ、立てたことに、さな、えけんこと、ねだらか。』てて、あんさんね、言って聞かしぇて、事が収まったげな。ほんね、今市のあんさんさんは、姉さんが、出来ちょーけんばっか、あげして、のほほんと、しちょらいじね。」


【共通語】

「今市の若い人のところは、いつ生まれただろうかね。」

「もう、本当に。この間も聞いたけれども、大丈夫。」

「そうだったかね。少し、ぼけてきただろうか。」

「去年でしたよ。去年。しっかりしてくださいよ。」

「そうそう、ああでしたね。今市のお兄さんがどうのこうのと言ってたね。」

「まあ、本当に。今市のお兄さんは“偏屈者”だから。お嫁さんの里から孫にと思ってこいのぼりを持ってこられたのに『わが家は町屋でこいのぼりを立てる所がない』と言って断ったそうです。どう、思う。」

「今市町もだんだんと家が増えて、こいのぼりを立てられる所がなくなったねー。」

「それでも、お姉さんが『おまえさん、そんなこと言わずに、猫の額ほどの庭だけれども、少しの間でも立てたことにしなければいけないのでは』と言って、兄さんを諭して事が収まったそうだ。本当に、今市の兄は、お姉さんがしっかりしているから、ああして気楽にしていられるのだよ。」


(注釈)
 出雲地方の端午の節句は一月遅れ。お嫁さんの実家から孫にこいのぼりを贈る風習があります。婆の里は出雲市今市町で、お兄さんが跡を継いでいます。昨年、そこの息子に男の子が生まれたようです。婆は幾つになっても里のことが気になるようです。

(参考)
 平田では「へんたら」「へんくそ」と言いますが、「へんたくそ」と言う地域もあるそうです。

 

(奥野栄)

 

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