爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)
第一話 へんたら(5月13日掲載)
【出雲弁】
爺「今市の、わけしん、とこは、いつ生まれたかいの。」
婆「け、ほんね。こないだも、聞かっしゃったが、しぇわねかね。」
爺「あげかいの。ちと、ほろけが、ついた、だらかのー。」
婆「去年だじね。去年。しっかー、して、ごしなはいよ。」
爺「おんおん、あげだったの。今市の、あんさんが、どげだいこげだい、言っちょったの。」
婆「まーじ、ほんね。今市の、あんさんは、“へんたら”だけん。嫁さんの里が、孫ねと、思って、こいのぼー、持って、こらいたね、『おちゃ、町屋で、立てー、とこがねけん。』てて、断っちゃったげな。どげ、思わっしゃーかね。」
爺「今市も、ただもん、家が増えて、こいのぼりを、立てーやなとこが、ななったのー。」
婆「そーでも、姉さんが、『おまえさん、しゃんこと、言わんこね、猫のふたいほどの庭だども、ちょっこ、立てたことに、さな、えけんこと、ねだらか。』てて、あんさんね、言って聞かしぇて、事が収まったげな。ほんね、今市のあんさんさんは、姉さんが、出来ちょーけんばっか、あげして、のほほんと、しちょらいじね。」
【共通語】
爺「今市の若い人のところは、いつ生まれただろうかね。」
婆「もう、本当に。この間も聞いたけれども、大丈夫。」
爺「そうだったかね。少し、ぼけてきただろうか。」
婆「去年でしたよ。去年。しっかりしてくださいよ。」
爺「そうそう、ああでしたね。今市のお兄さんがどうのこうのと言ってたね。」
婆「まあ、本当に。今市のお兄さんは“偏屈者”だから。お嫁さんの里から孫にと思ってこいのぼりを持ってこられたのに『わが家は町屋でこいのぼりを立てる所がない』と言って断ったそうです。どう、思う。」
爺「今市町もだんだんと家が増えて、こいのぼりを立てられる所がなくなったねー。」
婆「それでも、お姉さんが『おまえさん、そんなこと言わずに、猫の額ほどの庭だけれども、少しの間でも立てたことにしなければいけないのでは』と言って、兄さんを諭して事が収まったそうだ。本当に、今市の兄は、お姉さんがしっかりしているから、ああして気楽にしていられるのだよ。」
(注釈)
出雲地方の端午の節句は一月遅れ。お嫁さんの実家から孫にこいのぼりを贈る風習があります。婆の里は出雲市今市町で、お兄さんが跡を継いでいます。昨年、そこの息子に男の子が生まれたようです。婆は幾つになっても里のことが気になるようです。
(参考)
平田では「へんたら」「へんくそ」と言いますが、「へんたくそ」と言う地域もあるそうです。
(奥野栄)