爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)


第百五話 なちちけ(2005年9月11日掲載)

【出雲弁】

「9月だちーね、まんだ、のくがのー」

「暑さ寒さもふがんまで、てていーますけんね。も、ちょんぼですわね」

「なちちけだらかのー。しょくがわかんで、えけんわー」

「晩は、豆腐ねしましょかね」

「のくときゃ、そーが、えっち、えのー」

「けさ、豆腐売りさんね、もらっちょきましたけんね」

「おまえも、案外気が利くのー」

「何年、えっしょねおーと、思っちょらっしゃら」

「ババ。あーがねかいの」

「あーててなんですかいね」

「あれあれ、あーだわや」

「ミョウガですかね」

「それそれ。ミョウガがあーとまいがのー」

「おまえさん。ここんとこミョウガの食い過ぎですじね」

「めそしーね良し、そーめんね良し、しょくがわかんときねは、このもんだわやー」

「だけん、あれあれ、それそればっかで、名前が出てこしませんわね」


【共通語訳】

「9月だというのに、まだ暑いねー」

「暑さ寒さも彼岸まで、といいますからね。もう、少しですよ」

「夏負けだろうかねー。食欲がわかなくていけないよー」

「夕食は豆腐にしましょかね」

「暑いときは、それが一番だよなー」

「けさ、豆腐売りにもらっておきましたからね」

「おまえも、案外気が利くねー」

「何年、一緒にいると思っているんですか」

「お婆さん。あれは無いか」

「あれって何ですか」

「あれあれ、あれだよ」

「ミョウガですか」

「それそれ。ミョウガがあるとおいしいよなー」

「おまえさん。このことろミョウガの食い過ぎですよ」

「みそ汁に良し、ソーメンに良し、食欲がわかないときにはミョウガのものだよ」

「だから、あれあれ、それそればかりで(物の名前が)名前が出てこないですよ」


(解説)
 ミョウガを食べると物忘れするという俗説がありますが、ミョウガの辛み成分が脳を刺激して記憶が良くなるという人もいます。
 お釈迦(しゃか)様の弟子に周利槃特(しゅりはんどく)という人がいたそうです。彼はたいへん記憶力が悪く、自分の名前を忘れてしまうので、お釈迦(しゃか)様に書いてもらった名札を常に背負って歩いていました。彼の死後、墓地に見知らぬ草が生えたので茗荷(ミョウガ)と名付けたという話があります。

(参考)
 「なちちけ」は夏やせ、夏負け、暑気あたりという意味です。

 

奥野栄

 

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