爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)


第百六話 そらみず(2005年9月25日掲載)

【出雲弁】

「ババ。ちょっこ、聞いてごいた」

「なんですかいね。おちゃ、おまえさんと、違って、えそがしですけんね」

「そーがのー。おもっしぇ、話だけん、聞くだわや」

「そげん、もったいぶらんこね、はやこと、いーなはいませ」

「さっき、弟がとこの帰りねの。熊さんがとこのババが、畑で草そじしとっちゃったわや」

「そーが、どげしましたかね」

「『オババ。世話やかいますね』てて言ったら、『きょうは、そらみずでございしがね』てて言っちゃってのー。ワッハッハ。」

「ワッハッハ。腰がカマないね曲がっちょって、空なんか見えんだらね」

「そげだらがー。ワッハッハ」

「だども、もんぺの間から、さかしね見えたかもっせませんじ」

「なーほど、そいちゃ気がつかだったわ」


【共通語訳】

「お婆さん。ちょっと聞いてくれよ」

「何ですか。私は、おまえさんと違って忙しいですからね」

「それがねー。面白い話だから聞いてくれよ」

「そんなに、もったいぶらずに早く言いなさいよ」

「さっき、弟の家からの帰りに、熊さんの家のお婆さんが畑で草取りをしておられたんだよ」

「それが、どうかしましたか」

「『お婆さん。仕事はいかがですか』と言ったら、『きょうは、空を見なくてもいい晴天ですよね』と言われてねー。ワッハッハ。」

「ワッハッハ。腰がカマのように曲がっていて、空なんか見えないだろうに」

「そうだろうー。ワッハッハ」

「でも、もんぺの間から逆さまに見えたかもしれないですよ」

「なるほど、それには気がつかなかったよ」


(解説)
 出雲人は道で出会った人たちに軽くあいさつを交わします。「え、凪(なぎ)でございしてねー」「のくなーましたがねー」「わけて、のくございしがねー」「さみ風がたちましてねー」など、そのときの季節や天気にあわせて文学的に表現します。

(参考)
 八雲立つ出雲地方では「弁当忘れても傘忘れるな」と、いつも空を気にしています。「そらみず(空見ず)」は空を見なくても良い、気にしなくて良い晴天のことです。「草そじ」は草をクワで削り取ること、「さかし」は逆さまのことです。

奥野栄

 

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