爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)
第百八話 のしと(2005年10月23日掲載)
【出雲弁】
婆「きょうも雨ですがねー」
爺「あげだのー。お茶ごとばっかで、腹がちゃっぽんちゃっぽん、いーやなわー」
婆「ここんとこ、ちと、肥えらいたやな気がしますがねー」
爺「そげだがー。仕事さんこに柿ばっか食っちょーだけんのー」
婆「よもよも、そげん、よけ、食わいてえもんだわ」
爺「ちょべころから、柿が好きでのー」
婆「なんでも、ほど、ちーもんがあーますけんね」
爺「ここんたーの柿は、どこん柿がまいか、たいげ知っちょーじ」
婆「そーで、どこん柿が一番まいですかね」
爺「さ、おまえ、かわんこの、だいきっつあんがとこの柿がえっちまいわや」
婆「なんで、分かーますかね」
爺「ちょべころ、みんなして、味見して歩いたわや」
婆「あげん、食いもんの無い時代だったね、柿やなんか、よーごさいましたね」
爺「昔のことだけん、いちいち『ごしなはい』てて断ったもんだねわや」
婆「オジジ。さ、のしとちーもんだがね」
【共通語訳】
婆「きょうも雨ですよねー」
爺「そうだねー。お茶飲みばかりで、腹がちゃぽんちゃぽん、いーやなわー」
婆「最近、少し太られたような気がしますよねー」
爺「そうなんだよー。仕事をしないで柿ばかり食っているからねー」
婆「よくも、そんなにたくさん食べられるね」
爺「小さいころから柿が好きでねー」
婆「何ごとにも程度というものがあるでしょう」
爺「ここら辺りの柿は、どこの柿がおいしいか、ほとんど知っているよ」
婆「それで、どこの柿が一番おいしいですか」
爺「それは、おまえ、川向こうの大吉さんのところの柿が一番おいしいよ」
婆「どうして分かるんですか」
爺「小さいころ、友達と一緒に味見をして歩いたんだよ」
婆「あんなに、食べ物の無い時代だったのに、よくも柿をくれましたね」
爺「昔のことだから、いちいち『ください』とお願いしはしていないよ」
婆「お爺さん。それは、泥棒というものですよ」
(解説)
他人の家の柿を黙って取れば窃盗罪です。半世紀前、物の無い時代でしたが子どもたちのいたずらを大人は見て見ぬふりをしていたのかもしれません。おんぼらと(ほのぼのと)、おちらと(ゆったりと)した時代でした。
(参考)
「のしと」は「ぬすっと(盗人)」が訛ったものです。「ぬすびと→ぬすっと→ぬすと→のしと」と訛ったものと思われます。日本国語大辞典によると、「のしと」は出雲地方のほかに新潟県中越地方でも使われているそうです。
奥野栄