爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)

第二十話 ふでこ(2002年2月24日掲載)


【出雲弁】

「ここんとこ、弟がとこの、わけ嫁さんが、いちなんどき、家に、おってだが、どげぞ、しちゃった、だいの。」

「この、四月には、生まれーげで、休だげなじね。」

「ちーと、はえこと、ねかや。」

「オジジ。ちゃんと、さんにょは、あっちょーましけんね。かならず、よそさんで、しゃんこと、いわっしゃーなよ。」

「おんおん。わかっちょーわや。」

「腹が前に出て、顔つきも、きちやなけん、男だねだらかね。」

「ほーん、そげだらかのー。おまえが、秀子(ふでこ)生んだときも、腹は、どげだい、分からんだども、きち顔、しちょったやな、気がしーだどものー。」

「あい、け。おちゃ、いちだい、きち顔、したこた、あーしませんじね。」

「・・・・・」


【共通語訳】

「このところ、弟のところの若いお嫁さんが、いつも家にいるけれども、どうしたのだろうかね。」

「この、四月には生まれるようで産休だそうですよ。」

「少し、早くないかい。」

「お爺さん。ちゃんと、計算は合っていますからね。けっして、よその家ではそんなことを言わないでくださいよ。」

「はいはい。分かっているよ。」

「腹が前に出て、顔つきもきついようだから、男じゃないだろうかね。」

「へー、そうだろうかねー。おまえが秀子(ひでこ)を生んだときも、腹はどうだったか分からないけれども、きつい顔をしていたような気がするけれどもねー。」

「ああ、もう。私は、いつだって、きつい顔をしたことはないですよ。」

「・・・・・」


(注釈)
 出雲地方には、妊婦の腹が前に突きでたり、後ろから声をかけて右から振り向くと男児だという言い伝えがあります。

(参考)
 昭和の時代には、秀子の振り仮名を”ふでこ”と書いた親がいたそうです。「ひ」が「ふ」に変化するのは、「ふこうき(飛行機)」や「ふと(人)」など、出雲地方ではよく聞かれる訛りの一つです。出雲人が漢字でなく平仮名で書くときは”ふでこ”のように、話したり聞いたりしている音を、そのまま書いてしまうことがあったそうです。

(奥野栄)

 

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