爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)


第三十五話 せんち

【出雲弁】

「オジジ。いつまでも、ねちょらんこに、はや、おきなはいませよ。」

「も、そげな、時間かいの。」

「戸、あけましじね。」

・・・・・

「え、においが、すーが、キンモクセかいのー。」

「あげですじねー。枝でも、取ってきて、生けましょかね。」

「ババ。せんち、にゃ、置くだねじ。」

「ワッハッハ、あげでしたね。」

「去年、大阪の、孫らちが、秋祭りに、来て、大笑いしたがのー。」

「キンモクセイの、下で、便所の、においがすー、てて、大騒ぎ、しちょーましたがねー。」

「都会の、子らちは、キンモクセ、なんてて、しらん、だけんのー。」

「笑って、えだい、悲しんで、えだい。」


【共通語訳】

「お爺さん。いつまでも、寝ていずに、早く、起きなさいませよ。」

「もう、そんな、時間かい。」

「戸を開けますよ。」

・・・・・

「良いにおいがするけど、キンモクセイだろうかねー。」

「そうですよ。枝を取ってきて生けましょかね。」

「お婆さん。便所には置くんじゃないよ。」

「ワッハッハ、そうでしたね。」

「去年、大阪の孫たちが秋祭りに来て大笑いしたよなー。」

「キンモクセイの下で、便所の臭いがすると言って、大騒ぎをしていましたよねー。」

「都会の子たちはキンモクセイなんて知らないからねー。」

「笑っていいのやら、悲しんでいいのやら。」


(注釈)
 都会育ちの子どもたちには、キンモクセイの香りが、トイレの消臭剤を思い出させたのでしょう。笑うに笑えない話です。

(参考)
 「せんち」は「雪隠(せっちん)」の転で便所のことです。青森県、京都府、高知県など各地で用いられています。島根県美濃郡や奈良県では「せんちの火事」と言って、糞(くそ)が焼ける意から、やけくそを「焼け糞(くそ)」にかけて、しゃれて言うそうです。

(奥野栄)

 

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