爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)


第五十六話 火をつける(2003年8月24日掲載)

【出雲弁】

「ババ。蚊が、ブンブンいって、やかまして、寝られんがのー」

「蚊帳が、どこぞ、あいちょら、しませんかいね」

「えしこに、つった、はずだがのー」

「ちょっこ、火、つけましょかね」

「おい、ババ。きゃんとこに、虫かごが、あーじ」

「そげいわ、さっき、拓哉が、ちょろちょろ、しちょーましたじね」

「あんやが、どげだい、こげだい、いっちょったの」

「立派な、クワガタが、はっちょーますじね」

「けさ、拓哉が、クワガタ捕まえた、てて、よろこんじょったら、あんやが”ちょっこ、見せれ”てて、かまっちょったじ」

「ははーん。拓哉が、おちやちの、蚊帳んなかに、かくいたもんですね」

・・・ペッチーン・・・

「あいけ、ババ、なんかや。えてがや。」

「おまえさんの、きんか頭に、蚊が、とまらかともって、なんぎこんぎ、しちょーましたじね」


【共通語訳】

「お婆さん。蚊がブンブンとうるさくて寝られないよなー」

「蚊帳がどこか開いていませんか」

「良い具合につったはずなのになー」

「ちょっと電灯をつけましょう」

「おい、お婆さん。こんなところに虫かごがあるよ」

「そういえば、さっき拓哉がちょろちょろしていましたよ」

「お兄さんが、どうのこうのと言っていたね」

「立派なクワガタ虫が入っていますよ」

「今朝、拓哉がクワガタ虫を捕まえたといって喜んでいたらお兄さんが”ちょっと見せろ”とからかっていたよ」

「なるほど。拓哉が私たちの蚊帳の中に隠したのですね」

・・・パッチーン・・・

「あおもう、お婆さん、なにかい。痛いじゃないか。」

「おまえさんのきんか頭に蚊が留まろうかと思って悪戦苦闘していましたよ」


(解説)
 戦後、住環境が変化して雨戸はサッシと網戸になり蚊帳を目にすることが少なくなりました。

(参考)
 東京からきた人に「火をつける」と言うと放火犯と思われるかもしれませんが出雲弁では「電灯をつける」という意味です。出雲弁には「自動車があるく(自動車が走る)」「雷があまー(雷が落ちる)」「戸をたてる(戸をしめる)」「傘にのせる(傘に入れる)」など、おもしろい言い方がたくさんあります。

 

(奥野栄)

 

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