爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)
第七十四話 くちなわ(2004年5月23日掲載)
【出雲弁】
爺「ババ。てのごい、だいてごいた」
婆「あいら。どげさいましたかね」
爺「自転車で、まくれてのー」
婆「ほろけでも、つきましたかね」
爺「えんや、だわや。そこ、キド、曲がったらのー、くちなわがおって、ハンドル、キィート、まわいたら、田んなかん中へ、まくれたがー」
婆「オジジ。しゃん、きちゃんげなかっこで、えのちん中、入らんでごしなはいよ。えで川で洗って来てごしなはいね」
爺「上っ張りとズボンは、どげすーだかや」
婆「湯殿に、着替え、おいちょきますけんね」
爺「だんだん、だんだん。ほんな、ちょっこ、洗ってくーわ」
婆「あいまちは、あーしませんでしたかいね」
爺「田植え、ししなの、とこだけん、やおて、せわなかったがー」
婆「オジジ。苗は、ちゃんと、おこいて、あーますかいね」
爺「あいけ、ちゃんと、おこいて、あーわや。しゃんことよま、はや、てのごい、だいてごいた」
婆「あらら、あげでしたね」
【共通語訳】
爺「お婆さん。手ぬぐいを出してくれ」
婆「あらまあ。どうしましたか」
爺「自転車で転んでねー」
婆「ぼけましたか」
爺「違うよ。そこのキドを曲がったらねー、ヘビがいて、ハンドルを急に切ったら田んぼに落ちたよー」
婆「お爺さん。そんな汚い格好で家の中に入らないでくださいよ。用水路で洗って来てくださいよ」
爺「上着とズボンは、どうしたらいいだろうか」
婆「お風呂に着替えを置いときますからね」
爺「ありがとう、ありがとう。それじゃ、ちょっと洗ってくるよ」
婆「けがはないですか」
爺「田植えをしたばかりの場所だから、柔らかくて大丈夫だったよ」
婆「お爺さん。苗はきちんと起こしてありますか」
爺「ああもう、きちんと起こしてあるよ。そんなことより、早く手ぬぐいを出してくれよ」
婆「あらまあ、そうでしたね」
(解説)
築地松に囲まれた斐川平野の農家では、道路から屋敷までの間にキドという小道があり数十メートルに及ぶところもあります。
(参考)
「くちなわ」はヘビ(蛇)のことで、清少納言の枕草子にも「2尺ばかりなる”くちなわ”」と書かれているそうです。平安時代には「へみ」とともに無毒のヘビの総称だったようです。
(奥野栄)