爺と婆の世間話
(山陰中央新報セールスセンター発行の「りびえーる」に掲載したものです。)


第八十話 またろく屋(2004年8月22日掲載)

【出雲弁】

「夕方になったら、ちと、しじしなったのー。拓也はどげしちょーかいの」

「あんやらちと山へカブトムシ捕りに行きましたがね」

「奈緒美は」

「どしとゴントビすーてて出ましたじね」

「『オジジ、テボタンさや』てていーだけん、えっしょに買いねえかかともっちょったねのー。ほんな、一人でいきてくーわ」

「おちも用事があーますけん、一緒にいきましょや」

「どこへ行くててや」

「天花粉がななーましてね」

「薬屋はとーなーつけだけん、ついでに買って来てごすわ。ババ。自転車はどこかいの」

「またろく屋やでコップ酒やなんかしなはーなよ」

「なんで、分かったかや」

「何年、一緒におーともっちょらっしゃら。おまえさんの考えちょらいこた、たいげわかーますわね。薬屋の隣はおもちゃ屋だなてまたろく屋ですじね」


【共通語訳】

「夕方になったら、少し涼しくなったねー。拓也はどうしているかい」

「お兄さんたちと山へカブトムシを捕りに行きましたよ」

「奈緒美は」

「友だちとゴム飛びをするといって出ましたよ」

「『お爺さん、線香花火をしようよ』というものだから、一緒に買いに行こうと思っていたのになー。それじゃ、一人で行ってくるよ」

「私も用事がありますので一緒に行きましょうよ」

「どこへ行くのかい」

「天花粉が無くなりましてね」

「薬屋は隣だから、ついでに買って来るよ。お婆さん。自転車はどこかい」

「小売酒屋でコップ酒なんかするんじゃないですよ」

「どうして、分かったかい」

「何年、一緒にいると思っているの。おまえさんの考えていることはたいてい分かりますよ。薬屋の隣はおもちゃ屋じゃなくて小売酒屋ですよ」


(解説)
 夕方になると、またろく屋に常連が集まりコップ酒で立ち飲みをしていました。つまみはピーナツと世間話です。こうした情景を見ることがなくなりました。
 夏の湯上がり、あせも予防に甘いさわやかな香りのする天花粉を付けてもらいました。今はベビーパウダーというのでしょうか。

(参考)
 またろく屋は小売酒屋のことです。一休和尚が酔い臥しているところに寺の小僧が来て起こすと、「極楽はいずくの程と思ひしに杉葉立ちたる又六が門」と詠んで、三輪の里の酒屋の亭主に与えたという故事から酒の小売商のことをいうそうです(小学館:日本国語大辞典より)。

 

(奥野栄)

 

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