金沢リポートNo1
出雲弁における動詞活用の変化(H14.1)
(五段活用動詞は出雲弁においては「四段活用」となる)
金 沢 育 司
文語体での四段活用動詞が口語体においては「五段活用」となることは既に明らかであるが、出雲弁においてはその五段活用動詞が再び「四段活用」となることを明らかにしておきたい。
これは未然形における「オ段」が消滅することによるもので、以下実際を比較して示す。
〔注〕このリポートは活用の実態をしめすことを目的としているため中舌母音の「イ」→「エ」、「ニ」→「ネ」または「二重母音」やその他「拗音系」の表記は活用とは無関係であるのでこれを行わない。
しかし、「行く」→「いく」の変韻が引例されているので「行く」については「いく」と表記した。また「ラ行」の長音化はそのまま「ー」で表記する。
(1) 五段活用動詞
(ア)「行く」
「ゆく」は出雲弁においては「いく」と語幹そのものに音韻変化が起こる。そのことと活用の変化とは関係がないものの一応お断りしておきたい。
ゆく |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終始 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
ゆ |
ゆかない |
ゆきたくて |
ゆく |
ゆく |
ゆけば |
ゆけ |
出雲弁 |
い |
いかん |
いきたて |
いく |
いく |
いか |
いけ |
〔活用表〕
共通語 |
か |
き |
く |
く |
け |
け |
出雲弁 |
か |
き |
く |
く |
か |
け |
〔以下の各語は本表は省く〕
ご覧のように共通語が五段であるのに対して出雲弁では四段となる。
これは出雲弁に未然形意思系の「いこう」という用法がないからである。
以下他の語をみてみる。
(イ)「押す」
おす |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
お |
おさない |
おしても |
おす |
おす |
おせば |
おせ |
出雲弁 |
お |
おさん |
おいたてて |
おす |
おす |
おさ |
おせ |
◎同様に「押そう」という用法がなく「押さや」となり四段となる。
(ウ)「死ぬ」
しぬ |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
し |
しなない |
しにたくて |
しぬ |
しぬ |
しねば |
しね |
出雲弁 |
し |
しなん |
しにたて |
しぬ |
しん |
しな |
しね |
◎同様に「死のう」という用法がなく「死な〜」となり四段となる。
〔用 例〕「なんぼ 死なともても おらが 死な 困まーだらが」
〔用例訳〕「いくら 死のうと思っても 俺が死ねば困るだろうが」
この「なんぼ 死な〜」の「死な」は未然形の「死のう」の出雲弁活用であり「おらが死な」の「死な」は文語体已然形(口語体の仮定形)の「死なば諸共」の「死な」である。
(エ)「有る」
ある |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
あ |
あらない |
ありながら |
ある |
ある |
あれば |
あれ |
出雲弁 |
あ |
あらん |
あーながら |
あー |
あー |
あら |
あれ |
◎「あらない」「あらん」などという言葉自体がないがここの活用はこれしかない。
文語体では「あらず」「あらむ」と活用される。口語体においては「あらない」は所謂「存在の否定」だから通常は対語の「ない」「ありません」を使うわけでれっきとした五段活用動詞である。
だが、問題はそこではなくて、未然形の「あろう」という推量、誘引の意思系語の用法にある。
〔用 例〕 そーは あすこに あらでや
〔用例訳〕 それは あそこに あろうよ(あるだろう)
などとしか用いられないからここでもまた「オ段」は姿を消して「ア段」となる。
以上、いわゆる五段活用動詞として確定しているものについてみてきた。そのいずれについても「オ段」は姿を消し、仮定形もまた「エ段」が「ア段」となるが、命令形において「エ段」が現れるため結果として四段活用になるのである。
口語体の五段動詞が文語体においては四段活用であることは既に明らかであるが、念のため文語体における推量、誘引の意思系の活用をみてみると「行かむ」「泳がむ」「押さむ」であり「ア段」であるのは明白である。
出雲弁における意思系の活用が同じく「ア段」であることから出雲弁が古形をなお残している言葉であることの大きな証左といえよう。
いわゆる五段活用動詞が出雲弁においては四段活用となることに例外はない。
(2)出雲弁「かす動詞」も四段活用に
共通語に「〜かす動詞」というものがある。「とどろかす」「まかす」「しでかす」「ごまかす」「めかす」「おののかす」「おどろかす」など、これらはすべて五段活用である。
出雲弁にも共通語にはない独特の「かす動詞」というものがある。「ぬらかす」「にがかす」「はしらかす」「しじらかす」など、一応これらについても念のため検証しておこう。
「ぬらかす」
|
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
ぬら |
かさない |
かしても |
かす |
かす |
かせば |
かせ |
出雲弁 |
ぬら |
かさん |
かいても |
かす |
かす |
かさ |
かせ |
〔活用表〕
共通語 |
さ |
し |
す |
す |
せ |
せ |
出雲弁 |
さ |
し |
す |
す |
さ |
せ |
このように「かす動詞」においても「かそう」という用法がない以上はすべて四段活用になるのは明らかである。
(3)カ変動詞
「来る」
くる |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
く |
こない |
きても |
くる |
くる |
くれば |
こい |
出雲弁 |
く |
こん |
きたてて |
くー |
くー |
くら |
こい |
〔活用表〕
共通語 |
く |
こ |
き |
くる |
くる |
くれ |
こい |
出雲弁 |
く |
こ |
き |
くー |
くー |
くら |
こい |
◎活用段が共通語、出雲弁ともに「イ、ウ、オ」各段に活用することから「カ変」であることに変わりはないけれども、未然形における出雲弁の用法は多彩で、否定形でも意思形でも二段に変化する。
即ち、「来なくてもよい」の出雲弁は「こんでもえ」「こでもえ」「こらんでもえ」となる。
「こようか」も出雲弁では「こか」「こらか」となる。
(4)サ変動詞
「する」
する |
語幹 |
未然 |
連 用 |
終止 |
連体 |
仮定 |
命令 |
共通語 |
す |
せずに |
したくても |
する |
する |
すれば |
しろ |
出雲弁 |
す |
せずこに |
したても |
すー |
すー |
さ |
せ |
〔活用表〕
共通語 |
す |
さ |
し |
する |
する |
すれ |
しろ |
出雲弁 |
す |
さ |
し |
すー |
すー |
さ |
せ |
◎活用段が共通語、出雲弁ともに「ア、イ、ウ、エ」各段に活用することから「サ変」であることに変わりはないけれども、ここでも出雲弁未然形は独特の用法変化をみせる。否定形は普通だが意思形は「さ」で表され命令形も「せ」の一音節となる。
以 上