出雲弁における「連体形止め」の体言表現
−格助詞(準体助詞)「〜の」省き−


1、ふかし芋=芋のおもいたガ、芋のおもいたやつ

子供のおやつの代表格だった「ふかし芋」のことを出雲弁ではどう言っていたか。

私はこうして出雲弁に係わるようになってからずーっとそれは「おもし芋」であったと考えていた。

しかしある日この“出雲弁の泉”である方が「芋のおもいたやつ」と言っていた、と言われてハッとした。

よく考えてみると「おもし芋」なんて聞いたこともない言葉であった。

そこで私の記憶をたどってみたら「芋のおもいたガ」だったことを思い出したのである。

「なんぞねかね=なにか(おやつは)ないの」「芋のおもいたガ があーけん食べないや=芋のふかしたのがあるから食べなさいよ」だった。

これが本論の出発点となった。

「おもいたガ」の「〜が」が古語の格助詞「〜が」であることは疑えない。

「我が国」「君が命」「な(汝)がため」・・の「〜が」である。

古代では主として「人」に関する格助詞として使用されたが、後世にいたり「〜の」に代わったのはご承知のとおりである。

この古語の格助詞「〜が」が出雲弁に残っていることは既に知られているところであるが「ふかし芋」にまで「芋のおもいたガ」と使われていたのである。

「芋のおもいたガ」を近代訳すると「芋の蒸したノ」となる。

こういう言い方は日常多く聞かれるもので、たとえば「魚の焼いたの」「大根の煮たの」「君がしたのかい」「俺がやったのだ」「この家俺が建てたん(の)だよ」・・・・etc

つまり「〜の」によって「〜もの」「〜こと」を代用してその直前の活用語を体言化(名詞化)しているのである。

これがこうした用法の格助詞「〜の」が「準体助詞」とも言われる所以でもある。

つまり活用語に「〜の」をつけることによって体言化しているわけである。


2、動詞活用語の体言化(名詞化)

動詞を名詞化するのには通常「連用形」を用いる。

「車のウゴキが悪い」「桜のサキが遅い」「ユキはよいよいカエリは怖い」「ナキをみる」「ウネリが大きい」「モチが良い」・・・etc

これに対し「芋の蒸しタの」の「〜タ」はなんであろうか。

「〜た」で止めればむろん過去形の終止形である。

しかし「〜た○○」と続く場合は当然「連体形」である。

「○○しタ物」「○○となっタ形」「いっタ方が〜」つまり「〜タ」の後には必ず体言が続くことになる。

ちなみに過去形の「〜た」は過去だけでなく現在、未来をも表すことはいうまでもない。

「明日 雨が降っタら行かない」この場合は仮定の事柄を言っている。

「(探しものが)あっタあっタ」「君 こんなところにいタのかい」これなどは過去形ではあるがまさしく現在のことを言っているわけで、「さあ 早くいっタいっタ」「じゃまだ どいタどいタ」これはもう現在命令形である。出雲弁にも同じような言い方があった。

あの「はや えきた!=早く 行けよ!」という言い方のことである。


3、格助詞「〜の」のはたらき →「準体助詞」

格助詞「〜の」にはいろいろなはたらきがある。とても書ききれないほどだがその一つに「後に続くべき体言の代わりをはたす」意味の「〜の」がある。

「行くのを止めた」「働くのは当然だ」などの「〜の」がそれである。

これらは「〜事」の代わりをしているわけである。

このようにある語の連体形について一つの体言を表す形のものを「格助詞」と言わずに「準体助詞」と呼ぶべきだという説もあるくらいである「この本は誰が書いたノですか?」つまりこの場合の「〜ノ」は「本」を代用しているのである。

「こんな事誰がやったん(の)だ」この「〜の」は「事、物」を代用しているわけである。

この「〜たの = 〜たもの、〜たこと」が本論の主題である。

そこで出雲弁にかえってみてみると。

「芋のおもいタガ=芋の蒸しタノ」だけが出雲弁かというとそうではない。

次をみてみよう。

「芋のおもいタ があーけん食べないや」→「芋の蒸したのがあるから食べなさいよ」という言い方がある。ここでは「芋のおもいたガガ〜」とはならず「芋のおもいタ があーけん」となる。

つまり「準体助詞」とも言われる「〜ノ」をも省いて「芋のおもいタ」で止めて用い「芋の蒸したノ」を表現する言い方のことである。

「焼き魚」は「魚の焼いたの→魚のやいタ」、「大根の煮物」のことは「大根の煮たの→だいこの煮タ」となる。

言い換えるとこれは「連体形止め」の用法といえるものである。

「今日のおかずはなんだね?」→「今日のオカズはなんだい?」

「小鯛の煮タ だでね」→「小鯛の煮たノ だよ」。

「鮎は焼いタが いっちまいわね」→「鮎は焼いたノが一番旨いよね」。

という具合に用いる。


4、出雲弁の「連体形止め」「〜の」はずし

実はこの言い方は「〜たの」という動詞過去形だけでなく他の品詞、たとえば形容詞、形容動詞の場合でも「〜の 省き」は発生する。

「お前さん(風呂は)あち(ノ)が えかったね」→「お前さんは 風呂は熱いの(方が)がよかったね」。

「今日は のくけん ちべて(ノ)が ごっつぉだわね」→「今日は熱いから 冷たいのが(ことが)御馳走だよね」。

「おばば マメな(ノ)が なんよーだわね」→「おばあさん マメなのが(ことが)なによりですよ」。

「おばあちゃん 元気ナがなによりよ」という言い方は通常にはなく、「元気ナノ(事)がなによりよ」が普通でであろう。

これらはすべて「連体形止め」「ノ 省き」で体言を表している。

こんな言葉遣いは一般ではみられないもので、出雲弁の特色といえる。

出雲弁においては格助詞(準体助詞)「〜の」も省かれるのである。

金沢育司

 

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