仁多地域の長音化について

 一口に出雲弁といっても、地域によって結構バリエーションがあり、音韻の上でもかなりの差異がある。

特に出雲南部に位置する仁多と、簸川平野や松江周辺では、音韻の上で長短の対比的な違いをみせているものがある。
 

【格助詞の省略】

 まず仁多の長音化の典型的な例を挙げてみよう。

 「雨がふーけん、かさー、ささーこい」(雨が降るから傘をさそうよ)

 「めしーくー」(飯を喰う)

 「あたまーつかー」(頭を使う)

 「シゴーすー」(いじめる・処理する)

 これらは、すべて動詞の直前にある目的語の最後部の母音をのばすことによって助詞「を」を省略している。

省略というより、話者の意識としては、長音「ー」によって「を」を言っているのである。

 これに対して簸川・松江あたりでは、仁多でのばすところが省略され、

「めくー」「あたつかー」「シすー」

などのようになる。そのかわり、仁多で長音化する音(すなわち、動詞の直前にある目的語の母音)のところに、ストレスをおいて、これに代えている。

 また、仁多では主題を提示する格助詞「は」も、はっきりとは発音されず、長音化の傾向が強い。

たとえば、

「おりゃー、も、先生しちょった」(俺はもとは先生をしていた)

「ゆきゃー、大してふっちょらん」(雪はあまり降っていない)

「そたー、雪だ」(外は雪だ)

などのように、主題となる語の最後の子音と「は」の[a]音が同化していく。

この[a]音を長音化させることによって、格助詞「は」を代行しているのである。

 なぜこのような現象が生ずるかというと、やはり発音が楽になり、なめらかな発話になるからであろう。

かつ文法的にも主題と述語との関係が明確で、格助詞を省略(あるいはぼか)しても誤解が生じないからであろう。

その証拠に、「が」「と」「に」など、その他の格助詞については、このような長音化による省略がみられない。

 このような現象は共通語においても、「俺、行くぜ」「メシ喰うか?」などのように、時々見られるが、やはり格関係が明白だからであろう。


【動詞の活用語尾の長音化】

 次に動詞について見てみると、冒頭の例にあるとおり、「くー(喰う)」「すー(する)」など、「わ・あ行」や「ら行」が長音化するのは、出雲弁全般の特色だが、さらに仁多に特徴的な現象は、「(傘を)ささーこい」と勧誘形で長音化することである。

 これは「差そう」(差す+勧誘の助動詞「う」)に、さらに勧誘の助詞「〜こい」「〜や」がついたものと考えられるが、古語形は「ささう」であり、元来は「ささうこい」であったはずで、この「う」が長音化して「ささーこい」となったと思われる。

 「歩かーこい」「呼ばーや」など、大抵の動詞の未然形の母音を長くのばして発音するが、サ変の「する」だけは「しよう」が同化して、「しょーこい」「しょーや」となる(この点、簸川平野や松江周辺では、この「う」が脱落して「ささこい」「さこい」と短くなる)。


 また、出雲弁は「押いて」「差いて」など、五段活用の「サ行」もイ音便になることで有名だが、仁多ではさらに促音便の「っ」が、「ワア行」で長音化する現象が特徴的である。

 「笑って→わらーて」「違って→ちがーて」「従って→したがーて」などなど。

 「足がわらーて、よーにあるけんやーに なってしまーたがな」
 (足の力が抜けて、全く歩けないように なってしまったではないか)

などというのが仁多の長音化の典型的な例といってよい。


【形容詞の活用語尾の長音化】

 もう一つ、仁多の「山」系(便宜的に、簸川平野や松江周辺の「浜」系と対比的に使わせていただく)では、形容詞の活用語尾も長音化し、「浜」系の短縮化傾向と好対比をなしているので、以下にその例を挙げてみる。
 

共通語 「山」系   「浜」系 
痛くていけない たーていけん てえけん
懐かしいですよ 懐かしーがね 懐かがね
苦しくて いたしー いた
しなくてもいいよ  しぇんでもえーわね さんでもわね
早く来て やー来て 来て
他にないのか 他にねーかや 他にかや

このように「山」系では形容詞の活用語尾の「く」に代えて、語幹の最後の母音を長音化させるのに対し、「浜」系では比較的短いか、「く」音が脱落する。

その場合、多くは長音化する音のところにストレスがおかれる。
 
「山」系・「浜」系のこのような音韻上の長短の対比は、名詞・助動詞など他の品詞にも見られる。

細かい説明は別の機会とするが、ランダムにあげると以下のようである。

共通語 「山」系   「浜」系 
さがすこと さんごー さん
様子・具合
あったろう[ou] あったらーが[a:] あったが[a]
そんなような あげなやー あげな
どうだろうか げーらーか 
はこぶといって[toii] もそんちーて[chi:te] もそんて[tete]
もそんてって[tette]

 以上、簡単かつ図式的ながら、「山」系の長音化を「浜」系の短音化と対比的に見てきたが、上記のような長短の傾向は、「浜」系のことばに軽快感、リズミカルな印象をもたらし、逆に「山」系のことばに鈍重・のんびり感をもたらしているということもできる。

森田六朗

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