日本語における「サ行とハ行の揺れ」 と 出雲弁


1.「ひちや」の問題

日本語における東西の比較では有名な「ひちや」の問題がある。

「質屋」の看板やのれんに東京ではまともに「しちや」と書かれているが、大阪では「ひちや」と書かれているのに驚いた、という話は戦前からよく聞かされた話である。

では数字の「七」はどうか、もちろん大阪では「ヒチ」と発音するわけだが。

ここであらためてお断りしておきたいことがある。

これから延べることは方言に関することである。

「私は今大阪に住んでいるがそんな言葉は聞いたことがない」と云われても困るわけで、方言は必然的に滅びかつ変化してゆくものだから、いま大阪に住んでいる人全体が「ヒチ」と云っているのだ、なんていうお話ではない。

かつてはこんな発音をしていたものだ、というような事柄をことさらに拾ってゆくという保守的ともいえる話なのである。

さて本題にかえって「ひちや」だが、生粋の東京育ち、いわゆる江戸っ子の「おシ様(お日様)はシがし(東)から昇る」「この街もシらけて(ヒらけて)きたねー」もまたかなり有名なのである。

仮定の問題として、戦前の大阪人に「七」をどういうか、と問えば10人が10人とも「ヒチ」と答え、書いて見ろといえば10人中7人は「ヒチ」と書き、残る3人は「シチ」と書いただろう。

こうした現象が「ひちや」の看板となって現出し「質屋 =  ひちや」という他からみるとまことに奇妙な文言一致の珍例として全国的に知られることとなったのである。

サイト検索によるちょっとした調査

そこでこの「ひちや」が他にないだろうかとちよっとした検索をしてみた。

「質屋 = ひちや」は大阪をはじめとして「名古屋」「京都」「広島」「松山」にあることがわかったし、茨城でも「七夜」のことを「ヒチヤ」という地域があった。

関西のある地方では今でも「お七夜」のことを「おひちや」と書く習慣が残っている。

大阪には今現在でも「ひちや」を冠した金融会社がある。

岐阜県の南端に「七宗町」という自治体があるが、これは「ひちそうちょう」というのが正式な行政名である(ワープロでも変換する)。

かつて私の勤務地であった鳥取市に「七福旅館」というのがあったがこの商業登記簿名は「ひちふくりょかん」である。

テレビ放送等によるちょっとした体験

それからというものは大いに気になってテレビを観ながら「ヒ ⇔ シ」の混同を注意して聞くハメとなった。

いくつかの用例をあげてみよう。

○三月まで再放映されたドラマ「おしん」で山形弁の「ホだな= ソうだな」はしばしばみられ「おしん役」の乙羽信子は我が子「仁=ひとし」を極めてはっきりと「シとシ」と呼んでいる。

乙羽信子の出身地は米子であるが米子にこのような言い方はないからおそらく彼女は「ヒ ⇒ シ」の言語圏で育ったのだろう。

○アナウンサーとて例外ではない。

さすがにニュースアナは訓練されているのかこのような間違いはないが、スポーツアナやインタビュアー、それに民放になるとそうはゆかないようである。

「松井(稼)シだり(左)打席でまたシット(ヒット)」「拉致シがいしゃ(被害者)のバスにはカーテンがシかれて(ヒかれて)いて中がよく見えません」「このシがいしゃ(被害者)のシたい(額)の傷は〜」・・・とにかく枚挙に暇がない。

特に野球の放送でもっともよく出てくる「ヒット(ト にアクセント)」は気をつけないと

「シット」に聞こえても擬音であることが多い、よく聞けばほとんどのケースで「ヒット」と正しく云っているのに単に「シット」に聞こえることが多い。

上記の私のケースは疑いなく「シット」と云っているものである。

「シさしぶり(ひさしぶり)」で検索すると80数件もヒットする。

これもドラマなどでよく聞かれるものだ。

なぜこんなことが起こるのだろうか。

それについては後に延べることとし、とりあえず序章を置くこととする。


2.丁寧語「なはる」

出雲弁にもある丁寧語「はや えきなはいね = はよう ゆきなはれ」の「なはる」は関西弁としても知られているが、広辞苑によると「なはる」は「なさる」の転じたもの、とある。念のため活用をみてみよう。

「なさる」と「なはる」の活用

未 然

連 用

終 止

連 体

仮 定

命 令

共通語

関西弁

出雲弁

なさら

なはら

なはら

なさり

なはり

なはい

なさる

なはる

なはー

なさる

なはる

なはー

なされば

なはれば

なはら(りゃ)

なされ

なはれ

なはい

○訛ってはいても活用は同じである。

つまり「サ」も「ハ」も言葉の上では同じということになる。

このことから、もしかすると日本語には「サ行」と「ハ行」との間で一種の「揺れ」があるのではないか、と考えられたのである。

そう考えて見回すと「なはる」のほかにも出雲弁に「〜らしくて = 〜サで ⇒ 〜ハで」 があるし、否定の「〜セん」は「〜ヘん」ともいう。関西弁で「ソんならゆきまショか」は「ホな ゆきまヒョか」となる。

もっともこれだけはつきりしている「揺れ」が気づかれないわけはなく、おそらく言語学上での既説であろうが、私は私なりに実態を解明してみようと考えたのである。

3.「方言サイト」を利用した悉皆調査

考えたのはよいのだが資料がないことには話にならない。

そこで全国の方言サイトを利用して悉皆調査をしてみようと考えたのである。

これには問題点もあった。

各サイトはそれぞれ主宰者の感性で書かれているのだから、たとえば、「七」を実際には「ヒチ」と発音しているのに文字では「シチ」と書くものだという想定から、取り上げないでいるところもあるかもしれない、という危惧であった。

しかしそれは杞憂に過ぎなかった。

ほとんどのサイトが「人」は「シト」と書き、「シつこい」は「ヒつこい」と書かれていたのである。

いま私の手元に「全国方言一覧辞典 学研社 '98刊」という本がある。

全国の方言を県別に並べ立てただけ、というおそろしく雑ぱくなものだけれどもその中に「ひゃっこい = 冷たい」という言葉がある。

よくみるとこの言葉は東北から中部日本にいたるいわゆる東日本では「シゃっこい」が多く、関西以西では「ヒゃっこい」で占められている。

幸いなことにこの「ひゃっこい」は各サイトの殆どが「方言」として取り上げているようであった。

そこでこの「ひゃっこい」を指標語として拾いながら、他の語も拾ってゆくという手法によることとした。

県別調査の問題点

もともと、方言の分布と県境とはまったく関係がない。

たとえば青森県の南部弁は山形県にもまたがっているのだし、お手元の島根県でさえ出雲弁圏と石見弁圏に二分されている。

しかし私はそれでよいと考えた。

の調査はなにも方言圏の問題ではないし、日本語全体に「サ行とハ行の揺れ」があるかどうかが主眼だからである。

したがって県別の区分は一応の目安にすればよいと考えた。


4.方言サイトによる「サ行語」と「ハ行語」の悉皆調査結果

表題の結果は次の表のとおりである。

県名:「サ行県」「ハ行県」 「混合県」

○語彙:「サ行語」 「ハ行語」である。

   青  森 (津軽弁、南部弁)

しゃっこい(冷たい) 

へがせる(せかせる)

ほんだ(そうだ)

へんだぐ(せんたく)

へんべ(せんべい)

へんへ(せんせい)

秋 田(秋田弁、津軽弁)

岩 手(岩手弁、津軽弁、宮古弁)

しゃっこい(冷たい)

ひゃっこい(冷たい)

はっけ(冷たい)

ほだ(そうだ)

しゃっこい(冷たい)

しゃっけ(冷たい)

はっけ(冷たい)

ひやこい(冷たい)

ほだな(そうだな)

 

 

 

山 形(山形弁、庄内弁、出羽弁)

宮 城(仙台弁、名取弁)

ひゃっこい(冷たい)

はっこい(冷たい)

ほだな(そうだな)

しゃっこい(冷たい)

しゃっけ(冷たい)  

ししょい(広い)

しどい(ひどい)

ししょがる(ひろがる)

しぼ(ひも)

ひゃっこい(冷たい)

ほだ(そうだ)

はっぱり(さっぱり)

新 潟(越後弁、佐渡弁)

しゃっこい(冷たい)

したす(ひたす)

ひゃっこい(冷たい)

ひっぱかす(すっぽかす)

はっこい(冷たい)

福 島(会津弁、相馬弁)

 しじゃ(ひざ)

しっぱたく(ひっぱたく)

ひゃっこい(冷たい)

富 山

栃 木(足利弁)

しっかける(ひっかける)

しっぱね(泥ハネ) ひっぱね(泥ハネ)

しっちねる(ひねる)

しっぱだぐ(ひっぱたく

ひゃっこい(冷たい)

ふてる(すてる) 

ほうすたちゃ(そうしたら)

 

 

 

 

 

石 川

 

ほやほや(そうそう)

ほんながや(そうなんです)

 

群 馬(上州弁)

ひつこい(しつこい)

 茨 城(茨城弁)    

しっちねる(ひねる)

しっぱだぐ(ひっぱたく)

ひゃっけぇ (冷たい)

ひゃっこい(冷たい)

ひちや(七夜)

千 葉

しゃっけー(冷たい)

ひゃっこい(冷たい)

 

 

 

埼 玉 (川越弁)

東 京(下町、江戸っ子)

ひゃっこい(冷たい)

しっきりなし(ひっきりなし)

しとりもん(独り者)

しゃく(百)

しらける(ひらける)

おしさま(お日様)

しがし(東)

しろい(ひろい)

しとさま(ひと様)

しおしがり(潮干狩り)

おしたし(おひたし)

しばちにしをいれる(火鉢に火を入れる)

山 梨(甲州弁)

ほうけぇ(そうかい)

ひちむずかしい(しちむずかしい)

長 野(松本弁、小諸弁)

しぼ(ひも)

し(火)

しっつかまる(ひっつかまる)

しっぱる(ひっぱる)

しと(ひと =  人)

しく(引く)

しっちゃく(ひっぱぐ = 破る)

 

静 岡(静岡弁、浜松弁)

しっぱね(ひっぱね= 泥ハネ)

しゃーく(ひしゃく)

しったくる(ひったくる)

しったてる(ひったてる)

しと(ひと=人)

ひゃっけー(冷たい)

ひゃっこい(冷たい)

ひゃっつら(しゃっつら)

ひつっこい(しつこい)

ほいじゃ(それじゃ)

へーだで(それだから)

ふてる(すてる)

岐 阜

ほうけー(そうかい)

ほう(そう)

ひとなる(しとなる=育つ)

 

 滋 賀

愛 知(名古屋弁、尾張弁、三河弁)

ほいじゃ(それじゃ)

ほいでから(それから)

ほしたら(そしたら)

 

 

しゃーかれる(ひかれる) ふてる(すてる)

ほーきゃー(そうかい)

ほや(そうだ)

ひちや(質屋)

ほれみゃー(それみろ)

ひとなる(しとなる)

ほいじゃ(それじゃー)

 

 

京 都(京言葉)

三 重(伊勢弁)

〜なはれ(〜なさい)

〜まひょ(〜ましょう)

〜まへん(〜ません)

ひっちょー(しちじょう=七条)

ほてから(それから)

 ひきる(せきる=遮る)

ひやこい(冷たい)

ひく(敷く)

しとりでに(ひとりでに)

しと(ひと=人)

ほーか(そうか)

ほーなの(そーなの)

ひく(敷く)

ひやこい(冷たい)

ひちや(質屋)

兵 庫(但馬弁)

奈 良(関西弁)

ひく(敷く)

ほないしたら(そうしたら)

ほれから(それから)

ほてる(すてる)

ほんで(それで)

へーから(それから)

ひやこい(冷たい)

ほいで(それで)

ひつこい(しつこい)

和歌山

ひやこい(冷たい)

ひく(敷く)

ほいで(それで)

ふてる(すてる)

ほいから(それから)

大 阪(関西弁、河内弁、泉州弁)

ほな(それでは)

ほんだら(そしたら)

へてから(それから)

しハる(しなサる)

ひょいな(しようよ)

いとハん(とうサん)

ひちや(質屋)

ひやこい(冷たい)

ひつこい(しつこい)

ほやさかい(そうだから)

 

鳥 取(東部)

 岡 山

ひく(敷く)

ほれみー(それみろ)

ひちふく旅館(七福旅館)

ひく(敷く)

へーから(それから)

ひなえる(しなびる)

ほいたら(そしたら)

 

 

 

 

 

 

広 島

ほいじゃが(そうだけど)

ひたじ(したじ)

へーから(それから)

ほーか(そーか)

ひやい(冷たい)

ひく(敷く)

島 根 (東部 =  出雲弁)

シかれる(ひかれる=轢かれる)

(参考) ⇒ 布団をシく(正用)

 〜サっしゃー(〜しなさる)    = 〜ハっしゃー(〜しなさる)

〜なサー(〜なさる)        = 〜なハー(〜なさる

〜サん(敬称)            = 〜ハん

〜サで(〜らしくて)         = 〜ハで(〜らしくて)

〜サなで(〜らしくて、〜ようで) = 〜ハなで(〜らしくて、〜ようで)

〜サー(〜れる)          = 〜ハー(〜はる ⇒ 〜れる)

サっこーに(盛んに、繁盛して) = ハっこに(盛んに、繁盛して)

サでまくれー(見事に転ぶ)   = ハでまくれー(見事に転ぶ)

シけだ(湿田)           = フけだ(湿田)

シーから(それから)       = へーから(それから)

山 口

 高 知、愛 媛 

ひく(敷く)

ひたじ(したじ)

ほいで(それで)

へーから(それから)

ひやい(冷たい)

ひちや (質屋)

ひやい、ひやこい(冷たい)

ほがいに(そんなに)

ほんで(それで)

ほいたら(そしたら)

ひちゃる(してやる)


5.わかったこと

以上の調査票をみてわかったことがある。

(1)なぜ「揺れ」なのか

 東日本は「しちや」「しゃっこい」に代表される「サ行圏」だなんてとんでもない感違いであった。

北端の青森ですら「シゃっこい」と「ヒゃっこい」が同居し、しかも「へんへ(先生)」へんべ(せんべい)などの「ハ行語」が津軽弁にある。

この「ひゃっこい」の語源が「ヒヤ」にあることは疑えないから、東北や北関東にある「しゃっこい」は明らかに「ヒ」から「シ」への転訛である。

ところが茨城など北関東にみられる「ヒッ語」はどうか、たとえば「ヒっぽかす(すっぽかす)」の語源は「スっぽかす」だろうから、これは「ス」から「ヒ」への転訛であり逆のケースとなる。

福島から北関東一円にある「シっぱだぐ(ひっぱたく)」は普通云われる「ヒっぱたく」とどちらが元祖で語源なのかはっきりしないまま「揺れて」いる。

これらには一定の法則性がない。

私が「揺れ」と名付けた所以である。

(2)「サ行圏」と「ハ行圏」の区分はあるのか 

 ことに驚いたのは茨城(桐生市)の「ひちや(七夜)」であった。たとえ「ひちや」は「質屋」のことだとしても、ことは音韻の問題である、その意味からは「質屋」も「七夜」も同じはずである。

「ひちや」は大阪以西に限られると単純に考えていた私には大きな衝撃であり、本論を書く動機ともなったのである。

つまり、「富山」「滋賀」などにサイトが少ないことから境界線は不明であるものの、三重、長野、新潟には疑いもなく「サ行語」が存在し、岐阜の南端に「七宗町 = ひちそうちょう」があることなどから類推するに、東北から中部日本までは「サ行語」と「ハ行語」の混交圏であるといってもいいだろう。

(3)関西以西は「ハ行圏」 

 ところが、奈良、和歌山、を含むいわゆる関西地方以西には見事なまでに「サ行語」はなく「ハ行語」一辺倒であることも判明した。

これもまた収穫の一つであった。

(4)「布団をシク」「車にシカレル」で孤立する出雲弁

面白い発見もあった。それは「布団を敷く」である。

これは明らかに「シク」であるのに関西の全県、ことに出雲圏を取り巻く「岡山、広島、山口、鳥取県東部」は例外なく「ヒク」であった。

逆にまた「車に轢かれる」は「ヒカレル」であるのに出雲だけは「シカレー」である。

(5)出雲も「ハ」と「サ」の混交圏

ならば出雲は「サ行圏」か、というとさにあらずで、数多くの「サ行語」と「ハ行語」が併存する。

ことに出雲は「〜サで」⇒「〜ハで」に象徴されるように「サ」と「ハ」の混交圏としては国中で最たる地域である。

6.全国的にみられる指示代名詞「それ ⇒ そう」の「揺れ」

 指示代名詞の「それ ⇒ そう」は本州の東西を問わず「揺れ」がみられる。

東北に多い「ほだな(そうだな)」「ほんだ(そうだ)」中部地方の「ほーきゃ(そうか)」関西の「ほいで(それで)」「へてから(それから)」広島をはじめとする山陽側の「ほいじゃ(それじゃ)」出雲、兵庫、岡山には「へーから(それから)」などがある。


7.どうしてこんなことが起きるのか

 「サ行」の発音は「上舌擦過音」である。そのうち「○ーーー」と長く引っ張ることの出来る音は「シ」と「ス」だけで「サ、セ、ソ」の各音は引っ張ることができない。

つまり「サーーー」と引っ張ろうとしても「サ」と発音できるのは最初だけであとは「アーーー」と母音しか残らない。

つまり最初の舌の動きをちょっとでもサボれば「サ」は「ア」になってしまうわけである。

一方「ハ行」はどうか、これは「開口音」だからちょっと事情が違う。

「フ」だけは「フーーー」と引っ張れるがあとの「ハ、ヘ、ホ」はやはり引っ張ることは少し難しい。

ただ「ヒ」は特殊である。口を横に開いて「舌を上顎に近づけて しかも 開口音で」ということになるから「ヒーーー」と言い続けてみるとわかることだが、どうしても「シーーー」に変化し易い。

つまりいい加減な発音だと「ヒ」は「シ」に聞こえやすい、ということになる。

早口の野球放送で「ヒット」が「シット」に聞こえるのもこの擬音になるからであろう。

口をのき動きを極端に惜しむ出雲人にとって「シ」も「ヒ」も完全に発音することはほとんど不可能であろう。

だからといって出雲弁で「ヒ」を「シ」に置き換えるようなことはしない。

賢い出雲人は「ヒ」を「フ」にむりやり置き換えることで凌いだのである。

「ふ がとぼー = 灯がともる」「ふさしぶーだったね =  久しぶりだったね」・・・

なんだか冗長になってしまったが、とにかく「サ行」と「ハ行」は親戚関係なのである。

「方言 しさしぶり」で検索すると80数件もヒットするのは「ヒ ⇒ シ」の転訛であるが、このように訛るのは「ヒサシ〜」のように「ヒ音」の後ろに「サ行音」がある場合にはそれに引っ張られて「ヒ ⇒ シ」の転訛が起こるのだ、ということをなにかの本で見たことがある。「引っ張られ現象」とでもいえようか。

仮 説 出雲弁の「ほん」に関する 一考察

 出雲弁の相づち言葉「ほん」「ほんほん」は「本当」の「本」だという説は疑問である。

「本当」はもともと漢語(今は使われていない)だから日本の民衆の中で使われたとすれば比較的新しい言葉ということになる。

「ほんとほんと =  そうそう」という印象から「本」だと考えられやすいのだが、私は青森の「ほんだ = そうだ」に注目する。

「そうだ」や「それ」は多くの地域で「ほだ」「ほーじゃ」「ほーなの」「ほいじゃ」・・・etc と変化している。

出雲弁の「ほんほん」は「それそれ」の転訛したものだと考える方が自然である。

仮 説 「いなはで」の語源に関する 一考察

 通常「はで」と呼ばれる「いなはで」の語源については今なお解明されていないようである。古代の我が国での「稲干し」はどのように行われていたのだろうか。

この間テレビである農村の老婆が「稲干し」をしている映像を観た。

それは稲を一把づつ田んぼに直接伏せるように置く干し方であった。

それは田んぼの中に点々ととんがり帽子を置いたようにみえ、私は我が国の稲干しの原型を見るような気がした。

古代の稲干しはおそらくこのような方法をとっていたのではないかと思われる。

広辞苑に「すすし」という言葉が載っている。

出雲弁で云えば「ししし」と訛る「藁にお」のことである。

広辞苑の「すすし」の項には「すずきに同じ、山陰地方でいう」とあり「すずき」の項を見ると「立てた木を中心に藁を積み上げたもの」とある。

私は古代の「稲干し」は、この単に稲藁を積み上げただけの「すすし干し」ではなかったかと思う。

そのうち「さで」が登場した。

「さで」とは当て字で「叉手」と当て書きされる「二股の木」のことであり「さで網」の「さで」である。

この「さで」が登場して「稲干し」は一変する。

つまり「さで木」を立てて竹棒を差し渡しその竹棒に稲束を吊る干し方になり「さでぼし」と称するようになった。

この「さで」が転訛して「ハデ」と呼ばれるようになったものと考えられる。


後 記

この調査を終えてから気づいたことがある。

人にものを渡す時や、注意を促す時に使う感動詞「ほら ご覧なさい」の「ほら !」は

「それを ⇒ そら」の転訛と考えられることを付け加えたい。

全国の方言サイトを悉皆調査するのはかなりの時間を要したし、何度もやり直しをすることとなったけれども、私にとっては楽しい時間でもあった。

はじめは方言の圏域に忠実にとも考えたが各サイトに「○○県方言辞典」などとされたものも多く、それがその県のどのあたりを指すのかさだかでないことからすぐに諦めた。

しかしサイトを見て調査に代えたことは我ながら名案であったと少し満足している。

本来なら見たサイト名をあげて示すのが礼儀であろうがそれもならず恐縮している。

各方言サイトの方々にこの場を借りてお礼を申し上げたい。

 

金沢育司

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