第一回 出雲弁ててなんだらか

全国各地にはいろいろな方言があります。

その中で出雲弁はどういう存在なのかを

・標準語とは

・共通語とは

・方言とは

・全国の方言は大きく4つに別けられる

・その中の一つをさらに細かく分けていくと、出雲弁が所属する雲伯方言がある

・雲伯方言の特徴について

・私たちの出雲弁について

という流れでお話したいと思います。


(1)標準語とは

明治維新で薩摩藩とか松江藩とかがなくなり、全国規模で人や物の交流が始まると、方言では不自由が生じてきます。

例えば、日本全国から人を集めて軍隊をつくっていきますが、「つぐなって、じぇんしん」(しゃがんで前進)と命令しても、鹿児島の者には分かりません。「じぇんしぇんでは、ばんげから、だんべがふっちょーます」(前線では、夕方からぼたん雪が降っています)などと報告しても、東北の者には分からないので戦いになりません。

このように方言では不便なので、明治新政府は東京の“山の手言葉”を基に日本の標準語を作って教育していきました。

これが、日本の標準語の始まりです。


(2)共通語とは

戦前、標準語が唯一の国語として強制されたのに対し、戦後は、現実に使われている言葉、全国どこでも通用する言葉を「共通語」というようになりました。

一方、標準語は現実の言葉としては存在しない理想的な言葉ということになりました。

共通語は絶えず変化しています。

今は「こたつ」と言えば「電気ごたつ」のことを言いますが、昔は「こたつ」と言えば「掘りごたつ」のことでした。「じーの」(じゅうのう)で「ふをおめ」(火を埋め)たり、「ふをほじくったり」(火を掘り起こし)したものでした。

「ねこごたつ」というのもありました。

今の小学生や中学生には分からないと思います。

ネコにこたつ布団をかけたのが「ねこごたつ」だというと本気にするかもしれません。

足を入れたら「かぐらいて」(かぐられて)「あいまち」(けが)した、などと嘘みたいな話が本当になるかもしれません。

こうした生活道具などは使われなくなると、言葉も忘れ去られてしまいます。


(3)方言とは

方言は4つの要素からなると私は考えています。

1番目は訛りです。

私は「雲州平田の生まれ」ですが、出雲弁では「う」はほとんど「お」になってし
まいます。

「雲州」は「おんすー」、「生まれ」は「おまれ」になります。

「ひ」もほとんど「ふ」になります。

「平田」とはいいません。「ふらた」です。

2番目は共通語とは異なるその地方の言葉で「だんだん」とか「ばんじましてね
」などが、それに当たります。

「だんだん」は愛媛・熊本・福岡でも「ありがとう」という意味で使われている(いた)そうです。

「ばんじましてね」は出雲地方や伯耆地方の西で使われている言葉です。

3番目はアクセントです。

出雲地方では「雨」は平坦ですが、NHKのアナウンサーは“あ”にアクセントがあります。

金田一京助先生によると、出雲地方は概ね東京式アクセントを使う地域だとされています。

4番目は文法です。

文の終わりにつく「文末詞」は各地それぞれ特徴をもっており、「〜だべ」が付けば東北弁、「〜だす」が付けば近畿地方、「〜じゃ」が付けば山陽方面と、だいたいの検討がつきます。

出雲弁は「わや」の「や」の部分を「ね」「の」「な」「や」と最後の1文字を変えることにより4つのパターンができます。

「あげだわね」は主に女性、「あげだわの」「あげだわな」「あげだわや」は主に男性が使う言葉ですがそれぞれニュアンスが微妙に違います。


(4)全国の方言の分類

東条操氏を中心とする方言学者の方言区画論よると、「本州東部方言」「本州西部方言」「九州方言」「琉球方言」と4つに分けています。

本州には東と西に分断する大きな地層のずれ“フォッサマグナ”があります。

これは新潟県の糸魚川から静岡を結ぶ線に沿って分かれ、東部方言と西部方言の境界線とほぼ一致しています。

もちろん方言はきちんと線で分けられるものでなく混合地域が存在します。

東の方では「おれは分からない」と、物事を否定するときに「ない」を使いますが、西では「ん」を使って「おらは分からん」と言います。

また、西では「猫がおー」とか「子どもがおー」など、人や動物が「おる」と言いますが、東では「いる」を使います。


(5)雲伯方言の範囲について

方言学者は本州西部方言を、さらに5つに分けています。

その中の1つに「雲伯方言」があります。

出雲の「雲」と伯耆の「伯」を合わせて名付けられたもので、範囲は出雲地方、伯耆地方西部の西伯郡・日野郡・米子市・境港市、それと隠岐地方の方言をまとめたものです。


(6)雲伯方言の発音の特徴について

雲伯方言の発音は東北弁とよく似ているとも言われています。

1番目はお馴染みの「すぃすぃ」です。

藤岡大拙出雲弁保存会会長もよく例に出されますが、食べる「すぃすぃ」、獅子舞の「すぃすぃ」、煙突の「すぃすぃ」、「し」と「す」の区別がつきません。

畑の「つぃつぃ」(土)、牛の「つぃつぃ」(乳)を聞き分けるのも至難のわざです。

「ぢ」と「づ」の区別も難しく、澄田信義さんは「島根県知事」ですが、宍道湖や中海が載っている「島根県地図」も同じに聞こえます。

また、「い」は「え」になります。

「医者に行く」とは言いません。「えしゃ ね えく」です。

このような発音は東北地方・富山県海岸部そして雲伯方言に共通する発音です。

2番目は東北弁や出雲弁では、促音の「ゅ」の発音が苦手です。

「ぎーにー」(牛乳)とか「きーきー車」(救急車)です。

おばばが孫に買ってやるのは「ジュース」じゃありません、「ジーシ」です。

3番目は「しぇ」音です。

先生は「しぇんしぇ」、せんべいは「しぇんべ」、洗濯は「しぇんたく」などと言います。

4番目は「ふぇんたら」(へんたら=偏屈者)「ふぇーまめ」(へーまめ=空豆)の「ふぇ」という発音です。

尻から出るのは「へ」ではありません。「ふぇ」です。

5番目は「くゎ」という発音です。

スイカは「すいくゎ」、菓子は「くゎし」です。

また、発音だけでなく言葉の面でも特徴があります。

私たちの使っている言葉は本州西部方言ですが、東京と同じような東部方言の特徴も持っています。

例えば、近畿地方では「傘をこーた(買った)」と言いますが、私たちは東京などと同じように「傘をかった」と言います。

また、鳥取・岡山・広島・石見では「あれは時計じゃ」と「じゃ」を使いますが、私たちは東部方言と同じように「あれは時計だ」と「だ」を使います。


(7)私たちの出雲弁について

島根の方言学者広戸淳氏は出雲弁を、出雲地方北部の短音地域と仁多郡を中心とする南部の長音地域に分けています。

短音地域は米子など伯耆地方西部の影響を受けている松江周辺より東と影響を受けていない西に分けています。

長音地域では「あげーだ」とか、「かえらーや」と言います。

宍道町では「めしを食う」の「を」がなくなって「めしくう」となりますが、長音地帯では「を」が長音になって「めしー食う」と、ゆったりした言い方になります。

伯耆地方西部の影響を受けている東の短音地域には「行こうや」を「行かいや」と言ったり、「行きなさいよ」を「行きないや」と言います。

出雲地方には発音だけでなく、言葉にも地域的な特徴があります。

仁多郡や飯石郡では「走る」ことを「とぶ」と言うそうです。

「とうもろこし」を宍道町では「なんばぎん」と言いますが、仁多郡や飯石郡では「たーたこ」とか「とーときみ」と言うそうです。

宍道町では「怖い」を「おじぇ」とか「おぞい」と言いますが、安来や伯太のほうでは「きょーて」とか「きょーとい」と言うそうです。

このほか、地域によって使われている言葉や言い回しが少しずつ違い興味深いものがあります。

2003年3月8日に宍道町出雲弁保存会で講演した内容を
山陰中央新報生活応援情報誌「りびえ〜る」の協力を得て
要約したものです(奥野栄)

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