第二回 出雲弁の訛


  今回は出雲弁訛の特徴のうち・50音表の「い段」と「う段」の曖昧さと変化・古い発音が残っている・長音化・の3点についてお話をします。

・曖昧さと変化

 「い段」と「う段」の特徴は4つあります。

 1つ目は、「い段」と「う段」の関係です。

藤岡大拙先生もよく仰っていますが、獅子舞の「しし」、食べる「すし」、煙突の「すす」がみな同じ発音になります。「し」と「す」の区別ができません。

また澄田信義さんは「しまねけんちじ」、宍道湖や中海が載っている地図は「しまねけんちず」です。ここでも「じ」と「ず」の区別ができず、同じように聞こえます。


 出雲弁は「ち」と「つ」の区別もできません。

電車やバスの中で、「にょーばんこ」(女性)の「しーたぶら」(尻)を触るのは「痴漢」(ちかん)です。

電車やバスが揺れると、つり革を「つかん」(つかまり)ます。どちらも「つぃかん」と発音します。

こないだ新聞に載っていましたが、電車の中で「にょばんこ」の「しーたぶら」を触ったら婦人警官だったそうで、即刻ご用になったそうです。こうした「つぃかん」は絶対やっちゃえけましぇん。


「ぢ」と「づ」の区別もできません。

今年は鉄腕アトムが生まれた年だそうです。連載漫画の終わりには「つづく」と書いてありました。鉄腕アトムは上半身裸ですが私たちは上着を着ています。毛糸のセーターは洗濯したら「ちぢん」(縮んで)でしまいます。どちらも「つぃづぃ」と発音します。


 「は行」の「ひ」は「ふ」になります。

「ひでこ」さんは「ふでこ」さんと訛ります。

小学校1年生で初めて平仮名を覚えて「ふでこ」と書いたら、先生におまえの名前は「ひでこ」だと言って笑われたそうです。

その「ふでこが ふかわ(斐川)の ふこーじょー(飛行場) えきた」というように「ひ」は「ふ」になってしまいます。

でも「び」は「ぶ」になりません。皆さんがたのような「びじん」(美人)は「びじん」のままです。私のような「びんぼたら」(貧乏人)も「びんぼたら」のままです。

 このように私たちの出雲弁は「さ行」「ざ行」や「た行」「だ行」の「い段」と「う段」の区別が曖昧だったり、「い段」の「ひ」が「う段」の「ふ」になったりします。


 美保関町に千酌という所がありますが、出雲風土記の研究で有名な加藤義成先生の「風土記時代の出雲」によりますと「ツヅクミのミコトが鎮座になっているのでツヅクミと言うべきを、今の人は千酌と言っている」と出雲風土記に書いてあるそうです。

1300年前の風土記の時代にも「う段」の「つ」が「い段」の「ち」に訛っていたのかもしれません。


 2つ目は出雲弁では「い段」の「い」とか「み」が「え段」の「え」や「め」に変化します。

血圧が高かったり、足腰がえて(痛い)と「えしゃはん」(医者さん)に診てもらいます。「いしゃさん」ではなくて「えしゃはん」です。

「店屋」は「めしぇや」です。そこで売られているのは「えも(芋)のおもいたやつ(蒸したもの)」です。それを慌てて食うと喉に詰まります。そのときに飲むのは「みず」(水)ではなくて「めじ」です。


 3つ目は「う段」から「お段」への変化です。

「むかし」(昔)の「む」は「も」になって「もかし」です。「田ん中を起こいちょった」のは「おし」で「うし」(牛)とは言いません。

人間は田ん中の「あじぇのー」しちょーました。「あぜぬり」(畦塗り)とはいいません。このように「う段」の「う」「ぬ」「む」は「お段」の「お」「の」「も」に変化します。


 4つ目は「や行」の「ゆ」です。

「ゆ」は「い」や「え」に変化します。

「湯をください」は「いがっしゃい」です。「さゆ」(白湯)は「さい」です。「さゆ」などと発音すると舌を噛みそうでいけません。「おやゆび」(親指)は「おやえび」です。出雲弁は「ゆ」が苦手です。

「きゅ・しゅ・ちゅ」のように小さい「ゅ」が付く発音が11あります。東北弁や出雲弁は、この小さい「ゅ」の発音が苦手です。

今から喋る話から小さい「ゅ」がいくつ無くなったのか、数えてみてください。

「チー学校の シー学旅行の とチーで キージー円の ギーニー 飲んだら 腹が えたんなって キーキー車で ニー院した」(中学校の修学旅行の途中で、90円の牛乳を飲んだら腹が痛くなって、救急車で入院した)。10個ありました。分かりましたでしょうか。

 ・古い発音

 1つ目は「ふぇ」音。

今から500年前に書かれた「なそたて」という当時の「なぞなぞ集」があります。

それによりますと「母は2回合うけれども、父は一度も合わない」というのがあって、答えは「くちびる」となっています。

当時の「はは」は上の唇と下の唇を触れるか触れないかぐらいに合わせて「ふぁふぁ」と言っていたようです。

このことから「は、ひ、ふ、へ、ほ」は「ふぁ、ふぃ、ふ、ふぇ、ふぉ」と発音していたと想像されています。現代では「ちち」も「はは」も共に唇が合いません。

 出雲弁には「ふぇ」音がよく残っています。孫たちは「へん しん」(変身)といってアバレンジャーになります。

お爺が言うと「ふぇん しん」です。お婆からは「おまえさん ふぇたくそだね」(下手くそ)と言われます。

尻から出るのは「へ」ではありません、「ふぇ」です。


 2つ目は「しぇ」「じぇ」音です。

先ほどの「なそたて」から100年ほど経った約400年前のことです。

豊臣秀吉や徳川家康の厚いもてなしを受けたポルトガル人で、イエズス会の宣教師ロドリゲスが日本について書いた本があります。

それによると、関東地方の人々は荒々しい言葉を使っていて「しぇ」と発音しなければならないのに、「せ」というと書いてあるそうです。

当時は「爺と婆のしぇけんばなし」と言うのが上品で正しい言い方で、「爺と婆のせけんばなし」と発音するのは、荒々しい坂東武者の言い方だったようです。

「しぇんしぇ」(先生)「しぇんたく」(洗濯)とか「じぇんじぇんまる」(ぜんぜんまる)という「しぇ」・「じぇ」音は出雲だけでなく鳥取や九州、東北にも残っています。

 3つ目は「すいくゎ」(スイカ)「ぐゎいこく」(外国)という「くぁ」「ぐゎ」音です。

たばこの火の始末が悪くて、家が燃えるのは「火の事」と書いて「くゎじ」です。

オババが「だいどこ」や「そうじ」するのは「家の事」と書いて「かじ」です。「くゎじ」とは言いません。

このように、燃える「火」は「くゎ」と読みますが、「家」は「くゎ」ではなく「か」です。

「くゎ」と読む漢字は決まっています。

国語辞典の代表格である広辞苑の中に「くぁ」とか「ぐぁ」と仮名がふってある漢字がありますので、お持ちの方は帰ってから見ていただきたい思います。

 ・長音化

 長音化は他の方言でもしばしばみられますが、出雲弁は言葉の途中や終わりに、「り」「る」「れ」や「う」がくると長音になります。

「これで」の「れ」が長くなって「こーで」となります。

「となり」の「り」が長くなって「となー」になります。

「くるま」(車)の「る」が長くなって「くーま」となります。

「あらう」(洗う)の「う」が長くなって「あらー」となります。

 以上のように、出雲弁は東北弁と似たような発音をしたり、古い発音が残っている貴重な方言ですが、なぜこのようになったのかは分かりません。

こうした謎の解明のために、沖縄から島根に住所を移して研究されます上村幸雄教授に期待をしているところでございます。

2003年6月15日に宍道・出雲弁保存会園遊会で講演した内容を
山陰中央新報生活応援情報誌「りびえ〜る」の協力を得て
要約したものです(奥野栄)

表紙ページ