第四回 出雲弁は話し言葉(完)


 普段何気なく話している出雲弁ですが、文字にしてみると共通語にはない「面白い言い方」「発音の省略や短縮」に特徴があり、「文末詞」で微妙なニュアンスを伝えるなど方言ならではの表現があります。

・ 動詞の面白い言い方

 物事の動作や作用などを表す動詞の言葉に面白い言い方がたくさんあります。

「宣伝カーが走っている」を出雲弁では「宣伝カーが歩いちょー」と言います。

「歩く」というのは人や動物が足や手を使って一歩一歩進むことです。

出雲人のゆったりとした性格を表した素晴らしい表現です。


 「戸をたてる」というのも面白い言い方です。

「戸を閉める」という意味ですが、知らない人に「そこ、戸、たててごせ」と言ったら、顔を横にしたり縦にしたり、どうしてよいのか分からなくて目を白黒させてしまいます。


 「とばかす」は「飛ばす」という意味です。

「昔は広告紙(がみ)で、紙飛行機を作って、とばかいちょーました」。

この「とばかす」の「かす」という言い方は国語辞典の代表格である広辞苑にも「サイコロをころばかす」「上手に、笑わかす」などいくつか載っていますが、出雲弁にはこの「かす」が付く言葉がたくさんあります。

「さっき、着替えたばっかだね、また、よごらかいたかや」の「よごらかす」は「汚す」です。

「となーの、えんきょ(隠居)に、どまかさいた」の「どまかす」は「騙す」です。

「廊下を、かけらかすだねが」の「かけらかす」は「かける(走る)」で「廊下を、かけるんじゃないよ」です。


 共通語で「屁(へ)をひる」「屁を放つ」と言います。

出雲弁の「屁がぬける」「屁をこく」のほうがぴったり合っているように思いますが、皆さんいかがでしょうか。


 怖いものの順番に“地震・雷・火事・親父”と言います。

出雲弁では「地震がえった」とか「地震がえきた」と言いますが、どこへ行ったのでしょうか。

共通語では「地震があった」です。

今年の夏、国会議事堂に「雷があまった」そうですが、いくら余ったのでしょうか。

共通語では「雷が落ちた」です。

火事がえった」とか「火事がえきた」と言います。

共通語では「火事があった」です。

面白い言い方は地震・雷・火事までで親父にはありません。


 電気にも面白い言い方があります。

停電の後に電気がついたとき「電気が来た」と言います。

発電所から電気が来たということなのでしょうか。

出雲弁は本当に面白い方言です。

電気に関してはこのほかにも面白い言い方があります。

暗いときに「はや、火、つけてごせ」は「早く電灯のスイッチを入れてくれ」という意味です。

知らない人が聞いたら放火犯と勘違いします。

昔、ランプや油に火を点けて明かりをともした名残かもしれません。

 このほかにも面白い言い方がたくさんあります。

風邪がひゃった」とか「風邪がえった」は「風邪を引く」ことです。

飯石郡で使われている「とぶ」は「走る」ことです。

松江の「傘にのせる」は「傘に入れる」と言う意味です。


・ 発音の省略や短縮

 いろいろなパターンがありますが、今回は主なものについてお話をします。

 1つ目は、言葉の中や終わり、ときには最初の部分の音の省略です。

「だいこん」の「ん」が省略されて「だいこ」です。

「だいどころ」の「ろ」が省略されて「だいどこ」です。

「本を買ったかや」では、促音の「っ」が省略されて「本をかたかや」とも言います。

「げんこつ」のことを「げんこ」、「うまい」の「う」が省略されて「まい」と言います。

 2つ目は、「てにをは」の「を」の省略です。

「本を買ったかい」の「を」が省略されて「本、買ったかや」と言います。

「飯を食ったかい」の「を」が省略されて「飯、食ったかや」となります。

こうした「を」の省略は共通語でもしばしば見られますが、出雲弁では特に顕著です。

仁多郡では「を」が長音になり「ほんーかーたかや」「めしーくーたかや」となります。

 3つ目は、物事の性質や状態を表す言葉である形容詞の活用語尾「く」音の省略や変化です。

「寒くて」の「く」音を省略して「きょうは、さむて、えけん」となります。

「パンツのゴムが、ゆるて、ずりおちーやなわ」と「ゆるくて」の「く」音を省略して「ゆるて」となります。

なお、仁多郡では「きょうは、さむーて、えけん」「パンツのゴムが、ゆるーて、ずりおちーやなわ」と「く」音が長音化するそうです。

 一方、「寒くなる」「ゆるくする」のように「くなる」とか「くする」のときは「く」音を省略したり、言いやすいよう「に」「ね」「ん」に変化します。

「寒くなる」は「く」音が省略されて「さむなる」、「く」音が変化して「さむになる」「さむねなる」「さむんなる」となります。

仁多郡ではこれも長音になり「さむーなる」と言うそうです。

 4つ目は、「あ(a)、い(i)、う(u)、え(e)、お(o)」の母音が連続したときの変化です。

「若い(wakai)」の(ai)が(e)に変化して「わけ(wake)」と短縮されます。

同じように「高い」が「たけ」となり、「そげん、たけ、とこ(所)、登ーと、枝が、折れーじ」と言います。

 5つ目は、「こと」「もの」「とき」「ころ」などに「〜は」が付くときの変化です。

「ことは」が「こた」になって「そぎゃん、こた」と短くなります。

同じように「そぎゃん、もな、えらん(そんなものは、いらない)」「そぎゃん、ときゃ、知らん顔、すーだわや」とか「おらのわけこら」と短縮されます。

・ 文末詞

 出雲弁では「そげだわね」の「ね」の文末詞部分を「ね」「の」「な」「や」と最後の1文字を変えることにより、「そげだわね」「そげだわの」「そげだわな」「そげだわや」と4つのパターンができます。

共通語では「そうだよ」で4つとも同じ意味ですが、出雲弁ではそれぞれ微妙にニュアンスが違います。

 「そげだわね」の「ね」は主に女性が使う丁寧な言い方です。「そげだわの」「そげだわな」「そげだわや」の「の」「な」「や」は主に男性が使う言葉で多少ぞんざいな言い方になります。

さらにイントネーションを変えることによりさまざまなニュアンスを表します。

出雲弁にはこのほかにもたくさんの文末詞があり、自分の感情を表したり、相手に伝えたいことや聞きたいことなどを適切に表すいろいろな表現方法を持っています。

共通語でしゃべっていても、お互いに伝えたいことが伝えられなかったり聞きたいことが聞けなかったり、もどかしいことがありますが、互いに出雲弁でしゃべるとしっくりと心が通い合います。


 私たちの使っている出雲弁は東北弁と似たような発音をしたり、古い発音が残っている学問的にも貴重な方言です。

浄瑠璃や狂言、中国の故事に出てくる言葉も残っており、文化の薫り高い方言です。

また、出雲弁は微妙なニュアンスを表現することができ、互いに出雲弁でしゃべるとしっくりと心が通い合う素晴らしい方言です。


 お爺さん、お婆さんから子や孫へ伝わり出雲弁がいつまでも使われ続けていくよう願いましてシリーズ「よまやま話」を終わらせていただきます。

 

2003年11月8日に宍道・出雲弁保存会園遊会で講演した内容を
山陰中央新報生活応援情報誌「りびえ〜る」の協力を得て
要約したものです(奥野栄)

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