出雲弁雑学村

出雲弁には無い共通語(2006年4月23日)

出雲弁における音位転倒語(2005年11月8日)

たくさんある「たくさん」(2002年9月1日)

動詞のおもしろい使い方(2002年6月22日)

「よういっつぁん(洋一さん)」・「たかっさん(孝さん)」(2000年11月19日)

「はいごん(はいぐん)」について(2000年10月28日)

さねもんさん(2000年9月23日)

「とうぼうさく」について(2000年8月6日)

「柳かけ」の語源(2000年7月17日)

【だんだん】考

出雲国風土記と出雲弁


出雲弁には無い共通語

  幼い頃、「帰る」「美しい」という共通語は教科書に出てくる言葉で、普段の会話はほとんど「戻る」「きれい」でした。出雲地方では「帰る」ではなく「戻る」を、「美しい」ではなく「きれい」を使います。
 特定の共通語を使用せず他の共通語で表現する、出雲弁の特徴の一つだと思いますがいかがでしょうか

1.【帰る】→【戻る】

夫「きょうは歓迎会でおそんなーけんの」

妻「はやこと、もどーだじね」

夫「おんおん、分かっちょーが。電車でもどーけん」

出雲弁では【戻る】です。


2.【美しい】→【きれい】

集団就職して数年経った出雲の若者が東京の娘さんに恋をし喫茶店での初デート。

「この花はうちくしいですね」

彼女は笑い転げたそうです。

言い慣れない言葉、しかも出雲弁訛り、目に見えるような気がします。

出雲弁では「きれいな花」「きれいな人」です

 

奥野栄

 

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出雲弁における音位転倒語

1.音位転倒 とは

子供が「テレビ」のことを「テビレ」と云ったり、「ちまき」を「キマチ」と云ったりする現象のことを「音位転倒」または「音位転換」という。

こうした現象は日本語に限らず世界のどの言葉にもあるもので、言語学上では『メタセシス(matathesis) = ギリシャ語で「位置を交換する」の意』という。

「アナグラム」という言葉をお聞きになつたことはないだろうか。

これは、ある言葉のアルファベットを置き換えて別の言葉を作り出す遊びのことで、もちろんカタカナでも漢字でも出来る。

言語学上のことはともかくも、面白いのはこうした「音位転倒語」が本来は誤用なのに、いつのまにか『正語』 になって通用しているものがあるということである。


2.いくつかの有名な例をあげてみよう

【さざんか】

「山茶花」はどう読んでみても「サンサカ」なのに「さざんか」という。

本来「山茶」とは中国では「つばき」のことである。

「椿」という字があるではないかと思われるだろうが「椿」は中国語辞典によると「欅に似た落葉樹」のことであり日本の「ツバキ」のことではない。

なお「茶」を「サ」と読むのは唐音である(呉音、漢音とも発音は 「チャ」)。

そこで推定するに、ある人が、渡来唐人に「サザンカの花」を指して「これは唐ではなんというか ?」と尋ねたとする、すると「ツバキ」に似ていたことから「ツバキ」と間違えた唐人は(中国にはサザンカがなかった ?)「これは山茶花である」と答えた。

以後この花はは和風漢音読みで「サンサカ」と呼ばれるようになり、それがいつの間にか音位転倒を起こして「ササンカ ⇒(連濁して)サザンカ」といわれるようになったのである。

なお「椿 = ツバキ」は我が国による勝手な当て字である。

【あたらしい】

古語辞典に「あらたし」という言葉が二つ載っている。一つの「あらたし」は「惜しい、立派だ」という意味で「新しい」という意はない。

もう一つの「あらたし」はこれこそ「新しい」の意で遣われ、近代でも「日々これ あらた」「心も あらたに」などと遣われている。

この「あらたし = 新しい」が音位転換して「あたらし」となり今日に至っているわけである。

【したづつみ】

この語源は「舌鼓」だから「シタツヅミ」の筈なのに今では「シタヅツミ」も正用として両方とも広辞苑に載っている。これも音位転換したものである。

次のようなものもある。

【メリンス】

寝間着などに使われた粗末な木綿の布地のことである。広辞苑には「モスリン」とも載っている。

これは戦前、今話題となっているイラクのモスル地方で作られた木綿地のことで、その地方の名をとって「モスリン」と呼ばれた。

それが音位転換して「メリンス」となり、どちらも「正用」となって辞典にも載るハメとなったものである。
 

3.カタカナ語も例外ではない

「×コミニュケーション」=○「コミュニケーション」。

×「シュミレーション」=○「シミュレーション」×「シュチェーション」=○「シチュエーション」。・・・もうキリがない。


4.方言とて例外ではない

【コペット】

私が子供の頃「ポケット」のことを「コペット」と言っていた。これも音位転換である。

【てわすら】

茨城のある地方では「手遊び」のことを「てわすら」という。これはどうみても「てわるさ」の音位転換にみえる。

【そっこり】

山形のある地方では副詞の「こっそり」をこういう。

ちなみに東京の「秋葉原」のことを「あきばはら」「アキバ」というのは、音位転換ではなく、もともと「アキバハラ」という地名であったものを、国鉄の駅ができた際、駅名を勝手に「アキハバラ」とつけたためのもののようである。


5.助詞が入れ替わる場合もある

【仕事に手がつかない】

もちろん慣用句は「仕事が手につかない」なのだが、これなどは「仕事が手につく」の方がもともとおかしく「仕事に手がつく」という方がぴったりくるわけで、あながち間違いとはいえないだろう(この項 日本語の誤用・慣用小辞典 国広哲弥 より)。


6.出雲弁における音位転換語

わが出雲弁にもこうした音位転換言葉がかなりある。

【おーつもぐー】 

「大晦日」のことである。

お気づきのように大晦日は「オオツゴモリ」である。

これが音位転倒をして「オオツモゴリ」となり、訛って「オーツモグー」となった。

【こんがらし】

首を上下に動かして、つまり「うなずく」ことをいう。

 「こなさんは なにはないても こんがらし ばっかーで つまーせんがね」⇒「あの人は、なにを話してもうなずくばっかりで つまらないよね」。

この語源についてはずいぶんと考えさせられた。

あるとき掲示板で誰かが「がらし」は「かしら」ではないだろうか、というのを聞いてハッとした。

語源は「こごみがしら」だったのである。

「こごみかしら ⇒ (連濁)こごんがしら ⇒ (転倒)こんがらし」まさに音位転換の典型だったのである。

【やりもり】

「そげに やりもり おいても まいとこえかへんわね もちと そろっとすーだわね」

「そんなに むりやり押してもいい具合になりませんよ もう少し そろっとしなさいよ」

「むりやり」が音位転倒したものである。「やりんもり」ともいう。

【あとしざり】

「ながて(海老)は あとしざーすーけに 尻尾のほから掬わな !」⇒「長手海老はあとずさりするから 尻尾の方から(タモで)掬わないと !」

これは「あとずさり」の音位転換である。

【さいかめ】

「さかさ、あべこべ」のことを出雲弁では「かえさめ」という。語源は「返り様」であるが、これを仁多のある地方では「さいかめ」という。まさに「かえさめ」の音位転換である。

【えらしじ】

「可哀想な、いじらしい」の意である。

「いじらし」の音位転換である。

【しゃきらがない】

「きりがない」の意である。

「こげなこと えつまでしちょっても しゃきらがねの」⇒「こんなことをいつまでしていても きりがないね」というように遣う。

解析すると「きりにしようがない ⇒ きりしゃがない ⇒(音位転換して)しゃきらがない」となったものと思われる。

【(口を)つむぐ、つもぐ】

「(口を)つぐむ」の音位転換。

【せんち】

「せっちん(雪隠)」の転換にみえるが、私は次のように考える。

「せんち」は江戸中期当たりの文献に出てくるらしいので、その頃から伝播してきた言葉だと思われる。

なんとなくわざとらしい響きがあることから、江戸下町のスラングか、あるいは、いわゆる粋人たちの隠語として用いられていたものが全国的に伝播してきたのではないかと。

したがってこれは音位転換語とは言えないようである。
 

7.音位転換ではないかと思われるもの

【つうろくする】

「釣り合う、似合う」の意で用いられる言葉である。

「あすこの家とうちじゃ つーろくせんわの」⇒「あの家とうちの家とでは 釣り合わないよね」という風に用いる。

古語に「うつろふ」という動詞がある。

「映える、反映する」の意であるが、これが今日では「似合う、釣り合う」の意でも用いられるようになった。

これを解析すると「うつろう ⇒ うつろきて ⇒ うつろく(転換して)つうろく」となり音位転換とも考えられる。

上記の「うつろく」という活用はないから疑問もある。

【わはる】

「羽織る」の意で用いられる。

「さみけん こーを わはっちょきないや」⇒「寒いから これを 羽織っておきなさいよ」という風に用いる。これを解析すると。

「はおる ⇒ はおー ⇒ はわー ⇒(転換)わはー」と考えられるが、このほかにも「上はおる ⇒ うわはおる ⇒ わはる」も考えられるから一概にきめられない。

出雲弁における音位転換語は以上であるが、まだあるかもしれない。

見つかった時には教えて頂きたい。

金沢育司

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たくさんある「たくさん」

出雲弁には「たくさん」を表す言葉がたくさん有ります。

(1)言葉自体に「たくさん」の意味があるもの

  1. えっと
  2. えっぱい 
  3. がいに
  4. ごーぎに
  5. ごーせいに(広辞苑に記載あり)
  6. こだくさんに
  7. しこたま(広辞苑に記載あり)
  8. したたかに(広辞苑に記載あり)
  9. じゃーね(じゃに)
  10. じゃんがこと(じゃんこと)
  11. じゃんじゃーに(じゃんじゃね)
  12. じゃんばかー
  13. せっぱい
  14. たいそー(広辞苑に記載あり)
  15. どっさり(広辞苑に記載あり)
  16. ばくだいに
  17. やんべに
  18. よーけ(よけ)
  19. ろーちき
  20. ろーもろーちき(ろもろーちき)

    は未確認語彙です。

(2)例えと比較して「たくさん」の意味を表すもの

  1. あばかんほど
  2. あばきがつかんほど
  3. うつすほど
  4. うまにくわせーほど(まねくゎせーほど)
  5. えかてほど(えーかてーほど)
  6. おいすてーほど
  7. おしねくゎせーほど
  8. おつしかけーほど
  9. おんじゃおんじゃすーほど
  10. きさんじーほど
  11. くさーほど
  12. このごとくに
  13. しごがならんほど(しごならんほど)
  14. しまつがつかんほど
  15. じゃんがほど
  16. すてばもねーほど
  17. そらほどに
  18. たいそなほど
  19. とわんほど
  20. はいてすてーほど
  21. バケツでうつすほど
  22. ふつごなほど
  23. ふねがちいたほど
  24. まくさほど

「楽しい出雲弁〜だんだん考談(藤岡大拙・小林忠夫共著)」を参考にして、石田[木次]さん、高橋〔平田〕さん、児玉[横田]さん、KEN[八雲]さんから寄せられた情報をもとに作成しました。

奥野栄

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動詞のおもしろい使い方

出雲弁にはおもしろい動詞の使い方があります。

・雷があまー(雷が落ちる

・自動車があるく(自動車が走る

・火事がいった(火事で燃えた

・地震がいった(地震があった

・電気がえんだ停電した):東出雲町や八雲村で使われているそうです。

とんで行く(走って行く):飯石郡で使われているそうです。

・屁がぬける(屁を放つ

・菓子をめいでごしなはい(菓子を食べてください)

・風邪がひゃった[風邪がえった](風邪をひいた

・傘にのせる(傘に入れる

にげてごいた(退いてくれ)

・胃がおこー(胃が痛くなる

・戸をたてる(戸をしめる

・戸をつめる(戸をしめる

・ふざばーじがわらう(膝が震える

この他にも、たくさんあるかもしれませんね。

奥野栄

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「よういっつぁん(洋一さん)」・「たかっさん(孝さん)」

姓名等の語尾が「し」・「ち」・「つ(っ)」の場合に、接尾語「さん(敬称)」が付く「〜っさん」・「〜っつぁん」と変化します。

・「し」で終わる場合→促音になる
例示1:小林さん「こばやっさん」
   2:隆俊さん「たかとっさん」

・「ち」で終わる場合→「っつあん」になる
例示1:足立さん「あだっつあん」
   2:大吉さん「だいきっつあん」

・「つ」で終わる場合→「っつあん」になる
例示1:高松さん「たかまっつあん」
   2:御方様(おかたさま)→おかっさま(御方様の音便)→
     おかっさん→「おかっつあん」
   3:(お)じいさん→(お)じっさん→
     (お)じっつあん→「おじっつあん」
   4:おじさん→おっさん→「おっつあん」
   5:おとうさん→おとっさん→「おとっつあん」
   6:坊さん(ぼうさん)→ばっさん→「ばっつあん」

ぴろくんさんの質問を参考にして作成しました。
ありがとうございました。
奥野栄

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「はいごん(はいぐん)」について方言分布図

 出雲では,うろたえること、騒ぐことを「はいごん(はいぐん)する」という大騒ぎは「おおはいごん(おおはいぐん)」だ。

 ある時このサイトの掲示板に、「はいごんを漢字で書いたらどんな字?」という質問の書き込みがあった。漢字で書けということは、語源を示せと言われるのと同じで、方言どころか共通語でも大変な仕事であり、そう簡単にはいかない。

 簸川平野あたりで「はいごん」というこのことば、実は私の育った仁多では「はいぐん」という。同様に「のくい」は「ぬくい」、「のしと」は「ぬすと」。つまり母音の[o]と[u]が交替する現象が見られる。この例からお分かりのように、この音に関する限り仁多のほうが、より共通語に近いのである。

 というわけで私は「はいぐん」で『日本国語大辞典』を引いてみる。敗軍は文字通り「戦いに負けること」とある。「敗軍の将は兵を語らず」というあの「敗軍」である。さらに『史記』「淮陰侯列伝」にある「敗軍の将は勇を言うべからず」というのまで載っているが、いすれにせよ名詞としての記述に終始している。ところが用例を読んでいるうちに面白いものを発見した。
 
天草本平家物語
「トリノ ハヲトニ ヲドロイテ 
faigun(ハイグン)シテ メンボクヲ ウシナイ」

 なんと「敗軍して」と動詞になっているではないか! たぶん富士川の合戦かなにかの条であろう、鳥のバタバタという羽音を敵と間違え、あわてふためいて敗走する場面を頭に描いたとき、私はハタと膝を打った。
 いくさに負けてあわてて敗走する様子を「ハイグンする」といったのではないか? これが転じて「あわてさわぐ」になったのではないか? 私は「はいぐん」とは「敗軍」であるとの確信を持ったのである。

 のちに「出雲弁の泉」の主宰者である奥野さんから、以下のような文献がある旨の指摘をいただいた。
「出雲方言」岡田鹿之助著(明治42年8月島根師範学校の夏休みの宿題として執筆)
【はいごんする】(うろたえる、騒ぐ、混雑する)
これはただしくは「はいぐん(敗軍)する」と言うべきであると聞いた。
ある人の曰く、この語は出雲人が長州人に負けたとき、すなわち、敗軍したときのざまが騒々しかったので「騒ぐ」義に適用されたものであろうという。

 私には明治維新より古くからある用法のように思えるが、いずれにしても古典文献に確たる用例を見つけた訳ではない私としては、「はいごん(はいぐん)」=「敗軍」説の強い味方を得たのであった。

森田六朗

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さねもんさん

 先月、狩野さんが【さねもんさん】を新規登録されました。お婆さんが稲の害虫ウンカとして使用されているそうです。

 平田市立檜山公民館発行の「ひ山の里」によると、「さねもり送り」は虫送りの行事として明治初年まで行われ、実盛人形(わら人形)を先頭に、鉦(かね)、太鼓、各人の鍬(すき)を叩き、松明(たいまつ)をかがし、「チンカラ、チンカラ、エッカンカン。」と川下の方へ練り歩いてながしたそうです。

 また、広辞苑にも下記の記述があります。

さねもり‐おくり【実盛送り】
 虫送りの行事。藁で実盛人形を作って、川や村境まで送る。斎藤実盛が稲につまずいて倒れたために討たれて稲虫になったなど言い伝えている。

さいとう‐さねもり【斎藤実盛】
 平安末期の武士。もと在原氏、後に藤原氏。代々越前に住んだが、武蔵国長井に移り、初め源為義・義朝に、のち平宗盛に仕えた。維盛に従って源義仲を討つ折、鬚髪を黒く染めて奮戦し、手塚光盛に討たれたという。( 〜1183)

さねもり【実盛】
 能の一。世阿弥作の修羅物。斎藤実盛の霊が遊行ユギヨウ上人の説法を聴聞したという伝説、実盛が最後の戦に際して錦の直垂ヒタタレを着、白髪を黒く染めたという物語を脚色。

 【さねもんさん】を、現在どのような地域で使用しているのか定かではありませんが、源平争乱時の武将で能にも取り上げられた斎藤実盛の名前が、少なくとも出雲平野の一部では使用されています。

奥野栄

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「とうぼうさく」について

 8月の新規登録語に木次の武田さんが【とうぼうさく】を拾っておられ、なんともいえないあの香りと甘酸っぱい味を、懐かしく思い出しました。

用例に「【とうぼうさく】はスモモで、プラムはセイヨウスモモだぢ」とありましたが、私の育った仁多郡では、「すーめ(酸梅か?)」というのもあり、これが今から考えるとプラムではなかったかと思います。

親からは「腹がいたんなーといけんけん」と食するのを固く禁じられていましたが、それをこっそり喰うのがまたおいしかったように覚えています。

 
 ところで、中国は前漢の時代に東方朔(とうぼうさく)という文人がおり、奇矯な言動を武帝から愛されたと『史記』『漢書』に記載がありますが、実はこの人物には後世、西王母の植えた不老長寿の桃の実を盗んで食べ八千年の寿命を得たという逸話が残されています。

そして日本でも室町時代、すでに不老長寿の桃を主題に「東方朔」という謡曲が書かれているのです。

この謡曲がどのぐらい流行ったのかは知りませんが、東方朔という中国古代の人物にちなんで、スモモが【とうぼうさく】と名付けられた可能性はかなり高いといっていいと思います。


 中国では菊の花のことを「君子」ということでもあり、念のために『大漢和辞典』など中国系の辞典も含めて調べて見ましたが、結局めぼしい記述があったのは『日本国語大辞典』だけでした。

【とうぼうさく】の見出しで中国の文人や能楽の曲名の解説をした後に、「方言」として「植物、にほんすもも(日本酸桃)。鳥取・島根両県一部」と、農林省発行の『農作物の地方名』の引用を掲載しているのです。


 これで鳥取と島根の一部でスモモを【とうぼうさく】という、ということは分かりました。

しかし東方朔とスモモの関係はあくまでも示唆的でしかなく、確たる記述はないのです。でもまあ考えてみれば、そんなことを誰がどんな手だてで確認できるというのでしょうか。

2000年前の中国に東方朔という変わりものの文人がいて、後世不老長寿の桃の伝説の主人公となったこと、日本にもその話が伝わって謡曲として広まったこと、そして出雲でスモモのことを【とうぼうさく】ということ、それで十分です。

 
 ただ一つだけ、もしそのようにして名付けられたものなら、日本の各地にその名称が残っていてもいい筈なのに、なぜ鳥取と島根の一部(たぶん伯耆と出雲)にだけ、この言葉が残っている(あるいは、ある)のか、それが不思議なのです。

 それにしても出雲弁は、なんと文化の香り高いものを持つ言葉なのでしょうか。

森田六朗

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「柳かけ」の語源

「柳かけ」の語源について調べていたところ、「出雲の食文化 松江食べ物語<秋・冬>」(荒木英之・著)にたどり着きました。

アマサギの食べ方のひとつに「柳かけ」が上げられ、
「ほうじたての上番茶川柳(かわやなぎ)を用いたアマサギ茶漬け」
と、説明されていました。

「柳」とは、「川柳」という番茶のことだったんですねー。

そして、番茶以外のものをかけるのは邪道なのでしょうか。
「もっと、手間をかけて、薄茶や煮出し汁を用いるのは、茶の心を知らぬ者、論外である。」
とありました。キビシイですね。

実は、「柳かけ」に「薄茶」をかけるのか、かけないのかで意見が分かれたのですが、「論外」であることは別にして、そういう食べ方はあったのですね。
逆に、もっと手抜きの「白湯」は、どういうことになるのでしょうか。
気になります・・・。

(mika)

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【だんだん】考

方言は文化の中心地の流行り言葉が、長い時間をかけて地方へ伝搬していく中で、定着・変化したものだともいいます。

【だんだん】は「ありがとう」という意で、出雲弁では有名な語彙ですが、広辞苑や大辞林によると、近世後期に京都の遊里で「ありがとう」の意で使用されていたそうです。
東條操編「全国方言辞典」によると、愛媛・福岡・熊本でも出雲弁と同じ意で「だんだん」を使用している(いた?)そうです。

(注1)
〔方言周圏論〕
方言分布の原因を文化の中心から時間に応じて波紋状に広がる事象に認めた理論。柳田国男が「蝸牛考」でカタツムリの方言調査をもとに提唱。(広辞苑)

(注2)
時代にもよると思いますが、方言の伝わる速度は0.5km/年〜1km/年という説があります。

<参考ホームページ>

〔愛媛〕
伊予弁のページ
こたろう博物学研究所:伊豫方言大辞典

〔熊本〕
八代工業高等専門学校96年度言語学受講生による言葉に関する経験

〔福岡〕
【だんだん】について記載のあるページが見あたりません。

奥野栄

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出雲国風土記と出雲弁

出雲国風土記(733年)に下記のような記述があります。

沼田郷(ぬたのさと)。郡家の正西八里六〇歩なり。
宇乃治比古命(うのぢひこのみこと)、「爾多(にた)の水を以(も)て御乾飯(みかれひ)爾多(にた)に食(を)し座(ま)さむ」と詔(の)りたまひて、爾多(にた)と負(を)ふせ給ひき。然(しか)れば則ち爾多郷(にたのさと)と謂(い)うべきを、今の人猶(なお)努多(ぬた)と云(い)うのみ。
出典  :出雲国風土記
校注者:加藤義成
発行所:株式会社 報光社

これを、奥野流現代訳にすると以下のようになります。(^_^;)

沼田郷(ぬたのさと)は郡家の正西約4.4kmの所にある。
宇乃治比古命(海の霊の神)が、「爾多(にた〔美味〕)の水で乾飯を美味しく食べた」と言われて、爾多(にた)と仰せになった。だから爾多郷(にたのさと)と言うべきだが、今の人、やはり努多(ぬた)としか言わない

出雲国風土記(733年)時代の平田人も「に」を「ぬ」と発音していたのですね。(奥野流解釈です(^^ゞ)

(注1)
沼田郷は出雲国・楯縫郡(たてぬいごおり)・沼田郷(ぬたのさと)で、現在の平田市平田町、国富町西代、西田町万田・本庄を含む地区
〔出雲国風土記(加藤義成校注)より〕

斐伊川河口の扇状地平野で沼のような所であり、沼田が後に平田になったといわれている。
風土記の時代以降も古川・川北・川下・中ノ島・小島・中ノ洲・上出来洲・下出来洲・浜ノ場・新田等、川と関係があり、島があって、州ができ、浜になり、新田ができる過程をものがたるような地名が存在する。

(注2)
郡家は桧山にあったといわれています。

(注3)
当時の1里は300歩(534.54メートル)、1歩は1.78メートル
〔出雲国風土記(加藤義成校注)より〕

(注4)
宇乃治比古命(う(海)のぢ(霊)ひこのみこと)は海の霊の神
〔出雲国風土記(加藤義成校注)より〕

(注5)
爾多(にた)は豊潤美味の意
〔出雲国風土記(加藤義成校注)より〕

(注6)
乾飯(かれひ)は、炊いた米を乾燥させたもので、旅行の際に携えた

奥野栄

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