小さな記事の真実






〜高校時代〜



帰り道・・・



電車通学をしている俺は、帰る為に駅に向かって歩いていた。

いつもの細い、ほぼ直線の道を・・・


夏の香りがまだ少し混じる夕暮れ時の風を浴びながら・・・


歩いていると・・・俺の数十m先を歩くH君を見つけた。

俺は歩を早め、H君に呼びかけた。


俺「お〜い!」


声が届いたらしい・・・H君は足を止め、振り返る・・・

俺から見えるH君の顔は10円玉位の大きさだ・・・

H君に向かい歩いて行くと、やがて顔は拳大の大きさになり・・・

そして、目や鼻だちがハッキリ確認出来る様になった・・・

H君の前に立ったのだ・・・

目は切れ長で、唇は薄く、肌は日焼けしたのか・・・黒い・・・

表情は・・・ない・・・



これが現実なんだな・・・



俺は心で呟いた・・・



俺「久しぶりだな!元気してたかっ!」









































俺「最近会えなくて心配してたんだ。やっと、会えたな!」




俺「元気か?調子はどうよ?」



そんな言葉が頭の中で溢れる・・・

俺は一瞬話掛けるのをためらっているとH君が先に話かけてきた。


H「J.J久しぶりだな。元気か?」

俺「おぅ・・・」


それは俺のセリフだろう・・・心の中で返事をする・・・


俺「どうしてた?」

H「いや、良く解らない。バタバタしてたような・・・してないような・・・」

俺「そうか・・・」


何となく2人は歩き始める・・・

H君とはクラスが違う・・・師匠もクラスは違うのだが・・・師匠よりもH君とはもっと会わない・・・

H君と最後に会ったのは、夏休みの前である・・・

俺は誰に向かって言うでもなく独り言のように呟いた・・・


俺「あれから3ヶ月か・・・会わない間に色々あったな・・・」



























〜夏休みが終わって数週間後〜


学校の授業が終わり、A君と一緒に帰っていた。


A「やっと今日も終わったな!」

俺「あぁ、毎日長い・・・」

A「毎日遊んでいたいな。」

俺「まぁな。」

A「夏休みがずっと続けばいいのに・・・体がだるい。」


俺は突然H君を思い出した。

俺「そう言えばお前のクラスに居るH君見かけないけど元気にしてるか?」

A「?・・・元気じゃないやろ。」

俺「そうなのか?確か始業式も見てないな・・・体調でも崩したか?」

A「え?来れないだろ・・・今もまだ来てないし・・・」


A君の反応がおかしい・・・

俺は戸惑った・・・


俺「来てない?始業式から来てないのか?どうして?」

A「J.J聞いてないんだ・・・本当に知らないのか?」

俺「何の話?分からないぞ。」

A「実はな・・・俺も人から聞いた話なんだけど・・・」


話の内容はこうである・・・


-------夏休みの終わり間近のある日------

その日・・・朝方、雨が降っていたが昼から雨が止んだらしい・・・

その雨は夕方からまた降り続けたみたいだが・・・

H君の父親は仕事が終わり車を走らせていた。

いつも通っている海の側の道路を通っていた時・・・

そんな日に海に1組の男女が居たらしい・・・

しかし、様子が変なのに気がついたH君の父親は車を止めてその男女の所に向かった・・・

その2人は『荒れた』海に向かって叫んでいた・・・

海に居た・・・



































まだ幼い子供に向かって・・・

























































家族で来ていたのだ・・・

しかも子供が溺れている・・・

溺れている子供の姿を見たH君の父親は、急いで荒れた海に向かって飛び込んだ・・・

溺れた子供に辿り着いた父親は、脇に子供を抱えて海岸に向かい泳ぎ出した・・・そして・・・












































波に消えた・・・











































幼い命と勇敢な父親の命を海はさらったのだ・・・










































ザザー・・・ザザー・・・



押し寄せる波の前に呆然と立ち尽くす両親・・・


我に返り慌てて警察に通報したが既に遅い・・・


数時間後・・・H君の自宅に警察から連絡が入ったそうだ・・・



A「で、連絡を受けた時、母親は泣き崩れたらしい・・・おい、聴いてるか?」


俺はその時の現場の様子を想い描いていた・・・

A君の問いかけに現実に引き戻された・・・


俺「あぁ・・・聴いてるよ・・・その時H君は?」

A「さぁな。けど、新聞に載ったらしいぞ。俺も見るつもりでその時の新聞置いているんだけど・・・確か地元新聞の3面か5面に小さく載ってるみたい・・・
J.Jも見るか?持って来るけど・・・」

俺「見なくていいよ。話を聴いてるだけで十分だ。」

A「何で?見ないのか?」

俺「見てどうする?『事実』を確認するだけじゃないか。今話を聴けば事は足りる。」

A「だけどさ・・・もっと詳しく分かるかもかも知れないし・・・」



俺「新聞を見たからって『真実』が解る訳じゃなし・・・お前はただ起こった出来事を新聞で見て『事実』をなぞるだけだろ?
出来事を見て、知って、解ったような錯覚をするだけじゃないか。」



A「・・・」

俺「見るなとは言わないけど、俺はただ見ないって言ってるだけだよ。しかし、新聞に載ったんだな・・・そっか・・・中々学校に出て来れないだろうな・・・」

A「見るの止めるわ。けど・・・H君はいつ出てくるんだろうな・・・」

俺「分からない・・・」

A「またH君見かけたら知らせるな。」

俺「うん・・・頼む・・・」





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俺は隣にいるH君の横顔を見た・・・

気のせいだろうか・・・疲れが少しにじみ出ている様な気がする・・・

新聞の小さな記事ではH君の心境等到底量り知れるものではないな・・・俺はそんな事を考えていた・・・

H君は下を見ながら俺に話かけてきた。俺も知らない間につられて下を向く。


H「聞いた?」

俺「夏休みの事なら・・・」


H「そうか・・・今取り敢えず学校来てるけどな・・・なんか家に居たら親父が帰って来る様な気がするんだけど、帰って来ないだろ?それが何か辛い時ある・・・」


俺「信じられなかっただろうな。」

H「うん・・・いつも通りに仕事に出かけて行ったから・・・話聞いた時は実感湧かなかった・・・」

俺「立ち入った話で悪い・・・その溺れた子供の両親はその時助けに行かなかったのか?」

H「どうやらどっちも泳げないらしい・・・」

俺「・・・しかし、何でそんな日に家族で海に行ったんだ?海は荒れてたんだろ?」



H「朝行くの止めようとは考えてた見たいだけど、昼から雨止んだから行ったんだって・・・夏休みに子供が行きたがってたから少しだけでもと思って・・・
謝りに来た時言ってた・・・新聞読んでないのか?俺も読んでないけど・・・」



俺「読んでない。話聞いただけ。しかし、その両親にも何とも言えないな・・・そっか・・・でも、すまない・・・お前の気持ち解るなんて言えない。
多分実際に親を同じような状況で亡くさない限り・・・」



でも、本当はその『真実』はH君の中にしかないのだ・・・俺は言ってから思った・・・



H「そうよな・・・しかし、この先どうしようかな〜・・・なんか考えられない・・・」

俺「どうしたら良いと思う?」


H君は初めて顔を上げて俺を見る。


H「・・・」








































緩やかな風が俺達2人の間を風が通り抜けた・・・











































2人を撫でる様に・・・





























俺は顔を上げてH君を見た。


夕日に照らされハッキリ顔が窺えた・・・


現実(リアル)に・・・


俺「俺達まだ若いからこの先どうするなんてハッキリまだ分からないけど、兎に角就職するとするだろ?」

H「うん・・・」

俺「この先多分一杯色んな事があって、苦しんだりすると思うんだ・・・」

H「うん・・・」



俺「その苦しい時にな、親父を思い出してやれ。多分親父なら励ましてくれるだろうし・・・思い出して励ましてくれてると思ったら良いと思う・・・
思い出して上げたり、覚えてて上げたりしたら親父さんも嬉しいと思うぞ・・・それでHが頑張ったらもっと親父は喜ぶと思うぞ。
それがしてあげられる事と違うかな・・・良く解らないんだけど・・・」



H「そうなんかな・・・」

俺「兎に角、学校には来て頑張ってこの先行かないと・・・」

H「うん・・・学校はちゃんと来るつもりだけど・・・ま、頑張るわ。」

俺「そうやな・・・」


その後、駅に着いてそれぞれ帰ったが、その間会話は無く別れた・・・


そして、それ以来H君とは不思議と会う事も無かった・・・

人伝には学校には来ているとは聞いていた・・・

卒業式にも見かけた・・・

けれど、話する機会は無かった・・・

そして現在(いま)に至る・・・















































〜〜現在〜〜



















































俺は部屋に居る・・・

畳の床に座り、コーヒーを飲み、煙草を吸いながら当時の事を想う・・・

あれ以来どうしてるだろう・・・

何の仕事してるのかな・・・

もう会う事も・・・噂を聞く事もないだろう・・・

でも、俺は覚えてる・・・

多分何時までも・・・


今の俺なら何て言えるだろう・・・


同じ事を言うだろうか・・・


多分違う・・・


それに何を言ったとしても『真実』も『答え』も本人の中にしかないと思う・・・


けど・・・何時までも当時の同じ気持ちでは生きて行けない・・・


きっと、今頃は元気に頑張ってるだろうな・・・


煙草の火を消し、コーヒーを飲み干しながら、そう思い込み・・・願った・・・






































この作品をH君に捧げます・・・