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 親愛なるKei、
 ミス・ブレンターノからあなたの考えを聞き、安心しました。
 ここポートランドも暑い夏に入り、月末には避暑に出かけて留守をします。
あわただしい準備をする前に、メールを届けようと考えました。ソフィと薔薇
のテスト・ガーデンで会い、しばらく会話を楽しんだのですよ。
 あのガーデンにおけるまだ(試作段階の)無名の色とりどりの薔薇たちの間
を、もう幾度めぐり歩いたことでしょう。手入れをする立場をリタイアした後
も、ポートランドばら会のメンバーたちとよく来ては薔薇のティータイムを楽
しんでいます。
 確かに、都市間の友好活動は、継続が困難ですね。時間的にも経済的にも遠
すぎるのは、最初からわかっていたことですが。それでもこのように人類が生
んだ最新の機器によってリアルタイムに会話できるのですから、いつかテーブ
ルディスカッションでもできればと期待しているところです。横でソフィにあ
なたのWebを説明してもらいながら、すべてのページに目を通しました。こ
のまま内容が増え続けていったら、どうなるのでしょう! サイトが大きくな
りすぎるのも、問題がありませんか?
 また、メールの編集に苦慮しているのもよくわかります。散在してデフラグ
となれば、訪問者は読むのを途中であきらめるでしょうから。Keiのように
編集に時間をかけてまで整理して進めようとするのも、たいへんなことと思い
ます。でも載せる以上は必要でしょうね。
 あなたはわたしたちとの関係を持続しようとして、さらに努力するのでしょ
う。それは、ソフィが教えてくれた次のことによりわかります。薔薇を愛好す
る人たちのブログ等へ積極的に訪問し、コミュニケイトしているという話から。
わたしたちにとってはあたりまえのことを、日本ではKeiだけがしようとし
ている。薔薇についての正しいまた有意義な情報を多くの人へもたらすのは、
とてもたいせつなことです。でも、反応の多さやその内容の真意について、慎
重であってくださいな。仮に少ないときにも。なぜなら、いずれの場合も再び
新たな整理が必要になる事態が予想できるからです。
 あなたは「消費者保護」を、より広い観点から徹底しようとしているように
見えます。そうなのですか? 一般に、ローズカンパニーは自社のカスタマー
を保護すればよいのであって、あなたがしていることはローズソサイアティが
すれば済むことと思っている。ただ、ソフィからいくらか聞いたあなたの経験
からすれば、無理からぬことなのかもしれませんね。もちろん、どのような状
況であっても、いつかは正しい情報に収斂されていくものです。それでもなお、
あなたが自分の持つ情報をサイトに掲載するためにも努めてコミュニケイトす
るのは、あなたにとり十分価値あることです。わたしたちも興味深く学べます
し。
 言語の背景にある文化の違和感については、互いに時間をかけて理解してい
けばよいでしょう。あなたもそのことがわかっているから、ことさら着実に、
ことさら時間をかけて語り合いを積み増していこうとしているのですね? O
Kです。その環の中に入ります。以前のあなたのことば――「リング、決して
始まりも終わりもない、断たれない環」、つまりはサラウンディングズの快適
な空間へ、わたしも大きな歓びとともに。
 人はともすれば、互いの小さな日常に安住して、自分とは別の日常のサラウ
ンドを聞こうとはしないものです。けれどもわたしもKeiも、心は器であり、
魂はエネルギーであることを、あのマダム・ターシャ・テューダーのように知
っている。ささやかなことを大きな心で語るシンパシーを共有していると思い
ます。
 あなたと、あなたの日常のすべてに、主のご加護を。

                                            Ann Roton
                             7.11  2006  オレゴン ポートランド





 親愛なるマダム・ロートン、
 お元気でよかったと心から喜んでいます。
 すっかりメールが遅くなってしまいました。
 リングを構成する人々の数が、ゆっくりと少しずつ増えていく様子をたいへ
んうれしく思っています。
 今は時間がないので、また避暑地においでになる頃に送信します。
 一つだけ、このメールで告げたいことがあります。それは、何の利害関係も
ないのに、ただ薔薇を愛する心だけでこのように語り合える友がいると感じる
嬉しさです。ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです!
 マダム・ロートンとの出逢いの契機となったあの「ジャスト・ジョイ」が、
今日再び元気に咲いたことをお知らせしながら、
                 See you next e-mail !

                                                    Kei 
                                             7.14  2006





 懐かしいマダム・ロートン、
 コロンビア渓谷での休息はいかがですか? ローズバーグの友人の皆さんも
集まったのですか?
 最近になってこちらもどんどん暑くなり、わたしも自分の庭園を園丁などに
任せてどこかへ避暑に行きたい。しかし自分の薔薇が暑さに耐えているのに持
ち主だけがそうするわけにもいきませんし、第一、薔薇から離れたくない。デ
ィレンマに陥っています。奇妙な心理です。たびたび経験済みのことですが。

 わたしたちの環の中へ入ってくるということは、わたしの主張ライフ・アメ
ニティをともに考察していくことにあなたが賛同するつもりなのだと、理解し
ていいのですね? Rose Sanctuary は現段階では思想世界の
構築が目的であって、何かの取得や排除、批判、あるいは組織化の模索でもあ
りません。ただひたすら心のままに語り合うだけです。そのことにも賛成して
くれますね、後にヨリ広く具体的な環境問題の提起へ至る道が見えてくるとし
ても?
 心は器であり、魂はエネルギーである。 It’s nice! 同意しま
す。
 そして個々人の器の色彩や材質が異なり、魂の力の発揮の仕方やタイミング
が異なるために相当の時間を必要とすることになろうとも、むしろそのことこ
そ、これまでの個人も国家もまたあらゆる利害と直結していた理論も到達した
ことのない、さまざまな日常の生き方の集合をもたらす証となるでしょう。
 現実を直視できなければ、わたしたちを共通に取り巻く数々の大きな問題を
考えることなどおぼつかない。しかし目標をつかまえなければ、現実を乗り越
えてはいけません。ただあてもなく生きている人たちの方が多いからこそ、人
類は過ちをくりかえしてきた。ただ狂信するだけで納得を軽んじてきたからこ
そ力や趨勢に屈服してきた。
 わたしは、それらのことに背を向けようとは思いませんし、同様に、それら
の過去の厚みと戦おうとも思いません。背反も闘争も、決して成功しない。な
ぜなら、人々は大きな犠牲や苦痛を伴う道では付いて来ないからです。それは
確かです。しかもそのような人々の多さこそ、これまでのさまざまな環境悪化、
非人道的な力の発露を許してしまってきたのも真実です。
 世には、わたしよりもはるかに優れた資質の持ち主、はるかに考察力に富ん
だ、また瞬時に問題解決の方法を指し示すことのできる人たちが存在していま
す。政治の世界でも、芸術文化や経済の世界、さらにはメディアの分野でも。
……しかし、この人たちの能力や行動力に敬服はしても、そして協和しても、
わたしは近くにいるだけであって行動を共にしようとするつもりはない。
 その理由こそ、薔薇のそばを離れるわけにはいかないということです。知識
人が日常の市民生活に思想的な拠り所を担保し、反骨や礼賛、批判を横溢させ
ることによって彼らのライフステージへ引き上げている時代は終わろうとして
いる。それも、現実です。そのリアリティに気づいていない人も多い。ところ
が、たとえば薔薇の美しさを慈しむ心が、それぞれのお気持ちから決して去ら
ず、一人一人の人生においてささやかでも十分に力ある納得を積み重ねていけ
ば、それぞれの価値観の形成において、理論や好き嫌いの次元を乗り越えた心
情に至ると確信しています。
 そのときの市民一人一人の目に、何が見えていてもいい、人間の尊厳はいっ
さいの例外なくすべての人にとって等しく、同じ重みを持つものであることの
理解こそ、ゆるがせにできないはずのことなのだと……そのように考えていま
す。精彩を放つ個人へ憧れ、自己よりもすぐれた尊厳の持ち主がいると思って
しまう心情に、誰もが気づいてもらいたい。そこには自己というこの世にたっ
た一つしかない生命を低く見て、負わされている重荷から少しでも解放されて
いると安心し、この生命の星の上で限りない数の生きる営みを続けているしま
た死につつあるかけがえのない生命の世界をすり抜けるように一生を終えるよ
りも、なお自分らしい尊い生き方だってあるのだと気づくことから離れていく
心境が見えています。
 これはたいへん奇抜な意見ですが、もしかするとわたしたちはすでに21世紀
の終わりにいるのかもしれません。その理由は、人類全体を繰り返し何度も死
滅させる力を手にしたり、一つの島国を海に埋没させる環境をつくりだし、養
いきることのできるはずのない人口の増大を守るべく人権を振りかざし、非道
の道に踏み込んだ個人を世界中のメディアが糾弾し制裁を加える   このよ
うな現実があるからです。
 わたし一人の力は非力です。しかし心の有り様は決して非力ではありません。
このことはどのように慎ましく生きている人たちにも共通のことですね。つま
りそのような大きな心情への自覚を、わたしは薔薇のことを通してこつこつと
少しずつ訴えていきたいと思いますし、日々実践しています。人それぞれのプ
ライドは尊重しますが、自分のプライドについては十分に柔軟に考えています。
でなければ、次の世紀が「心情の世紀」になるなどと言えませんから。
 今世紀はまちがいなく「情報の世紀」となりましょう。あらゆる利得と害悪、
離合集散と結束統合がくりかえされ、翻弄される人々と生き抜く人々を生み出
し続けるでしょう。わたしとしては、この情報の海の世界を、しっかりと見つ
めながら、なおいっそう薔薇を愛する自己の気持ちを高め、情報つまりはIT
を通して触れ合う人たちとの心の交流   それがどこまでもささやかなもの
だとしても   を注意深く見出していく開拓者でありたい。長い間、わたし
の魂には言わば縦軸しかありませんでした。さんざんに鍛え上げられたあげく
の思いこみという名の。けれども自分がITの社会に参画することで、個人の
横軸を手にすることができ、その結果として心のダイアログという名のステー
ジを得つつあります。
 そして多分、薔薇のことでいろいろと、さまざまな人たちへ語ることは、決
して無益な試みに終わらないと信じています。情報の集積や発信をしなければ
実に多くの人々が等しく困難に苦しめられることや、また恩恵や納得、生活を
真に幸福にしていく力を皆が共有しているすばらしさに、わたし自身は気づい
ているのですから。
 心のメッセージ   それは受けるときも発するときも、きっと何らかの納
得や実感を伴っているはずです。そのことがまた、わたしたちのメッセージの
セキュリティにおける窓ともなりましょう。
 懐かしいマダム・ロートン、わたしたちの間だけでのFukuyamaと
Portlandの交流が、やがてあらゆる国境を越えたテーマの元へ実に多
くの人々とその心を集め、環になっていく世界がすぐそこに見えていますよ。
「美しい」という、何よりも強い絆の環の世界が。ベスト・ウィッシュをあな
たへ。

                                                    Kei
                                     8.10  2006  Fukuyama







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