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横浜に住む弟から届きました。


 前略
 手紙をもらってさっそく公園へ行ってきました。ローズガーデンのバラは今
が満開で、色とりどりに咲いてた。けれどが、ガーデンと言うにはどこか雑然
としてて、バラの一つ一つも絵にする気になれんかったな。
 昔兄さんがここの青い屋根のガゼボのところで言ったイギリスとフランスの
話は、覚えてるさ。けれどが、あれは観光のために美しい話にしたのであって、
事実は両方の駐屯軍が引き揚げた跡地の始末に困っただけじゃないのかなあ。
 Hpを見たけど、いったい何をやりたいんだよ。 企業のだろ? だったら
体裁をもっと、ばちっとして、文学的な匂いなんてやめろよ。誰も、どうした
いんだかがわからんと思う。狙いが伝わって来ん。だいいち、しょっちゅう扉
やその他も更新してあって、まるでブログと変わらんじゃんか。無味乾燥・無
機質でいいと思うな。人間企業とかいう考えには賛成だよ。けれどが、それは
あのHP全体がきれいだったりしっかりしたものに見える、というのが前提だ
と思うな。パソコン通して見えてくる相手、語ってくる相手、そういうのって
たかがしれてると思う。ポップや字や記号しかない。本気になる奴、なれる奴
なんていやしない。
 もっと本音で勝負すること、兄さんの腕と経験で人をつかめよ。ばら祭のと
きのように。
 紘ちゃんのことはよかった。僕も心配したんだから。独身でも、離れてても、
ちっちゃいときから見てきた。帰省するたびにさ、土産なしのおじさんなんか、
つまらんかったかもしれんけど。もともと人に何か贈ったり何かもらったりす
るのは、嘘くさくて好きじゃないんだから。互いに顔見合ってちょっとだけ話
す。生きてるとわかればそれでいいんさ。
 今度のことはそこが問題だった。だけど無事をよしとしなきゃね。それにし
ても光市までもよく行ったもんだ。そういうところが兄さんらしいね。
 新作の写真を入れておきました。ご笑納を。
 ミケランジェロとバラの話はまた今度しよう。今はめんどくさい。 
                                真より








弟へ

 写真をありがとう。これは「人形の家」のだな。このくっきり感はデジカメ
で出るものとは別だな。存在に血が流れている。やはり撮影の腕はおまえには
かなわない。
 撮影のことは詳しくないが、おまえのことには詳しいぞ。相変わらず率直を
通り越して辛辣だな。
 ローズガーデンには日本へ最初に入った薔薇「ホワイト・デライト」がある。
白の大輪で、この品種の母親「ホワイト・マスターピース」は世界最大の花径
を持つ薔薇の一つとして、よく知られている。福山のばら公園にもあり今年も
咲いた。見たところ15cmは超えているだろう。それに母親と同じく娘も花梗
が大きい。花冠とのバランスを見るときの基準になる品種だ。

 人形が帽子を被っている。もし被っていなかったら、撮影しただろうか。お
まえだったらきっと撮らない。パソコンもHPも、あの帽子のようなものだ。
無くても人形だが、無かったら写真もない。わたしにとって存在しない人形に
なる。薔薇の切り花コンテストでは花冠と花梗のバランスも必ず見る。審査さ
れる。最近になって気づいたんだが、ここ数年のうちに薔薇栽培を始めた人た
ちが増えたのはすばらしい話であっても、そうしたバランス、たとえば土壌と
薔薇の生長の関係や、有機物の変化について無頓着な人も増えた。それでもそ
の人たちは帽子ではなく人形の方だ。どんな帽子を被っているのか、また何も
被っていないのか。
 そうした情報を得るために必要だし、わたしの場合得るよりも与える側でい
たい。得るためにはどこへでも出かけていく。帽子を探す。どんな帽子である
かよりも、似合っているかどうかのことの方を探す。似合うときの存在は生き
ている。HPは自身にとって本音そのものなんだ。本気で発信し、受信には出
向く。そうするうちに、栽培されている薔薇の花のステムが最近になって昔よ
りも徒長気味なことにも気づいた。これは、手軽で効き目のすぐれた植物活力
剤・栄養剤が次々と販売され、最近の人たちが進んで利用しているからだ。そ
れらの製品は根が吸収しやすい。人のためのサプリメントに似ている。害虫駆
除剤・忌避剤のなかには土の有機的構造にかつてない変化を起こすものも登場
しているし、サプリメント類は土壌環境の好転につながっていない。土にとっ
て有害な農薬を以前使ってきた反動だろう。人々は似合わない帽子を脱ぎ捨て
るか、最初から被らなくなりはじめている。
 事の是非はともかく、薔薇も人形も人の手で生まれてきた。だが力はあくま
でも土や日光や気候のような自然界にある。そっちの側からすれば、人の方が
帽子だろう。似合っていればいいし、似合うべきじゃないかな。
 それに、文学的な匂いにしても、自分に似合う帽子だと思っている。捨てる
気はない。このHPにそういうのを感じる人もいれば感じない人もいる。どっ
ちでもいいさ。企業は帽子ではなく、本体なんだからな。わたしが帽子になり、
血を通わてみたいだけだ。おまえに撮ってもらえるようになりたいものだ。そ
れに、わたしよりもはるかに賢い人たちは、すでにサプリメントのみに頼るこ
となく堆肥などの有機物もしっかり与え続けている。そういう人たちは手と目
で感じている、土の実際を。
 HPはスタートしたばかりだ。やっと1ヶ月が経った。中身は全然スマート
じゃない。薔薇のように美しくない。だからこれからなのだ。親父から継いだ
仕事のように、その商品たちのように、わたしも洗練の極みという頂をめざす。
ヘリか何かで降ろされたような山頂に、最初から立っていたくない。
 死ぬまで見上げ続け、杖をついてでも山頂をめざすつもりだ。   
                                敬・兄






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       Road to Rosa synthesis






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