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忙中閑あり、
年間で最も行事の多い時期が過ぎ、やっと休日を得たところです。
ずいぶん前になりますが、わたしからの写真がKeiのHPにあるのを見て、
コメントと共によろこんで見ました。それに福山のバンクシア・ルテアも見応
えがあってよかった。
ところで、Keiの薔薇園は、最初から計画に沿って薔薇を植えたということ
でしたが、何か特に工夫したことがありますか? あらゆる品種、あらゆるタ
イプの薔薇を植えるに当たって、土のことや排水のこと、あるいはメンテナン
スの方針に関係することなどで。
あなたのHPを見ていると、内容のコメントからはそのことがよく理解でき
ない。わたしが園芸家協会で親しくしている数人の人たちは、薔薇を中心とし
た植栽歴の長い人たちだけれど、日本でのローズブームのことを聞いて、共通
のことや違いを知りたがっている。わたし自身、自分の栽培には何の不満もな
いが、進歩がないような気もする。
いくつかのガーデン・ガイドに沿って、わたしたちのオープン・ガーデンへ
も観光客が足を運ぶことはすっかり定着しています。個人の庭園を公開する意
義は確かにあります。遠隔地からの人たちがそうした目的を持って訪れ、会話
できるのは楽しみなものです。そんななかで、しばしばKeiの国のことと南
アフリカ共和国のこと、カナダの公園のことなどが話題になります。話題の中
心はそれぞれの園芸植物のことであり、どんな植物が新しく生まれ、植えてか
らどう育ったかのことです。そして最近になって多いのは、温暖化や豪雨の影
響の話であり、政府がどんな対策をとっているかといったことです。おそらく、
先日始まったW杯の地でも連日の高温が大きな話題となったに違いありません。
あなたがこちらへ来たときに言った「日本の夏期の高温」ぶりは、あの当時だ
けでなく今でもわたしはよく話題にしており、薔薇栽培の困難についてKei
たちがどのような対策をとっているのだろうかと、検索をしたり問い合わせた
りしています。
Daniel(Elmer)
6.4 2006 Letchworth
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親愛なるDaniel、
今から15年ほど前に、わたしのショップがあった商店街の中に「福山-ハミ
ルトン友好ローズガーデン」をつくりました。そのとき商店街組織の青年たち
を指揮して大がかりな花壇づくりに汗を流し、また届いた苗のうちの70%を
鉢植えすることに懸命になりました。このとき、皆で花壇のために土を掘り起
こした後、一人でさらに深さを1mにすべくスコップを握ったものです。
そのとき、掘っても掘ってもミミズが見つからなかったこと、歯が立たない
ほどの岩もなかったけれども、30mに渡って有機物は何も出てこなかったこと
から、しかもかつてあった有機物がすべて分解されているとの痕跡もなかった
ことから、腐葉土と牛糞バーク堆肥を大量に投入し、また他所からミミズを大
量に採集して薔薇の植え付け後の土へ放しました。降雨後の排水状態に何の問
題もなかったので、設備は特に造りませんでした。
トレリスもオベリスクもポールも必要としない品種群でしたから、わたしは
ガーデンの一角に立つ真新しいログハウスから眺めた情景を想像して、植栽上
の景観計画を立てましたし、近隣の子どもたちが遊ぶ場所としては高い塀で遮
ってある反対側に児童公園があることから、しかも実際に何度も尋ねられたこ
とがあったように、ショッピングモールを歩く人たちが見て入場料を必要とす
る所のように思いこむこともわかっていましたので、棘や設備による人身事故
の心配はありませんでしたね。
冬季に行う予防措置以外には、薬剤散布はほとんどしなかったですし、数々
の害虫たちも飛来しにくい環境が幸いしました。ですから、管理は労力以外に
は困難さを持ちませんでした。
わたしたちのモールが来街者へ提供する景観アメニティとして、順調に推移
しました。当時は現在のようなイングリッシュ・ガーデンのブームは到来して
いなくて、その意味ではオープン・ガーデンの先行でした。直線の街路を挟ん
で真向かいにわたしのショップがあって、毎日目が届いたことも大きな要因で
した、ガーデンを緻密で清潔な状態へ保つための。
夏の気温の高さは、確かに気になりました。ある年の夏、日本の西部全体が
渇水にあえいだことがあり、そのときには当局による給水制限にもかかわらず、
ずらりと並ぶ88鉢の薔薇へ素知らぬ顔をして給水したものです。日本ではどの
都市の中核も、グリーンスケールがたいへん小さく、露出している土壌はわず
かであり、したがって地域住宅や企業、工場への給水はすべて上水道が受け持
ち、地下水脈を調査することもできなかった。グリーンネイチャーとフラワー
ネイチャーをしばしば区別して と言うより、切り離して 考えやす
いわたしたち都市住民は、モダンモールの利便性の豊かさに埋没しがちです。
小さな緑地でがまんすることができ、点在する防災用公園が唯一の憩いの場と
しての役割を担わされ、樹々も花も点在するものでしかありません。わたした
ちの町全体を上空からヘリコプターで俯瞰したことがありますが、グリーンベ
ルトが無かったのはあらためて大きな衝撃でしたね。それだけ、人々は大いな
る自然と出逢うためにはちょっとした遠出や旅行をせざるを得ない。
昨年講演会が開催されたとき、わたしは公立の小・中・高のスクールのグラ
ウンドを、全面的にではなくとも樹々による小さな森にしたほうがよいと語っ
ても、反応は鈍いものでした。前例のないことを、人々はできれば実施したく
ない。やむを得ないのかもしれません。けれども子どものときから緑と花に囲
まれた就学をしていなくては、同じことの繰り返しをするだけのように思いま
す。つまり、具体的目標としてわたしたちの町は「百万本の薔薇の町」という
スローガンを掲げているのですから、現在の市域のままに「百万人の人口を持
つ町」とは必ず矛盾することへ、もっと注意を向けるべきなのです。自然の壮
大な潤いを市域外へ求めざるを得ない時代の持続とは、かねてから持論とする
「縮み行く日本人」を生みつづける歴史でしょう。わたしたち都市生活者の間
で、百万本と百万人が敵対関係となるであろうとの推測可能な事例がありまし
た。
それはハミルトンガーデンの鉢や花を夜間か早朝にクルマでやって来て、運
び去り、切り取る人たちの出現でした。後ろめたさがあるのか無いのかわかり
ませんが、鋏を持ってクルマから降りた彼らは、わたしが「この花を切り取ら
ないでください」と書いたカードを付けていたにもかかわらず、切って持ち去
り、鉢をいくつか倒し、カードをその場に破り捨てていました。
呆れるほどの悲しい、しかし事件としては小さな犯罪。その人たちのうちあ
る婦人は、目撃した人から注意を受けて、こんなにたくさんあるのだから少し
ぐらい、と答えたそうです。社交のマナーに厳しさの欠ける人々は、自らの微
罪に対してそんなにも寛容なのか……自分が実はショッピングモールで暮らし
たり働いている人たちの大きな善意を踏みにじっていることに思いが至らない
のです。
つまりわたしが言おうとしていることは、薔薇の栽培にあたり最も重要な問
題は、人の心の側にあるという事実のことです。都市全体が居住区に過ぎない
町の、大きな問題が見えているのです。
ただ、よき展望も開けていると考えています。それは、市民全体にとって心
の幸福感を求める先が 生活全般に亘って社会的な満足を得ているとして
も 渓谷や森林や山上、川や海へと向き始めていることです。アメニティ
の中核がテーマパークや遊園地、近代的な欲求を満足させる娯楽施設からそれ
らへ移行する時代がくるでしょう。人の心の変化のように、歴史は必ず変化の
道筋を選ぶものであり、決して同じことを同じようにはくりかえさないのです
から。
Kei
6.7 2006
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親愛なるKei、
ロンドンのクィーン・メアリーズ・ローズガーデンで手入れをしている友人
が、今年の薔薇の花が最も多く咲いている時期に、写真撮影をしていた日本人
から声をかけられてしばらく会話を楽しんだそうです。そのとき彼は思った。
観光目的が、訪問地にある物語再発見にあるようになっていると。少なくとも
そのような意識を持つ人たちが増えている。わたしも同感です。
そのような目的で来た人々は、決してマナーをおろそかにしないし、花を盗
むことはしない。それで満たされるような旅行をしているのではないから。
44歳で断頭台の露と消えたスコットランド女王メアリ・スチュアートの悲劇
の物語が、その日本女性の最大の関心事であったかどうかはともかく、クライ
ミングのクリムゾン・グローリーのガーラントに囲まれた薔薇園に、彼女のロ
マンと戦い、又姉妹だったエリザベス一世との確執が満ちているのは確かです。
わたしたちこちらの者と異なり、旅行者はその物語から何か教訓を得ようして
いるわけではないでしょう。触れることが重要な意義を持つのですし、それが
旅行のエッセンスというものだと思います。
ただ、人が多く集まれば集まるほどヒューマン・マインドが小さくなり、薔
薇の趨勢と矛盾するというあなたの考えには、少し奇異なことを感じます。あ
なたへの批判をして咎めを受ける覚悟で言いますが、あなたたちのローズガー
デンに、人々から慕われる物語が欠けていただけではありませんか? メール
の内容からそんな気がしました。もしも皆が共有する認識やアーティスティッ
クな印象深さがガーデンにあれば、花を切り取る人はいないでしょう。もちろ
んこれは、日本の皆さんがどのような国民性の人たちなのかを、わたしがただ
知らないだけのことかもしれませんが。
来週からしばらくアメリカへ行きますが、返事が遅くなってもよければまた
メールを送ってください。
あなたとあなたの街の人々へ、変わらぬ感謝の気持ちをこめて。
Daniel
6.10 2006 London
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旅先での親しいD、
わたしが敬愛している人物の一人、Rachel L.Carsonの思想
の根底には、知ることよりも感じることのほうがたいせつだという明快な考え
がありました。たいへん共感します。これまで数人の人たちへその考えのこと
を話し、大人たちの実感の確かさは子どものころの感受性の強さ、純粋さ、又
好奇心の強さに裏付けられると語ってきました。ともすれば、人と人との議論
や対話に知識と知識のぶつかりあいを見てきたからですし、相手から受ける印
象に好悪の感情が簡単に入り交じってしまう。
もちろん、共同で何かを実行しようとするときに、グループが賢明な態度の
価値を忘れていなければ、そのような感情を直ちに排除し互いに理解しようと
努め、目的に向かって歩調を整えることに努力するのもわたしたちの国民性で
す。
しかし現代日本の街角のパフォーマンスの一部には、前メールで話したよう
なマナー違反する自己に気づいていながら気づかぬ振りを通そうとする態度が
顕れやすいのも、事実です。最近の自分の目が、「隙間をすり抜けようとする」
実際の行動を多く見るものだから、つい悲観的になってしまいやすいのかもし
れません。
かつてメアリーのローズガーデンにPeterと立ったとき、7月の花々を
見渡しながらあなたの言うメアリーの悲劇を自分がどこまで実感できるだろう
かと考えました。そのとき、自分が実感できる唯一のものが『小箱の手紙』に
おける彼女の真情の吐露にあると思いましたね。ボスウェル公がどんな人物だ
ったのかは詳しくないままに、迸る恋心と暗鬱な野心が充満している手紙の束
から。
それから10年以上経った今になって、薔薇についてさまざまな経験を積み重
ねて、小さな実感はいっそう大きくなり、強くなったように思います。それは
人が本来持っている思い浮かべる力の強さが為せる技だと。薔薇という実際の
焦点を得て、わたしの中でメアリーを巡るさまざまな脈絡が網の目のようにな
っています。彼女はその中で、あのガーデンと共に生きている……そう思えて
くるのです。
エリザベス女王が、メアリーのほんとうの狙いがイングランド女王に即位す
ることにあると怖れていなかったなら、メアリーはもっと違った生涯を送った
かもしれない。1566年3月、8000の兵とエジンバラへ凱旋した彼女の
相貌は、どこまでも凛としたものだっただろうと、感じています。それは、次
に彼女が軍を編成して壊滅的な打撃を受けて敗走する姿とも重なるからです。
エリザベスを頼ってイングランドへ逃れたとき、女王は美貌も含めてすべてが
自分と対照的なメアリーへの嫉妬以上に、王権の大義と名誉をかたくなに守ろ
うとした。薔薇のステムに鋏を入れることを決意したときのためらいと葛藤は、
かなり複雑なものだったでしょうね。そのあたりも、イングランドで生活者と
なったことのないわたしでさえ、今は相当強く感じられてくるのです。そのよ
うな歴史の悲劇は、別の趣を持ちながらわたしの国でもいくつもあったのです
から。
辛い立場に陥ったとき、それは自分の心が鍛えられるチャンスでしょう。苦
しさに圧迫されればされるほど、目を大きく開き、耳に聞こえることのあれこ
れを捉えなくてはならない。その態度こそ、実は人が少年少女の時代に何をど
れだけ感じてきたかによって問われると思うのです。
そういうことと類似のことが、日本でのまた故郷での自然、気候の感覚にお
いても言えると思います。つまり「暑い」という感覚は、誰もが同じと錯覚し
やすいけれども、感覚の実際の中身は一人一人かなり異なっていることが、最
近わかるようになってきました。ただし少しでも身近である人でなくては何も
わかりません。触れ合っていなければ、そして親愛の関係が無くては、わかる
ものではない。でもわかるときには、暑さから逃れることができたときの快適
さまで伝わってきます。うまく説明できないけれども、たとえば握手したとき
の相手の手が感じている力を、そのまま受けていることと同じと言ったらいい
でしょうか。このことは、握手する習慣の少ない日本人であっても、共通に理
解できることです。
だからわたしたちはきっとわかりあえる。花を手折るな、花を生かせよ、と
いう思いとともに。
Kei
7.11 2006
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