日曜日、ケイジの中にウサギを入れて、女性が店に来た。見たことのある顔だ。
確か、2度目である。サンデッキに腰をおろすと話しかけてきた。「奥さんは今日
はいらっしゃいますか?」 ワイフは蕎麦うちの講習会に出かけて、2時ごろ帰っ
てきた。お客さんは、ワイフが戻ってくるまで待っていた。
実は、我が家にも「アド」 と名づけたウサギがいた。エリカを飼う前から室内
に放し飼いしていたが、結構なついて私たちを喜ばしてくれた。アドが老いてから
は夏の旅行ではエリカといっしょに蔵王にも連れて行った。最後は、八ヶ岳の旅
行先で亡くなったが、八年間、元気に家の中を走り回っていた。
7歳ごろから下痢が始まり食事が進まなくなった。理由がわからず、動物病院
に連れて行ったら、なんと歯が伸びすぎて物が噛めなくなっていた。はさみで
パチンと切ってもらったら食べれるようになった。お客さんはこのことを思い出し
て聞きにきたようだ。ウサギで思い出すことがもうひとつある。
音羽で塾をしていたとき、30過ぎの女性講師が、泣きながら出勤してきた。
「大事なうさちゃんが死んじゃったんです」 「……」 理事長やほかの男性
職員は、唖然としていた。「うさちゃんねー」 そのときのまわりの人たちの目
は同情しつつも冷たい表情をしていた。(だから独身長いのじゃないの?)
そんな声が聞こえてくるようだった。
ペットと飼主の関係はその人でなければわからない。人間の親子なら自分の
血がつながっているだけでも、その結びつきは絶大だ。ペットには血の結びつき
はない。だから、なお更、ペットと飼主の愛情の深さは、両者の関係次第なのだ。
かけがえのないウサギをなくして、職員室に現れた彼女の心の痛みを、私を含め
て、分かってやれた男どもは、当時一人もいなかった。
名前は確か、ベンジャミン
2002年5月14日 NO.53 「ウサギを見て思いだす」