久しぶりにモーツァルトの弦楽四重奏をパソコンで流しながら、キーを
たたいている。どうやらライヴ録音らしい。第一楽章が終わったところで
咳き込む声が聞こえてきた。聞き覚えのある曲だ。K428のようだ。本
当にこの曲は久しぶりだ。秋の夜長、心にずしんと来ていいものだね。

赤の安ワインが腹にしみわたる。それにしてもどうしてこうやって無料で
世界に名曲を配信してくれるんだろう。コマーシャルが挿入されているわ
けでもないのに。今、最終楽章が終わった。どうやらロンドンでのライヴ
コンサートだったようだ。何しろデンマーク語はさっぱりわからないので。

エリカが焼き鳥の匂いを嗅ぎ付けて私の部屋に入ってきた。相変わらず
鋭い鼻をしているな。まだまだ若いぞ。そう言えば先週の水曜日、夕方
例によって犬仲間のN婦人が雨の中を焼きたての酵母パンを持ってき
てくれた。毎週水曜日、私がまとめて買う、手作り豆腐とイクス・チェインジ

することになっているのだ。彼女はいつもゴールデンの女の子と一緒
なのだが、その日は連れていなかった。「あれ、今日はモモちゃん、一緒
じゃないの?」「こんな雨でしょう。ぬれたらかわいそうじゃない。それに
汚れるし。」そりゃそうだ。冷たい雨がしっかり降っている。エリカはそう

いうわけにはいかない。家に帰らなければならないのだ。帰宅する時間
になった。雨は音を立てて振っている。なんだかN婦人の言葉が耳に残
っていて申し訳ない気持ちになってきた。「エリカちゃん!帰るぞ!」 嬉
しそうに尾っぽを振ってわんわん吼える。私の心配もなんのその、元気

いっぱいだ。小躍りするように雨の中を走る。気分が良いのか、ぐっしょり
ぬれた枯葉の上で、また、始まったぞ、ゴロンゴロンが。全身、びっしょり
だ。思う存分、転がりまわれ、どうせシャワーで洗うんだから………犬は
分厚い毛皮を着ているんだ。たくましい女の子。それでいいんだ。

「ほら、おばちゃんとこの焼き鳥だぞ。」 
パソコンからは「新世界」が流れ始めた。秋の夜は続く……時計の針が
重なろうとしている。    
               2004年011月22日 NO.241「久し振りのモーツァルト」