先日の日曜日、町田に2年前オープンした美術館にエリカを車に乗せてワイ
フと出かけた。その美術館は町田の中心街からは少しはなれたところにあり
車でないと行きにくく、多少、不便なところにあった。それでも家から20ぐらい
で小高い丘の上にある美術館に着いた。
急坂を一気に上ると駐車場が2箇所ある。第一駐車場と書かれている方に
入った。車は一台もなかった。日曜日の穏やかな日のお昼前である。車を降
りて辺りを見渡した。遠く町並みが見える。環境としては決して悪くない場所
だ。だが、私たち以外に人がいない。今頃、スーパーの三和にはお客があふ
れていることだろう。皆、一万円以上の買い物をしてレジに並んでいる光景が
眼に浮かぶ。果たして、美術館はやっているんだろうか?中に入ると感じのい
い女性が丁寧に迎えてくれた。私たちはワイフがもらった無料の招待券を彼
女に渡した。受付嬢は快く館内の説明をしてくれた。
最初の部屋にはロダンの作品が展示されていた。ロダンの作品はたくさん世
界に出回っているが、コンパクトにかなりの作品が集められていた。。私のお
目当ては上の階の展示室にあった。ユトリロの作品である。ワイフとその部屋
に入って行った。・・・・・・・・・・・
あれは30年近く前のことであった。会社の休みの日、私は昼過ぎに鷺沼の
マンションを出て田園都市線に乗った。バッグを電車の吊り棚において本を読
もうとポケットから単行本を取り出しながら何気なく、私の前に座っている女性
の顔を見た。辛そうに眼をつぶっている彼女を見てびっくりした。
彼女は体調を悪くして午前中で仕事を切上げて家に帰るところだった。彼女
は私の顔見知りの女性だった。私はこれから渋谷でやっているユトリロ展を見
に行くところであること、そして、お大事に、と告げて彼女と別れた。私はユトリ
ロの作品を観て、何枚かの絵葉書を買った。今思うと、私は大好きなユトリロの
作品を当時、上の空で観ていたようだ。電車の中で合った彼女が気になって
ユトリロどころではなかった。家に帰って彼女にすぐ電話をした。体調の具合の
ことを聞いたあと、ユトリロ展で購入したハガキを送りますと、と彼女に言ったら、
彼女は「直接、頂きたいわ。」と言った。・・・・・・・その彼女が今、私と一
緒にユトリロの絵を観ている。
ユトリロの白の時代の1910年代の作品はすばらしい、精神病院を出たり入っ
たりした頃の作品なのだが、心を打たれる。20年代に入ると色調は明るく、画
風が直線的で精密に描かれるようになる。同じ風景がまるで別人が描いたよう
にみえる。晩年の作品は色調こそ違うが初期の作品に近いものがある。渋谷
で見た時は、こんな違いに気がつく余裕がなかった。私はニヤニヤしながら隣で
真剣に絵を観ているワイフの顔を覗き込んだ。
帰りの車の中でワイフに聞いてみた。「昔、絵葉書をあげたけど、あれ何だった
っけ?」「ユトリロでしょう」 車の中で待っていたエリカの頭を撫でながら
ワイフが答えた。
2007年01月16日 NO.336 「ユトリロの思い出」