マスターの日記


    
NO.572「ボンジュール・パリ」 2022年1月4日(月)

 令和4年のお正月の三が日、北の国は大雪のよう
だが東京は真っ青な晴天の日が続いている。コロナ
のおかげで外出といっても町田の中にとどまってい
る。この時期、知人のOさんは日本にいない。

ボストンバックを掲げて彼の第二の故郷フランスの
パリの裏通りを口笛を吹きながらブラブラ歩き回っ
ていることだろう。Oさんはふらっとカフェテラス
Erikaに顔を出す。今はもういない私の愛犬エ

リカに禁じているおやつをこっそりあげて何食わぬ
顔をして部屋に入ってくる。私もそれを知りながら
にっこり挨拶をする。たまたまOさんは大学の先輩で
もあり、お互いに話始めると止まらない。政治、経

済、文学、音楽…… そして必ず、パリの話題にな
る。哲学科に在籍しながら学生運動、労働運動にエ
ネルギーを注ぎ、大学は中退している。その後、建
設会社を設立し、仕事と趣味を愉しみながら両立さ

せてきた。私は心の底から彼を尊敬してきた。人柄
それがすべてである。仕事を完璧にこなし、年末に
なると彼の故郷パリに鞄をぶら下げて消えてゆく。
その行いに戸惑っていた奥さんは、いつしか年末に

なると彼のために旅行支度を整えて、「はい、こ
れ」と言ってOさんに鞄を渡すのである。彼が気まま
な旅ができるのも奥さんの理解があってのことであ
る。

 Oさんは以前、大学の同期の友人との会合で作家の
澤地久枝さんから本を書くのなら元気なうちよ、と
アドバイスされていた。仕事の合間のわずかな時間
をさいて書き上げたのが「ボンジュール・パリ・オ
ールヴォワール」(近代文芸社)である。

 私が尊敬していたO氏こと大草貫治さんは昨年、亡
くなられた。しばらくの間、私は何も手がつかなかっ
た。先日、彼が書き残してくれた「ボンジュール」を
ゆっくり読み返した。そこには彼流の愛するパリが

生き生きと描かれている。私は彼と並んでモンマルト
ル界隈を歩いていた。
口笛を吹きながら階段を上ってくるOさんの足音が聞こ
えてくる。「よう!ボンジュール!」あの人懐っこい
笑顔はErikaでもパリでも全く変わらない。