支部長 涙の談・・
昭和49年私が白帯だった頃師範は大学の監督に就かれており、全国大会の表彰台にすでに昇られてました。
師範の足の具合もそれほど悪くなく、気の弱い私はそれはそれは恐ろしくて気絶しそうな稽古の毎日を送っておりました。
組手など超ゆっくり動いてもらうのですが、いつ蹴られたのかも分からないまま壁まで蹴飛ばされ、足払いで跳ね上げられては床に背中から落ちて行き、もはや殺される前に殺そうと最高速で飛び込んでも、ハエを払うくらいにフンッとはじき飛ばされ、師範の汗の一つも見る事が出来なかった。
師範指導の4時間程度の稽古はざらで、同じ注意は二度と受けまいと道場では一度も笑った事はありませんでした。
気が抜ける様な寸止めも全員した事はなく、寸当て止めで組手してました(師範は止めてくれてました)。
でも痛さより恐ろしさの方がまさってたので、痛いと思った事もなかった。 あの当時の合宿ビデオがあれば、今確実に「吉本」より笑える・・。
絶対に・・。
あれから30年が過ぎ、白鬼は、まんまるの仏様になっていた…。
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