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田辺聖子 |
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たなべせいこ。1928年大阪生まれ。樟蔭女専国文科卒業。 1964年「感傷旅行」で芥川賞、1993年「ひねくれ一茶」で吉川英治文学賞を受賞する。 |
著書は「ここだけの女の話」「窓を開けますか?」「夜あけのさよなら」「文車日記」
「人間ぎらい」「姥ざかり」「新源氏物語」「姥ときめき」「おせいカモカの対談集」など。 |
| 田辺聖子の古典まんだら 2011年1月発行 新潮社 ISBN 978-4-10-313430-5 上下巻とも 1400円+税
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作者はこれまで、古典文学を素材にした小説や、古典文学の解説本をいくつも書いてきた人だから、この本も安心して読める。 古典といえば、方丈記や徒然草、枕草子それに源氏物語を思い出す。高校の古文で無理やり勉強させられ、ついには古文がひどく苦手な生徒になった記憶がある。日本人の大半は、「古典嫌い」のDNAが、体の奥深くまで染みこんでいるのではなかろうか。 それなのに私自身は、かつて和歌文学にかなり熱中した時期があり、源氏物語を原文で読もうなんて無謀な意欲をもやしたこともある。だけど、現在(2012年2月時点)は、熱意がすっかり冷めている。 したがって、この『田辺聖子の古典まんだら』は、買ってから1年たつのに、上下巻をひととおり軽く読み飛ばした程度でしかない。すっかり中年おやじになった私には、恋愛や愛欲まみれの世界は縁遠くなっているから、この本で紹介されている『源氏物語』、『とはずがたり』は、あまり関心をもてなくなっている。 古典など読んだことがない人だったら、もしかしたら古典文学は高尚で、優雅で気品に満ちた世界が描かれてると勘違いしているかもしれないが、決してそんな上等なものではない。だから田辺聖子さんは、古典文学を必要以上に高く評価していない。もったいぶった評価もしていない。 『平家物語』、『宇治拾遺物語』、『百人一首』 なども紹介されていて、それぞれの時代背景がわかるように書かれている。 たとえば『方丈記』を書いた鴨長明は、源平合戦のきっかけになった保元の乱の頃に誕生し、鎌倉時代初期まで生きた。人生は丸ごと争乱の時代だったから、戦争や天災で荒れ果てた京都をみて過ごした。餓死者が道ばたにあふれているようすが『方丈記』に書かれているようだ。 ただし、鴨長明は粗末な小屋で一生をすごした哀れな人物だったわけではなくて、和歌の世界では藤原定家や後鳥羽上皇と肩を並べる第一人者だった。鎌倉では第三代将軍の実朝と面会しているから、当代きっての有名な文化人だった。 |
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田辺聖子の今昔物語 平成5年12月発行 角川文庫 470円+税
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今昔物語は平安時代末期頃にまとめられた物語集である。インドと中国の話および仏教説話が多いが、田辺聖子さんは、「本朝世俗部」からおもしろそうな物語をひろい集めた。「本朝世俗部」とは、日本の俗世間を舞台にした短編集で、教訓や説教は含まれていない。 このサイトでは、すでに「強欲な地方長官(藤原陳忠)の話」など、今昔物語から引用している個所がある。ほかにもいくつか引用したつもりだったが思い出せない。ともかく、私にとって今昔物語はなじみがある。 貴族や皇族が登場するラブ・ロマンスや現代の短編小説にも載っていそうな小話のたぐいも、この本に収められている。たとえば藤原高藤という貴族は、京都から山科に鷹狩りに行って、雨宿りした農家で美しい少女を見そめた。 強盗や出家、鬼、恋の逃避行、大金持ちになる方法などもあってバラエティに富んでいる。これらを読むと、平安時代も現代も、人の心や好みはそんなに変わっていないと実感する。 今昔物語を紹介する本では、「この物語がとりわけ面白いから、是非とも読んで欲しい」と強調しているものはなさそうだ。 田辺さんの場合も同様であって、「興味の尽きないたくさんの物語が盛り込まれているので、そのうちのいくつかを選んでみました」というスタイルをとっている。 文学の学者さんだったら、原作にできるだけ忠実な現代語訳を心がけるだろう。しかし、田辺さんは小説家だから、読みやすさを第一にしており、古典文学の基礎知識などいらなし、ありふれた短編小説集として寝ころがりながら読める。 それに、ひとつずつの短編はどれも数ページで終わり、ほかの短編とのつながりはないから、手の空いた時間に読める。 |
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夢のように日は過ぎて 平成4年11月発行 新潮文庫 ISBN 4-10-117521-7 388円+税
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題名が気に入ったので、図書館で借りた。題名だけで引き込まれたといったほうがよい。「夢のように日は過ぎて」は、なんて気分のいい言葉なんだろう。 ( 主人公 ) でも、本文を読んでも、何が「夢のように」なのか、ひまひとつぴんとこない。芦村タヨリという30代独身女性が、元気に生きている姿がえがかれている。 デザイナーの仕事をきちんとこなし、明るい性格で男友だちも多い。タヨリさんは、相手の男しだいで20歳から35歳まで幅広く さばを読む特技がある。いいことだ。 田辺聖子さんは女性から好まれる作家だと思う。 ( 小説の方言 ) 「悪いけど男は着るもんに興味ないねん、着てないほうに興味あんねん」 「死ね、阿保。非文化人」 「神サンが、男をこない作りはってん、文句あンのやったら神サンにいうてんか」 近くの席にいる常連の大学の先生が一人で飲んでいて、 飲み屋での会話を引用したが、関東の住人としては、言葉のおもしろさがさっぱり伝わってこない。標準語の小説しかないのは淋しいが、関西ローカルの文章もまた、なじめない。 河内弁は、関西でも特徴がある方言らしくて、この小説でもおもしろおかしい調子で問題にされている。 だけどねえ。京都、奈良、神戸などと較べて、河内弁はどこがどう違うのか、私には見分けがつかない。田辺さんはおそらく、地に足がついた言葉で小説を書きたいのだろうけど。 ( 気楽に ) 「夢のように日は過ぎて」は深刻なテーマなどなくて、元気の素になる小説だから、むずかしい顔をせずに、寝そべって気楽に読み散らすのに向いている。 |
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