呉 兢


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呉兢(ごきょう)は唐代の史家。

編訳者、守屋洋(もりやひろし)は昭和7年宮城県生まれ。東京都立大学中国文学科修士課程修了。著述業、講演業。

著訳書は「戦国策」、「史記」、「三国志」、「諸葛孔明の兵法」、「中国名将列伝」、

「中国宰相列伝」、「人間・孔子」、「中国人の交渉術」、「孫子の兵法」など。

貞観政要

 

 

 

 

貞観政要

1975年12月発行

2009年6月25刷

徳間書店

ISBN

978-4-19-241999-4

1900円+税

貞観政要

2010年1月読了

( 豚に真珠、猫に小判 )

 うっかり、帝王学の本を読んでしまった。ひらひらの平サラリーマンでしかない私が帝王学を読んで、いったい何の役に立つというのか大いに疑問だ。

冷静に考えてみたら、これから戦国大名になる予定はない。それに、新日鐵やソニーあるいはトヨタの重役に推挙される可能性もまたほとんどゼロに等しい。これじゃあ帝王学を修得しても、活用する機会がないぞ。

 しかし、まったくの他人事と放りだすのは早計だ。すっかり忘れていたが、私の皇位継承順位は第376位なのである。あらためて解説するまでもなく、第1位は皇太子殿下、第2位は秋篠宮殿下である。私は「鷺宮殿下」と呼ばれている。

だから巡り合わせによっては、即位する可能性が高い。こればかりは運の問題なので、先は読めないが、前もって帝王学をまなんでおいてもムダにはならない。

( 貞観の治 )

 全編にわたって、王者たる者は、どんな心構えで政治をおこなえばよいかが問われている。古くは北条政子や徳川家康も愛読したという。現代では私の愛読書になっている(笑)。

この本は唐の2代目皇帝、太宗(李世民)と臣下たちとの政治問答集であり、太宗の没後50年ほどたって、呉兢という史家が編纂した。

 太宗は随末の戦乱期に抜群の戦功をあげたが、兄で皇太子の李建成のねたみを買った。ぐずぐすしていると自分が滅ぼされかねない状況になったので、李世民はついに兄を倒した。

そして626年、年号を貞観とあらためて、以後23年にわたる「貞観の治」が始まる。日本は大化改新の前の時代であり、イスラム帝国の草創期でもある。

( 反面教師 )

 帝王たる者は、人民が安心して暮らせるように、みずから心を砕いて治世に当たらねばならない。帝王がおごり高ぶって苛政を敷くと国が乱れる。

隋の煬帝はまさに悪政を行ったから、人心が離反した。その結果、唐が起こった。2代目皇帝太宗は随を反面教師として、善政を重要な課題にした。

( 現代はどうか )

 そこで、いまの平成の御代をふりかえると、いくぶんか国政の乱れが見られる。

民主党の小沢幹事長が業者から4億円もらって私腹を肥やしたのではないかと疑われている。鳩ぽっぽ首相は、お母さんから多額のお小遣いをもらっているから、けしからんと国民は怒っている(2010年1月現在)。

正確にいえば、マスコミが国民の「ひがみ根性」に火をつけているだけだ。たかが4億円ぐらいで騒ぐなんてみっともないぞ。鳩山首相は大富豪のおぼっちゃまなんだから、お小遣いのことまで口出しするのはどうかと思う。

 世間話はさておき、肝心の『貞観政要』だが、いまの私に役立つことは、ただの一つも書かれていない。治世の要諦とか人材登用といわれても、これから私が、いったい誰を登用するのだろうか。

後継者の育成、名君の条件だって? 私は平サラリーマンだから、後継者といっても、うだつのあがらない人材を養成すればいいのかな? そんなわけで、そのうち即位してから改めて『貞観政要』を熟読することにした。

(人生、意気に感ず)

 この本のなかでも、側近ナンバーワン魏徴(580−643)との問答がひときわめだつ。魏徴には「述懐」という詩があって、唐詩選の巻頭に収められている。

中原、初めて鹿を逐い

筆を投じて戎軒を事とす

縦横の計はならざれども

慷慨の志はなお存す

策によって天子に謁し

馬を駆って関門を出ず

(略)

季布に二諾無く

侯贏は一言を重んず

人生意気に感ず

功名誰か復た論ぜん

 

 

 

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