小笠原諸島(1)
| 永遠の生命を得るという黄金の林檎をもとめて、私ども248名は遙か南太平洋へと船出した。勇者ベン・ハーを提督とする探検隊は、巨人国の沖合を通過するまでは順調に航海していた。 |
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| 海賊ネアンデルタール人の大艦隊から襲われたときも、ゲルマニア民族の傭兵隊が奮戦してくれたおかげで、ほとんど無傷のままだった。しかし、目指すオガサーワラ大陸に上陸しジャングルに分け入ってから、本当の戦いが始まったのである。 | |
| 黄金の林檎を守る三人の歌姫は、わが探検隊を歓迎してくれたが、華麗で美しい歌声を聞いた者はみな、たちまち岩と化した。 ラピュラス中佐も鷺ノ宮殿下も、こうして若い命を奪われた。 皇帝ナポレオンも遠征を企てたアトランチス大陸に向けて、私たちは別働隊を派遣した。かれらは原始民族と遭遇し、用意された巨大な風呂での入浴をすすめられた。 |
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| 旅の疲れを流していると、お湯は熱くなり、ニンジンやタマネギ、化学調味料も放り込まれたと連絡があった。それっきり音沙汰なしである。あー無情やなあ。 ぶじ生き残って故国に帰ったのは、人間では私ひとりだった。辛苦をともにした愛犬ゴンタも元気である。こんなでたらめを書き並べたら、小笠原諸島のみなさんが気を悪くするだろうから、以下はまじめにやろう。 西遊記ご一行さまはホームページのおもちゃ箱より。 |
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| 小笠原諸島は初め、ハワイ系やアメリカ系あるいはドイツ系の人たちがやってきて住みついた。だから多民族島なのである。とはいえ明治初期にみんな帰化したので、どなたも日本人だ。
上陸して早々、私は長ズボンの普段着に着替えたが、それでは暑くてたまらないので雑貨屋に行き、半ズボンを買った。ちなみに、背広などのビジネス洋品はだれも買わないらしくて、店には置かれていない。 |
| 服装 | 本土の冬から春にかけては、小笠原諸島もそれほど暑くないようだ。それ以降は半袖シャツだとすぐに日焼けするので、出かけるときは長袖シャツで腕を覆ったほうがよい。私は失敗した。 |
| 水着 | 海岸に出ると、普段着のままで水遊びをしている婦人がいたので、奇異に思った。へたに水着で泳いだりしたら、日焼けして、あとが大変なのだろう。 |
| 飲み水 | 父島も母島も集落を一歩離れると、飲料水の自動販売機はまったくない。大きめのペットボトルを買っていかないと、のどが渇いた場合、どうしようもなくなる。美人のみなさんはそんな時、通りがかりの男をつかまえ「町に引き返して、私のために買ってきてね」と頼む方法もある。 |
| 交通 | 乗合バスは走っていないので、レンタカーやバイク、自転車を借りて、自分で島内観光をすることになる。念のために付け加えると、無免許運転は小笠原でも禁止されている。 |
| 保険証 | 小笠原への往復は最低6日かかる。その間に病気になったら困るので、保険証を持っていきたい。保険証がないと、おそろしく高額な診察代を請求されることになるので御用心。 |
| 民宿の電話番号と予約状況は.小笠原村観光協会で一覧できる。 個人HPではようこそ小笠原ガイドブックへが詳しく書かれている。 定期船は小笠原海運が運行しており、予約と空席、料金、運航日の確認もこちら。 島では海中散歩を体験したいが、私にはダイビングの機会はなかった。この話はMistyMoonlightRoomさんの小笠原航海記が参考になるだろう。 |
| 小笠原は東京港からちょうど1000キロ南にある。父島は面積24平方キロほど。 世界地図をひろげると、インド北部、アラビア砂漠、エジプト、アメリカのマイアミといったところが小笠原と同じ緯度にある。 |
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| 写真は父島の大村地区で、小笠原諸島の中心地。「大村」という地名そのものが、もっとも大きな集落という意味かなと思う。 大村には役場や警察署、商店や民宿あるいは飲み屋がある。 パンフレットをみると消防署はない。だから、たき火とキャンプは禁止されている。 |
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サンゴの海
| 海岸は白い砂浜に見えるが、サンゴのかけらがうんざりするほど積もっている。水中は意外と岩が多いので、裸足で泳ぐとケガをするかもしれない。また、島にいるときはサンゴなど珍しくもないが、帰りには拾っておくのも良い。 |
夜中までご苦労さん
| 静かな田舎町のような感じだが、夜になると酒できげんが良くなった人たちが大声で話しながら行き来するので、真夜中に起こされることもある。 でも、「うるさいね、何時だと思っているんだい」と怒鳴る人はいない。太平洋の真ん中にある島だから、他人さまの行状にいちいち口をはさんでいたらぎくしゃくするのだろうか。 |
楽しみは
| 土曜日の午後、港にでると、岸壁に小学生以下の子供たちが何十人も集まっていた。40人はいた。何事だろうと近寄ると、みんな海のほうを見ている。珍しい事件があったのではなく、岸壁のすぐ近くで3人の男が船に乗り、漁をしているだけだった。 それでも子供たちは、期待に胸をおどらせながら目を輝かせていた、という形容が似合う表情で日焼けした男たちをみつめていた。女の子はおとなを頼もしく思ったか、男の子たちは自分もあんなふうにたくましくなりたいと憧れたか。 楽しみといえば電子ゲームだけという都会の子らに較べて、よほど豊かな休みをすごしているんだなと、こんなことが気になった。 |
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この写真は、大村の裏山になる三日月山の上から撮影した。標高200メートルほどなのに、海岸まで断崖絶壁になっている。 向こうに見えるのは兄島で、その1000キロ先に東京がある。左は西島。 |
| 小笠原諸島の周囲は9月から11月にかけてマッコウクジラの母子集団がとおくに見えるそうだ。そこで1時間ほど、三日月山の休息所から海を眺めていたが、クジラが潮をふいたり、水面にジャンプしたりという光景にはお目にかかれなかった。 イルカと一緒に泳いでみたいという夢も実現しない。こういうことは地元の人にガイドしてもらわないと駄目なようだ。あー残念。 |
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これはハイビスカス。暖かい地方なら、小笠原でなくても見かける。 赤く大きな花は、女性が髪にさせば似合う。男である私がやれば、道行く人が絶句し、吐き気をもよおす恐れがある。 |
| こちらはマンゴーだと思う。なにしろ、小笠原では見たこともない植物がいっぱい生えていて、何がなんだかわからない。 でも、幹の先に大きな果実が数十個、たわわに実っていた。うしろの暗い部分はガジュマルという樹木で、枝のあちこちから根が垂れ下がり、それが地面に達すると、そこから幹が生長していき、いつしかガジュマルのジャングルが出来てしまう。 |
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| 松や杉、檜といった本土ではふつうに見る樹木は、小笠原には生えていないようだ。このほかに島で見かけた植物を書きならべてみる。 |
| タコノキ | ソテツやパイナップルの木に似ているが、幹の下の方から根がいつくも枝分かれしており、その様子がタコの足を思わせるので名づけられた。 |
| ゴム | おなじみのゴム。誰かが持ち込んだのか、母島のジャングルで数本、すくすくと育っていた。 |
| トックリヤシ | ヤシの木だが、幹の部分が酒の容器である徳利に似てふくらんでいる。トックリモドキヤシという亜種もある。 |
| メグロ | 島のあちこちで見かける。スズメとおなじくらいの大きさで、体全体は鶯色だが、目の周りは黒くなっている。 |
| カエル | 夜になると、がまガエルよりも小さい種類のカエルがいっぱい出てきて、げろげろ鳴き騒ぐ。農協のせまい駐車場に20匹くらいが集まっていた。カエル共和国の会議でもあったのだろうか。 |
| 山羊 | 町からすこし離れた林の中で、野生化した家族連れのヤギを見かける。天敵がいないのか、めえーめえーと陽気に鳴いているので、すぐ分かる。 |
| カラス | 不思議なことに一羽もいない。 |
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http://www7a.biglobe.ne.jp/~katatumuri/ogasawara/ogasawara10.htm |