雑記帳(平成20年9月分)

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更新状況  20/09/26(金)
 飽きもせず、つまらない小説をでっちあげて喜んでいる。今回は「熱心な学生」という題にした。いまは「ケイタイ小説」が流行しているらしいが、あいにく読んだことがない。想像だけで言うと、当方の駄作小説とレベルは違わないのじゃなかろうか。

先日から森鴎外のページを再開している。これは6、7年ほど前に作ったもので、ほとんど書き換えないままアップした。鴎外の短篇は現代作家が手本にするほどのうまさだが、歴史長編はそうではない。新聞連載時から「難しすぎておもしろくない」と不評だった。

江川太郎左衛門も同様で、かつて作ったものをアップしたまでのこと。現代では無名だが、幕末当時は軍制改革者として有名だった。ところが昭和20年以降、軍事面で活躍した人々は、歴史家から故意に無視されているような気がしてならない。

 

高校の参考書  20/09/24(水)

 先日、高校生向け「政治・経済」の参考書を買ってきた。これでも三流大学を卒業したので、いまさら老骨にむち打って受験勉強を始める必要はない。ものごとの基本を知りたければ、中学生や高校生のために書かれた本がいちばん良いという話をしたいのである。

たとえば新聞では「ワーキング・プア」などと片仮名ことばで書いている社会問題を、参考書は基本にたち返って次のように説明している。

「労使が結ぶ雇用契約は、どうしても経済的弱者である労働者に不利になるので、国は人たるに値する生活を保障する最低基準を法律で定め、劣悪な労働条件を禁ずるのはもちろん、さらに向上をはかるべきとされている」

新聞やテレビは速報性があって便利だが、制度と較べてどんな問題点があるのか、どうすれば良いのかは教えてくれない。たとえば報道ステーションの司会者古舘伊知郎はどんなニュースでも怒るしか能がないのだから、この番組は世の中を知るにはまったく役立たない。

高校生用の本は、著者が名前を売るために書くのではないし、受験対策は二次的な目的にすぎない。高校生に社会的な教養を身につけさせるのが本来の目的なので、おとなにとっても常識を知るうえで便利だ。

 

フェルメールの絵  20/09/22(月)

 下の絵はオランダの画家ヤン・フェルメール(1632−75)が描いた「マルタとマリアの家のキリスト」である。宗教画は故事を知らないと、画家が何を表現したいのかわかりにくい。

かといって、理屈で鑑賞するのもつまらない。この絵の場合、人物たちが強いコントラストで表現されているのに惹かれれば十分かと思ったりする。イエスに後光が差しているけど、わざとらしいので敬虔な気持ちになれず笑ってしまう。あー、罰当たりな感想だ。

フェルメール筆「マルタとマリアの家のキリスト」

 この絵は新約聖書「ルカによる福音書」10−38で登場するマルタとマリア姉妹にちなむ挿話である。マルタはイエスを自宅に招いて、もてなしのためにせっせと働いた。でもマリアは座ってイエスの話に耳を傾けていた。そこでマルタは「手伝うようにおっしゃって」と頼んだ。

「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」とイエスは答えた。

それで、イエスさんは何を言いたかったのかな。聖書は韜晦趣味が目についてわずらわしい。マルタとほとんど会話をしていない段階で、イエスはなぜ彼女が悩み、心を乱していると察したのだろうか。

 

自分を認める  20/09/19(金)

 週末恒例の駄作小説は「観光パンフレット」という題名にした。個人ホームページに載っている小説に傑作があるのだろうか。きちんとしたものを書ければ商業誌がほうっておかない。私の場合、いいかげんな話をほいほい思いつくので、自己満足のために書いている。

 さて前回「自殺原因のトップはうつ病である」という警察庁の資料を引用したが、この資料は統計数値をただ並べているだけなので、無用な不安感をあおっているのではなかろうか。警察庁は思慮が足りない。

うつ病は気分がすぐれない。パニック障害(=不安神経症)はこのままではどうかなるとおびえるし、死の恐怖に見舞われる大変な病気だ。しかし体験者として断言するが、死ぬことはないし気違いにもならない。

知人がこの雑記帳を読んで「文章では大変そうだけど、本人は意外としっかりしているね」と拍子抜けしたような言い方をすることがある。どうやら、私はとっくに気が狂っていると期待(?)したのに、まともな話をするのでがっかりするらしい。

 症状がすっかりなくなれば天国だが、当分は無理だろう。これからも「うつ病チェックリスト」に載っているさまざまな症状がつきまとってくる。かつてとは変わった自分を認めるのが大事なのだ。天命を知るとはこういうことなのだろう。

 子曰はく、吾十有五にして学に志し、五十にして天命を知り、六十にして立たなくなる。

 やる気と元気があふれている人にお説教したり、激励すれば有効な場合があるだろう。しかし精神疾患で悩んでいる者にとって、偉そうなご高説は迷惑このうえない。みんなと同じに出来ないのが現実なのであって、甘えているのだと勘違いされては困るのである。

拭沢油吉

 

自己診断  20/09/16(火)
 警察庁の資料「平成19年中における自殺の概要資料」によると、自殺原因のトップは、うつ病である。そこでこの話について感想を書いてみたが、自分の感覚に合わないので削除した。

私は3年前にパニック障害がひどかった頃、地獄を見たような気がしたが、自殺はちらっとも考えなかった。逆に生きているのは、ただそれだけでありがたいという思いが強くなった。

ところで、うつ病を経験していない人は、病名は知っていてもどんな病気なのか見当がつかないだろう。胃腸や心肺、血液などは検査することで、画像や数値で結果が出る。しかし神経は物理的な検査ができない。

でも「うつ病 チェックリスト」をキーワードにして検索すれば、かなりのサイトで具体的な症状が列挙されており、自己診断もできるので、少しはイメージが沸くだろう。

 念のために書いておくが、不安感につけこんで、本や資料を数万円で売りつける悪徳サイトが多いので気をつけよう。気力が極端におとろえた状態では、判断力もにぶっているのをお忘れなく。

残念ながら「あなたはうつ病です」と判定されたら、精神科や心療内科の専門医に相談したほうがよい。精神科のもつイメージは悪くて抵抗感がある。しかし、うつ病は神経の働きがうまくいっていない状態をいうのだから、絶望するには及ばない。

観月ありさ  浅井慎平

 

バランスを取る  20/09/13(土)

 昨日は診察日だったので、今後の見通しを質問したら、主治医は平然として「これからも薬を飲むことになるね」と言い放った。私としては薬と無縁になれる時期を知りたかったのだが、期待ははずれた。

でも希望に合わない託宣をしても、私はショックを受けないと主治医は判断しているのだ。これまでに病名もいろいろ付けてくれた。うつ病、パニック障害、過呼吸症候群、不安神経症、適応障害それに不安障害など。ほかにも病名はあるが忘れた。


レーダーチャート

 病名をつけるのは医者のつとめだから、いろんな病名をひねり出す。上記の病名はどれも、私の不安感が原因になっている。

レーダーチャートにたとえれば、不安感が左下のように突出している状態だ。だからアホ状態を治すためには、生活のさまざまな面でバランスを取るように心がけるのが大事だ。


悪い面だけに気を取られていてもダメなのである。悩み、欠点、症状を克服するのはものすごく難しい。別人のように生まれ変わった人など見たことがない。できない事にふりまわされるのは無駄な努力だから、方向転換を図ったほうがましだ。

 

妥協  20/09/12(金)

 凝りもせずまた駄作小説をアップした。「熱いふたり」という題名にした。だが、こまったことにネタ切れになって、あとが続かない。むろん皆様にとって、読むに堪えない小説が途切れるのだから、それはそれで慶賀の至りでありましょう。

だけど仕掛品が14作品もあるので、来週金曜日までには14作品のうちのひとつを、意地でも駄作小説にでっちあげる。最高傑作や名作を追いかけていたら、いつまでたっても何も作れない。100点をひとつねらうよりも40点を3つ積みあげたほうがよい。

 それはそうとして、うつ病&パニック障害の4年生になっている。胸が痛くなったり気分がふさぎ込んだりは終わりそうにない。完治を目指しても果てしないから、持病だと思うことにした。病気は天からの贈り物だ。

私と較べて、難病で苦しんでいる人は世の中にいくらでもいる。少なくとも私はあと60年、閻魔大王からのお迎えは来ないと思う。たとえ来たとしても追い返す。

 

池 大雅  20/09/10(水)

 本名は池野秋平(1723−76)。号は大雅。江戸時代の画家で書家。南宗画の第一人者。京都の西陣で生まれた。父は銀座の手代。14歳で柳沢湛園から画法と彩色法を習う。

15歳のとき東山の双林寺門前で菱屋嘉左衛門と名乗り扇屋を開店。職業画家として出発し絵を売ったが、さっぱりだった。

それでも、お町(1727−84)という女が押し掛け女房になってくれた。雅号を玉瀾という。ひどい貧乏をしても、ふたりは幸せだった。のちに名声を得ても、夫婦はお金に無頓着で、泥棒から30両盗られても気づかなかった。

旅立つときに大雅は筆を忘れた。お町があとから追いついた。渡されると、大雅は両手で押しいただいて、礼をいった。「どこのご婦人か存じませんが、ご親切に拾って下さった」一方、お町も頭を下げてそのまま帰った。

 東北地方を旅したとき、馬をやとった。酒屋の前をとおると馬方が飲みたそうな顔をした。飲めない大雅は、「馬の上で待っているから」と店に行かせた。馬方が飲み終えて店をでると大雅と馬の姿がみえない。

あせった馬方はほうぼう探した。あきらめて家に帰ると、厩には馬がいた。大雅は何も考えずに、おとなしく乗っていた。

いくつじゃと問はれて片手あけの春

50歳の春に、年齢を聞かれて俳句で答えた。永井路子『歴史を騒がせた夫婦たち』、雲英末雄校注『俳家奇人談』岩波文庫より。

 

ピューリッツァー賞  20/09/09(火)

 ピューリッツァー賞は、前年に優れた活動をしたジャーナリストに贈られる。ハンガリー生まれのヨゼフ・ポリッツァーを、英語ではピューリッツァー(Joseph Pulitzer)と発音する。

ポリッツァーは片言の英語も知らずにアメリカに渡った。ちょうど南北戦争(1861−65)が始まったばかりなので生活のために北軍に入った。軍隊で英語を覚え、戦後はセントルイスに行って新聞記者になり、能力を発揮した。まもなく新聞経営者に転じて、扇動的な記事で部数を伸ばし成功した。

しかしこれで満足せずにニューヨークに進出した。潰れかかっていた新聞「ニューヨーク・ワールド」を買収した彼は、また同じやり方をとってアメリカ最大の発行部数をほこる会社に育てた。

 ところが1887年頃になると視力がおとろえ始め、聴覚は敏感になった。普通の生活がむつかしくなったので、ニューヨーク港にヨットを係留させ、厚いじゅうたんを敷いた船室を社長室にした。この部屋でジャーナリズムは何をするべきなのか真剣に考えた。

ジャーナリストは船のブリッジに立ち、航跡を克明に記録し、霧や嵐を透かして前方を凝視する。水平線に不審なものをみつければ、安全を守る立場の人に報告する。

オーナーや経営者の損得、それに自分に対する報酬も考えない。彼の念頭にあるのは国という船に乗っているすべての人々の幸福と安全だけだ。

これが1904年の見解だ。当時のアメリカにはまだジャーナリストの学科はなかったので、自分が死んだら遺産で作って欲しいとコロンビア大学に寄付した。ピューリッツァー賞も遺言によって創設された。新聞労連編『新聞記者を考える』晩聲社より。

 

総裁選  20/09/05(金)

 自由民主党の総裁選は9月10日告示、11時から候補者届出になっているから、私もこの際、日本のためにご奉公すると決意した。推薦人は近所のお子ちゃまたちをキャラメルで買収すればなんとかなる。

ところで読者はいないと思うけど、駄作小説をまだ続けている。今週は「夜祭り」という題名にした。構想3分、ビールを飲みながら執筆2時間で終わったから、我ながらお気楽な短編だ。

 先日のお絵描き会でモデルさんに来てもらった。美人に描いてあげようと話し合ったので美人に仕上げた。人物画に慣れているかどうかは、手と足をきちんと描けているかで見分けられるという。それにしてもワンピースの下にジーパンというのがよくわからん。

花柄のワンピース

 

あなたとは違う  20/09/04(木)

 福田康夫首相は辞任記者会見で、流行語大賞をねらって発言した。

 記者「総理の会見は人ごとのように感じるという国民が多かった」

 首相「人ごとのようにとあなたはおっしゃったが、私は自分自身は客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」

 あなたとは違うんですが大受けして、さっそく「あなたとは違う」とプリントしたTシャツやお菓子も発売された。会見が終わった直後に、いち早くネットで話題になった。世の中には鋭い感覚を持った人がずいぶん多いので感心する。

福田さんは一年間何もしなかったけど、最後には満塁ホームランを打ち放って観衆をおどろかせた。辞任のチャンスさえ逃さないプロ根性に私は感動した。虎は死んでも毛皮をのこす。福田やっくんは辞めてTシャツをのこした。やはり首相になる人物はどこか違うな。

やっくんお菓子

 

コピペ  20/09/01(月)

 この文章を書いている途中で、福田康夫首相72歳の辞任表明の記者会見が中継された。次はおたくの救世主、若者から支持されている麻生太郎で民主党と勝負するのだろう。

 さて、NHK「クローズアップ現代」でコピペすなわちコピー&ペーストを話題にしていた。インターネットの他人の文章をコピーして、自分の文章に貼りつけることの是非を問うていた。

パソコン史をふりかえると、初期のパソコンでは1台でひとつの作業しかできなかった。表計算とワープロ作業を同時にすすめるのは無理だった。これをシングル・タスクという。日本語では単一作業になる。

だから表計算でつくった表をワープロ文書に貼りつけるためには、ソフトウェアをこしらえる知識が必要だった。ところがウィンドウズの普及でマルチ・タスクつまり複数作業が簡単にできるようになった。というよりも、ウィンドウズはマルチ・タスクを目的にした道具である。

画面上で、ひとつの文章をほかの文章に流用できるようになったから、コピー&ペーストという言葉が生まれた。でも転載用の道具という意味ではなかった。「クローズアップ現代」では、他人の文章を無断転用するのは著作権法違反だという問題を見過ごしていた。

 
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