最終更新日 2012年1月30日

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最近の読書履歴[ミステリ限定]

誘拐ミステリ
読書履歴
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スティーヴ・モス/ジョン・M・ダニエル編 『極短小説』新潮文庫 「千里眼」 シェリル・L・レフラー著
「誘拐犯」 デイウィッド・モリス著
「誘拐犯との待ち合わせ」 チャールズ・E・ベントリーV著
スティーヴ・モス/ジョン・M・ダニエル編『極短小説』新潮文庫刊に収載。
 カリフォルニア州サン・ルイス・オビスポの週刊新聞〈ニュー・タイムズ〉が募集した、英文で単語数を55語に限定した掌編集。
 誘拐に拘わる作品は3作品。掲載できない紙数ではないが、著作権の問題があるので、関心のある向きは書店で立ち読みでもされたい。
(2010年4月1日)

有栖川有栖、五十嵐均、折原一、香納諒一、霞流一、法月綸太郎、山口雅也、吉村達也著
 
「「ミステリー・アンソロジー 誘拐」 角川文庫
誘拐ミステリの短編集である。短編であるから、制約が多いのは言うを俟たない。考え抜かれた精緻な身代金誘拐を求めるのは筋違いである。しかしながら、これらの作品の中には、趣向を変えれば十分実際的な誘拐に結び付けられるものもある。
 いずれにせよ、短編集であるから、肩肘張らず暇つぶしに読むのがよさそうである。
(2006年7月12日)





グレゴリー・アールグレン(Gregory Ahlgren),スティーブン・モニアー(Stephen Monier) 著.「リンドバーグの世紀の犯罪」 朝日新聞社 グレゴリー・アールグレン(Gregory Ahlgren)
スティーブン・モニアー(Stephen Monier) 著
井上 健 訳
「リンドバーグの世紀の犯罪」 朝日新聞社
 1932年、アメリカの英雄、チャールズ・A・リンドバーグ大佐の息子が誘拐され死体となって発見された。二年後に犯人として逮捕され処刑されたのはドイツ人大工のブルーノ・リチャード・ハウプトマンだった。
 裁判は正しかったのか?
 この作品では、リンドバーグ大佐本人が息子を誤って殺したとされる。
 読みなさい。ただそれだけ。
 もう一度言おう。読みなさい。
(2011年11月18日)

愛川 晶 著
「黄昏の罠」 光文社文庫(「黄昏の獲物」を改題)
 身代金の奪取はない。つまらない。どこかスッキリしていない。どうも章の構成にメリハリが無い事と、枝葉末節の詰め込みが原因のようである。
 本格推理を目指した、とあるように、最後に明かされるトリックは、やや強引なところはあるものの、秀逸である。しかし、動機がよく分からない。おそらく、画然とした動機を設定しないまま、トリックの出来に引き摺られたせいで、まとまりが悪く、読後の印象も朧なのである。
 このことは、著者も薄々感じているらしく、「文庫本の後書き」の初めに『念願のデビューは果たしたものの、本人の力不足にくわえ・・・・・・云々』と述懐がある。
 さて、一つ二つ、細かなことを書きましょう。
 まず、例によって、【逆探知】シリーズです。
 71頁に『逆探知装置と録音装置とを電話にセットした』とあります。勿論、これは、悪しきテレビドラマの見過ぎで、逆探知装置なんか存在しないのは、管理人が幾度も書いているところです、次の頁に『逆探知に関してはNTTに出向いた捜査員が要請した』と記述があるのですから、二つの頁に整合性が全くありません。NTTに要請すべき必然性を完璧に理解している著者が、どうして【逆探知装置】なるものを想像するのか、この奇想には開いた口が塞がりません。
 『誘拐事件にそなえ、警視庁には【模造紙幣】が保管されている』という勝手な記述はいけません。警察庁はそんなことはさせません。理由は簡単です。日本人は、韓国人のような馬鹿ではないからです。(2009年2月の韓国の事件に関してはこちらの記事など「中央日報」)。
 国家が【偽札】を流通させてどうするの?
 因みに、余談ですが、強奪犯人が奪い取った車両を、一定時間の後にエンジンストップさせるという装置の存在。管理人は20年ほど昔に、赤いボタンのついたその現金輸送車に乗ったことがありますが、それが現在存在していても、装置が使用されることはあり得ないでしょう。なぜなら、踏切や交差点内で突然停止すれば、大惨事を引き起こしかねないからです。管理人が乗っていた頃は、踏切内での事故を想定して、使用しないという規定になっていました。
 実際、推理作家たちは、多かれ少なかれテレビドラマの影響を真に受け過ぎています。自分の頭で考えましょう。
 199頁と251頁にも【逆探知】に関する蘊蓄が書かれています。『発信元が青森で遠方過ぎて逆探知に時間がかかる』というような記述。
 まったく馬鹿でないの。「青森局→東京03」、「国立局(0425 当時)→新宿局」。どちらも差のないことは小学生にだって解る。電波は鉄道や道路とは違います。
 【逆探知】に関する助言としては、「書き過ぎないこと」です。何しろ、知らない世界のことを知らない読者に教えるのですからね。そこからは嘘と誤解しか生まれません。
 更に蘊蓄を。
 100頁の記述『ポリタンクでガソリンを買う』
 売ってくれません。適用法令は「消防法」。「ガソリンの小分け売りは消防法令に適合した金属製容器を使用しなければなりません」。推測するに、揮発度合いの所為でしょう。また、同種のポリタンクが保存された場合、誤って、灯油の代わりにガソリンを石油ストーブに注油。大災害に繋がる懼れがあります。毎年、冬期になると、灯油の代わりにガソリンを買わされた人に、消防車が警告を発しながら町を流すのは恒例行事のようなものですね。こちらの方が本命かも。
 『刑事コロンボ』なら、アリバイ崩しに使うこと請け合いです。
 125頁。『被害者の母親が歯科医に行って頼み込めば、その主治医の医師も警察の捜査に協力してくれるだろう』との記述も、小学生にも判る誤り。身元不明死体の確認のため、警察が歯科医の協力を得ることは日常茶飯で、こちらの記事(sankei.web)などが参考になる。
 146頁。【山車】を六基と数えているが、【山車】【山鉾】などの正しい数え方は【台】でしょう。
 相当勉強不足の著者ですね。こういうのは資質の問題ですから、管理人は、この作者に、この作品以上のものは望みません。
 しかし、「ガソリンをポリタンクで買う」は惜しい。切り口の良い短編が書けますよ。
(2009年12月13日)


阿井渉介 著
「黒い列車の悲劇」 講談社文庫
 身代金奪取は公園で敢行される。同様の趣向の誘拐ミステリは、当サイトでも二作以上紹介している。曰く「人混みに紛れて」を基底とする。凡庸である。
 この作品の最大の過誤は『逆探知装置』の登場である。
 海月ルイ 著「十四番目の月」には『逆探知機』、山村正夫 著「人魚伝説」には『逆探知係の捜査員』なる者が登場しますが、周知のごとく『逆探知』は当該の電話局で進められ、その結果を捜査員に知らせるのが常識です。考えるまでもなく、そんな装置があれば、悪戯電話などは存在しないでしょう。悪徳サラ金も、執拗な取り立ての電話を掛けることができません。従って、この作品中の逆探知に関する記述は「いい加減」の域を出ません。
 このような杜撰な記述を無神経に行う作家は、他の部分でも同様の手抜きをするものと考えられますね。
 まず、168ページの『トコロ天』。管理人は曾て、新宿中村屋への納品伝票に【ところ天】と記されているのを目にした記憶があります。もっとも、近所のスーパーマーケットに足を運べば、【ところ天】の文字は夥しく目にします。勿論、正解は【心太】。
 次は【グリ石】。随所に出てきますが、殊に軌道部分での記述。一般的に、鉄道では軌道に敷かれる【割栗石】は【バラスト】と呼称します。
 更に一つ大きな間違いは209ページにあります。
 『外国製の一億円もするやつなら三百トンまで吊り上げられるそうですが、宮古辺りにはありません。二十トンまでがせいぜいだそうです』
 以上の記述は全く間違いです。33万円/t という関係は、クレーンの計算単価にありません。一昔前には、トン当たり100万円、といわれていましたが、機器が電子化、複雑化した昨今では更に高額になっています。
 また、この作品中のクレーンの「揚重能力」に関する記述は概ね、実態を反映していません。つまり、「嘘」です。20トンの物を20トンクレーンで吊り上げるためには、その物は、機械の直近になくてはなりません。梃子の原理ですから当然です。
 さて、肝心の作品の評価ですが、「トリックのための作品」というところでしょう。
(2009年6月23日)


阿井渉介 著
「列車消失」 講談社文庫
 身代金奪取は列車からの投下で行われる。一般的に考えれば、非常に妥当な方法であろう。ここで用いられている方法は成功の確率も少なくないかもしれない。しかし、身代金奪取は、高い確率ではなく、百パーセントの確率で挙行されなくてはならない。
 この作品は、トリック重視で書かれている。多く用いられているトリックや犯行に整合性はない。刑事が運輸局に問い合わせた「最大のトレーラーの最大積載量」が20トンなどというのはお笑いである。(管理人は、33トン積みのトレーラーに53トンのシートパイルを積んでいた運転手と話したことがある)。ことほどさようであるから、この著者が、別の場所でいい加減な知識を披瀝していても全然驚かない。
 十トンの車両を吊り上げて、ヘッドフォンを付けさせられた三十数人の乗客が、その事実に誰一人として気づかないなんて、いい加減を通り過ぎたトリックである。その他にも、著者だけが納得しているトリックがいくつも登場するが、到底受け入れがたいものであろう。
 トリックは、多数の読者を納得させられなければ無意味である。
(2007年8月15日)

相場英雄 著
「追尾 みちのく麺食い記者 宮沢賢一郎」 小学館文庫
 身の代金奪取は一応成功する。
 しかし、銀行内部の機器操作で大金を移動させるという手法はどの程度可能なのか、管理人には、その知識が全くない。ただ言えることは、金融機関を使って身の代金を奪わせる作家の全てが、その詳細を描き込まないことだ。この作品でも、初めは、かなり信憑性のあるような記述なのに、最後は『一旦、海外に飛んだ身の代金だが、警視庁の素早い対応により、香港の捜査当局と合同で振込先となった香港蘇州銀行の当該口座が凍結されたことも出ていた』という拍子抜けするような記述だけで終わっている。これは、著者の怠慢だと思う。或いは、それが必要ないと考えたのであろう。その部分を詳細に描くことで。身の代金奪取の緻密さを熟知する犯人像と、その方法の瑕疵が明らかにされるのであるから。
 しかし、これは著者が、最初から「身の代金は移動するけれども最後まで追跡可能だよ」と分かっていて書いていることなのである。だから、つまらないのだ。
 身の代金の奪取は、不可能犯罪をなした後、僅かの欠陥、齟齬で計画が破綻するのでなくてはならない(勿論、成功しても構わない)。
 作品自体は飽きずに読ませると思う。まあ、それだけかな。別に、他のミステリを読んでもいいんじゃない。
(2011年8月6日)


 
青井夏海 著
「星降る楽園でおやすみ」 中央公論社
 身代金奪取の方法は冗談にもならない。いや、参考にもならない。
 無認可保育園の園長の内面と心理を延々と描写するのについていけない。一体に、管理人は、スピーディさのないミステリは苦手である。たかだか250ページほどの作品であるのに、読了するまでに相当の時間を要しました。つまらない。ミステリは、一気呵成に読ませることに価値がある。最後に犯人の独白が加わるが、これは作法というよりも、安易に流れた方法である。
 つまり・・・・・・筋書きは解っている。作者であるから言わずもがなである。犯人も知っている。しかし、落としどころが見つからないのである。一人称にするか、客観描写に徹するか、ここが分岐点である。ストーリーを絞り込み、集約し、甘酸っぱい果肉を味わうことができないのは、作者の非力であろう。「事件」があります。最後に犯人の告白では、芸がなさ過ぎるでしょう。
(2009年7月14日)


赤井三尋 著 講談社文庫
「翳りゆく夏」 第49回江戸川乱歩賞受賞作品
 身代金目的誘拐を扱った作品としては出色である。
 新人作家としては、読ませるし、構成も良く練られている。枝葉末節を問題にすれば、非難を免れない構造的な欠陥部分もあるが、(そして、それが本質的な過誤だと指摘する向きもある)最後まで、つつがなく読ませる技術には賛同したい。
 ミステリを書く上で、等閑視出来ない部分をフェアに描くにはどうすれば良いか、問題を投げかけた作品と捉えれば、欠点を補って余りあると管理人は考えます。
(2007年4月22日)



赤川次郎 著
「赤いこうもり傘」 角川文庫
 身代金奪取方法は二つ描かれている。後半の方が良いが、実用的かどうかは読者の判断に任せたい。
 この作品は、デビューして間もないころの作品だそうであるが、赤川ワールド色満載である。結局、この作家の特徴は「フォーカス」の巧さである。夾雑物を殺ぐ手法は誰もが見習わなくてはならない。さりげなく音楽知識を披瀝するのはいいね。
 【壁の花】のカナ表記を【× ウォール・フラワー】としているが、勿論これは【○ wallflower】と、分割されないほうが正しい。
(2007年7月21日)


赤川次郎 著 角川文庫
「赤頭巾ちゃんの回り道」
 ありえないような人間関係。赤川次郎ワールドといったところでしょう。管理人は、赤川作品は両手で数えるほどしか読んでませんので、その世界に関しては詳しくありません。しかし、好悪は別として、人間関係の複雑さをまとめる手腕は特筆ものですね。ただし、『三億円が詰め込まれたスーツケースを蹴飛ばしたら滑った』なんて冗談を書いてはいけません。たとえキャスター付きでも滑らないでしょう。何しろ、30キロ以上もあるのですからね。
(2007年3月28日)



赤川次郎 著 「小豆色のテーブル」 赤川次郎 著
「小豆色のテーブル」 光文社文庫
 身代金の奪取は行われない。狂言誘拐を扱う。
 赤川次郎作品の中ではつまらない部類。【英子】と【栄子】という人物が同一場面で頻出し、思考の連続を断たれる。手練れの赤川氏であるから、意図的なものであろうが、失敗である。シリーズ作品のようであるから、やむを得ず生じたのかも知れないが、それにしても読み辛い。
 例によって、この作品にも「逆探知装置」なる物が出てくる(181頁)。
 この作品は、赤川氏にしては構想ミス。進退谷まった息子たちが狂言誘拐で母親から三億円を奪おうとする。しかし、倒産必至の会社が突然息を吹き返せば、その理由が判明するのは自明の理である。もっとも、管理人は赤川氏を尊敬している。
(2009年10月29日)


赤川次郎 著
「顔のない十字架」 角川文庫
 意表をつく展開で読ませる。
 身代金目的誘拐事件のストーリイといえば、粗方、すじは決まったようなものであるが、この作品は、導入部分から読ませる。いったいに、赤川作品は、読ませる技術に長けている。そして、大量の作品群にも関わらず、同工異曲とならないのが脅威である。その簡便な表現と、紙面の見た目の印象や量産体制などから批判的な向きも多いに違いないが、その枯れる事のない頭脳には敬意を払わなくてはならない。
 この作家は、量産作家であり、緻密な描写力を見せないが、他の量産作家たちのような幣を感じさせない。見事なものである。
 この作品は1981〜1982年にかけて雑誌上に発表されたものである。既述した山村美紗著「消えた相続人」の中で用いられている『地中に人質を閉じ込める』トリックと同様のものが用いられている。奇しくも、両作品は同時期の発表である。多分、このころ米国で実際にあった誘拐事件を参考にしたのであろう。
(2007年5月19日)


赤川次郎 著
「子子家庭の身の代金」 新潮社
 同名短編集に収載の短編。
 身の代金の授受はない。
 安心して読ませる。暇つぶしには丁度良いでしょう。身の代金誘拐としては、どこにでもあるアイディア。
(2011年7月22日)




赤川次郎 著
「死体は眠らない」 角川文庫
 妻を殺した主人公が、やむにやまれず身代金誘拐を偽装することになる。
 筋の運びは上手く、登場人物も描き分けられているのは、まさに赤川作品である。ナイフで刺されて被害者が出ても、血糊のことなどはおくびにも出さない。細部にはこだわらない割り切りがユーモア・ミステリの王道を進ませる。終局部の纏め方はさすがで、他の追随を許さないのも当然か。
 当然ながら、身代金奪取方法に参考となる部分はない。
(2007年5月27日)


赤川次郎 著
「三毛猫ホームズの危険な火遊び」 カッパノベルス
 複雑な構成が素晴らしい。成熟した人物は、簡便に書かれたように見えがちな赤川作品を軽蔑的な視線で見るけれども、この作者が登場人物を違和感なく結びつける手腕は最高度のものであると管理人は思う。この作品自体は、動機の設定には首を傾げざるを得ないところがあるが、赤川ワールドである。ホームズは、いてもいなくても関係ないのが残念である。
 身代金奪取方法はいい加減であり参考にはならない。
(2007年9月30日)




赤川次郎 著
「老兵に手を出すな」 中編集『老兵に手を出すな-(1億円もらったら)』に収載の作品 新潮社
 プロットの構成はさすがである。最適な数の登場人物。
 身代金の授受は参考にはならないが、それでも読んで愉しい。佳品である。
(2008年1月11日)






秋口ぎぐる 著 「強奪!エプロン刑事(デカ)」 富士見ミステリー文庫 秋口ぎぐる 著
「強奪!エプロン刑事(デカ)」 富士見ミステリー文庫
 ライトノベル作品。こういう読み物は苦手である。生理的に受け付けない。
 しかし、身の代金が絡む誘拐作品となれば、どんな駄作でも読むというのが管理人の信条である。とは言うものの、読み始めて直ぐに断念した作品も数点存在する。
 まあ、こんな作品は、読みたい奴が読めばいいのです。こんなものを読むのなら、古い純文学作品でも読んで教養を身につける方が余程ためになります。
 大宅壮一がテレビに関して表現した「一億総白痴化」という言葉を喚起させました。
この本の中で最も面白かった所は、何を隠そう「あとがき」である。『ガンプラ』に関して書かれているのだが、そこのところが笑わせてくれる。
(2011年12月17日)


阿久 悠 著
「おかしなおかしな大誘拐」 集英社文庫
 ごちゃごちゃと書かれている。読むに耐えない。何度か読み始めたが、ついに数ページで断念。
 エンターテインメント小説というものは、しょっぱなで拒絶されるような書き方をしてはいけません。
 サント・ブーブの言葉に『最大の軽蔑は沈黙である』というのがある。書評が少ないことからも、価値がわかろうというもの。
 読み終えていないので、内容に関しては語れません。
(2008年3月4日)




浅黄 斑 著 「鎌倉・ユガ洞殺人水脈」  浅黄 斑 著
「鎌倉・ユガ洞殺人水脈」 光文社文庫
 身代金(宝石)は奪取される、が方法は新しくない。作品もつまらない。三流の評論家が解説を書いているが、書けば書くだけ、それだけでいかがわしさが分かろうというもの。
 警察の捜査に関連して多くの注釈が添えられているが、机上のネタ本を横目に見ながら記述しているのが窺い知れる。つまり、こなれていない。更には会話が下手である。
 この作品にも「逆探知」に関して誤った記述が見られる。
 『逆探知班の捜査員が「逆探知願います!」と短く言って、警察無線機を握りしめている・・・・・・逆探知班は、県下の主要な電話局に捜査員を派遣配置しており、無線連絡によって発信元を追跡していく方法を採っている。』(47ページ)。
 この文章は全くおかしい。
 警察が逆探知をする「電話機」は特定されている。その電話機はある一つの直近の「電話局」と繋がっている。したがって、必要なのは全ての電話局であって、『主要電話局』などという珍妙な物の登場する場面は皆無である(捜査にならないでしょう?)。A、B、Cの電話局には逆探知を依頼し、その他の局には依頼しないなんて、馬鹿でないの。
 ま、薦めません。
(2009年7月1日)


浅黄 斑 著 「死蛍」  浅黄 斑 著
「死蛍」 祥伝社 NON NOVEL
 身代金の授受はない。説明過剰の文章に辟易し、読了するのに長い期間を要した。最後になって俄然読ませる。しかし、大半の部分は退屈である。
 何から何まで記述し尽くさなければならないという強迫観念でもあるのだろう。大いなる勘違いである。この作家は、記述する情報を激減させることで、読者の想像力に訴える手法を学ぶべきである。
 毎度ながら一寸蘊蓄を。
 66頁に、この作家も【逆探知装置】なる物を登場させているが、そんな物は存在しません、あるのは【録音装置】。第一、現今では、発信元の電話番号なんか、簡単に分かります。非通知であっても、通信記録は残ります。本当に馬鹿なミステリ作家が多くて嘆かわしいことです。ばーか。
 【ゲルべゾルデ】はドイツの煙草の銘柄で、正しくは【Gelbe Sorte】。ミステリには時々登場しますね。名前の由来は、黄色のパッケージからでしょうか?
 著者は「この作品はフィクションである」と、断っていますが、【ヤマギシのパン】は拙いでしょう? 【ヤマギシ】はカルトで有名な組織です。
 物語は良く練られています。新米刑事と古参刑事のやりとりも面白い。しかし、いかんせん、書き込み過ぎ。うーん、もったいない。
(2009年9月10日)


芦辺 拓 著 講談社文庫
「時の誘拐」
 大阪という都市の記述が長い。勿論、伏線として描かれている部分もあるのだが、正直、読んでいて煩わしいというのが率直な印象である。このストーリイなら、類似の作品を現代に置き換えて記述することができる。敢えて、このような形式にこだわった著者の意図が解らないではないが、エンターテインメントと学術書を混同しているのではないか。
 作品中で作者が「わけても役者の名前が最悪で・・・」と、いみじくも記述している言葉は、この作品の登場人物の名前にも当てはまる。勿論、暗号としての伏線という意味も付加されている部分はあるのだが、管理人は、ミステリ中の暗号はまったく認めない立場なのです。この作品では、【名前のアナグラム】が用いられますが、アナグラムは無限に作成可能で、無限に出来るものはトリックの構成要素としては下等要素で不向きなのです。(そのほかは、双子、変装、声色など)
 最後に一つ、紙面を一見して感づくことですが、漢字と仮名の構成比が悪い作品です。プロの作家は、そこまで気を使う必要があるでしょう。
 身代金奪取方法は、かなり考え込まれていますが、及第点と言えるかどうかは読者の判断に任せましょう。管理人には、恣意的な成功例にしか過ぎないように感じられますけど・・・。
(2007年4月29日)


梓 林太郎 著 角川文庫
「奥上高地殺人事件」
 誘拐事件である。北アルプスを身代金奪取の場所にしている。山間部での身代金奪取は、それなりに有意味である。天藤真の「大誘拐」でも山間部でヘリコプターを用いていたと記憶していますが(なにぶん読んだのは遠い昔のことなもので、うろ覚えです)しかし、「大誘拐」に関しては、幾許かの疑問がないわけではありません。こちらの作品のほうは、どうも、不可能な感じがいたします。
 ところで、この作品で当惑するのは、文章の下手さ加減です。恐らく、「地の文」の九割五分以上が【た】止めに終始しています。つまり『・・・た』『・・・た』『・・・た』と文章が連続して読みにくいことこの上もありません。もっとも、読み終えるころには、その下手な文章にも慣れてしまう自分が存在するのですが。いずれにしても、誘拐ミステリとして推薦するものではありません。時間の無駄ですね。
(2007年3月7日)


麻生俊平 著
「捜査班 因果」 徳間文庫
 身の代金奪取は敢行されるが、成果は三分の一だけ。それはそれで良いのだが、いかにも辻褄合わせの身の代金引き渡し。前提条件を考えると、ありえない書き方。
 この作家はライトノベル出身のようであるが、いかにもそれを思わせる。緻密さに欠けるのである。面倒なところは簡略化して書くのだ。そして、付き合いきれない主人公の説明が延々と続く。これも、ライトノベルによくあるナルシシズムである。恐らく、ライトノベルの作家は読者のために作品を書いてはいない。自己満足のためにだけ書いているのである。それは、欧米のミステリが邦人作家の作品より高く評価されていることにも通底している。
 作品中に【Nシステム】=自動車ナンバー自動読み取り装置で二輪車のナンバーが記録されているから調べられると何度も出てくるが、残念ながら、二輪車は対象外。また、どこにでも【Nシステム】が設置されてるかのように書かれているのも大間違い。一セット、一億円と言われていた装置を、そんなにあちこちに設置する予算はありません。
 オウム真理教の一連の捜査で非常に注目を集めましたが、その時でも、設置箇所は多くはなかったのですよ。著者は、明らかに【Nシステム】と【オービス】=自動速度違反取締装置】を誤認しています。Nシステムに外観が似たオービスもあるのですが、それで間違いが許されるわけではありません。ま、ライトノベルの作家って、こんなものだとは思いますが・・・・・・。
 176頁には、警察無線の傍受が出来ると、簡単に書かれていますが、残念ながら、それはほとんど不可能です。現在の警察無線はデジタル化されていて、スクランブルがかけられています。よほどのマニアが精力を集中しない限り不可能でしょう。かつてのように、マニアが犯罪現場に直行できた時代は過去のものなんですよ。
 最後に一言。頻出する【等】。【とう】と読ませたいのか【など】と読ませたいのか分かりませんが、文芸作家で、こんなに【等】を用いる人はそうはいません。2011年8月3日の項で書いた黒武洋氏が筆頭でしょうが、世代なのでしょうか? 読みにくいったらありゃしません。
(2011年8月8日)


阿刀田 高 著 角川文庫
「ありふれた誘拐」 短編集『待っている男』所収
 20年振りに読みましたが、記憶に残っていませんでした。
 因みに、短編の名手が、文章語尾をどのように終えているかというと
  『い・か・た・う・か・い・る・い・か』などとなりますね。いかに生島治郎氏の文章が見劣るかご理解できるでしょう。
 粗筋の方は、中小企業の社長が占い師に見てもらうと「誘拐に気をつけなさい」と言われる。愛人と妻の間で悩んでいる社長に、愛人が店を出したいので、金を借りたいと言う。ちょっとスタイリッシュなオチがあなたを待っている。
(2007年5月4日)


阿刀田 高 著
「恋は思案の外」 講談社文庫 1979年の直木賞受賞作品・短編集『ナポレオン狂』に収載。
 文庫で20頁ほどの短編。
 身の代金は奪われる。動物を使った方法は、鳩を用いた作品が他者の手により書かれている。管理人は二作品を読んだ記憶があります。ですから、発想としては珍しくはないでしょう。
 短編らしく、オチが効いてるのがよろしい。短編の名手であるから当然でしょうが。
 書棚から見つけてきましたので確認すると、奥付が昭和57年になってますから、管理人は1983年頃に読んだものと思います。記憶にもありました。
(2011年8月9日)



阿刀田 高 著 角川文庫
「猫の事件」 短編集『猫の事件』に収載
 大金持ちの婆さんの愛猫を攫って100万円をまんまとせしめたが・・・。というお話。19年振りに読み返しましたが、まったく記憶にありませんでした。
 当時、某語学学校で「Madam Atohda」という方と同クラスで、『作家の阿刀田さんの親戚ですか?』と尋ねましたら、そのご夫人は返事をなさいませんでした。多分、奥さんだったのではないでしょうか? 確信はありませんが・・・。
(2007年5月4日)




麻生 幾 著 新潮社
「消されかけたファイル」
 国松警察庁長官狙撃事件、KCIAによる金大中拉致事件、総裁候補中川一郎の怪死、グリコ・森永事件、小淵前総理の死…。現代史の中に、いつまでも疑義を呈し続ける7つの重大事件の謎を、封印されていたファイルを開き、解明する。『週刊新潮』連載の単行本化。
 何かを語っているようで、更に謎が深まったという読後の印象。拉致・誘拐事件も題材にされている。
(2006年12月26日)



雨宮町子 著
「眠る馬」 幻冬舎
 つまらない。20日間ほどかけて120ページまで読み進んだが、とうとう断念。つまらないの一語に尽きる。次を読ませようというストーリイ展開がない。
 宣伝文句は『サラブレッド誘拐!方法は? 目的は? 競馬界を舞台に交錯する、大学紛争での惨劇、日本中を震撼させたあの迷宮入り事件、さらにはIRAの影…。人気ジョッキーが探り当てた驚愕の真実とは。空前絶後の一大ミステリ』である。
 競走馬が誘拐されると記述されるのだが、その後の進展が遅すぎる。本題が全く見えてこないのである。恐らく伏線なのだろうが、夾雑物が多すぎて読み進めるのに困難を覚えた。従って、結末は知りません。悪しからず……。
(2008年12月3日)
追記:エプソムダービーを史上最大の着差となる10馬身で圧勝しながらも、1983年に誘拐され行方不明となった「シャーガー誘拐」が同書内で記述されるが、当時の記事が見つからないなどの記述を補遺します。当時の記事写真を下に。




管理人のスクラップから
ザカリー・アラン フォックス(Zachary Alan Fox) 著
「消えたスクールバス」上・下 角川文庫
 サイコパスの犯人は2000万ドルを要求するが、身代金奪取はない。
 犯人の職場や生活環境を推し量ると、警察は、犯人をもっと早くに確定しても良さそうだと思うのは管理人だけでしょうか? 
 二巻本の大作である。上巻の終わり近くまで独白と心理描写が延々と続き、退屈であった。しかし、下巻に入り、俄然勢いを増して行く。サスペンスがクレッシェンドを描き、次第に息をつかせなくなる。サスペンス・ミステリとしてはお勧めである。ただし、身代金誘拐としてではない。
 また、米国のミステリを読んで屡々感じることですが、複数の「法執行機関」の職分が良くは理解できません。殊に「地域警察」と「保安官事務所」の関係が分かりませんね。
 蘊蓄を一つ
 エンディング部分で、訳者は17回【巨礫(きょれき)】という造語を用いている。造語を用いるのは自由であるが、上述の【巨礫】は撞着語法【oxymoron】である。たとえば、『裕福な貧者』とか『遠方の隣人』などと同類である。
 つまり――【巨】 = 大きい、【礫】 = 小石、つぶて、であるから
 【巨礫】 = 巨大な小石、という語意に解釈できます。
 例として挙げた『裕福な貧者』などは、「大金持ちだが心が貧しい」などと、比喩として用いることが可能ですが、一語の【巨礫】は、完全な誤りです。
(2009年5月2日)


マックス・アラン コリンズ(Max Allan Collins) 著
「リンドバーグ・デッドライン」 文春文庫
 リンドバーグJrの誘拐事件を題材にした作品は少なくないようである。この作品の著者後記にも多くの作品名が掲載されている。この作品が上梓されたのは1991年であるから、二年後に上梓された下記の
グレゴリー・アールグレン(Gregory Ahlgren)
スティーブン・モニアー(Stephen Monier) 著
井上 健 訳
「リンドバーグの世紀の犯罪」 朝日新聞社刊
には言及していない。
 こちらは文庫本にして700頁余という大部の作品である。結末は全く異なっているが、こちらは精細、緻密な図面を元に綴られている。日本人にはなかなか真似の出来ない作品であろう。一読の価値ありである。オチをひと言で纏める所が達人である。凡百の作家のように、興を殺ぐ説明を長々と書いたりしないのが良い。
 お奨め作品。
(2011年12月8日)


有栖川有栖 著 講談社 NOVELS
「助教授の身代金」(アンソロジー『モロッコ水晶の謎』に収載)
 この作品のような、旧式の探偵と助手というような組み合わせのミステリは苦手である。歩みが遅く、筋の運びに焦らされる。ましてや、誘拐作品ではなく、フーダニット式のミステリとなれば尚更である。"身代金"を謳ってはいるが、身代金目的誘拐とはなんら関係がない作品である。
(2007年1月4日)
※ 追記
 『列車は停止するのに数キロメートルかかる』との記述がありますが、事実に反しています。規則では、在来線は600メートル以内の停止能力が求められます。S線は350メートルで緊急停止できます。(昨年、K線が脱線した直後の11月24日、12月5日に、同線の列車を非常停止させ、車両衝突を未然に防いだ管理人)。


泡坂妻夫 著
「サファイアの空」 文春文庫の短篇集『妖盗S79号』に所収。
 身代金(宝石 = サファイア)が奪われる。誘拐ミステリの中では何度も使われた手法。誰が先鞭をつけたか知る由もありませんが。短編としての味わいはあります。特段に優れているという評価ではない。短編では、枝葉末節を問わないのがルールであろう。
(2008年12月14日)






グレッグ・イーガン(Greg Egan) 著
「誘拐(A Kidnappinng)」 ハヤカワ文庫『祈りの海』所収の短編。
 SF作品である。
 正直、良く分からない。いろんなデータが現代とは異なる方法で移動できる世界を描いている。死後の世界もある。
 身の代金は、奪われるというか、被害者が勝手に差し出すのであるが、その原因が、理解できるようで理解できない。その原因は明白である。作者は未来世界を描こうとしているのであるが、作者自身は現代に生きているというギャップのせいである。この空間の差異はSF作家たちが永遠に埋められないものだ。
 参考にはならないでしょう。
(2011年8月27日)


伊井 圭 著 「逢魔が刻」 伊井 圭 著
「逢魔が刻」 創元推理文庫 短編集『啄木鳥探偵處』に収載
 身代金奪取には動物が使われる。伝書鳩を用いる手法と同工異曲である。ただし、ここに描かれている方法で、実際に金を奪えるかとなると話は別である。
 探偵・石川啄木が親友の言語学者・金田一京助に仕事の依頼をする、というシリーズ物のひとつ。二人の実際の交友をなぞらえて愉しい。
 年配の人々には懐かしい言語学者・金田一京助。辞書の編纂者にしばしばその名を見るが、実際の国語辞書編纂には一度も携わった事が無いらしい。「名を貸しただけ」というのが、息子の言語学者・金田一春彦の弁。
 また、横溝正史の推理小説に登場する名探偵・金田一耕助の名は、金田一京助の名が元になっているというのはつとに有名である。
 安心して読ませる文章ではあるけれども、作品自体はまことにつまらない。
 それより、明治の末期にいる石川啄木に「カムフラージュ」という単語を使わせている。歌人であり詩人でもあった人物であるから、使用に異議はないが、一般的に使用され始めたのはいつ頃なのか、と気になる管理人です。
(2010年3月27日)

五十嵐貴久 著 「交渉人」  五十嵐貴久 著
「交渉人」 新潮社
 この作品では、犯人の意図と相俟って、身代金の奪取方法は重要ではない。
 間断なく読み継がせるが、実は、ストーリーの内実を疑うべき。と言うのも、人質が取られて、交渉するということだけのために、大半の紙数が費やされているのである。これは、映画やテレビドラマの『交渉人』と比較すれば良く解るが、映像向きの素材である。交渉事を延々と記述するのは、見方を変えれば、単なる横着にしか過ぎない。
 ここでまた、蘊蓄を一つ二つ。
 誘拐犯(立てこもり犯など)と、警察官が安易に携帯電話で話すのはどうでしょう?
 146頁に記述されている「特殊警棒の一撃でワイヤ入り強化ガラスが粉々に飛び散った」というのはありうるでしょうか? 管理人は、飛び散らないと考えますが・・・・・・。
 首都高を記述するのですから、【Nシステム】に言及すべきだったでしょう。ヘリコプターからの空撮なんて、冗談でしょう?
(2009年8月13日)


五十嵐貴久 著 「誘拐」 双葉社 五十嵐貴久 著
「誘拐」 双葉社
 身代金の奪取は敢行される。ネタバレになるので記述できないが、勿論、記述されているような方法では簡単に犯人が特定できてしまう。著者は、犯人が、マネーロンダリングに詳しいような仄めかしを重ねているが、その断片についてさえ書かれてはいない。それはつまり、著者自身がマネーロンダリングの難解さを自覚している証左に他ならない。
 この作品の基軸となる「日韓友好条約」なるもの。それが喫緊の大問題であるような書かれ方であるが、実際問題として考察すれば、両国関係は過去のしがらみをいつまでも引きずりつつ徐々に改善されているというのが一般認識であろう。政治問題として、時の首相が是非とも解決したいと精力を注ぐようなものではない。それに絡めて首相の孫を誘拐するというのは、どうも説得力に欠けると思う。
 1965年、日韓基本条約が結ばれ、その後、技術導入で、日本の製鉄技術が韓国に導入され、国営の浦項総合製鉄所第一期設備が建設された。それが今日の韓国繁栄の礎となっている。
 さらに、日本文化の一次解放は1998年10月20日であり、それから僅かに10年しか経ていないのである。誰も「日韓友好条約」の緊急の締結など望んでいないのである。
 作者は、警察力を削いで、その間に誘拐を敢行するという発想に捕らわれ過ぎたのである。多くの警察力を投入せざるを得ない事案といえば、ごく僅かしか考えられないからである。
 230頁の『千葉県警本部長と警視庁捜査一課長が一期先輩後輩の関係』というのが理解できない。常識的に考えて、前者は大県(全国六位)の本部長であるから、当然、国家公務員一級のキャリア官僚である。規模の小さな県の本部長には、ノンキャリアの出世頭が就く事もあるが大県ではあり得ない。そして、警視庁捜査一課長の職はノンキャリアの牙城であって、前記二人が、先輩後輩の間柄にあることはありえない。
 また、捜査員の階級に関してもいい加減である。警察小説であるなら、そして実際の捜査に準拠するなら、捜査一課に勝手に「警視正」を増されては困るのである。勿論、そもそもの設定からファンタジーを目指すのなら話は別である。
 同じ230頁には、『警察庁と警視庁が誘拐事件に関し各県警に通達を出していた』とあるが、警視庁にそんな権限があるはずもない。さらに、『秘匿のため通達は本部長だけになされていた』というような記述があるが、それでは捜査の指示もできないし、233頁との整合性もない。
 153頁に『デスクが何十本』の記述があるが、作者は若い人か、文学修養の無い人物だなと思わせる。長いものだから「本」も許容範囲かも知れないが、いやしくも作家たるもの、机の数え方ぐらい知っていて欲しい。
 しかし、ミステリのエンディングというのは「どうしてこんなに雑なのか」と思わせるものが多いのに、この作品は例外である。もっとも、計算ずくが見え過ぎと言えなくもない。
(2009年12月8日)


井川香四郎 著
「石に咲く花」 双葉文庫 中編集『仇(あた)の風』所収
 時代小説。身代金奪取の方法は、現代からの転用と言って差し支えないでしょう。特段に優れているとはいえません。時代小説としては良品ですが、身代金目的誘拐作品とすれば平凡なもの。
(2008年1月6日)







生島治郎 著 双葉文庫
「国際誘拐」
 つまらない。何よりも文章が平板である。会話が続くのだが、会話自体に生命力が感じられない。その原因は、瑣末な事柄を逐一記述しようとするところにある。そして、"「※※※※※・・・」といった。"というような文章が際限もなく出てくる。これが、ベテランとは思えない文章の原因である。
 大体、「文章作法」のごく初歩の段階で、文章の平板さを避ける方法は学んでいるはずである。管理人は、この作家の作品を以後読むことはなさそうである。
 身代金の奪取方法に関しては、船とヘリコプターを用いるとの記述があるが、記述だけである。その方法で首尾良く行くかどうかは、読者の判断に委ねたい。
(2007年5月4日)


生島治郎 著
「夜明け前に撃て」 ケイブンシャ文庫
 身の代金は被害者に対面して受領する。それには銀行のプログラム・ディスクなる物を人質代わりとするのだが、考えが杜撰すぎる。作品自体もつまらない。
 上梓が1988年ということなので、コンピュータの記憶装置も現在とは異なる仕様で良いのだが、『希塩酸で破壊する』というのは可能なのか? 希塩酸で、磁気テープが溶けるとは思えないのであるが、あるいは、金属成分があるから溶解するかも知れません。
 この作家は外国語や外来語に非常な関心と配慮を持って記述している。それは作品を見れば良く分かるのですが、当時はまだ【on line】と分かち書きだったのでしょうか? 時代を感じさせます。現在では【online】で用いられる単語ですね。
 【蟻の這い込む隙間もない】という諺もどきが二度ほど出てきますが、勿論【蟻の這い出る隙間もない】が正しい。
 264頁には、『(警備会社の)ガードマンの制服を四着買って来させた』という記述があります。中古なら出回る可能性が皆無とは言えませんが、恐らく闇でないと難しいでしょうね。警備員の制服は警察の管理下にありますから。盗むのは簡単ですが・・・・・・。
 ま、つまらないさくひんです。
(2011年9月12日)


生田直親 著
「誘拐197X年」 徳間文庫
 最初から、紳士録なんかの詳細な記述があって閉口させられる。当然管理人は飛ばし読みしました。ミステリーで詳細な記述の必要とされる部分が分かってない作家が多すぎる。これは、ミステリーを旅行記や身辺雑記と混同する作家に多い勘違いです。だから売れない。ミステリの読者は作品に紳士録を望んじゃいないのです。
 身の代金三億円は奪われる。ま、幾つかの作品で同様の試みが書かれているので、改めて新規さ謳う事はない。一ひねりはあるが、独創的とまでは行かない方法。
 設定に非常に違和感がある。ま、それはそれとして、メジャーにはなれない作品だと思う。だから、増刷もされないし、管理人も苦労して入手した著作。
 何度か書いた事があるように、ミステリの作家たちが全く無知である分野がここにも登場する。曰く、建築である。
 『ゴンドラをあれだけ上手く操作するには、熟練がいる』(38頁)は、荒唐無稽。熟練は全く必要としません。ゴンドラに乗っていた管理人が言うのですから間違いはありません。同様に、57頁の『ゴンドラの使用法とか、トラックの運転法・・・・・・』もいい加減な記述。
 この作品の最大のいい加減さは99頁にも記されている『ずしりと重いカバン』。曰く、三億円入りである。1974年の一万円札は肖像が聖徳太子で、現在の物より一回り大きかった。という事は、30キロを優に超えていたわけですね。そいつを一人の男が運ぶのですが。、『タクシー乗り場に走れ』(99頁)、なんて書かれています。冗談も度を超しすぎでしょう。走れるわけがない。また、『鞄を膝にして』なんて、膝に載せる馬鹿はいない。少しは想像力を働かせたらどうかと思う。
 ことほどさようにいい加減であるから、売れないのでしょうね。
(2011年11月7日)


池波正太郎 著 文春文庫
特別長編「誘拐」 『鬼平犯科帳 24』に収載。
 著者の絶筆。未完成作品。
 火付盗賊改方・長谷川平蔵物。未完なのでコメントは特になし。
(2007年4月9日)






池波正太郎 著 文春文庫
「霧の中」
 連作短編集『鬼平犯科帳 19 』の中の一篇。
 いわゆる"かどわかし"事件を扱う。時代背景を考えれば、誘拐して遊女として売り飛ばすなどが考えられるが、この作品では、桶屋の養子の【幸太郎】という4歳の子供が攫われる。実母に拉致されたのか? 
 当然、身代金の受け渡し方法は記述されていない。
(2007年2月11日)



井坂幸太郎 著
「マリアビートル」 角川書店
 つまらない。身の代金の授受に関しても特筆すべきところはない。もっとも、この作品も、他の井坂作品も現実やリアリティを追求してはいない。表層を滑るファンタジーというところ。管理人は三十頁ほど読んだところで、その文体と雰囲気に付き合いきれなくて断念。『T.J.パーカー(T.J.Parker) 著「サイレント ジョー」 早川書房』を先に読み終えて、次に読む誘拐ミステリがなかったので仕方なく読んだという次第。
 伊坂ワールドといって持ち上げる読者も少なからずいるようですが、レビューを見ると、極端に読者層が偏っているようですね。時代の流れを感じますが、本流にはなれないでしょう。これを持ち上げる神経が理解できない管理人です。
(2011年9月30日)


井沢元彦 著
「欲のない犯罪者」 短編集『欲のない犯罪者』(講談社文庫)に収載。
 身代金を受け取ろうとはしない犯人の目的は?
 中途でオチが判ると思うけれども良い短編である。
 『大きなレースの時には数万人が集まる・・・』と、東京競馬場のことを説明しているが、開催日には常時数万人が来場するのが府中の東京競馬場です。
 60坪の宅地を『ブルを使えばすぐに整地できるから、サービスする・・・』という記述は間違いではないが、ありえない話。絶対に60坪程度の土地にブルドーザーを入れて整地することはありません。(目的に適いませんし、費用が無駄です)。この例に限らず、ミステリ作家たちの【建築・建設・工事】関係のあやふやでいい加減な知識には呆れ返って物も言えません。
 先年お亡くなりになった、医師でもある由良三郎氏に『ミステリーを科学したら』という著作がありますが、専門的見地に立てば、ありえない前提で描写されて大手を振っているミステリは雲霞のごとくあります。
 しかし、多少の誤謬はあるものの、この作品は佳品です。
(2007年9月16日)


井沢元彦 著
「罠のある誘拐」 短編集『欲のない犯罪者』(講談社文庫)に収載。
 文字通り【誘拐が罠】である。昔風のトリックの用い方。こちらも佳品といっていいでしょう。ただし、星新一、阿刀田高、宮部みゆき諸氏のような文章のコクはない。
 身代金の奪取方法は直截的で参考にはならないと思う。
(2007年9月16日)






石井竜生・井原まなみ 著 「誘拐捜査」 石井竜生・井原まなみ 著
「誘拐捜査」 カッパノベルス
 警察小説。身代金の奪取は敢行されるが、概ね、その方法がページの途中で読めてしまう。多くの作家たちが考え、記述するような方法。特に工夫してあるとまではとうてい言えない。カバーにある宣伝文句では「横須賀ならではの、意表をつく方法」と唱っているが、それほどのものではないばかりか凡庸である。
 さらに、カバーに「著者の言葉」として掲げられている文言に関して反論を記します。
 著者は『取材してみると、逆探知や通信機器の性能アップ云々』と大真面目に語っていますが、大きな嘘です。
 【逆探知】が飛躍的に変化したのは、アナログからデジタルに移行したシステムの変更によるものであって、著者が、この作品で記述していることは全く荒唐無稽である。以下にその間違いを列記します。
 「警察庁の、逆探知機の技術開発の成果が、端的に表われ、かなり短いやりとりでも、発信電話機が特定できるのである。」(129頁)
 「『逆探の結果が出ました!』 瀬戸刑事二課長が、NTTからの電話を告げた。」(140頁。全体として齟齬があるが、この文章自体は正しい)。
 「『どうもありがとう。こうなると、逆探知の装置を、おたくの電話にも付けさせてもらうことになるとおもいます』」(145頁)
 「すぐにNTTから知らされてきた逆探知の結果を、笠島課長が報告した。(195頁)
 警察庁が、逆探知機の技術開発などに手を染めるはずもなく、著者がどこで何を取材したのか首を捻りますね。
 264頁には死体発見後10分足らずで「鑑識」結果なんて、冗談としか解釈できないことも書かれている。
 こちらはご愛敬ですが、266頁には、ご丁寧にも【間髪】に【かんぱつ】のルビがされていたりする。
 作品その物はつまらない。警察の捜査を机上で勉強したことはあからさまに解るが、それがこなれていない。書き込むことに汲々としていて、余白に語らせる作法に至らないのが欠点である。
(2009年9月26日)


石持浅海 著
「月の扉」 光文社文庫
 ハイジャック作品である。身代金の授受はない。
 各種ランキングで上位を占めた作品らしいが、管理人にはなじめない。どうにも「尻切れトンボ」の感は否めないと思う。ハイジャックと密室推理を合体させてあるが、牽強付会の域を出ないと思う。
 ただ、最近読んだ作品の中では、「読ませる」作品である。飽きさせないが、かといって、何が良いのか、と問われれば、大したものはないのである。警察捜査が深く介入しないように記述されているせいで、良い作品と勘違いさせられるのである。二度読みたいと思う作品ではない。
(2010年9月29日)

石持浅海 著
「リスの窒息」 朝日新聞出版
 身の代金は奪われる。実用に耐えうるかどうかは措くとしても、なかなかに新規な方法である。
 ストーリーに相当な無理があるが、読ませる。強請った側と強請られた側、双方の描写が交互に出てくる。作者は、これを上手い方法だと考えたようである。しかし、強請った側の事情がすべて書き表されることで、折角のサスペンスを台無しにしている。中学生を犯罪者という無理な設定には条件が付けられていて、それなりに納得させられてしまうのであるから、ここは情報を小出しにして、徐々に緊迫感を盛り上げていくべきだったと思う。登場人物の女性が語り継ぐのだが平板に終始している。新たな発見も、語ることで効果を殺がれている。
 まあ、読んで損はしないかもしれません。
(2011年7月30日)


井上一馬 著 マガジンハウス
「二重誘拐」
 独創性は二重丸である。読むべき秀作。ただし、スリルやサスペンスを期待する向きには不評かもしれない。身代金の奪取方法にも独創性がある。キャッチ・コピーに《黒澤明「天国と地獄」以来の誘拐ミステリの衝撃作》とあるのは、持ち上げすぎだと思うが、一概に的外れとも言えない。読んだ限りでは[衝撃]はない。工夫された作品というだけのことである。しかし、独創性だけは本物である。
 作品中で「男のくさびから解放」ということばがあるが、意味は通じるが、これは「くびきから解放」が正しい。この作者は、翻訳家として著名な方であるが、[指示詞・あ]の用法が間違っている箇所がある。
  [あの男] [あの野郎]と出てくるが、この場合の指示されている人物(犯人)は、[あの] と発言している人物と [懐旧の念を抱いている、或いは、その対象を熟知している] という関係にない。作品の最後までその犯人は現れないのであるから、誰も[あの男]とは言えないのである。
 [こ・そ・あ・ど]の用法を間違える著名なミステリ作家が一人いるけれども、日本人として、非常に違和感がありますね。
 また、【菊池光】というミステリの翻訳家は、しばしば悪訳家として俎上に載せられていますが、こちらの方は格助詞・副助詞 [が・は]の用法をしばしば間違っています。
 参考 = 『日本語の指示詞』 国立国語研究所(大蔵省印刷局)
      『朝鮮語のすすめ』 講談社現代新書 614
(2007年5月6日)


歌野晶午(うたの しょうご) 著
「世界の終わり、あるいは始まり」 角川文庫
 「身代金奪取」は敢行されるが、それだけのもので含蓄は無い。つまり、警察を介入させないという、ありきたりの便法。
 もっとも、この作品は“方法”を問う実験的意味のありそうな意欲作で、身代金奪取を根底に据えた誘拐作品とは趣を異にする。おそらく、かなりの読者が「読み難い」と感じるに相違ない。著者の意図さえ理解すれば、なるほどという作品である。したがって、ミステリとしての実質を求めるむきにはお勧めできない。しかしながら、読み応えはあるかもしれません。
 作中に「暗号」が出てきて、管理人はガッカリしました。また、息子の入浴中、秘密裏にコンピュータを弄るのですが、著者は大事なことを忘れています。他人のコンピュータに限らず、電源をしばらく入れていれば、相当の熱を持つのは常識でしょう。残念でした。
 また、156ページでは【蓄光性夜光塗料】の説明に、架空の会社名「西部合成化学工業」と「ルミルック」という商品名が記述されている。ご存知の方は少ないであろうが、【蓄光性夜光塗料】の世界唯一の独占企業は「根本特殊化学株式会社」という法人で、社長は【根本郁芳】氏である。商品名は「N夜光(ルミノーバ)」という。この独創的な技術には長い歴史がある。それを架空の会社名で代用して良いものか? 何しろ、世界の100%を供給しているのである。
 つぎに、小学六年生が使いそうもない言葉を使わせている。これは、以前にも書いたことがあるが、かなり難しい。馬鹿に喋らせても、どうしても幾分かは知的な記述が仄見えるのと同根である。
 最後の50ページで、多摩川の河川敷の記述に触れる。南武線の鉄橋下にホームレスの仮住まい、と出てくるが、管理人が通っていた頃は、そこには誰もいませんでしたね。もっとも、そこから離れた場所には何人かのホームレスが生活していました。


 「2004年頃の多摩川河川敷」

 正面に見えているのは「東京競馬場」
 この辺りを題材として『ダンスパートナー』という身代金目的誘拐ミステリ試作品を書きました。
 フレームの外・右側をJR南武線が横断している。写真の中の草むらの中に、何箇所かホームレスの住居があり、時折、炊飯の煙が立ち上っていました。また、この場所は【国鳥・雉】の生息地でもあります。
 管理人が、この場所で考え付いた【身代金奪取方法】は3種類。
 そのうちの一つには、管理人が絶対の自信を持っていて、およそ、全国の半分で実行可能ではないかと愚考している。しかし、余人には推測不可能でしょう、多分? 他の2方法は、ミステリの中で活用できます。実際に適用される可能性も無いとはいえません。
(2008年6月8日)

海月ルイ 著
「子盗り」 文春文庫 第19回サントリーミステリー大賞・読者賞受賞作品
 身の代金奪取はない。これは悲しい犯罪物語であって、断じてミステリではない。刑事は最後になって付録のように登場。それぞれに曰く因縁を抱えた女たちの生き様を描くが、結末がつまらない。最後に予想外の結果を記述するかと思いきや、あまりにもありきたりで疑ってしまった。アラアラという萎んでしまう気持ち。
 作品は読ませるのだが、伏線が長すぎる。反対に、もっと詳しく書き込めと言う評者も存在するであろうが、そこは書き方の問題である。ミステリを謳うなら、書き込むことより、切り捨てることの方が大事であろう。書かれていることは、一々尤もなのであるがつまらないのである。その原因の一つは、短くすべきところを著者が理解していないからである。
 身の代金目的誘拐の部分もあるにはあるが、それは些少でしかない。当サイトの訪問者には不向きな作品です。
(2011年9月5日)


海月ルイ 著
「十四番目の月」 文春文庫
 身代金奪取方法は新機軸である。ただ、解明の方法がチョット安直。記述されている方法なら、その前に警察が解決しているはず。しかし、なかなか読ませる。
 この作家の最大の勘違いは、【逆探知機】なるものを登場させていること。それも、刑事に説明させているから始末に負えない。どんな手段で逆探知するというのか? 「通信傍受法」に係る【傍受】と【逆探知】は全く別物である。その種の情報はWebにあふれていますから、推理作家たるもの勉強しましょう。もっとも、日常の誘拐事件の報道でうかがえる常識、と言うものがあります。
 固定電話での「逆探知」としては、ある一つの方法が存在しますが ( かつて。現在の事情は知りません) 、その方法では、犯人が疑念を抱かざるを得ないので、身代金を要求する相手には用いることができません。……この方法はインターネット上で見つけられるでしょう。或いは、経験的にご存知の方もいらっしゃるでしょう。
 また、「黒い警察手帳」という物が出てきますが、この作品が書かれた当時も現在も、実際の「警察手帳」の色は「黒」ではありません。テレビ・ドラマの見過ぎです。調べましょうね。
※ 警察庁のサイトでは「これまでと同じチョコレート色」と表現しています。
 まあ、読んで損はしないでしょう。
(2009年02月4日)


江戸川乱歩 著 春陽堂・江戸川乱歩文庫
「黒蜥蜴」他一編
 言わずと知れた江戸川乱歩の「黒蜥蜴」。三島由紀夫の戯曲化でも著名。
 二の腕に黒蜥蜴の刺青を持つ女盗賊と明智小五郎の駆け引きを描く。女盗賊は「エジプトの星」と呼ばれる宝石を入手しようと宝石店の娘を誘拐する。
 わが国探偵小説界の魁として偉大な足跡を残した江戸川乱歩の中篇作品。変装と声色の乱発がいとも易々と通用するところなどは、時代を考えれば非難に値しないであろう。緻密さを問えば、「否」としかいえないが、先人の足跡を否定するものではない。一つだけ、現在に参考になりそうなのは、現在では電話で行われているところが、他の方法を用いているところであろう。ここは、ミステリの重要な題材となるので詳細は述べません。
(2007年3月18日)


大石 圭著
「オールド・ボーイ」 角川ホラー文庫
 『漫画アクション』に連載された同名コミックス(土屋ガロン/嶺岸信明作)をノベライズ化したもの。映画のほうは韓国で大ヒットしたようであるが、こちらも、なかなか読ませる。ジャンルとしては身代金目的誘拐ではなく、寧ろ、監禁・復讐劇といったところ。理由も判らず15年間監禁された男が真相を解明しようとする。"ネタばれ"っぽくなるが、作品中では「催眠術」が用いられている。
 管理人の考えを述べれば「催眠術、双子、暗号」をミステリ内で用いることには大反対である。つまり、それらは際限なく羽を伸ばして勝手気ままに作品を構成することが可能なのである。一般的に、双子を用いれば、アリバイトリックは簡単である。また、暗号は、全ての文字列、数字列などを、気ままに暗号と主張することができる。「催眠術」に関して言えば、当然、記憶を弄る事になり、これも作品の作成を簡便にさせる。
 しかしながら、「読ませる」という点に関しては、この作品は成功していると思う。
(2006年7月9日)


大石直紀 著
「テロリストが夢見た桜」 小学館文庫
 卒なく読ませるのだが、なぜか文章がしっくり来ない。その原因は、焦点を当てられている人物の内心を表現するために多用される「・・・・・・だろうか」という言い回しにある。登場人物なら知っていそうなことと、著者が曖昧にしているところの境界がいびつに見えるせいである。
 最大の失点は、主要登場人物である都築という警察庁課長の職階を「警視」としていることである。警視庁の主要課長でさえ「警視正」であるのに、警察庁の課長が「警視」のはずがないではないか。それも、本人に「俺は警視」だと啖呵を切らせているのだから、何をかいわんやである。また、『ハラハラ時計』を知っている元過激派の主人公が【リボルバー】の知識もあやふやというのは戴けないね。
 身代金の奪取方法は簡略化されているので参考にはならない。同じような手法のミステリは幾らでもありそうである。
 身代金をドル紙幣で奪うのですが、コートに50万ドルを隠して脱出とあります。周知のように100ドル札を使用するには━ことに犯罪者にとっては、大変勇気が必要です。仮に、それ以外の小額紙幣ではコートに隠すことは不可能でしょう。100ドル札でさえ5000枚なのですよ。それだって信じられない設定です。(作者は、紙幣の券面に関しては記述していません。)
 しかし、ミステリの世界では、━殊に米国のミステリや映画の中では━100ドル紙幣というのは非常にシビアな問題を提起するものなのです。
(2007年8月22日)


大石直紀 著 「誘拐から誘拐まで」 大石直紀 著
「誘拐から誘拐まで」 カッパノベルス
 身代金奪取は成功裏に二度行われる。どちらも過去に類似の方法がミステリの中で記述されている。後の方は、単に、捜査陣を遠避ける手法のヴァリエーションに過ぎない。警察は追って来ないよ、だから何だってできるんだ、そう主張するのである。
 最初の方は、人混みに紛れて奪取する、という方法で、祭りの会場とか、遊園地とかを身代金奪取の場所に求める。これは、まことに運に左右される方法であろう。管理人なら、こんな杜撰な手段は選ばない。身代金の奪取場所が外国である、というのが、そもそもインチキくさいと思いませんか? そこへ伏線を張らざるを得ない、アラブ人との人間関係も嘘っぽい。
 国外へ逃亡した犯人を、すぐにその場所で逮捕できる(28ページ)、などというのはいかがなものでしょう? 誰が、どんな法規と権利の元で、できるというのでしょう? 
 二度目の身代金運搬では、女性が一億円を背負って、駆け回ります。著者も気が引けたのか、『リュックを背負ったまま、軽快な足取りで走っている。普段からジムで鍛えてでもいるのか』などと補足していますが、延々走り回ったあげく、駅の改札を簡単に飛び越えるなんて、そりゃ、無理というものでしょう? ちなみに、ママチャリの前籠に5sのコメ袋を入れると、女性はハンドルを取られます。10sとなると非常に大変ですね。それを背負って走るのです。ウーン、大変だ !
 作品自体は、「管理人にとっては」つまらない。国際的な「巨大ヘッジファンド」なるものの正体に現実味がまったくないせいであろう。全て作り物丸出しという白々しさがいけません。
 クーンツやスティーブン・キングのホラー作品が、全く架空の世界を描いて、現実的な恐怖感を世界に与え続けているいるのは何故かと問うべきです。いったい、どこが違うのでしょう?
 素質でしょうか?
(2009年8月2日)


逢坂 剛 著
「裏切りの日々」 集英社文庫
 佳品である。以前読んだ『百舌の叫ぶ夜』には、確か双子が出てきて、失望した記憶がありますが、(以前にも書きましたが、管理人は、双子を登場させるミステリには賛成しかねるのです)。まず、当たり外れのない作家の一人でしょう。
 身代金は奪取されないし、身代金目的誘拐という正統的な作品ではありませんが、【身代金】の扱い方に特徴があります。参考になるでしょう。
(2007年10月20日)




大沢在昌 著
「Kの日々」 双葉社
 読ませるが、後半は思弁的の感を否めないと思う。この作者の作風であるから、厳密な論理にまで至らないのは当然である。エンターテインメント小説なのだから、「読ませる」ということが第一義であって良い。人物は詳細に描写されているような錯覚を抱かせるが、実は、それほど詳しくはない。想像しようとすると、実体がないのに気づかされることでそれが解る。ずっと朧ろなままなのだが、登場人物には生命感がある。ここが、この作者の真骨頂というところであろう。
 身代金の奪取方法は詳しく記述されているが、冗談のような方法である。現実的な解決方法とはいえない。もっとも、この作家自体が整合性を求めているわけではないと思う。
 誘拐される暴力団組長がクロロホルムを嗅がされて誘拐されるシーンがあるが、実際の【クロロホルム】の効果はそのようなものではない、というのが専門家の定説である。TVドラマなどで使われるシーンは、嘘っぱちである。当然、この作品も例外ではない。詳細はWebで調べてください。
 管理人は、かつて、クロロホルムを偶然入手したある人物に『※※さん、クロロホルムって、どれくらいで眠らせられるんですか?』と、聞かれた事があります。(勿論、その人物は刑務所に入っていた過去を持ちます。)
 読んで損はない作品であるが、思弁は牽強付会と紙一重で、ごまかされた、と感じる読者もいるのではないだろうか。
(2007年10月12日)


太田忠司 著
「夜叉沼事件」 徳間文庫
 身代金の引渡しはない。「誘拐事件」ですらない。
 中学生探偵が活躍するシリーズ物だそうである。佳境に入るのは後半。しかし、謎解きというだけで古風なつくりである。言葉には拘りがあるらしい作家であるが、【露台】などという古臭い単語を用いたりする。管理人は【堀辰雄】を思い出しました。【ひと段落】は日常よく出くわす表現であるが【いち段落】のほうが正解。しかし、【うずたかい】、【ぎごちない】など正確さを期すのは良いと思いますね。
 しかし、邦人作家は「会話」の表現力がまったく足りませんね。これは、欧米人との教育段階での修練の差でしょうね、きっと。ともかく、意味のない会話を連綿と綴るのですわ。【会話】は次のシーンでの布石となるもの、読者の想像力を喚起するようなものでなければなりません。『コーヒーを飲んだ』とか『天気がいい』などと徒に書いてはいけません。
 作品としては推奨に値しない。過去の遺物のような作品である。
(2008年01月31日)



大谷羊太郎 著
「複合誘拐」 カッパノベルス
 身の代金は奪取される。三種の方法が記述されるが、参考になるのは二番目の物。まあ、ミステリ・ファンなら思いつく人も少なくないと思われる方法ではあるが、この作品の上梓時期(昭和55年)を鑑みると上出来の部類にはいるでしょう。
 一見して、活字のベッタリした印象に怖気を奮う。それだけで、サスペンス重視ではないなと思わせる構成である。まあ、世間では「本格派」とでも言うのであろう。
 105頁の【逆探知】に関する記述は正しい。こういう作品が、この時代に存在するのに、後続の作家たちが、【逆探知】に関して嘘八百を書くのはどうしてでしょう?
 題名が示す通り、登場人物が複雑に入り組んだ誘拐劇を演じます。プロットをこじつけと見るか、よく考えられていると見るかは読者次第でしょう。
 この作品を読みながら思ったことは、視点の気ままな変換です。これが英米あたりの作品にはありません。ある一人の視点で記述されてる場面に、いきなりナレーションが入るのです。これは、邦人作家の得意とするところですが、いただけません。ある特定の人物の描写時に、都合の良い背景説明が入ったりしては駄目なのです。それをその人物が知っているならともかく、一般知識や、用語解説をしてはいけないのです。邦人作家の多くが、この当然のことを理解していませんね。
 FM盗聴が図られますが、とても、そう簡単にいくとは思えませんねえ。それに、246頁に、唐突に「海外脱出の手助け」の記述が現れますが、これも、はしょりすぎだと思いますよ。『身の代金を奪った。海外逃亡の手はずは整っている』じゃ、ミステリなんか誰も読みたがらないでしょう。
 最後に、決定的な欠陥を。
 「毛髪鑑定」の結果、人物が特定されるのですが(被害者の物と判定された)、そんなことは、現在でもありえません。DNA型鑑定を駆使しても、非常に困難が伴うのですよ。ましてや、1980年といえば、その技術の片鱗さえ現れてはいませんでした。

【毛髪鑑定】に関する誤解を解くためにWikiから以下の記述をお借りします。
[頭髪からDNA型の検査ができるという一般認識には若干の誤解がある。頭髪はDNAが発現したタンパク質であり、これを逆に遡及して遺伝情報を求めるのは現在の技術では困難だからである。毛幹部には、通常は核DNAは含まれていないため、毛根部分に頭皮組織の一部(毛根鞘)が付着していた場合に限って検査が可能となる。ただし、ミトコンドリアDNAに限っては毛幹部からも検出されることが多く、ごく一部の例で個人識別に使用されることがある。]
(2011年10月15日)


太田蘭三 著
「口唇紋 北多摩署純情派シリーズ 8 」  カッパ・ノベルス
 情景描写を除けば、実に中身のない作品である。いや、作品群というべきか・・・。
 刑事が刑事に対して「ピッキング」の講釈をしたり、警察官なら誰でも知っていて当然の用語を説明したりするのは、考えられない凡庸な作法である。
 身代金の奪取は高速道路を使って挙行されるが、妥当性は読者にお任せしたい。
 八ページに『拳銃を発射』という記述がある。
 つまり━ 【銃口から拳銃が出てくる】
      正解は━ 【拳銃を発砲】。あるいは【銃弾を発射】。
 この表現は、数年前までNHKを含めた放送界全体で用いられていた誤った表現である。管理人が放送局に注進しようとしていた頃、どなたかが先んじてしまわれた。よって、現在、NHKでは、この誤った【拳銃を発射】の表現は一部を除いて用いられることがない。例外は、カメラマンなどが実況でコメントする場合に生じている。民放はこの限りにあらず。
 また、この作家は、表現に特徴を持たせようとするのか、指示詞【その】を用いる場面で【この】を用いている。
 樹木に空いた空洞を【洞窟】と表記し【ほら穴】と読ませているが、【ほらあな】は全然別物である。そういう場合、【ウロ】と呼ぶのが妥当であろう。
 この作家の作品は、足し算ばかりでつまらない。つまり━身辺雑記的なのである。
(2007年8月16日)


 
太田蘭三 著
「三人目の容疑者」 祥伝社文庫
 《エド・マクベインノ87分署シリーズやストックフォルム警察のマルティン・ベックシリーズ》 を引き合いに出して、似たような警察小説を目指したというのが、これら一連の小説群だそうである。
 些事ながら【× ストックフォルム】は【○ Stockholm】の間違いです。心理・法律関係の用語で、誘拐に非常に密接な専門用語【ストックホルム症候群】があります。
 この作品は、2,200万円もする日本一の評価の錦鯉が誘拐されると言う発端で始まります。厳密に言えば身代金目的誘拐事件ではありません。身代金奪取方法に工夫もありません。閉口したのは、冒頭からの名前つきの登場人物の多さです。重要性を持たない登場人物には匿名性を付与する、というのがミステリを読みやすくさせるコツなのですがね・・・。赤川次郎氏などが違和感なく読ませる技術に長けているのは、登場人物の登場のさせ方にもあるのです。瑣末な登場人物が名前を持つと、誰が誰やら区別がつきにくくなって読み難いこと、この上もありません。警察小説の落とし穴の一つが、ここにあります。登場する人物の一人一人に名前をつけたくなるのです。たとえそれが、たった一度の登場であってもです。しかし、交番の巡査なんかに名前をつけて読み辛くして、どんな意味がありますか?
 後半のできばえを考えると、前半の伏線部分のつくりが疎かですね。
(2007年5月24日)


太田蘭三 著
「潜行山脈」 祥伝社
 数冊読んで、この著者の作法が解ってきた。警察小説であるから、組織を描写し、捜査過程をなぞるのは仕方がない。しかし、刑事が行く先々で事件関係者に次々と遭遇するのはいかがなものか? 工夫のなさにもほどがある。
 この作品では、伝書鳩を使って身代金を奪うという方法が使われる。管理人はかつて、同様の方法を用いた作品を読んだ記憶がある。どちらが先行作品かどうかは知りませんが・・・。
 この作品では、おそらく意図的にであろうけれども【この】という指示詞が頻発する。しかし、離れた視点での客観描写に続いて【このアパートを離れた】などと記述されると、日本語として非常に違和感がある。話者が描写されている建物のごく近くにいるという解釈なのであろうが、普通の日本人はそのような描法を採らない。
「日本語の指示詞」を勉強しましょう(+_+)

 著者は山登りが趣味らしい。そこで【sack】=ザックとドイツ語を用いているのに、ギブスと書くのは如何なものか? 【gips】=ギプス。もっとも、【ギブス】のほうも日本語辞書に載ってはいます。
(2007年7月15日)


 
太田蘭三 著 「富士山麓 悪女の森」 祥伝社 太田蘭三 著
「富士山麓 悪女の森」 祥伝社 NON NOVEL
 身代金の奪取はない。高速道路からの投下が予測されているが、使い古された陳腐なものである。
 成人指定の記述が随所に現れる。意図的なのは判るが、必要不可欠なものとは考えられない。また、主人公の刑事と相棒の若い女刑事がどぎつい猥談を繰り返すが、意味があるとも思えない。主人公のキャラクターを生かさんが為の努力なのだろうが、管理人には勘違いをしているとしか思えない。
 この作品で正しいのは、「電話の傍受装置や録音装置がセットされていた」という記述である。まことに尤もな文章で、他の頭のいかれた推理作家たちに煎じた薬を飲ませたくなる。
 ところが、この作家には、変な拘りがあって、指示詞「この」を、常識とは異なった用い方をする。
 「この一課長室を出た」
 「この係官室を出た」
 「この喫茶店を出た」などである。
 コンテキストからいって、「あの課長室」を出たりしないのは言わずもがなである。それまでずっと課長室にいて、そこを出るのであるから、『一課長室を出た』、或いは『そこを出た』が正しい日本語である。
 おそらく著者は、意図的に指示詞「この」を用いているのであろうが、大きな誤りである。その典型例が221頁にある。
 「香月は、このビルの玄関に目をそそぎながら、張り込みをはじめた」
 「七時半ごろ、富樫組の組員、野呂田洋二が、そのビルの玄関から姿を見せた」
 「能島が、その店の格子戸を開けて、姿を消す」
 著者の感覚では、自分が記述したばかりの・直近の物を指して【この】を使っているようであるが、全て【その】で置き換えるべきものである。なぜなら、コンテキストからいって、「離隔」を感じさせるので【その】が正しいし、モノローグの話者の空間的位置からも「離隔」が明らかなので「その」が正しい。221頁の三例を見ると、後の二例が正しいと理解されるのである。
 この作家は、三人称で書かれている作品に、一人称の文脈を挿入しようとするから過つのであろう。
 真面目なはなし、職業作家に「こ・そ・あ・ど」の説明なんかするのは馬鹿げている。
 参考サイト=「日本語指示詞研究文献一覧」
 こいうものが存在するのであるから、本当は用法の難しい品詞なのでしょうね。ことに外国人学習者にとっては。
 蛇足のようになりましたが、この作品自体、誘拐作品として、注目すべき点はありません。
(2009年11月11日)


太田蘭三 著
「虫も殺さぬ」 光文社文庫
 北多摩署純情派シリーズと銘打った第四作目。
 この作品は、公共事業の予定価格を中堅官僚が政治家に漏らすという部分が設定の中心で、そこにクワガタムシが誘拐されて身代金200万円が要求されるという事件が勃発する。ストーリイの展開は偶然ばかりが目立つ。シリーズ物と分かれば、読み難さのある部分は割り引いて考えてもよい。しかし、この作品の設定には根本的な間違いがある。
 公共工事の最低落札価格を受注希望企業が知りたがるのは当然であるが、この作品が書かれた当時、それを知ったところでどうにもならない。
 公共工事に談合は必然で、落札業者は持ち回りで決定されているのが慣習である。そこで、あらかじめ定められている業者が、最低落札価格を僅かに上回る一番札の金額で入札する。それ以外の企業は、少しずつ高めの金額設定で入札に参加するのである。時として、この条件から除外される企業が出ると、新聞ネタになったりするのである(注= 関係者から価格漏洩の一手法を聞いたこともある管理人)。
 この作品は、予定価格を政治家の同族企業が利用して贈収賄に発展する、という設定であるので、そんなことはありえないという他ありません。
 作家が無知のために、間違いを書いても売れているミステリ作品は枚挙に暇がありませんな。
(2007年7月10日)


大野優凜子 著
「消えた甲子園」 有楽出版社 JOY NOVELS
 身の代金は奪われる。詐欺的な方法で奪われるが、いかにも発想が安直である。これが整合性のある方法だとは、何人(なんぴと)も思わないであろう。安直というのは、金融機関を用いて身の代金を奪う方法は、多くの作家が試みているけれども、本当に可能なのかどうかは、誰も検証していないからである。また、実際の事件として、同様の詐欺は起こっているけれども、大概は発覚して犯人が検挙されてしまっている。タックスヘイブンの島を利用するとか、同様の方法は、正確でない限り用いるべきではないだろう。最初に用いた人物だけが褒められるのである。独創性のない身の代金の奪取方法は無意味である。
 この作品では、事前の調査の成果が大いに発揮されている。中でも特筆すべきは【逆探知】に関してである。他の作家たちも、この作品を参考にしなければならない。間違っても【逆探知装置】のような珍妙な物は登場させてはならないのである。
 事前の調査を綿密に行っている事は紙面に良く現れているのだが、ただそれだけなのが残念である。つまり、十の調査結果を十記述するしかないという結果があからさまに見えているのだ。ここは、百の資料から十の必要部分を記述するのでなければ、良い作品は描けない。調査結果を重く考えると、どうしても説明口調が増加して、ルポルタージュのようになるのである。
 それが初頭の登場人物の多さにも現れていて、咀嚼し辛いこと夥しい。
 細かいところでは【催眠ガス】なるものがある。こんな物が実際にあるなら、立てこもり事件やバスジャックなどは起こりえない。
 2002年、チェチェン紛争の余波で、テロリストたちがモスクワの劇場を占拠した時、この催眠ガスが使用されているが、制圧部隊が突入したのは一時間後であった。
 あちこちに綻びや整合性のない部分ががあるのは構わないが、何でもかでも書こうとしているので核がない。最後はまるで尻切れトンボで、中間の記述とは大違い。ミステリは最後こそが肝心なのにね・・・・・・。素人が片付け物が出来ずに右往左往している様相です。
 結局、調査と、設定の荒唐無稽さが噛み合っていないのがこの作品を駄作にしています。ググってみてもレビューのないのがその証拠です。
 ただし、【逆探知】だけは、警察関係者に取材した成果が現れています。管理人は、おそらく、三百冊ほど身の代金を扱った小説を読んでいますが、当作品がナンバーワンだと申し上げておきましょう。多少の疑念を抱かせる部分もありますが、他の作家と比すれば瑕疵にはには当たりません。
(2011年7月16日)

大藪春彦 著
「諜報局破壊班員」伊達邦彦全集3 光文社文庫
 没入するのが至難な作品なので、三度目に意を決して読み始めましたが、60ページほどでお手上げになりました。単語の羅列にはついて行けません。こういう作品を至宝のごとく崇める人々もいないわけではないので、作品としての意義はあるのでしょうが、管理人は読みきれません。ただ、この作家の映画化された作品は好きです。しかし、米国などの数百万部を売るベストセラー作家たちが、語彙が豊富であるにもかかわらず、読者を見事に引き込んでゆく手腕を持つことは明記されてよいことでしょう。
 文章を綴るという事は難しいことです。語彙や語順が正確で、これといって欠点のない文章だからといって、読者を惹きつけるとは限らないものです。単語の羅列だけはいただけません。
(2008年3月4日)


大山誠一郎 著 「Yの誘拐」 東京創元社 大山誠一郎 著
「Yの誘拐」 東京創元社 ミステリ・フロンティア『アルファベット・パズラーズ』収載の中編。
 身代金の授受は行われる。しかし、ここがミソである。

 『これが身代金の滓ですか』
 『はい。残念ながら、完全に燃えておりまして、私どもとしては交換することは・・・・・・』
  一億円は失われたということだ。

 上記は、爆発と共に燃え尽きたという身代金の記述である。
 著者は明らかに、それと知りながら、ストーリー展開上、敢えて卑怯な記述を選択している。
 いかなる爆発であろうとも、身代金の札束が、鑑定もできかねるほどに灰燼に帰す訳がない。本作のジュラルミンケースに入れたという状況設定では、尚更そうであるということを、完全に無視している。であるから、その頁の記述は、そこから逃げ出すように簡略、曖昧である。
 というのも、そうしなければ、この作品が成立しないからである。
 あからさまに言えば、そういう事である。
 誘拐の被害者と共に、爆破により、ジュラルミンケースに入れられた札束が完全に燃え尽きた、とされる。これだけでも笑止千万である。火事場に同様のジュラルミンケースがあったとして、燃え尽きる訳がない。
 すると、その現金は、鑑定されることになる。仮に、本作のように灰になっているとしたら、途中ですり替えられていない事を証明する為にも、その灰の成分は分析される。そして、警察が介在しているのであるから、身代金額と灰の相対関係に整合性があれば、しかるべく処理されるはずである。
 ここが要点である。
 鑑定されれば、この作品は最初から成立しない(理由を知るには作品をお読みいただく他ありません)。鑑定されないことを前提としている当作品は反則で退場である。
 その卑怯さに目が止まったから、管理人は、この短い作品を嫌々ながら読了するのに一週間も掛かってしまいました。
 更に一言付言すると、
 この作者は、できうるだけ現実を踏襲して記述しようとしている。だが、【偽札】に関して、作者は勘違いをしている。勿論、思弁的な作品に厳密さは必要ない、という考え方もある。
 【偽札】を作成し流通させるための方法に関しては、Webで入手できるでしょうが、印刷屋といえども、本物と見紛うほどの質感の紙を手に入れるのは不可能に近い。また、【透かし】に関しては資料を見つけましょう。
 また、「Yの誘拐」という表題からも想像できるように、当作品では【暗号】が用いられる。『Y』が何であるか、誰であるかが謎であり、トリックである。勿論、暗号は極めて恣意的な産物であるから、評価の対象として相応しくない。暗号は無限に作成できるし、馬鹿にでも作れる。それは、テレビのクイズ番組が衰えない人気を保っていることでも肯けるであろう。【なぞなぞ】と【暗号】の恣意性は同根である。つまり、現代では、暗号は、余程巧妙に組み込まない限り、ミステリの中に存在意義を見出せないのである。
 『Yは何だろう?』という設問と、
 『スリランカの首都の名前は?』という問いは、同じ単純な頭から発せられるのである。
 【ダイイング・メッセージ】とか【暗号】というものは、最初から読者を安直に騙そうとする創造性の極めて低い代物である。安易にそんな物に依拠してはならない。拳々服膺して肝に銘じるべきである。
 作品の最後の方はドンデン返しで読ませるのであるが、いかんせん、身代金が燃え尽きて灰になった、という記述が、命取りである。
 身代金は燃え尽きた。しかし、鑑定の結果、偽札であることが判明した。身代金はどこで、何時すり替えられたのか、運搬役が偽札作成団の一味なのか? そこから、ストーリーを展開させなければならない。そこからでも、幾らでもドンデン返しは可能なのである。ただ、安易に【暗号に寄り掛かる】制作姿勢からは、このような発想は生まれない。資質の問題である。
 ミステリ作家は、しばしば、上述のような卑怯な手段を試す。不正を知りつつ読者を欺くのである。読者が気づかなければ、作者の勝ちである。それを心得て読書に勤しむのは自由である。
(2009年12月26日)

岡嶋二人 著
「殺人! ザ・東京ドーム」 講談社文庫
 身代金奪取はない。偶然入手した毒物を用いて連続殺人が行われる。それに便乗した身代金の要求はただのツマに過ぎない。
 知能の高くない犯罪者(今回の場合は毒殺者、好意を持たれているクリーニング店の女性が、頭が足りない、という)が、かなり周到な殺人計画を実行する。
  以前、別の読書評にも記したが、知能の高くない人物に難しい犯罪を果たさせるのは無理というものである。書中に描かれるような人物に、そのような犯罪を犯す能力があるとは到底考えられないのである。
 身代金目的誘拐を扱っているとは云い難いのでリストからは削除します。
(2007年7月28日)


岡嶋二人 著
「白雪姫がさらわれた」 講談社文庫 短編集『なんでも屋大蔵でございます』に収載。
 身代金目的誘拐作品ではありません。
 なんでも屋に猫をさらってくれとの電話があった後で、件の猫が姿を消す。なんでも屋の推理が意表をつく。
 身代金目的誘拐作品ではないのでリストから削除します。
(2007年9月15日)






荻原 浩著
「誘拐ラプソディー」 双葉文庫
前科と借金しかない男が自殺を諦め誘拐を目論む。チョット笑わせる誘拐ミステリ。面白い。実際に身代金目的誘拐を敢行する参考にはならないが、愉しく読ませるエンタテインメント作品である。エンディングに多少の不満はあるが、読んで損はない作品である。
(2006年7月16日)






奥田英朗 著
「オリンピックの身代金」 角川書店
 身代金の奪取はない。
 二段組五百ページの大部の著作である。ハラハラドキドキしない作品。であるから、管理人は二ヶ月もかかって読了した。浩瀚な書物でも面白ければ眠る間も惜しんで読み耽るものである。詳細な記述を納得して読むか、枝葉末節に拘泥していていることを非難するかは、読者次第である。
 管理人には前半は非常に退屈であった。しかし、後半部分が読ませるのも確かである。
 このプロットでは、こう書かざるを得ないのかな、というのも一理ある。しかし、ミステリファンに推奨するかとなれば、別の話になる。
 記述に関する疑問としては、
 アルミ箔でおにぎりを包んでいた(471頁)
 警察官僚の階級は正しいのか? 例:総務課長=警部 部長(刑事)=警視正
 時代考証はかなりなされていると思いますが、現今では警視庁の部長は「警視長」でしょう。また、東大出の有資格者(キャリア)で総務課長が警部というのも変である。というか、ほとんど噴飯ものである。キャリアは任官と同時に警部補。すぐに警部に昇進。二十代で警視となり、どこかで所轄の署長などを経験し、後は昇進を重ねる。総務課長で警部というのはありえない話である。たとえ1964年であったとしても。
 しかし、これらは何れも後半に現れており、作者の疲労からではないかと推察する。
(2011年2月15日)


 
折原一 著
「二重誘拐」 講談社文庫 短編集『ファンレター』に収載の短編。
 手紙形式の連作短編集で、いずれの作品も短編の長所を良く引き出している。 
 「二重誘拐」では、身代金は[置かせて、奪って来た]というだけであり、奪取方法は参考にもならない。しかし、小さなアイディアで意表を突いている。佳品である。
 しかしながら、声色はいけません。賛成しかねる。他の収載作品にも、「声色」と「変装」がでてくるが、いただけない。
 管理人は、この作家の作品には二、三冊しか目を通していないので、作風を論じることはできないが、恐らく、目の前にいても、声色で知人を騙せる、変装で同僚を騙せる、というのが、この作家の流儀なのであろう。旧いタイプの作家のようだ。娯楽と割り切れば、それも良いでしょう。嘘を書いても、読者を騙す、というのがミステリの醍醐味でもあるわけですからね。
 管理人は、以前、この作家の「誘拐者」の読後評で『警察捜査を一切記述しないから作品として成功している』と綴っています。この作品も例外ではありません。実際の誘拐の参考にしようと考える方は避けるべき作家です。
(2008年4月21日)


 
折原 一 著
「真夏の誘拐者」 講談社刊の短編集『耳すます部屋』に収載。
 一千万円が要求されるが、身代金の奪取はない。
 アイディアは秀逸である。
 しかし、この作家の作品は、管理人には印象を残さない。それは恐らく文体の所為であろう。
 阿刀田高氏あたりなら、この題材をもっと魅力的な作品に仕上げるに相違ない。気の利いたオチなのに勿体ないことである。
(2009年9月22日)



折原一 著 
「誘拐者」 文春文庫
 管理人はこの作者の作品を読んだのは、これが二作目。一作目の印象はまったく残っていない。これは伏線の長い作品で凝っている。作者は"叙述トリック"と"どんでん返し"で著名な作家、ということになっているが、評論家なんてのは至って無能の輩が多いから、本質に気づかない。
 この作品を支えているのは、叙述と独白である。しかし、これがトリックを構成していると言うのは持ち上げすぎである。連続誘拐と連続殺人を描写しながら、警察捜査を全く記述しない。これが、この作品を成立させている主因である。捜査の視点でストーリイを記述すると、この作品は破綻する。つまり、犯罪者の痕跡を無視して描いているから、この作品が存在するのである。
 もっとも、良し悪しを判断するのは読者である。管理人は、完全犯罪の身代金誘拐が成立するかどうか、という視点で評価をしています。
(2007年4月16日)


梶 龍雄 著
「妖精の誘拐」 日本ベストミステリー選集Q 偽装シンドローム(光文社・光文社文庫・1994年5月20日)日本推理作家協会・編に収載の短編。
 身代金の奪取方法は描かれない。
 オチが効いている。短編集に取り上げられるくらいだから、当然と言えば当然か。
(2009年10月1日)





 
梶山季之 著
「甘美な誘拐」 講談社文庫 アンソロジー『ちょっと殺人を ミステリー傑作選3』収載。
 凡作。それ以上のものではない。もっとも、この作品が書かれた当時は、誘拐ミステリ自体が極く稀だったに相違ない。それは、『吉展ちゃん誘拐殺人事件』が何度も引き合いに出されていることからも解る。
 この作品の初出は昭和42年10月の別冊「小説現代」のようです。以降、数度、短編集に収載された記録があります(『吉展ちゃん誘拐殺人事件』は1963年 = 昭和38年)。
(2008年5月3日)




春日彦二 著
「大阪城爆破予告」 サンケイ出版(新書版)
 身の代金は授受されない。それに関して、面白い記述がある。曰く、『一万円札を千枚バラまく所要時間に比べ、千円札で一万枚ということは、十倍の時間がかかる』(135頁)。
 馬鹿でないの!
 昨日の草野唯雄著「街は狙われた」の評で外来英語の無声化について書きましたが、この作品にも ×『バック』→○『バッグ』が二度出てきます(191,192頁)。尤も、会話の中に入れてあるので、誤魔化しはききます。ですが、この作家の元職を考えると、違和感を拭えません。
 197頁には『犬の毛が完全に一致した』との記述があり、それがこの作品の大団円を飾るのですが、これは10月15日の評で、大谷羊太郎著「複合誘拐」にも書いた通り、間違った記述です。興味のある方はWikiを見ましょう。また、[法科学研究所]さんのサイトも非常に参考になります。因みに、この作品が上梓されたのは昭和61年(1986年)です。
 正確には思い出せませんが、この作品によく似た設定のあるミステリを読んだ記憶があります。この作品では、中学生時代の同級生の怨恨が顔を見せますが、よく似た方の作品では、高校球児の投手生命を断った怪我がモチーフになっていました。或いは、管理人の勘違いで映画だったのかも知れません。
(2011年10月21日) 


春日彦二 著
「鍔十手秘抄」 ケイブンシャ文庫
 時代物である。
 つまらない。結局、時代物作品では、細部が見えない、大味であるということが身代金誘拐作品を不毛なものにする。
 読者には、どうしてもその場面場面の情景が朧にしか想像できない。それに調子を合わせるかのように、作家の方も適当な描写を重ねる。細部に拘泥しないから、「そんなものか」で読み終えてしまう。『拐かし』作品を現代に置き換える試みをすれば、その曖昧模糊とした様がよく分かる。固より、身代金の奪取方法などには、工夫もない。
 船に載せて持ち去られた、と書かれれば、反証のしようもないのである。
 当サイトの訪問者に勧めるべき何物もない。
(2010年2月11日)


勝目 梓 著 「赤い傾斜」 徳間文庫 勝目 梓 著
「赤い傾斜」 徳間文庫
 身代金奪取は描かれず、その前に犯行が発覚する。
 全編これハードコア・ポルノというタッチ。ま、例によっての勝目ワールドである。前半の部分は、全て性描写に(性的描写ではない)費やされている。あからさまで細密な性行為の描写の連続である。不快を催す方は読まない方がよい。
 ただし、この作家の文章自体には信頼が置ける。
 また、誘拐を構成する細部も巧みである。管理人のように、身代金奪取方法の斬新な方法を創造できるなら、必ずや優れた身代金誘拐作品を描けることは疑いがない。その意味では残念としか言いようがない。勝目梓は極めて「特異な」作家である。
(2010年2月28日)

勝目 梓 著 「仮面の避ける日」 勝目 梓 著
「仮面の裂ける日」 徳間文庫
 身代金の引き渡しは、例によって、警察を介在在せないところで行われる。
 管理人も、300冊余の身代金誘拐作品を読んできたが、世間的に判断して、その「奪取方法」は記述され尽くした感があります。勿論、管理人に関してはその限りでありませんが。
 ヴァイオレンス・アクションを標榜しているかのような勝目梓作品である。当作品も例外ではない。不必要に性描写が過剰とも思えるが、他の作家たちも、実際の犯罪現場では少なからず同様の事態が生起していることを疑ってはいないであろう。しかし、書くことは端から頭にないのである。
 ここで、日本語について一言。
 頻発する【×サハリコート】→【○safari-coat】は止めて欲しい。
 【サファリ・ラリー】は石原裕次郎により『栄光の5000キロ』として映画化されました。
 管理人は、友人の祖父(フランス貴族)が、フランスの統治下にあったマダガスカルでサファリジャケットを着て、現地人の御輿に座っているセピア色の写真を見たことがあります(シュバイツアー博士が着ていたのと同様の物でした。当時はそんな呼称もなかったでしょうが)。
 【手斧】は【ておの】・【ちょうな】の二通りの読みがあります。ここでは、【ちょうな】とルビが振ってある。実際の【ちょうな】はこちら→「大工道具ー手斧」。作品中のように犯罪に用いるのは、一寸違う。
 【ちょうな】の使い方は、宮大工の【西岡常一】さんが、生前、テレビで紹介されていました。
 【押し込める】という表記には、ここ数年ミステリの中で慣れ親しんできましたが、【押し込んだ】という表記にはついぞ出会いませんでした。管理人にとっては【押し込んだ】の方が馴染みが深い。この作品の14頁に「押しこまれた」という記述が見られます。
※ この作品は[X指定]でしょうね。
(2009年8月17日)


勝目 梓 著
「脅迫者」 祥伝社 ノン・ポシェット
 身代金の奪取は敢行される。銀行口座が利用されるが、そんなに簡単に運ぶとは何人も考えまい。3億円を運ぶのに、大型テレビとオーディオ製品の箱が使用されると記述があるが、勿論、作者は勘違いしている。大型テレビを何インチと考えるかにもよるが、それが一つあれば、3億円は優に納まる。常識である。入手した「毛髪が、被害者のものと完全に一致した」との記述があるが、この作品が上梓された昭和63年には、【DNA鑑定】は未成熟であった。勿論、他の方法で、完全な一致など証明することは困難である。DNA鑑定が初めて犯罪事件の捜査に使われたのは1986年イギリスで、精度が乏しかったのは言うまでもありません。昭和63年は西暦1988年である。冗談も大概にしましょう。
 外来語の記述で【イミュグレーション】と日本語で【味あわせる】とあるが、後者は、作家にも少なくない誤りで、正解は【味わわせる】。【祝う】なんて単語がありますね。また、著者本人が付け足したものとは思えませんが、44ページには、建築用語の【根太】に【ねぶと】とあります。これは意味が大違いで、前者は床を支える木材。後者の読みでは、太ももや尻などにできる腫れ物の一種です。
 注 = 以前にも記しましたが、この作家の作品には、ポルノ同様の記述が少なくありません。未成年者が読んでも悪くはありませんが、(成長途上のどこかで出会うでしょうから……)ほどほどに。
 しかし、邦人作家は『説明』が好きですね。何ゆえに説明過多となるのでしょう。
(2008年12月27日)


勝目 梓 著 「灼熱の刃」 祥伝社 勝目 梓 著
「灼熱の刃」 祥伝社 NON POCHET
身代金は要求されるが引き渡しはない。
 勝目梓は、自他共に認めるエロスとヴァイオレンスの作家である。よって、当作品も成人指定というところ。
 管理人が勝目梓の作品に固執するのには理由がある。恐らくそれは「底辺の広さ」と「修養」である。
 その一例がこの作品である。
 『灼熱の刃』には、真に見事な「逆探知」に関する記述がある。
――公衆電話のようだな。車のクラクションが入っているよ。
 捜査員の一人が小声で言った。
――逆探知は無理だな。この長さじゃ。
 別の捜査員も囁くような声で言った。(35頁)

 録音テープが再生されはじめた。張り込みの手配の電話がかけられた。電話の逆探知が不成功に終わったという連絡が入った。(113頁)

 捜査員の一人が電話局と連絡をとった。逆探知はできていなかった。テープがくり返して再生された。(165頁)

 勿論これは、NTT電話局で、専門の担当者が逆探知業務に携わり、直後に、そばにいる担当刑事から『逆探知できませんでした』と連絡が入る事を言っているのである。
 このように適切に「逆探知業務」を記述しているミステリ作品に出会ったのは、古今を通じて初めてである。さすがに芥川賞・直木賞候補作家と言うべきか。
 当然、勝目梓には、エロスとヴァイオレンス以外の作品も書けるのである。
 敢えて推奨はしないが、学ぶべき所の多い作家である。
(2010年1月12日)

勝目 梓 著
「女王蜂の身代金」 講談社文庫
 特筆すべきは【彼】【彼女】といった人称代名詞を一切用いないで、登場人物を全て姓名の表記で通していることである。文学修養の長さを如実に物語っているようで、東大出のどこかの推理作家に爪の垢でも飲ませたいところです。
 例によって、エロスとヴァイオレンスという決まり文句が浮かびます。未成年には読ませたくない部分があるという人物がいても疑いません。しかし、凡百のミステリ作家より文章に通じているのは確かです。この作品に関しては、エロスの部分は、もっと穏やかな描写であっても良かったのではないかと思えます。しかし、著者は自己の作品形態を定義づけしているようですから、他人がとやかく言うべきではないのです。
 身代金奪取は二通り描かれています。最初のほうに管理人の関心は向きますね。後の方は、警察の介入がなければ当然という奪取方法。つまり、被害者側に、警察に報せることのできない何らかのマイナスの事情が存在するとき実現可能な方法ではないかと言っておきましょう。
(2007年9月14日)


勝目 梓 著
「処刑台の昏き祭り」 徳間文庫
 管理人はこの著者を、エロティック・サスペンスとヴァイオレンスの作家だとばかり思って、これまで氏の著作は一作も目にしていなかったのですが、この作品を読んで考えを一新しました。
 氏は芥川賞候補にもなったと経歴にあるように、安心させる文章運びで読者を引き込みます。一定年齢以下の人たちには勧められませんが、身代金目的誘拐としては秀作といえるでしょう。
 身代金の受け渡し方法は二種類記述されていますが、ひとつめは参考になりません。二つ目も、似たような試みを目にしたことはありますが、この作品が書かれた年(1979年)を考慮すれば先行作品といえるでしょう。疑問点は残りますが、参考にはなります。
 作品中で【× 汚名をそそぐ】は【○ 汚名をすすぐ】の誤用。
作品中で用いられている【メイクアップ】という言葉を化粧用語として最初に用いたのは【マックスファクター一世】でした。
(2007年7月22日)


勝目 梓 著 「沈黙の叫び」 集英社文庫 勝目 梓 著
「沈黙の叫び」 集英社文庫
 身代金奪取は、暴行を受けて奪われる、という方法。参考にはならない。
 結末を読むと、ストーリイの運びの理由が分かる。よく考えられているが、格別というほどではない。
 この作家の最良の部分は、安心させる文章だ、という点にある。この作品中でも【肩にパッド/pad】を【肩にパット/pat】と記述しているところがあるだけである。二つの単語の意味は大違いであるが、服飾業界では【肩パット】と表記する方が多いようである。もっとも、【shoulder pads】は単数表現なら無声化しても不可思議ではない。ただ、日本語表現としては【パッド】が当然である。なぜなら、もう一度英語に変換すると誤解を招くからである。こういう例は枚挙に暇がない。【bag】→【back】など。『ビックカメラ』などはしばしば『ビッグカメラ』と勘違いされています。
 この作品は1986年に、読売新聞社から刊行されている。フォード社の【Mustang】をまだ【ムスタング】と呼んでいた時代性をうかがわされる。車の表記は【マスタング】になったけれども、他の世界では、まだまだ【ムスタング】の表記が多い単語である。
 かつて、【ネスレ】が【ネッスル】と呼ばせていた事を思い出させますね。しかし、労働組合の方は【ネスレ日本労働組合】と【ネッスル日本労働組合】の二つが存在するそうである。
(2009年11月15日)

勝目 梓 著 「日蝕の街」 勝目 梓 著
「日蝕の街」 KADOKAWA NOVELS
 管理人が読んだのは光文社文庫版。
 身代金は奪われるが参考にはならない。警察を介在させないという手法。例によっての「勝目梓ワールド」である。X指定としておこう。
 この作品が上梓されたのは1981年だそうである。
 現場から採取された毛髪が被害者の物と一致した、との記述は、時代背景を考慮するまでもなく怪しい。「一致」とは何かを考えなくてはならない。
「法科学研究所」の毛髪鑑定
 DNA鑑定の歴史に関しては、煩雑になるのでここでは述べません。
 エロティックな描写を除けば、管理人は、この作家を好きである。
(2009年9月17日)

勝目 梓 著
「果てなき死線」
 成人指定。エロスとバイオレンスの炸裂です。
 身の代金目的の誘拐は果たせないが、同一のターゲットを狙う素人とヤクザの絡み合いが面白い。ただし、過激な性描写に抵抗がある人には勧められない。しかし、文章が上出来。そこら辺に生息する凡百のミステリ作家たちに参考にさせたい。芥川賞の候補にもなったことがあるのも当然。
 身の代金目的誘拐作品として見れば平凡な作りである。
(2011年8月21日)



勝目 梓 著 「骨まで喰らえ」 勝目 梓 著
「骨まで喰らえ」 祥伝社文庫
 秀逸である。但し、XXXの成人指定。
 身代金の奪取はない。警察の捜査も描かれない。しかし、構成が決定的に良い。
 過去の「交換殺人」を契機とする身代金の要求。
 ごく普通のミステリなら「陵辱」とか「暴行」「強姦」と記述するところを、この作家は、微に入り細をうがって書く。そのため、正当な評価を得られていないが、この作品も例に漏れないであろう。しかし、この多作家が、これだけの身代金目的誘拐作品を描けるのは驚き以外の何物でもない。
 リアルな性描写に不快感を催さないなら、是非読んでいただきたい誘拐作品である。
 問題点はただ一つ。獄中にいる人物を、我が国の刑法には無い「終身刑」としていることであるが、恐らくこれは、「無期懲役」では、構成上、整合性が図れないとして、作者が意図的に選択したものと思量されます。無期懲役刑では、囚人はいつかは獄外に出ることになりますからね。そうすると、この作品は全く別の構成にしなくてはならなくなります。そうなると、緊張感が弛緩し、収斂の方法が拡散します。
 しかし、当作品は設定が最高です。これほどシンプルで画然としたストーリーの身代金誘拐作品は見出すことができません。
(2009年9月27日)


勝目 梓 著 「誘拐狂想曲(キッドナップ ラプソディ)」 勝目 梓 著
「誘拐狂想曲(キッドナップ ラプソディ)」 講談社NOVELS
 身代金奪取は二度行われる。最初の方法は、ホテルのクロークを利用するもので、管理人が読んだどこかの作家に同様の作品がある。当サイトの「読後評」の中に、それが見つかるはずである。あるいは、「ネタバレ」を警戒して率直には明かしていないかも知れません。
 しかし、この方法は、二番目に敢行された、「高速道路を利用する」方法より、はるかに質が高い。素人がここに至れば合格点であろう。
 いずれにしても、伏流は、警察を介在させないという点に尽きる。専門の捜査機関を排除すれば、何だってできるのが世の常識である。この方法は読ませるにしても、「身代金目的誘拐」の記述としてはフェアとは言えないでしょう?。
 例にして、勝目作品であるから、殆どポルノグラフィーと同然のページも少なくない。「成人指定」が妥当でしょう。
(2009年6月19日)


勝目 梓 著 「罠の報酬」 勝目 梓 著
「罠の報酬」 講談社文庫 短編集『狼たちの宴』に収載。
 身代金奪取は参考にならない。
 狂言誘拐を扱うが、特段に褒むべき点もない。
(2009年9月30日)





 
 金久保茂樹 著 「瀬戸内天神伝説 8分のアリバイ」 金久保茂樹 著
「瀬戸内天神伝説 8分のアリバイ」 トクマ・ノベルズ
 つまらない。文章が下手である。
 身代金奪取方法に工夫がない。この作品もまた、捜査機関を埒外において、身代金を奪うという安直な手段に寄りかかっている。
 『8分のアリバイ』であるが、過去に頻出している他作家のトリックと同工異曲という他ない。工夫のかけらもない。時刻表を眺めれば、そこにトリックの種が落ちているのは誰でも知っている。そこで、何人にも見出せない「トリック」を創出するのがミステリ作家である。落第。
 身辺雑記と旅行案内のような工夫のない文章にも閉口であるが、ストーリーの中間で誘拐事件が発生するのもどうかと思う。
 例によって蘊蓄をひとくさり。
 187ページの「中秋の空」。作品では10月24日。周知のように、【中秋】は旧暦の八月十五日。ま、細かく調べて見ましょう。いくらなんでも10月24日はありません。
 172ページの「俳人の松尾芭蕉を輩出した場所」は大間違い。日本語の用法に存在しません。関心のある方は辞書に当たってみましょう。管理人は10年ばかり前に、某「一口馬主クラブ」の【サッカーボーイを輩出」という広告を見て注進したことがあります。勿論、それ以降広告は変わりました。つまり、【サッカーボーイ1】【サッカーボーイ2】【サッカーボーイ3】【サッカーボーイ4】と生まれ出ているわけです。この誤りは、競馬界では当たり前の如く表現されます。そして、頭の悪い新聞記者たちが、同じ間違いに気づかず轍を踏むわけです。
 235ページに「スピーディな料理」とあります。作者は、早く食することができる食べ物」という謂いで記述していますがね・・・・・・。一見して正しい日本語のように見受けられますが、そうではありませんね。外国語に翻訳しようとすれば、間違いであることに気づきます。
 その他にも難点は散見されますが、指摘はこれくらいにしましょう。
 この作品の、最大の欠点は、「削る」という意識が皆無であることです。枝葉些末な会話の連続が、それを証明しています。
(2009年7月2日)


狩野洋一 著
「ダービーを盗んだ男」 出版芸術社
 身の代金の授受はない。犯人は、脅迫して勝馬を指図するという、ギャンブル小説では読み厭きた手法で大金を入手する。ここには独創的な工夫は何もない。
 スポーツを題材にする作者が陥る罠がここにも見られる。結論を言えば、そのスポーツに関心のある読者しか惹き付けられないということである。競馬に関する蘊蓄など、ミステリの読者は期待してもいない。それがあるから買い求めないのである。尤も、この作者は、『この作品は競馬のガイドブック的な役割を持っている』と後書きで書いているから、割り切りは必要であろう。ただ、一般論として言わせて貰えば、競馬の蘊蓄や、レースに関する詳細は省いた方がよりましな作品に仕上がることは間違いありません。しかし、そうすると、作者は何を核に記述をすれば良いか見当が付かなくなるのである。そして、どの馬が先頭とか、どの馬に賭けたら何倍とか、埒もないことを延々と記述する羽目に陥るのである。これは、マラソンを題材にしたミステリが陥穽に嵌るのと同根である。因みに管理人は、この作品でも、レースの場面は飛ばし読みしました。それで一向に支障ありません。
 競馬好きならお読みになっても結構。ただし、構成が単純でつまらない。アッと言わせる工夫に欠ける作品。
(2011年10月7日)


木下半太 著 「悪夢の観覧車」 木下半太 著
「悪夢の観覧車」 幻冬舎文庫
 つまらない。身代金六億円の受け渡しはあるが、実際の参考にはならないし論理的でもない。
 ま、軽いタッチの読み物です。ネットには好意的な読後評も沢山ありますが、あまねくミステリを読む人の意見は皆無のように見受けられますね。コメディタッチのミステリ好きになら歓迎されるかも知れません。管理人は「飛ばし読み」しました。
(2009年6月6日)




ドロシー・ギルマン 著 「おばちゃまはサーカス・スパイ」 ドロシー・ギルマン 著
「おばちゃまはサーカス・スパイ」 集英社文庫
 身代金の授受はあるが、参考にもならない。
 現在のUSドル紙幣の最高額面は「100ドル」であるが、この作品では、アタッシェケース一つで五千万ドルが運ばれる。
 冗談も大概にしなさい。50万枚の紙幣ですぞ。入るわけがねえョ!かつて発行された事のある10000ドル紙幣で、ようやく5000枚。これなら妥当であるが、現在は流通していない。
 因みに、我が国の10000円札で一億円となると、10000枚となる。アタッシェケースに収まる嵩である。誘拐犯が意図するのは、こういう観点である。
 この作品では、五千万ドルの入ったアタッシェケースを片足で押したりする。本当にジョークが過ぎる。赤川次郎作品にも、同様のシーンが描かれていたね。
 身代金目的誘拐では、身代金の容積や重量は極めて重大な要素である。
 最後に、作品はつまらない。
(2010年4月24日)


ディーン・R・クーンツ(Dean・R・Kooontz) 著
「ハズバンド(The Husband)」 ハヤカワ文庫
 ホラー、SF、ゴシックなどで天才を遺憾なく発揮するクーンツの身代金目的誘拐を描いた作品。かつて管理人が、彼の息も吐かせぬ諸作品を、連続して読み耽った記憶もいまだに新鮮である。
 身代金の奪取方法は参考にならないが、邦人作家たちとは一味もふた味も違う作品の出来栄えを堪能していただきたい。確かにこの作品は、クーンツの著作としては最高作とはいえないけれども、読み応えがあることは疑いない。
 おそらく、この作家がわが国のミステリ作家たちと著しく異なっているのは、知識が文章の中に溶け込んでいることであろう。邦人作家の、とって付けたような記述とは一線を画すのである。そう、まさに、素材がストーリイに溶け込んで違和感が全くないのである。それはつまり、ホラー小説のような荒唐無稽にしか思えない作品を、一気呵成に読ませる技術に他ならない。
 クーンツは 再読に堪える作家である。
(2008年3月26日)


草川 隆 著
「函館発北斗星2号の死角」 立風ノベルス
 身の代金の授受はない(ネタばれで申し訳ない)。
 作品自体は、なかなかのものである。管理人は、一見して、この作家の日本語は下手だなと感じましたが、読み進むうちに、何カ所かそういう記述に遭遇しました。
 39頁に警察署の主任が『警部』とあり、最後までそれで通されていますが、そんな事はあり得ませんね。巡査部長でしょう。
 40頁には『拳銃が命中』。ま、これもあり得ません。正しくは「銃弾が命中」。大違いです。「車を運転」と「タイヤを運転」くらいの違いがあります。
 112頁の『宅急便』は言わずもがな。『宅配便』を使用しましょう。尤も、どうしても『宅急便』にしなければならない理由があるのなら否定はしません。
 931頁と45頁には『的をついている』の記述が二度出てきますが、この作家は【的を射る】という熟語を知らないようですね。知らない事は構いませんが、作家としてどうかなと思いますよ。
 犯人の一人と面談した人物が、別の場所で隣にいてアクションを起こすのに、探偵役が気づかないというのが一番おかしい。
 最後に、【クロロホルム】が登場します。199頁に『中山はハンカチにしみこませるクロロホルムの量を彼女に教えてから、言葉を続けた』と記述がありますが、この嘘っぱちに関心のあるむきは、身近の薬剤師さんに真実を確認してください。殆どの薬剤師が、大学で教授に【クロロホルム】がドラマ通りに使用できない事を実地で教えられているはずです。「全然、効きませんよ」が、その答えです。
(2011年10月25日)


熊谷 独 著 「秘境からの脅迫者」 文藝春秋 熊谷 独 著
「秘境からの脅迫者」 文藝春秋
 身の代金は奪われるが、方法は無きに等しい。警察を介在させないという安直な方法。尤も、理屈は付いているから、非難するには当たらない。ロシアを舞台にしてるから、こんなものであろう。
 ソビエト体制が崩壊し、国内に多数の民族紛争の種を抱える国家になってからのロシアが舞台。その説明も多く、ルポルタージュや政治関係の背景描写も多い。そういう作品であるから、エンターテインメントの誘拐ミステリとは一線を画す。
 作品自体は、可もなく不可もない。
 逆探知に関して以下の記述が31頁にある。勿論間違いであるが、以下に写してみよう。
 『ロシアに逆探知の機械があるかな』(あるのは盗聴装置。これは在ソビエト米国大使館にあったことでも知られている)
 『盗聴、盗み撮りはソ連の専門、探知機ぐらいあるだろう』
 『いや、あなたが考えるほど、逆探知は簡単じゃないんです。電話局の協力と優秀なスタッフが要ります』日本の警視庁の技官でも逆探には苦労する。・・・・・・。
 電話局の協力は必要でしたが(この本が上梓されたのは1995年。この時点で、この記述は間違い既にデジタル化されています。ナンバー・ディスプレイがその証拠)。優秀なスタッフは要らないでしょう。なぜなら、信号の繋がっている経路を逆に辿るだけですからね。その速さが、人によってそんなに大差あるとは考えられません。他局に跨れば、それをそちらに依頼するだけの事。「警視庁の技官」が解らない。技官が一体何をするというのか? 逆探知をするのは電話局の雇員だというのに・・・・・・。
 218頁に『身の代金を略取』の誤用。
 これは管理人も以前誤認していました。
 詳しくは法律用語を調べましょう。
【誘拐】=欺く行為や誘惑を手段として、他人の身柄を自己の実力的支配内に移すこと。
【略取】=暴行・脅迫を手段として、強制的に身体を拘束する行為。以上、Wikipedia.。
 身の代金目的誘拐作品に含めるには問題あり。
(2011年11月15日)


 
メアリ・H・クラーク
キャロル・H・クラーク 著
「誘拐犯はそこにいる」 新潮文庫
 身代金引渡し方法に特段の知恵はない。
 探偵業の娘の父親が誘拐され、百万ドルが要求される。2人の妻であり母であるミステリ作家は入院中であるが、彼女が書いた誘拐作品が犯人に利用されるというところがミソである。探偵の娘たちが事件解決に知恵を働かせる。
 登場人物が、一部判りづらかったのは、単に管理人に集中力がなかっただけでしょうか。
2006年4月27日 木曜日)


ジェイムズ・グリッパンド 著  白石朗 訳
「誘拐」(原題= The Abduction) 小学館
 誘拐の絡んだ政治ミステリ。管理人は、最初の70〜80ページを読むのに一ヶ月もかかってしまった。危うく、掘り出し物を見逃すところでした。
 導入部で伏線を張りながら、如何にして読者をストーリイに引き込んでいくかは、まさに作家の手腕のなせるところでしょう。そういう意味では、この作品は成功していません。しかしながら、百ページを越えたあたりから、俄然読書意欲をそそられてきます。身代金奪取の絡んだミステリとしては出色の部類に入ります。
 管理人、推奨の一品。
(2006年8月19日)


黒田研二 著 「笑殺魔(ハーフリース保育園)推理日誌 黒田研二 著
「笑殺魔(ハーフリース保育園)推理日誌 講談社ノベルス
 つまらない。面白くない。ずっと「飛ばし読み」しました。あげくのはてに、結論は読まずじまいです。読みたい人は読みなさい。
 本人のブログに『ここは、ミステリ作家(……たぶん)黒田研二の個人サイトです。』などと、冗談ともつかない本音が見え隠れしています。ばっかでないの。
(2009年8月7日)





倉阪鬼一郎 著 「42.195」 倉阪鬼一郎 著
「42.195 すべては始めから不可能だった」 光文社 KAPPA NOVELS
 つまらない。身代金―ここでは宝石―の奪取は失敗する。管理人は、この作品を読んでいて、もっと優れた方法を見出しました。
 管理人は、安東能明著「強奪 箱根駅伝」で以下のように読後評を書いています。
 『また、箱根駅伝の放送実況がしばしば挿入されるが、全くといっていいほど無意味である。(管理人は、ずっと飛ばしました)。著者は、身代金強奪と駅伝を 同時進行させるという意識に酔っている。したがって、この作品のアイディアを活かす方法を見出せていない。無駄な記述が多過ぎるのである。(2008年7月5日)』
 当作品も同様です。端から、レース中の選手の位置取りなどは、ストーリーとは無関係であることが想定されるので、そういう記述は、大半を飛ばし読みしました。映像にすれば効果的なのですが、文章では生かされない場面なのですね。
 さて、蘊蓄です。
 【出馬表】に【でうま】とルビが振ってありますが、競馬通の管理人は、そんな読み方を見聞した記憶がありません。作者は、別のページでも競馬に言及していますから、このルビは、作者の作でしょうが、【馬主】を【うまぬし】と読ませる、業界の慣習を取り違えているのでしょう。正しいのは勿論【しゅつばひょう】。JRAでも【出馬投票―しゅつばとうひょう】と言います。
 警視庁の「喜多川警部」を班長と呼んでいますが、警部は係長で、警部補が「班長」ではないのでしょうか? 
 何度も出てくる【カムフラージュ】。最近読んだミステリの中では、全て【カモフラージュ】と記述されていました。元はフランス語の【camouflage】。フランス語では連続する[ou]の綴りは【う】と発音しますね。中島みゆきの昔の曲に『カム・フラージュ』というのがあります。こちらは大間違い。工藤静香などがカバーしていますが・・・・・・。ちなみに竹内まりやの曲は【カムフラージュ】。
 『最新鋭の機器を備えているので逆探知を封じることなど、赤子の手をひねるようなもの』の記述はいただけない。うーん・・・・・・、何を書こうと作者の勝手ですが・・・・・・。推理作家の殆どが「逆探知」を精確に理解していないのは世の常識でしょうね?
 しかし、作品は全く面白くない。トリックはつまらないし、動機と人物のしがらみもいい加減。キャッチコピーは「奇才・倉阪鬼一郎」なのですがね・・・・・・。この作品に関する限り【奇】も【才】もありません。いや、ひとつだけありました。「奇を衒っている」ところが。
(2009年9月13日)


 
胡桃沢耕史 著
「翔べ! 貴族警部」 光文社文庫
 90ページ辺りまで、延々と皇室関連の記述が続く。いつページを繰るのを止めようかと考えながら、読了した。つまらない。退屈である。この退屈さは、地の文の長さと起伏のなさに起因していると思う。
 思えば、この作家が「直木賞」を受賞したとき、実力もないのに仲間の推薦と同情でその栄に預かった、との悪評が立った。ま、それだけの作家ではないか。詳細を記述することで、読者の興趣を削ぐ事に思い至らないらしい。
 ま、リアリズムを目指した作品ではないので、読みたい人は読みなさい。管理人はお奨めしません。
(2007年6月9日)


黒川博行 著
「二度のお別れ」創元推理文庫
 管理人の好きな作家である。身代金の奪取方法もなかなかのものである。調査・下調べに力を注ぐのは、この作家の特徴である。ただし、その現場に実在しないと、勘違いや、いい加減な創造でペンを走らせることがあるのは否定できない。勿論、ミステリの本質はエンターテインメントであるから、多少の嘘は許される。
 この作品の中では、下水処理場が身代金の奪取場所として選ばれているが、管理人にも同様のプランがある。
 この作中では、大きな下水処理場に、近所の誰でもが簡単に入れ、車を駐めたりすることが可能であるかのように記述されているが、管理人の知る「T下水処理場」は、全く異なっています。この作品は、大阪を舞台にしていますが、管理人の知る東京の「下水処理場」では、部外者が場内に駐車することはできません。職員は交通費を支給されているせいでしょうが、通勤に用いた自分の車を場内に駐めることは禁止されていました。そして、本局の上司が訪問するときには、彼らの不正に駐車している車は姿を消していましたね。
 また、広大な「下水処理場」には多数の車両が出入りしているから、犯人が、作業着姿で歩いていても、関心を寄せられることはない、との記述もありますが、これは全く事実を示していません。巨大な「下水処理場」に出入りする車は、ほんの数えるほどしかないのが現実です。これは、国の東西を問わず同様でしょう。なぜなら、プラント・メーカーはいずこも同じなのですから。
 また、別の「K下水処理場」では、部外者の侵入をセンサーを用いて防御していました。
 つまり、場内を部外者が歩けば、すぐにも不審者として見咎められるのが大規模な下水処理場なのです。
 もっとも、「下水処理場」に詳しくない読者は、面白さを堪能すればいいのですがね。
 さいごにひとつ、第九章の初めに『デッドロックにのりあげた』という記述がありますが、【deadlock】には乗り上げられませんね。【× deadrock】は日本人の英単語勘違いの代表例です。
(2007年3月11日)


黒武 洋 著
「そして粛正の扉を」 新潮社 第1回ホラーサスペンス大賞・大賞受賞作品。
 身の代金奪取はない。そもそも、身の代金の奪取を目的としていない。身の代金を要求する意図に伏線があって面白い。ただし、奪取を目的としていないだけに、身の代金に関する記述はかなりいい加減である。使い古しの札の番号を全部控えるのは無理だから諦める、などと恥じらいもなく書いてある。
 しかし、それは差し引いても面白い作品だ。読ませる。作品自体は現代の復讐奇譚であるが、無理を承知で読ませるところに共感が持てる。血生臭いのが嫌いという向きには薦められないし、設定の荒唐無稽さについて行けない人も多いと思うが、読み応え十分である。ただ、ひとつの教室内で高校生が次々と殺されていくのに、その臨場感が感じられない。作者は言葉を尽くしているが、血の海となっている教室の描写としては欠如している部分が少なくないと思う。
 作者の拘りなのであろうが、作品中に、普通のサスペンスでは余り用いられない漢字が頻用される。例えば【様】【乍ら】【等】【有った】【呉れた】等々である。読みにくいったらありゃしない。おそらく、この作者は、文中の仮名の効果を知らないのであろう。また、やたらと、小難しい漢字を用いて自己満足に陥っている気配が見られる。単なる自慰行為に過ぎないであろう。例えば【宛(さながら)】【嘸(さぞかし)】【眦(まなじり)】。こんなもので読書にブレーキが掛かれば多大なマイナスである。
 また、一人を1人、一台を1台とする記述は、読みやすければいいというものではないと思う。特殊な場合を除いて、算用数字と漢字を混ぜ書きしてはいけないでしょう。
 他にも問題点はあるが、ここでは割愛します。
 最後の方に出てくる、録画映像を実写映像にすり替えて犯人の目を誤魔化すという方法の妥当性はともかく、映画『ダイ・ハード』だったか『スピード』だったかはっきりしないが、パクリである。少なくとも、剽窃だけはしない矜持が作家には不可欠である。
(2011年8月3日)


トニー・ケンリック(Tony Kenrick) 著
「スカイジャック(a Touch one to lose)」 角川文庫
 身代金奪取方法は新規ではないが参考になるでしょう。しかし、作品自体はつまらない。宣伝文句は持ち上げすぎである。軽妙さは中途半端だし、サスペンスも及第点止まり。一気呵成に読ませる作品ではない。
(2009年3月3日)





トニー・ケンリック(Tony Kenrick) 著
「リリアンと悪党ども」 角川文庫
 身の代金の奪取はあるようでない。そして、参考にはならない。
 (出版社が?)ユーモア推理を謳っているから、大真面目に考える必要もないのであるが、やはり、国外産の作品は質が高いと言わざるを得ない。読んで損はしないと思う。
 334頁と339頁に【携帯無線電話】なるものが登場するが、これは単に無線機でいいのではないか? 原書に当たっていないので、どういう単語か分かりませんが、初耳ですね。また、2000万ドルの身の代金が突然200万ドルに変わります。これも状況が良くは理解できません。著者が間違えているのか、翻訳の間違いなのか、誰か分かる人?
 主人公が犯人を騙って電話を掛けるシーンで「声色」を使いますが、感心しませんな。ま、ユーモアミステリだから許すとしましょう。
(2011年7月13日)

原案:ラリー・コーエン(Larry Cohen)
脚本:クリス・モーガン(Chris Morgan)
編訳:真田おいる
 身の代金の受け渡しはありません。
2004年制作(米国)のサスペンス・スリラー映画をノベライズ。
 『粉々になった電話を修復して(使用可能にした)』と謳われるのはおかしい。考えるまでもないことである。粉々にしてはいけません。
 映画の方は有名で、2008年には「コネクテッド」というタイトルで香港映画がリメイクしている。
 ま、映像の方が愉しませてくれるでしょう。
(2011年6月27日)


ハーラン・コーベン(Harlan Coben)著 中津悠 訳
 「ロンリー・ファイター」(原題= BACKSPIN ) 早川書房
 勝てないプロゴルファーが、23年振りに全米オープンで勝利に最も近づいた。妻はナンバーワンの女子プロゴルファー。その息子が誘拐される。狂言か? 登場人物たちの過去が抉り出される。ただ、サスペンスには程遠い。純粋に謎解きである。これは作者のシリーズ物の一作らしいが、管理人は他作品は読んでない。
 緻密に練られているが、間延びしている印象はぬぐえない。殊に前半の伏線は無駄が少なくないと思う。それに、一箇所だけ、管理人には"アンフェア"と思える部分がある。それを書けばネタバレになるので遠慮します・・・。
 しかし、寸見したブログにありましたけど、この邦題はいただけませんな。
(2006年7月31日)


春小路胤海 著 「誘拐電話」 古賀牧彦 著
「出稼ぎ」 講談社文庫『ショートショートの広場 H』星新一 編
 これと類似のアイディアは他でも読んだことがある。ショートショートであるから、細部に拘泥していない。それは長編に置き換えれば不可能犯罪ではあるけれども、しかし、秀逸。
 欠点は、残念ながら、途中で結末が読めてしまうことである。
(2009年8月25日)





五條 瑛 著 「熱氷」 講談社文庫 五條 瑛 著
「熱氷」 講談社文庫
 つまらない。うんざりさせる。
 一人の女性を取り巻く人間関係がストーリーの基底に据えられる。そこに陰謀が継ぎ足されるのだが、全編を通じてフォーカスがまったく合っていないのである。全てが伏線であり、全てをどこかに集約するために書かれているのは理解できるのであるが、全然面白くないのである。管理人が読み終えたのは、ただ単に、「誘拐ミステリー」の資料を補完するための義務感からである。
 しかし、日本語として瑕疵がないのに、これだけ、「時間を無駄にした」と思わせるミステリーは貴重である。
 これだけ大部の作品であるからには、どこかの評論家などに「解説」など依頼したかも知れないが、あいにく、提灯持ちは見つからなかったようである。
 因みに、謳い文句は『息詰まる三日間の攻防!』
 冗談でしょ!
 最後に蘊蓄を二つばかり。
 二度登場する【ボイスチャージャー】は、当然【ボイスチェンジャー】。ググってみると、ご丁寧にも【もしかして ボイスチェンジャー】と表示されます。
 『(警察の)警備の配置や無線の周波数は調べてある。参考にしろ』は、いただけない。
 この作品は2002年に発刊されている。既に我が国の警察組織の無線システムは「デジタル」に完全移行しており、現在では傍受は、一部を除いて殆ど不可能。一国の首相を標的とするような大事件で、警察が簡単にスクランブルを解除させるとは考えられないね。
 警察無線に関しては、ネットで幾らでも情報収集できます。
(2010年3月31日)

ポーラ・ゴズリング 著 「ゼロの罠」 ポーラ・ゴズリング 著
「ゼロの罠」 ハヤカワ文庫
 つまらない。あちこち飛ばし読みするほどに退屈である。誘拐犯の意図が分かり辛いのがその一因であろう。以上。
 24頁に『うず高く』と出てくる。ちゃんとゲラを見て直しなさい。尤も、間違いを間違いと認識していないのならどうしようもない。
 監視人を置かなくても、人質を拘束できるという方法は「秀逸である」。
(2010年4月29日)



小谷恭介 著 「木曽恋歌殺人事件」 徳間書店 小谷恭介 著
「木曽恋歌殺人事件」 徳間書店
 管理人の蔵書は文庫版。
 身代金奪取は参考にならない。事件の解決が思弁的でつまらない。小なぎ【なぎは木偏に那】治宣という人物が解説を書いているが、読み流して差し支えないもの。
 例によって蘊蓄を。つまらない作品に出会うと、結局、こういう事になります。
 212頁に、高速道路をすっ飛ばし、100キロメートルを40分間に満たない時間で走破し、それでも、主人公・宮之原警部の場合は高速警備隊にクレームを付けられない、などと、とんでもないことが書かれている。
 そんな無法を取り締まらない警官なんかいるわけがありません。
 以前に何度も書きましたが、警察車両といえども制限速度は遵守しなければなりません。警察庁の捜査官に、前述のような無知を言わせるなんて、馬鹿らしくて話になりません。
 煩瑣になるので短く記述しますが、警察車両の例外規定は、逃走する犯人を追尾する場合に、相手が制限速度を超えているなら、それを追うために必要不可欠とされるから特例として設けられているのです。更に、緊急走行を行う用件にも規定があるのは言うまでもありません。
 ですから、仮にあなたが警察車両に追尾・逮捕された場合、相手がその要件を満たしていないと証拠の提示ができれば、あなたの逮捕は無効にできる可能性が高いのです。
 「後方モニター」なんか備えていると良いかも。なぜなら、警察車両はしばしば、サイレンを鳴らし忘れたり、故意に鳴らさなかったり、赤色灯を点灯させなかったりしますからね。
(2009年11月22日)


木谷恭介(こたに きょうすけ) 著
「謀殺列島紫の殺人事件」 徳間文庫
 「怪人18面相」を名乗る犯人を用いたシリーズ物。先行する作品の説明記述が不十分なので、ちっとも面白くない。
 文章が下手で読み辛い。管理人は、苦役のような読書を続けていたが、半分ほど読んだ所で断念した。つまり、結末は知りません。こんなつまらないミステリ作品は初めてです。こんなものを持ち上げる解説者が存在することが信じられません。駄作の最たるもの。
(2007年12月18日)



木谷恭介 著
「みちのく滝桜殺人事件」 徳間文庫
 身代金奪取は、良い点を突いていると言っておこう。卒なくまとめられている。捜査にタブーを含ませ過ぎて安直に走っている気がする。最後は消化不良に堕していて残念。しかし、以前読んだ「宮之原警部の愛と追憶」より数段良い出来栄え。
(2007年8月19日)





木谷恭介 著 角川春樹事務所
「宮之原警部の愛と追跡」
 この作品は、昨年の11月に一度読んでいる。自宅を離れていたので最後まで読んだが、それほどの作品ではない。身代金の授受は巧妙さを見せようとしているが、実際は旧態依然たるものである。
(2007年1月1日)





小林久三 著
「社命誘拐」 角川書店
 身の代金の授受の場面はある。作家はいたくご満悦の方法のようであるが、管理人には杜撰な方法にしか思えない。
 この作品が上梓されたのは昭和53年(1978年)である。ミステリの分類ではどんな風になるのか寡聞にして知らないけれども、当時は、こんな作品が主流だったのであろう。最後の部分にそれが良く現れている。説明過多なのである。ストーリーを緊迫させて一気に大団円に至るという書き方ではない。
 実は、かなり時間を掛けてこの単行本を見つけた。つまり、あまり古書店にもないようである。
 ストーリーは読ませるが、どこが良くないのだろう? どうも、細部の描き方に問題があるのではないか。
 誘拐ミステリとして推薦するほどの作品ではありません。
(2011年10月5日)

小林久三 著
「真っ赤な身の代金」 実業之日本社 同名短編集の中の一篇。
 身の代金の授受はない。まるで映画『天国と地獄』のような、身の代金を投下する方法が記述されるが、犯人が金銭を得るのは別の方法。ネタバレになるので書けないけれども、それがまた独創性の欠片も無い方法ときてるから始末が悪い。その方法には、管理人も随所で出くわしている。
 同書の中の他の一篇も読んでみたが、短編としては面白くもない。おそらく、この作家には良い短編は書けないと思わせるに十分である。要するに、物足りないのである。何が、と問われれば、良い短編が含有しているもの、と言う他はない。第一に「謎」がある。それを探求すると見えてくるものがあるのであるが、その描写に冴えがないのである。つまり、落としどころが分かっていないのである。
(2011年10月8日)

オーエン・コルファー 著 「アルテミス・ファウル 妖精の身代金」 オーエン・コルファー 著
「アルテミス・ファウル 妖精の身代金」 角川文庫
 アクション・ファンタジーであろう。管理人には読めない作品である。食指が動かないと言うこと。管理人はハリー・ポッターもインディ・ジョーンズも関心がないので、いわずもがなかな。
 当作品は「身代金」を邦題に入れているが、そいつは言葉の綾のようなもの。
 これが世界的な大ヒット作品とは信じられない。いくらファンタジーとはいえ、科学の記述がむちゃくちゃである。妖精の世界で金塊が必要されるという説明もない。
 ま、つまらない。非常に面白くなかったのである。さすがに最後は飛ばし読みしました。
 誘拐ミステリー・リストからは除きます。
(2010年9月19日)

今野 敏 著
「朱夏 警視庁強行犯係・樋口 顕」 新潮文庫
 身代金誘拐ミステリではない。複数の文学賞を受賞しているように、読ませる作品である。警察小説ではあるが、ミステリというほどのものはない、と管理人は思う。刑事の妻が失踪し、犯人は早々に分ってしまう。
 家族や人間関係を考えるには良いかもしれないが、ハラハラドキドキには縁のない作品である。
 読みたい人は読みなさい。
(2009年2月11日)




今野 敏 著
「TOKAGE」 朝日新聞出版
 身代金の奪取方法に関しては、管理人には何とも言えない。おそらく、銀行のシステムというのは、ミステリ作家が考えるほど安直ではないはずである。
 警察小説である。登場人物が多いにも拘わらず、抵抗なく読ませる。それだけでも特筆ものであろう。
 おそらくは雑誌に連載された所為であろうが、同じ文章が何度も繰り返される所がある。
 捜査対象が、すぐに固められてしまうが、これはおかしい。バブル破綻の時期に倒産したり、危機に陥った企業は数え切れないほどあるはずなのに、一足飛びに「スーパー・ウスダ」に対象が絞られるのは安直である。
(2010年4月22日)



今野 敏 著
「バトルダーク」 ハルキ文庫
 百万ドルの身代金がテロリストにより要求されるが、渡されることはない。
 冒険サスペンス。旧作「血路」に手を加え改題したもの。
 すんなり読めるがそれだけのもの。
(2009年7月5日)






斎藤 栄 著
「河童殺人事件」 光文社文庫
 身代金奪取は人口に膾炙した方法で敢行される。参考にはならない。
 この作品が上梓されたのは1977年である。作品中で、自動車電話が用いられ、それは本邦初の試みとされる。実際に、わが国で民間用として、旧電電公社(現NTT)が自動車電話システムの運用を開始したのは1979年で、世界初である。
 当作品は、例によって、ダイイング・メッセージと暗号トリックという素材を援用している。一貫して流れる説明口調はつまらないけれども、同じ著者の作品群の中では出来栄えの良いほうである。少なくとも、些少の題材を無闇に膨らませているようなところはない。
 269ページで、身代金をまんまと奪われた直後、『現場検証をすませたら』と刑事に語らせるシーンがあるが、刑事が、そんなことを言うでしょうか? 記者や素人ならともかく。
 【現場検証】と【実況見分】の相違は推理作家たるもの勉強しましょう。これで、「東京大学法学部卒」はないでしょう……。
 また、1977年当時、国内線の旅客機が【羽田空港】に着陸するのに【東京空港】とはアナウンスしなかったと思いますよ。
(2008年8月11日)


斎藤 栄 著
「鎌倉さざんか寺殺人事件」 講談社文庫
 女子高校生2人が、下校途中に誘拐されねそれぞれに1億円の身代金が要求された。
 身代金の授受に特段の工夫はない。そして、暗号と占い、という管理人の嫌いな道具が出てくる。
 もっとも、つまらないのは、それが原因ではない。文章がつまらないのである。説明調の文脈が、どうにもいただけない。これは、作家の地であり、文章修養の賜物であるから、余人がどうこう言えない。しかし、この作家の輝かしい評価というようなものを、一切知らない管理人としては、ミステリは文章の羅列ではない、と指摘したい。出来する出来事すべてを、話者に説明させるという手法は、ミステリの根幹をないがしろにするものである。
 この作品でも、提灯持ちがいるが、『斎藤栄氏が最大限の工夫を編み出そうとしたミステリー、それが本作品といえるだろう』などとは、持ち上げるにも程がある。恥を知れ。
(2008年6月9日)


斎藤 栄 著
「神々の叛乱」 徳間文庫
 犯人が一億円を要求するという作品。
 つまらない。退屈である。10ページで綴れる内容を290ページに膨らませてある。よって、会話のつまらなさは想像に難くないであろう。では、短編向きかというと、そうではない。内容空疎なのである。
 例によって暗号物でもある、が詰まらない事に変わりはない。評価すべき言葉もない。
(2008年3月3日)




斎藤 栄 著
「産婦人科医 危機一髪」 双葉文庫
 身の代金は奪われるが、冗談のような方法で参考にもならない。
 『十円玉ほどの大きさの盗聴器を携帯電話に仕込んだ』とか、『殺人光線発射銃』とか、まあ、碌でもないことをよく考えると思う。さらに、得意の『暗号』である。
 ま、読むに値しません。
 もっとしっかり書き込めば良いのに、とは思いますね。素材は、そう悪くないのですから。
(2011年8月13日)




斎藤栄 著
「女高生俳句殺人事件」
 身代金の取得方法は参考にもならない。
 ダイイング・メッセージを二度用いた暗号ミステリ。
 管理人は、暗号ミステリには否定的なので褒めることはありません。つまり、暗号の形を見つけ、それを生かすためだけに作品が書かれる。そういうことに反対なのです。AとBを結びつける暗号というものは無限に考えられるので、脳髄をちっとも刺激しないのです。希少なものにこそ価値があるのであって、無数にあるものには高い評価を与えるべきではないでしょう。
(2011年4月30日)


斎藤 栄 著
「知床・忍路殺人旅行」 カッパ・ノベルス
 身の代金三億円は奪われるが、この方法はあちこちで用いられていて新規さは全くない。
 この作品では、誘拐された児童と元刑事の会話が味を出していて、他の斎藤作品とは一線を画している。この手法なら、読者を惹き付けられるのではないか。
 良く解らないのは、相も変わらず【逆探知の装置】である。作品の成立年代の推移もあるので一概には断定できかねるけれども、おかしいのは確かである。
 【逆探知の装置】の記述の後では、通常のように『電話局のほうから高井警部へ連絡が入った。逆探知は・・・・・・』(91頁)と説明されているのであるから、【逆探知装置】なる珍妙な機器は必要ないはずである。捜査員は、ただ単純に電話局に連絡をして『逆探知は出来ましたか?』と尋ねるだけなのである。何をどう勘違いすれば【逆探知装置】に行き当たるのかまったく理解に苦しみますな。
(2011年8月20日)


斎藤 栄 著
「新特急 スーパーひたち殺人旅行」 ケイブンシャ文庫
 つまらない。身代金1億円は奪われるが、方法などというものはない。
 解説の影山荘一という人物が「斎藤栄氏の誘拐ミステリーでは、金の受渡し方法で毎回のように新種のアイデアが披露されてきたがetc...」などと託宣を述べて提灯持ちをしているが、管理人には、駄作の連作としか考えられない。
 この著者のスタイルの特徴は、その説明的な叙述にある。説明にサスペンスが伴わないのは論を俟たないが、それに加えて、リニアなストーリーの展開がある。日本語の二、三の間違いは良いとしても、多作家の難点は救いようがない。
 管理人は、他の作家にも、しばしば【指示詞】の誤用を指摘しているが、この作品の中に、妥当な文章が存在するのでそれを取り上げよう。
 『こうして約一時間ほどこの辺りの路上をさ迷ったあげく、車は再び、日立市のほうへと戻ってきた』(188ページ冒頭)
 【この辺りの路上】という言葉を、【戻ってきた】場所から語っている場面である。
 語られている「場所」は、語っている場所から遠く離れているのであるから、【その辺り】でなくてはならない。たとえばこんな文章ができる。「その映画館で見た映画を、同じ日に帰宅した自宅のテレビで見る羽目になった」。この場合、現在時点でその映画館にいれば【この映画館】の記述もありうるのである。
 もっとも、この作家に限っていえば、多作の弊によるケアレス・ミスであって、作家が【こ・そ・あ・ど】の用い方を知らないわけではないのは当然である。
 しかし、見るべきものは何もない作品である。
(2008年3月9日)


斎藤 栄 著
「謎の幽霊探偵」 集英社文庫
 身代金授受はあるが、冗談に等しい。参考にもならない。
 例によって、この作家が得意とするところの「暗号物」である。それが分かっているから、読みたくもないのだが、「誘拐ミステリ」を渉猟するという意図のためだけに読んでいる。
 この作家は暗号に酔っているのでしょうが、暗号物などというのは、自己満足の極地で、製作に頭脳を必要としないのです。これは、あらゆる事象がクイズの問題たりうる事と五十歩百歩なのです。最初から、出題者の側に有利な設定なのですね。管理人は、無限に製作可能な「暗号」を流用することには信条的に反対なので、このような作品は評価しません。
 この作品にも【青酸カリ】なるものが登場しますが、いったい、この毒物はどこから手に入れたものでしょう? 何度も記述しますが、その方法自体がミステリの根幹だと思いますね、ミステリ作家の皆さん?
 解説によれば、作品自体の「幽霊」を探偵に用いるという手法は、過去に数例の先行作品があるようですが、悪くありません。しかし、ミステリの解説者というのは辛口にはなれないのでしょうね。そんなことをすれば、原稿依頼がないでしょうから・・・。ま、エンターテインメントですから、暗号に関心のある方は読みなさい。
(2008年2月7日)


斎藤 栄 著
「二階堂警視の殺人記念日」 光文社文庫
 身の代金三億円は奪われない。試みられる方法は凡庸である。
 これを、毎度の提灯持ちが、『斎藤栄さんが、誘拐ミステリーでもっとも工夫をこらすのは、この身の代金授受の問題ということを、以前にも私はご紹介したことがあります。その点では今回も新手といえる着想が用意されておりまして・・・・・・』などと宣っている。
 逆探知に関しては、もう言わずもがなである。同じ作家なのであるから、いつまでも同じ過ちを犯します。先ず18頁に『盗聴、録音、逆探知、すべての装置は取り付けてあります』とある。盗聴すらも変である。本当に東大法学部卒かと疑ってしまいますね。盗聴に関しては、皆さん、お調べください。
 この作品は、先頃読んだ同著者の三作品「二階堂警部バレンタインの謎」、「二階堂警視の身の代金殺人」、「能登路殺人事件」より数段ましであるが、推奨すべき点はありません。
 唯一、あっと言わせるのは、著者が【ツーウェイテレフォン】と呼んでいる、特殊携帯電話である。これは、なかなかに考えさせるツールである。
 しかし、作品はつまらないの一言に尽きる。
(2011年8月10日)


斎藤 栄 著
「二階堂警視の身の代金殺人」 光文社 KAPPA NOVELS
 身の代金の授受はあるが、語るに値しない。
 ストーリーの途中で唐突に事態が転換し過ぎる。これは西村京太郎氏の著書などにしばしば見られる安直な手法ですね。
 191頁の『拳銃を発射』などというのは形容のしようもありませんが、120頁で大熊部長刑事に『血液のほか、唾液、体液、髪の毛、それから垢ですか・・・・・・。そういう広範囲なものが、証拠になるのはありがたいです』などと発言させているのには神経を疑います。ベテラン刑事でなくとも、刑事たるもの、上記の状況はきわめて当たり前で、(警察学校で習ってるのに)一々口に出して言わないものです。このような記述を専門にする作家に「和久俊三」氏がいます。本人たちは”読者サービス”のつもりかも知れませんが、敢えて言わせて貰えば、ただ単に、記述の手法が未熟というに過ぎません。
 管理人がしばしば問題にする【逆探知】に関しては、面白い記述がありました。
『・・・・・・実は、現在では、警視庁の装置は改良され、首都圏内であれば、相手が二分、喋ってくれれば、有線なら完全にキャッチできることになっている。今年中には、一分間でそれを達成しようとしているところだった』(183頁)
『首都圏内での逆探知のスピードが、こんなに早くできるように改善されているとは、・・・・・・』(188頁)
 この作品は書き下ろしで、1997年9月に上梓されています。
 この記述が、 クロスバー交換機から電子式交換機、そしてデジタル交換機への移行を書き表しているとしたら素晴らしい。おそらく、全国一律に、クロスバー交換機から電子式交換機へ移行したのではなく、首都圏の機器の変更が先行されたでしょうから、上記の記述には信憑性があります。
 しかしこれが、クロスバー交換機の通信経路追跡と仮定すると、とんでもない間違いである。
 NTTの局内職員がクロスバー交換機の回線の経路を一つずつ辿るのですから、『今年中に一分間で』などという話にはならないのです。だって、作業に携わるのはNTTの職員であって、警察職員ではないのですから。それに、逆探知を必要とするような事案が、そう頻繁に発生する訳がありません。そんなものに、どうしてNTTが時間短縮を図る必要性があるのでしょう? と、これは、多くのミステリ作家が陥っている過ちを指摘しました。
 この作品、多少なりともいいのは(他の同氏作品と比較してですが)暗号が使われていないところです。もっとも、牽強付会的にチェスの用語を用いているのは、暗号の如きものですが・・・・・・。
 お奨めはしません。
(2011年7月15日)
*追記:書棚に収めようとしたら、全く同じ本がありました。それだけ印象に残っていなかったのでしょうね。どうも、2004,5年頃に読んだようです。
斎藤 栄 著
「二階堂警部の反乱」 光文社文庫
 身代金目的誘拐作品ではない。
 斎藤栄作品の中では良い方。というのは、警部同士の反目が上手く描かれているから。しかし、つまらない。薄い内容をページ数だけ膨らませてあるのが実情。お勧めはしません。
(2008年6月21日)






斎藤 栄 著
「二階堂特命刑事調査官」 光文社文庫
 つまらない。駄作である。登場人物すべてが同じ喋り方をする。地の文が、すべからく下手な日記のような身辺雑記調である。工夫も何もない。こんなつまらない身代金目的誘拐作品は探そうとして探せるものではない。
(2006年9月6日)





斎藤 栄 著
「二階堂警部バレンタインの謎」 光文社文庫
 身の代金は奪取される。著者は自信満々。かつてない奪取方法だと自賛していますが、管理人に言わせますと、非常に大きな勘違い。これに関しては最後に記述しますが、ネタばれになるので、この作品をこれから読もうとお考えの方は、目を通さないでください。
 ま、暗号らしき物が出てくるのは、この作者の作品では常道です。つまらないことこの上もありません。
 この作品の登場人物の名前は、読者に努力を強いると思います。「友美(ともみ)」はユミとも読めますね。同様に「七沢」「綿引」「徳子」「愛香」など、全て複数の読みが可能です。読者は、一つの読みに限定して読み進むかも知れませんが、やはり、真っ当な名前の付け方ではありません。少なくとも、良い作家は、このような不快さは避けようとするものです。
 【逆探知機】は40頁に『この電話機に盗聴器や録音機や逆探知機を付けに来ますんで、そのときはよろしく頼みます』などと出てきますが、嘘八百であるのは言うを俟ちません。
 この作家は、あまり言葉を間違えないのですが、91頁に『キーは閉まっていた』という記述があります。拙速で、考える暇がなかったのでしょう。地の文と、会話の両方に挿入されていますから、明らかに用法の間違いです。【キー】=【錠】ではありません。

   以下がネタばれになる「身の代金奪取」の部分です。

 著者が特殊車両の販売に関して知らないことは、この際不問に付しましょう。
 この作品では、身の代金奪取は大型クレーン車を用いて敢行される事になっています。そこで、それが可能かどうかが問われるわけですね。
 著者が、大型クレーン車を、どの程度の大きさの物と考えてるかが分かりませんが、大型クレーンの「フック」は相当大きいことを考えましょう。直径数十センチは当たり前です。【親フック】と【子フック】が併存しますが、それはこの際ですから無視しましょう。
 著者は、身の代金の梱包の上に紐で「ループ」を作らせて、そこに「フック」を掛けて吊り上げさせますが、そんなことは出来ません。
 なぜなら、「ループ」がどの方向を向いてるかが分からないからです。
 更に、「フック」は真っ直ぐに揺れないで降下するとは限りません。もし、ワイヤが捩れていれば、「フック」は旋回しながら降下します。当然、ループには掛けられません。
 「フック」が通るようなループを紐で作ることが出来ません(手もなく簡単に形が崩れます)。「フック」が触れれば簡単にペシャンコに崩れますね。
 「フック」そのものが自在性を持たされていて、簡単にクルクルと回転するように設計されています。仮に、それを固定したとしても、ループがどの方向を向いているか分かりません。
 クレーン操作をする時には、かなり大きな騒音が発生します。それを事前に、近くにいる捜査員が察知しないことはあり得ません。
 仮に、フックのサイズが小さく、、ループの方向が適正であっても、簡単に吊り荷を引っかけることは非常に困難です。管理人は、車載の小さなフックのクレーンで、実際にそうしてる場面を数え切れないくらい見ています。奇跡が起これば引っかけることが出来ます。
 ――つまり、クレーンを用いて身の代金を奪取するには、素人が思いつかないような工夫が必要なのです。例えば、荷物の上に、大きな金属製の金具を取り付けたりすれば良いでしょう。最適なのは、運んできた人物に荷物を掛けさせることです。これしかあり得ません。それを可能にするために、フックには回転の自在性が与えられているのです。他の方法は、不確定要素が多すぎて使い物にはならないのですよ。
 おそらくこの作者は、クレーンの揚重に関わる部分をつぶさに見たことがないのでしょう。そればかりではありません。肝心のフックの構造すら知らないのです。それなのに、これは今まで用いられたことのない方法だなどと自画自賛しているのです。穴があったら入りたいでしょうねえ。

 管理人が、なぜクレーンに関して、こんなに詳しいのかと言えば、毎日のようにクレーン車の傍にいるからです。この作品に書かれている身の代金奪取方法は100パーセント不可能です。
 以前にも書いたことがありますが、ミステリ作家たちの建築・土木工事、それに用いられる諸機械、装置、道具に関する記述の大半は、検証を経ていないいい加減なものです。ましてや、それがトリックの根幹部分を成すとなれば、眉に唾を付けて鑑賞する必要があります。
* 本日、NHKの「プロジェクトX」を見ていたら、吉野ヶ里遺跡の発掘現場に【ブルドーザー】が入るというシーンで、何度も【パワーショベル】の映像が映し出されていました。(【ドーザーショベル】という重機械はあります。)ま、工事に関する一般知識はこんなものです。作家たちも例外ではありません。
(2011年7月19日)


 
斎藤 栄 著
「能登路殺人事件」 祥伝社 ノン・ポシェット
 身の代金はありきたりの方法で投下されるが、授受には至らない。特段の工夫もない。
 この作家は、文章に工夫がないので面白くない。人が誘拐されたり、殺されたりするのに、ちっともハラハラ、ドキドキしないのである。斎藤栄のベストセラー著作なんて話は、寡聞にして知らないので、おそらく、世間の評価も落ち着くべき所に落ち着いているのだろう。ミステリは、数多く書けば良いというものではないのである。
 予断であるが、247頁に「富山・金沢」と、旅先の名前が出てきたので思い出したことがある。それは、雑誌の旅行特集などで石川県が取り上げられる時、「石川」ではなく「金沢」表記にされるというものだ。多分、外れてはいないだろう。
(2011年6月20日)


斎藤 栄 著
「日美子の完全犯罪」 中公文庫
 身の代金五百万円は用意されるが奪われない。そもそも、誘拐事件が本質ではない。 
 つまらない。つまらない。
 二階堂警部の妻が誘拐されて、なぜだか無事に戻ってくる。その日美子の占いによって、殺人事件の犯人の車が特定される(この時点で、すでに噴飯ものである)。更に、犯人のアリバイを証言した四人の女性が、催眠術を掛けられたことによって、誤った証言をしたとわかる(マジかよ!)。そのうえ、その催眠を解く方法があるときた。あまりにもくだらないので論評する人物も皆無のようだ。
 金銭を授受して読まされるような作品ではありません。
(2011年8月23日)


斎藤 栄 著
「北海道誘拐殺人事件」 徳間文庫
 この作者は会話の展開が上手くありません。それが、管理人に興趣を抱かせない原因のひとつです。謂わば、文章が下手ということでしょう。この作家が多用する小物も好きではありません。この作品中でも「ダイイング・メッセージ」なるものが使われますが、嘘っぽくて嫌ですね。また、方言を暗号のように扱っていますが、安易な発想ですね。
 330ページに『オイルが満タン』の記述があります。なんだかなあ、というところ・・・。わが国では【オイル】と【ガソリン】は別物と考えられています。
 【チェコクリスタル】は【ボヘミアン・グラス】でしょうね。
 身代金奪取方法はふたつ記述されています。最初のアイディアは悪くありませんが、実際の採用となると不可能だし、二の足を踏むでしょう。二つ目の方法は、多くの作家たちが考えそうなアイディアで、目新しくはありません。実際の誘拐事件で用いられれば、素人探偵になど捜査に参加しませんから成功確率は低いと見るべきでしょう。
(2007年9月9日)


佐伯泰英 著 「ダブル・シティ」 佐伯泰英 著
「ダブル・シティ」 祥伝社文庫
 身代金の奪取は噴飯物である。参考にもならない。
 この作品では、東京のゴミ処理が基軸の一つであるが、SFでもないのに、現実も反映していないという馬鹿げた作戦である。まあ、粗雑な頭というのは、大概そのようなものであろう。嘆くには当たらない。
 首都・東京のゴミ処理事情をもっと「勉強してから」ストーリーを考えた方がよい、としか言いようがない作品である。もとより、作品自体も一顧だにするに値しない。
(2010年4月18日頃)




朔 立木 著 
「死亡推定時刻」 光文社
 作者は法曹界にいる。作者としては、この作品を『ドキュメント』とか『リポート』と呼んで貰いたいらしい。
 誘拐事件発生から裁判に至る過程を、専門の知識を生かして書き綴る。読み応えはあるけれども、ミステリ仕立てを意識してはいないので、切り口は直截的である。つまり、事象を時系列に捉えているだけで、斬新さには欠ける。初心者には、ミステリを書く上での参考になるでしょう。しかし、ここにある材料だけでは、最上級のミステリを書くことはできない。資料自体は凡庸なものである。
 身代金の授受に目新しい部分はない。作家には、どうしてか、自分の「身代金投下方法」を持ち上げる癖がある。しかし、管理人に言わせれば、どいつもこいつも『五十歩百歩』でしかない。この作品も例に洩れません。
(2007年4月9日)


笹沢左保 著
「遅すぎた雨の火曜日」 徳間文庫
 思わせぶりに筋は展開するが、身代金は要求されるものの、受け渡しは記述されない。
 誘拐事件の背景に「家庭事情」が絡む。家族関係の縺れを表現するためであろう、紙数にして三分の一にも及ぶ非常に多くのページを性描写に費やしている。管理人は飛ばし読みしましたが、それほど性的な描写が不可欠とは思えませんね。ストーリイの骨子は単純なもので、推薦したい作品ではありません。
 誘拐犯が恋人と別れる際に「空気銃」を譲られる記述がありますが、完全に誤解に基づく誤りですね。【許可証】を譲渡するようなことが書かれていますが、銃砲の所持許可証には、パスポートと同様写真が貼付してあり、人物を特定されます。この作品上梓されたのは1984年ですが、学生運動家たちが銃砲を改造して実力行使していた1970年代前半に【空気銃】を所持していた管理人は、何度も警察署へ銃を持参していたことがあります。
 ※ 所持していたのは韓国製の「鋭和3B」(この銃に関する国会論議はこちら)
 この作品にも例によって【クロロホルム】が登場し、か弱い女性が腕力のある(作品中に記述されています)若い男を、【クロロホルム】を用いて簡単に失神させますが、この記述が間違っていることは言うをまちません。
【クロロホルム】 = Wikipedia
[クロロホルムの誤解]
[クロロホルム-通信用語の基礎知識]
 
 【サン・グラス】とあるのは【sunglasses】の誤り。

(2007年10月25日)


笹沢左保 著
「鴉が三羽の身の代金」 光文社文庫 短編集『木枯し紋次郎 三途の川は独りで渡れ』に収載。
 身の代金奪取はない。
 木枯し紋次郎作品である。
 身の代金は要求されるだけで、それ以上の進展はない。人情の機微を描いた作品。
 身の代金ミステリ リストからは削除します。
(2011年6月23日)



笹沢左保 著
「他殺岬」 カッパノベルス
 誘拐事件はひとつのエピソードでしかない。妊婦の自殺が他殺かどうかを追及する。
 管理人には、「地の文」が長過ぎて読み辛かった。説明過多の作品は苦手である。説明の文章は短ければ短いほどサスペンスを盛り上げるものであるが、意図していないとはいえ、テンポの遅さは苦痛に近いね。
 【グロッキー】は【グロッギー groggy】にして貰いたいね。作家なんだから・・・。
 それに、解説で武蔵野某という人物が「チョコレート」を小道具として用いていることを大いに持ち上げているが、この作品中のチョコレートに関する描写は大間違いである。
 『炎天下(八月ですよ)でポケットからチョコレートのかけらを取り出して食べ・・・』
 こういう記述が数え切れないほど出てくるが チョコレートの融点は「34.5度」です。
参考 = 「チョコレートの秘密 口どけ」
(2007年7月16日)


笹沢左保 著
「血の砂丘」 光文社文庫
 読ませる。量産作家としては最良の部類。エンターテインメント作品は一息に読ませるようでなければならない。
 身代金奪取は端から目的とされていないので参考にならない。ばかりか、記述されていない。
 『エレヴェーターが、大勢を優先しているのか、一階と三階の間を往復するばかりで・・・なかなかやってこない』という記述は間違っていると思われる。もっと上の階でボタンを押せば、往復する前に、ボタンを押した階にやってくるのが必然である。この作品の発表が1986年である事を勘案しても事情は変わらないでしょう。最近のシステムでは、箱は最適の階で待機するようにプログラミングされています。駅のエレヴェータの箱が、無人でも下の階に戻ってくるのを観察できるでしょう。高層ビルでは複数の箱が、最適な位置を保つように設計されているのは言うまでもありません。
 スパナで頭部に重大な損傷を受けた人物が車に撥ねられ検視されるが、自動車事故と判断されるのはありえないと思いますが、如何でしょう? そうだとすれば、この作品自体成立しませんね。
 176ページに(鳥取市で)殺害された遺体を司法解剖のため鳥取医大に運ぶ、という記述がありますが、本当でしょうか? 鳥取大学医学部は鳥取市にはなく、島根県に近い米子市にあります。(鳥取医大に身内が入院していた管理人。フフフ・・・)ありえないことではないでしょうが?
 しかし、警察の捜査を一切記述することなく筋を展開させる技量は特筆ものです。
(2007年9月23日)


笹沢左保 著
「膝に目薬 悪女の微笑」 祥伝社 NON NOVEL
 身の代金の奪取方法に工夫はない。
 読ませるけれども、身の代金が扱われてる作品としてはつまらない。
 登場人物たちの心理描写と、意表を突く大団円がわざとらしい。多作家の弊が微妙に現れている作品だと思う。
 117ページに【キャスチングボード】の誤り。どうしてベテラン作家がこんな平凡な単語を間違えるのか理解に苦しむ。→【casting vote】
 例によって「逆探知装置の取り付けを急ぐ必要はなかった」(204頁)
 「さっそく、逆探知機をセットした」「いちおう念のためにということで逆探知装置を取り付けたのだ」(205頁)
(2011年6月19日)


笹沢佐保 著
「真夜中の詩人」 管理人の読んだのは中公文庫
 身の代金は要求もされない。引き渡しもない。それが一つの伏線になっている。
 生年月が大差ない幼児二人が相次いで誘拐される。その関係者が全国有数のデパートに何らかの関わりを持つ。そこに伏線が張られていて、一方の幼児を誘拐された母親が推理を進めていく。
 途中で母親がひき逃げされたり、自分の子供が誘拐されたりしているのに、その緊迫感がまるでない。
 文章は無駄がなく、淀みなく読ませるのはさすがである。計算され尽くしたストーリーは、斎藤栄のような多作家に学ばせたいものである。こちらも多作では引けを取らないのであるから、資質の相違としか言いようがない。
 管理人としては、別のタッチでこのストーリーを書いたらどうなるだろうか、という興味の方が大きい。この作品には、警察捜査がほとんど出てこないのであるから。
 しかし、謎を解くきっかけが『ユリの花の匂いのする香水』だけというのはいかにもわざとらしい。そんなものを使っている女性は数え切れないほどいるであろうのに。香水から、かつての同僚を疑い出すというのは、何だかなあ、という思いである。確かに、そこにも伏線は張られていて機能するなであるが、「絶対的」といえるほどの、関連づけは出来ないでしょう。
 さらに、題名ともなっている『真夜中の詩人』であるが、まったくとってつけたような感じである。その作者が、その詩を作れるほどの能力があるという前提もない。必要不可欠だとは思えないのである。
(2011年8月14日)


佐野 洋 著
「大使“夫人”誘拐事件」 講談社文庫 アンソロジー『サスペンス・ゾーン ミステリー傑作選6』収載。
 短編である。身代金の奪取は無いが、誘拐目的にひとつの示唆を与える。頭を使うにはもってこいの佳品。
 現在のものは表紙が異なっています。管理人の蔵書の奥付は昭和53年(1978年)です。20年以上前に読了しているはずですが、全く記憶にありませんでした。
 この作品の初出は、1970年(昭45)の「小説サンデー毎日」。
(2008年5月2日)




沢木冬吾 著 「愛こそすべて、と愚か者は言った」 沢木冬吾 著
「愛こそすべて、と愚か者は言った」 新潮社
 身代金の授受はない。
 一般のミステリでは枝葉末節に思えるものが、ハードボイルド作品ではそうではないと理解させる。その意味では良い作品である。読ませるけれども、面白くない。また、登場人物の命名が上手くない、と思うのは管理人だけでしょうか?
 13頁に
『逆探知入りました!』
『よし! 内容は?』
『携帯電話、所有者ばっちりです』
『携帯か。発信地の特定は?』
『少し時間がかかります。科研でなくては駄目です』
 などという愚かしい記述がある。県警科学捜査研究所のことだ。どうしてそんなものが関与するのか、理解に苦しむ。百パーセント阿呆である。平成10年の作品である。もっとちゃんと調べろよ!
(2010年4月20日頃)


澤田ふじ子 著
「にたり地蔵」 幻冬舎文庫 短編集『公事宿事件書留帳七 にたり地蔵』に収載。
 時代小説である。地蔵が誘拐され身代金が請求される。
 しかし、これもまた、時代背景を変えているだけで、翻案すれば、つまらない作品である。「身代金目的誘拐」というのは、社会構造が複雑でなくては、その本質の妙味を伝えられないのではなかろうか。お勧めはしません。
(2008年6月23日)





志賀 貢 著
「伊豆箱根・恐怖の往診」 光文社文庫 連作集『女医彩子の恐怖の往診』に収載。
 凡庸な構成で、途中でオチが読めてしまう作品。身代金奪取方法は言わぬが花。
 それにしても、百億円以上も資産を有する人物が、税金事情を勘案して、息子に脱法行為をして五億円を渡す、というのは、著者の頭を疑う。通常の遺産相続のほうが遥かに多額のものを残せるのは自明の理である。馬鹿でないの。
 ミステリの世界だけに限定されないが、この国では文章修行をしていない人物が本を出し過ぎる。つまり、こういう三段論法が存在する。
 【我々は日本語を使っている→ミステリには日本語が使われている→我々にはミステリが書ける】
 イチローも浅田真央も基礎訓練ができているから最高のプレイが可能である。しかし、多くの作家たちはそうではない。それを肝に銘じて読むべき作品を選びましょう。
 斯界には、転轍器を操作せずに電車を他路線に移動させたり、上述のような税知識も持たない輩が多すぎる。因みに、この【やから】という単語も一発変換できない。
(2007年11月18日)


雫井脩介 著
「犯人に告ぐ」双葉社
 大部の警察小説である。警察小説というものは、警察の捜査を中心に描くので、登場人物が多くなることは避けられない。捜査を実情に近いものにするか、はっきりフィクションを表に出すのか、作者たちが頭を悩ますところだ。そのひとつの方法として用いられるのが、探偵役の刑事を特殊な任務遂行者として登場させることで、ここでも、それが成功している。
 この作品では、登場人物を煩雑にならないように纏めて、非常に上手く描いている。読み応え十分である。
 しかし、身代金目的誘拐は刺身のつま程度にしか登場しない。身代金奪取方法は平凡の域を出ないであろう。犯罪小説ではあるが、「ミステリ」といえるかどうかは疑問である。しかし、読んで損はない作品。何よりも「日本語」がしっかりしているのが良い。
(2007年8月8日)


志津三郎 著
「刑事たちの伝説」 講談社ノベルス
 身の代金は二度奪われる。最初の方法はハプニングの最中に奪われる。首肯できない。二度目の方法は、もう少し工夫をした方が良いと思う。ここに書かれている方法なら、誰でも思いつく。それ以上の工夫があってこそだと思う。尤も、作家が、これで事足りるとしたのだからしょうもない。作家は、自己満足に陥りがちな人種である。
 作品自体は、増刷もされてないようなので、それだけの作品なのでしょうね。つまらない。
 日本語表記に関して――
 【うずだかく】は初めて出会った記述である。一般的には【うずたかく】と、濁らない。
 109頁の『みすみす三千万の大金をかっさらう』は間違い。【みすみす】に続く言葉は否定的な物になるべき。例えば【みすみすとり逃がした】とか、【みすみす失った】など。
 103頁のバイクを用いた身の代金奪取方法に関しては疑義があって当然。ここではネタバレになるので詳述しませんが。
(2011年11月7日)


島田一男 著
「特殊捜査官」 光文社文庫
 つまらない。殊に前半の退屈さは苦役を強いる。二上洋一という文芸評論家が解説を書いているが、その中に、島田一男自身が最初の作品を、坂口安吾にくそみそにけなされた、との引用文がある。真にもっともなエピソードで、玄人らしくない文章作法には呆れてしまう部分が少なくない。例えば、格助詞の使用法の間違いが二箇所ある。一箇所は
【健二は・・・】という記述が連続する中で、意味もなく【健二が・・・】という記述が現れる(218頁)ところ。
 251頁の冒頭には以下の文章がある。
 『健二は、もう政代の死体は、遠州灘か、うまく行けば駿河湾へ流れている筈だった。』
 誤植の可能性もないわけではないが、如上の文章を書いているようでは、とてもプロの文章書きとはいえない。とても、四十年近くも作家活動を続けている人物とは思えないのである。
 この作品自体にも、発言者が誰だか判別できないような会話が随所に見られて、読みにくいことこの上もない。
 身代金奪取方法は記述されていない。CD機での身代金奪取が簡単で便利であるかのように記述されていて、金融機関のCD機の草創期らしい記述は時代を感じさせるが、それが正しくない。この作品は1986年4月にカッパ・ノベルスで上梓されているが、実際は、1974年8月15日に発生した俳優津川雅彦(34)、朝丘雪路(39)夫妻のひとり娘・真由子ちゃん(5カ月)誘拐事件で、捜査陣と銀行側は、犯人田代正利(23)の先手を打っている。
※ 真由子さんは現在女優。
(2007年10月8日)


島田荘司 著 
 「嘘でもいいから誘拐事件」 集英社文庫
 ユーモア・誘拐ミステリ。管理人は、この著者の作品を読むのは初めてである。
 「嘘でもいいから・・・」シリーズの一作。著者の後書によれば、多分に気分転換のために書かれたようであるが、それだけのもの。つまらない。もとより、当サイトで論評を加えるような作品ではない。暇潰しにどうぞ。
(2007年3月26日)




島田荘司 著 
「確率2/2の死」 光文社文庫
 誘拐ミステリとしては異色作である。身代金奪取を諦める、というか、断念するというアイディアは参考になる。
 先日読んだ同じ作者の「嘘でもいいから誘拐事件」が冗談のように思える佳品。
 荒削りな作りをしてあるけれども、身代金目的誘拐事件を題材とする作品として、読むべき一作である。一体に、身代金目的誘拐というものは、ストーリイ展開の妙味に欠けるものである。拉致→身代金請求→身代金授受というような流れを変えるには、独創的な能力が不可欠である。そういう意味で、この作品は、読んで損のない作品である。
 管理人に解らないのは、作者の【セメント】と【コンクリート】の使い分けである。
(2007年4月1日)


 
島田荘司 著
「帝都衛星軌道」 講談社
 表題作の前・後編に「ジャングルの虫たち」という部分を挿話として挟んだ誘拐作品。『正直言って、自信作です。』のキャッチ・コピーが大袈裟である。
 この作品は読ませる。挿話の「ジャングルの虫たち」も興味深く読める。むしろ、こちらのほうが面白い。身代金の小額さ、脅迫方法の特異さなどが読書意欲をそそる。読んで損はない作品である。
 しかしながら、作者は三つほど重大な過ちを犯している。以下に、それらを記述するので、管理人が間違っているかどうか考えてください。

1, 強い雨が降ることを予測して、覆面パトカーの動きを封じ込めようとするが、そのように天気を精細に予測することは不可能だと思う。(管理人は、本日もレーダーの様子を見ながら働きましたが、季節柄とはいえ、雨雲の動きを精確に予測することは困難です。偶々当たるというのでは、ミステリの根幹を脅かすでしょう。因みに管理人が利用しているのは「東京都下水道局」の『東京アメッシュ』です。)

2, トランシーヴァーが長時間連続して用いられ、著者はこのトリックに多大な自信を見せていますが、そのような場合、警察は身近にある無線機を用いて同じ周波数に同調することが極く簡単に可能です。

3, 都内で、長時間無線機を用いると、中途でしばしば混信が生じます。警備員や測量士は日常的に無線機を使用していますし、ダンプ・トラックなどの運転手も高出力の無線機を用いています。つまり、誘拐犯と被害者の会話が一時間も続けられていれば、無線機の使用者の誰かが、誘拐に気づくことになるでしょう。実際、管理人は、混信してきたトラックの運転手が、目の前でしゃべっている事態に遭遇したことがあります。
 (因みに、管理人の知人のトラック運転手は、自分の高出力機器なら、夜間、島根県や北海道に音波が届くと申していました。)

 以前、この著者の「確率2/2の死」の読後評でも記しましたが、この作者は、【セメント】【モルタル】【コンクリート】の相違を理解していませんね。つまり、テレビとコンピュータやオシロスコープを間違えるのと同様の間違いを犯しています。(『社団法人 セメント協会』はこちら)
 しかし、この作品自体は佳品です。
(2007年6月10日)
追加 / 「夫が妻の結婚前の苗字を知らない。」これが、この作品の最重要のキーワードである。このキーワードなくして、この作品は成り立たない。そんな馬鹿な話があるものか!! たとえミステリ作品中であっても“荒唐無稽”という外はない。
 「頭が悪い、頭が悪い」と、盛んに記述される人物が、頭の悪いような表現力を持つ人物として描かれていない。勿論これはひとつのディレンマである。良い作品というものは、それなりの語彙を持つものである。しかし、頭の悪い人物は、そのような表現力を持つはずがない。ごく限られた語彙で、読者を納得させる作品を書くのは至難の業であろう。頭の悪い人物を登場させるミステリは少なくないが、成功しているものは皆無といってよいかと思う。


島田理聡【しまだ りさ】 著 「月は無邪気な夜の女王」 島田理聡【しまだ りさ】 著
「月は無邪気な夜の女王」 集英社コバルト文庫
 身代金は奪取される。3000万米ドルを三つのボストンバッグに?
 1億円を1万円札で揃えると10sで1万枚。
 3000万ドルを100ドル札で揃えると30万枚。なーるほどね・・・・・・?!
 つまらない。購読対象が異なると言えばそれだけのこと。
 42頁に、毎度の如く【逆探知装置】という言葉が出てくる。未来小説を描いているらしいが、付け焼き刃的に安直に構想してあるから、ほころびだらけである。現在の記述の中に、未来らしく、新規な単語を連ねているに過ぎない。子供だましの作品。
 論評するような作品ではないので、そして、時代が混交して記述されているので、短くは語れないのであるが、例によって一言――
 【間髪】に【かんぱつ】とルビが振ってある。屡々見受けられる親切な間違い。この間違ったルビを振る行為は、善意の発露なのだが非常に迷惑である。
 【間、髪を入れず】が正解で、【はつ】である。もっとも、パソコンで【kannpatsu】と入力すると【間髪】が表示される。困ったものである。しかし、【間一髪】という単語は成立する。
 【レイガン】・・・・・・【光線銃】?
 管理人は、第40代アメリカ合衆国大統領【ロナルド・レーガン】のエピソードを思い出しました。興味のある向きはWikiの「ロナルド・レーガン」へどうぞ。
(2009年9月17日)

清水一行 著
「重要参考人」 集英社文庫
 身代金目的誘拐作品とはいえない。
 『愛知医科大事件』を題材としたという社会派小説。大金が強奪されるが、方法は嘘っぽい。しかし、世の中には、単純に騙される人物も少なくないので、まったくの架空話とは言いかねる。犯人の人相書から、すぐにも逮捕に結びつきそうなものだが、紆余曲折を描く。著者は、この作品の中で「マスコミの横暴さ」を描きたかったと述べているそうであるが、その目的は達している。しかし、実際の取材と警察機構がこんなに酷いとは考えられませんが、事実は小説より奇なりかも知れません。
 作風でいえば、瑣末なことを会話にして連綿と描く手法はどうかなと思う。
 管理人は、会話の中に枝葉末節を描く手法(わが国の作家に顕著)には大反対である。この作家も例外ではないが、このような作家たちは、黒澤明の映画と、日々垂れ流され続けるテレビドラマの相違にも気づかないに違いない。
 わが国に大衆小説などという呼称が存在するのもむべなるかなである。文学を学ばないから、わが国のミステリは欧米のミステリにいつまでも敵わないのだ。文春ミステリが、『国外編』『国内編』と区別して順位付けするのは恥ずかしい。
(2007年12月03日)


清水一行 著
「迷路」 光文社文庫
 この作品の骨格は、1980年に実際に起こった「富山・長野誘拐殺人事件」を背景にしている。フェアレディZを駆る女が大それた犯罪を犯したことで、当時のマスコミを騒がせたものである。その後、井口泰子が小説「フェアレディZの軌跡」を書き、佐木隆三が、ノンフィクション「女高生・OL連続誘拐殺人事件」を上梓している。
 実際の事件では、身代金も要求されているのであるが、当作品の中には、誘拐事件はまったく記述されていない。そうではなく、主人公の生活のみが描かれる。作者の視点は、どのようにして犯罪に追い込まれていったか、というようなことであろうが、実際の事件を知らない者が読めば、単なる大衆小説としか思われないであろう。予備知識があってこその作品である。
 ここにミステリを期待するなら、読まないほうがよい。時間の無駄である。管理人は、義務から読んだだけである。
(2008年2月21日)


清水義範 著 「誘拐屋繁盛記」 光文社文庫 清水義範 著
「誘拐屋繁盛記」 光文社文庫『茶色い部屋の謎』に収載の短編。
 身代金の授受はない。登場人物の名前が頻出してストーリイが判り辛い。
 プロットは成る程と思わせるのだが、何かが欠けている気がする。どんでん返しの連続なのであるから、最後はビシッと決めてもらいたい。かなり消化不良気味。
(2009年11月5日)





下川香苗 著 原作:一条ゆかり 「有閑倶楽部 史上最大の誘拐」 下川香苗 著 原作:一条ゆかり
「有閑倶楽部 史上最大の誘拐」 集英社コバルト文庫
 身代金10億円ははヘリコプターで奪われるが、まるで冗談。
 端からつまらないので、全編飛ばし読みしました。――というか、ただ、さっと眺めただけ。
 登場人物の名前を見ただけで読む気が失せました。短編にも拘わらず。
(2010年5月10日)





志茂田景樹 著 「孔雀警視のモナコご乱行調書」 志茂田景樹 著
「孔雀警視のモナコご乱行調書」 光文社文庫
 身代金は渡されるが参考にもならない。なにより、作品その物がつまらない。評価する言葉もない。
(2010年9月8日)






志茂田景樹 著
「富豪警視 アイドルと三冠王の裏側」 角川文庫
 身代金の授受はない。
 駄作。つまらない。以上。
 豆知識= 『【回し蹴り】で【ヒール】が当たった』などという馬鹿げた記述がありますが、回し蹴りでは、ヒールは当たりません。当たるのは「甲」に決まっています。フェイントで二段階の蹴りを繰り出せば、踵を当てることもできないではありませんが、それは、ちょっと高等技術ですね。(初めての組み手で、数ヶ月後に極真世界チャンピオンになった【中村誠】師範にKOされた管理人)。
(2009年3月26日)



志茂田景樹 著
「誘拐犯をあばけ! 孔雀警視」 光文社文庫
 つまらない。身代金目的誘拐を謳うが、誘拐ミステリなどとはおこがましい限りである。
 良いのは、日本語の間違いが無いこと。推理作家のかなりの部分の人々がいい加減な日本語を書くことを知れば、これは特筆に価する。
 三流作品の位階を与えて進ぜよう。
(2008年5月12日)





翔田 寛【しょうだ かん】 著
「誘拐児」 講談社
 第54回江戸川乱歩賞受賞作。
 身代金の奪い方は旧態依然たるもの。参考にはならない。最近読んだ-豊田行二 著
「サファリの誘拐者」 徳間文庫-にも、群衆の中で奪取するという同工異曲の記述がある。
 お勧めするほどの作品ではありません。「手紙の返送」のトリックがよく分からない。恐らく説明不足なのであろう。
 欠点は、登場刑事たちの描き分けが全く不十分であること。それ以外に、取り立てて非難すべき部分も褒むべき点も見つからない。
(2009年10月25日)


白石まみ 著 「PRAY」 白石まみ 著
「PRAY」 竹書房文庫 ノベライズ本『絶対恐怖』に収められた一作。
 非常につまらない。クーンツかスティーブン・キングの爪の垢でも煎じて飲むがいい。もっとも、これは、世評の高い邦人作家のホラー作品を、いつも途中で投げ出す管理人の弁です。ことほどさように我が国のホラーの世界はみすぼらしい。しかしながら、コミックスの世界では、諸外国の評価は高いようである。
 言い換えれば、ホラーに関する「言語表現」が未熟だということに他ならない。当作品にも擬音がしばしば登場するが、擬音で状況を表現するなどというのは、文章表現に習熟すれば、その効果を疑うべきものである。
 作中に【忽然と】という副詞が二度使用されているが、いずれも「立っていた」「立っている」に繋がっている。【たちまち】と解釈すればその通りであるが、【忽然と】は「消えた」に繋げるのが一般的である。おそらく、このライターは、良い本を沢山読んではいないのであろう。
 脚本家に同名の人物が存在しますので、その方の作品と思いますが、いかんせん、原作に想像力が足りませんな。
(2010年3月28日)


真保裕一 著
「誘拐の果実」上・下  集英社文庫
 大部のミステリで読み応えがある。難点がないわけではないが、身代金の奪取方法は参考になるでしょう。
 警察小説であるけれども、非常にうまく登場人物を配置してある。参考にしたいところ。
 上巻の309ページに以下の記述がある。
「最近はプリペイド式の携帯電話が使用されるケースもあり、発信地点の絞り込みは難しくなる一方だったが、可能な限りの手段を講じて発信地点を察知する手を打っておく。」
 これは以前、東野圭吾氏の『ゲームの名は誘拐』の読後感でも指摘したが、「飛ばし」の携帯電話であれ、「プリペイド式」の携帯電話(この作品の書かれた2002年当時は身分証明なしで入手できた)であれ、電波は飛ぶのだから、発信地を特定できないということはない。仮にあなたが、どこかの正規店で住所氏名無しで携帯電話を購入できたとしよう。その電話を用いて通信すれば、所有者の氏名や住所は特定できないが、電波の発信元は簡単に特定できるのである。もっとも、この作者の頭の悪さが、将来の誘拐犯を陥れるための策略だとすれば大したものである。
 下巻の76ページには以下の記述がある。
 (警察車両で)「制限速度を遥かに超えるスピードで高速を飛ばし・・・・・・」
 これはフィクションの中とはいえ、全く現実を知らない記述である。コメディやアクション物とでもいうのなら構わないが、卑しくも警察小説である。嘘はいけない。一般には、緊急車両に制限速度が存在すること自体知られていないが、高速道路であれ一般道であれ、緊急車両には制限速度がある。制限が及ばないのは、速度超過の車両の速度を測定する場合である。制限を遥かに越える速度でパトカーを運転すれば、その警察官は職を失いかねない。
参考 = 緊急自動車とは
     「パトカーが速度違反?」2008年5月25日 sankei web
 解説で新保博久という評論家が、何やら講釈を述べているが余り参考にはならない。むかし、何とかという純文学の作家が『他人が糞をひった後でしゃしゃり出る』のが評論家だというようなことを述べていたが、管理人も同感である。
(2007年9月6日)


シェイマス・スミス(Seamus Smyth) 著
「わが名はレッド」 ハヤカワ文庫
 管理人の評価は高いが、世間のこの作品に対する評価は大きく分かれるようである。物語がかなり進行するまで、作者の意図が読み切れないという否定的側面があるが、多少の忍耐力があれば、それは克服できるであろう。このストーリイは、むしろ映像向きである。映像にすれば、未消化のまま記述されているかのような複雑な背景を短時間で視聴者に提供することができ、無用の苛立ちを避けることが可能。
 誘拐事件ではないが、身代金奪取方法は簡易であるが特異的で十分に参考になる。殊更に方法にこだわってはいないが、それだけに参考にできる。ただし、字義通りに、参考の手法が問題である。もちろん、そのまま盗用しても悪くはない。
(2007年10月14日)


鈴木輝一郎 著
「首都誘拐」 ノン ノベル(伝社)
 著者は「身代金の奪取」に自信を見せてはいるが、そんなに簡単でしょうか?
 管理人は信じませんね。
 まあ、つまらないね。繁栄に対する警鐘だとしても・・・・・・。
 例によって、蘊蓄をひとつ。
 【マンホール】の蓋、および封印に関する記述が少なからずなされていますが、相当部分が誤っています。まず、大概のマンホールの蓋が、鍵なしで簡単に開けられるように説明されていますが、そんな事実はありません。重要な場所の蓋は鍵付きですし、鍵のない物でも、素人には簡単に開けられないように工夫がなされています(東京がその例)。実際に施工している業者が、相当する工具を用いても、なかなか一つの蓋を開けられないことが屡々起こります。
 次に、トレーラーで身代金を運ばせるのですが、その挿絵の車が、【トレーラー】ではなく【トラック】になっています。
 ま、挿絵は著者の責任ではないでしょうが、以前にも記述したように、推理作家たちの、建築・土木に関する記述は間違いだらけ、といっていいでしょう。
(2009年4月19日)


清涼院流水 著
「トップラン 第2話 恋人は誘拐犯」 幻冬舎文庫
 頭の良い作家なのだと云うことは良くわかる。しかし、デビューするのが早過ぎたようである。自分の頭の中にあるものを、読者が望んでいるかどうか、再考した方が良いであろう。
 身代金の重量に関して、『運べるのは、せいぜいこれくらいだ・・・』 とか 『謎謎は恣意的で、互いが納得すれば成立する』 などと、他のヴェテラン作家たちに聞かせたい言葉も記述されている。
 方向を変えれば、良いミステリ作家になると思うのは管理人だけでしょうか?
 身代金の話は、最後にちょっとだけ仄めかされる。管理人は、途中で飛ばし読みを始め、すぐに読むことを断念しました。つまらないの一言。『ミステリList』からは削除します。
(2007年5月27日)


関口哲平 著 「愛犬マックス 誘拐DOGNAP」 関口哲平 著
「愛犬マックス 誘拐DOGNAP」徳間書店
 身代金の奪取は成功しない。その方法にはギャンブルが用いられる。競馬ではなく競艇が使われるところが新規と言えなくはないが、ギャンブルで八百長を仕掛けて身代金を奪うというのは、多くの人の頭にも浮かぶし、、同工異曲の作品も少なくない。したがって、新規な手法ではない。管理人に言わせれば、「平凡極まりない」。作者の、いかにも「頭を駆使して考えた」んだぞという、つまらない自負が見え見えで残念至極である。ギャンブルを少しでも囓ると、この程度のことは誰でも思いつく。ただ、その表現手段を持たないだけである。
 読み出してすぐに、「こりゃあかん、つまらん物を手にしたな」と思い、投げだそうと思ったが、ハードカバーだし、読み続ける事にした。すると、案に相違して次第に感興を増すではないか。身代金奪取方法の行(くだり)は先が読めるのでさして面白くはない。
 しかし、前半の退屈さとは打って変わった後半である。読んで損はないでしょう。
 管理人は競馬に詳しいように、競艇も全くの門外漢というわけではない。だから、この作品を読んでも、全く抵抗感はないが、そういう世界に馴染みのない読者には、恐らくこの作品は好まれないであろう。犬好きなら読めるかも・・・・・・。
 蘊蓄を
 【猫】を一頭などと数えていますが、これは行政用語なのでしょうかね?
 国語としては、小動物の数え方として【匹】を用いると思います。
 【頭】と【匹】の使用の由来には、歴史的なところもあるようですから、関心のあるむきは、ネットなどでお調べください。管理人の手元には小学館発行の『数え方の辞典』があります。
(2010年8月15日)


 
宗田 理 著
「誘拐ゲーム」 ケイブンシャ文庫 同名短編集の中の一編。
 小学生4人が企む偽装誘拐。
 つまらない。
 身代金奪取方法なんかあるはずもない。
 もっとも、対象読者が成人とは思えないから、不満は場違いかもしれない。
(2007年10月14日)




宗田 理 著
「誘拐ツアー」 角川文庫
 身代金の奪取方法が秀逸である。しかし、そこまでに、商店街の面々という登場人物が多過ぎる。人間関係を理解し難いものにしている。ユーモアミステリとして合格点。であるから、実際の誘拐には不向きな筋書きである。
(2009年1月16日)





草野唯雄 著 「爆殺予告」  草野唯雄 著
「爆殺予告」 角川文庫
 身代金の奪取は、成功裏には終わっていない。ミステリの中では屡々用いられる方法。ただし、この作品が上梓された年代(昭和62年=文庫)を考えると、他作家の誘拐作品に先行していたのかも知れません。
 作品は、導入部から淀みなく読ませる。同一人物が連続して起こした爆破事件に、赤の他人が二度遭遇するなどという、どう考えてもあり得ない偶然をきっかけとしているが、佳品といって良いであろう。読んで損はしません。
 当作品にも【逆探知装置】が出現します。
 「電話には傍聴と録音のほか、逆探知装置がつけられます」(43頁) 
 「荷物とは電話の傍聴、録音、逆探知装置で、すぐに応接間の電話機に接続された」(51頁)
 こんなの読むと、警察官やOBたちは大笑いでしょうなぁ。第一、この記述のあとで、逆探知に失敗したと記されるのですが、それが電話会社を介していると覚しき文章なのですから、整合性もありません。
 つぎに蘊蓄を少々。
 所轄の係長が「警部」はあり得ません。警部補ですね。
 264頁には「うず高く」が出てきますが、勿論これは、作家のよく知らない漢字の筆頭で、正しくは【堆く】。以前、パソコンで文字変換をすると【うず高く】としか出ませんでしたが、今回は正しく変換されました。ご同慶の至りです。
 235頁などに【対空標識灯】なる物が出てきます。正しくは【航空障害灯】。航空法第51条により地上より高さ60メートルを超える建造物などに設置が義務付けられているものです。戦争の準備をしているわけではありませんからねぇ。
 もっとも、現在はインターネットがありますから、こういう間違いは少なくなるでしょう。「完全に」、などと楽観的なことは申せませんがね。
(2010年8月6日)

草野唯雄 著
「街は狙われた」 
 身の代金は奪われない。目的は他にあった。つつがなく読ませるけれども印象に残らない。おそらく、これが、この作家がメジャーではない原因(十分にメジャーだと言い切る読者の存在と提灯持ちの評論家の存在は否定しません)。
 上梓は58年(1983年)ですが、増刷もあまりされてないのでしょう。今、「街は狙われた」でググったら、『狙われた街』が最初に出てきました。まあ、それだけの作品と言うことでしょう。
 重箱の隅をつつくようですが・・・・・・言葉遣いの過ちを――
26頁 『船が離陸』。→勿論、船は離陸しません。するのは【離岸】。
99頁 『ギブス』。椎名林檎に「ギブス」という曲がありますね。→勿論、【ギプス(gips)】が正しい。頻繁に見られる勘違い。尤も、日本人は英語の語末の有声音を無声音として扱う傾向が非常に高い。バッグ→バック、ベッド→ベット、パッド→パッとなど。しかし、プロの作家がこれではいけません。
122頁には『テトラポット』と記述がありますが→【テトラポッド (tetrapod)】が正解。これは登録商標で一般的には【消波ブロック】といいますね。
173頁には『予備概念』なる珍奇な言葉が出てくる。【概念】と【観念】は多くの人が混同か誤用して使っている単語。【概念】については辞書で繙きましょう。
 管理人が、しばしば言葉をあげつらうのは、ミステリ作家にとって、それが不可欠の才能だからです。それを語れば煩瑣になりますけれど、暗号一つとっても、言葉に対する敏感さがなければ創作不可能でしょう。また、登場人物の言い回し一つが犯行解明の動機となることも少なくありません。
 最後に、検察官が【青酸化合物】を使うシーンが描かれるが、姑息にも、その出所に関しては説明がない。また、刑事が左遷されて派出所勤務となることを記述した後で、『デカ暮らしも長くは続かないだろう』なんて間抜けな書き込みがされている。派出所勤務の刑事なんて聞いたこともないわ。
(2011年10月20日)


草野唯雄 著
「見えない罠」 光文社文庫
 身代金の奪取はない。エンターテインメントであることは理解できるのであるが、表現の方向が分らない。つまり、リアリティを求めているのか、単なる読み物を書きたいのか。
 それにしては、捜査に拘っているようなのであるが、轢き逃げ現場の「白い塗料」の捜査は余りにもないがしろであるし、警察官が所属部署に行く先も届けず姿を晦ますなどは論外である。ハードボイルド作家の手法とリアリズムを混同させてはいけません。
 翻ってみれば、中央線には踏切がないなどとのたまわってある。勿論、それは大間違いです。
 ただし、この作品は悪くはありません。
(2009年1月5日)


蘇部健一 著
「音のきがかり」 講談社文庫
           短編集『六枚のとんかつ』所収の掌編。
 ちょっとした言葉の遊びですね。電車の中や、通勤途上の暇つぶしにどうぞ。
この程度なら、星新一のショート・ショートや阿刀田高の掌編の方がいいですね。
(2007年5月12日)





ダイアナ・ダイアモンド(Diana Diamond) 著
「華やかな誤算」 ヴィレッジブックス
 身代金の奪取は敢行される。首尾は大成功であるが、首を傾げる。こんなに簡単に金を奪えるなら、世界は大混乱である。ただし、金融機関内部で巨額の横領をする事例は枚挙に暇がないのであって、そのこと自体は不可能ではない。実際の事件で、横領を隠し通すことは不可能であろうし、持ち逃げした犯人も逃げおおせるものではない。しかし、本当に知略に富んだ人物がいれば、金融機関から多額の金を奪うことはできるかも知れない。だが、金の移動のシステムの熟知と、機器の操作の完璧性を備えることは、おそらくできないであろう。
 300ページまでは伏線で退屈である。一息に読み進む事はできないでしょう。そして最後に、とってつけたような牽強付会な結末がある。「牽強付会」というのは、作者に都合の良い、という謂である。
(2009年4月5日)


醍醐麻沙夫 著 「大阪古代ロマン迷宮殺人」 醍醐麻沙夫 著
「大阪古代ロマン迷宮殺人」 中央公論社 C★NOVELS
 身代金の奪取方法は参考にもならない。
 滞りなく読ませるのだがインパクトがない。事件の連関が明確でない。どうして捜査に着手できるのか不可思議。これといった特徴がなく、思い描けるシーンが詰まらない。会話は日常的の域を脱せず洗練されてない。ミステリの「工夫」ということが解っていない。
 例によって蘊蓄を。
 二度出てくる【弾痕が一致した】の【弾痕】は、明らかに【施条痕 /rifling】の誤り。また、ミステリの中でしばしば記述される【旋条痕】も誤り。
 147頁の「拳銃を発射する」は、以前にも記述したが、大きな誤解に基づく誤り。勿論、「発砲する」が正しい。
 推奨はしません。
(2009年10月7日)

多岐川 恭 著 「私の愛した悪党」 秋田書店 多岐川 恭 著
「私の愛した悪党」 秋田書店
 この作品は、1960年に書下ろしで講談社から出版されている(写真)。管理人の手元にあるのは1963年に秋田書店から出されたもの。他に短編五作品が含まれている。(蔵書の写真を撮るのが面倒なので別写真です。今のところ)。
 身の代金の授受はない。
 ユーモラスな仕上げと共に、考え抜かれた構成に感心させられる。ただし、読み始めの印象は良くなかった。読み始めてからかなりの期間捨て置いて、その間に三冊の作品を読み終えた次第。読むべき誘拐ミステリが無くなったので、仕方なく再読を開始した次第であった。それも、誘拐ミステリであるかどうか疑わしく思いながらであるから、気勢の上がらない事夥しく。
 まあ。面白いのですが・・・・・・現代の読者に受け入れられるかどうか、ですね。新本格とかに分類される作家のようですが(この辺に関しては、管理人は全く疎いので、そして今さら学ぶつもりもありませんが・・・・・・)、トリックを重視するのでしょうか。細部には拘らない。つまり、薬物の出所や武器の由来なんかには触れないという作品の類でしょう。
(2011年12月14日)

多島斗志之 著
「不思議島」 創元推理文庫
 ミステリらしくないミステリ。文章がしっかりしている。伏線の張り方がしっかりしていて、前半は「芥川賞」系統の作品を読ませられるような感覚に陥る。身代金目的誘拐事件を扱うが、犯罪推理小説である。誘拐事件はひとつの材料に過ぎない。
 15年前に発生し、未解決のままの身代金目的誘拐事件の謎解き。解説者が『本格ミステリ』などという言葉を持ち出している。言い換えれば、言葉遊びということでしょうか。事実ではなく、推理・推測に基づいた筋の展開。管理人の方法とは異なりますし、サスペンスを求める読者にはお勧めはしません。ただし、読んで損はない作品です。
(2007年6月28日)


建倉圭介 著
「ブラック・メール」 角川書店
 身の代金の奪取はない。奪われる(とされる)のは研究成果。
 まず分からないのが作品名が【ブラック・メール】(Black Mail)となっていること。本来は【Blackmail】であるはず。意図的に一語を二語に分割したのかどうかは著者に聞くしかない。
しかし、【黒い・手紙】はあり得ないでしょう。「悪意を込めた手紙」の意なら、もっと別の表現があるはず。
 その間違いを補強するのが279頁と333頁で【ルクセンブルグ】をドイツと勘違いしてるところ。【・・・ブルグ】はドイツに良くある地名ですが(南アフリカにも多数存在します)。流し読むと、ルクセンブルグの空港を経由してドイツに行くのかな、と勘違いしそうです。現在、JALが日本から乗り入れていますが、ドイツに行くのに、そんな回り道はしないでしょう。
 また、ドイツには大きな薬品メーカーが多い、と記述されていますが、そんなことはありません。売上高ランキング(2008年)で、12位がバイエル社、14位にベーリンガー・インゲルハイム22位にメルクが入っていますが、我が国の武田薬品工業以下の製薬会社も同等の売上高を誇っています。この作品自体が「桜花製薬」という製薬会社の研究成果を題材にしているのですから、もっと正確さが欲しいものです。
 ストーリーは、Eメールの改竄を巡って展開される。その記述が正しいかどうか、管理人は決めつけられる能力を持たないけれども、どこかいかがわしさを感じてしまう。パソコンやサーバーを使う悪事なら、もっと切れ味があってしかるべきだと思うのは管理人だけでしょうか?
 ――つまり、野球のことを生半可な知識で書くと、本当に野球を知るものにすれば、何を馬鹿な、となるわけです。この作品にも、そういうところがないでしょうか?
 さて、もう少しお付き合い願いましょう。
 「専務車は右ハンドルのベンツ。暖機運転などしている暇はない」(51頁)。今時の車に、そんなものは不必要でしょう。ドイツでは法律で禁じられてる由。
 「これる」「これて」のラ抜き言葉。会話の中ならともかく、地の文では作家失格でしょう。
 「名前を語って」(213頁)は、単なる「騙る」のミスでしょうか?
 クロロフォルムと言いたいところを【麻酔薬】と書いたのは大正解(150/151頁)。
 「ファーストフード」(265頁)はどうでしょう?うーん、微妙なところでしょうか。管理人は「ファストフード」を採ります。ただ、「スロー・フード」という言葉も使われていますね。この著者の好きな?ドイツ語では【fast】=ほとんど、となりますが・・・・・・。「殆ど食べ物」=食べ物にあらず。言い得て妙ですね。
 他にもありますが、このくらいで。
 作品中で、車の渋滞の記述が延々となされてますが、逆効果。読者に苦痛を強いてはいけません。下欄のドナルド・E・ウェストレイクの「ジミー・ザ・キッド」(角川文庫)にも同様の独りよがりな記述yが見られます。
 最後に一言。文章が洗練されてない。無駄の多い文章という次第。
(2011年7月2日)


 
田中文雄 著 
「誘拐 愛のかたみに」 集英社文庫
 エレヴェータを用いた身代金奪取方法は凡庸。(管理人の『贋札』でもエレヴェータを用いますが、工夫の度合いが違います)。
 200ページ程度の中篇ですが、これといった特徴はありません。しかし、工事現場の状況描写がかなり出てきますが、無茶苦茶ですな。20階建てのビルが15階まで上れる状況で、高さが150メートルなどとは、とても信じられません。ワンフロア当たり10メートルですか? 登場人物がセメントに頭を突っ込んだりしますが、それもありえない状況であり(セメントは湿気を帯びると硬化するので、剥き出しで保管はしません。)タワー・クレーンの設置状況も非常に不可思議。エレヴェータの設置状況もありえないし、休日の工事現場に大型トラックが10台も置かれているなどということもありえません。(搬入・搬出で使ったトラックは、大概、その日のうちに場外へ出ます。日曜日に運搬の仕事があることは当然で、消えて当然なのです。また、場内運搬用にトラックを留置しますが、それも一台か二台ですね。(因みに、管理人は工事現場で"助教授"と呼ばれていたことがあります。また、過去にタワー・クレーンを用いた誘拐ミステリを二作試作しています。)


田中雅美 著
「あっちゃんの危機一髪」 光文社文庫
 身代金目的誘拐作品ではありません。
 読み出しはチョット抵抗がありましたが、愉しい作品です。あっちゃんが誘拐された原因が分らない、というのが底流ですね。サスペンスはないのですが、彼女の母親と環君の推理の積み重ねはなかなかのものです。上手く書けていると思いますよ。
 『ら抜き言葉』が会話態の中に出てきますが、管理人には抵抗がありますね。確か「ら抜き言葉殺人事件」というミステリがありましたね。
 この作家も、コンクリートがどんなものか知らないようですね(156ページ)。それに【アスファルト】も出てきますが、まあ、揚げ足を取ることもありますまい。厳密に言えば、アスファルトの上を歩くわけではありません。建設材料としては【アスファルト合剤】といいます。
(2007年8月26日)


谷川涼太郎 著
「京都・津和野 仮面の殺人」 双葉社文庫
 身代金の奪取方法は、一面無理がない。現今では最も妥当な方法であろう。しかし、この作品中では手抜きがされている。残念である。管理人が現在四苦八苦している作品でも同様の手法が採られるが、細部は全く似て非なるものである。この作品では身代金の「投下場所」は山中であるが、管理人の作品では東京のど真ん中です。乞うご期待。
 この作品には、相当部分の設定の難がある、と思料される。それは、ちょっと「牽強付会」ではないかな、と思わせる部分が少なくない。都合よく書くとこうなる、という見本のような作品である。
 もうひとつ、題名にある「津和野」の山陰本線であるが、電車区間は極く短いんですわ。よって、電車に乗るという表現は誤りでしょう。
(2008年12月31日)



種村直樹 著
「JR 最初の事件」 徳間文庫
 身代金取引はふたつ出てくるが参考にはならない。著者自身が『ミステリーを書くのは難しい』と言っているのであるから、多少の齟齬は許される。改定に当たっては助言をいれ、かなり手直ししたようである。さて問題は、客車がフェリーで津軽海峡を渡り本州の軌道上を走行する、という設定である。著者は「鉄道作家」として著名であるから、【ゲージ】のことなどは非常に詳しい。言い方を変えれば、リアリズムを表に出しているということでもある。
 ポイント(転轍機)の切り替えには注釈が添えられていて、それなりに納得させられそうになるが、事はそう簡単ではないでしょう。また、作品中に、仮設でレールを敷設するシーンがしばしば出てくる。しかし、その記述には多くの問題がある。数百メートルの敷設を数時間でできると言うのは、不可能とはいえない。しかし、元国鉄職員たちに「軌道の敷設」が可能であろうか? 軌道の敷設は、下請け会社の作業員でやるものである。第一、1本のレールの長さは25メートル、1トンである。そんなものが、都合よく犯人たちが要求する場所にあるはずがない。また、トレーラーで運ぶことはできないし、緊急に軌道上を運ぶことも不可能である。更に、敷設は簡単だと記述してあるが、客車の重量は1輌30トン前後と見なくてはならない(国鉄民営化前後)。それを通過させる軌道を簡便に敷設できるなんて、冗談がきつい。そして、付け加えれば、分岐用のレールがどこにあるというのか? 
 因みに、正規に新たな軌道路盤を作成するためには【平板載荷試験】という問題をクリアしなければなりません。これは、列車の荷重を地面が支えられるかどうかを試すものです。そこらへんに緊急に軌道を敷いては、たとえレールがあっても、沈下して走行は無理でしょう。少しでも変な揺れがあれば、何も知らされていない人質の女子大生たちが騒ぎ出すのは明白です。
 次に無線機について。
 231ページに、『(刑事)2人とも小型無線機を携帯しているのだが、犯人たちも無線機を持っている(警察が渡したもの)以上、安易に使うことは許されなかった』との記述がある。これは、簡単に周波数が同調するという意味と捉えますが、提供したのが警察である以上、周波数帯の全く重ならない小型無線機を準備することは可能である(普通に販売されています)。
 最も理解しがたいのは、身代金を得た犯人たちを、著者はどこへ向かわせようというのでしょう? 確かに、海外逃亡とか書かれていますが、とって付けた様な結末です。


  左はJR 東日本中央線国立駅の新設ホームに入線
 する直前の「E233系」(朧で見えにくいですが……)を
 軌道内で撮影したもの。
  ここは時速45kmの徐行区間ですが、ホームまで
 200mという地点。撥ねられないように……。これはトリ
 ックですがね。
 2009年1月10日から11日早朝にかけて、軌道の切り
 替え工事が行われます。ここに投入される作業員は、
 およそ1000名だそうです。
  数十トンの荷重がかかる軌道の敷設は大変な作業な
 のです。種村直樹氏の想像するようにはまいりません。
 










「誘拐」
脚本     森下 直
ノベライズ  丹後達臣 扶桑社

 1997年6月に公開された映画「誘拐」 (主演:渡哲也、永瀬正敏)のノベライズ本。
 身代金の奪取方法はなかなか秀逸である。映画共々良い出来栄えである。
 三億円の身代金を60歳代の男が抱えながら走るとか、長時間移動し続けるというのは冗談が過ぎるね。これは、脚本を書いた人物に重量の実感が湧かないせいでしょう。今日、管理人は20kgの軽油を提げてみましたが、会社の重役などという人間に30kgの荷物を抱えて走るなどという芸当ができるとは考えられません。それも、慢性的なヘルニアを持病としてもっているというのだから、何をかいわんやです。
 犯人が電話局のホストコンピュータに侵入しているから逆探知ができない、というのはどう考えたらよいのでしょうか? とても、そんなことが可能だとは思えないのですがね。ホストコンピュータなんか無関係でしょう。デジタル式の電話回線に関して勉強不足です。Web上に参考情報がありますよ。
 【アタッシュケース】はフランス語由来。物書きなんですから【アタッシェケース】と記述して貰いたいですね。【attaché】は大使館員などを意味しますね。
 真夜中に刑事が、戸籍謄本を入手するくだりが二度出てきますが、冗談でしょう。真夜中に役所はそんな物を発行しません。
 195ページの【杳として姿をくらましていた】の記述は誤り。【杳として・・・・・・ない】と否定で結ぶのが鉄則です。
 瑣末なことはこれくらいで・・・良い作品ですよ。
(2007年9月2日)


柘植久慶 著 「楽園強奪」 柘植久慶 著
「楽園強奪」 ハルキ ノベルス
 全く、つまらない。ベッドの中で、頭痛に耐えながら読んだ所為ではないと思う。
 以降、この作家の作品を読むことはない。
(2010年4月3日)







辻 真先 著
「迷犬ルパンと地獄谷」 光文社文庫
 ユーモア誘拐ミステリ。

 資産家の、だが家庭は複雑ないじめられっ子の大庭民子が誘拐された。身代金の要求は、“三千万円のサファイヤの指輪を人形に縫い込み墓に埋めろ”というもの。ドジ刑事とルパンの名コンビが事件を解決するという作品。身代金奪取は、よくある発想で行われる。
(2007年6月6日)



土屋隆夫 著 「針の誘い」 土屋隆夫 著
「針の誘い」 角川文庫
 管理人は出版時期の異なる角川文庫版を二冊持っているので、てっきり読了済みかと思いきや、どうもそうではなかったようである。何処まで読み進んでも、記憶がよみがえらないので変だと思って再確認してみましたが、やはり読んではいないようでした。因みに、管理人が複数冊所有しているミステリはかなりあります。岡嶋二人の「タイトルマッチ」は一時期四冊もありました。現在最も多いのは、ドン・ウィンズロウの「スロー・リバー」で、同じ物が三冊あります。
 ま、そんなことは余談ですが、この作品の解説で、評論家の新保博久氏がこういうことを書いています。
 『しかし犯人側にしてみれば、捜査側には営利誘拐と思わせたいわけだから、欲しくなくとも身の代金を安全確実に奪う算段をしなければならない。その点『針の誘い』の犯人にも、もう一工夫してもらいたかったと望むのは、読者として欲張りすぎだろうか』
 と、いうことで身の代金は奪われない。
 しかし、寡作家であり、評判に違わない作品である事は確かである。
 公衆電話で掛けた通話が『(必ず)三分で切れる』という記述がなされているが、管理人の経験では、そんな事実はないと思えるのだが、どうでしょう。公衆電話というものは、昔も今も追加の硬貨を投入すれば、何分でも話せると思うのですが。市内通話料金は三分間十円だったはずです。この作品が書かれたのは昭和45年(1970年)ですから、明らかな誤認だと思われます。となると、ストーリー自体を弄らなくてはなりません。管理人が、口を酸っぱくして重箱の隅を突くような言挙げをするのは、ミステリでは一言一句が命取りになる事を警告したいがためなのです。ですから、多作家につまらないミスが頻出するのです。
 でも、この作品自体はよく練られた推奨に値する作品です。
(2012年1月3日)


土屋隆夫 著 「ミレイの囚人」 土屋隆夫 著
「ミレイの囚人」 創元推理文庫
 監禁を扱うが、身代金の授受はない。
 後出しじゃんけんのようなトリックの出し方はアンフェアだと思うが、どうか?
 410頁の、相撲の突っ張りに関する記述は変。その前に、相手の外国人は、相撲に詳しく、力士の名前まで熟知していると書いているのであるから、その技を一々説明する理由がない。
 時代は相当に旧いが、それなりに寡作家の面目躍如というところ。
 407頁に【クロロホルム】に関する記述がある。当然と言おうか、またか、と言おうか、憤然とすべきか、唖然とすべきか。
 こう書けば、賢明な訪問者にはご理解いただけるであろう。
 『同時に、クロロホルムを滲み込ませておいたハンカチで、彼女の口を押さえつけた。
 アッという間のできごとだ。抵抗はなかった。数呼吸の後に、彼女の体がグッタリとなった。その昏睡状態が、ほぼ三時間つづくことをわたしは知っていた。』
 上記の記述は、全くの嘘っぱちである。
 詳しくはこちらへ→
(2010年4月23日)


都築政昭 著
黒澤明と『天国と地獄』ドキュメント・憤怒のサスペンス」 朝日ソノラマ
 誘拐ミステリではありません。
 身代金目的誘拐映画の白眉『天国と地獄』の出演者たちのインタビューなどを交えた撮影ドキュメント。
 苦労話、エピソードなどとともに、監督・黒澤明の知られざる細やかな心遣いなどが綴られて一気に読ませられた。煙突から立ち上るピンクの煙の"映像化"方法の記述などは、他では知ることのできない貴重な情報でしょう。
(2006年8月6日)



ランキン・デイヴィス 著 「デッド・リミット」 ランキン・デイヴィス 著
「デッド・リミット」 文春文庫
 読ませるけれども、陪審員の選出方法に無理があり過ぎる。たとえ策略を用いたとしても、自分に都合の良い十人以上もの陪審員を揃えられるわけがない。偶然が過ぎると誰でも思うであろう。更に、「二年で白血病患者が大量発生」というのも肯けない。
 何度か登場する「超小型高性能携帯電話」という物も理解しがたい。衛星に電波を飛ばすそうであるが、何なんだこれは? と突っ込みたくなるね。
(2010年4月13日頃)




フランク・ティリエ(Franck Thilliez) 著
「死者の部屋」 新潮文庫
 冒頭で身の代金が奪われるが、方法はつまらない。ま、フランスの作家の物ですからね。
 読ませる作品である。訳者後書きに受賞歴も挙げられている。
 こういう作品を読ませられると、我が国の教育方法で育つ思考形態ではないのではないかと考えてしまう。明らかに、フィクションの構成の仕方が異なるのである。何を書いても違和感なく読ませるのが素晴らしい。それは恐らく、スティーブン・キングなどのホラー作品に如実に表れている物である。あれだけ荒唐無稽な事を書きながら、読者はどんどん作品の魅力に引き込まれていく。
 管理人は、この作品のおどろおどろしいところが嫌いである。しかし、魅力的な作品であることは間違いない。身の代金目的誘拐作品としては、紙数が少ないながらもなかなか味を出していると思う。
(2011年8月18日)


バーバラ・デリンスキー(Barbara Delinsky) 著 「夜のとばりがおりて」(Heart of the Night) バーバラ・デリンスキー(Barbara Delinsky) 著
「夜のとばりがおりて」(Heart of the Night) 扶桑社ロマンス文庫
 身代金300万ドルは「誘拐保険」で賄われる。しかし、受け渡し方法に新規さは皆無である。
 米国の有閑階級を題材としているので「誘拐保険」もありうるかなと思わせる。実際、あるのかも知れない。
 作品自体は長大である。上巻を嫌々ながら読み終えた時点で、読了を断念しようと思ったが、それまで何週間もかけた時間を無駄にしたくなかったので、下巻も読破。有閑階級の若い3人の女性の人間関係の記述が長い。殆ど全編を占めている。それが退屈である。管理人は、この作品の退屈さに辟易したので、以後、この著者の作品に食指を伸ばすことはありません。しかし、歓迎する読者が少なくないのは、著者の作品の売り上げが示している通りであろう。
 最後の、ごく僅かの頁だけが「読ませる」部分。伏線は良いのだが、あまりにも退屈。誘拐に触れている部分は極く少ない。
 一時は「半分しか読んでいないので結末は知りません」と伝えるつもりだった作品です。お勧めはしません。
(2010年7月11日)


堂場瞬一 著 「青の懺悔」  堂場瞬一 著
「青の懺悔」 PHP研究所
 身代金の奪取方法は凡庸である。会話が余りにも日常的・凡庸で読書意欲をそそらない。
 元刑事の主人公が、当然捜査知識として知り得ているはずの事を、不明であるように語る部分が何カ所かある。奇妙である。
 最後の部分だけは僅かに読ませるが、大半は退屈である。邪推するに、この「最後の部分だけ」に、著者の目が眩んで、他の部分の記述が凡庸なものに堕しているのであろう。
 誤りのない文章であっても、駄作は駄作である。読了するのに何週間もかかってしまった。
 著者は多くの作品を物しているようであるが、同様の「会話」が記述されているのであれば、他の作品を読む必要はない。『会話が凡庸』というのは最悪である。
(2010年7月16日)


戸梶圭太 著 「ギャングスター ドライブ」 戸梶圭太 著
「ギャングスター ドライブ」 幻冬舎
 身代金奪取の方法は語るに落ちる。かなり飛ばし読みしましたが、後半はなかなか読ませます。
 帯の「宣伝文句」にありますが、『傑作「B級ノベル」』は妥当なところ。しかし、文学臭は全く感じられません。文学修養のないのがよいのかどうか? 
 ま、読みたい奴は読みなさい。引き留めはしません。
(2009年7月22日)




とみなが貴和 著
「EDGE 2━3月の誘拐者」 講談社文庫
 身代金目的誘拐作品ではありません。
 少女誘拐を扱った作品。著者はライトノベルの出身のようであるけれども、良い作品です。誘拐された少女の描き方が良いですね。ただ、両性で使える名前ですが・・・この作者は女性なのでしょうね?
 管理人は、心理学というものをあまり信用してはいないので━殊に、ミステリの中での心理学には作者の恣意と牽強付会が付きまとうので━評価は避けますが、まあ、登場人物の心理の推移と変遷を描いています。好きなように描けるというのが心理描写の利点でしょう。管理人のような、精査と緻密さを求める人間には、付き合いきれないというのが本音です。評判の良かった 貴志祐介著「黒い家」も百ページほどで投げ出しました。評判の本を読もうと思って挑戦しても、時折、中途で断念せざるを得ない作品に出会います。この作品がそうでなかったのは幸いでした。
 98ページに『キオスク』が出てきますが、この作品が刊行された当時(2000年)、JR東日本は『キヨスク』の呼称を用いていました。『キオスク』に変更されたのは2007年7月1日以降です。
 また、「山陰地方のイントネーション」というものが出てきますが、周知のように、山陰地方とは、かつての山陰道で、京都府北部から島根県西部までを指します。京都府北部なら京都弁でしょうが、島根県ではまったく別の方言です。こんなに広範囲な地域をひとくくりにするのは無理というものです。管理人は山陰地方の出身ですが、かつて、イントネーションに特徴があると一般人に告げられたことはありません。そう、いわゆる鳥取・島根県の方言にイントネーションの特徴は少ないのです。(当然ながら語彙の特徴は沢山あります)そして、日本語自体のイントネーションが平板なのです。外国語を生齧りすると「イントネーション」などという言葉を振り回す性癖が形成されますね。因みに、チェコ語では、疑問文でも抑揚の差異は等閑視されます。つまり━上げても下げても文意は通じます。
(2007年8月22日)


豊田行二 著 「サファリの誘拐者」  豊田行二 著
「サファリの誘拐者」 徳間文庫
 身代金の授受は評点外。
 文章が下手である。取り立てて褒むべき部分もないので、例によって蘊蓄を。
 この作品は、1980年に光文社から発行されているようである。作品中で『ブルーバードSSSはこの国(ケニヤ)入っていない』と言っているが、それは大嘘。1960年代後半から1970年代にかけてブルーバード510などの日産車が「サファリラリー」で大活躍をしたのは、自動車レースに関心あるむきには自明のこと。当時は、個人参加のブルーバード・オーナーも少なくなかった。管理人は当時、日産自動車にいたので、その方面には詳しい。
 94頁には『カモシカを思わせる下半身』なる常套語が出てくるが、作家たるもの、思考力を発揮しなくてはならない。カモシカの下半身なんて、人間の下肢とは似ても似つかないのは常識。Webに多数の「Q&A」があります。
 『イスラムの僧侶』という言葉が出てきますが、イスラム教に【聖職者】はいません。テレビなどで【・・・・・・師】などと発言されるのは、【イスラム法学者】です。
 作家という職業では、知らないことも、知った風に記述する場合がありがちですが、勉強を怠ってはいけません。ま、インターネットで何でも検索できる現在では、上述のような間違いは少なくなるでしょう。
 推奨外作品。
(2009年8月27日)


豊田行二【Toyoda Koji】 著
「身代金は現金(ゲンナマ)で(名古屋)」 天山文庫
 短編集『野望列島』の中の一作。
 身代金の授受はない。
 この作家は、会話体の文章が下手である。【撥音便】のことは一顧だにしないらしい。暴走族の不良が『スケを連れて平和公園に向かったのだな』なんて喋りますか? まるで機械に創作させたような会話ばかりである。会話体で文章を綴るには【音便】を使いこなせなくてはなりませんね。
(2007年10月30日)



 
鳥飼否宇【とりかい ひう】 著
「その場しのぎが誘拐犯」 短編集『逆説的』(双葉文庫)所収の短編。
 身代金奪取は簡便だが示唆に富む。
 ただ、良質な短編に必要なコクやキレはない。文章が冗長な所為である。
(2009年11月11日)






 
長澤  著
「誘拐ゲーム」 文芸社
 身の代金の奪取方法に工夫はない。
 三人の登場人物の心理が交錯して、ちょっと面白い短編である。ただし、筋の方向が何となく読めてしまうのが惜しい。それに、文章がヘタである。推敲以前の問題。
(2011年6月15日)






中野幸隆(著) 関口シュン(絵)
「子守唄誘拐事件」 文溪堂
 身の代金は奪われるが、創意工夫度は六十点というところでしょうか。ここを敷衍すると独創的な身の代金奪取方法に行き着くと思いますね。
 身の代金奪取を扱う多くのミステリが創意に欠けるのは、素人でも考えつくところから、次の一歩を超えられないせいです。呻吟して熟慮しましょう。
 小学校高学年以上が対象か。総ルビの読み易さ。しかし、善意のルビに過ちが・・・・・・。いや、ルビは間違っていないのですが・・・・・・『ひと段落』と二度出てきます。勿論これは【一段 落】が正しい用法(と、管理人は大昔に習った記憶がありますが・・・・・・どうも、その時の先生が誤認していたような気配ですね。広辞苑などの辞書にも【ひとつの段落】と出ています。尤も、辞書にも間違いはあるので盲信は行けませんが・・・・・・。『もて遊ぶ』は【弄ぶ】が正解。総ルビのような印刷をすると、誤って記憶している言葉が如実に現れる例ですね。
 但し、管理人は、この作品には好感を抱いています。読後感がよろしい。最初は、子供向けだろうと馬鹿にして掛かっていたのですが、あに図らんや、どうしてどうして、という作品です。勿論、子供でも楽しめます。
(2011年10月16日)


中町 信 著
「四国周遊殺人連鎖」 立風ノベルス
 身の代金は奪われない。身の代金に関しては別の戦略が隠されている。
 しかし、読み辛いミステリーである。それはなぜかと言えば、人名の頻出である。煩わしいほどに登場人物の名前が羅列される。この作家は(本格を謳う作家は)読者のために作品を書いてはいないのである。本人の自己満足のために書いているのです。つまり、自己のトリックに酔いしれるのです。
 この作品の大きな欠陥は、ひき逃げ事件がメインであるのに、そのひき逃げに用いられた車両を特定しようとしないこと。これをしていれば、この作品の存在価値は全くあり得ません。文脈から、その車は簡単に特定できますし、そうすれば犯人も簡単に判明します。
 もう一つの欠点は、殺害に用いられた凶器に関して全く追求がなされないこと。最後に、青酸らしいという表記が頻出するにも関わらず、その出所に関しての記述が全くなされないこと。
 以上、この作品は駄目ですね。誘拐ミステリを検索していて初めて名前を知った作家ですが、著作数の多さにも関わらず売れていないのは、作中にも二度ほど『売れない推理作家』と文言にある通りでしょう。こんな物を書いていては売れるわけがありません。
(2011年8月29日)


 
中村光至 著
「特捜刑事(デカ)」双葉社 FUTABA NOVELS
 著者自身は、当作品中の身の代金授受に関して、大変な思い入れがあるように思われるのだが、管理人に言わせれば、至って凡庸で、工夫のかけらもないと言わざるを得ない。
 作品自体も、警察小説、犯罪小説で、スリリングな展開などは望むべくもなく、つまらない。
 さて、重箱の隅を突つく時である。
 49頁に『張り込みを、逆探知していたんだ、きっと』という訳の分からない記述があります。本当に意味不明である。
 145頁では、『(特捜刑事が)盗聴器を仕掛ける準備はしていない』などという、これまた訳の分からない文章に出くわす。まじめに警察捜査を描きながら、違法捜査を記述してどうする?
 その他にも二、三ありますが割愛します。
 因みに著者は朝日カルチャー福岡で小説講座を担当しているとのこと。それはとても良く理解できますね。抵抗なく読み進められるけれども、個性が発揮されてないというところが講師たる所以でしょう。悪しからず。
(2011年6月26日)


中村光至 著 
「拉致 遊撃刑事5」 光文社文庫
 つまらない。駄作である。文章が下手である。無駄な描写が多い。「誘拐」という言葉が随所に出てくるが、誘拐ミステリではない。警察小説を謳っているが、警察捜査の描写の勉強になる作品というだけのこと。キャッチ・コピーは『警察小説の第一人者』であるけれども、羊頭狗肉の最たるもの。






夏樹静子 著 「五千万円すった男」 夏樹静子 著
「五千万円すった男」CD作品/横浜録音図書
 管理人が読んだのはカッパノベルス『「名勝負」傑作大全』上巻 競馬編。
 短編である。身代金は支払われるが、非常に不確かな方法である。多くの読者が「机上の空論」と見倣すでしょう。
 しかし、作品としての味わいはある。
(2009年9月23日)




 
南房秀久 著 「SHADE Lost in N.Y.」 南房秀久 著
「SHADE Lost in N.Y.」 富士見ミステリー文庫
 つまらない。少年少女向けの読み物。ミステリに不可欠の「知性」が微塵も感じられない。
 ま、新世代の読み物なのでしょう。それは否定しませんが・・・・・・?
(2010年8月2日)






二階堂 黎人 著
「誘拐犯の不思議」 光文社
 読み進んでいるうちに、身の代金が奪われたのかどうか失念してしまった作品。見直したら、奪われていましたね。カギをコピーするという極めて凡庸な方法で。こんなのは、身の代金の奪取方法としては最低ランクですね。工夫も何もありゃしない。
 作品は「新本格ミステリ」というのに属するらしい。そんなのは、仕事のない暇人がレッテル商売をしているに相違ありませんが、読者は、作品が面白ければ、何だって良いのです。
 管理人は、霊能者とかいう怪しげなものが出てきた時点で引いてしまいました。
 この作品は、『後出しじゃんけんミステリ』というものです。トリックを解明するための材料が、事前に提供されておらず、最後になって、「あれはこうだった」と主張する都合の良いミステリです。会話が素人っぽいのはさておいて、二人の人物が、内蔵までえぐられて殺されているにも関わらず、その血液の記述方法がいい加減すぎますな。特大のブルーシートを敷いていたとしても、犯人に付着した血液や、そのブルーシートを車に積み込んだのですから、その時の処理は想像を絶するものがあったはずです。しかし、そんなことは完全に無視していますね。ま、そいつが「新本格」なのでしょう。
 153頁に、探偵が郵便局に行き『金に困っている窓口の女がいたので買収した』という記述があるが、いくら何でも都合が良すぎるだろう。
 ま、ご都合主義に関心のある向きは、お読みになられたらどうでしょうか・・・・・・?
(2011年7月26日)


仁木悦子 著
「金ぴかの鹿」 角川文庫 短編集『凶運の手紙』に収載。
 身の代金の授受はない。
 脅迫状の作成方法にひと味ある。それ以外に何がと、聞かれても困るが、敢えて言えば、仁木悦子らしい作品ということ。暇な時に読むには最適かな、と・・・・・・。
(2011年10月24日)





仁木悦子 著
「坂道の子」 立風書房 短編集『一匹や二匹』に収載。
 身の代金の奪取はない。
 ちょっとしたアイディアを生かした作品。推奨すべきところも思いつかない。なんか、以前読んだような気がしないでもない作品
(2011年10月1日)





西村京太郎 著
「東京湾アクアライン 十五・一キロの罠」 新潮社
 身代金奪取はある。犯罪としてはありうるが、構成は雑である。世情に照らせば、素人が計画し実行する、という作品である。
 疑問は三箇所。
 第一に「五億円を入れたバッグを持って移動」はその重量を考えると、駅のロッカーに入れるなど論外。笑止千万である。
 第二、「携帯電話の中にプラスチック爆弾を仕込む」は信管の必要性や、適正威力を得るための量を考えると、ありえない話。微量のプラスチック爆弾ではいかんともしがたい。
 第三、182頁の「百キロ以上のスピードで」はフィクションの中での話。詳細はWebで『緊急車両』について調べましょう。
 ま、この作家の現実を無視したいい加減さは今に始まったことではありませんが……。
(2011年3月25日)


西村京太郎 著 「十津川警部アキバ戦争」 西村京太郎 著
「十津川警部アキバ戦争」 TOKUMA NOVELS
 身代金の授受はあるが、最初は「すり替え」という、ミステリの中では屡々用いられる方法。二度目は、あまりにも凡庸な高速道路からの「投下」を用いる。
 同一作品内で二度の身代金授受を記述する作品は少なくないが、その両方に工夫を見せる作品は皆無である。一つ目に、作者としては創意を凝らしたつもりのありがちな方法が用いられ、二度目は大抵、高速道路などからの「投下」で茶を濁す。
 それでも殆ど、どこかで誰かが既に使用した「方法」の二番煎じでしかない。
 管理人に言わせれば、そんなに難しい事なのか、という次第。
 管理人は現在『キャメル・クラッチ』という作品を真面目に執筆中であるが、その中では三度の身代金の奪取が敢行される。そして、そのどれも「前代未聞」の方法である。管理人は、その内の二つを一時間で、三つ目を一週間後に見出しました。身代金奪取方法のストックが40もあるのにです。
 それはさておき、この作品は、いかにも西村氏らしい。警察捜査としては、ありえない滑稽な、噴飯ものの事象ばかりが書き連ねられている。
 「モデルガン」に関する記述はありえないし、鑑識捜査もあり得ないかたち。ましてや、警視庁の一警部が、権限にあり得ない拡大された「操作指揮」をしてはいけません。尤も、作者は、「逆探知」に関しては、他の多くのミステリ作家たちとは異なり、正しい記述を繰り返している。
 つまり、この作者は、警察捜査のなんたるかを知悉していながら、意図的にあり得ない「警察捜査手法」のエンターテインメント作品を書き続けているのです。その善し悪しは読者が判断するでしょう。馬鹿は騙され、知識があれば、滑稽だと退けることになりますね。ここに、西村作品の売れる理由と毀誉褒貶の根幹があります。ただし、繰り返しますが、西村京太郎は、警察捜査を知らないわけではないのです。
 新人には許されないことも、名を成せば許される、という一般論。
 当作品は、同氏の身代金目的誘拐作品としては下の部類に属します。拙速が見えてつまらない。
(2010年2月23日)

西村京太郎 著
「十津川警部 君は、あのSLを見たか」 講談社NOVELS
 身の代金の授受はない。
 十津川警部シリーズ作品。まあ、何とも・・・・・・。牽強付会はこの作家の得意とするところ。エンターテインメントだからいいんじゃないの?
 気になるのは、この作家のブツ切りの文章。自分で作品を読んだことがあるのか疑います。
(2011年6月22日)




西村京太郎 著 「十津川警部 南紀オーシャンアロー号の謎」 西村京太郎 著
「十津川警部 南紀オーシャンアロー号の謎」 FUTABA NOBELS
 身代金の授受は都合良く書かれているだけ。
 しかし、「読点」を夥しく用いる作家であるね。その指示通りに読むと、およそ日本語らしくなくなる。作家自身はどう考えているのだろう? 摩訶不思議である。
 作品はつまらない。ほとんどファンタジーの世界である。
(2010年4月23日)





西村京太郎 著 中公文庫
「熱海・湯河原殺人事件」
 誘拐ミステリではない。勿論、身代金の奪取方法に関する記述はない。
 テーマは、連続殺人の理由を問う、というもの。
 結末に近い部分で、「九人のうち、殺された人物と、そうでない者達との相違は?」という問いかけがあるが、これが非常に非論理的。なぜなら、その段階では、"殺されない"とする根拠はないからである。
 西村節としては、欠陥作品の部類。
(2007年4月4日)



西村京太郎 著
「上野駅殺人事件」 光文社文庫
 上野駅近辺に屯する浮浪者たちが連続して青酸カリで殺害される。この作者の作品に共通する姿勢であるが、「青酸カリ」の出所などは問われない。ただ、『簡単に手に入る』と記述するだけである。十津川警部の思いつきは全て正しいという牽強付会的な推理と捜査が続く。
 身代金の奪取は新幹線の窓からの投下である。書かれた年代を考慮しても目新しくはない。
 ただし、この作者の発想はすごいと思う。
(2007年8月4日)



西村京太郎 著
「尾道・倉敷殺人ルート」 講談社文庫
 身代金の奪取方法にこれといった工夫はない。「誘拐」を誘拐と感じさせないという設定はさすがに上手いが、この作品では十津川警部が饒舌である。饒舌である故に、同じ文言が繰り返されうんざりさせる。設定の手管を除けば推奨には値しない。読みたけりゃ読みなさい。
(2007年7月26日)





西村京太郎 著 
「九州新幹線『つばめ』誘拐事件」 徳間ノベルズ
 アイディアは買います。しかし、作りは相当に雑です。金庫を開けました。盗みました。盗んだ物を返しました。ガラスを割りました。翌日ガラスは元通りになっていました。これらはみな、ミステリにとって重要なポイントのはずですが、
  《盗んだ物を怪しまれずにどのような方法で返却するか?》
  《ガラスはどのようにして準備されていたか?》
  《元通りに見せかけるためにどんな努力がなされたか?》など。
すべてが、いとも簡単に西村流の簡便さで片付けられています。
 設定も杜撰で、2000億円の融資を緊急に必要とする会社の規模も変ですし、さして大きくもない二部上場の会社の株を一度に40億円も買えるなんて、流動株がそんなにあるはずがないでしょう。もっともありえないのは、一日で株価が5倍にもなって大儲けをする話。この作家は『ストップ高』も知らないのでしょうか?
 【ストップ高】【ストップ安】 = 変動する株価の値幅制限のこと。
 そして最後に、犯人が手にしたという100億円は、いったいどこにあるのでしょう?
 この作品は、【ストップ高】を知らないことだけでも大失敗作です。
 『グリコ・森永事件』の捜査過程で、犯人側の意図として株価操作の話題が上ったことがありましたが、上記のことを勘案すれば、それが非現実的であると思えます。時間をかければ、人物が特定されるのは明らかです。
(2007年5月5日)


西村京太郎 著
「黄金番組(ゴールデンアワー)殺人事件」 徳間文庫
 例によっての西村ワールド。緻密さは微塵もなし。当て推量だらけのストーリイ展開が幅を利かせている。山前譲という人物が、『大胆かつ緻密、柔軟な発想と論理的な推理」などと、ちょうちん記事を書いている。この作者の発想が大胆であることは周知であり、独自の捜査表現を得意とするところは管理人も、おおいに賛意を示すところであるが、西村京太郎が 【論理的】 であったことは一度もないと思う。あるのは、単なる当て推量だけである。原因・根拠となるようなものを恣意的に持参して、思いつきと当て推量で似非論理を展開し、読者を煙に巻くのが、この著者の得意とするところなのである。しかし、いうなれば量産作家の当然の姿なのでしょう。山村美紗、斎藤栄なども同類ですね。
(2007年5月11日)


西村京太郎 著
「山陽・東海道殺人ルート」 光文社文庫
 列車ダイヤをアリバイトリックに用いた作品。
 四年前に発生した「身代金目的誘拐殺人事件」が背景に描かれる。身代金の奪取方法は、放置された自動車を用いる。平凡きわまる発想。
 しかし、西村流で小気味よく読ませる。毒物も拳銃も出てくるが、それはたいした問題ではない、というのが、この作家の作法。それを理解していなければ、評価を過つことになる。同僚刑事を「※※刑事は・・・」などと呼ぶ会話は、現実にはありえないが、それを違和感なく読ませる手腕はすごいね。
(2007年8月10日)


西村京太郎 著 
「ゼロ計画(プラン)を阻止せよ」 徳間文庫
 左文字進シリーズの一冊。身代金の奪取方法には特段の工夫なし。左文字探偵の、ちょっとひらめいた推測が、簡単に妥当な解答となるところがいかがわしい。そして、最後は何だか消化不良に終わってしまう。まだ、ストーリイは終わってないだろ、と悪罵の一つも吐きたくなる。発想は良いが、構成に欠点のある作品。
(2007年3月30日)
 この作品は、1979/03/03に、齋藤武市監督、黒沢年男、児玉清、ジャネット八田などのキャストで『土曜ワイド劇場』としてTV放映されています。



西村京太郎 著 
「津軽・陸中殺人ルート」 光文社文庫
 亀井刑事の妻と子供が何者かによって誘拐され、夫である亀井刑事が殺人犯として追われ逮捕される。
 これも悪しき西村ワールド。十津川警部がこう思う。だからそれは正しい。そういう実証性のない似非論理の集積がこの作品である。ここには、綿密緻密な論証は入り込む余地がない。この作法を嬉々として受容する読者が多数に上ることは想像に難くないが、管理人の精神力はついていけない。
 身代金奪取に付け加えるものは皆無である。
 223ページに 《運転していた男を助け出したんですが、すでに死亡していました》 という記述があるが、ミステリ作家は、論理的な文章を書かなくてはならない。言うまでもなく、これは、テレビ・ニュースでもしばしば聞かされる言い回しであるが、、この場合は 《引き出したのですが、すでに死亡していました》 でなくてはならない。
 如上のような表現が許されているのは、轢死事故の場合である。鉄道会社はしばしば、人が轢かれ、ばらばらの死体になっていても、 《ただいま怪我人の救出中です》 と嘘の放送を各所で行うことを常としている。
(2007年5月9日)


西村京太郎 著
「トンネルに消えた」 廣済堂文庫
 同題短編集の中の作品。若い女性がトンネル内で失踪する。それをテレビ番組の材料とすべく撮影クルーが動く。単純なトリックだが、オチにもう一工夫ほしい。
 身代金目的誘拐ではない。失踪トリックを見せる短編。『誘拐Mystery』からは削除しました。
(2007年6月10日)





西村京太郎 著
「長崎駅殺人事件」 カッパ・ノベルス
 エンターテインメントの王道を行く作家の作品。格別に誉むべき作品とは思わない。元スコットランド・ヤードの刑事で、現在作家業の夫とその日本人妻が身代金目的誘拐に巻き込まれる。身代金の奪取方法は唐突である。
 姿かたちの見えないテロリストを、突然『白人』と表記しているのは横着としか言いようがない。
 また、『指向性マイク』が出てきて周囲の声を拾うが、著者は、どのように【指向性マイク】を理解しているのか疑問である。【指向性】を一般人が解釈するとすれば、[一定方向]ということではないかと思う。実は【指向性マイク】の定義は複雑なのである。
 ※ 参考 = 録音3 録音機材
(2007年7月1日)


西村京太郎 著
ハイデッカー・エクスプレス「特急「おおぞら」殺人事件」 カッパノベルス
 管理人の読んだ物は、最初期の版。掲載の写真とは別の表紙です。
 身代金の受け渡しはない。亀井刑事の子供が列車内から拉致される。犯人の目的を追求する。しかし、事件の解決は、最後に、犯人の手紙で明らかになる、という安直な構成。導入部の巧みさはさすがですが、お勧めしません。
(2007年6月17日)




 
西村京太郎 著
「冬休みの誘拐、夏休みの殺人」 小学館(中公文庫版も在り)
 上記作品集に収載の百ページを超える中篇「その石を消せ !」が誘拐作品。ちょっとした"誤解"が誘拐に発展する。解説によれば、作者が江戸川乱歩賞受賞直後に書かれたもののようであるが、用いられているトリックが、若いというか、磨かれる前の石という印象である。後年、多作家となる素質がここに見て取れる。同氏の誘拐作品の骨組みのようなものがここに垣間見える。この作家は、必要なことを書かないで表現する術に長けている。視点を変えれば、インチキ臭くも見えるけれど、不必要な細密描写より、はるかに難しいだろうと思える。
 ただし、この作品自体は、身代金の奪取方法として特異なものを提供しているわけではない。
(2006年8月31日)


西村京太郎 著 
「誘拐の季節」 双葉社
 短編集『誘拐の季節』の中の一篇。初出は1966年11月。「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人・小原保が自白したのが'65年7月3日。黒澤明監督の『天国と地獄』の公開が1963年3月1日である。
 女優が誘拐される。事件の進行過程が、以前、その女優の主演した映画の筋書きに酷似している。
 しかし、じっくり考えるまでもなく、警察捜査の手法・設定は"荒唐無稽"なほどに奇天烈である。だが、この作家は、それをまったく違和感なく読ませる。その作法には敬意を表したい。
 身代金受け渡し方法に特段の試みはない。
(2007年2月11日)


丹羽昌一 著 「鈍色の邂逅」 幻冬舎 丹羽昌一 著
「鈍色の邂逅」 幻冬舎 Gentosha Novels
 退屈である。50万ドルの身代金は奪われない。謎の解明が「後出しじゃんけん」を想起させる。全編を通じて主人公の視点で描写されているのだが、それでは、ストーリーの展開に無理があると思ったのであろう、最後の方で、苦肉の策の「別の視点」を取り入れている。いずれにしても、説明的描写が多過ぎて読書意欲を削ぐ。牽強付会的な構成の欠陥が最初から見えていて、早々に投了したいのだが、義務から読み終えた作品。つまらない。時間の無駄である。
 しかし、和久田正明 著「怨み節」 (廣済堂文庫)もそうであったが、二作続けて『汚名をそそぐ』はないであろう(134頁)。一体、どこに注ぐ、というのか?
 著者は大学でスペイン語を教授されているようであるが、【ギャング・スター】の分かち書きはないでしょう(36頁)。【ギャング】と【ギャングスター】の相違に関しては辞書を調べましょう。断じて【ギャング】の【スター】ではありません。もっとも、こちらは英単語ですが。
(2010年6月16日)


貫井徳郎 著
「悪党たちは千里を走る」 光文社
 この作家には、他に「慟哭」「誘拐症候群」「長く孤独な誘拐」の誘拐諸作品があるが、当作品が筆頭である。身代金の奪取方法に独創性があるのが第一。百ページ辺りまでは読み進むのに難渋したが、それ以降は滞りなく読ませた。ユーモアあり、正義感あり、暴力ありと飽きさせない。
 佳品である。
(2007年7月8日)




貫井徳郎 著 
「長く孤独な誘拐」 集英社文庫中篇アンソロジー『光と影の誘惑』所収。
 身代金目的誘拐を利用したミステリ。
 身代金目的誘拐の記述はあるが、身代金の受け渡しはない。こういう作品には二面性があり、肯定的な解釈の方は、「斬新な切り口」という言い回しになるであろう。他方、否定的に斜めに見れば、「これといった身代金の受け渡し方法を思いつかないので・・・云々」という非難めいたものになろう。
 管理人は、こういう記述方法を否定するものではない。
 管理人は、別のページで「身代金は一円から可能」と記述しているが、それは、このような場合を想定してのことである。しかし、管理人の方法については詳らかにはしません。
 管理人は過去に、この作者の長編「身代金目的誘拐」作品を二作読んでいますが、少しも印象に残らないものでした。それに比すると、当作品の方が記憶に残ります。ただし、短い作品という制約を除外すればですがね。
(2007年4月5日)


ルシアン・ネイハム(Lucien Nahum) 著
「シャドー81」 新潮文庫
 傑作である。
 ハイジャックと身代金奪取を緻密に描く。
 1977年、「第一回週刊文春ミステリーベスト10」の第一位作品。週刊文春が『20世紀海外部門作品』の第三位に挙げていることからも評価のほどが知れる。
 管理人は1989年9月23日に一度読了している。18年振りに読んだが評価は変わらない。
 航空に関する専門的知識を縦横に駆使して比類のない冒険小説に仕立て上げている。この作品に描かれているような身代金奪取が、現実的に可能かどうかは疑義のあるところであろうが、仕上がりは上々である。
 管理人の蔵書は1977年の二刷であり、表紙は左記の物と活字の位置が異なり、下方四分の一に集約されている。
 管理人お勧めの逸品である。
(2007年11月26日)


 
野村桔梗 著
「その猫に何が起こったか?」 国書刊行会
 身代金をどのようにして奪取したかという方法論で問えば、もっとも単純、無に等しいというのが実情。ですから、身代金目的誘拐作品と考えてアタックしてはいけない。
 一人の女性の心理形成と行動の変容を描く。彼女の愛猫が誘拐され身代金1000万円が奪われた。女性作家ならではという作品。
 【バリカンで剃る】は勿論【バリカンで刈る】が正しい。因みにキーボードを叩いても、前者は二分割の変換になるが、後者は一発変換できる。
 【コミック】は【コミックス】でしょう。類似の間違いには【セラミックス】【グラフィックス】など多数。著名企業や著名雑誌などに堂々と間違っているものが少なからず存在します。たとえば『カー・グラフィック』。【graphic】は形容詞で、フランス語じゃあるまいに、後置されません。
 【独壇場(どくだんじょう)】は勿論【独擅場(どくせんじょう)】が正しいが、前者のほうがキーボードでは優遇されている。しかし、言葉は変遷しますから固い事は抜きにしましょう。【秋葉原(あきばはら)】は【あきばはら】になってますし、【山茶花(さんさか)】は【さざんか】、【新しい(あらたしい)】は【あたらしい】ですからね。
 短い作品ですから、短時間で読めるでしょう。別にお勧めはしませんが・・・。
(2007年9月13日)


法月綸太郎 著
「一の悲劇」 祥伝社文庫
 本格ミステリというのだそうである。大学時代はミステリ研究会に所属していたという著者。むべなるかな、といったところ。この作品だけを読むと、他の作家と峻別する特徴に欠ける。身代金目的誘拐のほうは、誤認・ごまかし、と策を練ってある。しかし、身代金授受に関しては記述がない。
 この作品には「ダイイング・メッセージ」なるものが登場する。暗号である。管理人の最も嫌いなミステリの小道具である。伏線のかなりの部分は、この暗号にたどり着くように仕組まれている。こういうものは、作者の意のままにできるので、現代のミステリとしては下等分類される。もっとも、本格ミステリというものは、探偵が登場して、恣意的に思い付きを述べるものであるから、スタイルとしては否定できない。フィクション中のフィクションなのである。
 日本語の誤用が数箇所あるけれども、最たるものは【うず高く】である。(108、172、223ページに出現。)
(※ キーボードを叩いたら、【うず高く】が出てきたのには驚きました。)
 【× うず高く】は【○ 堆く】が正解。
 この誤用は、ミステリの翻訳家に非常に多い。おそらく、70〜80パーセントは間違っています。もし【うず高く】という言葉が正解なら、【うず】というのは「接頭語」に当たることになりましょうが、そのような用法はありません。【渦】と誤解しているのでしょうかね?
(2007年6月2日)


T.J.パーカー(T.J.Parker) 著
「サイレント ジョー」 早川書房 2002年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞 最優秀長編賞受賞
 身の代金の授受は参考にならない。なべて諸外国の作品はそうである。
 ハードカバーで二段組、ほぼ400頁という圧倒的な長編であるにも関わらず、一息に読ませる技量がある。ミステリの根幹はこうでなくてはならない。
 実は、邦人作家の書き下ろし作品を先に読み始めたのであるが、その文体について行けなくて十日ほど投げ出している間に、この作品を読んだのである。
 身の代金誘拐作品という事ではないが、その長さに抵抗がなければ、お薦めの作品である。登場人物は多く、頻繁に入れ替わるが紛れがない。これは非常に優れた点である。頁を置いて人物が再登場する度に、人となりを一々再確認しなくて済むのである。
(2011年9月27日)


パトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)著 「プードルの身代金」 パトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)著
「プードルの身代金」 扶桑社ミステリー
 身代金の奪取はあるが参考にはならない。つまり――捜査機関は介在しない。
 しかし、読ませる。「太陽がいっぱい」「見知らぬ客」などでその名を知らぬ者のないハイスミスである。
 身代金目的誘拐を主眼として書かれた作品でないのは当然であるが、このサスペンスには、えもいわれぬ味わいがある。題名から想像される作品像は悉く覆されるに相違ない。読んで損のない作品である。
(2009年5月23日)



パク・チャヌク 著
「復讐者に哀れみを」 竹書房文庫
 同名映画の原作を翻訳したもの。
 臓器移植に端を発した金銭トラブルが誘拐を誘発する。
 身の代金を目的とした誘拐の部分もあるが、本質は殺人である。
 ま、単純なストーリーである。映画をご覧になれば良いでしょう。あえて、お奨めはしませんが・・・・・・。
(2011年7月13日)



ジェームズ・パターソン(James Patterson) 著 「闇に薔薇」 ジェームズ・パターソン(James Patterson) 著
「闇に薔薇」 講談社文庫
 身代金目的誘拐作品ではない。
 198頁で誘拐が発生する。身代金が要求されるが、別の読後感で管理人も書いたように、『百ドル札が入っていてはならない』と犯人に言わせている。
 また、特筆すべきは、邦人作家の作品に頻発する【逆探知】に関する記述に執着してはいないことがある。
 エピローグで真犯人が明らかになるが、事件との連関が解らない。そこへ結びつくような記述がなされていないと思う。唐突に「こいつが犯人だ」と記述されるのである。米国人の好きなサイコを描いているが、締めくくりの悪い作品である。
(2009年8月11日)


服部泰平 著
「誘拐の長い午後」 文芸社 第二回U-30大賞受賞
 読んで損はない警察小説。参考文献が多数掲載されているが、それらの内の半数は管理人の書棚にもある。
 現実に基づいた警察捜査の詳細説明が随所に入る。そのことの是非は読者が判断するでしょう。しかし、ミステリの読者は「捜査手法」をミステリで学ぼうとは思っていないはずである。それなら、ノンフィクションを選べばよい。西村京太郎氏や赤川次郎氏が売り上げを伸ばすのは、読者心理を上手く読んでいるのである。
 この作品には「身代金奪取方法」が二種類出てくる。初めのほうはコインロッカーに細工をするというもので、参考程度に記述されているのだが、実現性は皆無である。実際に成功する奪取方法は凡庸なものである。ここではネタバレになるので説明は割愛します。
 この作者は、普通の人物が日常用いないような特殊な単語を時々用いる。これは百害あって一理なしだと管理人は思う。読んでいて思考が途切れるのである。
 この作品の重要な山場は最後の最後になって現れるが、そこには非常に大きな誤解があると思う。
 「マンホールの蓋」である。代用の「プラスティックの軽い蓋」という物がでてくるが、管理人は、そういうものを今まで見たことがない。ひょっとしたらあるかもしれませんが・・・ね。
 問題は次である。パチンコ店のマンホール(旧街道と記述があるから、雨水用ではなく下水用に決まっています)から指輪を見つけて、それが、事件解決の決定的な証拠となるのですが、これは誤り。
 パチンコ店のトイレというところは、不特定多数の利用者がいます。利用されるたびにフラッシュ・バルブが開かれ、大量の水が勢いよく排出されます。当然、指輪なんかは流れ去って見つけることが出来なくなりますね。ましてや、それがどぶ川から近いとなれば、マンホールの直下部分に泥土が溜まることもありえません。
 (任意のアパートなんかで、若い女性がトイレに入ったのを確認して、そのときマンホールを覗いていれば、彼女の排泄物を確認することができます。)
 この作者は『ポンプ圧送』の正業をお持ちのようですが(注 : 生コンクリートを専用車両を用いて作業箇所に送り出す仕事)、マンホールのことは生半可な知識のようです。しかし、作品自体は読んで損はありません。
 マンホールには種類が多数あって、門外漢には絶対に開けられないものや、施工後に周囲をモルタルで固めるもの、マンホールの中に落下防止の網が取り付けられているものなどが存在します。
(2007年6月3日)


春小路胤海 著 「誘拐電話」 春小路胤海 著
「誘拐電話」 講談社文庫『ショートショートの広場 H』星新一 編
 雑誌『小説現代』で公募したショートショート集です。選者【星新一】が採点をしています。。著者の【(はるこうじ いんかい】氏も恐らく素人作家なのでしょう。
 400字詰め原稿用紙2枚程度の短い作品。
 誘拐犯を名乗る男と、電話相手の男との掛け合いが、オチを導く。オチが最初から読めてしまうのが欠点。しかし、選者の評点は8.5点(10点満点)で悪くない。
 10点満点で思い出しました。昔、管理人宅の隣に「つけ麺」屋があって、万点と貼り紙がしてありました。
(2009年8月20日)


東川篤哉(ひがしがわ とくや) 著
「もう誘拐なんてしない」 文芸春秋
 身代金の引渡しは行われる。書きっぷりから、作者の自信の程が伺われるが、独自性は皆無であり、余人が参考すべき細部も無い。引渡しが成功裡に描かれているのは、警察を介入させていないだけの単純な仕掛けである。多くの「誘拐ミステリ」で、この便利で目的にかなう手法が用いられているが、実際の運用に適さないのは言うを俟たない。
 愉しい作品ではあるが、別段推奨すべきところは無い。強いて言えば、アリバイのトリックに見所がありそうである。
 130ページに『進退窮まる』と記述があるが、何度も管理人が指摘しているように、これは【進退谷まる】が正しい。賢い作家は、一般人に、【谷まる】と読める者は少ないと考えてか、【進退きわまる】と書く傾向が見られる。老婆心ながら……。
(2008年5月27日)


東野圭吾 著
「白銀ジャック」 実業之日本社文庫
 つまらない。物足りない。
 身の代金は二度奪われるが方法は凡庸である。作者自身が当作品の中でこう言っている。『そもそもこれまでに犯人が行った受け取り方法は、いずれも警察が見張っていれば成功しなかったと思われる』
 まさにその通り。安易の一言。まあ、伏線としての意味が無いわけではないのですが、それにしても安直。
 舞台をゲレンデにしているのも、読者の想像力を殺いでると思う。ゲレンデの名前をいくら羅列したところで、具体像が浮かばないであろう。
 この作品も「後出しじゃんけん作品」である。肝心なところが書き込まれて無くて、唐突に犯行の舞台裏が明かされるのは頂けない。Webで見るレビューも辛口のものが大多数である。
お奨めはしません。
(2011年7月27日)


東野圭吾 著
「誘拐天国」 集英社文庫 短編集『毒笑小説』の中の一篇。
 奇想天外な誘拐。短編の味わい十分。
 身代金奪取方法にも一癖あり。
 この作家はミステリ出身であるが、日本語を間違えないのがいいね。
(2007年8月17日)





東野圭吾 著
「誘拐電話網」 集英社文庫 短編集『毒笑小説』の中の一篇。
 短編だけにオチの利いた作品。
 身代金の授受はない。このアイディアは、別の場所、別の方法で生かすことができる。非常に幅の広いアイディアである。
(2007年8月14日)






平岩弓枝 著 
「水郷から来た女」 文春文庫/短編集『水郷から来た女』に収載。
 短編である。子供が連続して女に誘拐され、その度に身代金300両が奪われる事件が連続する。一方、男のなりをした女剣士が道場を荒らしまわっているらしい。女剣士の行動が犯人の素性を知らせる。
 時代物であるから、当然ながら、身代金奪取に格別の工夫はない。
 このような作品は、時代小説に少なからず存在するものと思われますが、管理人にとって未開地なので、次の作品を見つけるまで論評は差し控えます。
(2007年5月5日)



平野 肇 著
「孤峰の翼」 徳間書店 TOKUMA NOVELS
 身の代金の授受はあるのかないのかよく分からない記述である。
 背後にある大きな組織のことが述べられるが、詳細が分からない。それに関して密かに大金が動くのだが、それもはっきりした記述がない。背後で蠢く政治家たちに関して、全く記述がなされない。だから、悪人と、そいつの策謀に嵌められた主人公との駆け引きが展開するだけのつまらない物語。管理人は、何カ所か飛ばし読みしました。
 この作品が、ばかに売れたという評判も聞かない。売れないでしょうね。なぜなら、著者が自分の自己満足のために書いてる作品であって、読者のことは一切考えていないからである。
 これは下記の大野優凜子氏の「消えた甲子園」にも言えますが、良い題材を思いついた、では書こう、で終始しているからに他なりません。著者が一所懸命書き連ねているところが、読者には苦痛であったりするわけです。だから、読者はあちこち飛ばし読みをしたり、食わず嫌いになったりするのです。
 百億円の身の代金の話が、唐突に十億円の金に移行するのですが、著者の頭の中で完結している話も、読者には適切な説明がないと伝わりません。
 下記の作品同様、古本がなかなか見つからないような作品です。ま、読む価値はないでしょう。
(2011年7月18日)

深谷忠記 著 「運命の塔」 深谷忠記 著
「運命の塔」 講談社文庫
 この作品の欠点は「文章が重いこと」である。些末な登場人物にまで詳細な説明を記す。それに、同じ電話機の操作方法が三度も繰り返されるように、細部描写に異様な拘りを見せる。それが、警察小説としての細部描写と、ミステリとしての描写が、焦点を合わせられない原因を作り出している。
 ミステリは、作者の知識を延々と披瀝する場ではないし、それが読者を感動させると考えているなら、それは大きな認識不足であろう。
 これは大部の警察小説である。この作家は、文章を削ることを学ばなければ、発展はない。
(2010年4月12日頃)


深谷忠記 著 「審判」 深谷忠記 著
「審判」 徳間書店
 身代金目的誘拐作品ではない。
 作品を読み終えるのに二ヶ月もかかりました。前半の退屈さは筆舌に尽くしがたいものがあります。これは、本邦以外の作品でも同様の結末になることが多いのですが、伏線の張り方に原因を求められます。伏線の多寡と複雑さにより、どうしても制約が課されます。それを上手く回避できれば「名作」と呼ばれるようになるに相違ありません。
 この作品は、後半に入り、俄然読了意欲をかき立てられます。前半の長大な伏線部分を乗り切れば、優良な読後感が待っているに違いありません。
 「身代金目的誘拐」を扱ってはいませんが、お勧めです。
(20097月2日)


福田 洋 著 「美作路誘拐殺人」 福田 洋 著
「美作路誘拐殺人」 Gakken FEMINA NOVELS
 五千万円が要求されるが、授受されることはない。
 思弁と解説が長くて進行が遅い。特徴と評価する向きがあるかどうかは存じませんが、旅行記のような記述は中弛みする。また、短い会話に、それぞれ、注釈のようなものを添える癖があるが、一利に百害が勝っていると思う。
 34頁に『間もなく、警察が女性の身元割り出しに躍起になる事態が、勃発するのである』という記述がある。これは少なからぬ作家が踏襲する技法で、ストーリーの展開の方向を予め読者に教える姑息な手段である。というのは、筋の進行上だけで、同様のことを描ける作家たちは、そんな安直な方法を選ばないからである。
 落語家が、話の途中で、『これから面白くなりますよ』とか、『与太郎が失敗しますよ』なんて、一々観客に告げますか? そうじゃないでしょう。ミステリも同様でなくてはなりません。
 ここで一言。大阪近辺を舞台にするのに「関西地方の方言」が一切出てこない。大阪のホステスや営業マンが大阪弁を喋らないのである。勝手にせえよ!
 143頁の『ひと段落』の記述は、非常に多くの人も勘違いしている用法。勿論、正しいのは『いち段落』。但し、口語の場合、既に市民権を得た様相である。就中、民法TVアナウンサーの中ではね・・・・・・。
(2010年3月7日)

福田洋 著
「誘拐・殺人捜査線」 光風社出版
 誘拐は発生するが、身代金を奪う前に被害者が殺されてしまう。それが、転落などによるものか轢死なのか判別がつかないなどというのは笑止である。カバーには「犯人と捜査陣の息づまるようなかけひきを堪能できる」とあるが、それもまた笑止千万である。その原因は、この作品が警察小説であることにあるが、なかでも、会話の平板さ、発言者が特定し難い会話の羅列が根本原因をなしている。
 ことほどさように警察小説というものは、捜査方法を忠実に再現しようとすればするほどサスペンスを欠くことになる。西村京太郎氏のように、フォーカスを定めて記述しない限り、起伏を創作するのは難しいであろう。
 『自宅にかかってきた電話を証明できません』などという記述があるが、これは誰でも解るように事実を認識していない。そんなことは、電信・電話会社から、通話の明細が入手できることから簡単に理解できそうなものである。
 この作品の骨格は悪くないと思う。記述方法に難があるだけである。良い題材を損なうような作品の出版に許可をする編集者がいるのであろう。
(2007年7月29日)


藤井邦夫 著
「勾かし(かどわかし)」(時代物)。 『投げ文―知らぬが半兵衛手控帖』に収載の短編  双葉文庫 
 時代物のミステリ。よって与力、同心が登場人物。身代金300両が奪われるが、使い古された方法。時代背景を考えれば、技術などというものは殆ど想定できないのであるから、致し方ない。
 翻案して現代風に書き直せば、取るに足りない作品。
(2008年6月11日)






藤原宰太郎 著
「女子大生誘拐事件」 光文社文庫『おもしろ推理パズル Part6 トリック博士の事件簿』に収載。 推理パズルですから、それなりに暇潰しになる。ただ、初歩的なトリックが用いられている。
(2009年8月21日)






藤原宰太郎 著
「消えた身代金」 光文社文庫『おもしろ推理パズル Part6 トリック博士の事件簿』に収載。
 こちらもごく単純な身代金授受のトリック。短い作品であるから、こんなものか。
(2009年8月21日)







ロベール・ブルッサール 著 
「人質交渉人 ブルッサール警視回想録」 草思社
 テロリスト、誘拐犯、強盗など凶悪犯との交渉に携わったパリ警視庁の名物刑事の回想録。
 自伝的要素を交えたノンフィクション。ただし、管理人は、難渋しながら40ページほど読み進んだところでギブアップ。ということで、詳細に関しては説明できかねます。一体に、警察官は文章が下手です。少なくとも、管理人の知る限り、話の上手な警察官に遭遇したことはありません。それは、元警官の作家をみれば推測がつきます。因みに、最近TVによく登場する元警視庁捜査一課特殊犯捜査係刑事【北芝健】氏は、著作の中で『天国と地獄』の作家として松本清張の名を上げています。
(2007年1月18日)



ローレンス・ブロック 著 「獣たちの墓(A WALK AMONG THE TOMBSTONES)」  ローレンス・ブロック 著
「獣たちの墓(A WALK AMONG THE TOMBSTONES)」 二見文庫
 身代金の授受はギャングのやり方そのもの。人質と身代金を同じ場所で交換する。
 米国発のミステリでは、人物の特徴を描くのに、肌の色や瞳の色を記述する。日本人作家が同じことを書いても上手くは書けないものであるが、外来物では違和感がない。日常生活に密着しているということでしょう。
 作品中で、電話局のホスト・コンピューターに侵入して、通信記録を入手する行がかなり詳細に描かれているが、その真偽に関しては、管理人は詳らかにしない。ただ、訳者あとがきで【東江(あがりえ)】氏が、当時「NTT」に問い合わせて、同様の手法の存在を確認したと書き加えられている。
 読ませる作品ではあるけれども、身代金目的誘拐作品としてではない。
(2009年9月9日)


ローレンス・ブロック(Lawrence Block) 著
「泥棒は抽象画を描く」 ハヤカワ文庫
 愛猫が盗まれて絵画で身代金を支払わねば、という設定。身代金目的誘拐とはいえない。
 翻訳は【ぎごちない】【進退をきわめる】と、こだわりを見せる。常識といえば当然であるけれども、それができない、しないというのが翻訳の世界である。前者は一般に【ぎこちない】と、濁らせないのが最近の傾向。【進退きわまる】はパソコンで正常に変換できないように、間違いのほうが通用している。当然この訳者は、それを知悉していて【進退谷まる】を【進退きわまる】と記述している。
 管理人の好きな【モンドリアン】の作品が登場するので、ある意味、愉しく読ませられた。
 肝心のストーリイの方であるが、最後はいただけない。表題からも判るように偽物の絵画が登場するが、複雑すぎてわけが判らない。おそらく、その部分を読んで一度や二度(或いは三度)で理解できる人物は皆無だと思う。はっきり言って、何がどうなっているのかさっぱり判らないのである。
 しかし、会話の上手さはさすがといえる。多くの邦人作家に見習わせたいところだ。
(2007年11月25日)



ヘンリー川邊 著 「ヒポクラテスの柩」 ヘンリー川邊 著
「ヒポクラテスの柩」 新風舎文庫
 江戸川乱歩賞の最終選考に残った作品を稿をを改め上梓。
 身代金は銀行振り込みで奪取されるが、その方法が妥当なのかどうか、管理人には、門外漢の世界で判断できない。模倣する人物も、できる人物もいないでしょう。また、現実にはあり得ないような気がしますが・・・・・・。可能であるとすれば、凄いとしか言いようがない。
 幾つかの日本語の間違いはさておいて、この作品にも【逆探知の装置】が出てきます。そんな物が存在しないのは、管理人が口を酸っぱくして訴えているところ。ここのところ読了したミステリの殆どにこの【逆探知装置】なる物が記述されていました。警察にできるのは、電話局に連絡して【逆探知】できたかどうか問うことだけです。本当にみんな馬鹿でないの。
 86頁には「警察無線にスクランブルをかけて介入を防止する」というような記述が見えますが、現在の警察無線はデジタル化されていて、そんな必要は全くありません。言葉を換えれば、素人には手を出せないシステムになっています。
 108頁の3億円をキャッシュディスペンサーで引き出すという記述は、作者が、後出しのトリックに気をとられすぎて、引き出し限度額に気付かなかったものでしょう。ここの記述は頂けませんね。
 131頁、神奈川県の大井松田から警視庁の捜査本部に無線で連絡 ?  だって?  どんな高出力の無線機を使用しているの?
 もっとも、無資格で高出力の無線局を使用するのは、警察官のしばしばやる違法行為です。多くは、資格者が近くにいなくて間に合わせに使用するのでしょうが、違反は違反。内情に関心のある向きは、当該写真が掲載されているしかるべきメディアに当たってください。
 50才前後と目される女性がボストンバッグに2億8千万円を詰め込んで簡単に運べるなんて、冗談がきつい。30sですよ。銀行で一悶着あるでしょう? この作家も30sの物を手に提げたことがないのだろうか? 犯人の特徴があからさまになるでしょう。
 199頁の「階段の段落」は意味が分からない。推測するに、恐らく【蹴込み】と【踏み板】のことをいわんとしているのではないか?
 243頁、本庁の【捜査部長】は間違い。【捜査課】からの連想か? 【捜査部長】があるのは検察庁であって、警視庁は【刑事部長】。警視庁、および道府県警刑事部のトップは刑事部長である。
 作者は【ミニカー】という言葉を【軽自動車】の意味で使用しているが、これは大きな勘違い。簡便に記せば、「道路交通法上では、総排気量が20ccを超え50cc以下(出力0.25kWを超え0.6kW以下)の原動機を有する車のこと。こんなもの、警察の捜査に使えますか?
 現在読んでいる石井竜生・井原まなみ著『誘拐捜査』には「女の人だったことは確かです。声とか身体つきとか、見てればわかりますよ」という記述がある。しかし、こちらの作品では、大っぴらな長期間の女装が誰にも見破られないでいる。管理人は、以前にも記したように、ミステリの中の変装には、基本的に反対の立場です。それを許せば、ミステリは非常に恣意性を増すことになり、能力のない人物にも作家としての裾野を広げることになるからです(なりかねない、ではありません)。
 まあ、揚げ足をとるのもこれくらい。
 追加。「墜落で壊れた時計が死亡時刻を示す」なんて、使い古された陳腐な手法ですな。
 作品評価は、いささか専門知識に依存し過ぎ、というところ。
(2009年9月24日)


ベティー・ボガホールド 作
「とにかくさけんでにげるんだ」 岩崎書店
 子供の誘拐。性被害を防ぐための啓蒙書。
 子供や児童に簡単には声を掛けられない時代になったのだなあ、というのは良く言われることである。
(2011年6月22日)






星 新一 著
「誘拐」 ショート・ショート集『悪魔のいる天国』(新潮社刊)所収。
 途中でオチが読めてしまいましたが、流石に星新一という作品。
 管理人は、40年ほど昔、雑誌でよく星氏のショート・ショートを堪能していたものでした。中、長編を書くのが苦手な作家は短いものでも構想したらどうでしょう。もっとも、こちらの方が正真正銘、センスを問われるでしょうけど。
 ※ 2007年9月17日、昔のノートを見ていたら、1990年8月28日に読了していました。
(2007年9月10日)




ジリアン・ホフマン著
吉田利子訳
「報復」 ヴィレッジブックス刊
 読ませる。レイプの後遺症に悩まされる検事が、12年の時を経て、自分を嘗てレイプした男と遭遇する。誘拐小説ではなく、いわば、リーガル・サスペンスであるけれども、ともかく読み応えがある。終局部の手軽な法的解釈は如何かなと首を傾げさせないでもないが、傑作である。凡百のミステリでは到底太刀打ちできない作品である。
 これが処女作というのであるから、次回作が待ち遠しい。
(2006年5月20日)



マーク・マクシェーン(Mark McShane) 著
「雨の午後の降霊会」 創元推理文庫
 身の代金の奪取場面の記述はこうである。
『クレイトンはわずかに尻ごみして、バッグをもった腕をさしだした。
 ビルはバッグを受けとった』

 92頁に【逆探知】に関する記述が見える。この作品が発表されたのは1961年であるが、当時から、英国では、そんな状況になっていたのかと考えさせられた一文である。
 ちなみに、黒澤明の『天国と地獄』が公開されたのは1963年。そのオリジナルのエド・マクベイン著『キングの身の代金』の発表が1959年である。
 この作品は、読ませる。MWA最優秀長編賞も伊達ではない。映画化もされ、日本でもリメイクされたりしている。素材としてもユニークなのであろう。
 しかし、クロロホルムに関する記述はいただけない。全くの誤りである。当作品には【クロロホルム】に関する記述が随所に出てくるが、全て誤りである。酷いのは『たった一滴で』少女が眠らされたりするくだりである。クロロホルムでは、人は簡単には気絶したりしないのである。
 実のところ、このクロロホルムを別の非常に良く効く睡眠剤と置き換えない限り、当作品は成立しない。科学的に全くあり得ないことを書いて成功しているというのは、恥ずかしいことである。
 我が国のミステリ界でも同様の記述やシーンが見られるが、その発端は、意外とこの作品辺りにあるのではないかと勘ぐったりする。
 詳細は当サイトにもファイルがありますが、WiKiなどで調べましょう。
 ほんとに、アホらしいったら、ありゃしない。
(2011年6月26日)


 
エド・マクベイン(Ed・McBain) 著
「キングの身代金」 ハヤカワ・ミステリ文庫
  27年振りに読んだ。管理人の蔵書は1980版で表紙が左記の物とは異なっている。
 言わずと知れた黒澤明監督の『天国と地獄』の原作。映画とは細部が相当異なっているが、傑作であることに変わりはない。
 この作品が書かれたのは1959年であるが、現代でも通用する背景が描写されている。それにしても、当時の米国文化の先進性が如実に示されている記述が随所にある。自動車電話などは、本当にその時代に存在したのか、と疑念が沸くほどである。
 因みに当時、管理人の叔父の一人は、その奥には人家がないという山間の僻村で、ガソリンエンジン仕様の車椅子に乗っていました。恐らく、国内でも非常に珍しい存在だったでしょう。その叔父が数年後に身障者用のマツダ・ファミリアを購入したのは、マツダ本社にも資料が残っていない(過去に問い合わせたことがあります)というほど先進的な試みでしたが、それらに比しても、この作品が書かれた当時の米国文化のレヴェルに驚かざるを得ません。
 身代金奪取はなされないが、現今のわが国の身代金誘拐に方法を提供しているといえる。
 この作品の特徴は、会話体の多さである。著しく多く、ほとんど全篇、会話といっても過言ではないほどである。
 作品中に非常に特徴的な文章作法の記述がある。
 『……こういう物いわぬ恐ろしい品物に直面すると、想像力というやつが極度に緊張する。手斧の刃にからみついている長い金髪のほうが、死体置き場の台の上に横たわっている女の死体より、はるかに雄弁である。文学はじまっていらいの、作家が用いる微妙な武器、いわず語らずに感じさせるものが、ここでは鑑識技師たちの感情を研ぎへらす、日常の仕事での砥石の役を果たしているのだった。』(183頁)
 如上の記述のようなものを薬にしていれば、長年、作家として生業を立てている人々も下手くそな小説を書かなくて済むのである。
(2007年12月26日)


松本賢吾 著
「凶撃 捜査一課別係『突きの健』」 Gakken ウルフ・ノベルス
 身の代金の受け渡し方法は参考にもならない(参考にならない、ではありません)。
 元警察官にしては読ませる。しかし、その元警察官が、どうして『あるいは電話の逆探知装置ってところだ』(111頁)なんて馬鹿なことを書くんでしょう。
 【逆探知装置】に関しては、数え切れないほど記述してきましたが、元警察官までが真面目に書くようでは呆れてものも言えません。
 つまり、こういう事です。
第一に、逆探知装置なるものを見たという人物がいない。
第二、もしそれが存在するなら、需要は山ほど――悪戯電話とか脅迫電話の撃退など――あるのですから、警察に納入している業者が、類似品を市販するはずです。ストーカーに悩まされてる女性などは、どんなに高価でも購入するでしょう。
第三に、多くの作家や脚本家が何も考えてはいないこと。盗聴装置と明らかに混同してることが上げられます。
 会話のわざとらしい部分が鼻につくのですが、後半は、すんなり読ませたのも事実。しかし、二冊目には手を出さないね。
(2011年6月28日)

スーザン・マレリー(Susan Mallery}) 著
「囚われの天使」 ハーレクイン
 身の代金の授受はない。身の代金目当ての人物は元夫だった、というサスペンスにラブロマンスを絡めたストーリー。
 及第点だが面白いとか、この手の作品を続けて読みたいとは思わない。そもそも、ハーレクイン・ロマンス作品を自分が読むことになろうとは夢にも思わなかった管理人である。やはり、些か勝手が違う。尤も、このような作品は邦人作家にも少なくない。ハーレクインの冠を取ってみれば、そんな中では上質であろう。
 身の代金目的誘拐作品として参考にならないことは言うまでもない。
(2011年9月10日)


峰 隆一郎 著
「殺人!博多発 『ひかり4』の女」 集英社文庫
 身代金奪取方法に特段の工夫はない。この時点でつまらない。
 解説を読むと、『人間を描けば、トリックの重要性は等閑視しても良い』というのが、著者の持論のようである。しかし、この作品を読んだ限りでは、それは言葉のすり替えに過ぎない。トリックを考え付かない作家の詭弁であろう。
 新幹線のダイヤグラムにアリバイ工作の可能性を見出す刑事。ダイヤが親切にも何度も登場する。そして、それを追求する捜査が続けられる。読者は、犯人が完璧なアリバイ工作をした方法が知りたくて作品を読み続ける。しかし、明らかにされない。そんなものは食わせたくてもないのである。殺される人物がアリバイ工作に協力したなどと書かれている。卑怯にもほどがある。拍子抜けの結論。そして、最後に、『会話を録音したテープがある』ときた。それなら、もっとそれを早く公開すればいいじゃないか。無駄な記述なんか全部省略できるのにね。拍子抜けの結末。画竜点睛を欠くもいいところである。
(2007年9月26日)


宮部みゆき 著 
「龍は眠る」  双葉社文庫(日本推理作家協会賞受賞作品)
 この著者は、多数の受賞歴が示すように、とにかく読ませる技術に長けている。
 得意分野でもある"サイキック"を扱っているが、全く違和感なしに読ませる。身代金目的誘拐の主要部分は、終盤になって本領発揮される。これだけ伏線が長大であると、読者は、いい加減辟易していいはずなのに、寧ろ、グングンと読者を引っ張っていく。これだけ、飽かずに伏線を読ませるミステリ作家はごく数少ないであろう。受賞歴にも納得できる。ただし、映画『天国と地獄』が引用されているように、身代金奪取方法に格別の工夫はない。
 管理人は、この作者の長編は「火車」しか読んではいないと思うけれども、他作品も読むつもりである。
(2007年4月8日)


三好 徹 著
「コンピュータの身代金」 光文社文庫
 ここに記述されている身の代金の奪い方が可能であるのかどうか、管理人は詳らかにしない。妥当だとすれば驚きを隠せないのであるが、本当に犯人を追跡する事が不可能なのであろうか? そうは思えないのであるが、どなたか業界に詳しい方の説明を待ちたいところである。
 問題点は「指紋の照合が極めて早過ぎる事」と、自動的にストップさせられるように細工をされる車の事。
 後者の『現金輸送車』に関しては、管理人も当サイトの中で一度書いた事があるように記憶しています。
 管理人が『現金輸送車』に乗ったのは、遙か昔のことである。その時既に、運転席に非常用の赤いボタンが備え付けてありましたが、「踏切で自動停止しては事故を惹起する」というので使用しない状況になっていました。或いは、その運送会社だけだったのかも知れません。
 如上の如く、何処で停止するか分からない身の代金運搬車は、犯行には使えませんね。犯人が才知に長けているというなら尚更です。これは明らかに著者の勇み足、勘違いです。もし、任意の場所で急停車した車に、他の車が追突したりしたらどうなりますか? 後は推して知るべしですね。
 参考までに、以前読んだ時の感想を載せましょう。
  そう悪くはないが、身代金(代わりの物)を持って犯人が逃走する場面が極めて安直。信じられないほどである。そのため、他の良質な部分が打ち消されている。
 他に、身代金十億円の重量が何度も記述されている。百五十キロだそうである。この作品が書かれた当時、聖徳太子の一万円札は殆ど流通していなかったであろう? とすると・・・正解は管理人が掲載中の「誘拐定理」の中に書かれています。詳しく知りたい方は「日銀」のサイトへどうぞ。(2005/6/26読了)
 上記の記述は誤り。聖徳太子の一万円札はまだバリバリの現役でした(1981年当時)。しかし、「聖徳太子の一万円札」だって、現在の札の1.5倍もの重量があるとは思えませんね。面積を計算すると凡そ1.2倍強という結果になりました。(1.201973倍)
 しかし、読んで損はない作品です。
(2012年1月28日)


三好 徹 著
「モナリザの身代金」 光文社文庫
 読ませるね。身代金の奪取方法は米国映画などに良くありそうな方法。ただ、そこにもう一工夫あるのがよい。しかしながら、ここに記述されるような方法が実際に可能であると人々が信じうるなら、現今までに、この手の身代金奪取が敢行されても良さそうなものである。管理人が寡聞にして知らないのであるから、おそらく世間一般も眉に唾を付けているに相違ありません。
 前作の「コンピュータの身代金に比しても、こちらの方が優れていると思いますね。
 2005年の7月31日に一度読了していますが、その時の評価は『著者四部作の中のひとつ。読ませる。読んで損はない作品』でした。
 秀作ではあると思うのですが、瑕疵も少なくありません。元新聞記者らしいので余計に誤りが目に付きます。以下にそれを列記します。
 『やわらかいパットが詰め込まれ・・・・・・パットがはさまれる』(124頁)→勿論【pad】
 『藁でもすがりつくような・・・・・・』→『藁をも掴む・・・・・・』(215頁)
 『第一次産業を振興してこそ、その国のプラスになる。だから、これまで融資をうけたのは、造 船、製鉄、機械メーカーなどであった』→小学生でも間違えません。
 『札は千ドル紙幣を使用すること。・・・・・・千ドル札は、日本においては、外為取扱い銀行でも 、手持ちはほとんどない』→『なお、かつては500・1,000・5,000・10,000ドル紙幣が流通し、主 に銀行間の決済などに使われていたが、1945年(シリーズ1934B)を最後にこれらの高額紙  幣の製造は中止され、電子的な決済システムの出現で必要性がなくなったため、1969年に  流通停止となった。』(Wikipediaより)。当作品が上梓されたのは1983年です。
 ついでに、一万円札の一億円=15sという記述も変。
 『電話局にも協力してもらって、最新式の逆探知装置も取り付けてあります』(241頁)またもや 出てきました。電話局はかつても現在も『逆探知装置』を保持していたことはありません。そし て、その必要性もありませんでした。
 『「メルシー・プークー」(たいへんありがとう)』→【Merci beaucoup】。何をどう勘違いすれば  新聞記者がメルシー・ボークーを間違えられるのか理解不可能。
 最後にもう一つ肝心なことを
 『発炎筒にリモコンで点火する』は可能でしょうか? 出来ないことはないでしょうがリスクがありますね。
 しかし、千ドル紙幣が身代金で準備できないとなると・・・・・・この作品の致命的な欠陥になるのですがね・・・・・・。7キロの身代金の重量が百ドル札ではその十倍になるのですよね。
(2012年1月29日)


木宮条太郎 著
「本日の議題は誘拐」 朝日新聞出版
 金銭のやりとりは、海外も含めて、過去にも多数同工異曲のミステリ作品が存在します。ですから、アイディアとしては新規さはない。おそらく著者は、類似性の中にも独創的な部分があるだろうと主張するに違いない。しかし、管理人に言わせれば、それほどのものではない。
 この方法、真似をする人物が後を絶たないのは、犯人と捜査側の接触がいかに緊要であるかを如実に示している。だが、この、○○や**を用いる方法で誘拐ミステリはいいのかという疑問が残る。そして、実際には、金の動きが、かなり簡単に発覚すると思うのは管理人だけではないでしょう。
 この作品、話者が誰だか分からなくなる部分が非常に多い。管理人の読み方の所為かどうかは、お読みになって考えてください。しかし、一休みして、再び読み始めると、発話者が誰だか分からなくなるのである。これが最大の欠点。
 139頁に『来れなくなって云々』とある。ら抜き言葉である。二作前にも建倉圭介著「ブラック・メール」で見つけたが、作家として如何と思う。
 252頁の『人間ドッグ』は何をか言わんやである。誤植ではないでしょう。ま、【バッグ】を【バック】という類でしょうが。
 201頁には、もっと面白いことが書かれている。『上場企業の重役の年収は云々』で『年収一千万強を見込んだ』とある。百パーセント無知である。現在、四十歳平均で年収一千万円の企業はざらにあります。調べなさい。上場企業の重役の年収が一千万円なんて冗談にしても酷すぎる。
 辞書ぐらい調べなさいよ、本当に、どいつもこいつも。
 読ませるのは確かであるから、上記のようなミスは勿体ない。
(2011年7月9日)

 
本岡 類 著 「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 本岡 類 著
「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 祥伝社 NON NOVEL
 身代金は奪取されるが、その方法は凡庸である。警察を介在させないところに主眼が置かれている。屡々用いられる方法であるが、管理人は好まない。頭脳対頭脳の駆け引きを放擲してどうするの?
 作者本人が「前代未聞」と語っている電話を用いたトリックは、それなりに見事である。正鵠を射ているかどうかは存じませんが。
 管理人の知人で連れ合いと全く同じ携帯電話を所有する人物が、ついこの間、相方の携帯電話であることに気づかず使用していました。そればかりか、二つの携帯電話を持ち歩いていたのであった。であるから、この作品中で用いられている最初のトリックも不自然とは言い切れないかも知れない。管理人の件の友達は、女房のパンツを間違えて穿いてきたこともある。サイズが窮屈なので気付いたと言っていましたね。ボクサータイプのパンツでしたが。
 この作品にも出てくる【声色】【眠り薬】【クロロフォルム】などには、管理人は感心しません。理由は過去に何度も記したところです。
 いや、やはり一言言いたくなりました。「クロロホルム神話」というものです。
 107頁に「十五両、十六両と連結された都会の電車・・・・・・」の記述は誤り。
 「通勤型電車」の編成は概ね10両。
 「特急・準急型電車」で11から12両。
 「新幹線」は、周知の通り16両編成が最大。
 当然これは、プラットフォームの長さに左右されます。
 『列車編成表』はこちらが大変参考になります。
 ちなみに、本年12月に上り線が高架化されるJR東日本の「国立駅」のプラットフォームの長さは210メートル。車両10両分に10メートルを加えたものですね。
 作品の評価は可もなく不可も無し、というところ。将棋の世界に疎い読者には、解りにくい作品のような気がします。【ジャーゴン/jargon】とまでは言わないものの、専門領域のことが多く記述されると、読者は逃げ出すものです。
(2009年9月28日)


本岡 類 著 「『不要』の刻印」 本岡 類 著
「『不要』の刻印」 カッパノベルス
 つまらない。
 「なかなか面白い身代金の奪取方法だから・・・・・・云々」と66頁にありますが、ちっとも、そんなことはありません。ごくありふれた、誰にでも思いつける方法です。
 また、また書きですが、『自信作です。もし不安があるとすれば、この先、私がこれを上回る本格推理を書けるかどうかという一点だけです』という著者の発言らしきものを見つけました。正直言って、それほどの作品ではありません。ただ単に、多くのミステリの中に埋もれてしまうだけの作品です。著者は、作品中で用いた「二つのトリック」に痛く自信を持っているようであるが、それも、管理人に言わせれば大したことはない。トリックに固執する作家の多くが陥りがちなのは、自作のトリックは非常に優れたものだと、過剰な自信を抱く過ちである。
 管理人は以前に
 「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 祥伝社 NON NOVEL
 「真冬の誘拐者」 新潮ミステリー倶楽部

の同著者の作品に関しても辛口のコメントを繰り返しています。管理人にとって、一気に読み通せない作品には高い評価を下し得ません。この作品にも一週間ほどの期間が必要でした。
(2010年8月1日)

本岡 類 著
「真冬の誘拐者」 新潮ミステリー倶楽部
 身代金3000万円は要求されるが引き渡されることはない。
 ずっと後半になって明らかにされる一つの医学的事象が、このストーリーの根幹である。世間の評価は低くないと思われるが、ハラハラ、ドキドキはない。管理人は、読み終えるのにかなりの時間を要しました。もっとも、管理人の私生活で、器物損壊犯を追求しなければならなくて、多忙だったせいもあります。
 この作品自体は、読んで損はしないと思いますが、「身代金目的誘拐」だけに関心があるむきにはお勧めしません。
 何度も記述していることですが、この作者も、緊急自動車に「制限速度がある」事を理解していません。道路交通法で、緊急自動車は高速道路で100キロ、通常の道路では80キロまでスピードが出せると規定されています。
 捜査に関連する事柄に関しては、よく調べて書かれている作品ですが、それ以上のものではありませんね。つまり──百の知識中から十分の一を引き出したというようなものではありません。
 一般に、ミステリー作家の技術系の記述は、実際の誘拐を考える際には疑ってかかった方がよろしい。無線機や小道具の扱い方の記述は間違いだらけです。
 たとえば「無線機」に関していえば
 周波数が同調するか
 通話可能な距離は
 混信の可能性は(盗み聞きされないかどうか)
 厚いコンクリートなどの障害物が介在した場合、通話可能かどうか(重要局面で)
 充電可能であるかどうか
 通話可能時間はどれくらいか
 故障の可能性は
 雨中でもつつがなく通話できるか
 シリアルナンバーから追跡されないか
 また、捜査陣が用いる場合、さらに要素が加わり複雑化します。(ここは煩雑になるので割愛)。

 実際に「無線機」を使ってみると分かりますが、身代金誘拐犯が無線機を用いようとする場合、【不感地帯】の問題は、避けては通れない難問になると思います。毎日のように無線機を使っている管理人が言うのですから、間違いありません。

 ただし、上記は、ミステリー作品を愉しむだけなら、お節介な知識かも知れません。
(2009年3月14日)


 
森 詠 著 「狩人は眠らない」 森 詠 著
「狩人は眠らない」 角川文庫
 つまらない。身代金は奪われるが参考にはならない。
 舞台はベトナム戦争期以降のベトナムである。下巻で米国、フィリピン、タイなどへ移動するが、かなり恣意的にストーリーは展開する。
 戦時下のベトナムでの誘拐事件であるにも拘わらず、捜査手法は「日本そのまま」である。「使い古した紙幣」で身代金を要求するなんて、馬鹿でないの。現今の諸外国の誘拐事件を鑑みるまでもなく、【旧札】で身代金を要求する事にこだわるのは我が国くらいのものである。ましてや、発展途上のベトナムで、どんな組織が身代金の番号に関心を持つのか? 偽札の氾濫している諸外国では、旧札などにこだわらないのである。馬鹿も大概にしたがいい。大概の日本人は、他国の捜査機関の捜査手法など知らないであろう。だから、多少は知っている自国の捜査方法で、嘘の上塗りをせざるを得ないのである。
 邦人作家の多くが、自国の捜査方法を知らないのに、他国のことは知悉している、というのはあり得ない話であろう。
 この作家は多作家のようであるが、当然のように弊がある。外語大を卒業して編集者になった由であるが、それにしては日本語がお粗末である。こんな人物が「編集者」というのも「?」マークであろう。
 たとえば
 うろんとした(116頁)→管理人がこの表記に出会ったのは初めて。一般に【胡乱な】で記述。
 七輪(116頁)→ベトナムにそんな物はないでしょう。ま、土製のコンロの事をそう表現したかったのでしょうが・・・・・・。
 (空手の)胴着(158頁)→道着。これも世間で良くある勘違い。
 こちらもデッドロックに乗り上げてます→【dead lock】を【dead rock】と間違える、非常によくある過ち。
 火が付いたような泣き声(下巻61頁)→一般的に【火が付いたように泣き出した】と用いる。つまり、瞬間的な時間のとらえ方。
 (コンピューターの末端機(下巻75頁)→勿論【端末】
 その他に非常に多いのが「拳銃を発射する」→「ロケットを発射する」「弾丸を発射する」。つまり、飛んで行く物が発射されるのです。拳銃は発砲するもの。拳銃はどこへも飛んでは行きません。
 さらに読み難いのは、「私」という人称代名詞の頻出である。これは幾つかの連続する文章を一つに纏めることで解決される。
 ま、そんなこんなで、面白くもない作品です。管理人は、以後、この作家の作品を読むことはないでしょう。読みたい人は読みなさい。
(2010年7月22日)


森 純 著
「墜ちた鷲」 読売新聞社
 身の代金の奪い方には一工夫ある。ただし、苦言を呈したい部分も沢山ある。それを予測して、先取りするかのような記述が最後の方で何度も繰り返されているのは、作者自身に「牽強付会的」な記述だとの認識がありすぎるほどにあったからだと思う。
 遭難した漁船員を救わなければ、事態を隠蔽できるとの記述は、安易に過ぎる。漁船員たちは、当然、メモを残すとか、幾つかの通信手段を持っているはずであるから。
 325頁から327頁にかけての暗号の記述は笑わせる。こんなものなら、管理人がいつも貶している斎藤栄の方がはるかにましである。
 台風の中、無理を押して離島に置き去りにされた子供をヘリコプターで救助に向かうのだが、その困難な中、島に取り残されざるを得なかった同僚を助けに戻るのに『嵐が収まったら救出に戻ってくる』はあり得ない。なぜなら、子供が台風で消えてしまうだろうということが大前提の救出劇と身の代金入手なのであるから。この書き方なら、嵐の中、死ぬ思いをして子供の救出に向かわなくても良いのである。台風一過を待っていれば、子供は救出できるのである。ここは、大前提をもっと綿密に組み立てるべきであった。これでは、作品自体が成立しない。
 例によっての【逆探知】。
 136頁に『逆探知の係が三、四人』とある。何のこっちゃ? 一人いれば充分。実際に必要なのは電話局にもう一人とで二人ですが。
 213頁から214頁にかけ『電話コードにセットした逆探知装置を作動しようとしていた科捜研の職員たちに確認の合図を送ってから云々』、『逆探知装置から離れた』。全くもって意味不明である。記述すべてが大間違い。
 『朝倉警部』と『浅倉警部』が混同されて記述されている。
 397頁の『汚名挽回』は、マスコミなどでもしばしば見られる誤用。正しくは【汚名をすすぐ】、或いは【汚名返上】です。【挽回】=取り返す。汚名を取り戻してどうするの?
 この作品は、著者の遺作だそうです。作品自体は、ご都合主義的な部分が多くて、辟易させられるのですが悪くはありません。
(2011年8月28日)


 
森村誠一 著
「青春の反旗」(『虹に立てる叛旗』改題) 光文社文庫
 不幸を背にした生い立ちの青年の野心を描くピカレスク・ロマン。
 猫を「誘拐」して身代金50万円をまんまと奪った事に味を占めた青年は、次第に犯罪に手を染めていく。やがて、政財界の有力者たる男の令嬢と結ばれ、婚約発表をしたのだが・・・。
 身代金目的誘拐は、さわりとしてちょっとだけ登場。厳密な誘拐作品ではありません。「地の文」が長々と続く、昔流儀の作品。ハイ・テンポとサスペンスを期待する向きには退屈な運びです。
 219頁に『名刺は返しました』と記述があるが
 241頁には『名刺を残してきた』との記述。
 まったく正反対の記述であるが、これが、ストーリイの運びとは全然関係ないのである。誤りなのか、別の伏線があったのか、知る由もありません。
(2007年6月24日)


森村誠一 著 「棟居刑事の殺人の衣裳」 森村誠一 著
「棟居刑事の殺人の衣裳」 カッパノベルス
 身代金奪取はない。上手く書かれてはいるが、偶然ばかりが満載のミステリ。
 こんなに牽強付会的に「偶然」が重ねられると、『そりゃ、いくら何でもやりすぎだろう』という気になる。『事実は小説より奇なり』とはいうものの、その逆を過剰に反映してはいけません。
 読ませるのだが、多作家の弊でしょう。
(2009年6月10日)




諸星澄子 著
「誘拐者」 講談社NOVELS
 身の代金の奪取方法に格別なところはない。
 ありがちなストーリーだが、かくも簡単に普通の人間たちが犯罪に荷担するものかな、と考えさせられる。ここで使われている電話のトリックは、管理人もテレビで二度見たことがあるから、そう難しく考える必要はないだろう。しかし、テレビ放映以前(当作品は1983年刊行)にこのトリックに気づいていれば褒められるだろう。しかし、その後の謎解きが、いかにも安っぽい。そんなに簡単に暗号に辿り着いてはいけないだろう。もっとも、管理人は暗号ミステリーが嫌いなのであるが。
 この作品にも、例によって逆探知に関する記述が出てくる。関連する全文を紹介しよう。

「応急的に電話の録音テープは牧君が取りつけたが、逆探知の設備もあるから鑑識班にいっしょに行って貰ってくれ」
 『逆探知の設備』など皆無であるから、勿論この記述は大間違い。
 鑑識班に何をしに行くのか意味不明。セクションが違う。鑑識の意味が全く分かっていない。

 149ページに「毛髪が由美のものであることがわかった」とあるが、日本での【DNA鑑定】の歴史を繙くと相当に無理がある。
 133ページの会話の中に指示代名詞が二度出てくる。『こんなにロマンチスト』と『これは一つの見方ですね』のくだりである。ここは、話者の近くにその題材がないの(相手の近くにある)であるから、当然【そんなに】【それは】を用いなくてはならない。外国人が話すような変な日本語である。
 作品全体としては、説明に偏りすぎて、進行が遅いことを除けば可もなし不可もなし。
(2011年6月17日)


 
柳原 慧 著
「パーフェクト・プラン」 宝島社
 マッド・サイエンティストの人物が出てくるが、どうも、他の登場人物とのつながりが分明でない気がする。ただし、前半三分の一を過ぎた辺りから読ませる。しかし、選者の大森 望氏が疑義を呈しているが、管理人も同様の意見である。ま、拙速ということなのだろう。詰め込んだ知識が半可通ということで、改題と共にずいぶん手直ししたのではなかろうか。
 第2回『このミステリーがすごい』大賞受賞作『夜の河にかべてを流せ』を改題。(2006年5月4日 木曜日)



山田正紀 著 「女囮捜査官 聴覚」 山田正紀 著
「女囮捜査官 聴覚」 幻冬舎文庫
 身代金の奪取は敢行される。過去にも何人かの作家が記述している方法である。また、テレビドラマでも散見される。珍しくも新規さもない。おそらくは、現実の犯罪現場でも用いられるのだろう。
 心理学や精神医学を骨子としたミステリは、精神分析先進国の米国ミステリに多く見られるが、明らかに、邦人作家のそれは数段格が落ちる。この作家も例外ではない。読んでいて「違和感」を払拭できないのである。米国の作家たちが、ファンタジーを違和感なく読ませる技法は見習わなくてはならない。
 この作品は、読んでいて、非常に判り辛い。読者に親切な構成とは、とても言えないでしょう。
 「多重人格」を扱っているが、恐らく、その人格設定と、人物描写を本当に理解できているのは作者だけではないかと思う。本作品に描かれているような人格設定と行動パターンで、犯行の証拠を集めきれないというのは、都合の良いこじつけに過ぎない。
 もし、管理人の言が真実であるなら、作者の努力も道半ばであろう。米国の作家たちの表現が如何に巧みか思い知らされるところだ。
 かなり緻密な犯行である誘拐を、二重人格者を絡めて描くという構想自体があやふやである。これはつまり、若年者に成人の語彙を語らせたり、教養がないとされる登場人物の独白に、知性的な言葉を使用させる間違いと類似の誤りである。
 つまり──もっと手際よく、読者に負担を強いない記述が必要だということである。
 よく分からないのは、地検特捜部の検事たちが、同じ警察の仕事をしている主人公を強引に拉致するという設定。いかほどもそんな必然性があるとは思えません。
 例によって、嫌みを幾つか。
 15頁に『電話の逆探知設備も施設した』の記述がある。これも当然誤りである。もっとも、警察が、このような多くの誤った記述に異議を唱えないのは、現実問題として捉えれば、その方が捜査する側にとって好都合である所為もあるであろう。
 42頁までには奇天烈な記述が存在する。要約すると以下の如くである。
 『被害者は、ろくに事情も説明せずに、銀行から使い古しの紙幣で一億円を借りなければならなかった』
 おいおい、冗談だろう ! 使い古しの札で一億円なんて要請があれば、馬鹿だって身代金だと思うぜ。
 70頁。生後数日の赤ちゃんが『キャッキャッと笑った』とあります。凄い !
 しかし、意外とこの作品は読ませるのです。しかし、売れてはいないでしょうね。
(2009年12月30日)


山田正紀 著 「誘拐」 扶桑社文庫 山田正紀 著
「誘拐」 扶桑社文庫刊の短編集『ふしぎの国の犯罪者たち』に収載の短編。
 つまらない。その原因の一つは、一人称の語り口にある。ハラハラドキドキさせないし、オチも平凡である。短編であるからには、最後に切れ味を見せなければ存在意義もない。
 因みに管理人は、この、たかだか80頁に満たない作品を読了するのに十日間も要しました。
 最後にひとつ。この作品にも
 『逆探知されちゃかなわんからな。こちらの要件だけをしゃべる』
という記述があります。勿論、相手に通じた時点で「逆探知」は可能です。
(2010年5月30日)



山村正夫 著
「人魚伝説」 角川ホラー文庫
 ホラー小説である。だから展開の細部は問わない。もっとも、本当にホラー作品かと、疑いの眼で見る読者もいるでしょうが……。身代金の奪取方法に頭を使ったところは見受けられない。参考にはならないでしょう。
 この作家は、余りにも物事をいい加減に捉えすぎている。
『窓ガラスをロウソクで切る」というのが理解できない( 切れません )。
(被害者宅の『逆探知係の刑事』なんてのが出てくるけれども、これも理解不可能( 当然これは電話局の仕事。捜査員は、電話局で確認して連絡します )。
【クロロホルム】の使用に関しては別記してあるので、ここでは繰り返しません。
 しかし、酷いのは次です。
 【デジャビュウ】→【View】ではありません。正しくはフランス語でデジャビュ 【déjà vu】(60ページ)。
 【テトラポット】ではありません(117ページ)→【tetrapod】(※ 無声化することを否定はしませんが)。
 【ディーパック】は【デイパック daypack】でしょう。
 【ムーディ】(217ページ)は以前この欄でも紹介しましたが、世間一般どころか、著名な作家ですら間違えている単語で、語釈は【moody】 = むら気の、不機嫌な、という意味です。「ムードがある」という意味ではありません。かつて歌手の郷ひろみが、「電気蚊取り」のCMに抜擢されたとき、この【ムーデイ】を使っていたせいで(多分)、瞬時にして放映されなくなったことがありました。
 著名な作家であるこの著者が、これだけ外来語を知らないというのは驚きですね。信じられない愚かしさです。
(2009年1月1日)


山村美紗 著
「消えた相続人」 光文社文庫
 この著者の作品であるから、緻密さは期待できない。身代金の奪取方法はありきたり。青酸カリを突然持ち出したりするのは、この作者の常套手段で、西村京太郎とそっくり。ここでは、クロロホルムが何の注釈もなく登場する。
 そりゃあ書きやすいでしょ。状況設定を図りたい。そうだこんな薬がある。使ってやろう。誰がどこから、どのようにして入手した、なんてことは一切眼中にないのである。
 『髪の毛から被害者が特定された』、と記述があるこの作品は1982年に発表されているが、「DNA鑑定」の可能性が英専門誌「NATURE」に最初に発表されたのは、イギリスのレスター大学のアレック・ジェフェリーズという遺伝学者の頭脳によって。わが国で、データベースが整えられるのは2004年以降である。
 以前読んだ浩瀚な海外ミステリの中で、空手の記述が見られるものに遭遇したことがあるが、それはまだ海外に「空手」が紹介される前の年代の物でした。これらは、江戸時代にロケットを飛ばすほどに間違った記述である。
 231ページの文章
  『五時三十分に、タイマーをのせた時限爆弾を、リアシートに置いてある』
 これは会話としての文章。しかし、これで良いのでしょうか? 確かに、人はこのようにしゃべりますが、こんな記述はだめでしょう。というのは、このような会話が頻繁に登場すると考えれば妥当な答えが見つかります。誰も読むことの出来ない作品が出来上がりますよ。
 量産作家の「弊」でしょうね。
 ついでに一言。この作家は姓名判断で占うと総運29画の『大器晩成運・頭領運』女性にとっては、強すぎる運勢で凶数とする場合が多い。しかし、斯界の第一人者であったことは紛れのない事実。16画の人気運、13画の口がものをいう職業運、19画のミステリ運・芸術運と揃っていたが、19画のミステリ運が災いしたのか、変わった亡くなりかたをされた。
(2007年5月17日)


山村美紗 著
「ゴールドコーストの遺品」 文春文庫
 身代金奪取は巧妙に行われる。というのは、作中にある著者自身の言葉。
 誘拐ミステリの中で、身代金奪取に成功する作品の何割かは、身代金授受の場に警察を介在させないという安直なトリックに拠っている。つまり―刑事が周辺に不在であることで、成果を上げているわけである。そんなのは、単なる子供だましに過ぎない。自己完結的な身代金奪取はインチキである。この作品でも同様である。
 この作家はもっと上手い人物かと考えていたが、文章が下手である。というより、瑣末な現象を、子供の日記のように逐一記述する手法には随いていけない。 逐一認めることで読者サービスを心がけているつもりなのかもしれないが、読者は、もとよりそんなものを望んではいない。
 作中で、女流作家の娘が誘拐され身代金が奪取されるのだが、娘の生死も定かでなく、母親の心中を表現する単語は頻発するのだが、ちっとも、その感情表現を共有することができない。これはどういうことか? 感情を共有することが不可能であるから、当然、サスペンスや起伏には無縁な作品である。ディーン・R・クーンツかスティーブン・キングのホラー作品でも参考にしたらどうでしょう。もっとも、著者は物故されて久しいのですが・・・。
 この著主の作品一般に言えることですが、ご都合主義的なストーリイ展開は良くありませんね。たとえば、この作品中では、他人に成りすましてパスポートを使いオーストラリアから外国に脱出する、などという行りがありますが、いったい、どんな頭をしているのでしょう?
(2007年9月20日)


山本甲士 著
「誘拐迷路」 JOY NOBELS (実業之日本社)
 身代金は運ばれるが、奪取はない。ここに描かれている方法は、工夫を凝らせば妥当であるが、現実の事件となれば機器の出所から足が付くであろう。それが米国製というのであるから尚更だ。ですが、ネタバレになるので詳細は省きます。
 この作品が書かれたのは、電話機に「ナンバー・ディスプレイ」機能が付加されて以降のこと。ということは、デジタル化が相当に進化したことを示している。
 であるから、この作品に描かれている【逆探知】に関する記述は間違いだらけである。
 それを一つ二つ検証しよう。
『逆探スタートしてくれ』(37頁など)
『逆探知の技術は一昔前に比べて飛躍的に進歩しており、電話で接触してきた犯人が、少しでも気を緩めて話が長引けば発信元が判るようになっている。・・・・・・云々』(44頁)
 この作家は、間違ったあやふやな知識で【逆探知】を記述しているとしか言いようがない。
 作品自体は、読ませるのだが、ストーリーの後半が雑駁である。それは勿論、前半まで遡る瑕疵である。
(2010年4月29日)


龍 一京 著 「欺殺」 龍 一京 著
「欺殺」 ハルキ文庫
 つまらない。文章が下手である。以前にも記述したことがあるが、元警察官の作家は総じて作文が下手である。会話後の文章を下記のように列記するとその酷さが理解されます――
――竹原が犯行後の状況を詳しく話した。
――小寺が残念そうに唇を噛んだ。
――吉岡が細かく聞いた。
――前田が疑問に思ったことを口にした。
 終始、この案配である。全部【た留め】である。とてもプロの作家とは思えない。
 些少の過ちは指摘することもないが、[DNA鑑定] に関して一言。
 この作品が文庫として書き下ろされたのは2002年のようである。詳細はWikiにでも当たってもらいたいが、その頃の鑑定技術では、この作品に書かれているような短時間で、鑑定結果が得られたとは考えられない。
(2009年9月21日)


龍 一京 著
「刑事コブラ2 強奪」 青樹社文庫
 身代金の奪取方法は、以前に別の作者の作品で読んだ記憶があります。同様の手法は時々ミステリ作品の中では記述されています。ま、常識の範囲内、というべきでしょう。
 ヴァイオレンスとエロティシズムが売り物の作品ですから、それ以外には、推薦すべき部分を見出せません。暴力、血腥さという記述が好みという方はお読みください。
 作品中で、フィリピン女性に、『これで死ねば、天国で恋人と一緒になれる』という表現をさせていますが、周知のように、フィリピンはカトリックの国で、大半がカトリック教徒です。如上の表現は妥当でしょうか? うーん、宗教は難しい。『神の御許へ行きましょう』ね。
(2008年4月28日)


龍 一京 著
「女豹特務刑事2/反撃」 廣済堂文庫
 身代金奪取は参考にならない。拍子抜けするね。
 刑事たちが一度調べた、大して広くもない部屋を再度調べると、ゴミ箱から重要な書類が見つかったなんて、元警察官の作家の書くことでしょうか? 警察捜査を疑われますよ。戦後の混乱期に頻発した【冤罪事件】と瓜二つの構図でしょう。
 何度も記述していることですが、「30キログラムを超える」重量の身代金をケースに入れ、なおかつ旅客機内に簡単に持ち込むというのは矛盾しています。客席のどこにそんなものを置くというのですか。つい先日の11月3日にスカイマークのボーイング767機内で配膳用のカートが滑って乗客が骨折させられています。
 元警察官というのは文章が下手で、この作家も事あるごとに「険しい顔」という言葉を頻発する。「沖縄県警察」を何度か「那覇県警」などと記述しているのは神経を疑うね。単なる間違いではないでしょう。
 作中人物の一人に【五加木】という名前を付けているが、この名前が出るたびに思考を停止しなければならないので、読みづらくて仕方がなかった。作中では【オコノギ】と読ませるが、一般的にこの記述は【ウコギ】と読みます。食用にも用いられる植物ですね。
(2007年11月11日)


W.リンク、R.レビンソン 著
二見書房
「刑事コロンボ/悪の温室」 原題 = 『The Greenhouse Jungle』
 手元不如意となった青年が叔父と図って信託財産を取り崩そうとする狂言誘拐。
 このシリーズは全作品が映像化されている。管理人も映像を見たことがある。
 やはり、映像の方が良いのかな、という印象。
(2007年5月19日)






連城三紀彦 著
「過去からの声」
アンソロジー「七つの危険な真実」 新潮文庫 に収載
 短編。秀逸である。
 身代金は奪われるが、方法は格別のものではない。また、ここに描かれている(ネタばれになるので詳細は作品に当たってください)一連の方法は、他にも類似のものがありそうであるが、先行作品がどれかを指摘することはできない。
 短編であるが故に、よく練られているのは当然である。また、細部に拘泥させないことも作品の評価に寄与している。佳品である。読むべし。
(2009年7月8日)


連城三紀彦 著 「造花の蜜」 連城三紀彦 著
「造花の蜜」 角川春樹事務所
 2009年、早川書房の『ミステリが読みたい!』で国内作品の第一位獲得。
 賛否両論が拮抗する作品である。
 一気に読み終えた、という論評も多い。しかし、リアリティーの無さを指摘する意見や、多くの疑念を提起する読後感もWeb上には少なくない。
 管理人はといえば、最初から「引いて」しまった。余りにも多くの『そっくりさん』が登場するのが、いただけない。その上、この作家は、警察捜査の事を何も知らない。これが新人作家の作品であれば、手厳しい評価に遭遇するのは必定であろう。
 誘拐捜査に拘わる橋場警部の身分が噴飯ものである。あろうことか、「45歳の若さで捜査一課長の座を射止めた男」と、紹介されている。警視庁刑事部捜査一課長が、そんじょそこらに雲霞の如く存在する「警部」などということはあり得ない。大馬鹿でないの。さらに、第一線で捜査に携わるなんて、冗談も大概にしたがいい。馬鹿に付ける薬はありません。
 「警視庁一の頭脳とまで賞賛された」(174頁)と記述があるのであるから、どう考えても階級は警視正であろう(警視の場合もありうる)。
 次に、「この若さで上りつめようとした階段を・・・・・・」とあるが、警視庁刑事部捜査一課長の席は、ノンキャリア警察官の頂点の一つである。その上の警視長、警視鑑という可能性もないわけではないが、それは畑違いであろう。
 真面目に誘拐事件を記述するなら、この時点で作品は成立しない。
 終わりの方には、身代金をトランクに入れて運ぶ男が、二億円と三億円の重量差に気づかない、などと書かれている。読者の皆さん、気づかないかどうか、自分で確かめてみましょう。20sと30sの相違です。20sというのは、一斗缶の重量です。冬場に軽油を入れるポリタンクもそうです。女性でも運べなくはありません。しかし、その1,5倍の重量となると、一般の成人男性でも相当の無理があります。
 いずれにしても、警察の捜査に全然真実味がうかがえません。渋谷のスクランブル交差点で多数の刑事が、撮影までしながら周囲を取り巻いているのに、捜査に進展がない、などというのはあほらしい記述である。さらに、度重なる電話のやりとりから、一切の進展が見られないのも不思議。一度など5分40秒も話しているのである。それを逆探知していて新たな展開がないなどというのはあり得ない話である。
 つまり、この作家は、警察捜査と電話に関して何も知らないのである。知らないことは、多く書けば書くほどボロが出るものである。
 因みに、管理人は、四週間かけて、当作品を読了しました。
(2010年9月13日)
追記= 47頁に、「ただちに居間と事務室の電話に逆探知機がとりつけられた」とのアホくさい記述があります。馬鹿に付ける薬はありません! 昔、ドイツ語の授業で、どんな経緯だったか忘れましたが、『馬鹿に付ける薬はありません!』と作文を発表して、おおいに受けたことを想い出しました。
(2010年9月17日)

連城三紀彦 著
「人間動物園」 双葉文庫
 身代金の奪取方法は読むだけ無駄である。警察小説のようでありながら、そうではないので、身代金奪取方法だけに関心がある人は読むべきではありません。
 伏線だと理解してはいるものの、200ページまで読み進むのに相当の時間を要しました。読み始めてから、赤川次郎の「三毛猫ホームズの危険な火遊び」と峰隆一郎の「殺人!博多発 『ひかり4』の女」を間に読み終えた始末でした。それ以降は読ませるのだが、最後の詰めがぜんぜん面白くない。「このミステリーがすごい!」2003年版・第7位という評価であるが、管理人の評価は高くない。評価を下げる第一の要因は、ベタッと見える紙面構成。次いで、どのような読者を対象として書かれているのかがよく判らないこと。三番目は、読者に苦労を強いることである。―つまり、読みにくい部分が多すぎる。
 ブログなどでの読後評には好意的なものが多いようであるけれども、評価は人それぞれである。エンターテインメントの身代金目的誘拐作品を目指したものではないであろうから、管理人の評価が低いのは仕方がありませんね。
(2007年9月30日)


連城三紀彦 著
「ぼくを見つけて」(短編)
 東野圭吾 選 「スペシャル・ブレンド・ミステリー 謎 001」に収載。
 身代金目的誘拐作品ではない。
 『僕はゆうかいされてるみたい』と、男の子の声で警察に電話が……。
 シチュエーションにチョット不自然な部分がありますが、それなりに短編。想像力を刺激しない。
(2008年10月18日)





若桜木 虔 著
「聖火の身の代金」 勁文社ノベルス
 身の代金は、少なくない作家が用いた方法で取得される。但し、この作品が上梓されたのは1985年。新しくもなければ古くもないといったところか。ご本人はこの方法にご満悦のようである。ひとひねり効いた巧妙さは評価されるべきだが、株価を釣り上げるという手法は至って平凡。捜査が困難なように記述されているが、実際の所は違うと思いますよ。経済事案専門の捜査員なら、時間をかけても介在した人物を割り出せるはずです。ま、そこの所はご愛敬としましょう。何も、重箱の隅をほじくる必要はありません。
 但し、褒めるのはここまで。多くの問題点があります。
 たった一日や二日で、この本に書かれているような大金を濡れ手に粟のように掴むのは不可能。こんな事を知らずに株価操作について書くなんて恥さらしも良いところ、【ストップ高】に関して勉強しましょう。こちらに株価の制限幅に関する数値が掲載されています。因みに本日、騒動の渦中にあるオリンパスは、100円安の終値[484円]で引けています。更に「監理銘柄」に指定。
 これだけで、この作品は成立の根拠を失いますね。参考までに、西村京太郎著 「九州新幹線『つばめ』誘拐事件」(2004年)にも、当作品同様、ストップ高を無視して大金が入手できると誤った記述が見られます。
 二つ目の問題は、【逆探知装置】に関するもので(93,165,166,167,168,205,207頁に記述がありますが、これは完全な過ち。
 最初から挙げていくと、指紋の検出が直ぐにできている(82頁)。勿論、そんな事は不可能。
 『重水でも打ったような重苦しい沈黙』(162頁)。【重水】=重水素を含む水。念のため、漢和辞典を調べましたが、前記のような用法は見当たりませんでした。
 最初から最後まで頻繁に出てくる『検査用口』は、どうも【点検口】のようですね。
 警視庁東京空港署からの無線を、静岡と愛知県の境界辺りを走るパトカーが受信するシーンがあるが、冗談も大概にしたがいい。そんな高出力の電波を発信してはいけないでしょう。ダンプカーのCB無線で石油ストーブに着火させられるのですよ。まあ、この作品の警察無線に関する記述はめちゃくちゃです。
 『与論島には竹中とか竹内とか竹村とか、この竹がくっつく苗字が非常に多いんだが・・・・・・』(187頁)。沖縄には【竹】は生育していないと思いますが・・・・・・。それなのに、竹の付く苗字が多いんでしょうか? (管理人の兄の知人が、私の郷里を訪ねて、竹藪を見て『あれは何ですか?』と訊いた由。『初めて見ました』と、言ったそうです。因みに、沖縄県の姓氏数上位100傑に【竹】の付く苗字はありません。
 『大きめのスカートに隠して消火器をこっそり持ち出した』。まあ、書くのは勝手です、と言うほかありませんな。普通に歩けるわけがありません。試してみたら?
 『検査用口』のネジを(ロボット)で外すのは簡単、と書かれていますが、そんな事は無いでしょう。この著作の状況では出来ません。時代(上梓は1985年。西村作品より遙かに早い。ロボコンとミニ・ロボット製作の話が関連づけられている)と設定を考慮すれば断定できます。ヘリコプター様のロボットを【パイプシャフト】の中を上下させ、点検口の四隅にある固く締められたネジを外すのですよ。更に、そいつを元通りにしなくちゃならないのです。現代の一流ロボット制作者でも無理そうです。第一、ヘリコプターで反力をどう取るのでしょう? ヘリコプターの方が回転するのに決まってます。ま、パイプシャフトの構造なんか全然知らないで書いたに違いありません。
 同じく東大出の作家である斎藤栄氏の作品に『二階堂警部バレンタインの謎』というクレーンを身の代金奪取に用いた作品がありますが(その項に詳述しました)、当作品と共に、机上の推論だけでトリックを創作しようとするのは大きな過誤に陥るというモデルケースですね。
※ 二日前(2011年11月8日、ホンダのASIMOくんが、飲み物を入れた容器のキャップを開けて容器に注ぐ様子の映像が配信されました。
 かなり恣意的に無理を詰め込んだ作品です。そして、肝心なところは全てあり得ない事だらけ。
 日本語にもいい加減な部分がありました。
 206頁に『ほの紅潮している』とありますが、通常【ほの】は形容詞に付いて【ほの白い】とか【ほの暗い】と用いるでしょう。『ほの紅潮している』は初見です。
 204頁の『逆のぼる』は、一般的に【遡る】ですね。
作者「あとがき」に
 『あとがきを先に読まれる方も多いと思いますが、途中までで果たしてこの身の代金奪取の方法が予測がつくでしょうか?・・・・・・』と書かれていますが、管理人の指摘を見れば、ご本人は赤面至極でしょうなあ。東大卒の風上にも置けません。
 この作品は、あまりにも拙速に書かれ過ぎています。まあ、ご本人の性分なんでしょうね。執筆の速度や作品の質に関してはWebで確認する事ができます。多作家ですが、ミステリの多作には感心しませんね。殊に、トリックに関しては検証不足に陥る懼れが多分にあります。筆者が自信を仄めかしてる作品が危ないのです。例えば島田荘司氏の『帝都衛星軌道』。こちらも、無線機に関して無知から来る誤解に陥っています。ミステリ作家が無線機を用いると碌な事がありませんね。
(2011年11月15日増補)
(2011年11月7日)


若山三郎 著
「遅すぎた殺人事件」 集英社文庫
 身の代金奪取のシーンはない。
 〈コバルト・シリーズ〉と謳っているから、おそらく若い女性読者向けの作品なのであろう。人物の描写や文章自体もそれを目的としているようである。
 作品自体はつまらない。偶然が多すぎるのである。
 読者向けにルビを振ってあるのだが、【虚空】が【きょくう】である(209頁)。こんなの初めて見ましたね。ま、親切のつもりが、誤ったルビを振るというのは少なくない話です。
 日本語の過ちでは、女性二人を言い表すのに【彼ら】が使われています(242頁)。
 最大の過ちは、この作品でも【クロロホルム】が安易に用いられている事。もう、管理人も、説明するのに辟易しています。
 最近呼んでいる諸作品は、探すのが面倒で先送りになっていたものばかりです。何故見つけにくかったかという原因は、読んでみて得心がいきました。結局、つまらないから増刷もされて無くて、古書店でも見つけにくかったのですね。
(2011年10月30日)


和久峻三 著
「赤かぶ検事奮戦記 午前三時の訪問者」  講談社文庫
 著者は周知の如く弁護士作家である。姓名判断的に占えば、人運、地運ともに[13画]で、口を用いることが運勢を方向付ける、或いは成否を分けるといえる。
 この作品は、当然のように法廷物で、その大半を会話体が占める。本格ミステリと言うのだそうである。しかし、つまらないね。情景描写は会話の中で表現されている。ストーリイは、誘拐をベースに展開していくのだが、起伏に乏しい。これは、著しい会話体のせいであろう。また、管理人にとって読みづらく感じさせるのは、登場人物の姓である。姓を凝ったものにしようとする誘惑からは、著名な作家といえども逃げ出すのが難しいらしい。しかし、一ページごとに読みづらい名前が登場すると、読者に余計な苦労と努力を強いることを作家は熟知していなければならない。
 この作品の主要登場人物の姓は【一二三(うたたね)】、【妙泉(よしずみ)】である。この名前が登場するたびに、読者の思考は中断されるのである。少なくとも管理人はそう考える。
 身代金の受け渡し方法に特別なところはない。橋上から海上の船舶に身代金を投下するというのは(この作品は1984年発表)珍しくない。
 一卵性双生児、偽のパスポート、賄賂に応じる外国の警察という簡便なミステリの定番商品が登場する。これらは、実に安直な仕掛けである。たとえば、一卵性双生児を登場させれば、犯罪者のアリバイ作りは極めて簡単である。そして、当然、のちにそのアリバイが崩される、という恣意的な回路を形成することは、ミステリの世界をちょっとだけ知る者にとっても、あらかじめ予測できるストーリイであろう。
 お勧め作品ではありません。
(2007年5月13日)


和久峻三 著
「赤かぶ検事 辞表の行方」 光文社文庫
 身代金目的誘拐事件を扱ってはいない。脅迫のための拉致というのが正しい見方。この著者の作品中には「誘拐」の文字が氾濫するが、『身代金強奪』を期待してはならないようだ(すべてを読んではいませんので・・・)。
 著者の弁護士という職業、法廷という状況設定を鑑みれば、法廷ミステリを期待すべきで、それ以外に、綿密に計画された「身代金の奪取方法」を望むのは、ないものねだりというものであろう。
 ミステリや法廷に関心のある向きには参考となる作品群である。身代金目的誘拐を期待する人は、残念ながらご期待には添わない。
 ※ 法月綸太郎 著 「一の悲劇」の読後評で【うず高い】は誤用で、正しくは【堆い】である、と先日記述しましたが、この作品の238ページにも【× うず高い】が出てきます。
(2007年6月12日)


和久俊三 著 「伊豆恋人岬の首縊り」 和久俊三 著
「伊豆恋人岬の首縊り」 徳間文庫
 身代金の奪取は二度行われる。ネタばれになるが、最初はボートを使う。ミステリでは屡々用いられる方法である。目新しくはない。二度目は保管中に奪われる。これも、よく考えられた方法とは言えないが、現実的な奪取方法としては熟慮の余地がある。
 作品自体はつまらない。以前にも、この作家の読後感で記したが、なにぶんにも、会話が変。気づかない読者が大半であろうが、「検事」と「刑事」の会話に、現実にはあり得ないものが多過ぎる。たとえば、検事がベテラン刑事に「死斑の説明」を釈迦に説法のようにする。常識として、人は、互いに共通の知識としているものを、わざわざ相手に説明したりはしないものである。だって、警察官が『制限速度を超えて走行させればスピード違反だ』などと同僚に言ったりすれば、噴飯物でしかないでしょう。
 全編を通じて説明のための文章が過多なのは、邦人ミステリ作家たちの癖である。恐らく、親切と不安からそうするのであろうが、管理人に言わせれば、単なる技術不足だけの話である。
 この作品、最後の詰めが、どうにもならず甘すぎる。最後を全て説明で繕うとはどういうことかと疑うね。
(2009年9月1日)


和久峻三 著
「新宿25時の戦慄」 講談社文庫
 身代金奪取方法は参考になる。とはいうものの、参考の度合いは、どこかの作者の【同工異曲】といった程度。
 この作品にも【睡眠薬】らしきものが登場する。しかし、その正体を記述しないで上手く立ち回っているところは弁護士らしい。【クロロホルム】の実情を理解しているのかもしれませんね。
 この作家は弁護士でもある。かつては新聞記者でもあったそうな。それにしては文章が下手である。この作品中のわからない言葉を順を追って探求してみよう。
 【フィッシュライト】という言葉が数十回繰り返されるが、その実体がわからない。懐中電灯を指すのか、ヘッドライトのようなものを指すのか、それ以外のものなのか解らない。辞書には載っていないし、ネットで調べると「キャットフード」「釣竿」「腕時計」などしか見つかりません。
 【ワインカラー】というのは何色なのか、【白ワイン】もあれば【赤ワイン】もあるのに理解に苦しむ。
 【施錠に触れる】は用法違いでしょう。【施錠】は状態を表現しなくて行為そのものを示す単語です。
 【タイ人女性は褐色の肌】もよく解らない表現。(色見本はこちらへ)。【褐色】は二種類の色を示し、一方は【かちいろ】と読ませます。一般的に【褐色】は黒っぽい茶色を示すでしょうね。
 【車の助手席のシートの下から人が現れた】冗談が過ぎるでしょう。とても、弁護士の表現とは思えませんね。言葉の厳密さは弁護士の必需品でしょうに。
 【アパートの二階から飛び降りて自殺】、【アパートの二階から突き落とされて殺人】死ぬこともないとはいえませんが、偶然に期待しすぎでしょう。
 という重箱の隅を楊枝でほじくるような作業の原因は、作品中で、作家自身が法規に則った的確な説明をしている部分が随所にあるからです。そのアンバランスさがいただけません。
(2007年11月07日)



 
和久峻三 著
「血の償い」 光文社文庫
 身代金目的誘拐を描いた中編ミステリ。身代金奪取方法には「ひと工夫」ある。しかし、作品自体は退屈。この著者の作品のような説明文の割合が多い作品は、ハラハラ、ドキドキとは無縁である。いかにも法曹関係者が書きそうな作品。短い作品ですから、読むのはご自由にと言っておきます。
(2007年6月16日)





和久峻三 著
「沈黙の裁き 弁護士・猪狩文助」 講談社文庫
 管理人の蔵書は天山文庫版。
 身代金奪取は行われない。簡単に奪えるかのように二種類の記述がなされているが、現実がそう甘くないのは、同様の方法が、実際の事件で失敗していることでわかろうというもの。
 この作品で興味深いのは、プラスチックで死体を封入していること。最後に「プラスチック成形機」なる言葉を登場させていることから推測すると、著者は、「プラスチック封入標本」に関して詳しくはないようである。もっとも、この作品が書かれた当時、インターネットは普及していなかったであろうから、推測で書くより他なかったであろう。同情に値する。
 わが国で最も早く1957年頃作られた「プラスチック封入標本」は、茨城県日立市にある魚類標本であり、昨年、同市『郷土博物館』で展示もされた。
 鑑賞に堪えうるようなプラスチック封入標本を作製するためには、内臓の取り出し、乾燥などの処置が必要である。当作品中では、必ずしも美観の必要性はないのであるから、標本ができないとはいえない。一般的な疑問は、封入時の熱で標本が損なわれるのではないか、というものであろう。しかし、その心配は杞憂のようである。
 参考 =「ちょび之助ノアルキカタ 雑記帳」
      「新しい標本製作の技術を学ぼう」
 日本語の問題点が二箇所。「夢を凝らした」とはあまりいわないと思う。また、以前、どこかで記述したが、翻訳ミステリに最も多い間違いがこの作品にもある。いわく、【うず高く】である。当然ながら【堆く】が正解である。
 この作家の弁護士物は、ぺりーメイスンを参考にでもしているのであろうが、似て非なるものである。E・S・ガードナーは事実を記述するが、和久氏は状況を描写する。両者の相違は明白で、説明過多のミステリは、誰が読んでもつまらないであろう。状況の描写だけでは、ミステリに求められるハラハラドキドキは生まれない。
(2007年12月10日)


和久峻三 著
「富士周遊殺人事件」 祥伝社文庫
 つまらない。身代金が、余りにもアッサリ奪われすぎる。もとより、記述されているような方法で身代金を奪えるとは何人も思うまい。
 リーガル・ミステリであるから、同一の状況・文言・などが繰り返されるのは当然といえようが、それが余りにも多すぎる。同じことが七回、八回と繰り返され記述されるとウンザリである。もっと別の方法があるであろう。例えば、ぺりー・メイスンが、こんな馬鹿げた表現方法を用いただろうか。そんなことはない。これは、作家の修養のなさを如実に著すだけでなく、わが国の国語教育の不備を示すものでもあろう。肝に銘じたいことである。
 お薦めできる作品ではありませんね。
(2008年12月10日)



和久峻三 著
「法廷殺人の証人」 集英社文庫
 身代金の奪取も引渡しもない。
 『会話の翻訳が上手な翻訳家は翻訳が上手い』というのは、作家の常盤新平氏が語っていることであるが、その他にも、内外の多くの作家が同様のことを記述している。この作家は、サービス精神が旺盛で、実際にはほとんどありえない会話を記述する癖がある。それを技法という捉え方もあるかとは思うが、検事と弁護士が、共通の専門知識を共有していて、それをわざわざ相手に語るという構図は極めて妙である。
 つまり――常識として、人間は互いに共有している事柄の詳細を、いちいち語ることはしないのである。この作家の作品中には、過剰な会話が頻発する。また、この作家の作品には【行間】というものがない。実に、ミステリにとって【行間】と【会話】こそが最重要なのである。【行間】のないミステリは退屈である。【会話】の下手な文章は、読み進むのに困難を覚える。
 この作品の214ページに『あのとき』という言葉が出てくる。しかし、これは『そのとき』でなくてはならない。なぜなら、『あのとき』という場所に、話者が不在だったからである。あなたが、「あのとき」と言う時、指示される場所には『あなた自身がいなくてはならない』。こういう指示詞の間違いをする作家が多すぎる。
 『3000万円を入れたスーツケースを引きずる』というのもよく分からない表現である。理由はみんなで考えましょう。
(2008年01月06日)


アンドリュ−・ヴァクス 著 「グッド・パンジイ」 アンドリュ−・ヴァクス 著
「グッド・パンジイ」 ハヤカワ文庫
 つならない。
 病院のベッド上でのことで、どこの頁に書かれていたのか記憶していないのだけれども、こういう記述があった。
 『そうなった場合・・・・・・電話、ファックス、Eメール・・・・・・何でもござれだ』
 管理人に言わせれば、身代金奪取の方法だって同様である。「何でもござれ」。ただ、管理人以外、誰も新たな方法を見つけてはいないらしい。
(2010年4月15日頃)





和久田正明 著 「怨み節」 廣済堂文庫の連作集『風の牙 八丁堀つむじ風』に収載 和久田正明 著
「怨み節」 廣済堂文庫の連作集『風の牙 八丁堀つむじ風』に収載の時代小説。
 「拐かし」物。身代金百両は奪われるが、時代小説の大味さは、ここでも当然の記述に収まる。時代小説は、どうしても説明重視になる。その因の一は、背景説明が随所に現れるからである。
 誘拐ミステリとしての参考にはならない。
 89頁の「汚名をそそぎ」は勿論、『汚名をすすぎ』が正しい。なんで、物書きが、こんな言葉も知らないのだろう?
(2010年6月8日)


渡辺容子 著
「流さるる石のごとく」 講談社文庫
 すごく退屈である。読了するのに二週間もかかりました。
 身代金奪取はあるものの、冗談みたいなもの。「青酸カリ」が使用されるが、出所も明らかにされない。
注 (管理人が、こういう点に不満を漏らすのは毎度のことであるが、それはつまり、こういうことである。奪った身代金を溶かして、必要に応じて再生することが可能である、というようなファンタジーの世界と同工異曲の世界を想起させるからである。)
 因みに、管理人は、かつて、オレンジ色の缶に入っていたタブレット状の青酸カリを大量に扱っていたことがあります。【銅ストライク】などで・・・・・・。
 なので、管理人は、どこで簡単に【青酸カリ】を入手できるか知っています。
 多くのミステリ作家たちが、打ち出の小槌でも振るように簡単に【青酸カリ】を使用しますが、ことはそんなに単純ではないと思いますね。
 この作品の解説でも、例によって評論家がちょうちん持ちの文章を綴っていますが、管理人には、最後の50ページを除いて、退屈至極だったとしか言いようがありません。
 この作品の特徴のひとつは、伏線が退屈すぎること。初めにトリックありきの作品であることである。そのために誘拐作品として仕上げられているのだが、主人公がアルコール中毒である必然性も感じられないし、10億円もの身代金が奪われたというのに、その緊迫感が毛ほどもない。これはつまり、二つのトリックを使いたいがための作品だからである。ひとつは【宝石】に関するもので、もうひとつは【防犯装置】に関するものである。そのために長大な伏線が存在するのであるが、まことに退屈というほかない。この作品にも【行間】というものがありません。敢えて書かないことで、読者の想像力を刺激するということがないのです。管理人が、この作者の他作品を読む機会はもうないでしょう。


 [追加] 跋の中で、犯人の[麗子]が無期懲役判決を下され、『府中刑務所』に収監中とありますが、ちょっと首を捻りますね。『府中刑務所』の収容分類級は「B級、F級」であり、暴力団構成員と外国人が主要被収監者です。

写真 「府中街道に面した府中刑務所の壁」
壁面にはパステルカラーの明るい絵画が描かれています。(確か、美大教師の方が描かれたと記憶しています)。撮影(管理人)時期は2000年ころ。
            

(2008年01月29日)