最終更新日 2012年4月5日

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最近の読書履歴[ミステリ限定]

著者名【た】〜【わ】

読書履歴 著者名 【あ】〜【そ】
読書履歴 2008年以降
読書履歴 2007年まで
作品リスト 国内分
作品リスト 国外分
作品リスト その他 誘拐関連
Image 作者名・出版社・講評
ダイアナ・ダイアモンド(Diana Diamond) 著
「華やかな誤算」 ヴィレッジブックス
 身代金の奪取は敢行される。首尾は大成功であるが、首を傾げる。こんなに簡単に金を奪えるなら、世界は大混乱である。ただし、金融機関内部で巨額の横領をする事例は枚挙に暇がないのであって、そのこと自体は不可能ではない。実際の事件で、横領を隠し通すことは不可能であろうし、持ち逃げした犯人も逃げおおせるものではない。しかし、本当に知略に富んだ人物がいれば、金融機関から多額の金を奪うことはできるかも知れない。だが、金の移動のシステムの熟知と、機器の操作の完璧性を備えることは、おそらくできないであろう。
 300ページまでは伏線で退屈である。一息に読み進む事はできないでしょう。そして最後に、とってつけたような牽強付会な結末がある。「牽強付会」というのは、作者に都合の良い、という謂である。
(2009年4月5日)


醍醐麻沙夫 著 「大阪古代ロマン迷宮殺人」 醍醐麻沙夫 著
「大阪古代ロマン迷宮殺人」 中央公論社 C★NOVELS
 身代金の奪取方法は参考にもならない。
 滞りなく読ませるのだがインパクトがない。事件の連関が明確でない。どうして捜査に着手できるのか不可思議。これといった特徴がなく、思い描けるシーンが詰まらない。会話は日常的の域を脱せず洗練されてない。ミステリの「工夫」ということが解っていない。
 例によって蘊蓄を。
 二度出てくる【弾痕が一致した】の【弾痕】は、明らかに【施条痕 /rifling】の誤り。また、ミステリの中でしばしば記述される【旋条痕】も誤り。
 147頁の「拳銃を発射する」は、以前にも記述したが、大きな誤解に基づく誤り。勿論、「発砲する」が正しい。
 推奨はしません。
(2009年10月7日)

多岐川 恭 著 「私の愛した悪党」 秋田書店 多岐川 恭 著
「私の愛した悪党」 秋田書店
 この作品は、1960年に書下ろしで講談社から出版されている(写真)。管理人の手元にあるのは1963年に秋田書店から出されたもの。他に短編五作品が含まれている。(蔵書の写真を撮るのが面倒なので別写真です。今のところ)。
 身の代金の授受はない。
 ユーモラスな仕上げと共に、考え抜かれた構成に感心させられる。ただし、読み始めの印象は良くなかった。読み始めてからかなりの期間捨て置いて、その間に三冊の作品を読み終えた次第。読むべき誘拐ミステリが無くなったので、仕方なく再読を開始した次第であった。それも、誘拐ミステリであるかどうか疑わしく思いながらであるから、気勢の上がらない事夥しく。
 まあ。面白いのですが・・・・・・現代の読者に受け入れられるかどうか、ですね。新本格とかに分類される作家のようですが(この辺に関しては、管理人は全く疎いので、そして今さら学ぶつもりもありませんが・・・・・・)、トリックを重視するのでしょうか。細部には拘らない。つまり、薬物の出所や武器の由来なんかには触れないという作品の類でしょう。
(2011年12月14日)

多島斗志之 著
「不思議島」 創元推理文庫
 ミステリらしくないミステリ。文章がしっかりしている。伏線の張り方がしっかりしていて、前半は「芥川賞」系統の作品を読ませられるような感覚に陥る。身代金目的誘拐事件を扱うが、犯罪推理小説である。誘拐事件はひとつの材料に過ぎない。
 15年前に発生し、未解決のままの身代金目的誘拐事件の謎解き。解説者が『本格ミステリ』などという言葉を持ち出している。言い換えれば、言葉遊びということでしょうか。事実ではなく、推理・推測に基づいた筋の展開。管理人の方法とは異なりますし、サスペンスを求める読者にはお勧めはしません。ただし、読んで損はない作品です。
(2007年6月28日)


建倉圭介 著
「ブラック・メール」 角川書店
 身の代金の奪取はない。奪われる(とされる)のは研究成果。
 まず分からないのが作品名が【ブラック・メール】(Black Mail)となっていること。本来は【Blackmail】であるはず。意図的に一語を二語に分割したのかどうかは著者に聞くしかない。
しかし、【黒い・手紙】はあり得ないでしょう。「悪意を込めた手紙」の意なら、もっと別の表現があるはず。
 その間違いを補強するのが279頁と333頁で【ルクセンブルグ】をドイツと勘違いしてるところ。【・・・ブルグ】はドイツに良くある地名ですが(南アフリカにも多数存在します)。流し読むと、ルクセンブルグの空港を経由してドイツに行くのかな、と勘違いしそうです。現在、JALが日本から乗り入れていますが、ドイツに行くのに、そんな回り道はしないでしょう。
 また、ドイツには大きな薬品メーカーが多い、と記述されていますが、そんなことはありません。売上高ランキング(2008年)で、12位がバイエル社、14位にベーリンガー・インゲルハイム22位にメルクが入っていますが、我が国の武田薬品工業以下の製薬会社も同等の売上高を誇っています。この作品自体が「桜花製薬」という製薬会社の研究成果を題材にしているのですから、もっと正確さが欲しいものです。
 ストーリーは、Eメールの改竄を巡って展開される。その記述が正しいかどうか、管理人は決めつけられる能力を持たないけれども、どこかいかがわしさを感じてしまう。パソコンやサーバーを使う悪事なら、もっと切れ味があってしかるべきだと思うのは管理人だけでしょうか?
 ――つまり、野球のことを生半可な知識で書くと、本当に野球を知るものにすれば、何を馬鹿な、となるわけです。この作品にも、そういうところがないでしょうか?
 さて、もう少しお付き合い願いましょう。
 「専務車は右ハンドルのベンツ。暖機運転などしている暇はない」(51頁)。今時の車に、そんなものは不必要でしょう。ドイツでは法律で禁じられてる由。
 「これる」「これて」のラ抜き言葉。会話の中ならともかく、地の文では作家失格でしょう。
 「名前を語って」(213頁)は、単なる「騙る」のミスでしょうか?
 クロロフォルムと言いたいところを【麻酔薬】と書いたのは大正解(150/151頁)。
 「ファーストフード」(265頁)はどうでしょう?うーん、微妙なところでしょうか。管理人は「ファストフード」を採ります。ただ、「スロー・フード」という言葉も使われていますね。この著者の好きな?ドイツ語では【fast】=ほとんど、となりますが・・・・・・。「殆ど食べ物」=食べ物にあらず。言い得て妙ですね。
 他にもありますが、このくらいで。
 作品中で、車の渋滞の記述が延々となされてますが、逆効果。読者に苦痛を強いてはいけません。下欄のドナルド・E・ウェストレイクの「ジミー・ザ・キッド」(角川文庫)にも同様の独りよがりな記述yが見られます。
 最後に一言。文章が洗練されてない。無駄の多い文章という次第。
(2011年7月2日)


 
田中文雄 著 
「誘拐 愛のかたみに」 集英社文庫
 エレヴェータを用いた身代金奪取方法は凡庸。(管理人の『贋札』でもエレヴェータを用いますが、工夫の度合いが違います)。
 200ページ程度の中篇ですが、これといった特徴はありません。しかし、工事現場の状況描写がかなり出てきますが、無茶苦茶ですな。20階建てのビルが15階まで上れる状況で、高さが150メートルなどとは、とても信じられません。ワンフロア当たり10メートルですか? 登場人物がセメントに頭を突っ込んだりしますが、それもありえない状況であり(セメントは湿気を帯びると硬化するので、剥き出しで保管はしません。)タワー・クレーンの設置状況も非常に不可思議。エレヴェータの設置状況もありえないし、休日の工事現場に大型トラックが10台も置かれているなどということもありえません。(搬入・搬出で使ったトラックは、大概、その日のうちに場外へ出ます。日曜日に運搬の仕事があることは当然で、消えて当然なのです。また、場内運搬用にトラックを留置しますが、それも一台か二台ですね。(因みに、管理人は工事現場で"助教授"と呼ばれていたことがあります。また、過去にタワー・クレーンを用いた誘拐ミステリを二作試作しています。)


田中雅美 著
「あっちゃんの危機一髪」 光文社文庫
 身代金目的誘拐作品ではありません。
 読み出しはチョット抵抗がありましたが、愉しい作品です。あっちゃんが誘拐された原因が分らない、というのが底流ですね。サスペンスはないのですが、彼女の母親と環君の推理の積み重ねはなかなかのものです。上手く書けていると思いますよ。
 『ら抜き言葉』が会話態の中に出てきますが、管理人には抵抗がありますね。確か「ら抜き言葉殺人事件」というミステリがありましたね。
 この作家も、コンクリートがどんなものか知らないようですね(156ページ)。それに【アスファルト】も出てきますが、まあ、揚げ足を取ることもありますまい。厳密に言えば、アスファルトの上を歩くわけではありません。建設材料としては【アスファルト合剤】といいます。
(2007年8月26日)


谷川涼太郎 著
「京都・津和野 仮面の殺人」 双葉社文庫
 身代金の奪取方法は、一面無理がない。現今では最も妥当な方法であろう。しかし、この作品中では手抜きがされている。残念である。管理人が現在四苦八苦している作品でも同様の手法が採られるが、細部は全く似て非なるものである。この作品では身代金の「投下場所」は山中であるが、管理人の作品では東京のど真ん中です。乞うご期待。
 この作品には、相当部分の設定の難がある、と思料される。それは、ちょっと「牽強付会」ではないかな、と思わせる部分が少なくない。都合よく書くとこうなる、という見本のような作品である。
 もうひとつ、題名にある「津和野」の山陰本線であるが、電車区間は極く短いんですわ。よって、電車に乗るという表現は誤りでしょう。
(2008年12月31日)



種村直樹 著
「JR 最初の事件」 徳間文庫
 身代金取引はふたつ出てくるが参考にはならない。著者自身が『ミステリーを書くのは難しい』と言っているのであるから、多少の齟齬は許される。改定に当たっては助言をいれ、かなり手直ししたようである。さて問題は、客車がフェリーで津軽海峡を渡り本州の軌道上を走行する、という設定である。著者は「鉄道作家」として著名であるから、【ゲージ】のことなどは非常に詳しい。言い方を変えれば、リアリズムを表に出しているということでもある。
 ポイント(転轍機)の切り替えには注釈が添えられていて、それなりに納得させられそうになるが、事はそう簡単ではないでしょう。また、作品中に、仮設でレールを敷設するシーンがしばしば出てくる。しかし、その記述には多くの問題がある。数百メートルの敷設を数時間でできると言うのは、不可能とはいえない。しかし、元国鉄職員たちに「軌道の敷設」が可能であろうか? 軌道の敷設は、下請け会社の作業員でやるものである。第一、1本のレールの長さは25メートル、1トンである。そんなものが、都合よく犯人たちが要求する場所にあるはずがない。また、トレーラーで運ぶことはできないし、緊急に軌道上を運ぶことも不可能である。更に、敷設は簡単だと記述してあるが、客車の重量は1輌30トン前後と見なくてはならない(国鉄民営化前後)。それを通過させる軌道を簡便に敷設できるなんて、冗談がきつい。そして、付け加えれば、分岐用のレールがどこにあるというのか? 
 因みに、正規に新たな軌道路盤を作成するためには【平板載荷試験】という問題をクリアしなければなりません。これは、列車の荷重を地面が支えられるかどうかを試すものです。そこらへんに緊急に軌道を敷いては、たとえレールがあっても、沈下して走行は無理でしょう。少しでも変な揺れがあれば、何も知らされていない人質の女子大生たちが騒ぎ出すのは明白です。
 次に無線機について。
 231ページに、『(刑事)2人とも小型無線機を携帯しているのだが、犯人たちも無線機を持っている(警察が渡したもの)以上、安易に使うことは許されなかった』との記述がある。これは、簡単に周波数が同調するという意味と捉えますが、提供したのが警察である以上、周波数帯の全く重ならない小型無線機を準備することは可能である(普通に販売されています)。
 最も理解しがたいのは、身代金を得た犯人たちを、著者はどこへ向かわせようというのでしょう? 確かに、海外逃亡とか書かれていますが、とって付けた様な結末です。


  左はJR 東日本中央線国立駅の新設ホームに入線
 する直前の「E233系」(朧で見えにくいですが……)を
 軌道内で撮影したもの。
  ここは時速45kmの徐行区間ですが、ホームまで
 200mという地点。撥ねられないように……。これはトリ
 ックですがね。
 2009年1月10日から11日早朝にかけて、軌道の切り
 替え工事が行われます。ここに投入される作業員は、
 およそ1000名だそうです。
  数十トンの荷重がかかる軌道の敷設は大変な作業な
 のです。種村直樹氏の想像するようにはまいりません。
 










「誘拐」
脚本     森下 直
ノベライズ  丹後達臣 扶桑社

 1997年6月に公開された映画「誘拐」 (主演:渡哲也、永瀬正敏)のノベライズ本。
 身代金の奪取方法はなかなか秀逸である。映画共々良い出来栄えである。
 三億円の身代金を60歳代の男が抱えながら走るとか、長時間移動し続けるというのは冗談が過ぎるね。これは、脚本を書いた人物に重量の実感が湧かないせいでしょう。今日、管理人は20kgの軽油を提げてみましたが、会社の重役などという人間に30kgの荷物を抱えて走るなどという芸当ができるとは考えられません。それも、慢性的なヘルニアを持病としてもっているというのだから、何をかいわんやです。
 犯人が電話局のホストコンピュータに侵入しているから逆探知ができない、というのはどう考えたらよいのでしょうか? とても、そんなことが可能だとは思えないのですがね。ホストコンピュータなんか無関係でしょう。デジタル式の電話回線に関して勉強不足です。Web上に参考情報がありますよ。
 【アタッシュケース】はフランス語由来。物書きなんですから【アタッシェケース】と記述して貰いたいですね。【attaché】は大使館員などを意味しますね。
 真夜中に刑事が、戸籍謄本を入手するくだりが二度出てきますが、冗談でしょう。真夜中に役所はそんな物を発行しません。
 195ページの【杳として姿をくらましていた】の記述は誤り。【杳として・・・・・・ない】と否定で結ぶのが鉄則です。
 瑣末なことはこれくらいで・・・良い作品ですよ。
(2007年9月2日)


柘植久慶 著 「楽園強奪」 柘植久慶 著
「楽園強奪」 ハルキ ノベルス
 全く、つまらない。ベッドの中で、頭痛に耐えながら読んだ所為ではないと思う。
 以降、この作家の作品を読むことはない。
(2010年4月3日)







辻 真先 著
「迷犬ルパンと地獄谷」 光文社文庫
 ユーモア誘拐ミステリ。

 資産家の、だが家庭は複雑ないじめられっ子の大庭民子が誘拐された。身代金の要求は、“三千万円のサファイヤの指輪を人形に縫い込み墓に埋めろ”というもの。ドジ刑事とルパンの名コンビが事件を解決するという作品。身代金奪取は、よくある発想で行われる。
(2007年6月6日)



土屋隆夫 著 「針の誘い」 土屋隆夫 著
「針の誘い」 角川文庫
 管理人は出版時期の異なる角川文庫版を二冊持っているので、てっきり読了済みかと思いきや、どうもそうではなかったようである。何処まで読み進んでも、記憶がよみがえらないので変だと思って再確認してみましたが、やはり読んではいないようでした。因みに、管理人が複数冊所有しているミステリはかなりあります。岡嶋二人の「タイトルマッチ」は一時期四冊もありました。現在最も多いのは、ドン・ウィンズロウの「スロー・リバー」で、同じ物が三冊あります。
 ま、そんなことは余談ですが、この作品の解説で、評論家の新保博久氏がこういうことを書いています。
 『しかし犯人側にしてみれば、捜査側には営利誘拐と思わせたいわけだから、欲しくなくとも身の代金を安全確実に奪う算段をしなければならない。その点『針の誘い』の犯人にも、もう一工夫してもらいたかったと望むのは、読者として欲張りすぎだろうか』
 と、いうことで身の代金は奪われない。
 しかし、寡作家であり、評判に違わない作品である事は確かである。
 公衆電話で掛けた通話が『(必ず)三分で切れる』という記述がなされているが、管理人の経験では、そんな事実はないと思えるのだが、どうでしょう。公衆電話というものは、昔も今も追加の硬貨を投入すれば、何分でも話せると思うのですが。市内通話料金は三分間十円だったはずです。この作品が書かれたのは昭和45年(1970年)ですから、明らかな誤認だと思われます。となると、ストーリー自体を弄らなくてはなりません。管理人が、口を酸っぱくして重箱の隅を突くような言挙げをするのは、ミステリでは一言一句が命取りになる事を警告したいがためなのです。ですから、多作家につまらないミスが頻出するのです。
 でも、この作品自体はよく練られた推奨に値する作品です。
(2012年1月3日)


土屋隆夫 著 「ミレイの囚人」 土屋隆夫 著
「ミレイの囚人」 創元推理文庫
 監禁を扱うが、身代金の授受はない。
 後出しじゃんけんのようなトリックの出し方はアンフェアだと思うが、どうか?
 410頁の、相撲の突っ張りに関する記述は変。その前に、相手の外国人は、相撲に詳しく、力士の名前まで熟知していると書いているのであるから、その技を一々説明する理由がない。
 時代は相当に旧いが、それなりに寡作家の面目躍如というところ。
 407頁に【クロロホルム】に関する記述がある。当然と言おうか、またか、と言おうか、憤然とすべきか、唖然とすべきか。
 こう書けば、賢明な訪問者にはご理解いただけるであろう。
 『同時に、クロロホルムを滲み込ませておいたハンカチで、彼女の口を押さえつけた。
 アッという間のできごとだ。抵抗はなかった。数呼吸の後に、彼女の体がグッタリとなった。その昏睡状態が、ほぼ三時間つづくことをわたしは知っていた。』
 上記の記述は、全くの嘘っぱちである。
 詳しくはこちらへ→
(2010年4月23日)


都築政昭 著
黒澤明と『天国と地獄』ドキュメント・憤怒のサスペンス」 朝日ソノラマ
 誘拐ミステリではありません。
 身代金目的誘拐映画の白眉『天国と地獄』の出演者たちのインタビューなどを交えた撮影ドキュメント。
 苦労話、エピソードなどとともに、監督・黒澤明の知られざる細やかな心遣いなどが綴られて一気に読ませられた。煙突から立ち上るピンクの煙の"映像化"方法の記述などは、他では知ることのできない貴重な情報でしょう。
(2006年8月6日)



ランキン・デイヴィス 著 「デッド・リミット」 ランキン・デイヴィス 著
「デッド・リミット」 文春文庫
 読ませるけれども、陪審員の選出方法に無理があり過ぎる。たとえ策略を用いたとしても、自分に都合の良い十人以上もの陪審員を揃えられるわけがない。偶然が過ぎると誰でも思うであろう。更に、「二年で白血病患者が大量発生」というのも肯けない。
 何度か登場する「超小型高性能携帯電話」という物も理解しがたい。衛星に電波を飛ばすそうであるが、何なんだこれは? と突っ込みたくなるね。
(2010年4月13日頃)




フランク・ティリエ(Franck Thilliez) 著
「死者の部屋」 新潮文庫
 冒頭で身の代金が奪われるが、方法はつまらない。ま、フランスの作家の物ですからね。
 読ませる作品である。訳者後書きに受賞歴も挙げられている。
 こういう作品を読ませられると、我が国の教育方法で育つ思考形態ではないのではないかと考えてしまう。明らかに、フィクションの構成の仕方が異なるのである。何を書いても違和感なく読ませるのが素晴らしい。それは恐らく、スティーブン・キングなどのホラー作品に如実に表れている物である。あれだけ荒唐無稽な事を書きながら、読者はどんどん作品の魅力に引き込まれていく。
 管理人は、この作品のおどろおどろしいところが嫌いである。しかし、魅力的な作品であることは間違いない。身の代金目的誘拐作品としては、紙数が少ないながらもなかなか味を出していると思う。
(2011年8月18日)


バーバラ・デリンスキー(Barbara Delinsky) 著 「夜のとばりがおりて」(Heart of the Night) バーバラ・デリンスキー(Barbara Delinsky) 著
「夜のとばりがおりて」(Heart of the Night) 扶桑社ロマンス文庫
 身代金300万ドルは「誘拐保険」で賄われる。しかし、受け渡し方法に新規さは皆無である。
 米国の有閑階級を題材としているので「誘拐保険」もありうるかなと思わせる。実際、あるのかも知れない。
 作品自体は長大である。上巻を嫌々ながら読み終えた時点で、読了を断念しようと思ったが、それまで何週間もかけた時間を無駄にしたくなかったので、下巻も読破。有閑階級の若い3人の女性の人間関係の記述が長い。殆ど全編を占めている。それが退屈である。管理人は、この作品の退屈さに辟易したので、以後、この著者の作品に食指を伸ばすことはありません。しかし、歓迎する読者が少なくないのは、著者の作品の売り上げが示している通りであろう。
 最後の、ごく僅かの頁だけが「読ませる」部分。伏線は良いのだが、あまりにも退屈。誘拐に触れている部分は極く少ない。
 一時は「半分しか読んでいないので結末は知りません」と伝えるつもりだった作品です。お勧めはしません。
(2010年7月11日)


堂場瞬一 著 「青の懺悔」  堂場瞬一 著
「青の懺悔」 PHP研究所
 身代金の奪取方法は凡庸である。会話が余りにも日常的・凡庸で読書意欲をそそらない。
 元刑事の主人公が、当然捜査知識として知り得ているはずの事を、不明であるように語る部分が何カ所かある。奇妙である。
 最後の部分だけは僅かに読ませるが、大半は退屈である。邪推するに、この「最後の部分だけ」に、著者の目が眩んで、他の部分の記述が凡庸なものに堕しているのであろう。
 誤りのない文章であっても、駄作は駄作である。読了するのに何週間もかかってしまった。
 著者は多くの作品を物しているようであるが、同様の「会話」が記述されているのであれば、他の作品を読む必要はない。『会話が凡庸』というのは最悪である。
(2010年7月16日)


戸梶圭太 著 「ギャングスター ドライブ」 戸梶圭太 著
「ギャングスター ドライブ」 幻冬舎
 身代金奪取の方法は語るに落ちる。かなり飛ばし読みしましたが、後半はなかなか読ませます。
 帯の「宣伝文句」にありますが、『傑作「B級ノベル」』は妥当なところ。しかし、文学臭は全く感じられません。文学修養のないのがよいのかどうか? 
 ま、読みたい奴は読みなさい。引き留めはしません。
(2009年7月22日)




とみなが貴和 著
「EDGE 2━3月の誘拐者」 講談社文庫
 身代金目的誘拐作品ではありません。
 少女誘拐を扱った作品。著者はライトノベルの出身のようであるけれども、良い作品です。誘拐された少女の描き方が良いですね。ただ、両性で使える名前ですが・・・この作者は女性なのでしょうね?
 管理人は、心理学というものをあまり信用してはいないので━殊に、ミステリの中での心理学には作者の恣意と牽強付会が付きまとうので━評価は避けますが、まあ、登場人物の心理の推移と変遷を描いています。好きなように描けるというのが心理描写の利点でしょう。管理人のような、精査と緻密さを求める人間には、付き合いきれないというのが本音です。評判の良かった 貴志祐介著「黒い家」も百ページほどで投げ出しました。評判の本を読もうと思って挑戦しても、時折、中途で断念せざるを得ない作品に出会います。この作品がそうでなかったのは幸いでした。
 98ページに『キオスク』が出てきますが、この作品が刊行された当時(2000年)、JR東日本は『キヨスク』の呼称を用いていました。『キオスク』に変更されたのは2007年7月1日以降です。
 また、「山陰地方のイントネーション」というものが出てきますが、周知のように、山陰地方とは、かつての山陰道で、京都府北部から島根県西部までを指します。京都府北部なら京都弁でしょうが、島根県ではまったく別の方言です。こんなに広範囲な地域をひとくくりにするのは無理というものです。管理人は山陰地方の出身ですが、かつて、イントネーションに特徴があると一般人に告げられたことはありません。そう、いわゆる鳥取・島根県の方言にイントネーションの特徴は少ないのです。(当然ながら語彙の特徴は沢山あります)そして、日本語自体のイントネーションが平板なのです。外国語を生齧りすると「イントネーション」などという言葉を振り回す性癖が形成されますね。因みに、チェコ語では、疑問文でも抑揚の差異は等閑視されます。つまり━上げても下げても文意は通じます。
(2007年8月22日)


豊田行二 著 「サファリの誘拐者」  豊田行二 著
「サファリの誘拐者」 徳間文庫
 身代金の授受は評点外。
 文章が下手である。取り立てて褒むべき部分もないので、例によって蘊蓄を。
 この作品は、1980年に光文社から発行されているようである。作品中で『ブルーバードSSSはこの国(ケニヤ)入っていない』と言っているが、それは大嘘。1960年代後半から1970年代にかけてブルーバード510などの日産車が「サファリラリー」で大活躍をしたのは、自動車レースに関心あるむきには自明のこと。当時は、個人参加のブルーバード・オーナーも少なくなかった。管理人は当時、日産自動車にいたので、その方面には詳しい。
 94頁には『カモシカを思わせる下半身』なる常套語が出てくるが、作家たるもの、思考力を発揮しなくてはならない。カモシカの下半身なんて、人間の下肢とは似ても似つかないのは常識。Webに多数の「Q&A」があります。
 『イスラムの僧侶』という言葉が出てきますが、イスラム教に【聖職者】はいません。テレビなどで【・・・・・・師】などと発言されるのは、【イスラム法学者】です。
 作家という職業では、知らないことも、知った風に記述する場合がありがちですが、勉強を怠ってはいけません。ま、インターネットで何でも検索できる現在では、上述のような間違いは少なくなるでしょう。
 推奨外作品。
(2009年8月27日)


豊田行二【Toyoda Koji】 著
「身代金は現金(ゲンナマ)で(名古屋)」 天山文庫
 短編集『野望列島』の中の一作。
 身代金の授受はない。
 この作家は、会話体の文章が下手である。【撥音便】のことは一顧だにしないらしい。暴走族の不良が『スケを連れて平和公園に向かったのだな』なんて喋りますか? まるで機械に創作させたような会話ばかりである。会話体で文章を綴るには【音便】を使いこなせなくてはなりませんね。
(2007年10月30日)



 
鳥飼否宇【とりかい ひう】 著
「その場しのぎが誘拐犯」 短編集『逆説的』(双葉文庫)所収の短編。
 身代金奪取は簡便だが示唆に富む。
 ただ、良質な短編に必要なコクやキレはない。文章が冗長な所為である。
(2009年11月11日)






 
長澤  著
「誘拐ゲーム」 文芸社
 身の代金の奪取方法に工夫はない。
 三人の登場人物の心理が交錯して、ちょっと面白い短編である。ただし、筋の方向が何となく読めてしまうのが惜しい。それに、文章がヘタである。推敲以前の問題。
(2011年6月15日)






中野幸隆(著) 関口シュン(絵)
「子守唄誘拐事件」 文溪堂
 身の代金は奪われるが、創意工夫度は六十点というところでしょうか。ここを敷衍すると独創的な身の代金奪取方法に行き着くと思いますね。
 身の代金奪取を扱う多くのミステリが創意に欠けるのは、素人でも考えつくところから、次の一歩を超えられないせいです。呻吟して熟慮しましょう。
 小学校高学年以上が対象か。総ルビの読み易さ。しかし、善意のルビに過ちが・・・・・・。いや、ルビは間違っていないのですが・・・・・・『ひと段落』と二度出てきます。勿論これは【一段 落】が正しい用法(と、管理人は大昔に習った記憶がありますが・・・・・・どうも、その時の先生が誤認していたような気配ですね。広辞苑などの辞書にも【ひとつの段落】と出ています。尤も、辞書にも間違いはあるので盲信は行けませんが・・・・・・。『もて遊ぶ』は【弄ぶ】が正解。総ルビのような印刷をすると、誤って記憶している言葉が如実に現れる例ですね。
 但し、管理人は、この作品には好感を抱いています。読後感がよろしい。最初は、子供向けだろうと馬鹿にして掛かっていたのですが、あに図らんや、どうしてどうして、という作品です。勿論、子供でも楽しめます。
(2011年10月16日)


中町 信 著
「四国周遊殺人連鎖」 立風ノベルス
 身の代金は奪われない。身の代金に関しては別の戦略が隠されている。
 しかし、読み辛いミステリーである。それはなぜかと言えば、人名の頻出である。煩わしいほどに登場人物の名前が羅列される。この作家は(本格を謳う作家は)読者のために作品を書いてはいないのである。本人の自己満足のために書いているのです。つまり、自己のトリックに酔いしれるのです。
 この作品の大きな欠陥は、ひき逃げ事件がメインであるのに、そのひき逃げに用いられた車両を特定しようとしないこと。これをしていれば、この作品の存在価値は全くあり得ません。文脈から、その車は簡単に特定できますし、そうすれば犯人も簡単に判明します。
 もう一つの欠点は、殺害に用いられた凶器に関して全く追求がなされないこと。最後に、青酸らしいという表記が頻出するにも関わらず、その出所に関しての記述が全くなされないこと。
 以上、この作品は駄目ですね。誘拐ミステリを検索していて初めて名前を知った作家ですが、著作数の多さにも関わらず売れていないのは、作中にも二度ほど『売れない推理作家』と文言にある通りでしょう。こんな物を書いていては売れるわけがありません。
(2011年8月29日)


 
中村光至 著
「特捜刑事(デカ)」双葉社 FUTABA NOVELS
 著者自身は、当作品中の身の代金授受に関して、大変な思い入れがあるように思われるのだが、管理人に言わせれば、至って凡庸で、工夫のかけらもないと言わざるを得ない。
 作品自体も、警察小説、犯罪小説で、スリリングな展開などは望むべくもなく、つまらない。
 さて、重箱の隅を突つく時である。
 49頁に『張り込みを、逆探知していたんだ、きっと』という訳の分からない記述があります。本当に意味不明である。
 145頁では、『(特捜刑事が)盗聴器を仕掛ける準備はしていない』などという、これまた訳の分からない文章に出くわす。まじめに警察捜査を描きながら、違法捜査を記述してどうする?
 その他にも二、三ありますが割愛します。
 因みに著者は朝日カルチャー福岡で小説講座を担当しているとのこと。それはとても良く理解できますね。抵抗なく読み進められるけれども、個性が発揮されてないというところが講師たる所以でしょう。悪しからず。
(2011年6月26日)


中村光至 著 
「拉致 遊撃刑事5」 光文社文庫
 つまらない。駄作である。文章が下手である。無駄な描写が多い。「誘拐」という言葉が随所に出てくるが、誘拐ミステリではない。警察小説を謳っているが、警察捜査の描写の勉強になる作品というだけのこと。キャッチ・コピーは『警察小説の第一人者』であるけれども、羊頭狗肉の最たるもの。






夏樹静子 著 「五千万円すった男」 夏樹静子 著
「五千万円すった男」CD作品/横浜録音図書
 管理人が読んだのはカッパノベルス『「名勝負」傑作大全』上巻 競馬編。
 短編である。身代金は支払われるが、非常に不確かな方法である。多くの読者が「机上の空論」と見倣すでしょう。
 しかし、作品としての味わいはある。
(2009年9月23日)




 
南房秀久 著 「SHADE Lost in N.Y.」 南房秀久 著
「SHADE Lost in N.Y.」 富士見ミステリー文庫
 つまらない。少年少女向けの読み物。ミステリに不可欠の「知性」が微塵も感じられない。
 ま、新世代の読み物なのでしょう。それは否定しませんが・・・・・・?
(2010年8月2日)






二階堂 黎人 著
「誘拐犯の不思議」 光文社
 読み進んでいるうちに、身の代金が奪われたのかどうか失念してしまった作品。見直したら、奪われていましたね。カギをコピーするという極めて凡庸な方法で。こんなのは、身の代金の奪取方法としては最低ランクですね。工夫も何もありゃしない。
 作品は「新本格ミステリ」というのに属するらしい。そんなのは、仕事のない暇人がレッテル商売をしているに相違ありませんが、読者は、作品が面白ければ、何だって良いのです。
 管理人は、霊能者とかいう怪しげなものが出てきた時点で引いてしまいました。
 この作品は、『後出しじゃんけんミステリ』というものです。トリックを解明するための材料が、事前に提供されておらず、最後になって、「あれはこうだった」と主張する都合の良いミステリです。会話が素人っぽいのはさておいて、二人の人物が、内蔵までえぐられて殺されているにも関わらず、その血液の記述方法がいい加減すぎますな。特大のブルーシートを敷いていたとしても、犯人に付着した血液や、そのブルーシートを車に積み込んだのですから、その時の処理は想像を絶するものがあったはずです。しかし、そんなことは完全に無視していますね。ま、そいつが「新本格」なのでしょう。
 153頁に、探偵が郵便局に行き『金に困っている窓口の女がいたので買収した』という記述があるが、いくら何でも都合が良すぎるだろう。
 ま、ご都合主義に関心のある向きは、お読みになられたらどうでしょうか・・・・・・?
(2011年7月26日)


仁木悦子 著
「金ぴかの鹿」 角川文庫 短編集『凶運の手紙』に収載。
 身の代金の授受はない。
 脅迫状の作成方法にひと味ある。それ以外に何がと、聞かれても困るが、敢えて言えば、仁木悦子らしい作品ということ。暇な時に読むには最適かな、と・・・・・・。
(2011年10月24日)





仁木悦子 著
「坂道の子」 立風書房 短編集『一匹や二匹』に収載。
 身の代金の奪取はない。
 ちょっとしたアイディアを生かした作品。推奨すべきところも思いつかない。なんか、以前読んだような気がしないでもない作品
(2011年10月1日)





仁木悦子 著 「乳色の朝」 講談社文庫 仁木悦子 著
「乳色の朝」 講談社文庫『赤い猫』に所収の短編。
 身代金は奪われる。というか手渡される。つまり、そこに工夫は何もない。
 本格物というのだそうである。意表を突く結末もそうであるが、些か「後出しじゃんけん」気味ではある。しかし、良い短編であろう。
 時代背景のせいなのでしょうが、青酸化合物で死者が出るにも関わらず、その出所に関してひと言も言及されないのは如何なものか? こういう手法で行けば、何だって可能であることは子供にだって分かる。仮に「機関銃」で殺人がなされて、その出所に関して一言も記述されないミステリが存在できるかどうかを問うと良い。どのような人脈からそれを入手できたのか、どのようにしてそれを隠密理に運べたか、などということがミステリの構成要素として肝要であることは言うに及ばない。ミステリにとって、犯行に使用された物品の出所は明らかにされて当然である。
 ちょっと辛口の読後感になりました。
(2012年3月25日)

西村京太郎 著
「東京湾アクアライン 十五・一キロの罠」 新潮社
 身代金奪取はある。犯罪としてはありうるが、構成は雑である。世情に照らせば、素人が計画し実行する、という作品である。
 疑問は三箇所。
 第一に「五億円を入れたバッグを持って移動」はその重量を考えると、駅のロッカーに入れるなど論外。笑止千万である。
 第二、「携帯電話の中にプラスチック爆弾を仕込む」は信管の必要性や、適正威力を得るための量を考えると、ありえない話。微量のプラスチック爆弾ではいかんともしがたい。
 第三、182頁の「百キロ以上のスピードで」はフィクションの中での話。詳細はWebで『緊急車両』について調べましょう。
 ま、この作家の現実を無視したいい加減さは今に始まったことではありませんが……。
(2011年3月25日)


西村京太郎 著 「十津川警部アキバ戦争」 西村京太郎 著
「十津川警部アキバ戦争」 TOKUMA NOVELS
 身代金の授受はあるが、最初は「すり替え」という、ミステリの中では屡々用いられる方法。二度目は、あまりにも凡庸な高速道路からの「投下」を用いる。
 同一作品内で二度の身代金授受を記述する作品は少なくないが、その両方に工夫を見せる作品は皆無である。一つ目に、作者としては創意を凝らしたつもりのありがちな方法が用いられ、二度目は大抵、高速道路などからの「投下」で茶を濁す。
 それでも殆ど、どこかで誰かが既に使用した「方法」の二番煎じでしかない。
 管理人に言わせれば、そんなに難しい事なのか、という次第。
 管理人は現在『キャメル・クラッチ』という作品を真面目に執筆中であるが、その中では三度の身代金の奪取が敢行される。そして、そのどれも「前代未聞」の方法である。管理人は、その内の二つを一時間で、三つ目を一週間後に見出しました。身代金奪取方法のストックが40もあるのにです。
 それはさておき、この作品は、いかにも西村氏らしい。警察捜査としては、ありえない滑稽な、噴飯ものの事象ばかりが書き連ねられている。
 「モデルガン」に関する記述はありえないし、鑑識捜査もあり得ないかたち。ましてや、警視庁の一警部が、権限にあり得ない拡大された「操作指揮」をしてはいけません。尤も、作者は、「逆探知」に関しては、他の多くのミステリ作家たちとは異なり、正しい記述を繰り返している。
 つまり、この作者は、警察捜査のなんたるかを知悉していながら、意図的にあり得ない「警察捜査手法」のエンターテインメント作品を書き続けているのです。その善し悪しは読者が判断するでしょう。馬鹿は騙され、知識があれば、滑稽だと退けることになりますね。ここに、西村作品の売れる理由と毀誉褒貶の根幹があります。ただし、繰り返しますが、西村京太郎は、警察捜査を知らないわけではないのです。
 新人には許されないことも、名を成せば許される、という一般論。
 当作品は、同氏の身代金目的誘拐作品としては下の部類に属します。拙速が見えてつまらない。
(2010年2月23日)

西村京太郎 著 「十津川警部 南紀オーシャンアロー号の謎」 西村京太郎 著
「十津川警部 南紀オーシャンアロー号の謎」 FUTABA NOBELS
 身代金の授受は都合良く書かれているだけ。
 しかし、「読点」を夥しく用いる作家であるね。その指示通りに読むと、およそ日本語らしくなくなる。作家自身はどう考えているのだろう? 摩訶不思議である。
 作品はつまらない。ほとんどファンタジーの世界である。
(2010年4月23日)





西村京太郎 著 中公文庫
「熱海・湯河原殺人事件」
 誘拐ミステリではない。勿論、身代金の奪取方法に関する記述はない。
 テーマは、連続殺人の理由を問う、というもの。
 結末に近い部分で、「九人のうち、殺された人物と、そうでない者達との相違は?」という問いかけがあるが、これが非常に非論理的。なぜなら、その段階では、"殺されない"とする根拠はないからである。
 西村節としては、欠陥作品の部類。
(2007年4月4日)



西村京太郎 著
「上野駅殺人事件」 光文社文庫
 上野駅近辺に屯する浮浪者たちが連続して青酸カリで殺害される。この作者の作品に共通する姿勢であるが、「青酸カリ」の出所などは問われない。ただ、『簡単に手に入る』と記述するだけである。十津川警部の思いつきは全て正しいという牽強付会的な推理と捜査が続く。
 身代金の奪取は新幹線の窓からの投下である。書かれた年代を考慮しても目新しくはない。
 ただし、この作者の発想はすごいと思う。
(2007年8月4日)



西村京太郎 著
「尾道・倉敷殺人ルート」 講談社文庫
 身代金の奪取方法にこれといった工夫はない。「誘拐」を誘拐と感じさせないという設定はさすがに上手いが、この作品では十津川警部が饒舌である。饒舌である故に、同じ文言が繰り返されうんざりさせる。設定の手管を除けば推奨には値しない。読みたけりゃ読みなさい。
(2007年7月26日)






西村京太郎 著 
「九州新幹線『つばめ』誘拐事件」 徳間ノベルズ
 アイディアは買います。しかし、作りは相当に雑です。金庫を開けました。盗みました。盗んだ物を返しました。ガラスを割りました。翌日ガラスは元通りになっていました。これらはみな、ミステリにとって重要なポイントのはずですが、
  《盗んだ物を怪しまれずにどのような方法で返却するか?》
  《ガラスはどのようにして準備されていたか?》
  《元通りに見せかけるためにどんな努力がなされたか?》など。
すべてが、いとも簡単に西村流の簡便さで片付けられています。
 設定も杜撰で、2000億円の融資を緊急に必要とする会社の規模も変ですし、さして大きくもない二部上場の会社の株を一度に40億円も買えるなんて、流動株がそんなにあるはずがないでしょう。もっともありえないのは、一日で株価が5倍にもなって大儲けをする話。この作家は『ストップ高』も知らないのでしょうか?
 【ストップ高】【ストップ安】 = 変動する株価の値幅制限のこと。
 そして最後に、犯人が手にしたという100億円は、いったいどこにあるのでしょう?
 この作品は、【ストップ高】を知らないことだけでも大失敗作です。
 『グリコ・森永事件』の捜査過程で、犯人側の意図として株価操作の話題が上ったことがありましたが、上記のことを勘案すれば、それが非現実的であると思えます。時間をかければ、人物が特定されるのは明らかです。
(2007年5月5日)


西村京太郎 著
「黄金番組(ゴールデンアワー)殺人事件」 徳間文庫
 例によっての西村ワールド。緻密さは微塵もなし。当て推量だらけのストーリイ展開が幅を利かせている。山前譲という人物が、『大胆かつ緻密、柔軟な発想と論理的な推理」などと、ちょうちん記事を書いている。この作者の発想が大胆であることは周知であり、独自の捜査表現を得意とするところは管理人も、おおいに賛意を示すところであるが、西村京太郎が 【論理的】 であったことは一度もないと思う。あるのは、単なる当て推量だけである。原因・根拠となるようなものを恣意的に持参して、思いつきと当て推量で似非論理を展開し、読者を煙に巻くのが、この著者の得意とするところなのである。しかし、いうなれば量産作家の当然の姿なのでしょう。山村美紗、斎藤栄なども同類ですね。
(2007年5月11日)


西村京太郎 著
「山陽・東海道殺人ルート」 光文社文庫
 列車ダイヤをアリバイトリックに用いた作品。
 四年前に発生した「身代金目的誘拐殺人事件」が背景に描かれる。身代金の奪取方法は、放置された自動車を用いる。平凡きわまる発想。
 しかし、西村流で小気味よく読ませる。毒物も拳銃も出てくるが、それはたいした問題ではない、というのが、この作家の作法。それを理解していなければ、評価を過つことになる。同僚刑事を「※※刑事は・・・」などと呼ぶ会話は、現実にはありえないが、それを違和感なく読ませる手腕はすごいね。
(2007年8月10日)


西村京太郎 著 
「ゼロ計画(プラン)を阻止せよ」 徳間文庫
 左文字進シリーズの一冊。身代金の奪取方法には特段の工夫なし。左文字探偵の、ちょっとひらめいた推測が、簡単に妥当な解答となるところがいかがわしい。そして、最後は何だか消化不良に終わってしまう。まだ、ストーリイは終わってないだろ、と悪罵の一つも吐きたくなる。発想は良いが、構成に欠点のある作品。
(2007年3月30日)
 この作品は、1979/03/03に、齋藤武市監督、黒沢年男、児玉清、ジャネット八田などのキャストで『土曜ワイド劇場』としてTV放映されています。



西村京太郎 著 
「津軽・陸中殺人ルート」 光文社文庫
 亀井刑事の妻と子供が何者かによって誘拐され、夫である亀井刑事が殺人犯として追われ逮捕される。
 これも悪しき西村ワールド。十津川警部がこう思う。だからそれは正しい。そういう実証性のない似非論理の集積がこの作品である。ここには、綿密緻密な論証は入り込む余地がない。この作法を嬉々として受容する読者が多数に上ることは想像に難くないが、管理人の精神力はついていけない。
 身代金奪取に付け加えるものは皆無である。
 223ページに 《運転していた男を助け出したんですが、すでに死亡していました》 という記述があるが、ミステリ作家は、論理的な文章を書かなくてはならない。言うまでもなく、これは、テレビ・ニュースでもしばしば聞かされる言い回しであるが、、この場合は 《引き出したのですが、すでに死亡していました》 でなくてはならない。
 如上のような表現が許されているのは、轢死事故の場合である。鉄道会社はしばしば、人が轢かれ、ばらばらの死体になっていても、 《ただいま怪我人の救出中です》 と嘘の放送を各所で行うことを常としている。
(2007年5月9日)


西村京太郎 著
「十津川警部 君は、あのSLを見たか」 講談社NOVELS
 身の代金の授受はない。
 十津川警部シリーズ作品。まあ、何とも・・・・・・。牽強付会はこの作家の得意とするところ。エンターテインメントだからいいんじゃないの?
 気になるのは、この作家のブツ切りの文章。自分で作品を読んだことがあるのか疑います。
(2011年6月22日)




西村京太郎 著
「トンネルに消えた」 廣済堂文庫
 同題短編集の中の作品。若い女性がトンネル内で失踪する。それをテレビ番組の材料とすべく撮影クルーが動く。単純なトリックだが、オチにもう一工夫ほしい。
 身代金目的誘拐ではない。失踪トリックを見せる短編。『誘拐Mystery』からは削除しました。
(2007年6月10日)





西村京太郎 著
「長崎駅殺人事件」 カッパ・ノベルス
 エンターテインメントの王道を行く作家の作品。格別に誉むべき作品とは思わない。元スコットランド・ヤードの刑事で、現在作家業の夫とその日本人妻が身代金目的誘拐に巻き込まれる。身代金の奪取方法は唐突である。
 姿かたちの見えないテロリストを、突然『白人』と表記しているのは横着としか言いようがない。
 また、『指向性マイク』が出てきて周囲の声を拾うが、著者は、どのように【指向性マイク】を理解しているのか疑問である。【指向性】を一般人が解釈するとすれば、[一定方向]ということではないかと思う。実は【指向性マイク】の定義は複雑なのである。
 ※ 参考 = 録音3 録音機材
(2007年7月1日)


西村京太郎 著
「ハイデッカー・エクスプレス「特急「おおぞら」殺人事件」 カッパノベルス
 管理人の読んだ物は、最初期の版。掲載の写真とは別の表紙です。
 身代金の受け渡しはない。亀井刑事の子供が列車内から拉致される。犯人の目的を追求する。しかし、事件の解決は、最後に、犯人の手紙で明らかになる、という安直な構成。導入部の巧みさはさすがですが、お勧めしません。
(2007年6月17日)




 
西村京太郎 著
「冬休みの誘拐、夏休みの殺人」 小学館(中公文庫版も在り)
 上記作品集に収載の百ページを超える中篇「その石を消せ !」が誘拐作品。ちょっとした"誤解"が誘拐に発展する。解説によれば、作者が江戸川乱歩賞受賞直後に書かれたもののようであるが、用いられているトリックが、若いというか、磨かれる前の石という印象である。後年、多作家となる素質がここに見て取れる。同氏の誘拐作品の骨組みのようなものがここに垣間見える。この作家は、必要なことを書かないで表現する術に長けている。視点を変えれば、インチキ臭くも見えるけれど、不必要な細密描写より、はるかに難しいだろうと思える。
 ただし、この作品自体は、身代金の奪取方法として特異なものを提供しているわけではない。
(2006年8月31日)


西村京太郎 著 
「誘拐の季節」 双葉社
 短編集『誘拐の季節』の中の一篇。初出は1966年11月。「吉展ちゃん誘拐事件」の犯人・小原保が自白したのが'65年7月3日。黒澤明監督の『天国と地獄』の公開が1963年3月1日である。
 女優が誘拐される。事件の進行過程が、以前、その女優の主演した映画の筋書きに酷似している。
 しかし、じっくり考えるまでもなく、警察捜査の手法・設定は"荒唐無稽"なほどに奇天烈である。だが、この作家は、それをまったく違和感なく読ませる。その作法には敬意を表したい。
 身代金受け渡し方法に特段の試みはない。
(2007年2月11日)


丹羽昌一 著 「鈍色の邂逅」 幻冬舎 丹羽昌一 著
「鈍色の邂逅」 幻冬舎 Gentosha Novels
 退屈である。50万ドルの身代金は奪われない。謎の解明が「後出しじゃんけん」を想起させる。全編を通じて主人公の視点で描写されているのだが、それでは、ストーリーの展開に無理があると思ったのであろう、最後の方で、苦肉の策の「別の視点」を取り入れている。いずれにしても、説明的描写が多過ぎて読書意欲を削ぐ。牽強付会的な構成の欠陥が最初から見えていて、早々に投了したいのだが、義務から読み終えた作品。つまらない。時間の無駄である。
 しかし、和久田正明 著「怨み節」 (廣済堂文庫)もそうであったが、二作続けて『汚名をそそぐ』はないであろう(134頁)。一体、どこに注ぐ、というのか?
 著者は大学でスペイン語を教授されているようであるが、【ギャング・スター】の分かち書きはないでしょう(36頁)。【ギャング】と【ギャングスター】の相違に関しては辞書を調べましょう。断じて【ギャング】の【スター】ではありません。もっとも、こちらは英単語ですが。
(2010年6月16日)


貫井徳郎 著
「悪党たちは千里を走る」 光文社
 この作家には、他に「慟哭」「誘拐症候群」「長く孤独な誘拐」の誘拐諸作品があるが、当作品が筆頭である。身代金の奪取方法に独創性があるのが第一。百ページ辺りまでは読み進むのに難渋したが、それ以降は滞りなく読ませた。ユーモアあり、正義感あり、暴力ありと飽きさせない。
 佳品である。
(2007年7月8日)




貫井徳郎 著 
「長く孤独な誘拐」 集英社文庫中篇アンソロジー『光と影の誘惑』所収。
 身代金目的誘拐を利用したミステリ。
 身代金目的誘拐の記述はあるが、身代金の受け渡しはない。こういう作品には二面性があり、肯定的な解釈の方は、「斬新な切り口」という言い回しになるであろう。他方、否定的に斜めに見れば、「これといった身代金の受け渡し方法を思いつかないので・・・云々」という非難めいたものになろう。
 管理人は、こういう記述方法を否定するものではない。
 管理人は、別のページで「身代金は一円から可能」と記述しているが、それは、このような場合を想定してのことである。しかし、管理人の方法については詳らかにはしません。
 管理人は過去に、この作者の長編「身代金目的誘拐」作品を二作読んでいますが、少しも印象に残らないものでした。それに比すると、当作品の方が記憶に残ります。ただし、短い作品という制約を除外すればですがね。
(2007年4月5日)


ルシアン・ネイハム(Lucien Nahum) 著
「シャドー81」 新潮文庫
 傑作である。
 ハイジャックと身代金奪取を緻密に描く。
 1977年、「第一回週刊文春ミステリーベスト10」の第一位作品。週刊文春が『20世紀海外部門作品』の第三位に挙げていることからも評価のほどが知れる。
 管理人は1989年9月23日に一度読了している。18年振りに読んだが評価は変わらない。
 航空に関する専門的知識を縦横に駆使して比類のない冒険小説に仕立て上げている。この作品に描かれているような身代金奪取が、現実的に可能かどうかは疑義のあるところであろうが、仕上がりは上々である。
 管理人の蔵書は1977年の二刷であり、表紙は左記の物と活字の位置が異なり、下方四分の一に集約されている。
 管理人お勧めの逸品である。
(2007年11月26日)


 
野村桔梗 著
「その猫に何が起こったか?」 国書刊行会
 身代金をどのようにして奪取したかという方法論で問えば、もっとも単純、無に等しいというのが実情。ですから、身代金目的誘拐作品と考えてアタックしてはいけない。
 一人の女性の心理形成と行動の変容を描く。彼女の愛猫が誘拐され身代金1000万円が奪われた。女性作家ならではという作品。
 【バリカンで剃る】は勿論【バリカンで刈る】が正しい。因みにキーボードを叩いても、前者は二分割の変換になるが、後者は一発変換できる。
 【コミック】は【コミックス】でしょう。類似の間違いには【セラミックス】【グラフィックス】など多数。著名企業や著名雑誌などに堂々と間違っているものが少なからず存在します。たとえば『カー・グラフィック』。【graphic】は形容詞で、フランス語じゃあるまいに、後置されません。
 【独壇場(どくだんじょう)】は勿論【独擅場(どくせんじょう)】が正しいが、前者のほうがキーボードでは優遇されている。しかし、言葉は変遷しますから固い事は抜きにしましょう。【秋葉原(あきばはら)】は【あきばはら】になってますし、【山茶花(さんさか)】は【さざんか】、【新しい(あらたしい)】は【あたらしい】ですからね。
 短い作品ですから、短時間で読めるでしょう。別にお勧めはしませんが・・・。
(2007年9月13日)


法月綸太郎 著
「一の悲劇」 祥伝社文庫
 本格ミステリというのだそうである。大学時代はミステリ研究会に所属していたという著者。むべなるかな、といったところ。この作品だけを読むと、他の作家と峻別する特徴に欠ける。身代金目的誘拐のほうは、誤認・ごまかし、と策を練ってある。しかし、身代金授受に関しては記述がない。
 この作品には「ダイイング・メッセージ」なるものが登場する。暗号である。管理人の最も嫌いなミステリの小道具である。伏線のかなりの部分は、この暗号にたどり着くように仕組まれている。こういうものは、作者の意のままにできるので、現代のミステリとしては下等分類される。もっとも、本格ミステリというものは、探偵が登場して、恣意的に思い付きを述べるものであるから、スタイルとしては否定できない。フィクション中のフィクションなのである。
 日本語の誤用が数箇所あるけれども、最たるものは【うず高く】である。(108、172、223ページに出現。)
(※ キーボードを叩いたら、【うず高く】が出てきたのには驚きました。)
 【× うず高く】は【○ 堆く】が正解。
 この誤用は、ミステリの翻訳家に非常に多い。おそらく、70〜80パーセントは間違っています。もし【うず高く】という言葉が正解なら、【うず】というのは「接頭語」に当たることになりましょうが、そのような用法はありません。【渦】と誤解しているのでしょうかね?
(2007年6月2日)


T.J.パーカー(T.J.Parker) 著
「サイレント ジョー」 早川書房 2002年アメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞 最優秀長編賞受賞
 身の代金の授受は参考にならない。なべて諸外国の作品はそうである。
 ハードカバーで二段組、ほぼ400頁という圧倒的な長編であるにも関わらず、一息に読ませる技量がある。ミステリの根幹はこうでなくてはならない。
 実は、邦人作家の書き下ろし作品を先に読み始めたのであるが、その文体について行けなくて十日ほど投げ出している間に、この作品を読んだのである。
 身の代金誘拐作品という事ではないが、その長さに抵抗がなければ、お薦めの作品である。登場人物は多く、頻繁に入れ替わるが紛れがない。これは非常に優れた点である。頁を置いて人物が再登場する度に、人となりを一々再確認しなくて済むのである。
(2011年9月27日)


パトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)著 「プードルの身代金」 パトリシア・ハイスミス(Patricia Highsmith)著
「プードルの身代金」 扶桑社ミステリー
 身代金の奪取はあるが参考にはならない。つまり――捜査機関は介在しない。
 しかし、読ませる。「太陽がいっぱい」「見知らぬ客」などでその名を知らぬ者のないハイスミスである。
 身代金目的誘拐を主眼として書かれた作品でないのは当然であるが、このサスペンスには、えもいわれぬ味わいがある。題名から想像される作品像は悉く覆されるに相違ない。読んで損のない作品である。
(2009年5月23日)



パク・チャヌク 著
「復讐者に哀れみを」 竹書房文庫
 同名映画の原作を翻訳したもの。
 臓器移植に端を発した金銭トラブルが誘拐を誘発する。
 身の代金を目的とした誘拐の部分もあるが、本質は殺人である。
 ま、単純なストーリーである。映画をご覧になれば良いでしょう。あえて、お奨めはしませんが・・・・・・。
(2011年7月13日)



ジェームズ・パターソン(James Patterson) 著 「闇に薔薇」 ジェームズ・パターソン(James Patterson) 著
「闇に薔薇」 講談社文庫
 身代金目的誘拐作品ではない。
 198頁で誘拐が発生する。身代金が要求されるが、別の読後感で管理人も書いたように、『百ドル札が入っていてはならない』と犯人に言わせている。
 また、特筆すべきは、邦人作家の作品に頻発する【逆探知】に関する記述に執着してはいないことがある。
 エピローグで真犯人が明らかになるが、事件との連関が解らない。そこへ結びつくような記述がなされていないと思う。唐突に「こいつが犯人だ」と記述されるのである。米国人の好きなサイコを描いているが、締めくくりの悪い作品である。
(2009年8月11日)


服部泰平 著
「誘拐の長い午後」 文芸社 第二回U-30大賞受賞
 読んで損はない警察小説。参考文献が多数掲載されているが、それらの内の半数は管理人の書棚にもある。
 現実に基づいた警察捜査の詳細説明が随所に入る。そのことの是非は読者が判断するでしょう。しかし、ミステリの読者は「捜査手法」をミステリで学ぼうとは思っていないはずである。それなら、ノンフィクションを選べばよい。西村京太郎氏や赤川次郎氏が売り上げを伸ばすのは、読者心理を上手く読んでいるのである。
 この作品には「身代金奪取方法」が二種類出てくる。初めのほうはコインロッカーに細工をするというもので、参考程度に記述されているのだが、実現性は皆無である。実際に成功する奪取方法は凡庸なものである。ここではネタバレになるので説明は割愛します。
 この作者は、普通の人物が日常用いないような特殊な単語を時々用いる。これは百害あって一理なしだと管理人は思う。読んでいて思考が途切れるのである。
 この作品の重要な山場は最後の最後になって現れるが、そこには非常に大きな誤解があると思う。
 「マンホールの蓋」である。代用の「プラスティックの軽い蓋」という物がでてくるが、管理人は、そういうものを今まで見たことがない。ひょっとしたらあるかもしれませんが・・・ね。
 問題は次である。パチンコ店のマンホール(旧街道と記述があるから、雨水用ではなく下水用に決まっています)から指輪を見つけて、それが、事件解決の決定的な証拠となるのですが、これは誤り。
 パチンコ店のトイレというところは、不特定多数の利用者がいます。利用されるたびにフラッシュ・バルブが開かれ、大量の水が勢いよく排出されます。当然、指輪なんかは流れ去って見つけることが出来なくなりますね。ましてや、それがどぶ川から近いとなれば、マンホールの直下部分に泥土が溜まることもありえません。
 (任意のアパートなんかで、若い女性がトイレに入ったのを確認して、そのときマンホールを覗いていれば、彼女の排泄物を確認することができます。)
 この作者は『ポンプ圧送』の正業をお持ちのようですが(注 : 生コンクリートを専用車両を用いて作業箇所に送り出す仕事)、マンホールのことは生半可な知識のようです。しかし、作品自体は読んで損はありません。
 マンホールには種類が多数あって、門外漢には絶対に開けられないものや、施工後に周囲をモルタルで固めるもの、マンホールの中に落下防止の網が取り付けられているものなどが存在します。
(2007年6月3日)


春小路胤海 著 「誘拐電話」 春小路胤海 著
「誘拐電話」 講談社文庫『ショートショートの広場 H』星新一 編
 雑誌『小説現代』で公募したショートショート集です。選者【星新一】が採点をしています。。著者の【(はるこうじ いんかい】氏も恐らく素人作家なのでしょう。
 400字詰め原稿用紙2枚程度の短い作品。
 誘拐犯を名乗る男と、電話相手の男との掛け合いが、オチを導く。オチが最初から読めてしまうのが欠点。しかし、選者の評点は8.5点(10点満点)で悪くない。
 10点満点で思い出しました。昔、管理人宅の隣に「つけ麺」屋があって、万点と貼り紙がしてありました。
(2009年8月20日)


東川篤哉(ひがしがわ とくや) 著
「もう誘拐なんてしない」 文芸春秋
 身代金の引渡しは行われる。書きっぷりから、作者の自信の程が伺われるが、独自性は皆無であり、余人が参考すべき細部も無い。引渡しが成功裡に描かれているのは、警察を介入させていないだけの単純な仕掛けである。多くの「誘拐ミステリ」で、この便利で目的にかなう手法が用いられているが、実際の運用に適さないのは言うを俟たない。
 愉しい作品ではあるが、別段推奨すべきところは無い。強いて言えば、アリバイのトリックに見所がありそうである。
 130ページに『進退窮まる』と記述があるが、何度も管理人が指摘しているように、これは【進退谷まる】が正しい。賢い作家は、一般人に、【谷まる】と読める者は少ないと考えてか、【進退きわまる】と書く傾向が見られる。老婆心ながら……。
(2008年5月27日)


東野圭吾 著
「白銀ジャック」 実業之日本社文庫
 つまらない。物足りない。
 身の代金は二度奪われるが方法は凡庸である。作者自身が当作品の中でこう言っている。『そもそもこれまでに犯人が行った受け取り方法は、いずれも警察が見張っていれば成功しなかったと思われる』
 まさにその通り。安易の一言。まあ、伏線としての意味が無いわけではないのですが、それにしても安直。
 舞台をゲレンデにしているのも、読者の想像力を殺いでると思う。ゲレンデの名前をいくら羅列したところで、具体像が浮かばないであろう。
 この作品も「後出しじゃんけん作品」である。肝心なところが書き込まれて無くて、唐突に犯行の舞台裏が明かされるのは頂けない。Webで見るレビューも辛口のものが大多数である。
お奨めはしません。
(2011年7月27日)


東野圭吾 著
「誘拐天国」 集英社文庫 短編集『毒笑小説』の中の一篇。
 奇想天外な誘拐。短編の味わい十分。
 身代金奪取方法にも一癖あり。
 この作家はミステリ出身であるが、日本語を間違えないのがいいね。
(2007年8月17日)





東野圭吾 著
「誘拐電話網」 集英社文庫 短編集『毒笑小説』の中の一篇。
 短編だけにオチの利いた作品。
 身代金の授受はない。このアイディアは、別の場所、別の方法で生かすことができる。非常に幅の広いアイディアである。
(2007年8月14日)






平岩弓枝 著 
「水郷から来た女」 文春文庫/短編集『水郷から来た女』に収載。
 短編である。子供が連続して女に誘拐され、その度に身代金300両が奪われる事件が連続する。一方、男のなりをした女剣士が道場を荒らしまわっているらしい。女剣士の行動が犯人の素性を知らせる。
 時代物であるから、当然ながら、身代金奪取に格別の工夫はない。
 このような作品は、時代小説に少なからず存在するものと思われますが、管理人にとって未開地なので、次の作品を見つけるまで論評は差し控えます。
(2007年5月5日)



平野 肇 著
「孤峰の翼」 徳間書店 TOKUMA NOVELS
 身の代金の授受はあるのかないのかよく分からない記述である。
 背後にある大きな組織のことが述べられるが、詳細が分からない。それに関して密かに大金が動くのだが、それもはっきりした記述がない。背後で蠢く政治家たちに関して、全く記述がなされない。だから、悪人と、そいつの策謀に嵌められた主人公との駆け引きが展開するだけのつまらない物語。管理人は、何カ所か飛ばし読みしました。
 この作品が、ばかに売れたという評判も聞かない。売れないでしょうね。なぜなら、著者が自分の自己満足のために書いてる作品であって、読者のことは一切考えていないからである。
 これは下記の大野優凜子氏の「消えた甲子園」にも言えますが、良い題材を思いついた、では書こう、で終始しているからに他なりません。著者が一所懸命書き連ねているところが、読者には苦痛であったりするわけです。だから、読者はあちこち飛ばし読みをしたり、食わず嫌いになったりするのです。
 百億円の身の代金の話が、唐突に十億円の金に移行するのですが、著者の頭の中で完結している話も、読者には適切な説明がないと伝わりません。
 下記の作品同様、古本がなかなか見つからないような作品です。ま、読む価値はないでしょう。
(2011年7月18日)

深谷忠記 著 「運命の塔」 深谷忠記 著
「運命の塔」 講談社文庫
 この作品の欠点は「文章が重いこと」である。些末な登場人物にまで詳細な説明を記す。それに、同じ電話機の操作方法が三度も繰り返されるように、細部描写に異様な拘りを見せる。それが、警察小説としての細部描写と、ミステリとしての描写が、焦点を合わせられない原因を作り出している。
 ミステリは、作者の知識を延々と披瀝する場ではないし、それが読者を感動させると考えているなら、それは大きな認識不足であろう。
 これは大部の警察小説である。この作家は、文章を削ることを学ばなければ、発展はない。
(2010年4月12日頃)


深谷忠記 著 「審判」 深谷忠記 著
「審判」 徳間書店
 身代金目的誘拐作品ではない。
 作品を読み終えるのに二ヶ月もかかりました。前半の退屈さは筆舌に尽くしがたいものがあります。これは、本邦以外の作品でも同様の結末になることが多いのですが、伏線の張り方に原因を求められます。伏線の多寡と複雑さにより、どうしても制約が課されます。それを上手く回避できれば「名作」と呼ばれるようになるに相違ありません。
 この作品は、後半に入り、俄然読了意欲をかき立てられます。前半の長大な伏線部分を乗り切れば、優良な読後感が待っているに違いありません。
 「身代金目的誘拐」を扱ってはいませんが、お勧めです。
(20097月2日)


福田 洋 著 「美作路誘拐殺人」 福田 洋 著
「美作路誘拐殺人」 Gakken FEMINA NOVELS
 五千万円が要求されるが、授受されることはない。
 思弁と解説が長くて進行が遅い。特徴と評価する向きがあるかどうかは存じませんが、旅行記のような記述は中弛みする。また、短い会話に、それぞれ、注釈のようなものを添える癖があるが、一利に百害が勝っていると思う。
 34頁に『間もなく、警察が女性の身元割り出しに躍起になる事態が、勃発するのである』という記述がある。これは少なからぬ作家が踏襲する技法で、ストーリーの展開の方向を予め読者に教える姑息な手段である。というのは、筋の進行上だけで、同様のことを描ける作家たちは、そんな安直な方法を選ばないからである。
 落語家が、話の途中で、『これから面白くなりますよ』とか、『与太郎が失敗しますよ』なんて、一々観客に告げますか? そうじゃないでしょう。ミステリも同様でなくてはなりません。
 ここで一言。大阪近辺を舞台にするのに「関西地方の方言」が一切出てこない。大阪のホステスや営業マンが大阪弁を喋らないのである。勝手にせえよ!
 143頁の『ひと段落』の記述は、非常に多くの人も勘違いしている用法。勿論、正しいのは『いち段落』。但し、口語の場合、既に市民権を得た様相である。就中、民法TVアナウンサーの中ではね・・・・・・。
(2010年3月7日)

福田洋 著
「誘拐・殺人捜査線」 光風社出版
 誘拐は発生するが、身代金を奪う前に被害者が殺されてしまう。それが、転落などによるものか轢死なのか判別がつかないなどというのは笑止である。カバーには「犯人と捜査陣の息づまるようなかけひきを堪能できる」とあるが、それもまた笑止千万である。その原因は、この作品が警察小説であることにあるが、なかでも、会話の平板さ、発言者が特定し難い会話の羅列が根本原因をなしている。
 ことほどさように警察小説というものは、捜査方法を忠実に再現しようとすればするほどサスペンスを欠くことになる。西村京太郎氏のように、フォーカスを定めて記述しない限り、起伏を創作するのは難しいであろう。
 『自宅にかかってきた電話を証明できません』などという記述があるが、これは誰でも解るように事実を認識していない。そんなことは、電信・電話会社から、通話の明細が入手できることから簡単に理解できそうなものである。
 この作品の骨格は悪くないと思う。記述方法に難があるだけである。良い題材を損なうような作品の出版に許可をする編集者がいるのであろう。
(2007年7月29日)


藤井邦夫 著
「勾かし(かどわかし)」(時代物)。 『投げ文―知らぬが半兵衛手控帖』に収載の短編  双葉文庫 
 時代物のミステリ。よって与力、同心が登場人物。身代金300両が奪われるが、使い古された方法。時代背景を考えれば、技術などというものは殆ど想定できないのであるから、致し方ない。
 翻案して現代風に書き直せば、取るに足りない作品。
(2008年6月11日)






藤原宰太郎 著
「女子大生誘拐事件」 光文社文庫『おもしろ推理パズル Part6 トリック博士の事件簿』に収載。 推理パズルですから、それなりに暇潰しになる。ただ、初歩的なトリックが用いられている。
(2009年8月21日)






藤原宰太郎 著
「消えた身代金」 光文社文庫『おもしろ推理パズル Part6 トリック博士の事件簿』に収載。
 こちらもごく単純な身代金授受のトリック。短い作品であるから、こんなものか。
(2009年8月21日)







ロベール・ブルッサール 著 
「人質交渉人 ブルッサール警視回想録」 草思社
 テロリスト、誘拐犯、強盗など凶悪犯との交渉に携わったパリ警視庁の名物刑事の回想録。
 自伝的要素を交えたノンフィクション。ただし、管理人は、難渋しながら40ページほど読み進んだところでギブアップ。ということで、詳細に関しては説明できかねます。一体に、警察官は文章が下手です。少なくとも、管理人の知る限り、話の上手な警察官に遭遇したことはありません。それは、元警官の作家をみれば推測がつきます。因みに、最近TVによく登場する元警視庁捜査一課特殊犯捜査係刑事【北芝健】氏は、著作の中で『天国と地獄』の作家として松本清張の名を上げています。
(2007年1月18日)



ローレンス・ブロック 著 「獣たちの墓(A WALK AMONG THE TOMBSTONES)」  ローレンス・ブロック 著
「獣たちの墓(A WALK AMONG THE TOMBSTONES)」 二見文庫
 身代金の授受はギャングのやり方そのもの。人質と身代金を同じ場所で交換する。
 米国発のミステリでは、人物の特徴を描くのに、肌の色や瞳の色を記述する。日本人作家が同じことを書いても上手くは書けないものであるが、外来物では違和感がない。日常生活に密着しているということでしょう。
 作品中で、電話局のホスト・コンピューターに侵入して、通信記録を入手する行がかなり詳細に描かれているが、その真偽に関しては、管理人は詳らかにしない。ただ、訳者あとがきで【東江(あがりえ)】氏が、当時「NTT」に問い合わせて、同様の手法の存在を確認したと書き加えられている。
 読ませる作品ではあるけれども、身代金目的誘拐作品としてではない。
(2009年9月9日)


ローレンス・ブロック(Lawrence Block) 著
「泥棒は抽象画を描く」 ハヤカワ文庫
 愛猫が盗まれて絵画で身代金を支払わねば、という設定。身代金目的誘拐とはいえない。
 翻訳は【ぎごちない】【進退をきわめる】と、こだわりを見せる。常識といえば当然であるけれども、それができない、しないというのが翻訳の世界である。前者は一般に【ぎこちない】と、濁らせないのが最近の傾向。【進退きわまる】はパソコンで正常に変換できないように、間違いのほうが通用している。当然この訳者は、それを知悉していて【進退谷まる】を【進退きわまる】と記述している。
 管理人の好きな【モンドリアン】の作品が登場するので、ある意味、愉しく読ませられた。
 肝心のストーリイの方であるが、最後はいただけない。表題からも判るように偽物の絵画が登場するが、複雑すぎてわけが判らない。おそらく、その部分を読んで一度や二度(或いは三度)で理解できる人物は皆無だと思う。はっきり言って、何がどうなっているのかさっぱり判らないのである。
 しかし、会話の上手さはさすがといえる。多くの邦人作家に見習わせたいところだ。
(2007年11月25日)



ヘンリー川邊 著 「ヒポクラテスの柩」 ヘンリー川邊 著
「ヒポクラテスの柩」 新風舎文庫
 江戸川乱歩賞の最終選考に残った作品を稿をを改め上梓。
 身代金は銀行振り込みで奪取されるが、その方法が妥当なのかどうか、管理人には、門外漢の世界で判断できない。模倣する人物も、できる人物もいないでしょう。また、現実にはあり得ないような気がしますが・・・・・・。可能であるとすれば、凄いとしか言いようがない。
 幾つかの日本語の間違いはさておいて、この作品にも【逆探知の装置】が出てきます。そんな物が存在しないのは、管理人が口を酸っぱくして訴えているところ。ここのところ読了したミステリの殆どにこの【逆探知装置】なる物が記述されていました。警察にできるのは、電話局に連絡して【逆探知】できたかどうか問うことだけです。本当にみんな馬鹿でないの。
 86頁には「警察無線にスクランブルをかけて介入を防止する」というような記述が見えますが、現在の警察無線はデジタル化されていて、そんな必要は全くありません。言葉を換えれば、素人には手を出せないシステムになっています。
 108頁の3億円をキャッシュディスペンサーで引き出すという記述は、作者が、後出しのトリックに気をとられすぎて、引き出し限度額に気付かなかったものでしょう。ここの記述は頂けませんね。
 131頁、神奈川県の大井松田から警視庁の捜査本部に無線で連絡 ?  だって?  どんな高出力の無線機を使用しているの?
 もっとも、無資格で高出力の無線局を使用するのは、警察官のしばしばやる違法行為です。多くは、資格者が近くにいなくて間に合わせに使用するのでしょうが、違反は違反。内情に関心のある向きは、当該写真が掲載されているしかるべきメディアに当たってください。
 50才前後と目される女性がボストンバッグに2億8千万円を詰め込んで簡単に運べるなんて、冗談がきつい。30sですよ。銀行で一悶着あるでしょう? この作家も30sの物を手に提げたことがないのだろうか? 犯人の特徴があからさまになるでしょう。
 199頁の「階段の段落」は意味が分からない。推測するに、恐らく【蹴込み】と【踏み板】のことをいわんとしているのではないか?
 243頁、本庁の【捜査部長】は間違い。【捜査課】からの連想か? 【捜査部長】があるのは検察庁であって、警視庁は【刑事部長】。警視庁、および道府県警刑事部のトップは刑事部長である。
 作者は【ミニカー】という言葉を【軽自動車】の意味で使用しているが、これは大きな勘違い。簡便に記せば、「道路交通法上では、総排気量が20ccを超え50cc以下(出力0.25kWを超え0.6kW以下)の原動機を有する車のこと。こんなもの、警察の捜査に使えますか?
 現在読んでいる石井竜生・井原まなみ著『誘拐捜査』には「女の人だったことは確かです。声とか身体つきとか、見てればわかりますよ」という記述がある。しかし、こちらの作品では、大っぴらな長期間の女装が誰にも見破られないでいる。管理人は、以前にも記したように、ミステリの中の変装には、基本的に反対の立場です。それを許せば、ミステリは非常に恣意性を増すことになり、能力のない人物にも作家としての裾野を広げることになるからです(なりかねない、ではありません)。
 まあ、揚げ足をとるのもこれくらい。
 追加。「墜落で壊れた時計が死亡時刻を示す」なんて、使い古された陳腐な手法ですな。
 作品評価は、いささか専門知識に依存し過ぎ、というところ。
(2009年9月24日)


ベティー・ボガホールド 作
「とにかくさけんでにげるんだ」 岩崎書店
 子供の誘拐。性被害を防ぐための啓蒙書。
 子供や児童に簡単には声を掛けられない時代になったのだなあ、というのは良く言われることである。
(2011年6月22日)






星 新一 著
「誘拐」 ショート・ショート集『悪魔のいる天国』(新潮社刊)所収。
 途中でオチが読めてしまいましたが、流石に星新一という作品。
 管理人は、40年ほど昔、雑誌でよく星氏のショート・ショートを堪能していたものでした。中、長編を書くのが苦手な作家は短いものでも構想したらどうでしょう。もっとも、こちらの方が正真正銘、センスを問われるでしょうけど。
 ※ 2007年9月17日、昔のノートを見ていたら、1990年8月28日に読了していました。
(2007年9月10日)




ジリアン・ホフマン著
吉田利子訳
「報復」 ヴィレッジブックス刊
 読ませる。レイプの後遺症に悩まされる検事が、12年の時を経て、自分を嘗てレイプした男と遭遇する。誘拐小説ではなく、いわば、リーガル・サスペンスであるけれども、ともかく読み応えがある。終局部の手軽な法的解釈は如何かなと首を傾げさせないでもないが、傑作である。凡百のミステリでは到底太刀打ちできない作品である。
 これが処女作というのであるから、次回作が待ち遠しい。
(2006年5月20日)



マーク・マクシェーン(Mark McShane) 著
「雨の午後の降霊会」 創元推理文庫
 身の代金の奪取場面の記述はこうである。
『クレイトンはわずかに尻ごみして、バッグをもった腕をさしだした。
 ビルはバッグを受けとった』

 92頁に【逆探知】に関する記述が見える。この作品が発表されたのは1961年であるが、当時から、英国では、そんな状況になっていたのかと考えさせられた一文である。
 ちなみに、黒澤明の『天国と地獄』が公開されたのは1963年。そのオリジナルのエド・マクベイン著『キングの身の代金』の発表が1959年である。
 この作品は、読ませる。MWA最優秀長編賞も伊達ではない。映画化もされ、日本でもリメイクされたりしている。素材としてもユニークなのであろう。
 しかし、クロロホルムに関する記述はいただけない。全くの誤りである。当作品には【クロロホルム】に関する記述が随所に出てくるが、全て誤りである。酷いのは『たった一滴で』少女が眠らされたりするくだりである。クロロホルムでは、人は簡単には気絶したりしないのである。
 実のところ、このクロロホルムを別の非常に良く効く睡眠剤と置き換えない限り、当作品は成立しない。科学的に全くあり得ないことを書いて成功しているというのは、恥ずかしいことである。
 我が国のミステリ界でも同様の記述やシーンが見られるが、その発端は、意外とこの作品辺りにあるのではないかと勘ぐったりする。
 詳細は当サイトにもファイルがありますが、WiKiなどで調べましょう。
 ほんとに、アホらしいったら、ありゃしない。
(2011年6月26日)


 
エド・マクベイン(Ed・McBain) 著
「キングの身代金」 ハヤカワ・ミステリ文庫
  27年振りに読んだ。管理人の蔵書は1980版で表紙が左記の物とは異なっている。
 言わずと知れた黒澤明監督の『天国と地獄』の原作。映画とは細部が相当異なっているが、傑作であることに変わりはない。
 この作品が書かれたのは1959年であるが、現代でも通用する背景が描写されている。それにしても、当時の米国文化の先進性が如実に示されている記述が随所にある。自動車電話などは、本当にその時代に存在したのか、と疑念が沸くほどである。
 因みに当時、管理人の叔父の一人は、その奥には人家がないという山間の僻村で、ガソリンエンジン仕様の車椅子に乗っていました。恐らく、国内でも非常に珍しい存在だったでしょう。その叔父が数年後に身障者用のマツダ・ファミリアを購入したのは、マツダ本社にも資料が残っていない(過去に問い合わせたことがあります)というほど先進的な試みでしたが、それらに比しても、この作品が書かれた当時の米国文化のレヴェルに驚かざるを得ません。
 身代金奪取はなされないが、現今のわが国の身代金誘拐に方法を提供しているといえる。
 この作品の特徴は、会話体の多さである。著しく多く、ほとんど全篇、会話といっても過言ではないほどである。
 作品中に非常に特徴的な文章作法の記述がある。
 『……こういう物いわぬ恐ろしい品物に直面すると、想像力というやつが極度に緊張する。手斧の刃にからみついている長い金髪のほうが、死体置き場の台の上に横たわっている女の死体より、はるかに雄弁である。文学はじまっていらいの、作家が用いる微妙な武器、いわず語らずに感じさせるものが、ここでは鑑識技師たちの感情を研ぎへらす、日常の仕事での砥石の役を果たしているのだった。』(183頁)
 如上の記述のようなものを薬にしていれば、長年、作家として生業を立てている人々も下手くそな小説を書かなくて済むのである。
(2007年12月26日)


松本賢吾 著
「凶撃 捜査一課別係『突きの健』」 Gakken ウルフ・ノベルス
 身の代金の受け渡し方法は参考にもならない(参考にならない、ではありません)。
 元警察官にしては読ませる。しかし、その元警察官が、どうして『あるいは電話の逆探知装置ってところだ』(111頁)なんて馬鹿なことを書くんでしょう。
 【逆探知装置】に関しては、数え切れないほど記述してきましたが、元警察官までが真面目に書くようでは呆れてものも言えません。
 つまり、こういう事です。
第一に、逆探知装置なるものを見たという人物がいない。
第二、もしそれが存在するなら、需要は山ほど――悪戯電話とか脅迫電話の撃退など――あるのですから、警察に納入している業者が、類似品を市販するはずです。ストーカーに悩まされてる女性などは、どんなに高価でも購入するでしょう。
第三に、多くの作家や脚本家が何も考えてはいないこと。盗聴装置と明らかに混同してることが上げられます。
 会話のわざとらしい部分が鼻につくのですが、後半は、すんなり読ませたのも事実。しかし、二冊目には手を出さないね。
(2011年6月28日)

スーザン・マレリー(Susan Mallery}) 著
「囚われの天使」 ハーレクイン
 身の代金の授受はない。身の代金目当ての人物は元夫だった、というサスペンスにラブロマンスを絡めたストーリー。
 及第点だが面白いとか、この手の作品を続けて読みたいとは思わない。そもそも、ハーレクイン・ロマンス作品を自分が読むことになろうとは夢にも思わなかった管理人である。やはり、些か勝手が違う。尤も、このような作品は邦人作家にも少なくない。ハーレクインの冠を取ってみれば、そんな中では上質であろう。
 身の代金目的誘拐作品として参考にならないことは言うまでもない。
(2011年9月10日)


峰 隆一郎 著
「殺人!博多発 『ひかり4』の女」 集英社文庫
 身代金奪取方法に特段の工夫はない。この時点でつまらない。
 解説を読むと、『人間を描けば、トリックの重要性は等閑視しても良い』というのが、著者の持論のようである。しかし、この作品を読んだ限りでは、それは言葉のすり替えに過ぎない。トリックを考え付かない作家の詭弁であろう。
 新幹線のダイヤグラムにアリバイ工作の可能性を見出す刑事。ダイヤが親切にも何度も登場する。そして、それを追求する捜査が続けられる。読者は、犯人が完璧なアリバイ工作をした方法が知りたくて作品を読み続ける。しかし、明らかにされない。そんなものは食わせたくてもないのである。殺される人物がアリバイ工作に協力したなどと書かれている。卑怯にもほどがある。拍子抜けの結論。そして、最後に、『会話を録音したテープがある』ときた。それなら、もっとそれを早く公開すればいいじゃないか。無駄な記述なんか全部省略できるのにね。拍子抜けの結末。画竜点睛を欠くもいいところである。
(2007年9月26日)


宮部みゆき 著 
「龍は眠る」  双葉社文庫(日本推理作家協会賞受賞作品)
 この著者は、多数の受賞歴が示すように、とにかく読ませる技術に長けている。
 得意分野でもある"サイキック"を扱っているが、全く違和感なしに読ませる。身代金目的誘拐の主要部分は、終盤になって本領発揮される。これだけ伏線が長大であると、読者は、いい加減辟易していいはずなのに、寧ろ、グングンと読者を引っ張っていく。これだけ、飽かずに伏線を読ませるミステリ作家はごく数少ないであろう。受賞歴にも納得できる。ただし、映画『天国と地獄』が引用されているように、身代金奪取方法に格別の工夫はない。
 管理人は、この作者の長編は「火車」しか読んではいないと思うけれども、他作品も読むつもりである。
(2007年4月8日)


三好 徹 著 「オリンピックの身代金」 光文社文庫 三好 徹 著
「オリンピックの身代金」 光文社文庫
 身の代金は奪われるが、犯人のポリシーによって返還されるという筋書き。但し、この作品で用いられる身代金奪取方法に実現可能性があるかどうかは、管理人は疑わしく思っています。この作家は、外国の金融機関がお好きなようであるが、それらが米国の映画作品などに影響されたものかどうかは推測の域を出ません。しかしながら、スイスの金融機関の秘密口座を用いれば、跡をたどれないというのは簡便に過ぎはしないでしょうか。最近は、事情が大きく変わったとは思うのですが、日本で誘拐を実行し、スイスの銀行に身の代金を入金させてストーリーが完結というのでは、読者の側も納得しないでしょう。であるからこそ、こういう方法の身の代金奪取には眉に唾を付けたくなるのです。何人にも検証できないことを逆手に取った安直な方法と言えましょう。
 この作家は、旧一万円札の重量を、一億円分で十五キロと記述していますが、実際にそうでしょうか?
 日銀は、現行の一万円札の重量を一枚およそ一グラムと説明しています。面積比較では旧札が凡そ1.201973倍になります。一枚の重量が五十パーセント重いとなると、厚さが二十五パーセントも異なることになります。果たして、そんなに差があるものでしょうか? どなたかマイクロメーターでも使って解答を教えてください。
 『三十億円の千円札の札束はおそらく四トンや五トンにはなる。ケースの重量を加えれば、大型トラック一台で運べるかどうか』(134,135頁)などと、警視庁刑事部長の生方に喋らせている。そこでも六法全書を繙くような専門家である。勿論、大型トラックで簡単に運べます。警察官がこんな間違いを口にするわけがありません。
 『ドル札には五千ドル札がある』(169頁)
 下記『モナリザの身代金』の読後評に記したように、当該札はその時点では流通していません。
 『それなら(注:車載電話なら)電話局へ前もっていっておけば、、何処の電話からかけているか、すぐさまつきとめることは可能ですよ』(288頁)は誇張した表現。もしくは無知のなせる技。
 『田島の部下の捜査員が、この日は早朝から中継局へつめており、社長車へかかってくる電話をすべて逆探知するよう電電公社の協力をとりつけていた』(332頁)
 この部分の記述だけが、逆探知に関してまともな部分。この著者の他作品でも誤った記述だらけである。どうして突然、ここだけ正しく書けているのか摩訶不思議である。
 管理人はこの作品を2005年7月24日に読んでいる。その時の読後評。
『この作品は、下記されている「コンピュータの身代金」「パピヨンの身代金」と「モナリザの身代金」四作でシリーズになっている。
この作品は、「読ませる」。管理人は一日で読んだ。
作品の中で小切手が用いられているが、その方法が適切・妥当かどうかは、管理人には判別できない。国内の事情で、管理人が知るところと同様の手口が用いられているが、作品の当該場所は米国である。
札の重量については、下記「コンピュータの身代金」の読後感に記したので、ここでは触れない。
しかし、一息で読ませる作品であったことは事実である。
 そう。一息に読ませるのは確か。ただし、全く印象に残っていなかった。その理由は、おそらく、誰のものとも知れないナレーション、或いは、著書の蘊蓄を語る背景説明のせいである。外国の作家は、その部分をもっと自然に上手く処理するに違いありません。
(2012年2月12日)


三好 徹 著 「乾いた季節」 河出書房新社 三好 徹 著
「乾いた季節」 河出書房新社
 1962年12月20日発行の誘拐ミステリ。黒澤明監督作品『天国と地獄』の公開が1963年3月1日であるので、およそ2ヶ月先行した作品である。
 故に、当時この作品は、身代金奪取方法が、黒澤明監督の『天国と地獄』からのトリック盗用という疑惑を向けられた。
 作者もあとがきで述べているように、当時は誘拐作品そのものが希少な時代で、そういう意味では先駆的作品であろう。
 管理人は、読み進めるのにかなり苦労を強いられた。数十頁読んでは暫く時間を置くという読み進め方で漸く読了。その原因は至って明瞭。一つ一つの会話に、一々講釈が加わるからである。読みにくいったらありゃしない。
 作品の中で刑事によりハンディ・トーキーが用いられ、その最大通信距離が10qと記述されるが、それは本当だろうか? 当時、高層建築が少なかったとはいえ、出力が大き過ぎはしないだろうか? もっとも、現在は品質が向上して、その程度の交信が可能な製品が販売されていますけど・・・・・・。
 日本語に関して・・・・・・【耳膜】という単語が三度記述されていますが、これは【内耳膜】などからの拝借なのか、それとも、作者が【鼓膜】という日本語を知らなかったせいなのか、興味のあるところではありますね。ま、中国語では【耳膜】と書きそうな気はしますけど・・・・・・。また、【もて遊ぶ】という単語も出てきますが、こちらのほうは単に【弄ぶ】、【玩ぶ】という単語の存在を知らなかったのでしょう。
 この作家は、新聞記者出身であるにも関わらず、日本語に習熟していませんねえ。先頃再読した『身代金シリーズ』でも同様の拙さを垣間見せています。
(2012年3月31日)

三好 徹 著 「コンピュータの身代金」 光文社文庫 三好 徹 著
「コンピュータの身代金」 光文社文庫
 ここに記述されている身の代金の奪い方が可能であるのかどうか、管理人は詳らかにしない。妥当だとすれば驚きを隠せないのであるが、本当に犯人を追跡する事が不可能なのであろうか? そうは思えないのであるが、どなたか業界に詳しい方の説明を待ちたいところである。
 問題点は「指紋の照合が極めて早過ぎる事」と、自動的にストップさせられるように細工をされる車の事。
 後者の『現金輸送車』に関しては、管理人も当サイトの中で一度書いた事があるように記憶しています。
 管理人が『現金輸送車』に乗ったのは、遙か昔のことである。その時既に、運転席に非常用の赤いボタンが備え付けてありましたが、「踏切で自動停止しては事故を惹起する」というので使用しない状況になっていました。或いは、その運送会社だけだったのかも知れません。
 如上の如く、何処で停止するか分からない身の代金運搬車は、犯行には使えませんね。犯人が才知に長けているというなら尚更です。これは明らかに著者の勇み足、勘違いです。もし、任意の場所で急停車した車に、他の車が追突したりしたらどうなりますか? 後は推して知るべしですね。
 参考までに、以前読んだ時の感想を載せましょう。
  そう悪くはないが、身代金(代わりの物)を持って犯人が逃走する場面が極めて安直。信じられないほどである。そのため、他の良質な部分が打ち消されている。
 他に、身代金十億円の重量が何度も記述されている。百五十キロだそうである。この作品が書かれた当時、聖徳太子の一万円札は殆ど流通していなかったであろう? とすると・・・正解は管理人が掲載中の「誘拐定理」の中に書かれています。詳しく知りたい方は「日銀」のサイトへどうぞ。(2005/6/26読了)
 上記の記述は誤り。聖徳太子の一万円札はまだバリバリの現役でした(1981年当時)。しかし、「聖徳太子の一万円札」だって、現在の札の1.5倍もの重量があるとは思えませんね。面積を計算すると凡そ1.2倍強という結果になりました。(1.201973倍)
 しかし、読んで損はない作品です。
(2012年1月28日)


三好 徹 著 「パピヨンの身代金」 光文社文庫 三好 徹 著
「パピヨンの身代金」 光文社文庫
 「パピヨン」といってフランクリン・J・シャフナー監督、スティーブ・マックイーン主演の1973年制作のアメリカ映画を思い出すのは些か旧い世代の人間か。
 警察を介在させないのだから、身代金を奪う方法に特段の工夫はない。
 ということで・・・・・・ちょっと蘊蓄を。
 この作品もそうであるが、この作者は「新聞や雑誌の文字を切り貼り」した脅迫状がいたくお気に入りのようである。まったく、馬鹿でないのと言いたい。他の方法が幾らでもあるだろう。想像力を働かせなさいよ。これがまず第一。
 さて、それでは一つ一ついきましょう。
 『大臣やご家族には、こんなことがなくてもSPはついております』(295頁)と警察の副署長の木暮に語らせているが、こいつは噴飯ものである。米国のシークレットサービスは大統領の家族も含めて警護するよう規定されているが、日本の場合は内閣総理大臣の家族は警護対象者ではなく、SPは総理大臣を警護してもその家族までは警護しない(引用Wiki)。
 警察官にこんな馬鹿なことを言わせてはいけません。(ちゃんと調べろよ。元新聞記者)
 『平林警部補』を『デカ長』と呼んでいる(335頁)
 勿論【デカ長】とは部長刑事のことである。断じて【警部補】ではありません。
 『(刑事課長の)片岡としては・・・・・・野瀬邸のすべての電話に逆探知装置とテープ録音機を取付けたかった』(72頁)。
 『旧式の電話機であるために、逆探知装置を必要とする』(117頁)。
 まったく、何のことやら?
 こう考えましょう。自宅の旧式電話機にその【逆探知装置】なる物を取り付けます。その装置で信号の軌跡を遡れるとして、自宅を出たその触手はケーブルの中を逆送して、一体どのように機能するのでしょうか? 考えるまでもないことです。馬鹿に付ける薬はありません。但し、諸外国での電話事情に関しては、管理人は知りません、もっとも、最近は大多数の国々でデジタル化が進んでいるでしょうから、逆探知の困難さは皆無と言えるでしょう。
 おそらく、多くのミステリ作家たちは【盗聴装置】と【逆探知装置】なるものを混同して頭の中に入れているのですね。そうとしか考えられません。もし、【逆探知装置】なるものが存在するなら、それは遅かれ早かれ類似品が市中に出回って、【悪戯電話】の被害なんかは皆無になっていたことでしょう。
 しかし、敏腕新聞記者がこれではねえ・・・・・・。
 この作品に関しては、管理人は2005年の七月に読んでいるはずですが、読後評を残していません。印象に残らなかったのでしょうかねえ・・・・・・。
(2012年2月14日)


三好 徹 著 「モナリザの身代金」 光文社文庫 三好 徹 著
「モナリザの身代金」 光文社文庫
 読ませるね。身代金の奪取方法は米国映画などに良くありそうな方法。ただ、そこにもう一工夫あるのがよい。しかしながら、ここに記述されるような方法が実際に可能であると人々が信じうるなら、現今までに、この手の身代金奪取が敢行されても良さそうなものである。管理人が寡聞にして知らないのであるから、おそらく世間一般も眉に唾を付けているに相違ありません。
 前作の「コンピュータの身代金に比しても、こちらの方が優れていると思いますね。
 2005年の7月31日に一度読了していますが、その時の評価は『著者四部作の中のひとつ。読ませる。読んで損はない作品』でした。
 秀作ではあると思うのですが、瑕疵も少なくありません。元新聞記者らしいので余計に誤りが目に付きます。以下にそれを列記します。
 『やわらかいパットが詰め込まれ・・・・・・パットがはさまれる』(124頁)→勿論【pad】
 『藁でもすがりつくような・・・・・・』→『藁をも掴む・・・・・・』(215頁)
 『第一次産業を振興してこそ、その国のプラスになる。だから、これまで融資をうけたのは、造 船、製鉄、機械メーカーなどであった』→小学生でも間違えません。
 『札は千ドル紙幣を使用すること。・・・・・・千ドル札は、日本においては、外為取扱い銀行でも 、手持ちはほとんどない』→『なお、かつては500・1,000・5,000・10,000ドル紙幣が流通し、主 に銀行間の決済などに使われていたが、1945年(シリーズ1934B)を最後にこれらの高額紙  幣の製造は中止され、電子的な決済システムの出現で必要性がなくなったため、1969年に  流通停止となった。』(Wikipediaより)。当作品が上梓されたのは1983年です。
 ついでに、一万円札の一億円=15sという記述も変。
 『電話局にも協力してもらって、最新式の逆探知装置も取り付けてあります』(241頁)またもや 出てきました。電話局はかつても現在も『逆探知装置』を保持していたことはありません。そし て、その必要性もありませんでした。
 『「メルシー・プークー」(たいへんありがとう)』→【Merci beaucoup】。何をどう勘違いすれば  新聞記者がメルシー・ボークーを間違えられるのか理解不可能。
 最後にもう一つ肝心なことを
 『発炎筒にリモコンで点火する』は可能でしょうか? 出来ないことはないでしょうがリスクがありますね。
 しかし、千ドル紙幣が身代金で準備できないとなると・・・・・・この作品の致命的な欠陥になるのですがね・・・・・・。7キロの身代金の重量が百ドル札ではその十倍になるのですよね。
(2012年1月29日)


木宮条太郎 著
「本日の議題は誘拐」 朝日新聞出版
 金銭のやりとりは、海外も含めて、過去にも多数同工異曲のミステリ作品が存在します。ですから、アイディアとしては新規さはない。おそらく著者は、類似性の中にも独創的な部分があるだろうと主張するに違いない。しかし、管理人に言わせれば、それほどのものではない。
 この方法、真似をする人物が後を絶たないのは、犯人と捜査側の接触がいかに緊要であるかを如実に示している。だが、この、○○や**を用いる方法で誘拐ミステリはいいのかという疑問が残る。そして、実際には、金の動きが、かなり簡単に発覚すると思うのは管理人だけではないでしょう。
 この作品、話者が誰だか分からなくなる部分が非常に多い。管理人の読み方の所為かどうかは、お読みになって考えてください。しかし、一休みして、再び読み始めると、発話者が誰だか分からなくなるのである。これが最大の欠点。
 139頁に『来れなくなって云々』とある。ら抜き言葉である。二作前にも建倉圭介著「ブラック・メール」で見つけたが、作家として如何と思う。
 252頁の『人間ドッグ』は何をか言わんやである。誤植ではないでしょう。ま、【バッグ】を【バック】という類でしょうが。
 201頁には、もっと面白いことが書かれている。『上場企業の重役の年収は云々』で『年収一千万強を見込んだ』とある。百パーセント無知である。現在、四十歳平均で年収一千万円の企業はざらにあります。調べなさい。上場企業の重役の年収が一千万円なんて冗談にしても酷すぎる。
 辞書ぐらい調べなさいよ、本当に、どいつもこいつも。
 読ませるのは確かであるから、上記のようなミスは勿体ない。
(2011年7月9日)

 
本岡 類 著 「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 本岡 類 著
「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 祥伝社 NON NOVEL
 身代金は奪取されるが、その方法は凡庸である。警察を介在させないところに主眼が置かれている。屡々用いられる方法であるが、管理人は好まない。頭脳対頭脳の駆け引きを放擲してどうするの?
 作者本人が「前代未聞」と語っている電話を用いたトリックは、それなりに見事である。正鵠を射ているかどうかは存じませんが。
 管理人の知人で連れ合いと全く同じ携帯電話を所有する人物が、ついこの間、相方の携帯電話であることに気づかず使用していました。そればかりか、二つの携帯電話を持ち歩いていたのであった。であるから、この作品中で用いられている最初のトリックも不自然とは言い切れないかも知れない。管理人の件の友達は、女房のパンツを間違えて穿いてきたこともある。サイズが窮屈なので気付いたと言っていましたね。ボクサータイプのパンツでしたが。
 この作品にも出てくる【声色】【眠り薬】【クロロフォルム】などには、管理人は感心しません。理由は過去に何度も記したところです。
 いや、やはり一言言いたくなりました。「クロロホルム神話」というものです。
 107頁に「十五両、十六両と連結された都会の電車・・・・・・」の記述は誤り。
 「通勤型電車」の編成は概ね10両。
 「特急・準急型電車」で11から12両。
 「新幹線」は、周知の通り16両編成が最大。
 当然これは、プラットフォームの長さに左右されます。
 『列車編成表』はこちらが大変参考になります。
 ちなみに、本年12月に上り線が高架化されるJR東日本の「国立駅」のプラットフォームの長さは210メートル。車両10両分に10メートルを加えたものですね。
 作品の評価は可もなく不可も無し、というところ。将棋の世界に疎い読者には、解りにくい作品のような気がします。【ジャーゴン/jargon】とまでは言わないものの、専門領域のことが多く記述されると、読者は逃げ出すものです。
(2009年9月28日)


本岡 類 著 「『不要』の刻印」 本岡 類 著
「『不要』の刻印」 カッパノベルス
 つまらない。
 「なかなか面白い身代金の奪取方法だから・・・・・・云々」と66頁にありますが、ちっとも、そんなことはありません。ごくありふれた、誰にでも思いつける方法です。
 また、また書きですが、『自信作です。もし不安があるとすれば、この先、私がこれを上回る本格推理を書けるかどうかという一点だけです』という著者の発言らしきものを見つけました。正直言って、それほどの作品ではありません。ただ単に、多くのミステリの中に埋もれてしまうだけの作品です。著者は、作品中で用いた「二つのトリック」に痛く自信を持っているようであるが、それも、管理人に言わせれば大したことはない。トリックに固執する作家の多くが陥りがちなのは、自作のトリックは非常に優れたものだと、過剰な自信を抱く過ちである。
 管理人は以前に
 「花の罠 大和路・萩の寺に消えた女」 祥伝社 NON NOVEL
 「真冬の誘拐者」 新潮ミステリー倶楽部

の同著者の作品に関しても辛口のコメントを繰り返しています。管理人にとって、一気に読み通せない作品には高い評価を下し得ません。この作品にも一週間ほどの期間が必要でした。
(2010年8月1日)

本岡 類 著
「真冬の誘拐者」 新潮ミステリー倶楽部
 身代金3000万円は要求されるが引き渡されることはない。
 ずっと後半になって明らかにされる一つの医学的事象が、このストーリーの根幹である。世間の評価は低くないと思われるが、ハラハラ、ドキドキはない。管理人は、読み終えるのにかなりの時間を要しました。もっとも、管理人の私生活で、器物損壊犯を追求しなければならなくて、多忙だったせいもあります。
 この作品自体は、読んで損はしないと思いますが、「身代金目的誘拐」だけに関心があるむきにはお勧めしません。
 何度も記述していることですが、この作者も、緊急自動車に「制限速度がある」事を理解していません。道路交通法で、緊急自動車は高速道路で100キロ、通常の道路では80キロまでスピードが出せると規定されています。
 捜査に関連する事柄に関しては、よく調べて書かれている作品ですが、それ以上のものではありませんね。つまり──百の知識中から十分の一を引き出したというようなものではありません。
 一般に、ミステリー作家の技術系の記述は、実際の誘拐を考える際には疑ってかかった方がよろしい。無線機や小道具の扱い方の記述は間違いだらけです。
 たとえば「無線機」に関していえば
 周波数が同調するか
 通話可能な距離は
 混信の可能性は(盗み聞きされないかどうか)
 厚いコンクリートなどの障害物が介在した場合、通話可能かどうか(重要局面で)
 充電可能であるかどうか
 通話可能時間はどれくらいか
 故障の可能性は
 雨中でもつつがなく通話できるか
 シリアルナンバーから追跡されないか
 また、捜査陣が用いる場合、さらに要素が加わり複雑化します。(ここは煩雑になるので割愛)。

 実際に「無線機」を使ってみると分かりますが、身代金誘拐犯が無線機を用いようとする場合、【不感地帯】の問題は、避けては通れない難問になると思います。毎日のように無線機を使っている管理人が言うのですから、間違いありません。

 ただし、上記は、ミステリー作品を愉しむだけなら、お節介な知識かも知れません。
(2009年3月14日)


 
森 詠 著 「狩人は眠らない」 森 詠 著
「狩人は眠らない」 角川文庫
 つまらない。身代金は奪われるが参考にはならない。
 舞台はベトナム戦争期以降のベトナムである。下巻で米国、フィリピン、タイなどへ移動するが、かなり恣意的にストーリーは展開する。
 戦時下のベトナムでの誘拐事件であるにも拘わらず、捜査手法は「日本そのまま」である。「使い古した紙幣」で身代金を要求するなんて、馬鹿でないの。現今の諸外国の誘拐事件を鑑みるまでもなく、【旧札】で身代金を要求する事にこだわるのは我が国くらいのものである。ましてや、発展途上のベトナムで、どんな組織が身代金の番号に関心を持つのか? 偽札の氾濫している諸外国では、旧札などにこだわらないのである。馬鹿も大概にしたがいい。大概の日本人は、他国の捜査機関の捜査手法など知らないであろう。だから、多少は知っている自国の捜査方法で、嘘の上塗りをせざるを得ないのである。
 邦人作家の多くが、自国の捜査方法を知らないのに、他国のことは知悉している、というのはあり得ない話であろう。
 この作家は多作家のようであるが、当然のように弊がある。外語大を卒業して編集者になった由であるが、それにしては日本語がお粗末である。こんな人物が「編集者」というのも「?」マークであろう。
 たとえば
 うろんとした(116頁)→管理人がこの表記に出会ったのは初めて。一般に【胡乱な】で記述。
 七輪(116頁)→ベトナムにそんな物はないでしょう。ま、土製のコンロの事をそう表現したかったのでしょうが・・・・・・。
 (空手の)胴着(158頁)→道着。これも世間で良くある勘違い。
 こちらもデッドロックに乗り上げてます→【dead lock】を【dead rock】と間違える、非常によくある過ち。
 火が付いたような泣き声(下巻61頁)→一般的に【火が付いたように泣き出した】と用いる。つまり、瞬間的な時間のとらえ方。
 (コンピューターの末端機(下巻75頁)→勿論【端末】
 その他に非常に多いのが「拳銃を発射する」→「ロケットを発射する」「弾丸を発射する」。つまり、飛んで行く物が発射されるのです。拳銃は発砲するもの。拳銃はどこへも飛んでは行きません。
 さらに読み難いのは、「私」という人称代名詞の頻出である。これは幾つかの連続する文章を一つに纏めることで解決される。
 ま、そんなこんなで、面白くもない作品です。管理人は、以後、この作家の作品を読むことはないでしょう。読みたい人は読みなさい。
(2010年7月22日)


森 純 著
「墜ちた鷲」 読売新聞社
 身の代金の奪い方には一工夫ある。ただし、苦言を呈したい部分も沢山ある。それを予測して、先取りするかのような記述が最後の方で何度も繰り返されているのは、作者自身に「牽強付会的」な記述だとの認識がありすぎるほどにあったからだと思う。
 遭難した漁船員を救わなければ、事態を隠蔽できるとの記述は、安易に過ぎる。漁船員たちは、当然、メモを残すとか、幾つかの通信手段を持っているはずであるから。
 325頁から327頁にかけての暗号の記述は笑わせる。こんなものなら、管理人がいつも貶している斎藤栄の方がはるかにましである。
 台風の中、無理を押して離島に置き去りにされた子供をヘリコプターで救助に向かうのだが、その困難な中、島に取り残されざるを得なかった同僚を助けに戻るのに『嵐が収まったら救出に戻ってくる』はあり得ない。なぜなら、子供が台風で消えてしまうだろうということが大前提の救出劇と身の代金入手なのであるから。この書き方なら、嵐の中、死ぬ思いをして子供の救出に向かわなくても良いのである。台風一過を待っていれば、子供は救出できるのである。ここは、大前提をもっと綿密に組み立てるべきであった。これでは、作品自体が成立しない。
 例によっての【逆探知】。
 136頁に『逆探知の係が三、四人』とある。何のこっちゃ? 一人いれば充分。実際に必要なのは電話局にもう一人とで二人ですが。
 213頁から214頁にかけ『電話コードにセットした逆探知装置を作動しようとしていた科捜研の職員たちに確認の合図を送ってから云々』、『逆探知装置から離れた』。全くもって意味不明である。記述すべてが大間違い。
 『朝倉警部』と『浅倉警部』が混同されて記述されている。
 397頁の『汚名挽回』は、マスコミなどでもしばしば見られる誤用。正しくは【汚名をすすぐ】、或いは【汚名返上】です。【挽回】=取り返す。汚名を取り戻してどうするの?
 この作品は、著者の遺作だそうです。作品自体は、ご都合主義的な部分が多くて、辟易させられるのですが悪くはありません。
(2011年8月28日)


 
森村誠一 著
「青春の反旗」(『虹に立てる叛旗』改題) 光文社文庫
 不幸を背にした生い立ちの青年の野心を描くピカレスク・ロマン。
 猫を「誘拐」して身代金50万円をまんまと奪った事に味を占めた青年は、次第に犯罪に手を染めていく。やがて、政財界の有力者たる男の令嬢と結ばれ、婚約発表をしたのだが・・・。
 身代金目的誘拐は、さわりとしてちょっとだけ登場。厳密な誘拐作品ではありません。「地の文」が長々と続く、昔流儀の作品。ハイ・テンポとサスペンスを期待する向きには退屈な運びです。
 219頁に『名刺は返しました』と記述があるが
 241頁には『名刺を残してきた』との記述。
 まったく正反対の記述であるが、これが、ストーリイの運びとは全然関係ないのである。誤りなのか、別の伏線があったのか、知る由もありません。
(2007年6月24日)


森村誠一 著 「棟居刑事の殺人の衣裳」 森村誠一 著
「棟居刑事の殺人の衣裳」 カッパノベルス
 身代金奪取はない。上手く書かれてはいるが、偶然ばかりが満載のミステリ。
 こんなに牽強付会的に「偶然」が重ねられると、『そりゃ、いくら何でもやりすぎだろう』という気になる。『事実は小説より奇なり』とはいうものの、その逆を過剰に反映してはいけません。
 読ませるのだが、多作家の弊でしょう。
(2009年6月10日)




諸星澄子 著
「誘拐者」 講談社NOVELS
 身の代金の奪取方法に格別なところはない。
 ありがちなストーリーだが、かくも簡単に普通の人間たちが犯罪に荷担するものかな、と考えさせられる。ここで使われている電話のトリックは、管理人もテレビで二度見たことがあるから、そう難しく考える必要はないだろう。しかし、テレビ放映以前(当作品は1983年刊行)にこのトリックに気づいていれば褒められるだろう。しかし、その後の謎解きが、いかにも安っぽい。そんなに簡単に暗号に辿り着いてはいけないだろう。もっとも、管理人は暗号ミステリーが嫌いなのであるが。
 この作品にも、例によって逆探知に関する記述が出てくる。関連する全文を紹介しよう。

「応急的に電話の録音テープは牧君が取りつけたが、逆探知の設備もあるから鑑識班にいっしょに行って貰ってくれ」
 『逆探知の設備』など皆無であるから、勿論この記述は大間違い。
 鑑識班に何をしに行くのか意味不明。セクションが違う。鑑識の意味が全く分かっていない。

 149ページに「毛髪が由美のものであることがわかった」とあるが、日本での【DNA鑑定】の歴史を繙くと相当に無理がある。
 133ページの会話の中に指示代名詞が二度出てくる。『こんなにロマンチスト』と『これは一つの見方ですね』のくだりである。ここは、話者の近くにその題材がないの(相手の近くにある)であるから、当然【そんなに】【それは】を用いなくてはならない。外国人が話すような変な日本語である。
 作品全体としては、説明に偏りすぎて、進行が遅いことを除けば可もなし不可もなし。
(2011年6月17日)


 
柳原 慧 著
「パーフェクト・プラン」 宝島社
 マッド・サイエンティストの人物が出てくるが、どうも、他の登場人物とのつながりが分明でない気がする。ただし、前半三分の一を過ぎた辺りから読ませる。しかし、選者の大森 望氏が疑義を呈しているが、管理人も同様の意見である。ま、拙速ということなのだろう。詰め込んだ知識が半可通ということで、改題と共にずいぶん手直ししたのではなかろうか。
 第2回『このミステリーがすごい』大賞受賞作『夜の河にかべてを流せ』を改題。(2006年5月4日 木曜日)



山田正紀 著 「女囮捜査官 聴覚」 山田正紀 著
「女囮捜査官 聴覚」 幻冬舎文庫
 身代金の奪取は敢行される。過去にも何人かの作家が記述している方法である。また、テレビドラマでも散見される。珍しくも新規さもない。おそらくは、現実の犯罪現場でも用いられるのだろう。
 心理学や精神医学を骨子としたミステリは、精神分析先進国の米国ミステリに多く見られるが、明らかに、邦人作家のそれは数段格が落ちる。この作家も例外ではない。読んでいて「違和感」を払拭できないのである。米国の作家たちが、ファンタジーを違和感なく読ませる技法は見習わなくてはならない。
 この作品は、読んでいて、非常に判り辛い。読者に親切な構成とは、とても言えないでしょう。
 「多重人格」を扱っているが、恐らく、その人格設定と、人物描写を本当に理解できているのは作者だけではないかと思う。本作品に描かれているような人格設定と行動パターンで、犯行の証拠を集めきれないというのは、都合の良いこじつけに過ぎない。
 もし、管理人の言が真実であるなら、作者の努力も道半ばであろう。米国の作家たちの表現が如何に巧みか思い知らされるところだ。
 かなり緻密な犯行である誘拐を、二重人格者を絡めて描くという構想自体があやふやである。これはつまり、若年者に成人の語彙を語らせたり、教養がないとされる登場人物の独白に、知性的な言葉を使用させる間違いと類似の誤りである。
 つまり──もっと手際よく、読者に負担を強いない記述が必要だということである。
 よく分からないのは、地検特捜部の検事たちが、同じ警察の仕事をしている主人公を強引に拉致するという設定。いかほどもそんな必然性があるとは思えません。
 例によって、嫌みを幾つか。
 15頁に『電話の逆探知設備も施設した』の記述がある。これも当然誤りである。もっとも、警察が、このような多くの誤った記述に異議を唱えないのは、現実問題として捉えれば、その方が捜査する側にとって好都合である所為もあるであろう。
 42頁までには奇天烈な記述が存在する。要約すると以下の如くである。
 『被害者は、ろくに事情も説明せずに、銀行から使い古しの紙幣で一億円を借りなければならなかった』
 おいおい、冗談だろう ! 使い古しの札で一億円なんて要請があれば、馬鹿だって身代金だと思うぜ。
 70頁。生後数日の赤ちゃんが『キャッキャッと笑った』とあります。凄い !
 しかし、意外とこの作品は読ませるのです。しかし、売れてはいないでしょうね。
(2009年12月30日)


山田正紀 著 「誘拐」 扶桑社文庫 山田正紀 著
「誘拐」 扶桑社文庫刊の短編集『ふしぎの国の犯罪者たち』に収載の短編。
 つまらない。その原因の一つは、一人称の語り口にある。ハラハラドキドキさせないし、オチも平凡である。短編であるからには、最後に切れ味を見せなければ存在意義もない。
 因みに管理人は、この、たかだか80頁に満たない作品を読了するのに十日間も要しました。
 最後にひとつ。この作品にも
 『逆探知されちゃかなわんからな。こちらの要件だけをしゃべる』
という記述があります。勿論、相手に通じた時点で「逆探知」は可能です。
(2010年5月30日)



「災厄への招待」 角川文庫の短編集『災厄への招待』に収載の短編。 山村正夫 著
「災厄への招待」 角川文庫の短編集『災厄への招待』に収載の短編。
 身代金500万円は要求通りに渡される。が、ただそれだけ。
 巧妙に書かれているが、抜け穴だらけ、というのが管理人の感想。ただ、上手く書かれているというのはエンターテインメント作品にとって非常に大切なこと。意表を突くと言うほどではないが、登場人物の中の誰が犯行に荷担しているのかを見抜けないように書かれているのが宜しい。
 しかし、当サイトの意図に添う身代金奪取は描かれていない。
(2012年4月5日)


山村正夫 著
「人魚伝説」 角川ホラー文庫
 ホラー小説である。だから展開の細部は問わない。もっとも、本当にホラー作品かと、疑いの眼で見る読者もいるでしょうが……。身代金の奪取方法に頭を使ったところは見受けられない。参考にはならないでしょう。
 この作家は、余りにも物事をいい加減に捉えすぎている。
『窓ガラスをロウソクで切る」というのが理解できない( 切れません )。
(被害者宅の『逆探知係の刑事』なんてのが出てくるけれども、これも理解不可能( 当然これは電話局の仕事。捜査員は、電話局で確認して連絡します )。
【クロロホルム】の使用に関しては別記してあるので、ここでは繰り返しません。
 しかし、酷いのは次です。
 【デジャビュウ】→【View】ではありません。正しくはフランス語でデジャビュ 【déjà vu】(60ページ)。
 【テトラポット】ではありません(117ページ)→【tetrapod】(※ 無声化することを否定はしませんが)。
 【ディーパック】は【デイパック daypack】でしょう。
 【ムーディ】(217ページ)は以前この欄でも紹介しましたが、世間一般どころか、著名な作家ですら間違えている単語で、語釈は【moody】 = むら気の、不機嫌な、という意味です。「ムードがある」という意味ではありません。かつて歌手の郷ひろみが、「電気蚊取り」のCMに抜擢されたとき、この【ムーディ】を使っていたせいで(多分)、瞬時にして放映されなくなったことがありました。
 著名な作家であるこの著者が、これだけ外来語を知らないというのは驚きですね。信じられない愚かしさです。
(2009年1月1日)


山村美紗 著
「消えた相続人」 光文社文庫
 この著者の作品であるから、緻密さは期待できない。身代金の奪取方法はありきたり。青酸カリを突然持ち出したりするのは、この作者の常套手段で、西村京太郎とそっくり。ここでは、クロロホルムが何の注釈もなく登場する。
 そりゃあ書きやすいでしょ。状況設定を図りたい。そうだこんな薬がある。使ってやろう。誰がどこから、どのようにして入手した、なんてことは一切眼中にないのである。
 『髪の毛から被害者が特定された』、と記述があるこの作品は1982年に発表されているが、「DNA鑑定」の可能性が英専門誌「NATURE」に最初に発表されたのは、イギリスのレスター大学のアレック・ジェフェリーズという遺伝学者の頭脳によって。わが国で、データベースが整えられるのは2004年以降である。
 以前読んだ浩瀚な海外ミステリの中で、空手の記述が見られるものに遭遇したことがあるが、それはまだ海外に「空手」が紹介される前の年代の物でした。これらは、江戸時代にロケットを飛ばすほどに間違った記述である。
 231ページの文章
  『五時三十分に、タイマーをのせた時限爆弾を、リアシートに置いてある』
 これは会話としての文章。しかし、これで良いのでしょうか? 確かに、人はこのようにしゃべりますが、こんな記述はだめでしょう。というのは、このような会話が頻繁に登場すると考えれば妥当な答えが見つかります。誰も読むことの出来ない作品が出来上がりますよ。
 量産作家の「弊」でしょうね。
 ついでに一言。この作家は姓名判断で占うと総運29画の『大器晩成運・頭領運』女性にとっては、強すぎる運勢で凶数とする場合が多い。しかし、斯界の第一人者であったことは紛れのない事実。16画の人気運、13画の口がものをいう職業運、19画のミステリ運・芸術運と揃っていたが、19画のミステリ運が災いしたのか、変わった亡くなりかたをされた。
(2007年5月17日)


山村美紗 著
「ゴールドコーストの遺品」 文春文庫
 身代金奪取は巧妙に行われる。というのは、作中にある著者自身の言葉。
 誘拐ミステリの中で、身代金奪取に成功する作品の何割かは、身代金授受の場に警察を介在させないという安直なトリックに拠っている。つまり―刑事が周辺に不在であることで、成果を上げているわけである。そんなのは、単なる子供だましに過ぎない。自己完結的な身代金奪取はインチキである。この作品でも同様である。
 この作家はもっと上手い人物かと考えていたが、文章が下手である。というより、瑣末な現象を、子供の日記のように逐一記述する手法には随いていけない。 逐一認めることで読者サービスを心がけているつもりなのかもしれないが、読者は、もとよりそんなものを望んではいない。
 作中で、女流作家の娘が誘拐され身代金が奪取されるのだが、娘の生死も定かでなく、母親の心中を表現する単語は頻発するのだが、ちっとも、その感情表現を共有することができない。これはどういうことか? 感情を共有することが不可能であるから、当然、サスペンスや起伏には無縁な作品である。ディーン・R・クーンツかスティーブン・キングのホラー作品でも参考にしたらどうでしょう。もっとも、著者は物故されて久しいのですが・・・。
 この著主の作品一般に言えることですが、ご都合主義的なストーリイ展開は良くありませんね。たとえば、この作品中では、他人に成りすましてパスポートを使いオーストラリアから外国に脱出する、などという行りがありますが、いったい、どんな頭をしているのでしょう?
(2007年9月20日)


山本甲士 著
「誘拐迷路」 JOY NOBELS (実業之日本社)
 身代金は運ばれるが、奪取はない。ここに描かれている方法は、工夫を凝らせば妥当であるが、現実の事件となれば機器の出所から足が付くであろう。それが米国製というのであるから尚更だ。ですが、ネタバレになるので詳細は省きます。
 この作品が書かれたのは、電話機に「ナンバー・ディスプレイ」機能が付加されて以降のこと。ということは、デジタル化が相当に進化したことを示している。
 であるから、この作品に描かれている【逆探知】に関する記述は間違いだらけである。
 それを一つ二つ検証しよう。
『逆探スタートしてくれ』(37頁など)
『逆探知の技術は一昔前に比べて飛躍的に進歩しており、電話で接触してきた犯人が、少しでも気を緩めて話が長引けば発信元が判るようになっている。・・・・・・云々』(44頁)
 この作家は、間違ったあやふやな知識で【逆探知】を記述しているとしか言いようがない。
 作品自体は、読ませるのだが、ストーリーの後半が雑駁である。それは勿論、前半まで遡る瑕疵である。
(2010年4月29日)


龍 一京 著 「欺殺」 龍 一京 著
「欺殺」 ハルキ文庫
 つまらない。文章が下手である。以前にも記述したことがあるが、元警察官の作家は総じて作文が下手である。会話後の文章を下記のように列記するとその酷さが理解されます――
――竹原が犯行後の状況を詳しく話した。
――小寺が残念そうに唇を噛んだ。
――吉岡が細かく聞いた。
――前田が疑問に思ったことを口にした。
 終始、この案配である。全部【た留め】である。とてもプロの作家とは思えない。
 些少の過ちは指摘することもないが、[DNA鑑定] に関して一言。
 この作品が文庫として書き下ろされたのは2002年のようである。詳細はWikiにでも当たってもらいたいが、その頃の鑑定技術では、この作品に書かれているような短時間で、鑑定結果が得られたとは考えられない。
(2009年9月21日)


龍 一京 著
「刑事コブラ2 強奪」 青樹社文庫
 身代金の奪取方法は、以前に別の作者の作品で読んだ記憶があります。同様の手法は時々ミステリ作品の中では記述されています。ま、常識の範囲内、というべきでしょう。
 ヴァイオレンスとエロティシズムが売り物の作品ですから、それ以外には、推薦すべき部分を見出せません。暴力、血腥さという記述が好みという方はお読みください。
 作品中で、フィリピン女性に、『これで死ねば、天国で恋人と一緒になれる』という表現をさせていますが、周知のように、フィリピンはカトリックの国で、大半がカトリック教徒です。如上の表現は妥当でしょうか? うーん、宗教は難しい。『神の御許へ行きましょう』ね。
(2008年4月28日)


龍 一京 著
「女豹特務刑事2/反撃」 廣済堂文庫
 身代金奪取は参考にならない。拍子抜けするね。
 刑事たちが一度調べた、大して広くもない部屋を再度調べると、ゴミ箱から重要な書類が見つかったなんて、元警察官の作家の書くことでしょうか? 警察捜査を疑われますよ。戦後の混乱期に頻発した【冤罪事件】と瓜二つの構図でしょう。
 何度も記述していることですが、「30キログラムを超える」重量の身代金をケースに入れ、なおかつ旅客機内に簡単に持ち込むというのは矛盾しています。客席のどこにそんなものを置くというのですか。つい先日の11月3日にスカイマークのボーイング767機内で配膳用のカートが滑って乗客が骨折させられています。
 元警察官というのは文章が下手で、この作家も事あるごとに「険しい顔」という言葉を頻発する。「沖縄県警察」を何度か「那覇県警」などと記述しているのは神経を疑うね。単なる間違いではないでしょう。
 作中人物の一人に【五加木】という名前を付けているが、この名前が出るたびに思考を停止しなければならないので、読みづらくて仕方がなかった。作中では【オコノギ】と読ませるが、一般的にこの記述は【ウコギ】と読みます。食用にも用いられる植物ですね。
(2007年11月11日)


W.リンク、R.レビンソン 著
二見書房
「刑事コロンボ/悪の温室」 原題 = 『The Greenhouse Jungle』
 手元不如意となった青年が叔父と図って信託財産を取り崩そうとする狂言誘拐。
 このシリーズは全作品が映像化されている。管理人も映像を見たことがある。
 やはり、映像の方が良いのかな、という印象。
(2007年5月19日)





連城三紀彦 著
「過去からの声」
アンソロジー「七つの危険な真実」 新潮文庫 に収載
 短編。秀逸である。
 身代金は奪われるが、方法は格別のものではない。また、ここに描かれている(ネタばれになるので詳細は作品に当たってください)一連の方法は、他にも類似のものがありそうであるが、先行作品がどれかを指摘することはできない。
 短編であるが故に、よく練られているのは当然である。また、細部に拘泥させないことも作品の評価に寄与している。佳品である。読むべし。
(2009年7月8日)


連城三紀彦 著 「造花の蜜」 連城三紀彦 著
「造花の蜜」 角川春樹事務所
 2009年、早川書房の『ミステリが読みたい!』で国内作品の第一位獲得。
 賛否両論が拮抗する作品である。
 一気に読み終えた、という論評も多い。しかし、リアリティーの無さを指摘する意見や、多くの疑念を提起する読後感もWeb上には少なくない。
 管理人はといえば、最初から「引いて」しまった。余りにも多くの『そっくりさん』が登場するのが、いただけない。その上、この作家は、警察捜査の事を何も知らない。これが新人作家の作品であれば、手厳しい評価に遭遇するのは必定であろう。
 誘拐捜査に拘わる橋場警部の身分が噴飯ものである。あろうことか、「45歳の若さで捜査一課長の座を射止めた男」と、紹介されている。警視庁刑事部捜査一課長が、そんじょそこらに雲霞の如く存在する「警部」などということはあり得ない。大馬鹿でないの。さらに、第一線で捜査に携わるなんて、冗談も大概にしたがいい。馬鹿に付ける薬はありません。
 「警視庁一の頭脳とまで賞賛された」(174頁)と記述があるのであるから、どう考えても階級は警視正であろう(警視の場合もありうる)。
 次に、「この若さで上りつめようとした階段を・・・・・・」とあるが、警視庁刑事部捜査一課長の席は、ノンキャリア警察官の頂点の一つである。その上の警視長、警視鑑という可能性もないわけではないが、それは畑違いであろう。
 真面目に誘拐事件を記述するなら、この時点で作品は成立しない。
 終わりの方には、身代金をトランクに入れて運ぶ男が、二億円と三億円の重量差に気づかない、などと書かれている。読者の皆さん、気づかないかどうか、自分で確かめてみましょう。20sと30sの相違です。20sというのは、一斗缶の重量です。冬場に軽油を入れるポリタンクもそうです。女性でも運べなくはありません。しかし、その1,5倍の重量となると、一般の成人男性でも相当の無理があります。
 いずれにしても、警察の捜査に全然真実味がうかがえません。渋谷のスクランブル交差点で多数の刑事が、撮影までしながら周囲を取り巻いているのに、捜査に進展がない、などというのはあほらしい記述である。さらに、度重なる電話のやりとりから、一切の進展が見られないのも不思議。一度など5分40秒も話しているのである。それを逆探知していて新たな展開がないなどというのはあり得ない話である。
 つまり、この作家は、警察捜査と電話に関して何も知らないのである。知らないことは、多く書けば書くほどボロが出るものである。
 因みに、管理人は、四週間かけて、当作品を読了しました。
(2010年9月13日)
追記= 47頁に、「ただちに居間と事務室の電話に逆探知機がとりつけられた」とのアホくさい記述があります。馬鹿に付ける薬はありません! 昔、ドイツ語の授業で、どんな経緯だったか忘れましたが、『馬鹿に付ける薬はありません!』と作文を発表して、おおいに受けたことを想い出しました。
(2010年9月17日)

連城三紀彦 著
「人間動物園」 双葉文庫
 身代金の奪取方法は読むだけ無駄である。警察小説のようでありながら、そうではないので、身代金奪取方法だけに関心がある人は読むべきではありません。
 伏線だと理解してはいるものの、200ページまで読み進むのに相当の時間を要しました。読み始めてから、赤川次郎の「三毛猫ホームズの危険な火遊び」と峰隆一郎の「殺人!博多発 『ひかり4』の女」を間に読み終えた始末でした。それ以降は読ませるのだが、最後の詰めがぜんぜん面白くない。「このミステリーがすごい!」2003年版・第7位という評価であるが、管理人の評価は高くない。評価を下げる第一の要因は、ベタッと見える紙面構成。次いで、どのような読者を対象として書かれているのかがよく判らないこと。三番目は、読者に苦労を強いることである。―つまり、読みにくい部分が多すぎる。
 ブログなどでの読後評には好意的なものが多いようであるけれども、評価は人それぞれである。エンターテインメントの身代金目的誘拐作品を目指したものではないであろうから、管理人の評価が低いのは仕方がありませんね。
(2007年9月30日)


連城三紀彦 著
「ぼくを見つけて」(短編)
 東野圭吾 選 「スペシャル・ブレンド・ミステリー 謎 001」に収載。
 身代金目的誘拐作品ではない。
 『僕はゆうかいされてるみたい』と、男の子の声で警察に電話が……。
 シチュエーションにチョット不自然な部分がありますが、それなりに短編。想像力を刺激しない。
(2008年10月18日)





若桜木虔 著 「コバルトブルー誘拐事件」 秋本文庫 若桜木 虔 著
「コバルトブルー誘拐事件」 秋本文庫
 身代金は奪われるが、極めて恣意的、荒唐無稽な手段を用いる。
 この作品のみならず、この著者のミステリには、荒唐無稽なトリックが多用されるが、いずれも、いかがなものかと眉に唾を付けたくなる類のものである。それらに一つ一つ難点を指摘するのは容易いけれども、要するに「売れていない」事が、その証明になると思う。
 「催眠術、イルカの調教」などとくれば、いかがわしさも極めつけであろう。
 国内に「金庫」は幾らでも存在するのに、台湾から送らせた金庫が施錠されていて、税関が見逃すなんて事はあり得ない話で、そんなに自己都合的に物事を解釈したら、ミステリなんてお茶の子さいさいになるであろう。
 まあ、子供向けとはいえ、思慮の足りない作品と言わざるを得ない。
 最後にひと言、ルビが振られているのであるけれども、そいつに間違いが幾つもあって情けない。【間髪→kanpatsu】は勿論【kanhatsu】、【御子→onko】は【miko】.
 Webでこんな文章を見つけました。
『いわゆるSFファンで若桜木虔、という作家名に好印象を持っている人はどれぐらい居るだろう? 皆無ではないだろうか?
 もっとも、作品面についてぼくは批判しないわけには行かない。
 本人は「一定のレベルは保っている」と主張するし、編集者もOKを出しているのだから、構わないといえば構わないのだろうが、それにしても、自分で作る基準をもう少し上げても良いのではないか。もっとも、これは余計なおせっかいだろう。』
 さても、読みたい人は読みなさい。それだけ。
(2012年3月22日)

若桜木 虔 著
「聖火の身の代金」 勁文社ノベルス
 身の代金は、少なくない作家が用いた方法で取得される。但し、この作品が上梓されたのは1985年。新しくもなければ古くもないといったところか。ご本人はこの方法にご満悦のようである。ひとひねり効いた巧妙さは評価されるべきだが、株価を釣り上げるという手法は至って平凡。捜査が困難なように記述されているが、実際の所は違うと思いますよ。経済事案専門の捜査員なら、時間をかけても介在した人物を割り出せるはずです。ま、そこの所はご愛敬としましょう。何も、重箱の隅をほじくる必要はありません。
 但し、褒めるのはここまで。多くの問題点があります。
 たった一日や二日で、この本に書かれているような大金を濡れ手に粟のように掴むのは不可能。こんな事を知らずに株価操作について書くなんて恥さらしも良いところ、【ストップ高】に関して勉強しましょう。こちらに株価の制限幅に関する数値が掲載されています。因みに本日、騒動の渦中にあるオリンパスは、100円安の終値[484円]で引けています。更に「監理銘柄」に指定。
 これだけで、この作品は成立の根拠を失いますね。参考までに、西村京太郎著 「九州新幹線『つばめ』誘拐事件」(2004年)にも、当作品同様、ストップ高を無視して大金が入手できると誤った記述が見られます。
 二つ目の問題は、【逆探知装置】に関するもので(93,165,166,167,168,205,207頁に記述がありますが、これは完全な過ち。
 最初から挙げていくと、指紋の検出が直ぐにできている(82頁)。勿論、そんな事は不可能。
 『重水でも打ったような重苦しい沈黙』(162頁)。【重水】=重水素を含む水。念のため、漢和辞典を調べましたが、前記のような用法は見当たりませんでした。
 最初から最後まで頻繁に出てくる『検査用口』は、どうも【点検口】のようですね。
 警視庁東京空港署からの無線を、静岡と愛知県の境界辺りを走るパトカーが受信するシーンがあるが、冗談も大概にしたがいい。そんな高出力の電波を発信してはいけないでしょう。ダンプカーのCB無線で石油ストーブに着火させられるのですよ。まあ、この作品の警察無線に関する記述はめちゃくちゃです。
 『与論島には竹中とか竹内とか竹村とか、この竹がくっつく苗字が非常に多いんだが・・・・・・』(187頁)。沖縄には【竹】は生育していないと思いますが・・・・・・。それなのに、竹の付く苗字が多いんでしょうか? (管理人の兄の知人が、私の郷里を訪ねて、竹藪を見て『あれは何ですか?』と訊いた由。『初めて見ました』と、言ったそうです。因みに、沖縄県の姓氏数上位100傑に【竹】の付く苗字はありません。
 『大きめのスカートに隠して消火器をこっそり持ち出した』。まあ、書くのは勝手です、と言うほかありませんな。普通に歩けるわけがありません。試してみたら?
 『検査用口』のネジを(ロボット)で外すのは簡単、と書かれていますが、そんな事は無いでしょう。この著作の状況では出来ません。時代(上梓は1985年。西村作品より遙かに早い。ロボコンとミニ・ロボット製作の話が関連づけられている)と設定を考慮すれば断定できます。ヘリコプター様のロボットを【パイプシャフト】の中を上下させ、点検口の四隅にある固く締められたネジを外すのですよ。更に、そいつを元通りにしなくちゃならないのです。現代の一流ロボット制作者でも無理そうです。第一、ヘリコプターで反力をどう取るのでしょう? ヘリコプターの方が回転するのに決まってます。ま、パイプシャフトの構造なんか全然知らないで書いたに違いありません。
 同じく東大出の作家である斎藤栄氏の作品に『二階堂警部バレンタインの謎』というクレーンを身の代金奪取に用いた作品がありますが(その項に詳述しました)、当作品と共に、机上の推論だけでトリックを創作しようとするのは大きな過誤に陥るというモデルケースですね。
※ 二日前(2011年11月8日、ホンダのASIMOくんが、飲み物を入れた容器のキャップを開けて容器に注ぐ様子の映像が配信されました。
 かなり恣意的に無理を詰め込んだ作品です。そして、肝心なところは全てあり得ない事だらけ。
 日本語にもいい加減な部分がありました。
 206頁に『ほの紅潮している』とありますが、通常【ほの】は形容詞に付いて【ほの白い】とか【ほの暗い】と用いるでしょう。『ほの紅潮している』は初見です。
 204頁の『逆のぼる』は、一般的に【遡る】ですね。
作者「あとがき」に
 『あとがきを先に読まれる方も多いと思いますが、途中までで果たしてこの身の代金奪取の方法が予測がつくでしょうか?・・・・・・』と書かれていますが、管理人の指摘を見れば、ご本人は赤面至極でしょうなあ。東大卒の風上にも置けません。
 この作品は、あまりにも拙速に書かれ過ぎています。まあ、ご本人の性分なんでしょうね。執筆の速度や作品の質に関してはWebで確認する事ができます。多作家ですが、ミステリの多作には感心しませんね。殊に、トリックに関しては検証不足に陥る懼れが多分にあります。筆者が自信を仄めかしてる作品が危ないのです。例えば島田荘司氏の『帝都衛星軌道』。こちらも、無線機に関して無知から来る誤解に陥っています。ミステリ作家が無線機を用いると碌な事がありませんね。
(2011年11月15日増補)
(2011年11月7日)


若山三郎 著
「遅すぎた殺人事件」 集英社文庫
 身の代金奪取のシーンはない。
 〈コバルト・シリーズ〉と謳っているから、おそらく若い女性読者向けの作品なのであろう。人物の描写や文章自体もそれを目的としているようである。
 作品自体はつまらない。偶然が多すぎるのである。
 読者向けにルビを振ってあるのだが、【虚空】が【きょくう】である(209頁)。こんなの初めて見ましたね。ま、親切のつもりが、誤ったルビを振るというのは少なくない話です。
 日本語の過ちでは、女性二人を言い表すのに【彼ら】が使われています(242頁)。
 最大の過ちは、この作品でも【クロロホルム】が安易に用いられている事。もう、管理人も、説明するのに辟易しています。
 最近呼んでいる諸作品は、探すのが面倒で先送りになっていたものばかりです。何故見つけにくかったかという原因は、読んでみて得心がいきました。結局、つまらないから増刷もされて無くて、古書店でも見つけにくかったのですね。
(2011年10月30日)


和久峻三 著
「赤かぶ検事奮戦記 午前三時の訪問者」  講談社文庫
 著者は周知の如く弁護士作家である。姓名判断的に占えば、人運、地運ともに[13画]で、口を用いることが運勢を方向付ける、或いは成否を分けるといえる。
 この作品は、当然のように法廷物で、その大半を会話体が占める。本格ミステリと言うのだそうである。しかし、つまらないね。情景描写は会話の中で表現されている。ストーリイは、誘拐をベースに展開していくのだが、起伏に乏しい。これは、著しい会話体のせいであろう。また、管理人にとって読みづらく感じさせるのは、登場人物の姓である。姓を凝ったものにしようとする誘惑からは、著名な作家といえども逃げ出すのが難しいらしい。しかし、一ページごとに読みづらい名前が登場すると、読者に余計な苦労と努力を強いることを作家は熟知していなければならない。
 この作品の主要登場人物の姓は【一二三(うたたね)】、【妙泉(よしずみ)】である。この名前が登場するたびに、読者の思考は中断されるのである。少なくとも管理人はそう考える。
 身代金の受け渡し方法に特別なところはない。橋上から海上の船舶に身代金を投下するというのは(この作品は1984年発表)珍しくない。
 一卵性双生児、偽のパスポート、賄賂に応じる外国の警察という簡便なミステリの定番商品が登場する。これらは、実に安直な仕掛けである。たとえば、一卵性双生児を登場させれば、犯罪者のアリバイ作りは極めて簡単である。そして、当然、のちにそのアリバイが崩される、という恣意的な回路を形成することは、ミステリの世界をちょっとだけ知る者にとっても、あらかじめ予測できるストーリイであろう。
 お勧め作品ではありません。
(2007年5月13日)


和久峻三 著
「赤かぶ検事 辞表の行方」 光文社文庫
 身代金目的誘拐事件を扱ってはいない。脅迫のための拉致というのが正しい見方。この著者の作品中には「誘拐」の文字が氾濫するが、『身代金強奪』を期待してはならないようだ(すべてを読んではいませんので・・・)。
 著者の弁護士という職業、法廷という状況設定を鑑みれば、法廷ミステリを期待すべきで、それ以外に、綿密に計画された「身代金の奪取方法」を望むのは、ないものねだりというものであろう。
 ミステリや法廷に関心のある向きには参考となる作品群である。身代金目的誘拐を期待する人は、残念ながらご期待には添わない。
 ※ 法月綸太郎 著 「一の悲劇」の読後評で【うず高い】は誤用で、正しくは【堆い】である、と先日記述しましたが、この作品の238ページにも【× うず高い】が出てきます。
(2007年6月12日)


和久俊三 著 「伊豆恋人岬の首縊り」 和久俊三 著
「伊豆恋人岬の首縊り」 徳間文庫
 身代金の奪取は二度行われる。ネタばれになるが、最初はボートを使う。ミステリでは屡々用いられる方法である。目新しくはない。二度目は保管中に奪われる。これも、よく考えられた方法とは言えないが、現実的な奪取方法としては熟慮の余地がある。
 作品自体はつまらない。以前にも、この作家の読後感で記したが、なにぶんにも、会話が変。気づかない読者が大半であろうが、「検事」と「刑事」の会話に、現実にはあり得ないものが多過ぎる。たとえば、検事がベテラン刑事に「死斑の説明」を釈迦に説法のようにする。常識として、人は、互いに共通の知識としているものを、わざわざ相手に説明したりはしないものである。だって、警察官が『制限速度を超えて走行させればスピード違反だ』などと同僚に言ったりすれば、噴飯物でしかないでしょう。
 全編を通じて説明のための文章が過多なのは、邦人ミステリ作家たちの癖である。恐らく、親切と不安からそうするのであろうが、管理人に言わせれば、単なる技術不足だけの話である。
 この作品、最後の詰めが、どうにもならず甘すぎる。最後を全て説明で繕うとはどういうことかと疑うね。
(2009年9月1日)


和久峻三 著
「新宿25時の戦慄」 講談社文庫
 身代金奪取方法は参考になる。とはいうものの、参考の度合いは、どこかの作者の【同工異曲】といった程度。
 この作品にも【睡眠薬】らしきものが登場する。しかし、その正体を記述しないで上手く立ち回っているところは弁護士らしい。【クロロホルム】の実情を理解しているのかもしれませんね。
 この作家は弁護士でもある。かつては新聞記者でもあったそうな。それにしては文章が下手である。この作品中のわからない言葉を順を追って探求してみよう。
 【フィッシュライト】という言葉が数十回繰り返されるが、その実体がわからない。懐中電灯を指すのか、ヘッドライトのようなものを指すのか、それ以外のものなのか解らない。辞書には載っていないし、ネットで調べると「キャットフード」「釣竿」「腕時計」などしか見つかりません。
 【ワインカラー】というのは何色なのか、【白ワイン】もあれば【赤ワイン】もあるのに理解に苦しむ。
 【施錠に触れる】は用法違いでしょう。【施錠】は状態を表現しなくて行為そのものを示す単語です。
 【タイ人女性は褐色の肌】もよく解らない表現。(色見本はこちらへ)。【褐色】は二種類の色を示し、一方は【かちいろ】と読ませます。一般的に【褐色】は黒っぽい茶色を示すでしょうね。
 【車の助手席のシートの下から人が現れた】冗談が過ぎるでしょう。とても、弁護士の表現とは思えませんね。言葉の厳密さは弁護士の必需品でしょうに。
 【アパートの二階から飛び降りて自殺】、【アパートの二階から突き落とされて殺人】死ぬこともないとはいえませんが、偶然に期待しすぎでしょう。
 という重箱の隅を楊枝でほじくるような作業の原因は、作品中で、作家自身が法規に則った的確な説明をしている部分が随所にあるからです。そのアンバランスさがいただけません。
(2007年11月07日)



 
和久峻三 著
「血の償い」 光文社文庫
 身代金目的誘拐を描いた中編ミステリ。身代金奪取方法には「ひと工夫」ある。しかし、作品自体は退屈。この著者の作品のような説明文の割合が多い作品は、ハラハラ、ドキドキとは無縁である。いかにも法曹関係者が書きそうな作品。短い作品ですから、読むのはご自由にと言っておきます。
(2007年6月16日)





和久峻三 著
「沈黙の裁き 弁護士・猪狩文助」 講談社文庫
 管理人の蔵書は天山文庫版。
 身代金奪取は行われない。簡単に奪えるかのように二種類の記述がなされているが、現実がそう甘くないのは、同様の方法が、実際の事件で失敗していることでわかろうというもの。
 この作品で興味深いのは、プラスチックで死体を封入していること。最後に「プラスチック成形機」なる言葉を登場させていることから推測すると、著者は、「プラスチック封入標本」に関して詳しくはないようである。もっとも、この作品が書かれた当時、インターネットは普及していなかったであろうから、推測で書くより他なかったであろう。同情に値する。
 わが国で最も早く1957年頃作られた「プラスチック封入標本」は、茨城県日立市にある魚類標本であり、昨年、同市『郷土博物館』で展示もされた。
 鑑賞に堪えうるようなプラスチック封入標本を作製するためには、内臓の取り出し、乾燥などの処置が必要である。当作品中では、必ずしも美観の必要性はないのであるから、標本ができないとはいえない。一般的な疑問は、封入時の熱で標本が損なわれるのではないか、というものであろう。しかし、その心配は杞憂のようである。
 参考 =「ちょび之助ノアルキカタ 雑記帳」
      「新しい標本製作の技術を学ぼう」
 日本語の問題点が二箇所。「夢を凝らした」とはあまりいわないと思う。また、以前、どこかで記述したが、翻訳ミステリに最も多い間違いがこの作品にもある。いわく、【うず高く】である。当然ながら【堆く】が正解である。
 この作家の弁護士物は、ぺりーメイスンを参考にでもしているのであろうが、似て非なるものである。E・S・ガードナーは事実を記述するが、和久氏は状況を描写する。両者の相違は明白で、説明過多のミステリは、誰が読んでもつまらないであろう。状況の描写だけでは、ミステリに求められるハラハラドキドキは生まれない。
(2007年12月10日)


和久俊三 著 「人質は眠る」 光文社文庫『殺しのクレジットカード』に収載の短編。 和久俊三 著
「人質は眠る」 光文社文庫『殺しのクレジットカード』に収載の短編。
 身代金は奪われるが工夫の欠片もない方法。
 この作家は「短編小説の書き方」を勉強した方が良い。短編の妙味というものが全く理解されていない。切り口の鮮やかさとか、得も言えぬ余韻というものの作成方法を知らないのであろう。その他に、附加すべき言葉はありません。誘拐ミステリとしてのみならず、短編小説としてもお奨めできません。
(2012年3月22日)



和久峻三 著
「富士周遊殺人事件」 祥伝社文庫
 つまらない。身代金が、余りにもアッサリ奪われすぎる。もとより、記述されているような方法で身代金を奪えるとは何人も思うまい。
 リーガル・ミステリであるから、同一の状況・文言・などが繰り返されるのは当然といえようが、それが余りにも多すぎる。同じことが七回、八回と繰り返され記述されるとウンザリである。もっと別の方法があるであろう。例えば、ぺりー・メイスンが、こんな馬鹿げた表現方法を用いただろうか。そんなことはない。これは、作家の修養のなさを如実に著すだけでなく、わが国の国語教育の不備を示すものでもあろう。肝に銘じたいことである。
 お薦めできる作品ではありませんね。
(2008年12月10日)



和久峻三 著
「法廷殺人の証人」 集英社文庫
 身代金の奪取も引渡しもない。
 『会話の翻訳が上手な翻訳家は翻訳が上手い』というのは、作家の常盤新平氏が語っていることであるが、その他にも、内外の多くの作家が同様のことを記述している。この作家は、サービス精神が旺盛で、実際にはほとんどありえない会話を記述する癖がある。それを技法という捉え方もあるかとは思うが、検事と弁護士が、共通の専門知識を共有していて、それをわざわざ相手に語るという構図は極めて妙である。
 つまり――常識として、人間は互いに共有している事柄の詳細を、いちいち語ることはしないのである。この作家の作品中には、過剰な会話が頻発する。また、この作家の作品には【行間】というものがない。実に、ミステリにとって【行間】と【会話】こそが最重要なのである。【行間】のないミステリは退屈である。【会話】の下手な文章は、読み進むのに困難を覚える。
 この作品の214ページに『あのとき』という言葉が出てくる。しかし、これは『そのとき』でなくてはならない。なぜなら、『あのとき』という場所に、話者が不在だったからである。あなたが、「あのとき」と言う時、指示される場所には『あなた自身がいなくてはならない』。こういう指示詞の間違いをする作家が多すぎる。
 『3000万円を入れたスーツケースを引きずる』というのもよく分からない表現である。理由はみんなで考えましょう。
(2008年01月06日)


アンドリュ−・ヴァクス 著 「グッド・パンジイ」 アンドリュ−・ヴァクス 著
「グッド・パンジイ」 ハヤカワ文庫
 つならない。
 病院のベッド上でのことで、どこの頁に書かれていたのか記憶していないのだけれども、こういう記述があった。
 『そうなった場合・・・・・・電話、ファックス、Eメール・・・・・・何でもござれだ』
 管理人に言わせれば、身代金奪取の方法だって同様である。「何でもござれ」。ただ、管理人以外、誰も新たな方法を見つけてはいないらしい。
(2010年4月15日頃)





和久田正明 著 「怨み節」 廣済堂文庫の連作集『風の牙 八丁堀つむじ風』に収載 和久田正明 著
「怨み節」 廣済堂文庫の連作集『風の牙 八丁堀つむじ風』に収載の時代小説。
 「拐かし」物。身代金百両は奪われるが、時代小説の大味さは、ここでも当然の記述に収まる。時代小説は、どうしても説明重視になる。その因の一は、背景説明が随所に現れるからである。
 誘拐ミステリとしての参考にはならない。
 89頁の「汚名をそそぎ」は勿論、『汚名をすすぎ』が正しい。なんで、物書きが、こんな言葉も知らないのだろう?
(2010年6月8日)


渡辺容子 著
「流さるる石のごとく」 講談社文庫
 すごく退屈である。読了するのに二週間もかかりました。
 身代金奪取はあるものの、冗談みたいなもの。「青酸カリ」が使用されるが、出所も明らかにされない。
注 (管理人が、こういう点に不満を漏らすのは毎度のことであるが、それはつまり、こういうことである。奪った身代金を溶かして、必要に応じて再生することが可能である、というようなファンタジーの世界と同工異曲の世界を想起させるからである。)
 因みに、管理人は、かつて、オレンジ色の缶に入っていたタブレット状の青酸カリを大量に扱っていたことがあります。【銅ストライク】などで・・・。
 なので、管理人は、どこで簡単に【青酸カリ】を入手できるか知っています。
 多くのミステリ作家たちが、打ち出の小槌でも振るように簡単に【青酸カリ】を使用しますが、ことはそんなに単純ではないと思いますね。
 この作品の解説でも、例によって評論家がちょうちん持ちの文章を綴っていますが、管理人には、最後の50ページを除いて、退屈至極だったとしか言いようがありません。
 この作品の特徴のひとつは、伏線が退屈すぎること。初めにトリックありきの作品であることである。そのために誘拐作品として仕上げられているのだが、主人公がアルコール中毒である必然性も感じられないし、10億円もの身代金が奪われたというのに、その緊迫感が毛ほどもない。これはつまり、二つのトリックを使いたいがための作品だからである。ひとつは【宝石】に関するもので、もうひとつは【防犯装置】に関するものである。そのために長大な伏線が存在するのであるが、まことに退屈というほかない。この作品にも【行間】というものがありません。敢えて書かないことで、読者の想像力を刺激するということがないのです。管理人が、この作者の他作品を読む機会はもうないでしょう。


 [追加] 跋の中で、犯人の[麗子]が無期懲役判決を下され、『府中刑務所』に収監中とありますが、ちょっと首を捻りますね。『府中刑務所』の収容分類級は「B級、F級」であり、暴力団構成員と外国人が主要被収監者です。

写真 「府中街道に面した府中刑務所の壁」
壁面にはパステルカラーの明るい絵画が描かれています。(確か、美大教師の方が描かれたと記憶しています)。撮影(管理人)時期は2000年ころ。
            

(2008年01月29日)