管理人齋藤  「2003ミスター宮城参戦記〜ボディビル大会デビューへの軌跡」   一年遅れのH17,12月22日記


まさかボディビルの大会に出るなんて考えもしなかった
今更なんなんですが、何か書きたくなったので書きます。
 
実際に大会に出てみて思ったことなど、舞台裏のお話などなど、大会に出ると選手はこういうことをします、という参考になればと思います。
大会に出てみたいけど当日選手は何をするんだろ?
具体的なお話を書き連ねていきたいと思いますので、これからボディビル大会に挑戦してみたい方など、とくとご参照あれ。

 
 管理人齋藤のどうでもいいトレーニングの歴史、大会に向けて行った簡単な流れ、そしてボディビル大会初挑戦をした一日を、今、勝手に明かさん。無駄に長いので注意。


☆初めてのボディビルジム


 
元々筋トレが好きだった僕は、本格的にマッチョになろうと長町にあるマッスルジムの門を叩く。この時ぴちぴちの二十歳。
 数あるジムで、何故マッスルジムにしたか?理由は簡単、タウンページで調べていて、単に名前のインパクトがあったから・・。マッスルジム・・ここならマッスルになれそうな気がする・・・。
 
 恐る恐るジムに入り、初めて見るマッチョ達。バーベルやダンベルがゴロゴロあり、黙々とトレーニングをする猛者たち。正直怖かったです・・・。
 ボーゼンと入り口に立ち尽くす僕に声をかけてくれた一人の会員さん、「ああ、入会ですか?会長なら今結婚式に行ったから、もう少ししたら帰ってくるから中に入って待ってていいよ。」中に入り、椅子に座る。
 
 まもなくスーツを着たゴツイ人が来て、皆「お疲れ様でーす!」と挨拶していた。先ほどの会員さんが「入会希望者ですよ」と僕を紹介してくれた。「おおー、はいはい、」外見のでかさとインパクトとは裏腹にさわやかな会長。
 ここで入会手続きをし、トレーニングの説明を受け、実際に色々やってみる。着替えた会長が実際にトレーニングのデモをしつつ説明してくれたのだが、
あまりのマッチョさに「ば、化け物!?!?!?」とビビルしかなかった・・・。初めて間近で見るボディビルダー、あのインパクト、今でも忘れられない・・・。僕が説明どおりトレーニングしている様を見て会長、「うんうん、いいね、筋肉質だし、大会目指して頑張ったらいいんじゃない?」と言ってくれた。大会?何のことか良く分からなかったが、ボディビル大会だということは漠然と分かった。当然、現実味はゼロ。
 半年程度そこでトレーニングし、来年高看の受験があるため、勉強の為(しなかったが)一時退会。しかし、正直トレーニングに飽きた、というのも実はあった・・・。

☆夜学とトレーニング

 翌年、晴れて奇蹟的に看護学校にはいれた私だが、そこは夜学。日中は仕事で、いつトレーニングしていいのやら。仕事が休みの日、夜勤明けの日、の午後一番だけトレーニングすることとなる。マッスルジムは15時に開くので、13時に開く地元の亘理ジムへ通うこととなる。夕方から学校なので。パワーラックがないのが最大の欠点だが、まあまあの設備だった。
 だがなんだかんだで思うように通えなかった・・・。当然筋肉も大してつかず。つけてもまたしばらく行けなくなって元通りに・・の繰り返し。3年目は一日実習だったので全く行けなくなった・・。ちなみに実習の態度は最悪で、クラスのメンバーからは物凄く嫌がられていた・・・。実習にMRP(ドリアンイェーツのプロMR。今も売ってるのかな?)を持って行っていた・・。
 
☆本格的に再開

 奇蹟的に卒業し、晴れて自由の身に。マッスルジムへ再度入会。3年ぶりに会うジムの方々、でかくなっていた・・・。しかし会長は現役を引退?(今現在はまた復帰したらしいです)したらしく、普通の体型になっていて、会った時ちょっとびっくりした。
 この夏開かれるボディビル大会ミスター宮城。それに出場せんと頑張っている皆々様を見て、「大会ってなんだろ」と少し興味を持つようになる。
 この年優勝した阿部勉さんには随分お世話になり、色々教えてもらった。会ったときはムチムチしていたのだが、減量が進むにつれ、どんどん絞れて行き、物凄く衝撃的だった。「減量って、すげー!!!」初めて見る減量をする人。
 大会が近くなり、出場者名簿が壁に掲示されている。何かこっちまでワクワクしてきた。僕はこっそりポージングルームに入り、独り勝手に貧弱ボディーをフレックスさせて微笑し、ナルに浸っていた(←馬鹿)。
 
 今すっかり月ボでお馴染みの大林令子さん(写真中央、優勝者が大林さん)も初出場だった。名簿に名があったから気づいた。「いやあねえ、年齢まで載せて。」確か当時41歳だった。トレーニング歴一年足らずであの肉体、ただただ凄いと思った・・・。
 
☆初めてのボディビル大会観戦

 友達誘って行きました。場所は若林区文化センター、意外にマッチョの客が少なく、普通さに驚いた。生で観る減量ピークのビルダー、凄かったですね。ラインナップの時点で阿部勉さんの優勝確定は素人の僕にも分かりました。ば、化け物!?
 のち、ジムでまたトレーニングを進めているうち、他の会員さんなどに「齋藤君も出てみなよ」など言われ、出れるものなら出てみたいと思うようになったのだが、いかんせん貧弱なのでまだまだ時間が必要、と思い「でかくなってから」といつも話を切っていた。会長にも「でかくなってからってばかり言っているとあっという間にマスターズだぞ」と言われた。阿部さんにも「大会出るとどんどんでかくなるぞ、出ろ」とよく言われた。

☆ゴールドジム仙台へ

 黙々トレーニングを続ける日々。ある日、
仙台にゴールドジムができた、と言う情報をゲット、最初はどうでもよかったが、どんなもんだかちょっくら見てくるか・・・、と何となく見学に行く。設備が良く、ダンベルも多い。一目惚れしてしまった・・・。
 数ヵ月後、マッスルジムに別れを・・・。色々お世話になり、会員さんともすっかり顔なじみなので、ジムを去る僕のポーカーフェイスの裏には寂しさをこらえる自分がいた。ボディビルをするきっかけを与えてくれ、その後の人生にも影響大だったジム。ありがとうマッスルジム。会長さん、本当に色々ありがとうございました。

☆2003大会に向けての面々

 ゴールドジムに移り、トレーニング開始。最初は全てが慣れなかったが、次第に自分のトレーニングができるようになった。他の会員さんに、「あの人とあの人は今年大会に初出場するらしいよ」と聞く。あの人って、当時インストラクターの岩谷君と淀川君だった。
 最初は細いなあ、大丈夫なのかなんて(僕はもっと細かったが)思っていたが、脱いでびっくり、なんだこりゃー!?!?!だった。僕もその頃、そろそろ大会にも出てみようか迷い始めていた時期だったが、やはり今までの理由「もっとでかくなってから」な訳で、来年にしよう、と独り勝手に思った。

☆2003大会を観る

 また若林区文化センター。この年、初出場の平沢選手、あまりのでかさに会場はどよめいていた・・・。僕もびびった。なんだあの腕は!?この年、優勝者は大ベテランの菊池選手(50歳)、岩谷君と淀川君も初出場初入賞していた。素晴らしい。
 この頃、「来年こそは出てみよう!!」と自然に思うようになった。やっぱ、大会に向けてトレーニングと減量、そして大会本番、をいつも間近で見ていると、自分もその気になってくるものであった。自分は減量をしたことなかったので、絞るとどうなるのか興味もあった。

☆2004大会デビューに向けて、初めての減量

 翌年、春が来た。コツコツだらだら、やや惰性と化したトレーニングを続けながらも、今年大会に出る、という意志を曲げることはあんまりなかった。4月ちょっと過ぎから減量開始!!
 色々読みました。クリス・アセートの本やらインターネットやら、色々調べました。自己流で減量開始!!

☆減量絶好調!?

 初めての減量、体調も良く、見る見る脂肪が落ちてきて、自分でも楽しみだった。元々僕は脂肪が少ない体型だったので、あっさり絞れるはずだとたかをくくっていた。力も落ちず、いい感じで減量は進む。元々90キロあった体重も、ものの2ヶ月程度で83キロ程度まで落ちた。ハイペースと思いつつも、自然にこうなった。この時点で、自分では結構絞れたと勝手に思い込み、空笑す。

☆減量プラトー

 しかし空笑も長くは続かなかった。82キロから体重が落ちない!!確かこのとき6月くらいだったような・・。あと2ヶ月。しかも、なんだか見た目がデブってきたような。だんだん扱う重量も落ちてきた。これはまずい・・・。
 当時パーソナルで来ていたバイセップスマン高橋さんにちょっくら話を聞き、アドバイスを受けた。少し食事メニューをいじった。そしたらすぐに痩せてきて、淀川君に「いきなり絞れましたね!!」もち肌中野さんに「背中が鬼になってますよ」と言われ、また空笑す。よし、このままやれば大丈夫だ・・・。
 しかしまた80キロくらいで止まった。時々炭水化物を増やしてみたり、色々教科書どおりにやったのだが、ぜんぜん減らない。そして脂肪が乗ってきた。筋肉がなくなってきたのが分かるようになる。扱う重量がまた落ちた。具合は悪くない。何故だ!?

☆大会直前

 結局こんな感じで78キロ。ただでさえしょぼかったのに、すっかり普通の人と化した。「何か、もう出るのやめようかな・・。」でもせっかくここまでやったし、
もう申し込んじゃったので時既に遅し。

 トレーニングを継続し、タンニングマシーンに入る日々。ニベアを塗って焼けば物凄く焼けると言ううわさを聞き、ニベアを買って、めっちゃり塗ったくりマシンに入る。・・なんかあまり変わらんような・・・。焼きたては真っ黒なので、何かマッチョになった気がし、更衣室の鏡に向かってマスキュラーしてまた空笑す。しかしすっかり細くなった(と言うか、元々筋肉がなかっただけ)姿を見て、「・・・終わった・・・・。多分。」と哀愁とニベア臭を漂わす。ちなみに、タンニングしたてって、眼が充血するのは何故?ずっと目を閉じていたのに・・・。
 まあまあ絞れていはいたが、へそ周り、特に背中が不完全。遠くで見るとカットはあるが、近くで見るとぜんぜんまだまだ、そんな感じでした。
 この頃引越しがあり、仙台のアパートに行く。3日後大会なのに、何やってんだ、という感じだった。

☆最後の調整、悪あがき

 アパートに引っ越して、色々片付けに追われる。つ、疲れた・・・。で、今更ポージングの練習開始。フリーポーズの振り付けは、ダンボールにボールペンでルーチンを書き、ホームビデオで自分の姿をとりつつ、練習する。音楽は散々迷った挙句、パイレーツオブカリビアンのサントラにした。須江選手のパクリですね。
 ビデオに写った自分を見て唖然「ほ、細いいいいっっっ!!!!!!」手足なんかもう、
アメンボみたくなっていた・・・。しかし時間がない、引き続きフリーポーズとポージングの練習を続ける。
 この頃、ボディパワーマガジンに載っていた、山本義徳選手の調整法を実施していた。サツマイモ喰って便秘してしまった・・・。腹が張って苦しい!!餓鬼みたくなった。自分に合った食事って大事だな、なんて感じた。
 あとは電化製品買ったり片づけしたりトレーニングしたり。疲れた・・・。体重はやはり78でストップ。・・・また脂肪のってきた?なんかもう、減量失敗、そんな感じでしたね。
仕上がりMaxが「バリバリ」だとしたら、僕は「バリ」です。いや、バリもいかない、もう「バ」です、「バ」。

☆大会前日

 フリーポーズの練習は続く。これって、意外に疲れるもので、もう脚には力入らなくなった・・・。前日はきっちり休まなくてはいけないのはわかっているのだが、ルーチンを暗記できないため、やるしかなかった。脚がプルプルしてきた。
 
散らかったアパートの一室で、ビルパン一枚の男がホームビデオに向かってポージングして、またテープを巻き戻し、独語す。・・・を繰り返す。はたから見たら変態そのものであった。空笑する余裕などなかった。
 岩谷君から連絡が「当日ダンベルなどの持込は禁止だそうです」なにー!?!?パンプアップはどうすればいいんだ!!僕はチューブでパンプさせられないんだ・・・。マッスルコントロールが今より更に下手だったので。

☆いよいよ大会当日の朝

 散らかった部屋で覚醒す。まあまあ眠れた。しかし
ポージングの練習のし過ぎで全身筋肉痛だった。疲れが残っている。部屋があまりに散らかったままなので、朝食はボールにご飯一合に生卵3つかけて醤油もかけずにしゃもじで喰った。パンプの道具として、ペットボトルに水入れたものを詰めるだけスポーツバッグに詰めた。スポーツバッグをダンベル代わりにするつもりでした。一応ダンベルも持っていく事にする。
 ダンボールに書いたルーチンを再確認し、とっとと家を出る。向かった先はジム、朝一でタンニングだ。またに無駄な足掻き。

☆会場入り!!

 いよいよボディビル大会デビューとなる若林区文化センターに着いた。今までトレーニングを続けてきた。看護学校の実習中にまでMRPを飲んだ(←アホ)。教室でプロテインにむせて牛乳も吐いた(←カス)。休み時間、階段で鶏肉をむさぼった(←クソ)。思えばデビューまで色々な事があったなーなんて回想しつつ、会場入りす。
 まだ選手らしき人はいなかった。早く着き過ぎたらしい。ホールの隅にぽつんと立っていた。体調はまあまあ、緊張はぜんぜんしなかった。
 しばらくすると腕章をつけた人が来て「ダンベル駄目よ」と僕に注意した。ああ、やっぱり駄目なんだ・・・・車に片付けた。
 まもなくジムの人たちも来、大会に出ると思しき真っ黒い人たちも入ってきた。いよいよか、そう思った。岩谷君と淀川君が
金髪のダメージヘアになっていたのでびっくりした。キューティクルゼロ。
 
☆控え室へ

 そろそろ時間だ、ということで、皆でぞろぞろ移動す。受付(JBBF会員証を見せただけだったと思う)し、フリーポーズ用のテープを提出し、楽屋に向かう。元々高校時代は吹奏楽部だったので、楽屋に入るのに何か懐かしさを覚えた。
 周りを見て、「何か普通っぽい人達だな」なんて少しホッとしていた。皆リラックスしていて座って雑談などしていた。誰も着替えようとはしない。しばらく立ち、誰かが一人着替え始めると、みなタイミングを待っていたように着替え始める。トイレに行って着替える人や、おもむろに脱ぐ人など様々。しかしまだ誰も肉体を見せたりすることはない。皆牽制しあっているのか?時間が結構差し迫ってきても、誰もパンプしようとしない。僕はとっととパンプに入りたかったのだが、誰もしないのでどうしましょと思った。
 
 で、また時間が経ち、誰かが脱いでパンプ(腕立てしたりチューブで運動したりし、筋肉に血流を送りパンパンにする)を開始。周りの人も待っていたかのように、一斉に脱ぎだす。そして皆パンプやストレッチ開始。にこやかだった楽屋が一気に緊張感に包まれて、いよいよ大会開始なんだ、という実感がようやく沸いてきた。
 で、脱ぎ始めた周囲を見て愕然「な、何だこれ!?皆凄すぎる・・・!!!!」
皆着痩せしていた・・・。この時点で自分は入賞すら危ういと直感した。動揺を隠さんばかりに鏡に向かって脚のカットを出してみたりしたが、しょぼくて泣けてきた。「お・・・終わったかも・・・・」結局水で重くしたバッグは恥ずかしかったのでパンプに使わなかった・・・。腕立てとチューブで頑張った。ウィダーインエネルギーを飲んでカーボ補給す。で、かばんを開けて気づいたのだが、リキッドマッスルというサプリがこぼれて大変な事になっていた・・。ちゃんと蓋閉めたのに・・・?

☆いよいよ舞台裏へ!!

 最終チェックの為、係の人がぞろぞろ来た。オイルの塗布のチェックと、パンツの横の部分の幅チェックだ。実は、県大会など小さな大会においてはボディビル大会といえどもオイル塗布は禁止されている。・・・会場が汚れるから、だってさ・・・。パンツの横の幅は二センチ以上とも決まっているらしい(何でこんな決まりがあるんだか・・・)。一人ずつ係員の前に出て、簡単にチェック受ける。後ろにはお手伝いに来ている方々、二年前優勝した阿部さんも手伝いに来ていた。「ちょっとしたプレジャッジだな」とさわやかな笑顔を湛えていた。
 ぞろぞろとステージ裏に集う。やはりここでも吹奏楽部を思い出した。しかし楽器は持っていない、今身にまとっているのはパンツ一枚。こんな形で再び舞台裏に立つ事になろうとは予想だにしなかった・・・。しかしまわり皆同じ格好なので恥じらいは全くなし。皆ガンガンパンプアップしていた。僕も頑張ってパンプアップしたが、ぜんぜんパンプしなかった。背中だけはパンプさせたかったが、駄目だった・・・。反応なし。デッドリフトすればパンプするんだけど(デッドでしかパンプしない)、当然バーベル無いし。何かあきらめモードだった。

☆初ステージへ、プレジャッジ

 「では、番号順に並んでください!!」係員が言う。番号順に並んだ。「ハイ、入りまーす、何番の選手まで!!」え?もう始まるの?唐突、まだ心の準備が・・・。そんな感じだった。トイレには早めに行ったほうがいいですね。
 ステージに入場する自分。緊張はあまりない。周りに沢山選手がいるためだ。森に隠れている感じでしたね。僕は二列目に立っていた。
 「では、二列目の選手、前に出てください。」いよいよ自分の番だ。斜め下を見ながら前に出る。客の顔が見えた。緊張はしなかった。ていうか、何か上の空って感じでした。自分が大会に今出ている、そんな感じがしなかったというか、ボーっとしていた。緊張していたことに気づいていないとか?

☆コールの嵐、プレジャッジ

 「では、比較審査にはいります。」ここでコールされれば入賞できるか否かのボーダーラインというのは知っていた。「呼ばれたらまずいな・・・。」
 まず、宮武君が呼ばれた。で、次、「16番」・・・・あ、・・・僕だ・・・・。前に出た。そしてもう一人呼ばれる。この瞬間悟った
「ボーダーラインだ!!!」司会の指示通り、規定7ポーズをとっていく。連日ポージングの練習をし続けたせいか、脚に力が入らない!!入れてもすぐに力が抜けてしまう。これはまずいと直感す。
 で、比較は続く。「16番残って」な、なかなか後ろに引っ込めてもらえない・・・。つ、疲れた・・・。笑顔も全く無く、無表情の鉄仮面でポーズをとる。自信があればニッと白い歯でも出せるのだが・・・。
 「齋藤さん頑張って!!」ジムの人(オッサン)が声援くれた。しかしボーダーと悟った今、そして筋肉的に自信がない自分なので、正直リアクションに困った。下向いて
聞こえないフリしてしまった。
 で、何回か居残りをし、ようやく下がってくださいと言われる。ホッと一息。休憩したかった頃だった。・・・もつかの間、また次の比較で呼ばれた。何かやる気はなくなっていて、正直どうでもよくなっていた。試合放棄の精神状態といいますか。諦めが出てきたのだと思う。
 プレジャッジは終わった。選手の中で一番コールされた。疲れた・・・。感触として「ぎりぎり予選突破か駄目か・・・・多分厳しいかも・・・」が正直な感触だった。


中央が管理人。頭頂部が禿げて見えますが決して禿ではないですよ!!
短髪のせいです!!ちなみに右隣が宮武"プリースト"正太。

中央が管理人。右がプリースト正太。だから禿げっぽいけど禿でないってば(切実)


☆予選落ち確定

 一時、控え室に戻る選手一同。また和やかな雰囲気のもと、皆雑談して時が過ぎるのを待つ。いやー、皆いい人ばかり、和気藹々です。喉が乾いてどうしようもなかったので水を飲んだ。まもなく係員登場。「では、予選通過者を発表します!!」一気にシーンとなる楽屋。ここで発表するのかい!?
 「・・・番・・・番・・・番・・」次は自分か・・・・!!!!・・・・・「・・・番・・・・・。」・・・・・。
飛ばされた。アーあ、と思ったが、何かホッとしてしまった。あまり悔しくは無かった。全力で今までトレーニングとかしてない自分を知っていたので。ホッとしたのは「これで楽になれた」なんて思ったためだろうか。これでいいのかい!?選手失格である。そのときは初めてだったし、自覚がないんだね、きっと。今でも自覚ないですが。
 予選落ち確定のため、とっとと私服に着替え始める方々。僕も着替えた。予選突破者発表の為、勝者はまたステージ裏に集合。確かここで予選落ちた人はフリーポーズ用のテープを返されたような。「ハイ、ハイ、」とあっさりと。こうも事務的にあっさり返されるといっちょ前に「何だかなあ」と言う気になる。
 淀川君のパンプをちょっと手伝って、皆を見送った。拍手喝采で迎えられる予選通過者たち、ちょっとうらやましかった。あとは舞台裏の隙間から皆と一緒に比較審査を見ていた・・・。はああ・・・なんか遠いなあ・・・そう感じて観ているしかなかった。

☆午後の部

 楽屋で持参した弁当を食った。で、開会式があるので、予選通過したしないに関わらず、皆またビルパンになり、ステージ裏集合する。番号順に並び、入場。開会式はただ立っているだけなので、当然審査も無いし、誰もパンプアップはしない。
 開会式が終わり、一時皆舞台裏に引っ込む。五人ずつ選手紹介がある。選手全員あります。番号を順番に呼ばれるので入場し、約一分適当に音楽が流れるのでアドリブでフリーポーズする。審査には関係ない。
 自分も呼ばれ、気持ち悪い笑み(目は死んでいる)を浮かべながら中途半端に一礼して入場。音楽に合わせ、最初にマスキュラーし、あとは規定7ポーズの順にポーズとって最後にマスキュラーするという、工夫も糞もない実につまらんポージングをす。あらかじめパンプアップも全くしなかったので、更にしょぼかった。退場間際、
もう一回振り返って勝手にマスキュラーし、また気持ち悪い笑みを口元に浮かべ、中途半端に勝手に照れて退場した。だったらするなっての。何やってんだって感じだった。
 あとはまた私服に着替え、客席に行く。ジムの人がいたのでそこに行って、観戦す。「うーん、近くに来るとでかいけどステージに立つと、ちょっとねえ」と言われ、分かっちゃいるけど何気にショックだった。
 あとはもう、普通に観客ですよ。自分は選手ですって感じはゼロ。やれやれ、って感じであとのステージを見ていた。

☆大会終了・・・・

 2004ミスター宮城は終わった。優勝はベテラン、過去にも優勝経験のある小嶋さんだった。すごかったっす。客席から楽屋に戻り、後片付けをす。で、とっととホールに行き、ボケーっと立っていた。これからパーティー?が開催される。建物内にある喫茶店みたいなところが会場、そこでレセプションを行う。
選手は無料で食事ができるとあって、参加しない手はない。

☆レセプション

 選手はほとんど参加していた。うーん、やはりこうやって私服姿だと皆普通の人なんだが・・。一般参加者も結構いた。で、えらい人がまず挨拶し、次いで入賞者が一人ずつマイク片手に挨拶、と言うか感想を述べる。
 さて、ではいただきまーす!!うまそうな食事が並んでいる・・・・。しかし人口密度が物凄く、食事にはほとんど近づけず、結局小皿一杯分のチャーハンを少し喰っただけで、あっという間に飯はすべて無くなってしまった。不、不公平な・・・!!全然喰ってない・・・・。腹は減ったままであった・・・・。
 審査員の人がいたので、話を聞いた。そしたら僕に予選通過のチェックをしたのはたった二人だったらしい。他のボーダーの人はもっと票を集めていて、僕はボーダーでも下っ端のほうだったようだ。あーあ・・・・・。と思った・・・・。

☆そしてすべてが終わり・・・・

 レセプションもいつの間にか終わってしまった。皆ホールでたむろしていたが、僕はなんか居場所がなかったのでとっとと車に乗って岐路につく。「いやいや、終わった終わった。」みたいなことを車に乗ってドアを閉めるやいなや言う。結果は残念だったが、いい?経験になった。こんな経験、誰もしないでしょう。ボディビルの大会に出るだなんて・・・・。われながらマニアックだと思った。来年は予選通れたらいいな、なんて妄想しつつ、車を走らせる。

 帰宅し、重大な事に気が着いた。「・・・・。
ビルパンを楽屋に忘れたああぁあーーーー!?!?!?!?!?!?!」
 ・・・あとで掃除に来た係の方、すいませんでした。「何だこれ!?」びっくりした事でしょう・・・。そして臭かったかも・・・。ハハハ、いやいや、そんなこともありました、時効です時効(笑)←馬鹿

☆そして二回目の大会参戦に向けて

 そして今、2006年、ミスター宮城に再挑戦する日が待っている。今年2005年も出ようかと思っていたが、5月に漏斗胸の手術をしたため、この年はどう考えても無理、来年出場を目標にトレーニングにそこそこ精を出してきた。
 現在12月、あと3ヶ月ちょっとでまた減量開始だ。残るわずかなオフシーズン、少しでもバルクアップすべく、もっともっと頑張らねばいかんとは思っているのだが、朝寝坊が今だ治らず・・・・。カタボリックが常習である。
 来年の目標は表彰台(言うのは簡単)、残るシーズンにより精を出し、少しでもいい成績を残せたらな、なんて思っております。
 
 以上、ボディビル大会デビューまでの道のり、そしてデビューの話、でございました。
     ここまで読んでくださった方、もしいらしたら誠にごっつぁんです。 

                                         
                        
次の舞台は仙台市民会館!!結果はいかに!?
                                         2006宮城大会参戦記に続く!!