今月の秀句 大山雅由
桐大樹花の見頃に人待ちて 吉澤銚子
「桐の花」は古歌では、詠まれておらず、もっぱら「葉」が詠まれていて、『淮南子』の「桐一葉落ちて、天下の秋を知る」の言葉から、「桐一葉」または「一葉」と詠まれることが多く、室町時代の「夫木集」でも「桐」は秋の題にいれられていました。
式子内親王のこの歌も「葉」を詠んでいます。
桐の葉も踏み分けがたくなりにけり
かならず人を待つとなけれど(『新古今集』巻5)
桐の木に鳳凰が棲むとされたところから、概して、高貴な木として詠まれ、そこに鳥や人を「待つ」という、どこかかしこき辺りを思わせて詠むといった手法がとられていたようです。勿論、近代になっては、そうした古典主義的な考えを抜け出して詠まれるようになってきました。
臼の上に鶏とまる桐の花 虚子
桐の花昼餉了るや憂かりけり 波郷
作者は意識してはどうか、式子の歌のように、古典的に「人待ちて」ともってきたところが却っておもしろく、「桐の花」の明るさが気持ちよく詠まれていて好感を覚えました。
ハンカチの花の別れもまた楽し 佐藤禮子
新宿御苑の吟行会での作です。門を入った右手のちょっと行ったところに大きなハンカチの木があって、今を盛りとハンカチの花が咲いていました。
珍しいからでしょうか、この花をお目当ての入園者もかなりいたようです。
前掲の「桐の花」は、「人まちて」と詠まれましたが、ここでは、「別れもまた楽し」と言っています。晩春のあかるい日のなかで、まるでハンカチを振合うように、さっぱりとした別れを詠んでいます。
そういえば、奈良平安の昔には、首から左右へ長く垂らした「領巾(ひれ)」という布があって、別れを惜しむときにこれを振ったと伝えられ、「領巾(ひれ)振る」という動詞も生まれています。
「韓国(からくに)の城(き)の上(へ)に立ちて大葉子は
領巾(ひれ)振らすも日本(やまと)へ向きて」(欽明紀)
こんなことも思わせて、なかなかたのしい句となりました。
麦秋や嬰児に追はれて雛駆ける 菅澤俊典
「麦秋(ばくしゅう)」とも「麦秋(むぎあき)」とも言い、時候の季語として麦の取り入れの時期、初夏のころのことです。山本健吉は、かつて、こんな風に言っています。
「麦秋」を「むぎあき」と訓むか「バクシュウ」と音読するかは、句柄に
よる。主として時節を示す語としてなら音読がよかろうし、初夏の田園風
景としてゴッホの絵にあるような黄金色に熟した麦畠のイメージを伴う句
なら、訓読した方がよかろう。 (『日本大歳時記』(講談社刊))
初夏のひかりのあふれる中、まさに「田園風景」の一齣ですが、作者はどう読ませたいのでしょうか。
師のをしへ肝に蛙の目借時 長井 清
一読、にやっと笑みを誘われる句でした。なぜかと言えば、作者は「師のをしえ肝に」銘じて、と言いながらも、時候柄、「蛙の目借時」でうつらうつらともう眠くて堪らないと矛盾したことを白状しているのです。
いかにも飄逸とした作者にふさわしい作品で、たのしませていただきました。これがこの作者の真骨頂というべきでしょう。古希近くして、ますます俳味の溢れた句を見せてくれることでしょう。
あるだけの秣牛舎に明易し 小山洋子
牧場の作業は朝早くから、夜遅くまで大変なものです。とくに一年の秣を夏の内に刈り取って蓄え、長い冬に備えなければなりません。
ありったけの秣をロールにして牛舎に積む作業は重労働で、夏の夜はあっという間に明けてしまいます。文字通り牧歌的な景を詠んだ「いい句だなァ」というになるのでしょうが、新聞TVは、福島や新潟を初めとして全国にまたがる牧草の放射能汚染を伝えはじめました。作者が、この句を作られた時点で、汚染報道があったかどうかは承知しませんが、そうした事実を知ってみると、句の様相はがらりと一変してきます。
幸いにして、この「秣」は放射能汚染を免れたとしたら、汚染される前に一刻も早く牛舎に積み上げようとする切羽詰った人たちの姿が浮かび上がってくるではありませんか。「明易し」が悲鳴のように響いてなりません。
喜寿傘寿枕並べて夏来る 森田京子
「喜寿傘寿枕並べて」とは、ご両親でしょうか、或はご親戚のご夫婦でしょうか。なんともおめでたい句ではありませんか。「夏来る」も明るく、勢いがあって好もしい措辞です。
夏が進んで、節電々々とやり場のないほど暑苦しい盛夏を迎えてしまいましたが、節電は程ほどにして熱中症に罹ることなく、いつまでもお元気ですこやかに過されるようお祈りしたいものです。
薔薇新種「神代炎」と投書して 金谷陽一
深大寺植物園での句のようです。バラ園には、それはみごとな深紅の新種が披露され、新種登録の応募用紙があったとのことです。そこで作者は、深大寺を「神代(かみよ)」を掛けて、「神代炎(かみよほむら)」と投書してきたと言うのです。これも、また、俳味あふれる、ある種の、風狂と言うべきではないでしょうか。
|