今月の秀句 大山雅由
堅香子の切先揃ふ三鬼の忌 森田京子
西東三鬼の忌は四月一日。元々は歯科医でしたが、外来患者に勧められて俳句を始め、偶々入会したのが、新興俳句運動の勃興気運のなか、三谷昭らによって創刊された俳句同人誌「走馬灯」でした。
時代は暗黒の時代へと突き進みつつあり、昭和十五年、国家権力の弾圧によるいわゆる京大俳句事件により検挙されます。
戦後の昭和二十三年には山口誓子「天狼」に参加、昭和二十七年六月主宰誌「断崖」を創刊します。三十一年角川書店発行の「俳句」編集長に就任、三十六年胃癌の手術をうけるも予後はかばかしからず、翌三十七年没。享年六十一。
水枕ガバリと寒い海がある
おそるべき君等の乳房夏来る
露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す
戦中戦後の新興俳句運動の真っただ中に身をおいた三鬼の作品ですが、もう一度あらたな目で読み直すことが求められているようです。
作者が三鬼俳句のファンであるかどうかは承知しませんが、咲きかけた堅香子の花をみて、さっと「三鬼の忌」と二句一章で詠み止めたところに技の冴えがありました。瑞々しさにあふれた句となりました。
水飲んでゐる卒業の日の蛇口 岩田 桂
これもまたみごとな二句一章の句です。卒業という晴れがましさと、別れのかなしさの綯交ぜになった心持を表現するのに水道の蛇口をもってきました。「水飲んでゐる」というさりげない措辞が心に沁みます。
大仰なことは何一つ言っていませんし、平明な言葉で綴られていながら、景がくっきりと浮かび上がってきます。
これには上五から中七を一息に吐ききって最後に「蛇口」と集中させていったリズムが大きく作用しています。
いつもいうことですが、俳句は身ほとりのちいさな発見を、平明なことばで、調べにのせて表出することで成り立つ文芸です。すっと一息で吐き出したようでありながら、ここまで来るには長い間の鍛錬の積み重ねがあったことを知らなくてはなりません。
朧夜や鏡の前のひとりごと 儀賀洋子
世の中に分らないことは多々ありますが、女性のこころほどわからないものはありません。「鏡の前のひとりごと」と言うのみで何を考えているのかは、わかりません。季語が「朧夜」ですから、なんとなく艶なるものも感じますが・・・やっぱりわかりません。
春の園いたづら象が水降らす 鴫谷良雄
春を待ちかねたように公園には人びとが繰り出します。子ども連れや若い恋人たちもやってきます。あかるい色とりどりの人たちの喧騒が聞こえてきそうです。春の花も咲き揃ってきて、汗ばむくらいの陽気です。
「春の園」と言っていますが、ちいさな動物園が併設されているのです。悪戯っ子の象の水しぶきがこちらにも撥ねかかってくるようです。さりげなくさっと言い止めましたが、春のよろこびに満ち溢れたたのしさがよく出ています。
花辛夷目がけて山を降りにけり 山本力也
作者は若いころには山岳部のリーダーだったようです。春先の山は、時に天候が急変し、ベテランでもかなりの神経を使うということです。
目指す山頂を征服し、山を降りはじめます。山頂はまだ雪をかぶっていますから、足元にも十分に気を配ります。登るときにはちらと眼にしただけだった途中の辛夷の花が見えてきました。麓はもう一息です。
「降りにけり」の単純な座五が力強く感じられるのは切字「けり」の効用というべきでしょう。
鷹鳩と化して年金暮しなる 平山みどり
「鷹化して鳩となる」は、「春のおだやかな気配の中では鷹は鳩に変身してしまう、ということ」と山下一海氏が解説しています(講談社版「大歳時記」)。古代中国の天文学による七十二候の一つとありました。今の三月の第三週あたりのことのようですから、かなりあたたかくおだやかな気候でありましょう。
新鳩よ鷹気を出して憎まれな 一 茶
煦煦として鷹とて鳩になりにけり 森 澄雄
鷹鳩と化し神木は歩かれず 鷹羽狩行
序のことに「田鼠化して?となる」も、中国天文学からの七十二候の一つで、今の四月中旬の頃のこと。
やはらかきもぐら?とならず死す 辻田克己
「雀蛤となる」も時折見かけますが、これは中国七十二候の一つ、「寒露」の「次候」となっています。
蛤に雀の斑ありあはれかな 村上鬼城
佛門に入るかに雀蛤に 伊藤白潮
さて、作者もキャリアウーマンの一人として頑張って来たものの、最近はちょっと弱音を隠せなくなってきたのでしょう。そんな自分を「鷹化して鳩」などと自嘲気味にいっているのです。でものんびりと「年金暮し」も悪くはありません。まして俳句と一緒ですから。
エンディングノート進まず目借時 黒川清虚
おやおや、ここにも、ちょっと弱気の方がありました。
「目借時」は、俳句特有の季語で「蛙の目借時」とも言います。春がうつらうつらと眠くてたまらないのは、蛙が人の目を借りてしまったので、そうなるのだというのです。また、「目借時」は「妻狩り時」のことで、蛙が異性をもとめて鳴きたてるのは、ちょうど人がうつらうつらと眠くなる頃だという説もあるようです。
エンデイングノートというものが、近頃は書店に積まれていて驚きますが、おのれの末期の始末に備えねばならないというのは、はたして幸せな時代と言えるのかと首をひねります。
本来は、国や地域が一体となって看取り、「国民の幸せ」に奉仕するのが、「まつりごと」であったのではないかと言いたくなってきますが、時代の風はどうやら逆のようです。
とは言え、うつらうつらと筆も「進まず」と言っていますから、作者は十分に幸せな日々を送っておられるのです。
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