金さん物語
(いよいよ読むものがなくなったときに読んでくださいネ)
山歩きが好きなのは、山育ちだからで、人生の半ばまで海は未体験でした。子どもがプールや海に行くようになり、親も泳げなくてはと一念発起して練習をしましたが、いまだに子どもより上手く泳ぐことはできません。
北海道十勝に生まれ、明けても暮れても日高山脈を眺めていました。鋸の歯のようにぎざぎざの稜線一つ一つに名前がついているなんて知る由もなく。小学時代の遠足はその山脈前衛の小山で広〜い原野の奥に黒く盛り上がった禿山か黒山(地元ではそう呼んでいました)の中腹へ行くことでした。先生は一斗缶を持っていましたね。歩きながらそれをガンガン叩くんです。ヒグマ除けです。帰りのリュック(ザックじゃない!)にはヤマブドウやコクワ(サルナシ)が入っていて、熟した実がつぶれてドロドロ…なんて想い出もあります。
東京暮らしは中学から。高校時代に八ヶ岳、鳳凰三山、奥秩父、奥多摩を歩きました。いつもヒカワ君が一緒でした。ヒカワ君は短パンに麦藁帽子で、それ以外の記憶がありません。そのころ命がけで父に懇願して買ってもらった皮の登山靴はもう使ってはいませんが、大事にとってあります。当時の雑誌の広告にはエバニューのナントカとか、カドタのピッケルとか…憧れでしたね。今ならゴローの、モンベルの、ゴアテックスのなんていう感じですかね。私はユニクロで間に合わせていますが。当時のコッヘルは今でも使っています。時間を早送りして…
50代になり、山岳ガイドをはじめました。日本山岳ガイド連盟の名札をつけて、北アルプスを中心に歩きまくりました。中でも中房〜常念〜蝶〜上高地コースはある年毎週のように歩き、秘密の花園、最高に寝心地のいい岩、キジウチ&オハナツミ適地は熟知、ウラシマツツジの花からトウヤクリンドウの花までコースの全植物の開花に出会っています。また早送り…
しかしいつまでも体力が続くわけもなく、時計を見ながらの山歩きから時計のない山遊びに切り換えました。自然の移り変わりが時計代わりです。気温と雲の動きで午後の天気も予測できます。山歩きは足元ばかり見ていますが、落葉であたりの樹木が変わっていくのがわかって、楽しい。ブナの葉が小さくなってきたらもうすぐ稜線だな…とわかります。自然塾はこんな私自身の歩き方でやっています。(山遊びに専念しようと仕事をやめたとき、契約していた出版社のスタッフの皆さんからのプレゼントはスントの腕時計でしたが)
金さん=金田一弘明
1947年生まれ。編集者、雑誌のデザイナーをしていました。夜と昼がま逆の生活でした。そのまま中高年時代に突入というとき、十二指腸潰瘍で胃を全摘。退院した2日後にやったのが登山でした。登山生活の再開です。
自然観察指導員
・救急救命士(上級救命技能者)
・東京都立薬用植物園ガイド(花咲案内人)
・板橋区立熱帯環境植物館インタープリター
・グリーンセイバー
・帰化植物友の会会員
・国蝶オオムラサキを守る会会員
・押花制作技能士
※現在山岳ガイド資格はありません
●料理が好きで(上手ではありません)、お酒も好きです。胃が無くても飲んでいます。●音楽が好きです。ジャズ大好きですが、オーディオマニアではありません。蓼科高原に山荘があり、レコードを保管しています。東京だとカビちゃうので。●長男はミュージシャンです。“キンダーシャーロック”というラッパーで、けっこういい歌やってがんばっています。●奥さんは八ヶ岳の麓で育った人で、山は見慣れているようですが、一緒に歩いたことはありません。
◆山荘ではテンやカモシカが庭先を横切ったりしているのですが、ゲストがいるときはどういうわけか姿を隠してしまいます。◆傾斜地に建っているので、春先は小鳥たちが巣をつくります。玄関までのなが〜い階段の脇から小鳥がいきなり飛び出したあたりを観察すると、そこに雛がいます。◆リスが木から木へ横っ飛びしていきます。あいつはそのうちムササビに進化するかもしれません。◆ここ数年、キノコにはまっています。キノコは消化に悪いものが多いので、食べることにはあまりこだわりません。とにかくヘンなのが次々に現れるので、楽しいですね。◆巨樹もお気に入りで、大きいのに出会うと、つい立ち止まってしまいます。タッチしちゃいます。見上げたり写真を撮ったり、また、タッチしたり…、時には傍に座り込んじゃったりします。1時間ぐらいは平気で木と遊んだりします。
◆『実物木の葉図鑑』少しずつ増ページ中です。
※最近遭遇したもの…イシクラゲ、クマムシ、コイヌノエフデ、イヌブナハボタンフシ、オオムラサキホコリ、エサキモンキツノカメムシじゃなくてモンが二つありツノの幅が広いツノカメムシ、子育てをするヨツボシモンシデムシ…