◆ ロソウ大尉日誌 ◆

某年7月某日

今日の将校の会食会は最低だった。
なんという侮辱か!
我らハノーバー人が愛してやまないビールを下賎な飲み物と見下すとは!

私の憤怒が雷神の名を冠した愛馬トールに伝染したらしい。今にもシマーソン少佐に蹴りかかろうかといわんばかりに興奮している。
いや、そうではない。トール自らが怒りに震えているのだ!そうとも!我らハノーバー人は、人も、馬も、生きとし生けるもの全てがビールを愛してやまないのだから!

夜半、我が友がKGLのキャンプを訪れた。
手土産はビショップと呼ばれるワインと水を混ぜたものだった。
我が友のからかいに眉を上げたものの、ハノーバー人はそこで声を荒げるような無粋な田舎者では無い。
その後は我が友と共にいかにも不味いワインを飲みながらビール談義に花を咲かせた。
愛馬トールもご機嫌な様子だった。我が友が訪れた時にはいつもそうなのだ。どうやら我が友の頭髪をトウモロコシの穂か麦の穂と勘違いしているらしい。
噛みはしなかったが、やたら嘗め回していた。おかげで我が友の頭はトールの涎まみれになり、彼の軍曹を慌てさせていた。
「また水浴びをしなきゃならんですよ!」と怒鳴っていたようだが、まことに嬉しそうな笑顔だったのはなぜか。
英国人とはよくわからないものだ。





某年9月某日

今日は1日ウェリントン将軍の護衛を務めた。
ウェリントン将軍は素晴しい指揮官だ。
戦闘においての指揮はもちろんだが、兵士を健やかに保とうと心を砕いておられるところが立派だ。
だが、宿舎へ帰る途中、道端に店を広げている農婦から林檎1個を買うのに10分かけて値切るのは止めておいたほうがよかろうと思う。





某年10月某日

我が出身地ではないが同胞であるバイエルン王国のルードヴィッヒ皇太子がご結婚なされたそうだ。
任務からキャンプに戻った後KGLでささやかながらお祝いをした。
我が友がやってきて「何の祝いか」と訊ねるので「堂々とビールを飲める日の祝いだ!」と答えた。「花を贈るのには意味があるのか」と続けて聞くので「ビールが欲しいという意思表示だ」と教えた。
花を贈っての求婚はどこの国でも共通だろうが、ドイツでは花嫁もビールも等しく愛するものであるから、我ながらウィットにとんだ良い例えだったと思う。
しばらくして我が友と彼の軍曹、そしてライフル銃兵の何人かがキャンプを訪れた。ランボと呼ばれるラムに砂糖を入れ水で割った酒を持ってきていて、代わりにビールをライフルズに振舞ってくれという。
我が友は彼の軍曹に向かって「お前は俺にビールをよこさないと駄目だぞ!」と言って笑っていた。
宴席の間中、かの軍曹が恨めしそうにこちらを見ていたが私は彼に何かしただろうか。





某年11月某日

無い!
私がわざわざオポルトまで戻りやっと手に入れた麦汁が無い!盗まれたのか。
何と言うことだ。ろくなビールがないスペイン・ポルトガル遠征で少しはましなビールが飲めるようにと思い用意したのだが;;
我が友と彼の部下達にも味わって喜んでもらおうと思っていたのに、これでは我が友に合わせる顔が無い。盗人め!!





某年11月某日

夕食後に我が友がKGLのキャンプを訪れた。
なにやら部下とのコミュニケーションに悩んでいるようだった。スキンシップを図ろうとして嫌がられ泣かれたというのだが。
結局はじっくり相手と話し合うしかあるまい。一晩同じ寝床で顔を付き合わせれば自然と打ち解けるものだ。寒くなってきたこの時期ならばなおのこと効果があるかもしれない。こんなありきたりなアドバイスしか出来ない事を許してくれ、我が友よ。
もしや麦汁の樽の行方を知らないかと聞いてみたところ
「知らん」と言われた。やはり諦めるしかないだろうか。





某年11月某日

早朝に我が友の軍曹が麦汁の樽を担いで私のテントを訪れた。
彼の隊のお調子者が火薬樽と間違えて持ち去ったと言うのだ。無論間違えたなどということはあるまいが、軍曹の真剣な謝罪にそれで収める事にした。
よほど気に病んでいたのか、軍曹はまるで一晩中寝られなかったような、真っ赤な充血した目をしていた。とんだお調子者のおかげで彼も苦労することだ。気の毒に。